異端の経済学を楽しむスレ

economy/0882 / 82 レス / 2004/02/16〜2004/05/07

1 :名無しさんの冒険:2004/02/16(Mon) 01:35
わたしはリフレ派なので異端の経済学には正直冷たい。

しかし、この板でもかなり需要があるようなのであえて作成した

マルクス(各派)、ポスト・ケインジアン、そのほかわけわからない
有象無象のものはここに情報交換を中心にかきこむように。お茶のみ感覚で

ただし煽りは徹底的に言論弾圧(削除依頼 をださせていただく。またリフレ派への批判や質問は別スレでしていただきたい。基本的にサゲ進行。
2 :名無しさんの冒険:2004/02/16(Mon) 01:40
まず勝手に問題提起させていただくが、最近、M.デサイのMarx's Revengeを
読んでいる。デサイはソ連崩壊の原因やマルクス経済学の今後を深く書いていて
面白い。

またデサイはケインズ研究家として著名なスキデルスキーと親交があるらしく、
草稿を読んでもらっているようだ。スキデルスキーも『共産主義後の世界』で
ソ連の崩壊とその後の市場化について書いている。

わたしのいまの関心は、社会主義経済の崩壊原因や地下経済、それに移行
過程の分析である。コルナイなどの業績について語れたら個人的にはうれしい
3 :名無しさんの冒険:2004/02/16(Mon) 01:51
いいですね。

ただし、sage進行の意味がわからない人に一言。送信の左横にあるsageにチェックを入れてください。それで送信をクリックすると、書き込んでも一番上にスレッドがあがらない仕組みです。

コルナイ、面白いですよね。経済サイバネティックスとか、そちらの人も関心があるかもしれない。

あと暫定的にこの板では、1とかステハンを作られたらいかがですか。
4 :1:2004/02/16(Mon) 19:13
>>3 では1にしようかな。気がすすまんけど

異端の経済学といってもいろいろあるわけでして、例えばいま訳業が進行中ときく
http://cepa.newschool.edu/het/では、なんとニューケインジアンも「異端派」に
くくられています まあ、それについては種々議論もあることでしょう。

わたしがイメージする異端派は、やはりポスト・ケインジアン、マルクス経済学、ラディカルズ、制度派経済学の一部、社会経済学、オーストリア学派、ポストモダン派、フェミニズム経済学など でしょうか。

これらについての簡便な展望論集としては、いま手元にあるものとしては

Why Economists Disagree -An Introduction to the Alternative School of Thought(D.L.Prychitko(ed))

があります。

日本語で読めるのだったら、

G.M.ホジソンの『現代制度派経済学宣言』
と
トニー・ローソンの『経済学と実在』
が理論と方法論の両輪としていいのでしょう。
5 :1:2004/02/16(Mon) 19:15
各国別で異端派の経済学を、個人的趣味で拾っていくと

イギリスでは、ホブソンの『異端の経済学者の告白』が、いま読んでもケインズとの対比などを念頭におきながら読むとやはり面白い。
http://cepa.newschool.edu/het/profiles/hobson.htm

日本語で読めるのは、このホブソンの帝国主義論などであり、彼の「人間主義的経済学」(ラスキン、モリス、カーライル、シューマッハー、ガンジーなんかにつらなる伝統)をつたえるものは翻訳ではこの自伝だけ。

ただし以下のものはサイトで読める。彼の代表作
http://socserv2.socsci.mcmaster.ca/~econ/ugcm/3ll3/hobson/workwealth.html

フランスは、レギュラシオン学派をだすまでもなく、異端経済学の国。ただし経済テクノクラートやフレンチ・ケインジアン、
アレーやDebreuなど正統的な経済学が本当は主流。
フランスの異端の経済学を知るには、以下の本がいい(フランス語だけど。私も手元にあるだけで実はよんでいない)

J.Weiller ,B.Carrier
L'economie Non Conformiste(1994、PUF) アクサンは省略

これには20世紀のフランスの異端派の流れが今日まで、ワルラス的正当との偏差として解説されている。アフタリオンとかノガロ
それにリスト、それにペルーなどが紹介されている

http://cepa.newschool.edu/het/profiles/perroux.htm
あれ、上のサイトのアフタリオン、ノガロ、リストがないな
6 :1:2004/02/16(Mon) 19:17
アフタリオン、ノガロについては、ルカイヨンの邦訳「経済分析と貨幣」『貨幣分析の基礎』なんかに紹介されている。リストは協同組合論や経済学史研究だけでなく、戦前フランス経済学界の大立者なんだけど上にはないね。戦後の大物異端派はやはりペルーかな

イタリアはスペインとともに近代経済学Modernという意味の 発祥の地 それだけに経済学も多種多様で面白い
パシネッテイが数年前
Italian Economic Papers
として三巻本で「異端」系から「正統派」まで面白い論文を網羅していた

ドイツも異端経済学の王国

ウェーバー研究や歴史派経済学、制度経済学、社会経済学などがあるが、ここはちょっと視点をかえてグーテンベルクを生んだこの国の出版文化の精華ともいえるデイレッタントな企画の次を紹介。
各巻についている解説はサミュエルソンやトービン、マスグレイブら超大物が積極的に参加したもの(ただしほとんどがドイツ語訳だが 関心あれば内容は随時紹介しよう)

http://www.oekonomie-klassiker.de/

このシリーズの編者であるBertram Schefoldはこのシリーズの各巻すべてを原語でほとんど読んだらしい。彼の論文集もまもなくでるはず。まさに歴史版「異端・正統」経済学ツアー。

こういったシリーズ(発行された当時のままを完全に復刻した印刷技術の粋)を「趣味」で読むのがいいのかもしれない。クセノフォンからはじまっているのだけど

アジアについてはまた機会を改めて。
7 :1:2004/02/16(Mon) 19:19
エディタに慣れてないので大文字と小文字がみだれてるのは当面ご容赦
8 :1:2004/02/16(Mon) 20:45
別スレで紹介したスラッファのイタリアの金融政策批判の論文は以下

L'inflazione monetaria in Italia durante e dopo la guerra(1920)

これ以外にもスラッファの貨幣論は面白そう。英語で読めるのもいくつかある。
The Bank Crisis in Italy,The Econommic Journal 1922
Italian banking Today,The Manchester Guardian Comeercial 1922
それとケインズーハイエク論争で、ハイエク貨幣的景気循環論を批判したエコノミック
ジャーナルに掲載された1932年の論文とリジョインダーが面白い(といっても10年以上前に読んだだけなので内容は忘却)。

スラッファの貨幣論の内容については思い出し次第書く予定
9 :1:2004/02/16(Mon) 22:24
本筋のひとつだが、スキデルスキーの『共産主義後の世界』には、ソ連崩壊の理由
が書かれている。理由は国家破綻。まず集権主義経済の限界。中央政府が資源の
調整に失敗して、それが諸部門のdisorganizationを誘発する。

事実上の崩壊の引き金は、やはり政治体制の弛緩と同時に、ルーブルの価値が下落し
物々交換までに至ったことである。キャピタルフライトや地下経済のメインストリート
化などが理由としてあげられている。

これだけ大きな経済組織の崩壊なのでどうしても総花的になる。ハイエクがすでに
30年代に集権主義の限界を指摘していたとスキデルスキーはあげていても、確かに
そうなのだけれども、どうしてその限界が露見せずに、80年代に噴出したのかは
わたしにはよくわからない。

ソ連の経済成長についても粉飾されているので不明だし、財政危機をおそらく
通貨発行益でまかなったいたのだろうけれども、そこらへんの具体的なデータが
伴っていればよりスキデルスキーの説明はよかったのではないか
10 :ドラエモン:2004/02/16(Mon) 23:49
オーストリア学派って、異端ですか?ルーカスというか、RBCにしろマネタリズムにしろ
オーストリア学派じゃないですか?
11 :1:2004/02/17(Tue) 00:19
>>10 銅鑼氏、それはちょっとまずい。寝る前にみてしまったのが
運の尽きなので解説しましょう。
ここにはいなばさんもくるようなのでフォローしてくれるでしょう。

まずオーストリア学派にはおおざっぱに二段階存在します。旧オーストリア学派は、1870年代
の限界革命を担ったひとりのカール・メンガー。その弟子スジに、ヴェーム・ヴァベルク、ヴィザーなどがいます。実はこの
主にウィーン中心で三世代ぐらいの研究者がいるが、ここでは「大陸系オーストリア学派」としましょう。その最後の世代の
重要人物が、ハイエク、フォン・ミーゼス、シュンペーターたちです。世代は上でも実はヒルファーディングもオーストリア学派のサークルに近いのが
面白い
ナチスが政権をとったことで、大陸オーストリア学派は事実上解体です。
ハイエクはイギリスへ。LSEでヒックス、らーナーなんかに影響を与えました。
フォン・ミーゼスはニューヨークで活動の基盤をみつけて、これが「アメリカ系オーストリア学派」です。カーズナーやロスバードなどの
「非数理モデル主義者」ですね。彼らがわたしのいう「異端」としてのオーストリア学派でして、これはほぼ現代の「オーストリア学派」
のイメージの源泉になつていると思います(わたしを含めて多くの研究者のもつ異端としての「オーストリア学派」はこの連中を指すという意味)。

で、シュンペーターですが、これは弟子がサミュエルソンですからね。

ただし理論的には、銅鑼氏が指摘したルーカスとハイエクは近いものがあるでしょうね(V.Zarnovitzが指摘)。ただ本人たちのちょくせつ・間接的な師弟関係はないはずです。
12 :1:2004/02/17(Tue) 00:27
つまり、大陸系が亡命三人組で分解して(モルゲンシュテルンもいますが)、
その中で「オーストリア学派」と現在、表現されているのは、フォン・ミーゼス
を発祥とする連中だということです。

ヒックスが例の『資本と時間』を書いても、数理モデルなので、この「オーストリア
学派」の評価はいまいち。
13 :1:2004/02/17(Tue) 00:32
異端としてのオーストリア学派のいい展望は以下の翻訳。アマゾン書評でも評価が
高い。ただしわたしは読んでませんが

『オーストリア経済学―アメリカにおけるその発展』
カレン・ヴォーン

第1章 序論
第2章 カール・メンガーとオーストリア経済学の基礎
第3章 経済計算とメンガー派のテーマの再発見
第4章 ルートヴィッヒ・フォン・ミーゼス:アメリカにおけるオーストリア経済学
第5章 オーストリア学派の復活
第6章 オーストリアン・パラダイムの定義
第7章 市場プロセス:オーストリア経済学における秩序の問題
第8章 オーストリア経済学:どこへ向かうのか

が有益。ヴォーンは確か「オーストリア学派」の中でも例外的に数理モデルを
作成することにこだわらない人物だったはず。
14 :名無しさんの冒険:2004/02/17(Tue) 09:03
サゲすぎは面倒なので無断でage
15 :ドラエモン:2004/02/17(Tue) 09:58
ミーゼスだって、ある時期までは資本理論やってんじゃなかったでしたっけ?
僕の勝手な妄想では、「異端のオーストりー学派」ってのは、日本でもよくある(笑)、
理論やめたらナントカになっちゃったのと同じなんでは?

源流のウィーン学団の思想的系譜からいえば(傍流のヴィットゲンシュタインはそれに近い
『転向』を遂げたにしてもw)、ハイエクからルーカスというのが「嫡流」に近いんじゃ
ないのかしらん? まあ、「オーストリー学派」という言葉の定義ですから、別に構いませんが。
16 :名無しさんの冒険:2004/02/17(Tue) 10:49
ソビエトは80年代に崩壊したのは、日本とアジアの発展に焦って、自ら組織を崩した
からでしょ。
北朝鮮みれば、共産主義は永続性のある経済体制であることは一目瞭然
17 :名無しさんの冒険:2004/02/17(Tue) 10:58
>15
ウィーン学団とオーストリア学派は、人的な関係はあるけれど、理論的な関係は実は
不明なようだ。

オーストリア学派の特に古い方を知りたければ、『オーストリア学派の経済学』(尾近
、橋本編著、日本経済評論社)が網羅的なので、わかりやすいだろう。
18 :1:2004/02/17(Tue) 18:41
>>15 ハイエクの貨幣的景気循環論は細かいところは忘れたんだけど、確かに基本的
な構造は、ルーカスと似ているのかもしれない。

ルーカスでは、世代重複モデルを使用して、物価水準の変化が若者世代と老人世代の
人口構造の変化と、それに加えて貨幣供給量の変化のふたつから生じているといって
いい。その一方で、経済主体が認識できるのは物価水準の変化だけだから、一を知って
二を知ることができない情報の不完全性が生じている。このために、貨幣供給の変化が
実体経済に影響を与える可能性がでてくる。

ハイエクも迂回生産という生産構造の変化と貨幣供給量の変化が、物価水準(あるいは
相対価格効果であったか、そこらへんは忘却した)の変化をもたらす。経済主体は
このうち物価水準の変化は迂回生産の構造的変化によるものと錯誤してしまう。そうすると貨幣供給は実体経済に影響を及ぼすといったような議論だったかもしれない。
19 :1:2004/02/17(Tue) 18:44
>>18 補足

ルーカスでは物価水準の変化を、貨幣供給の変化ではなく、人口構造の
変化によってもたらされていると錯誤していることになる。
20 :1:2004/02/17(Tue) 18:49
もちろんこのルーカスの考えだと、貨幣供給の変化であると正確に経済主体が
予見していると実体経済にはなんの効果もあたえないことになるのだが、
数日前にちょこっと わたしと銅鑼氏とのたわいのない会話ででてきたハーン
などはこのルーカスの枠組みそのものを使って、貨幣供給の変化
が完全予見されても、実体経済に影響を与える世代重複モデルを構築している。
で、この話の延長に、ベナシーやクルッグマンすらでてくるというわけだな。
21 :1:2004/02/17(Tue) 21:03
>>15>>17

ウィーン学団とオーストリア学派との影響関係ではないけれども、論理実証主義
と「オーストリア学派的なもの」との接合は、本国よりもこの日本でのほうが
割合とあるのじゃないかな?

安井琢磨はその『著作集一』に収められている諸論文は、Bohm-Bawerk流の迂回生産
を入れ込んだ貨幣的均衡モデルがあったはず。それでかでなく戦前にメンガーの『原理』を翻訳している。

でもこの安井氏の中で、上記の「オーストリア学派的なもの」と論理実証主義が
結合している。理論経済学会の会長講演が「近代経済学と論理実証主義」だったりするだけではなくい、戦前の日本における論理実証主義の受け皿であった『統一科学』にも
寄稿を何度かしている。

もっとも安井氏の論理実証主義の造詣は玄人なみとはいえ、肝心の「オーストリア学派なるもの」への傾倒は、戦後は衰えて、オーストリア学派の最大の貢献は限界効用学説であり、それが現代の消費理論に組み込まれているが“ゆえに”評価するというものに
落ち着いているけどね。

安井氏の『世紀末ウィーン』は名訳だけどね。

たまにはあげます
22 :1:2004/02/17(Tue) 21:10
間違えた。戦前の論理実証主義を導入した雑誌は『綜合科学』。ウィーン学団の
「統一科学」のマニフェストを紹介したり、論理実証主義の喧伝をしたので
有名だけど(でもこんなの知ってる物好きはわたしだけか)、本当はこの
雑誌とグループのリーダーであった篠原雄が、H.G.ウェルズが書いて戦前の
青少年の胸を熱くした(とうちの爺様がいってた)『世界文化史体系』に影響
されたものらしい。
23 :1:2004/02/17(Tue) 21:16
うちの爺様といっても下のサイトの孫と祖父ではないのであしからず
http://www.kct.ne.jp/~fjwr/Christ2.html
24 :ドラエモン:2004/02/17(Tue) 23:13
>>21

フリードマンvsサムエルソンの論争でも、論理実証主義を巡る方法論争は結構盛んにやられて
ますよね。あのときは、仮定の現実性かモデルの説明力かという話だが、背景には科学哲学の
議論があった。

ただねぇ、日本では西田から今西まで、思弁的というか反(西欧)科学主義が人気があって
西欧科学の精髄(w)である論理実証主義は、決してメジャーであった事はないでしょう。
25 :名無しさんの冒険:2004/02/18(Wed) 00:48
そうかな?ウィトゲンシュタインなんかは人気あって
日本でも崇拝者多いんじゃない?
26 :ドラエモン:2004/02/18(Wed) 00:59
>>25 後期の方じゃない?
28 :名無しさんの冒険:2004/02/18(Wed) 03:14
そういえばタリバン招き猫さん(失礼!)が今西錦司のファンだったんじゃなかったっけ?
他スレで猿の話で盛り上がったとき損な話してた気が。
29 :1:2004/02/18(Wed) 18:38
>>24 フリードマンとサミュエルソンは直接対決してましたでしょうか 手元には
方法論についての本はわずかしかないのでわからないですが
たとえば
下のサイトの
http://cepa.newschool.edu/het/essays/method.htm
のなかの
http://philosophy.wisc.edu/hausman/papers/67.htm
をみましたが、ちょっとわからないですね。サミュエルソン自身は、『経済分析
の基礎』のモットーにもあるように、ギブス(「数学は言語である」で有名)やブリッジマンといった物理学者や数学者の影響を受けたようですね。

安井琢磨によれば、サミュエルソンへの論理実証主義の影響はあまり大きくないとあります(『近代経済学と私』)

ただ、安井氏もそうなのですが、ブリッジマンの著作は日本でも戦前訳されていて、この本の影響は安井氏が戦後に論理実証主義に傾倒するうえでの動機になったようですので、サミュエルソンの場合も安井氏と同じ感じなのかもしれません。

もっともブリッジマンの本はさすがに読んでませんのでどうつながるのかは想像できませんが

サミュエルソンはむしろ師匠シュンペーターのようにマッハ主義者だったのかもしれません。マッハはご存知のように
感覚=行動一元説ですので、精神と行動の二元論には批判的です。サミュエルソンもマッハと同様に、例えば顕示選好理論などは観察された選択行動から構成されますからね。

で、銅鑼さんの日本では西田哲学や今西生物学が優位で論理実証主義的態度が根付かなかったとの指摘ですが、この理由のひとつとして、戦前の日本(戦後でも)マルクス主義の影響が強くて、レーニンの『唯物論と経験批判論』でマッハは批判されている
ことの影響もありかもしれない。本場のウィーン学団は、ご存知のように前身が「エルンスト・マッハ協会」なんですよね。そういった知的伝統の差かもしれないですね
30 :1:2004/02/18(Wed) 18:46
それと安井氏が『世紀末ウィーン』までに専門を超えて手を“ださざるをえなかった”内在的な理由というのも、実はなんで日本では論理実証主義的な方法論というか思考
のありかたが定着せずに、なぜウィーンの20世紀はじめにこの精神的な態度とでも
いうべきものが定着したのかを、検討しようとしたかったのかもしれない。
31 :1:2004/02/18(Wed) 18:47
>>27すみませんがその手の発言も削除依頼させていただきます
32 :1:2004/02/18(Wed) 18:58
書誌情報を捕捉

webcatで検索したものですが

現代物理学の論理 / ブリッヂマン[著] ; 今田恵, 石橋栄訳<ゲンダイ ブツリ
ガク ノ ロンリ>. -- (BN04971131)
 東京 : 創元社, 1941.7
 250,8p ; 19cm. -- (創元科學叢書 ; 7)
 別タイトル: The logic of modern physics. ; 現代物理學の論理
33 :名無しさんの冒険:2004/02/18(Wed) 21:31
ひょっとしたら異端かもしれないので、このスレで質問させてください。
中谷巌がいってる期待係数変動仮説ってなんですか?
34 :1:2004/02/18(Wed) 22:13
>>33 それってどこに載ってる話ですか
35 :名無しさんの冒険:2004/02/18(Wed) 23:00
中谷巌の『マクロ経済学入門』らしいです
36 :名無しさんの冒険:2004/02/18(Wed) 23:04
>>34
山形『クルーグマン教授の<ニッポン>経済入門』解説によれば、中谷『マクロ経済学入門』日経文庫にのっているやつだ。
>>33
1は物知りだから答えてくれるかもしれないけど、異端の意味が違いそう。でも、PKだけでなくて、アカロフみたいのをとりあげるのもいいかもな。
37 :ドラエモン:2004/02/19(Thu) 09:13
>>29

レーニンのマッハ批判が決定的でしょうね。あの類は「へたれ人文系」ではタブーになった。
というか、この批判のおかげで、近代科学の哲学を無視して構わないから「へたれ人文系」が
誕生したと言っても良いように思う。

あと、サムエルソンvsフリードマンは、議会で直接対決したように思う。トービンだったかな?
38 :名無しさんの冒険:2004/02/19(Thu) 11:09
>>37
そういえば、広松渉がマッハを取り上げているが、今からすると、その意味がよく分
からない面があるが、当時は、左翼的には、マッハを取り上げたこと自体に意味が
あったのだな。
39 :ドラエモン:2004/02/19(Thu) 12:47
>>38 御意
40 :名無しさんの冒険:2004/02/19(Thu) 15:10
マッハ文朱はペッパーダイン大学Ph.D.
41 :1:2004/02/19(Thu) 18:53
>>37 ちょっとサミュエルソンの著作集をみてみたら、確かにフリードマンとの論争があります。

1「気楽な冗談」の中で
2 AERを舞台にした、サミュエルソンの「フリードマンの方法論批判」(F-Twist)を
めぐってのマハループ、ナーゲルとのやりとり。マハループの反論が用意周到なもので
サミュエルソンは一年もかけて再反論している。

直接のフリードマンとの対決は、気楽な会話の中で「ミルトン、君は、バナナの綴り方を知っていると告げる子どもみたいなものだ。もっとも子どもはいついうのをやめたらいいのか知らないが」と放言している

しかし、「方法論をするものは研究者にあらず」といいながらも、サミュエルソンも
そして同じく方法論に辛らつなハーンもかなりこの手の話題が好きだったし、のめりこんでいたのは確か

サミュエルソンの批判の対象は、F-Twist(フリードマンの歪み)=仮定が非現実的であってもその理論からの帰結がただしければ問題なし というところ。

サミュエルソンは、「仮定-理論」に欠陥があれば、それは帰結がよくても弁護できない、とするものであったといえますね。

マハループとサミュエルソンとの闘いは、サミュエルソンが一年も準備しただけあって
まだ読みきれないほど深いのであらためて紹介
42 :1:2004/02/19(Thu) 18:54
うっかりアゲてしまいましたがサゲ進行で願います
43 :1:2004/02/19(Thu) 19:12
Machlup, F. (1964), "Professor Samuelson on Theory and Realism: Comment" American Economic Review, 1964..

Nagel, E. (1963), "Assumptions in Economic Theory" papers and proceeding 75th annual meeting AEA, American Economic Review 1963.

Samuelson, P.A. (1962), "Discussion "Problems of Methodology" AEA, meeting dec. 1962, American Economic Review, 1963.

Samuelson, P.A. (1964), "Theorie and Realism: a reply " American Economic Review 1964.

Samuelson, P.A. (1965), " Professor Samuelson on Theory and Realism: Reply" American Economic Review 1965.

論争に関係する論文は以上の主に四つ。フリードマンは影の主役でしょう。
44 :1:2004/02/19(Thu) 19:27
実は先の紹介した
http://philosophy.wisc.edu/hausman/papers/67.htm
を読んで気がついたが、このサミュエルソンとフリードマンの方法
論争というのは、SuttonのMarshall's Tendenciesの問題に直結する。
もっとも上の論文をみればわかるが、Marshall's Tendenciesというより
も、Mill's Problemとしたほうが歴史的由来では正しいようだ

簡単に問題をひとことでいうなら、経済学は経験主義とまだ折り合いが
方法論上でうまくついていない、ということなんだろう
46 :1:2004/02/19(Thu) 21:08
>>45 MM大ってなんですか? とりあえず削除依頼させていただきます
47 :1:2004/02/19(Thu) 21:23
ちょっと出鼻をくじかれたのですが、(ただわたしがMM大というのはどういう
類推からでたんでしょうね 明治なんとか大ですかね わからないなあ)

ま、確かにこまこました知識をひけらかし気味と反感かいそうなんで、さげ進行なんですけどね。

とりあえずリフレ政策以外のネタがあってもこまらないと思いますよ
48 :1:2004/02/19(Thu) 21:26
それと「知ったかぶり」かどうかは、ぜひ試しに突っ込みいれてください。
その方が楽しめますからね できれば建設的な議論や情報交換がしたいですね
49 :1:2004/02/19(Thu) 21:52
それと最近、上のほうに浮上してきた「数学なんとか」スレ(とそれのリンク先のスレ)で、上にもでたMarshall's Tendenciesがひところ爆発的な人気をもっていたのがわかったのですが、
しかしよくスレの応答を読むとMarshall's Tendencies自体をちゃんと読んでの展開
ではないように思えます。全部読んだ上での議論は誰もしていない

ロビンズ流(オーストリア学派流)のアプリオリな演繹主義が一方にあり、他方にデータを膨大に集めてそこからなにものかを読みとろうとする景気循環研究者(ミッチェルなど)の帰納主義者がいる。この両極端の間に、マーシャル=ミルの伝統的なMarshall's Tendencies的立場がいるということですね。

それと最近、上のほうに浮上してきた「数学なんとか」スレで、上にもでた
Marshall's Tendenciesがひところ爆発的な人気をもっていたのがわかるのですが、
しかしよくスレの応答を読むとMarshall's Tendencies自体をちゃんと読んでの展開
ではないように思えます。

ロビンズ流(オーストリア学派流)のアプリオリな演繹主義が一方にあり、他方にデータを膨大に集めてそこからなにものかを読みとろうとする景気循環研究者(ミッチェルなど)の帰納主義者がいる。この両極端の間に、マーシャル=ミルの伝統的なMarshall's Tendencies的立場がいるということですね。
50 :1:2004/02/19(Thu) 21:53
それと最近、上のほうに浮上してきた「数学なんとか」スレで、上にもでた
Marshall's Tendenciesがひところ爆発的な人気をもっていたのがわかるのですが、
しかしよくスレの応答を読むとMarshall's Tendencies自体をちゃんと読んでの展開
ではないように思えます。

ロビンズ流(オーストリア学派流)のアプリオリな演繹主義が一方にあり、他方にデータを膨大に集めてそこからなにものかを読みとろうとする景気循環研究者(ミッチェルなど)の帰納主義者がいる。この両極端の間に、マーシャル=ミルの伝統的なMarshall's Tendencies的立場がいるということですね。

Marshall's Tendenciesは、経済現象のような複雑な現象は、主要因(現象の「傾向」をしめすもの)とノイズにわける。
主要因を表現する理論的フレームワーク(それに付随するノイズ)が、対象とする経済現象を完全に記述する上で重要となります
例えばケインジアンとマネタリストの論争も同じISLMのフレームワークで経済の「主要因」が表現されているので、両者の対立はパラメーターの違いや対象とするデータの歪みなどの「ノイズ」の違いでとらえる、というわけです。

しかしこのようなMarshall's Tendenciesは、標準的なフレームワークとして19世紀
から戦後まで君臨してきたが、これは経済現象を「傾向」と「ノイズ」の組み合わせで
表現する完全なモデル志向である、これは容認できない、というのがサットンの主張でしょう。
51 :1:2004/02/19(Thu) 21:57
>>49は誤爆です。すみません
52 :1:2004/02/19(Thu) 23:20
寝る前にもうすこしだけ

Marshall's Tendenciesの典型的な事例というのが、サミュエルソンの比較静学
と考えられます。「他の事情を一定にして」という形でノイズを封じ込め、傾向
である需要・供給法則自体に悪い影響を与えないようにしていますからね。
サミュエルソンの完全モデルへの追求という態度も、フリードマン的な道具主義とは
まったく対立しているのもMarshall's Tendenciesの一事例としてふさわしいものです。

サットンの話は、「真の法則」と「みかけの法則」、「識別可能性」や「識別不可能性」、「自然による実験制御」などといった小尾氏の問題意識と後半から非常に
クロスしていきますが、それはまた今度紹介します。
53 :名無しさんの冒険:2004/02/19(Thu) 23:29
小尾氏って誰?
54 :名無しさんの冒険:2004/02/20(Fri) 12:24
正統派(?)「貨幣的ケインジアン」の理論ってポストケインジアン(あまり詳しくはわからないのですが)の内生的貨幣創造(でしたっけ?)に近いという印象を受けたのですがどうなんでしょう?以前に流し読みした『社会経済システムの制度分析』って言う本の中では、P・Kあるいはレギュラシオン派である著者たちは自らの立場を「貨幣的ケインジアン」と位置付け、「実物的ケインジアン」=主流派として批判していたように思います。そして、自らの(異端派的?)「貨幣的ケインジアン」の哲学的基礎を、貨幣の物象化に求めていました。稲葉『教養経済』で言及された、マルクス=カラ谷=岩井的な貨幣論ってのもこれと同様の趣旨だと思います。すると、P.Kの支持する政策もリフレということになるんでしょうか?しかし、小野善康のように、理論的にはリフレ派でも、政策的には実物的ということもありますからね・・・っていうかそもそもアカデミックな(?)異端派は政策提言にはあまり意欲的じゃないんでしょうかね?
55 :54:2004/02/20(Fri) 12:27
また、正統派「貨幣的ケインジアン」と(異端派的?)「貨幣的ケインジアン」の差異ってのは、やはりミクロ的基礎付けを重視するかどうかってとこなのでしょうか?「基礎付け」から導かれる理論的帰結を批判していたのは、その批判は帰結が異なる(実物的or貨幣的)ことによって意味があるように思えるんですが、理論的帰結が同じ(貨幣的と貨幣的)場合には、ミクロ的基礎を備えているほうが、より理論的強度が強いような気がするんですがどうなんでしょう?これは、新古典派的操作主義への批判を自ら浴びていると思えないでもありません。なぜなら、異端派はケインズの理論を「アドホックではあるけども受容する」(ホッジソン)とし、ミクロ的基礎付けを放棄していたわけですが、それは、ミクロ的基礎付けの理論的帰結が彼らにとっては「とんでもないことになる」(=新自由主義的?!)からでしょう。しかし、ミクロ的基礎付けの前提よっても貨幣ケインジアン的帰結が導かれれば、このほうが、ミクロ的基礎(或いは経済学的基礎)抜きに論じている「アドホックな立場」よりもどう考えても説得力があるように思えます。
話を腰を折るようで申し訳ありません・・・
56 :54:2004/02/20(Fri) 12:33
訂正
なぜなら、異端派は・・・→「なぜなら」を削除
58 :54:2004/02/20(Fri) 13:09
「近経の人は置塩信雄をどー思ってるの」って言うとこの最近レスに似たような論点があった。参考までに・・・
59 :名無しさんの冒険:2004/02/20(Fri) 17:33
1に代わって>>57を削除依頼してきまっす
60 :名無しさんの冒険:2004/02/20(Fri) 17:47
>>49-52

1氏自身はSutton卿の"Marshall's Tendencies"を読んだのか?

この本の狙いは
「主要因(現象の「傾向をしめすもの)とノイズにわける」
という標準的な考え方について説明することではなく
経済学を検証可能な科学として発展させるためには
標準的な方法論だけでは不十分であり
別の考え方も取り入れる必要性があることを
主張することだと思うのだが。

邦訳が出るという噂があったはずなのだが、
翻訳はどこまですすんでいるんでしょうかね?
61 :1:2004/02/20(Fri) 18:14
>>60 ようやく帰宅したばかりなので、いままでのMarshall's Tendencies
に関するわたしの書き込みは主に「標準パラダイム」の説明についてのもので
同書の第1章の半分の内容を我流にまとめただけです。だからこの「標準パラダイム」を緩める話までは書いていません
残りの部分については興味がある人がいればここにわたしなりの読み方を書いて
みようと思っていました。ただ勉強不足のところ、例えばハーベルモについて
少し勉強したいと思っていたましたのでその情報を交換できればさらにうれしいですね

翻訳もでるのですか どこからでしょうか
62 :名無しさんの冒険:2004/02/20(Fri) 18:17
ところで1というのもやめて名無しに戻ろうと思います

>>59様、ありがとうございます。念のためわたしからも
削除依頼をしておきます。
管理人様もたいへんこまめに削除いただいているので
この場で感謝いたします
63 :名無しさんの冒険:2004/02/20(Fri) 18:29
どうも性分で細かいところが気になりますので、サットンを誤読すると
いけないですから、
http://cepa.newschool.edu/het/profiles/haavelmo.htm
にある1940年代の論文を一通りチェックしたいと思っています。たぶん週末に翻訳
で読む機会をつくることができるでしょう。

それとマーシャルの方法論の元祖であるミルの以下の論文
http://www.ecn.bris.ac.uk/het/mill/question.pdf
も読んでみるつもりです。

ところで稲葉氏の本が話題にあがっていますが、申し訳ないですが読んでいません。財務省に相談して早めに入手いたしたいと思います。


中谷氏の『マクロ経済学入門』は運よくもっていますので、今日の遅くにはなにか
書く時間があればいいと思っております。アカロフに近い話なんですね。アカロフの
どんな話なんでしょうか? 興味がありますね

サミュエルソンとマハループは昼間読んでみましたが非常に難しいですね。しかし
これもどうにかここでまとめてみたいと思います

予告編ですみませんが
64 :名無しさんの冒険:2004/02/20(Fri) 18:38
>>53 小尾恵一郎氏です
65 :1:2004/02/20(Fri) 18:40
考えてみましたが、削除依頼するときには、スレ主が
捨てハンでもコテハンのほうが、理由がたちやすいので
やはり当面は1でいかせていただきます。すみません
66 :名無しさんの冒険:2004/02/21(Sat) 00:24
>>62
>管理人様もたいへんこまめに削除いただいているので
そうそう。それだけでもかなり居心地良くなってるよな、苺って。
67 :名無しさんの冒険:2004/02/21(Sat) 00:52
>>66 管理人批判だよな、これ? まじでやめとけ。
68 :66:2004/02/21(Sat) 01:21
>>67
えー!なんで?いや、マジで思ってんだけど。
この前も夜の12時過ぎに削除依頼したら、朝の7時には削除されてて。
やっぱ荒らしとか速攻削除してもらえると、板も見やすいなぁと思って感謝してたんだが。
69 :1:2004/02/23(Mon) 20:12
>>63 に書いてあった中谷『マクロ経済入門』は読みました。しかし
これは長期フィリップス曲線が期待係数の変化によってシフトしていく
という話ですね。しかし物価水準への期待の錯誤(どうして錯誤するかは
中谷氏は相対賃金仮説などを持ち出してきているようだ)が「長期」に
わたって修正されないのはちょっとなじめない感じがしますね。

アカロフたちの論文もネット上で入手しましたが、かれらの場合は近合理性
を設定してますので、この点ではわかりやすいのですけどね。

さがりすぎたのであげましょう
70 :1:2004/02/23(Mon) 20:58
それとサミュエルソンとマハループとの対立と、それに関連してのサットンの議論
の続きです。

サミュエルソンとマハループのAER上の対立は、前者が主に理論言説(サミュエルソンによれば、理論≡仮定≡帰結 いうものです)は、操作可能な経験的データと対応していなければならない、と主張したのに対して、後者のマハループは、理論的言説(含む仮定)は、操作可能な経験データとは対応することは事実上きわめて困難だし、まれな
条件のもとでしか可能ではない。さらにマハループは、サミュエルソンは理論≡仮定≡
帰結 という論理関係を前提にしているので、理論だけでなく仮定と帰結もすべて操作
可能な経験的データと照応していなくてはいけない、しかしそれは理論をみても事実上不可能であり、さらに帰結を導きだすときは、単に理論から演繹的に導きだされるものではなく、仮定された事象と理論との連言として構成されていると、マハループはサミュエルソンの「理論≡仮定≡帰結」を批判するわけです。

サミュエルソンがなんでこの妙な「理論≡仮定≡帰結」という論理関係を採用したかと
いうと、それはこの三要素がすべて同じ経験データに照応していなくてはいけない、と考えたかあであり、それは彼が「F-Twist]と呼んで批判したフリードマンの方法論への
否定(仮定は現実と関係なくてもいいなんて信じられない! というサミュエルソンの
態度表明)とかかわっています。

それに対してのマハループの批判の概要は上に書いたとおりですが、これはサットンの
Marshall's Tendenciesへの批判と関連しています。
71 :1:2004/02/23(Mon) 21:08
マハループのサミュエルソン批判をもう一回整理すると

1 サミュエルソンのように「理論≡仮定≡帰結」ではなく、帰結は仮定と理論の連言である。
2 さらにサミュエルソンの「理論」と対照される「操作可能な経験データ」は
単一なものではなく、非常に操作困難な複雑なものである

ということです。例えばサットンがMarshall's Tendenciesとしてあげたマーシャルの
波の理論化、それは波の傾向法則とノイズで構成されます。その上で、波の傾向法則に
適応した「操作可能な経験データ」とのテストが行われるわけです。

しかし、マハループは問う。「そもそも波とはどんな波なのか? 地中海の波なのか、
あるいは水槽の波なのか、それともどれだけの高さの波を対象にしているのか、などなど」。「波」を経験データに操作する仕方はいくつもあるが、それらの「経験データ」は完全には「波」と対応していない、というわけです。
もちろんマハループは波ではなく、「価格」でその話を書いているのですが
72 :1:2004/02/23(Mon) 21:20
「波」ではなく、マハループの「価格」のほうがわかりやすいかもしれない。

理論的発言(需要供給分析)の中の「価格」に適応した「操作可能な経験データ」が
ないといけない、というのがサミュエルソン。

対して、マハループは、「価格」といっても、ある財A(肉まん)の生産者から入手した価格リストをつ操作(平均したり、ウェイトしたりなどなど)、また売り上げを販売数で割ったもので考えてそれを操作するか、または消費者や卸の人からのアンケート調査でしらべてそれを操作するかなどなど、こういった手段で入手した「肉まんの価格」は
需要供給分析の「価格」に完全に対応していない、ということです。

つまり単に「経験データ」とのテストで、モデルを選択したり淘汰する考え方はかなり
あやうい、というのがマハループの意見なわけです
73 :名無しさんの冒険:2004/02/23(Mon) 21:31
ネタ本はBruce Caldwellでっか
74 :1:2004/02/23(Mon) 22:02
>>73 それはまだ読んでないですね。わたしの元ネタは『サミュエルソン経済学
体系10』です。その本は正確にいえば太古に読みましたが内容は
わすれた。もし読んでいるのでしたら、上の要約を補足してもらえませんか

あと別の話題

>>54 稲葉氏の本はあいかわらず未読です。アマゾンなどでの評判は高い
ようですね。

ところでレギュラシオンの貨幣的ケインジアンの話ですが、これは例えば
オルレアンの『金融の権力』などは事実上、シラー(『根拠なき熱狂』、『
新しい金融秩序』)、それにドラッカー!(『見えざる革命』)とあまり
いっていることが異なるものがない、という印象をもっています。

シラーもドラッカーも金融テクノロジーの進展で、人口構成の変化に伴う年金負担
が、雇用の流動化と民間主体のリスク配分機能の充実がすすむとしています。
オルレアンの本も彼らの視野とほとんどかわらないように読めますが、いかがでしょうか。
75 :1:2004/02/23(Mon) 22:15
ところで笑えない話かもしれませんが、日本でオルレアン的なシナリオを
一番書いていたのが、一時期、401Kで"奮戦"していた中北徹氏ですね

これはレギュラシオンの人からは怒られるかもしれませんが、一応情報提供として
76 :名無しさんの冒険:2004/02/24(Tue) 15:25
>>63

サットンを誤解しないためには、
サットン自身の仕事を読むのがベストだと思います。

「標準パラダイムを緩めるべきだ」という主張に説得力を持たせるためには
思想的な議論をどんなに積み上げても駄目で(この点は強調!)、
実際に緩めることによって今までには無かったタイプの
信頼性の高い結果を出す必要があります。論より証拠!
サットンが偉いのは実際にそれをやってみせたところ。
(私もサットンの部厚い本を読んだわけではないですが)

「「経済学」学」だけってのはやっぱ全然駄目だと思う。
77 :1:2004/02/25(Wed) 21:25
>>76 だめかもしれませんが、全然駄目とはちょっと思えないのです。
ただし、わたしがいまなぜか読む気力が沸いている安井琢磨氏のような
人も「方法論の勉強しても経済学がすすむわけはない」といっては
おります。いや、サミュエルソンもハーンもそうなのですが。

かといってみなさん方法論自体をご自分たちの理論とは全然関係なく
(サミュエルソンなぞは「おまえの理論と方法論は全然違うじゃないか」と
マハループに批判されております)熱心にやるというのも「方法論の味」
みたいなものがあるのでしょう。たとえそれが下卑たするめの味にせよ

というわけで異端スレですので、サットンの分厚い業績も読みたいのは
やまやまですが、それはそのうちということで、当面はサットン含めて
方法論も話題のひとつとしてやる予定でおります。

とはいっても最初に書いたわたしの関心-ソフトな予算制約問題 とでも
総称しょましょうか。ただし地下経済的なものもやりたいのですが

そういったテーマもふれていいきたいと思っております
78 :名無しさんの冒険:2004/03/02(Tue) 21:40
ジョンロビンソンは何がきっかけでいつごろから新古典派じゃなくなったのですか?
サーカスでケインズの貨幣論の勉強会をしていたときからですか?
79 :名無しさんの冒険:2004/03/02(Tue) 23:18
ニコラスカルドアもいつから新古典派じゃなくなったんでしょうか。
LSEでハイエクなんかとともにロビンスのもとにいたんですよね。
確かハーンはカルドアの弟子だったような・・・
80 :名無しさんの冒険:2004/03/04(Thu) 11:10
カルドアは、補償原理の頃は、まだ、新古典派だったが、戦後は、PKだろう。

ロビンソンは、そもそも、新古典派であったのだろうか。せいぜい、マーシャリアンだっ
たというぐらいでは。部分均衡は使っても、一般均衡は使っていたのかな。
81 :1:2004/03/06(Sat) 16:31
ロビンソンやカルドアがそもそも新古典派だったでしょうか。やはりケンブリッジ学派
としておいたほうが無難そうです。

ところで異端スレではあれ、なにか一貫的になにかものめずらしいテキストを読んで
みるのもどうかな。と思いました。

邦訳のでているジャン=ピエール・デュピュイの『犠牲と羨望 自由主義社会における
正義の問題』を気がむいたときに、まとめとちょっとした補足をいれて読んでいく
つもりですのでよろしく(あまり人気がでないでしょうけど
82 :1:2004/03/06(Sat) 19:11
サン・シモンを読み出しています。これも上のデュピュイと平行して
ときたま書き込む予定です。

http://cepa.newschool.edu/~het/profiles/saintsimon.htm

そういえば一橋の吉原さんの論文をいくつかダウンロードしましたが
搾取理論や階級論などで面白いものがあるのですね。
83 :元5浪生(現在某地方国立大生):2004/03/16(Tue) 19:08
こういうスレがあるから経済学がヴァカにされるんだね。
84 :長谷川慶太郎:2004/03/19(Fri) 08:32
呼んだか?
85 :名無しさんの冒険:2004/05/07(Fri) 02:32
オイ1三日(?)坊主か?それとも職が得られず自殺か?