★★★腕白=神★★★史上最強の経済政策★★★腕白=神★★★
economy/1571 / 24 レス / 2010/10/31〜2010/11/21
- 1 :腕白:2010/10/31(Sun) 05:39 ◆yTLbwEHGes
- 今までの建設国債と赤字国債をすべて買いオペする。そして常時経済政策する。
その常時経済政策は以下のような内容にする。
公債発行額の総和=量的緩和政策の総和=将来に渡る課税額の総和という前提をおく。
常時財政ファイナンス=量的緩和政策+公債発行、常時最適課税、常時為替介入、
常時非不胎化介入、常時通貨スワップ協定、常時ツイスト・オペ、流動性の罠に陥ったら通貨単位の切り下げ。
腕白>ドラエモン(岡田靖さん)死去・・・。 (Article:economy 1553)http://www.ichigobbs.org/cgi/15bbs/economy/1553/
>>2 マンデル=フレミング・モデルは、量的緩和により誤り!
>>3-6 支出減少URL
>>7-9 アイドルのアダルト出演
史上最強の経済政策を実現しよう!!! - 336 :腕白:2010/11/21(Sun) 12:39 ◆yTLbwEHGes ID:R18FqFcK4gs3
- IS-LM分析http://ja.wikipedia.org/wiki/IS-LM%E5%88%86%E6%9E%90
IS-LM分析IS-LM 分析(アイエス・エルエムぶんせき)とは、短期における価格硬直性を想定した上で、国民所得と利子率を基準に財市場と貨幣市場の同時均衡を分析すること。
この分析によって、政府の財政政策や中央銀行の金融政策の効果が明らかになる。
縦軸に利子率、横軸に国民所得をとり、IS 曲線と LM 曲線の交点を求めることになる。
この分析は、ケインズの『一般理論』の内容を図示しようとヒックスが考案[1]したもので、1937年に発表された。
利子率
(r)
↑ IS LM
| \ /
| \ /
| \E/
r^{*}---------・
| /|\
| / | \
| / | \
| |
| |
+-----+------→国民所得(Y)
Y^{*}
E:均衡点
r^{*}:均衡利子率
Y^{*}:均衡国民所得 - 337 :腕白:2010/11/21(Sun) 12:39 ◆yTLbwEHGes ID:R18FqFcK4gs3
- 以下、財市場と貨幣市場が同時均衡するプロセスを説明する。
IS曲線目次 [非表示]
1 IS 曲線の導出
2 IS 曲線
3 LM 曲線
4 脚注
IS 曲線の導出 [編集]
IS 曲線の導出にはケインズの交差図から考える。
利子率
(r)
↑ IS
| \
| \
| \
| ・・・→\←・・・
| \
| \
| \
|
|
+------------→国民所得(Y)
ケインズの交差図とは現実支出曲線 (Y) と計画支出曲線 (E) の交差図であり、縦軸に計画支出額、横軸に現実支出額をとる。
ケインズは家計・企業・政府の支出計画によって短期生産(所得)の水準が決まると仮定した。
つまり、短期では企業の計画投資額 (I)、政府の計画購入額 (G)、租税水準 (T) が外生的に固定される。
このとき、計画支出 E は E = C(Y - T) + G + I (G, I, T は固定)と表す。
短期では企業の在庫変動で現実支出 Y と計画支出 E が均衡する。
たとえば現実支出が計画支出よりも少ない場合、企業は在庫を減らし計画支出に近づけようとする。
この式から政府購入の増加は計画支出曲線を上方にシフトさせ生産を増加させることがわかる。
次に投資関数を考える。投資関数は縦軸に利子率、横軸に投資額をとる右下がりの曲線である。
このケインズの交差図(変数が Y)と投資関数(変数が利子率 r)を組み合わせることで IS 曲線を導出することができる。
利子率が下がると投資額が増え、計画支出曲線は上方にシフトする。このとき、生産額が増加する。逆に利子率が上がれば投資額は減り、計画支出曲線が下方にシフトする。このとき、生産額は減少する。
(参照:"Macroeconomics", N. G. Mankiw) - 338 :腕白:2010/11/21(Sun) 12:40 ◆yTLbwEHGes ID:R18FqFcK4gs3
- 以下では IS 曲線を厳密に定義していく。
IS 曲線 [編集]
IS 曲線(アイエスきょくせん)とは、財市場[2]の均衡を達成する国民所得 Y と利子率 r の組み合わせを表したグラフである。
財市場の均衡とは、財市場における有効需要(消費+投資)と供給(三面等価の原則により、国民所得に等しい)が一致することを指す。
消費の定義は国民所得-貯蓄なので、需給が一致している点では投資と貯蓄が必然的に等しくなる。
有効需要 (Yd) = 消費 (C) + 投資 (I)
総供給 (Ys) = 国民所得 (Y)
C ≡ Y − 貯蓄 (S) だから、Y = C + S であって、財市場の均衡条件は、Yd = Ys より C + I = C + S。
すなわち I(投資)= S(貯蓄)。
利子率が下がれば、貯蓄するより投資するほうが収益性が高くなるので投資が増える。
他方で投資の増加分による乗数効果によって有効需要が増加する。
これにより新しい財市場の均衡点では、国民所得が増加することとなる。
ここで、財市場が均衡している点では必然的に貯蓄が投資と一致しているので、利子率の低下による投資の増加分が、貯蓄の増加分に等しいとき、財市場は均衡している。
この貯蓄と投資が等しくなる利子率と国民所得の組み合わせを示す曲線を IS 曲線という。
この曲線は、縦軸に利子率、横軸に国民所得をとれば、特別な場合を除いて右下がりの曲線 になる。
仮に経済が IS 曲線の左側にあるならば、利子率の下落により投資が増加している、
もしくは国民所得の減少により貯蓄が減少し、S < I の状態になっていることから、財の超過需要の状態にある。
反対に、IS 曲線より右側の領域では、財の超過供給が発生している。
つまり、経済が IS 曲線上にない場合、財市場は不均衡となっている。
なお投資の利子弾力性が大きいほど、IS 曲線の傾きはより水平に近づく。
また同一の利子率における投資 I の増大(あるいは乗数値の増大)、あるいは消費 C、政府支出 G や純輸出 NX の増大による総需要 I + C + G + NX の増大は IS 曲線を右方シフトさせる。 - 339 :腕白:2010/11/21(Sun) 12:41 ◆yTLbwEHGes ID:R18FqFcK4gs3
- LM曲線
LM 曲線 [編集]
利子率
(r)
↑ LM
| /
| /
| /
| ・・・→/←・・・
| /
| /
| /
|
|
+------------→国民所得(Y)
LM曲線(エルエムきょくせん)とは、貨幣市場の均衡を達成する国民所得 Y と利子率 r の組み合わせを表したグラフである。
貨幣市場は貨幣の供給[3]と貨幣の需要で成立している。
貨幣供給量は中央銀行(日本銀行)がコントロールしている貨幣(ハイパワードマネー)の大きさだけでなく、銀行の信用創造(貸出行動)の活発度にも依存して決定される。
一方、貨幣の需要は、ものを買う時に使うための取引需要(国民所得の増加関数)や、債券保有による損失を防ぐために債券よりも貨幣として保有しようとする投機的需要(または資産需要、利子率の減少関数)で構成される。
貨幣需要量 (L) = 取引需要 (L1) + 投機的需要 (L2)
貨幣市場の均衡条件は
実質貨幣供給量 (Ms) = L(Y, r) = L1(Y) + L2(r)
国民所得が増えると、取引需要による貨幣の需要が高まる。
このとき貨幣供給量一定の下で貨幣の需給を一致(貨幣市場の均衡)させるためには、投機的需要による貨幣の需要を減少させることが必要となる。
これは債券価格が下落し、利子率が上昇することによって達成される。
このときの利子率と国民所得の組み合わせは、IS 曲線と同様に縦軸に利子率、横軸に国民所得をとれば、特別な場合を除いて右上がりの曲線 となる。
仮に経済が LM 曲線の左側にあるならば、利子率が高いため貨幣の投機的需要が少ない、もしくは国民所得水準が低いため貨幣の取引需要が少ない。
そのため貨幣の超過供給が発生している。
反対に、経済が LM 曲線の右側にある場合は、貨幣の超過需要が発生している。 - 340 :腕白:2010/11/21(Sun) 12:41 ◆yTLbwEHGes ID:R18FqFcK4gs3
- なお貨幣需要の利子弾力性が大きいほど、LM 曲線の傾きはより水平に近づく。
実質貨幣供給量(名目貨幣供給量/物価)の増大は、LM 曲線を右方シフトさせる。
脚注 [編集]
[1] ただしヒックスが 2 つの曲線の相互の独立を仮定している点では批判がある。
[2] 財市場とはものやサービスを売買する市場である。
[3] 貨幣の供給とは経済に流通する貨幣のことである。
「http://ja.wikipedia.org/wiki/IS-LM%E5%88%86%E6%9E%90」より作成
カテゴリ: マクロ経済学 | 利子・金利 - 341 :腕白:2010/11/21(Sun) 12:42 ◆yTLbwEHGes ID:R18FqFcK4gs3
- ジョン・ヒックスhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%92%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9
ジョン・リチャード・ヒックス(John Richard Hicks, 1904年4月8日 - 1989年5月20日)は英国の経済学者。経済学において最も重要かつ影響力のある経済学者の一人として名高い評価を受けている。現在のミクロ経済学・マクロ経済学の全域に貢献した。ケインズサーカスの関係者である。爵位を賜ったことと学問的業績に敬意を表して「ヒックス卿」や彼以降、経済学が非常に細分化されたために「最後の偉大な経済学者」・「最後の伝説」や経済学の中心が英国からアメリカに移ったことから「英国最後の大経済学者」などとも呼ばれる。1972年にケネス・アローとともにアルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞を受賞した。東西問わず経済学者のなかで最も人気のある経済学者の一人。
ヒックスは1904年にイングランドのウォリックシャー州レミントン・スパに生まれ、クリフトン・カレッジを経てオックスフォード大学のベイリオル・カレッジで学んだ。その後、ヒックスはロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の講師に就任した。また、この頃にシドニー・ウェッブの娘と結婚した。 1935年から1938年までケンブリッジ大学で過ごし、主に『価値と資本』の執筆に専念した。1938年から1946年まではマンチェスター大学の教授として教鞭を揮った。ヒックスは1946年にオックスフォード大学に戻り、1965年までナフィールド・カレッジの研究員として研究を行った。また1952年から1965年まではドルモンド政治経済学教授としても教鞭を揮った。1965年から1971年まではオール・ソウルズ・カレッジの研究員として活動した。 - 342 :腕白:2010/11/21(Sun) 12:42 ◆yTLbwEHGes ID:R18FqFcK4gs3
- 業績 [編集]
ヒックスは1939年に福祉比較に関するカルドア・ヒックス基準と呼ばれる「補償」に関する有名な指標を構築した。またヒックスはLSEの教授であったロイ・アレンと共同研究を行ったほか、ミクロ経済学の限界生産力説を定式化し、労働供給曲線をめぐってモーリス・ドッブと論争を繰り広げた。
ヒックスの最も広く知られた業績は、ジョン・ケインズの『一般理論』を体系化したIS-LM理論であろう。これは、利子率の関数である投資 I と国民所得の関数である貯蓄 S の均衡によって描かれるIS曲線と、貨幣の需要量 L と貨幣の供給量 M の均衡によって描かれるLM曲線から、その交点として利子率と国民所得の値を導出できることを示した理論である(詳細はIS-LM分析を参照)。だが実際にはケインズは、投資は利子率だけの関数ではなく不確実性の中にある予想利潤率の関数であり、貨幣の供給量 M は外生的に与えられるだけはなく人々の債券の価格変動の予想によって変動するものであることから、予想による債券価格から利回りで示される利子率が決定されると考えていた。ヒックスは不確実性を重視するケインズの考えを軽視していたとしてIS-LM理論と一般理論との乖離を認めている。このため本流のケインジアンからは「ヒックスの理論はケインズ経済学ではなくてヒックス経済学である」と揶揄される。1985年頃にケンブリッジ大学でジョーン・ロビンソンがこのことを述べ、広く一般化した。しかしながら、難解な散文で書かれた『一般理論』の本質のほとんどを集計量から得られる2つの曲線により表現した彼のIS-LM理論が現代のマクロ経済学の基礎と分析方法を作り上げたことは紛れもない事実である。 - 343 :腕白:2010/11/21(Sun) 12:43 ◆yTLbwEHGes ID:R18FqFcK4gs3
- ヒックスは1939年に発表した著書『価値と資本』("Value and Capital")の中で、無差別曲線の理論やこれを用いた効用最大化の理論、一般均衡の静学的安定性の条件、予想の弾力性概念による一般均衡理論の現代化と、補償変分、等価変分などの消費者余剰の概念の明確化による新厚生経済学を確立に尽力した。この著書によって、ポール・サムエルソンの『経済分析の基礎』("Foundations of Economic Analysis")(1947年)と並んで、この時代以降の序数的効用に基づくミクロ経済学の基礎と分析方法を確立した。
また1951年に発表した著書『景気循環論』("A Contribution to the Theory of the Trade Cycle")ではロイ・ハロッドの成長率理論の影響を受け、乗数理論と加速度原理を統合した景気循環論を定式化したが、その後ハロッドから強い批判を受けた。
ヒックスは50歳半ば頃から新古典派経済学に代表される自分の業績に対して次第に距離を置くようになり、1965年に発表した『資本と成長』("Capital and Growth")では新古典派成長理論とは異なるヒックス固有の成長均衡モデルを定式化し、さらに1973年に発表した『資本と時間』("Capital and Time")ではオーストリア学派の資本成長をより一般化して賃金率・利潤率・成長率の相互関係を説明する理論を定式化した。
著作 [編集]
『価値と資本』安井琢磨/熊谷尚夫訳, 岩波文庫, 1995年
外部リンク [編集]
ノーベル財団の公式ホームページ(英語) - 344 :腕白:2010/11/21(Sun) 12:46 ◆yTLbwEHGes ID:R18FqFcK4gs3
- ジョン・メイナード・ケインズ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BA
生誕 1883年6月5日
死没 1946年4月21日
研究分野 マクロ経済学
実績 ケインズ経済学の確立
ジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes、1883年6月5日 - 1946年4月21日)イギリス生まれ、20世紀学問史において最重要人物の一人とされる。経済学者、ジャーナリスト、思想家、投資家、官僚。経済学において有効需要(着想自体はミハウ・カレツキが先であるとされる)に基いてケインズサーカスを率いてマクロ経済学を確立させた。
経済学の大家アルフレッド・マーシャルの弟子であり、論敵アーサー・セシル・ピグーとは兄弟弟子、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインやブルームズベリー・グループとの交流は有名。父のジョン・ネヴィル・ケインズも経済学者である。 - 345 :腕白:2010/11/21(Sun) 12:47 ◆yTLbwEHGes ID:R18FqFcK4gs3
- 目次 [非表示]
1 経済学者として
2 ジャーナリズム
3 投資家
4 略歴
5 ケインズをめぐる風説
6 日本語文献
6.1 伝記文献
7 関連項目
8 脚註
9 外部リンク
経済学者として [編集]
『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1935年 - 1936年)において、不完全雇用のもとでも均衡が成立しうるとした上、完全雇用を与えるための理論として、反セイの法則を打ち立てた上、産出高は消費と投資とからなるとする有効需要の原理を基礎として、有効需要の不足に基づく非自発的な失業の原因を明らかにした。有効需要は市場メカニズムに任せた場合には不足することがあるが、これは投資の増加が所得の増加量を決定するという乗数理論に基づき、減税・公共投資などの政策により投資を増大させるように仕向けることで、回復可能であることを示した。
なお、上の議論に対しては、公共投資政策ないし投資の国家管理の本質は、単なる有効需要の付加ではなく、政府による公共投資が企業家のマインドを改善することで経済全体の投資水準が底上げされ得るという点にあり、産業の国有化を意味するものではない。
これらの彼の提唱した理論を基礎とする経済学を「ケインズ経済学」(「ケインズ主義」という言葉もある)と呼ぶ。このケインズの考え方は経済学を古典派経済学者とケインジアンとに真っ二つに分けることとなった。そのため、ケインズ理論の提唱は、のちの経済学者によってケインズ革命と呼ばれるようになった。
ケインズの有効需要創出の理論は、大恐慌に苦しむアメリカのフランクリン・ルーズベルト米大統領によるニューディール政策の強力な後ろ盾となった。 - 346 :腕白:2010/11/21(Sun) 12:48 ◆yTLbwEHGes ID:R18FqFcK4gs3
- 『雇用・利子および貨幣の一般理論』の翌年1937年に発表した補足的論文『雇用の一般理論』においては、経済活動における不確実性の影響を強調した。ケインズは元々はケンブリッジ大学には数理学部に入学しており、博士論文でもある最初の著作は『確率論』である。ここにおいてケインズは、確率を数学ではなく論理学の一分野として捉える論理確率主義の立場をとっており、確率や不確実性に関する哲学的問題について広範な考察を行っている。近年のケインズ研究では、この頃の蓋然性や不確実性全般についての考察が、後のケインズの経済学への考え方に関係していると考えられている[1]。有名な「アニマル・スピリッツ(血気)」という言葉は、予測不能な不確実性下であっても投資活動を行う投資家の心理を表したものである。
アメリカに『雇用・利子および貨幣の一般理論』の入門書が最初に届いた際、右派の猛反対で発注のキャンセルが相次いだ。経済学者の中でマルクスに次いで新古典派が嫌う人物とも言われている。ただしケインズはマルクス主義にはまったく賛同を示さなかった。若いときに「資本論」を読んだ時は理解不能であったと述べている。『一般理論』においては、マルクス主義にたいしてシルビオ・ゲゼルの著作『自然的経済秩序』の前文を引いて批判している。また、1930年代にスターリン統治下のソ連を訪問したが、「社会主義には興味がない」と述べた。
ジャーナリズム [編集]
ヴェルサイユ会議におけるドイツへの莫大な賠償金を課したヴェルサイユ体制に対し「平和の経済的帰結」(全集では2巻、東洋経済新報社)を出版し大反論キャンペーンを行った、このケインズの考えは政策担当者・諸国民から強烈な批判をあびることとなった。しかし、ナチス・ドイツの台頭と第二次世界大戦の勃発によってヴェルサイユ体制は崩壊した。 - 347 :腕白:2010/11/21(Sun) 12:49 ◆yTLbwEHGes ID:R18FqFcK4gs3
- 投資家 [編集]
投資家としても成功したケインズは、株式価格形成の問題を当時の新聞で行われていた美人コンテストを例えにして、個々の判断に基づく投資より投資家全体の投資を考慮した投資の方が有効であると説明した(美人投票)。
ケインズ自身の投資法は独特であり、当時の常識とは大きく異なっていた。彼はインサイダー情報を当てにせず、朝起きてベッドの中で新聞の金融情報を読み、電話取引を行うだけであった。また、母校キングス・カレッジの会計係に就くと、カレッジの基金3万ポンドを運用し、38万ポンドに増やした。 - 348 :腕白:2010/11/21(Sun) 12:49 ◆yTLbwEHGes ID:R18FqFcK4gs3
- 略歴 [編集]
1905年 キングス・カレッジ (ケンブリッジ大学)を卒業
1906年 文官試験に合格しインド省に勤務。
1908年 ケンブリッジ大学で貨幣論を研究。
1909年 特別研究員として金融論を担当。
1915年 大蔵省に勤務。
1919年 パリ講和会議に参加し、対独賠償要求に反対して辞任し「平和の経済的帰結」を発表。
1921年 『確率論』発表。
1923年 『貨幣改革論』発表。
1925年 『チャーチル氏の経済的帰結』発表。
1926年 『自由放任の終わり』発表。
1930年 『貨幣論』発表。
1936年 『雇用・利子および貨幣の一般理論』を発表。
1941年 イングランド銀行理事に就任。
1942年 男爵と成る。
1944年 ブレトンウッズ連合国通貨会議に参加。ここでバンコールという国際通貨の創設を提案するが、実現はしなかった。
1945年 ハリー・ホワイトと共にIMFを創設に関わり、IMFおよびIBRDの総裁に就任。
1946年 没 - 349 :腕白:2010/11/21(Sun) 12:50 ◆yTLbwEHGes ID:R18FqFcK4gs3
- ケインズをめぐる風説 [編集]
身長198cmの大男だった。
ケインズの父ジョン・ネヴィル・ケインズはアルフレッド・マーシャルと親交があり、ケインズは子供の頃からマーシャルに可愛がられていた。ケインズが経済学者となることを早くからマーシャルは望んでいたという。
4歳にして『利子』が何であるのか、自分の言葉で説明できたという天才であった。
イートン校3年の時にボーア戦争で盛り上がった右傾化をたった一人で批判した。
ブルームズベリー・グループの中心人物の一人であり、彼らが起こした騒動に常に関わっていた。
バイセクシャルで、同じブルームズベリーの会員だったリットン・ストレイチーと愛人関係にあった。後にロシア人バレリーナのリディア・ロポコワと結婚。
風流な遊び人としても知られていた。午前中に自分の投資資産の運営を終わらせ、午後は趣味(学問・芸術・文学・政治など)に費やした。死ぬ直前に残した言葉は“My only regret in life is that I did not drink more Champagne.”(人生のただ一つの後悔はシャンパンをもっと飲まなかったことだ。) - 350 :腕白:2010/11/21(Sun) 12:50 ◆yTLbwEHGes ID:R18FqFcK4gs3
- ハリー・ホワイトとともにIMFを創設したため、右翼からスパイ呼ばわりされた。
人間の手に異常な関心を持ち、自身と妻の手の鋳型を作り、友人達の手の鋳型も収集しようとした。また、フランクリン・ルーズベルトとの初会談の際、ルーズベルトの爪の形を気にするあまり、公共事業等について自分が何を話しているのか、ほとんど上の空であったという。
アメリカ合衆国での借款交渉より帰国した際、記者にイギリスはアメリカ合衆国(当時は48州)の49番目の州になるという噂は本当かと尋ねられると、即座に「そんな幸運はないよ」と答えた。
第二次大戦後に保守派のチャーチルがケインズに対して「私も君の考え(平和の経済的帰結)が正しいと思っていた、しかし周りがそれを許さなかった」との発言をし、ケインズは終生チャーチルを軽蔑した。
弁論にも長けており、経済学者として活躍するようになったころには、その雄弁さゆえに負けることを恐れて、誰も議論をしてくれなくなった。
経済学者のフリードリヒ・ハイエクは後に彼に対して「彼は堕落した」と述べた。ハイエクが広義の経済学界から身を引いたのは、雄弁家ケインズとの論争に敗北したからであったといわれている。 - 351 :腕白:2010/11/21(Sun) 12:51 ◆yTLbwEHGes ID:R18FqFcK4gs3
- 日本語文献 [編集]
『ケインズ全集』は東洋経済新報社で全27巻。
『講和の経済的帰結』と『説得評論集』が、救仁郷繁訳でぺりかん社。
『貨幣改革論』(宮崎義一ほか訳、中公クラシックス:中央公論新社)。
「一般理論」,セイモア・E・ハリス編,日本銀行調査局訳(1949)『新しい経済学』, 東洋経済新報社,pp. 276-294.
伝記文献 [編集]
ロバート・スキデルスキー『ジョン・メイナード・ケインズ 裏切られた期待 1883~1920年』 全2巻、宮崎義一監訳、古屋隆訳、(東洋経済新報社、1987-1992年)、前半部のみの訳書
ロバート・スキデルスキー 『ケインズ』 浅野栄一訳、岩波書店、2001年、新版2009年 - ケインズ研究の第一人者による伝記
ロバート・スキデルスキー『共産主義後の世界 ケインズの予言と我らの時代』、本田毅彦訳、柏書房、2003年
ジル・ドスタレール 山田鋭夫ほか訳 『ケインズの闘い:哲学・政治・経済学・芸術』(藤原書店、2008年) - 新しい伝記研究
西部邁『ケインズ』イプシロン出版企画、2005年、ISBN 9784903145020
ロイ・ハロッド 塩野谷九十九訳 『ケインズ伝』 上下巻 (東洋経済新報社、改訳版1977年) - 弟子による古典
美濃口武雄『ジョン・メイナード・ケインズ』(一橋論叢1990-04-01一橋大学機関リポジトリ)[1]
関連項目 [編集]
ウィキメディア・コモンズには、ジョン・メイナード・ケインズに関連するマルチメディアがあります。ケインズ経済学
株式相場
福祉国家
混合経済
修正資本主義
流動性選好説
フィスカル・ポリシー(補正的財政政策、収縮的財政政策) - 352 :腕白:2010/11/21(Sun) 12:51 ◆yTLbwEHGes ID:R18FqFcK4gs3
- トマス・ロバート・マルサス(忘れ去られていたマルサスの過少消費説を発掘することで有効需要理論を構築した)
アルフレッド・マーシャル(直接の師、失業とセイ法則についてケインズは批判的継承者となった)
アーサー・セシル・ピグー(兄弟弟子、マーシャルの正当継承者でピグー・ケインズ論争を起こす)
クヌート・ヴィクセル(公共政策、利子による累積過程モデルを提唱したスウェーデンの経済学者)
ブルームズベリー・グループ
ヴァージニア・ウルフ
ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン
フリードリヒ・ハイエク
バンコール
ジョーン・ロビンソン
フランク・ラムゼイ
ジョン・ヒックス
高橋是清
古典派の公準
著名投資家一覧 - 353 :腕白:2010/11/21(Sun) 12:52 ◆yTLbwEHGes ID:R18FqFcK4gs3
- 脚註 [編集]
[1] 伊藤邦武『ケインズの哲学』岩波書店(1999)ISBN 978-4000227032
外部リンク [編集]
ケインズ - Yahoo!百科事典
ケインズ John Maynard Keynes
小峯敦「戦間期イギリスの経済政策―大蔵省見解とケインズの管理経済」(新潟産業大学経済学部紀要)
「http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BA」より作成
カテゴリ: 出典を必要とする記事/2009年11月 | イギリスの経済学者 | イギリスの男爵 | 両性愛の人物 | ケンブリッジ大学 | 官僚 | 経済に関する人物 | 1883年生 | 1946年没 - 354 :腕白:2010/11/21(Sun) 12:57 ◆yTLbwEHGes ID:R18FqFcK4gs3
- ロバート・マンデル
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%AB
ノーベル賞受賞者
受賞年:1999年
受賞部門:ノーベル経済学賞
受賞理由:さまざまな通貨体制における金融・財政政策(「マンデル・フレミング・モデル」)と、「最適通貨圏」についての分析を称えて
ロバート・アレクサンダー・マンデル(Robert Alexander Mundell、1932年10月24日 - )はカナダ人の経済学者。コロンビア大学経済学科教授(1974年ー現在)
1932年、カナダのオンタリオ州キングストンで誕生。バンクーバーにあるブリティッシュコロンビア大学を卒業した。マサチューセッツ工科大学に入り、1956年に経済学の博士号を取得。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスでも学び、優秀な成績を残した。マクギル大学、ウォータールー大学、ジョンズ・ホプキンス大学、スタンフォード大学、シカゴ大学等を経て1974年よりコロンビア大学経済学科教授に就任。1999年にノーベル経済学賞を単独受賞した。
主な貢献は以下の通り。
「最適通貨圏理論」の構築(「最適通貨圏理論」の父と呼ばれる)
ユーロの構築への貢献(このため「ユーロの父」と呼ばれる)
別の時代の金本位制の運用に関する歴史的研究
1970年代に起きたインフレーションの予測
マンデル=フレミング・モデル
マンデル=トービン効果
だが、1970年代以降は経済学界との交流を絶ち、かつての自分の学説を否定して、サプライサイド経済学が誕生する際のカリスマ的な役割を果たすこととなった[1]。
目次 [非表示]
1 受賞歴
2 邦訳著書
2.1 単著
3 脚注
4 外部リンク - 355 :腕白:2010/11/21(Sun) 12:58 ◆yTLbwEHGes ID:R18FqFcK4gs3
- 受賞歴 [編集]
1971年:Guggenheim Prize
1983年:Jaques Rueff Medal and Prize
1992年:パリ大学名誉博士号
1995年:中国人民大学名誉教授
1997年:米経済学会Distinguished Fellow Award
1998年:Fellow of American Academy of Arts and Sciences
2000年:中国人民大学名誉博士号
北京市のMundell International University of Entrepreneurshipは、同氏に因んで命名された。
邦訳著書 [編集]
単著 [編集]
『マンデルの経済学入門』(ダイヤモンド社, 2000年)
『マンデル貨幣理論』(ダイヤモンド社, 2000年)
『国際経済学』(ダイヤモンド社, 2000年)
脚注 [編集]
[1] ポール・クルーグマン「経済政策を売り歩く人々 エコノミストのセンスとナンセンス」日本経済新聞社
外部リンク [編集]
ロバート・マンデル公式サイト (英語)
アンチ・ドル論の教祖?(JBpress2009年4月16日)
[表示]表・話・編・歴 ノーベル経済学賞受賞者
ミルトン・フリードマン (1976) - ベルティル・オリーン / ジェイムズ・ミード (1977) - ハーバート・サイモン (1978) - セオドア・シュルツ / アーサー・ルイス (1979) - ローレンス・クライン (1980) - ジェームズ・トービン (1981) - ジョージ・スティグラー (1982) - ジェラール・ドブルー (1983) - リチャード・ストーン (1984) - フランコ・モディリアーニ (1985) - ジェームズ・M・ブキャナン (1986) - ロバート・ソロー (1987) - モーリス・アレ (1988) - トリグヴェ・ホーヴェルモ (1989) - ハリー・マーコウィッツ / マートン・ミラー / ウィリアム・シャープ (1990) - ロナルド・コース (1991) - ゲーリー・ベッカー (1992) - ロバート・フォーゲル / ダグラス・ノース (1993) - ラインハルト・ゼルテン / ジョン・ナッシュ / ジョン・ハーサニ (1994) - ロバート・ルーカス (1995) - ジェームズ・マーリーズ / ウィリアム・ヴィックリー (1996) - ロバート・マートン / マイロン・ショールズ (1997) - アマルティア・セン (1998) - ロバート・マンデル (1999) - ジェームズ・ヘックマン / ダニエル・マクファデン (2000)
1969年 - 1975年 | 1976年 - 2000年 | 2001年 - 2025年
「http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%AB」より作成
カテゴリ: カナダの経済学者 | ノーベル経済学賞受賞者 | 1932年生 - 356 :腕白:2010/11/21(Sun) 12:59 ◆yTLbwEHGes ID:R18FqFcK4gs3
- マンデルフレミングモデル
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%AB%EF%BC%9D%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB
マンデルフレミングモデル(Mundell-Fleming model)は、マクロ経済学におけるIS-LM分析の枠組みを海外部門に導入した、開放マクロ経済学のモデルである。「マンデルフレミングモデル」は、ロバート・マンデル(1932年10月24日 -)とジョン・マーカス・フレミング(1911年 - 1976年)の2人の経済学者の名前をとっている。
目次 [非表示]
1 基本的なモデル
1.1 固定相場制下でのモデルの運用
1.2 変動相場制下でのモデルの運用
2 関連項目 - 357 :腕白:2010/11/21(Sun) 13:00 ◆yTLbwEHGes ID:R18FqFcK4gs3
- 基本的なモデル [編集]
マンデルフレミングモデルでは、物価水準を一定、期待インフレ率をゼロ、資本移動は完全に自由であるという3つの仮定によって成り立つ。マンデルフレミングモデルは、次の3つの方程式が構成している。
1.Y = C(Y,A / P) + I(r) + G + T(e,Y) ≪IS曲線≫
2.M = L(r,PY) ≪LM曲線≫
3. r=r^{*}+(E(e^{+})-e/e)≪利子裁定式≫
但し、Y:生産量,A/P:実質資産,I(r):利子率に対応する投資量,G:政府支出,T(e,Y):経常収支 M:貨幣供給量,L:貨幣需要量,PY:名目所得,r^*:将来の利子率,e:現在の為替レート,e^+:将来の為替レート
≪IS曲線≫では、生産物市場における均衡に加えて、経常収支が勘案される。また、自国の経済規模が相対的に小さいので、経済活動が外国の経済活動に大きな影響を与えることはないという小国の仮定を用いている。 - 358 :腕白:2010/11/21(Sun) 13:00 ◆yTLbwEHGes ID:R18FqFcK4gs3
- 固定相場制下でのモデルの運用 [編集]
固定相場制では外国為替の需給にかかわりなく、為替レートを一定に保持する必要があり、財政政策か金融政策のどちらかを割り当てなければならない。財政政策を割り当てればGが、金融政策を割り当てればMが内生変数である。しかし、理論上ではGを調整して固定相場制度を維持することはできないので、Mを内生変数として考える。このため、貨幣供給は固定相場制の維持に用いられ、この意味で金融政策は無効である。IS-LM図(IS-LM分析)では、マネーサプライの増加は国内の利子率を低下させるので、資本の流出が発生し、貨幣市場への資本の超過供給は打ち消されるところで均衡するからだ。財政政策では、IS曲線が単純に左シフトし、利子裁定(先物取引における均衡利子率の性質)による均衡利子率の回復力によってLM曲線もまた左シフトする。しかし、金融政策が決定的に無効かどうかについては、国家単位の検討になる。
変動相場制下でのモデルの運用 [編集]
変動相場制の下では、経常収支の黒字は資本収支の赤字を意味する。換言すると、経常収支の黒字が継続する限り、対外純資産の増加が続く。外国債券は民間部門が保有する資産の一部を構成する。さらに、ここでは暗黙のうちに、外国債券と国内債券と完全に代替的である。このため、対外純資産の増加は、債券市場に超過供給を、貨幣市場に超過需要をもたらし、LM曲線を左下方にシフトさせるであろう。LM曲線のシフトは、経常収支が均衡するまで続く。こうして、長期均衡は、IS曲線とLM曲線の交点において経常収支が均衡するときに達成される。
関連項目 [編集]
マクロ経済学
国際経済学
IS-LM分析