保守派に批判される筋合いなどない

economy/0623 / 666 レス / 2002/10/06〜2003/04/08

1 :ぺリクルス:2002/10/06(Sun) 08:45
>昔から繰り返されてきた保守派の批判「実在する市場経済と理想の社会主義の比較
>は無意味だ」という主張が出てくるけど、いかが?
とドラエモンがいっていたが、このような保守派の批判派まったく的外れの批判と言わねばなるまい。保守派は市場は「プラス・サム・ゲーム」と考えている。これは彼らが微温湯生活で現実世界を知らないからである。このような市場観は廷臣が「王妃様、民衆は飢えております。もはやきょうのパンさえありません」といったのに対して、 マリー・アン トワネット「あら、パンがないのならお菓子を食べればいいじゃないの」と答えた逸話を思い出させる。彼らはどんなに貧富の差が拡大し、公平さが失われ、犯罪が増加し、病院にもいけず、給料のいい職につけず、大学にもいけずに、ただ彼ら保守派の奴隷として酷使されているという状況下を見ても市場は社会を相対的に豊かにしていると錯覚している。
さて、彼ら保守派の市場というものも「トンでも」といっていいほど傑作である。このようなバカバカしいおとぎ話がシガゴ大学でも大真面目に語られているのにはただただ笑いころげるしかないではないか!!!もっとも笑わせてくれるのは、「タヌトマンが発信する価値情報にもとずいて、孤立した個々人が意思決定を行い、生産や購入を行う」というものだ。こういったSFチックな話は彼らの頭の中だけにとどめてくれればいいのであるが、困ったことに彼らはあらゆる政府の中枢部に潜入しており、規制を緩和しまくって資本家の横暴を許させ、無法状態を作り出し、それを見て「やったー、完全競争に近づいてるぞー。資源の最適配分がなされるぞー。レッセフェールマンセー-----------!!!!!」とぬかしているのである。彼らの「完全競争市場」という市場観。これこそ、人間に道徳を忘れさせるこの世のサタニズム、民衆をコントロールする阿片である。貴様らに社会主義を「現実的ではない」といって批判する資格は無い。
2 :招き猫:2002/10/06(Sun) 09:09
ぺりさん。おはようございます。

うーん。
あなたの行動パターンは、どうも周辺と軋轢を好むように思われる。
俺もそうだから解るんだが、あえて、そう言うことを起こす、「火中の栗」を拾う。
とうより、「自分で火をつけたがるのは何故か」と言うことを熟考されよ。

人生、社会悪について悩むのも良いが、自らの人生について悩む時間があっても良いではないか。
3 :ぺリクルス:2002/10/06(Sun) 11:56
猫さんおはよう
どうもみんなの反応がいまいちだなあ。ちょっとテンションを高めに設定しすぎたか?モードを変えよう

>自らの人生について悩む時間があっても良いではないか。
私めは革命に人生を捧げたので、自分のついて悩むのは社会悪について悩むことなのですよ。
4 :ぺリクルス:2002/10/06(Sun) 12:00
正直言うと、ちょっぴり内ゲバ闘争に疲れました
5 :歌舞:2002/10/06(Sun) 12:11
>>04 あんまし中味のないアジテーションは損だと思うよ。まずこのスレみたいな感情丸出しのスレはまずまともに相手されない。 たぶん、帝国主義スレもPK初級ネタで盛り上がっているだけなんだから、少しアジるのと要約路線をやめたほうがいい。2chあたりの方が○経に理解あるような人も確かに多いだろうね。で、最大の問題は「知的なもの」があんましないから、みんなで煽っている「空気」をわかるべきだと思うよ。
で、sage
6 :PK@初級コテハン:2002/10/06(Sun) 12:37
>で、sage

これはキツイな よう言わんわ
苺の中級以上はコレが言えるとこが凄い
初級はせいぜい、うんこちんちん、ぐらいが限度ですわ
7 :名無しサンバルカン:2002/10/06(Sun) 13:27
>>04
>正直言うと、ちょっぴり内ゲバ闘争に疲れました

どっかの大学で、学生運動とかやってんの?
早稲田とか法政とかですか?
なんか、>>04の発言に人間味を感じて好感を覚えました。
思ってること、正直にはいちゃいなよ、楽になるよ・・・。
ここは匿名掲示板なので誰も、君のことを非難しないよ。
「王様の耳はろばのみみ」みたいな感じで。
8 :ぺリクルス:2002/10/06(Sun) 13:47
>05
このBBSに特有のノナネールの臭いがしそうなノリみたいなのはあるんだろうけどさ。よう解さないよ。ところで、中味が無いというが、俺は嘘を書いてはいないんだけどね。もしかして、タヌトマンが価格シグナル出してるっていう新古典派の主張を信じてるの?
9 :名無しサンバルカン:2002/10/06(Sun) 17:45
てゆうか、21世紀の今日において内ゲバをしているというのは危険極まりない種族だ。
苺が考案の監視下におかれるなんてイヤなので消えてください。
10 :名無しサンバルカン:2002/10/06(Sun) 20:07
既に考案の監視下におかれてますが、なにか
11 :招き猫:2002/10/07(Mon) 09:56
>>03
>私めは革命に人生を捧げたので
「革命」って、人生を捧げるに値するものなのか?もう一度熟考されることを祈る。
12 :名無しサンバルカン:2002/10/07(Mon) 11:39
>「革命」って、人生を捧げるに値するものなのか?もう一度熟考されることを祈る。
値するに決まってるでしょ。

問題は、その「革命」がマトモかどうか。
全ての革命がトンデモだとアプリオリに考えていたとしたら、
旧主派として打倒されても仕方ない(笑)。
13 :名無しサンバルカン:2002/10/07(Mon) 12:42
革命なんてものが、ろくなものであったためしが無い。
結局は暴力が吹き荒れる。
14 :招き猫:2002/10/07(Mon) 13:09
>>13
俺もそう思う。革命が暴力を伴う改革であると定義した場合、
他者の痛みが理解できないような改革が、真の改革であるはずがない。
革命思想はどうしてそう簡単に暴力を肯定できるのか、不思議だ。
その時点で自己矛盾を内包しているではないか。
15 :名無しサンバルカン:2002/10/07(Mon) 15:11
今の日本に革命なんぞ必要ない。
粛々と正しい経済政策が実行されればいいだけだ。
言論の自由が保障されている民主主義の世の中で、自分の主張を通したいのであれ
ば、言論に言論を重ねるだけだ。これ以上でもこれ以下でもない。
暴力によって得られた革命は内容が正しくとも100%間違いである。
なぜなら、強いものこそ正しいということを認めることになるからだ。
革命なんて糞くらえ!
16 :名無しサンバルカン:2002/10/07(Mon) 15:17
> 革命なんてものが、ろくなものであったためしが無い。
フランス革命やアメリカ独立革命も?

>革命が暴力を伴う改革であると定義した場合
暴力革命の成果によって平和革命の道筋がついたのですから、
その成果を活用しない手はないでしょう。
17 :名無しサンバルカン:2002/10/07(Mon) 15:18
>>16
うるさいよ。
18 :名無しサンバルカン:2002/10/07(Mon) 15:35
フランス革命は、ナポレオンが立つまでの混乱の原因になったなぁ。
アメリカは南北戦争までやって、ようやく安定したなぁ。
19 :名無しサンバルカン:2002/10/07(Mon) 16:06
よいまとめ
http://www2.ttcn.ne.jp/~immorality/Burke-1.htm

バークによれば、すべての改革は「先例や権威や実例との類比の上に注意深く行われ」(p.41)なければならないのであり、そもそも改革の目的は国家の「古来の疑うべからざる法と自由を維持するため」なのである。フランス革命のように、現在社会においてかくも強力な絶対的影響力を保有している「慣習」をまとめて葬り去り、その上に単一の理論に基づいた人工の社会を建設するのはバークからみれば改革ではない、ただの破壊行為なのである。
20 :156:2002/10/07(Mon) 16:08
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003402510/

本書に現れる警句の数々には、すべてを破壊し尽した上で抽象的原理をもとに歴史から乖離した国家を建設しようと意図する革命政府への怒りにも似たバークの感情が垣間見えて面白い。
21 :名無しサンバルカン:2002/10/07(Mon) 17:20
まとめ
招き猫はアンシャンレジーム
言っていることはマリーアントワネットと一緒。
22 :13:2002/10/07(Mon) 17:29
されば、我もアンシャンレジームの名を誇りを持って受けよう!
23 :13:2002/10/07(Mon) 17:36
しかし、歌舞伎「忠臣蔵」で泣いている小泉の方が、
もっとマリー・アントワネット的ではあるのだが。
24 :名無しサンバルカン:2002/10/07(Mon) 18:49
小泉↓
靖国参拝する理由→若者尊い命が失われた戦争なのです。特攻で死んだ人たちを弔いたい。
でも、爆弾テロには→許せざる暴挙です。米国を支援します。

をいをい、特攻と爆弾テロのどこに違いがあるんだよ!
25 :名無しサンバルカン:2002/10/07(Mon) 19:02
↑コヴァですか?
26 :しろうと:2002/10/08(Tue) 15:54
高校の世界史でも、フランス革命の功と罪の両方を教えるべきだと思うし、
トクヴィルやバークの著書の紹介はすべきだと思うのだ。
27 :ポチ:2002/10/09(Wed) 00:10
http://www.ichigobbs.net/cgi/readres.cgi?bo=economy&vi=0537

こっちにも投稿したら、ペリちゃん。
28 :ドラエモン:2002/10/09(Wed) 22:25
>>1 ペリクレス

保守派に批判される筋合いなどないなら、なぜこんな金鶏のスクツに書き込みするのかね?
君の言い様は、「俺は殴る、貴様は殴り返す権利はない」と言うだけだろう?喧嘩にすらならん。
29 :名無しサンバルカン:2002/10/10(Thu) 00:46
風物詩は風物詩なんだから風物詩として鑑賞しようよ。干渉じゃないよ。
まったく、いい年こいて大人気ないんだから・・・
30 :ぺリクルス:2002/10/11(Fri) 09:08
君たちは「革命」と聞くとただちに血なまぐさい銃撃戦や、熱狂した民衆による処刑を思い浮かべるのかもしれないが、俺の「革命」の概念はもっと幅広い。「限界革命」「脳内革命」「人間革命」がすぐに暴力へ結びつかないのと同じである。俺の「革命」は暴力に限定されるわけではなく、発想の転換、「人間の思想のコペルニクス的転換」おも視野に入れているのである。
31 :ぺリクルス:2002/10/11(Fri) 09:11
>保守派に批判される筋合いなどないなら、なぜこんな金鶏のスクツに書き込みするのかね?

殴れるものなら殴ってみてはどうかね。殴り返すまでである。先日もいったように俺の使命は日本に革命を起こすことである。ブルジョア経済学はそのために粉砕せねばならないのである。
32 :ぺリクルス:2002/10/11(Fri) 09:15
>ポチ君

君たちは帝国主義国家同士の争いを社会主義VS資本主義の争いだと考えているから話にならない。本当に権力のポチにならないようにしてもらいたいものだ。
33 :招き猫:2002/10/11(Fri) 09:37
>>28銅鑼さん、ぺりさんは、キック・ミー・ゲームを繰り広げたいからやってこられているのですよ。
私がぺりさんに言いたいことも、そう言うことです。

人生について深く悩むほうが、より建設的であると私は再度提案します。
34 :ぺリクルス:2002/10/11(Fri) 10:44
>猫君
勝手に人をマゾヒストにしないでくれよ。
35 :名無しサンバルカン:2002/10/11(Fri) 11:00
>人生について深く悩むほうが、より建設的であると私は再度提案します。
なかなかセンスいい煽り。パクっていい?
36 :名無しサンバルカン:2002/10/11(Fri) 11:05
ペ氏よ、0623、0618、0593のスレはsage進行にしてくれないか?
それらのスレはあまりにもウザすぎる。
PK初級がギャグをとばさなければ何もおもしろくない。
「次のページを見る」に移った後もsage進行を続けてくれ。
37 :キスケ:2002/10/11(Fri) 11:06
35さんに賛意。
38 :招き猫:2002/10/11(Fri) 11:17
>>34
いやいや、ぺりさん、マゾとかそう言うことではなくて、あなたの行動パターンのお話です。
http://www.iryo.co.jp/ta-net/kikansi/vol7/v7s5.htm
ストローク言語的レベル、身体からの非言語的レベル、心理のレベルで交換されますが、一般に次の四つに分類されています。
1.肯定的ストローク 愛撫する、褒める、ほほえむ、好意を示す、感謝するなど、それを受けると快適な気持ちになるもの。
2.否定的ストローク なぐる、嘲笑する、非難する、皮肉る、ひねくれるなど、それをもらうと不快感や苦痛を味わうもの。
3.条件付きストローク 相手の行為や業績と引換に与えるもの。
4.無条件のストローク その人の存在や人格そのものに対して与えられるもの。

まとめとして、ストロークに関する次の法則を覚えておきましょう。 1.人は肯定的ストロークが不足して心理的飢餓状態になると、否定的ストロークを求めて補う。(これがキック・ミー・ゲームです)
 2.人は変容に対して肯定的ストロークを受けたことへの反応として、変化・成長する。
39 :ぺリクルス:2002/10/11(Fri) 11:45
猫君、
君らが説得力のある説明をして俺の言っていることが間違っていると懇切丁寧に証明すれば、俺だって何も言わずにここからおとなしく引き下がるであろう。しかし、君らが言うのは「あれを読め、これを読め」というだけでその本人はブルジョア経済学のもたらす弊害について何もわかっていないようなのである。
40 :ぺリクルス:2002/10/11(Fri) 12:03
言っておくがプロレタリアートは日々、低賃金と重労働によって大変な生活を送っているので、君らのように経済学の勉強に時間を多く費やすことができない。俺だってつかの間の間にここに書き込んでいるのだ。我々は日々学ぶ時間も少なく多くのエネルギーを資本家の私腹を肥やすために奪い取られている。それゆえにマルクスのような良心的なブルジョアが資本家と戦うための理論的武器を与えてくれるのを待つしかないのだ。我々プロレタリアートが声を上げなければ、経済に関するアカデミックの世界は永遠にブルジョアが占拠したままになるのである。
41 :名無しサンバルカン:2002/10/11(Fri) 13:10
言っておくが地方Fランク私大教員は日々、低賃金と重労働によって大変な生活を送っているので、君らのように経済学の勉強に時間を多く費やすことができない。俺だってつかの間の間にここに書き込んでいるのだ。我々は日々学ぶ時間も少なく多くのエネルギーを学士号発行自動機械の部品として奪い取られている。それゆえにマルクスのような良心的なブルジョアが本物のエコノミストと戦うための理論的武器を与えてくれるのを待つしかないのだ。我々が声を上げなければ、経済に関するアカデミックの世界は永遠に経済学者が占拠したままになるのである。
42 :cloudy:2002/10/11(Fri) 13:51
ペリクルス氏ってセレッソ大阪にいたブラジル出身の選手かな?

本読む金も時間もないということだけど、せめて↓くらい読んでみたら。
http://cruel.org/econ/stiglitzimfj.html
43 :招き猫:2002/10/11(Fri) 14:55
>>39ぺりさん、
>君らが説得力のある説明をして俺の言っていることが間違っていると懇切丁寧に証明すれば、俺だって何も言わずにここからおとなしく引き下がるであろう。

ここは無料の掲示板です。みなさん、和気藹々とお互いの情報交換をしあい、気のあった仲間内ならば議論も白熱します。しかし、それにも一定の前提条件が存在します。
議論を進めたかったら、相手の足場にまずよって議論を進めていくことが、礼儀ではありませんか?
44 :PK@初級コテハン:2002/10/11(Fri) 15:52
非難轟々って、こういうことをいうんだろうな
45 :名無しサンバルカン:2002/10/12(Sat) 03:33
>相手の足場にまずよって議論を進めていくことが、礼儀ではありませんか?
そうそう。
垢はデムパだって前提に基づいた理性的な議論を希望 >> ペリ
46 :名無しサンバルカン:2002/10/12(Sat) 03:45
ブルジョアだって、もし「完全競争市場」なんて実現したら、
権益が無くなってヒジョーに困るのよ。バカね
47 :”いちば”原理主義者:2002/10/16(Wed) 12:09
共産主義てきな ケイカク経済の 失敗は 20世紀最大の 教訓である。
それはソ連を 見れば 明らかだろう。
故に 21世紀は その正反対の 無法経済を 標榜すべきであーる。
48 :ぺリクルス:2002/10/16(Wed) 19:24
>議論を進めたかったら、相手の足場にまずよって議論を進めていくことが、
>礼儀ではありませんか?

ブル転するくらいなら、死んだ方がましだ。
49 :名無しさんの秋:2002/10/16(Wed) 21:47
>>48
そういうのを「ブル転」とは言わない。
フェビアン主義を儒と批判することはかの世界では正当化されているが、
言葉だけのやり取りで革命思想を普及させることは実質的に不可能なのだ。
場所を間違えていると断ぜざるを得ない。まあ楽しいからもっとやれとい
うのが個人的見解なのだが。
50 :名無しさんの秋:2002/10/16(Wed) 22:42
ペリクレスは次々とスレッドを建ててるが、いったい何がしたいのか?
51 :名無しさんの秋:2002/10/16(Wed) 23:28
>>50
サブリミナル効果によって、
微妙に名前が似てるような気がしないでもない、
ベルセルクという漫画を広めようとしているのだ。
52 :名無しさんの秋:2002/10/17(Thu) 05:42
大阪証券取引所の「ヘラクレス」の伝道者かと思った。
53 :PK@初級コテハン:2002/10/17(Thu) 09:24
ヘラクルスは、ちょっと凄いセンスですね
さすが大阪人は違うと思いました
54 :名無しさんの秋:2002/10/17(Thu) 12:47
PKさん、混ざってます。
55 :名無しさんの秋:2002/10/17(Thu) 19:28
× ヘラクルス
○ ヘラクレス
56 :ぺリクルス:2002/11/16(Sat) 22:30
http://www.ajup-net.com/dokusho43-2.html

保守派の経済学がいかにおかしいか、このホームページを読んで考えてみてくれ。
このホームページより面白い箇所を引用しておく。もう「真空を想起せよ」などとおろかなことはいわないでほしい。
「経済学という科学は、最適化行動と(市場)均衡という2つの概念をハードコアとしている。これは一般均衡理論の頃もゲーム理論全盛の昨今も変わらない。しかし最適化とは可能な選択肢集合の中からその主体の効用関数を最大化する選択肢を選ぶことだ。これは2、3種の商品の数量の組合せから最適なものを選ぶときにはごく当たり前の主張にみえるが、塩沢由典氏が強調するように20種、30種(コンビニでもはるかに多くの商品群と対面する)ともなれば、その組合せ数は指数関数的に増加し、生物はおろかコンピュータでさえ手におえるシロモノではない(近似的最大化でよしとするなら、今度は需要関数が一意に定まらなくなる)。それを人間行動のモデル化の基礎におくなんて、ナニカンガエテンネン、というわけだ。そこを理想気体みたいなものとかいって目をつぶり、各主体は全価格情報をもとに全ての商品についての需要・供給量を表明し、それらが全て等しくなるように価格調整が行われた状態を一般均衡状態と定義するだけならまだしも、現実がそこに向かうと考えたり、得られた実データをその反映と考えたりする性向を経済学者はもっている。モデル上の一般均衡の存在・安定性証明は実に立派なものだけど、素直に考えれば、もし一般均衡にいたる前の取引がそれぞれの主体の判断で本当に実行されてしまうと、想定された一般均衡へと状態が向かう保証はどこにもないことは想像がつく。(価格が動かずに取引可能数量情報だけが蓄積する数量調整タトヌマンでも同様である。)
57 :ぺリクルス:2002/11/16(Sat) 22:43
経済学者へ告ぐ
長期的にみると、われわれはみな死んでしまう。嵐の最中にあって、経済学者に言えるこ
とが、ただ、嵐が遠く過ぎ去れば波はまた静まるであろう、ということだけな
らば、彼らの仕事は他愛なく無用である
58 :ドラエモン:2002/11/16(Sat) 22:48
目新しくも何ともない。30年前のアロー辺りから始まる「保守派」内部での批判だがなぁ。
非模索過程の問題こそ、フレンチケインジアンのケインズ理論のミクロ基礎の出発点だしね。
その程度の批判で「保守派」経済学がどうにかなるなら、悪人ドマクロケインジアンがこんなに
叩かれ、悲惨な目にはあわんがな・・・
59 :ぺリクルス:2002/11/16(Sat) 22:49
>ペリクレスは次々とスレッドを建ててるが、いったい何がしたいのか?

経済学者の発言力は強いんだからもっと地に足のついたことを言ってくれよ、ということだよ。
なんだか、俺の印象では経済学者はとっぴょうしもなく極端なことをいうと評価されるような
風潮があるように思うんだよな。中央銀行を潰して貨幣を銀行が自由に発行できるようにしろ
とか、麻薬の規制は社会に害悪があるとかいう発想が失笑を買わないで世の中に受け入れられ
ていること自体がおかしい。もっと労働者のことを考えてものいってくれ!!!!
60 :ドラエモン:2002/11/16(Sat) 22:53
だから金持ちの穴を叩いて有効需要増やして失業へらそうってインタゲおすすめしてんだが、
お気に召さないんでしょう?
61 :ぺリクルス:2002/11/16(Sat) 23:02
道具を出さないドラエモン氏とその信者へ

それでは、アローとか言う男の問いに保守派はちゃんと答えられたのかね。
それでもなお「全て等しくなるように価格調整が行われた状態を一般均衡状態と定義するだけな
らまだしも、現実がそこに向かうと考えたり、得られた実データをその反映と考えたりする性向
を経済学者はもっている」のだとしたら、下の吉田教授の問いには保守派はどう答えるのかね?

「長期的に」という経済学者の大好きなフレーズがある。それは理論的な経済学者だったら非最
適化状態がより多くクリアされた状態のことをいったり、そうでない人なら理想状態の単なる表
明だったりするのだが、経済システムのダイナミクスを理解し、社会工学としての経済学を構築
するつもりがあるならば、「長期」なんてことは目の前の「短期」の積み重ねでしかないことは
はっきりしているだろう。良心的に言えるのは、われわれはローカルでうまくいってせいぜい数
年までのシステム制御機構を提案できるかどうかなのだと思う。長期的な最適化均衡なんてこの
システムでは望むべくもない。われわれの希望はたかだかこの先数年までの改善なのだ。それで
も根拠のないモデルに基づいて空想を語りつづけるよりは勝ること幾万倍とはいわないけど数倍
くらいはあると思うのだが、どうだろうか。
62 :ドラエモン:2002/11/16(Sat) 23:08
あほかいな。人口動態は数十年先まで確実に分かっている分野(除く日本政府w)だし、経験
法則では技術進歩率なども数十年単位の方が短い期間より安定してるがなぁ。貨幣の中立性も
同じ事。経済学で悶着が絶えない分野が短期の景気循環理論だと言うことをみればなにが不得意
なのかは明白だがなぁ。
63 :ぺリクルス:2002/11/16(Sat) 23:09
>まだ道具を出さないドラエモン氏へ
俺みたいな一般庶民にはインタゲなんていわれてもさっぱりだがね。俺が言いたかったのは、間違い探しの大好きなクルーグマンも間違えることがあるってこと。俺はとにかく経済学部なんてのは文学部哲学科よりもやくにたたない学部だから税金使うのやめてほしいね。ああそういえば、保守派は税金の無駄づかいがきらいだったな。
64 :ドラエモン:2002/11/16(Sat) 23:11
だったらこんな保守派ヲタのスクツにて、ご託ならべんじゃないよ。それと、クルッグマンの
何がまちがってんだか教えてクレロ。そのネタで、おれもアカポスゲットじゃ(藁
65 :晩秋の名無しさん:2002/11/16(Sat) 23:19
お前等二人ともsageろ
いいたいことはそれだけじゃ。
66 :ぺリクルス:2002/11/16(Sat) 23:39
>ドラエモン氏

人間の予測能力は限定的だそうだ。
http://jmm.cogen.co.jp/jmmarchive/m046007.html
人口動態の研究なんてけっこうハズレも多いんじゃないのか。10年後先の人口を予測してたとえその予測がハズレたとしても10年前だからねーということで時効にされちゃってるのが実態
だと思うけどな。

ちなみにクルーグマンの件は以下のページを見てくれ
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Icho/2069/Krugman01.html

>65
なんで地方公演のスレが許されておれのスレはいつも下げろ下げろと罵倒されるのか理解しがたいものがあるね。それに俺は別に投稿規定に違反してるんじゃないから許されるだろ。お前がいやなら見なけりゃいいだけ。
67 :65:2002/11/16(Sat) 23:45
>>66
簡単だ。
常識をわきまえてないからだ。
何かのスレが上げられるとその分他のスレが下がって迷惑なんだよ。
68 :晩秋の名無しさん:2002/11/17(Sun) 00:04
というよりもペリクレスがつまらないだけだと思う。
69 :ドラエモン:2002/11/17(Sun) 00:36
あんた(ペリ)、この掲示板の参加者の半分くらいは、まさにこういう議論(あんたの参照)が
ゼンゼーン間違っていると考えている人(その代表の一人が儂)、残りはインタゲ反対でも、
そのHPみたなレベルの議論は内容と関係なく程度低すぎと思っているひとばっかりなの。
70 :晩秋の名無しさん:2002/11/17(Sun) 00:50
>>56

ペリクルスのリンク先は低レベルなものばかりだ。

ところで、ぺリクルスは次の本を知っているか?

John Sutton, "Marshall's Tendencies: What can economists know?",
Leuven University Press, The MIT Press, 2000

「保守派の経済学」を批判するなら、この本を読んでからにしてくれ。
この本を読めば批判的かつ建設的な議論がどんなものかを知ることができるぞ。
71 :BUNTEN:2002/11/17(Sun) 07:39
うーみゅ。

俺はびんぼで心情的にはマルキストだから、そっちを自称する人には味方したいのは
やまやまだけど…。

人口動態でっか。俺が子供のころ(30~40年前)に高齢化が心配されてましたな。
年金の問題とかかなり早くから言われてたが、政府はこれといった手を打たなかった。

製造業関係の企業は労働力不足に備えて強力に機械化をおしすすめたとゆー話もある。
72 :晩秋の名無しさん:2002/11/17(Sun) 09:14
バブル期の日本企業がキチガイみたいに新卒を採用したのも
少子化を見据えてのことだった。今キチガイみたいに人減ら
してるけど。
73 :PK@初級コテハン:2002/11/17(Sun) 09:51
ペリクルスよ、私たちPKは高尚だから、いつも心に思うのは次のような言葉だ

「ペリクルスにまじレス、カッコ悪い」

と。
74 :ぺリクルス:2002/11/17(Sun) 10:22
俺は、ここのHPの書き込みしている人間は中世ヨーロッパの修道院の僧侶みたいなものだと思っている。彼らはPKのように自分たちは「高尚」であると思い込んでいるが、世間一般の人間はそうは思っていない。世間一般の人間はここのBBSの経済マニアが現実離れしていると思っているけれども、自分たちはラテン語のごとく意味不明な言語をしゃべって世俗の人間とはコミュニケーションしようとしない。俺は、世俗の代表としてここで世俗一般の経済学に関する感想を書き込んでいるのであるが、ドラエモン氏のごとく「まさにこういう議論(あんたの参照)が
ゼンゼーン間違っている」「内容と関係なく程度低すぎ」と軽く受け流すだけでまともに批判に答えようとしない。ここのBBSはマスコミ関係者もROMしているといわれ社会的影響力もままあることであろう。それゆえに、ここの常連は世俗の代表者である俺の疑問に答える義務があるのである。すりらんか教授はPKに唾を吐きかけながらも俺の疑問に丁寧に答えてくれた。70は世俗の人間が読むべき本を紹介してくれた。ここの常連はすりらんか教授や70のように俺の疑問に答えるべきなのだ。世俗を馬鹿にして批判されない隔離された環境に閉じこもっているドラエモンやPKの経済学の知識は役に立たないのである。
75 :ぺリクルス:2002/11/17(Sun) 10:28
>何かのスレが上げられるとその分他のスレが下がって迷惑なんだよ。

それは君の自分勝手だろ?自分の興味のあるスレを参照するなんてそんなに手間のかかることじゃないだろ。過去ログだっていくらでも参照できるだろ。君の興味のあるスレだけが特別な存在であると思い込まないでくれ。

>ペリクレスがつまらないだけだと思う。

俺はべつにウケをねらっているわけではないからね。それより、地方公演のスレなんかギャグ専門なのにくだらないシモネタ連発してるだろ。きみのような感想は地方公演に言ってくれ。
76 :ぺリクルス:2002/11/17(Sun) 10:31
>「ペリクルスにまじレス、カッコ悪い」

そう思うなら今後一切オレにマジ切れするようなみっともないことはしないでください。
77 :晩秋の名無しさん:2002/11/17(Sun) 10:52
まあまあ、みんなペリがいないと寂しいんだから、あまりヘソ曲げるなよ。
78 :歌舞:2002/11/17(Sun) 12:03
というか、ペリクレスのカキコは誰も読んでないし、あげてるURLもあまりにもくだらんセンスの悪いのが多くて読んでいない(これはまじに勉強しなおせ。藁)。前も書いたけど知的な書き込みはない。ただドラエモンとかまともな名無しが書き込みと立ち止まることがある。いまもそれ。だからペリクレスは自分の足りない知性とか脳みそを補ってくれるドラエモンとかに感謝しなくてはいけない。保守派を批判していながら、保守派に頼るしかこの掲示板で相手にされないペリクレスの逆説は哀れ。
79 :晩秋の名無しさん:2002/11/17(Sun) 14:13
素晴らしい新固定HNがうまれたと思っていますが。
80 :晩秋の名無しさん:2002/11/17(Sun) 15:38
ペリクレスも、誰も教えてくれないと、文句馬鹿いってないで、
たまにはオヤ?と思われる書き込みして見れば。(PKですら年に1度はするぞ(爆))

試しに、ペリクレス君の「会心の投稿」とやらを自薦してみよ。
81 :ぺリクルス:2002/11/17(Sun) 17:38
俺は誰にも教えてくれとは言っていない。歌舞のようにしらばっくれていないで俺の批判に反論してみせよ、それがここのBBSの常連の義務であると主張している。俺は自分の投稿を自分で推薦するほど自意識過剰ではない。しかし、プロレタリアートの魂の叫びに正義を貫きたいものは答えなければならないのだ。
82 :歌舞:2002/11/17(Sun) 17:40
いや、そのプロレタリアートってのは当面、ペリクレスの頭の中にしかないんでみんな困ってんだよ。
83 :晩秋の名無しさん:2002/11/17(Sun) 17:40
>>81
こういうとこの住人は
しらばっくれることもしないと持つわけはない。
相手がしらばっくれたときは、すごい騒ぐけどな。
でも、まだ歌舞たんはいい方だと思われ。
84 :ぺリクルス:2002/11/17(Sun) 17:41
そういえば、ここのBBSで読む価値があるのはすりらんか教授の投稿だけだな。銅鑼は知識の宝の持ち腐れをしてるし、歌舞は人をからかうだけだし、PKはヒステリーで低級のままだ。
85 :晩秋の名無しさん:2002/11/17(Sun) 17:45
>>84
あんたはやっぱり中身が読めてないな。
思想的に若干近そうなすりらんかだけが理解可能なんだなw
86 :晩秋の名無しさん:2002/11/17(Sun) 23:14
>>ぺリクルス
君にはここがオススメ。
http;//www.renpou.com/
世の中への影響ではここより上かもな。
違う意味で。
ただ、君の考え方が圧倒的に少数なのは確実。



著作権なんてキラーイ
87 :86:2002/11/17(Sun) 23:15
やば、
微妙に書き間違えた

http://www.renpou.com/
88 :晩秋の名無しさん:2002/11/18(Mon) 00:51
>81
わけのわからんやつ。
自薦できないと言うことは、自分でも「ゴミしか投稿してない」と自覚してることに。
で、アンタ、何がしたいの?
89 :晩秋の名無しさん:2002/11/18(Mon) 00:56
>>87より抜粋
>「学校に余計なモノは持ってくるんじゃない」
>という単語が思い出された。

単語なのかよ!長ぇーよ!
90 :86:2002/11/18(Mon) 10:02
一応87のサイトについて補足しておく。
人類の知的財産はみな共有という、○系もびっくりのサイト。
winMXなどで、最新のCDはもちろん、DVDやゲームまでも吸い出して共有するという力のいれよう。
だが、住民(連邦兵、又は裏ニューサー)は決してそれを口にしない。捕まるから。
当然敵はACCS。

なお、一応個人サイトでの人気NO1。
http://www1.sphere.ne.jp/rm/r/D/
91 :ぺリクルス:2002/11/19(Tue) 15:54
岩田氏の仕組んだ罠を見破る(1)

この本の序章には次のような文章がある(6ページ)。
「複雑な現実の経済を複雑なまま見ると、このように「よくわからない」という
結論に達する。それに対して、理論とは「よくわからない」状況を「よくわかる」
状況に変えるために存在する。「よく分かる」ためには、複雑な現実を単純化し
て、物理や化学の実験と同じように「実験室」を人為的につくり、その実験室の
中で思考実験してみなくてはならない。」

これを読んで納得してしまうバカがいたら義務教育をやり直したほうがいい。
物理や化学の実験は「思考実験」なのか?もちろんそうではない。思考実験に
よってたてられた仮説が「実験室」の中で「実証」されるのである。ここが
経済学と実験科学の違いである。経済学はいつまでたっても「頭の中」の
「思考実験」に留まっており、現実によって実証されることはないのである。

歌舞とかいう人物は「階級闘争」が俺の頭の中にしかないと言った。しかし、
それは歌舞が盲目だからである。見えていないのに世の中が見えるという傲慢
な歌舞は、プロレタリアートに裁かれなければならない重大な死に至る罪を犯
している。むしろ、自分は世の中に対して盲目であると謙虚になるプロレタリ
アートにこそ「階級闘争」という歴然たる科学的真理が立ち現れるのである。
92 :ぺリクルス:2002/11/19(Tue) 15:55
岩田氏の仕組んだ罠を見破る(2)

さて、話を元に戻そう。岩田氏の「思考実験」に過ぎないものを化学や物理の
「実験室」にすりかえるトリックがどのような弊害を生み出しているのかを、
稲葉振一郎氏の文章から引用してみよう。
http://www.hotwired.co.jp/altbiz/inaba/021119/

「スミスとワルラスの徒にとっては、「市場原理」とは物理法則のように現実的
な力、それに逆らいうるのは国家権力くらいであり、しかもそれさえ長くは続か
ない、それほどの力である」

これほどまでに妄想してしまうようになるのだ。
保守派は、このようにマーケットのメカニズムが思考実験的(俺に言わせれば、
妄想的)なものに過ぎないのにもかかわらず、物理法則のようなものだと思う
ようになってしまうのである。しかし、俺が前にも述べたように、彼らが想定
している「完全競争市場」なるものは、「一物一価」「プライステーカー」
「完全情報・完全予見」「全員対等」といったおよそ現実的には考えられない
ような経済社会なのである。このような妄想的世界が「物理的法則」によって
実現されると考える保守派の理論はちゃんちゃらおかしいと言わねばなるまい。
93 :非ケインジアン:2002/11/19(Tue) 16:05
で、なにが言いたいわけ?
94 :ドラエモン:2002/11/19(Tue) 16:10
価値法則の貫徹すなわち下部構造こそが、国家を含む上部構造を規定するという史的唯物論
と、稲葉氏の主張はほとんど同じだが?>ペリ
95 :いなば:2002/11/19(Tue) 16:24
文脈を無視した引用をするちみには「不可」をあげやう。

現代日本最良のマルクス主義者(つーか日本ほぼ唯一の新古典派マルクス主義者)松尾匡さんをぜひよみなはれ>どら(もしよければぺりも)
96 :「階級闘争」も思考実験じゃないんですか:2002/11/19(Tue) 16:25
>91
40年前の人みたい。ペリって60歳?
「岩田氏の仕組んだ罠を見破る(1)」とかいう表題通りに全然なってないが。
>92
そんなことは誰もが知ってますが何か?
「岩田氏の仕組んだ罠を見破る(2)」とかいう表題通りに全然なってないが。
97 :晩秋の名無しさん:2002/11/19(Tue) 16:30
歌舞たん、いい加減にブチ切れろよ。叩きのめしちまえ。
98 :晩秋の名無しさん:2002/11/19(Tue) 17:24
階級闘争とか○系用語はわからないけど、キンケイでも、貧富の問題とか
分配の問題とかそういうことは重要な問題だと思う。それをあえて無視す
るから、歌舞タソは悪人なのだよ。歌舞タソは、叩きのめさないと思うよ。
君はわかってないね。
99 :86:2002/11/19(Tue) 19:00
>>ベリクルス
だから87のサイトでやれって。
○系の理想だろ?
自分の物を他人に分け与えるというのは。

それにここよりたくさん人いるし、影響力はここより圧倒的に上だから。
100 :歌舞:2002/11/20(Wed) 00:04
>>97 ぜいぜい、今日はちょび疲れた。だめだ。ペリのカキコ読む時間も惜しい。もう寝る。
あとはよろしく血涙院生。ぜいぜい。
101 :歌舞:2002/11/20(Wed) 00:05
BIG-Cでもいい。ペリを論破せよ。いい題材だ。藁
102 :歌舞:2002/11/20(Wed) 00:09
ごめん、他力本願で。坂あがって息きれた。ぜいぜい。

あと招き猫も許す??からペリになにかいってくれ、頼む。破壊が必要だ。ははは、はくしょん。
103 :ぺりちゃんにお薦め♪:2002/11/20(Wed) 01:11
デフレ対策をマルクスに聞いてみよう!http://homepage.mac.com/naoyuki_hashimoto/Shiten2002/shiten20021015.html
104 :BIG-C:2002/11/20(Wed) 01:42
>>101
いま失恋の危機の真っ最中ですので無理です(号泣
○経批判は天敵のPK初級氏におまかせうたしまする。
105 :PK@初級コテハン:2002/11/20(Wed) 02:03
去るものは追わず
精神的に幼稚な女につぎ込むと愛情は枯れる
精神的な問題のほとんどは時間が解決する
優柔不断な女は既成事実に弱い
釣った魚は忘れたころに当りをみせる
106 :BIG-C:2002/11/20(Wed) 02:27
>>PK初級氏
知的な励ましありがとうございます。
でも、まだ失恋していませんので(返事待ち)w

>>ペリさん
振られた際には「世の中は不平等だ」ってことで○経に与させていただきます 嘘
荒らしてごめんなさい
107 :ぺリクルス:2002/11/20(Wed) 02:39
結局ここのBBSには俺にまともに反論できる人間がいないということかな。まあ、俺の言っていることが間違っていないということでもあると思うが。ところで、PKは釣りをしたことがないな。
108 :晩秋の名無しさん:2002/11/20(Wed) 03:14
しかし気付いたらレスが100超えてるよ。
ペリちゃんは大人気だなw
109 :晩秋の名無しさん:2002/11/20(Wed) 15:16
確かに>>70に対する>>74のような反応の仕方を見ると、
ペリも結構いいやつなのかもしれないなと思えてくる。

ちなみに>>70で紹介されている本は少し前に苺で話題になった。
結構難しい本なのだがペリは本当に読む気があるのか?
実はペリが嫌いな最新の経済学的知見の話が書いてあるのだが、
それでも読む気があるなら影ながら応援しているぞ。
わからないところがあったならばどこかのスレで気軽に質問してくれ。

ペリの嫌いな「保守派の経済学」に対抗するために
○経やら複雑系やらの左派の経済学モドキに頼るのは無茶だ。
戦車に竹槍で立ち向かうようなものだ。
実際馬鹿にされていることに気付いているはずだ。

馬鹿にされるだけなら良いが、
ペリの嫌いなはずの保守派と同じようなこと
を言っている左派の経済学者モドキやら香具師に騙されて、
くだらないリンクをはったり、つまらないスレを立てて、
皆に顰蹙を買うことになる。

最新の経済学の知見をできるだけ摂取するようにつとめた方が良い。
最新でなくても、標準的な経済学の知見を学ぶことも大事だろう。
(たしにスリランカ氏は教師としても優秀なので頼ると良いかもしれない。
頼られた方は迷惑かもしれないが。)

ペリが指摘している「保守派の経済学」の欠点の話は、単なるトンデモか、
標準的な経済学においてすでに大昔から話題になっている陳腐な話題に過ぎないか
のどちらかに過ぎない。

Sutton氏の本を読めば、真に心強い味方になってくれるのは
どういう人たちであるかがよくわかるはずだ。
ペリがリンクをはっている連中とは正反対のセンスを持つ人たちだ。
110 :新古典派批判を写してるだけ:2002/11/20(Wed) 16:37
Suttonは難しいから素人(苺の読者の99.99%)はやめよう。
(標準的な経済学に問題があるからと複雑系に走るよりは健全だけど)

>107
>結局ここのBBSには俺にまともに反論できる人間がいないということかな。
>まあ、俺の言っていることが間違っていないということでもあると思うが。
ワハハ。どうしてまともなレスが付かないのか、たまには反省しろ。
「間違っていない」のは、昔からある新古典派批判を写してるだけだから。
「新古典派批判を写してるだけ」なら、ペリ自身がどっかに書いてた「修道士」と同じ。

思うに、ペリは、ここら
http://marukyo.cosm.co.jp/menu.html
と同じ、単なる左翼趣味、左翼愛好家にすぎんのだ。
111 :いなば:2002/11/20(Wed) 17:01
まあもちろんぺりちんはただの左翼オタクに過ぎないのだが、まじめに左翼しようというならとりあえず松尾匡さんに弟子入りするがよい。ボールズ=ギンタスなぞ読んでもいいかも。
112 :晩秋の名無しさん:2002/11/20(Wed) 18:58
そうね。『平等主義の政治経済学』でも読んどけ。
113 :いなば:2002/11/20(Wed) 19:02
そこから更にギンタスが最近書いた分厚いゲーム理論の教科書に行くとこれは皮肉でなく偉いのだが。
114 :晩秋の名無しさん:2002/11/20(Wed) 20:41
ギンタスがゲーム論?
115 :晩秋の名無しさん:2002/11/20(Wed) 21:41
>114
ギンタスの綴りを教えてあげるから、後は自分で。
Herbert Gintis
116 :晩秋の名無しさん:2002/11/20(Wed) 22:41
なるほど。これからの左翼は数学をしっかり勉強して、
ゲーム理論をマスターしなければいけないのか。
ペリもがんばれ。
117 :晩秋の名無しさん:2002/11/21(Thu) 00:57
うむ、べりちゃんには向上心がある。dellには無い。すごい差だ。
118 :ぺリクルス:2002/11/21(Thu) 14:53
Suttonは難しいそうだね。俺は難しいのは苦手なんだよね。
もっと簡単でいい本ないかな。
「Basic Economics A Citizen's Guide to the Economy by Thomas Sowell」
とかは評判どうなんかな。これだったら俺でも辞書引きながらよめるかもしんけどな。
ところで、なんで複雑系はだめなんだ?一般均衡理論みたいな使いものにならんもの
よりはましやろ。
119 :晩秋の名無しさん:2002/11/21(Thu) 15:03
ペリクレスさん、それはダイヤモンドから訳がそのうちでますし、急いで読む必要はないと思いますよ。むしろ気軽に読めるのなら『ランチタイムの経済学』とか『フェアプレイの経済学』とかがオススメですよ。
120 :ぺリクルス:2002/11/21(Thu) 15:06
>110
俺の批判は新古典派だけに向けられたものではない。ケインズ教も含められている。
昨日、ドラエモン氏が「非パレート最適からパレート最適に向かわせる経済政策」
とか言ったよな。これはケインズ教徒も政府が税率をいじっくり、穴掘って埋めた
り、ルールを作ったりしてれば、古典派が理想とする「一物一価」「完全情報」な
どの夢物語(完全競争市場)で実現できることが人為的に実現できると考えているこ
とを示しているのだ。
なぜならば、「パレート最適」は「一般均衡が実現している状態」とも言い換えら
れるからだ。しかし、現実世界では決して「一般均衡」など実現することはないの
だ。ケインズ真理教とスミス真理教のカルトはこのように実現することがありえな
いユートピア理論を撒き散らしているのである。連中の思想は政府の奥深くにまで
浸透しているがゆえに、オウム真理教よりも事態は深刻である。
以上の問題をとうの昔から認識している共産趣味者をお前は笑うことなどできない。
121 :晩秋の名無しさん:2002/11/21(Thu) 15:14
>現実世界では決して「一般均衡」など実現することはないの

べりちゃん、心配するな。こんなことは不完全不完備市場では
当たり前だ。ドラエモンは最近のミクロまったく知らない人な
ので、Arrow-Debrue的な一般均衡モデルとケインジアンの有効
需要の話を対比させて物語るという昔話しかできんのだ。
それでも一応、完全雇用は達成できないくらいの認識はある
みたいだから、許してやれよ。
122 :非ケインジアン:2002/11/21(Thu) 15:36
>>120-121
アホ。
お前らの言っているのは、「ワルラス均衡」じゃ。
一般均衡なんてのは、複数の市場の均衡を考えているというだけで、
意味が無い。ワルラスの法則は不均衡でも成り立つんだよ。
123 :ぺリクルス:2002/11/21(Thu) 16:09
>122
アホはお前だろうが。一般均衡つーのは全ての財の需要量と供給量
が一致しとるということだろうが。そんでもって、パレート最適と
いうのは一般均衡が成立している状態のことなんだよ。
ドラエモン氏は経済政策でパレート最適を実現できると考えている
ようだが、一般均衡が実現することなんてないんだよ。
124 :晩秋の名無しさん:2002/11/21(Thu) 16:38
非ケインジアンへ、
素人でしかもめちゃくちゃなのを相手にするのは、時間の無駄になるだけ。
非ケインジアンが言ってることは正しい。
教科書に書いてあることを理解していない相手なんかほっておけ。
ペリクレスの使っている言葉を見るだけで、経済学の基本の基本がわかってないのがわかる。
ペリクレスは、自分だけが自分は理解していると思っている。
放っておけ。
125 :晩秋の名無しさん:2002/11/21(Thu) 16:44
世の中には同じ日本人でもコミュニケーションが不可能な人種がおるんですね
もう絶句
126 :ぺリクルス:2002/11/21(Thu) 16:44
ここのBBSの人間の好きな岩田先生のみ言葉から次の文章を紹介しておこう。
今日はこの書き込みを最後に仕事へでかける。

「ミクロ経済学は個々の企業や消費者などの行動に焦点を当てながら、市場経済の機能
を明らかにし、その成果を評価することを課題としている。ここでの市場とは、中央卸
売市場のような具体的な取引所だけではなく、需要と供給とによって1つの価格が形成
され、その価格にしたがって、個々の主体が財を交換するプロセスを表す抽象的な概念
である。」(ゼミナールミクロ経済学入門 1ページ)。

つまり、「市場」ということばは、実在する市場だけではなく、「抽象的な概念」をも
含むということだ。しかし、近代経済学者が「市場経済の機能を明らかにする」といっ
た場合、中央卸売市場の機能を明らかにすることは決して意味しない。99%の場合、
「抽象的な概念」の機能を明らかにしようとしているのである。ところが、俺がその
「抽象的な概念」のおかしさを指摘したところ、誰一人として反論してこないのである。
さて、古典派は「実在する市場経済と理想の社会主義の比較は無意味だ」といって
社会主義を批判しているようであるが、矛盾だらけの抽象的概念で理想の経済社会を語
ろうとしている近代経済学者は、自分で自分の喉下に刃をさし向けているということに
気がつかないのであろうか。

昔、とある経済を教えている人の授業にもぐりこんだことがある。そこで、その教師が
「マーケットというのは物理的に実在していると思いますか?それとも理論上の存在だ
と思いますか?」と生徒に問うたことがあった。その教師が「これがマーケットです」
と言って指差したその先には需要供給曲線があった。
127 :晩秋の名無しさん:2002/11/21(Thu) 16:57
ペリちゃん、『一般均衡』の漢字の字面(じずら)から勝手に妄想してはイカン。
120,123に書いてあるのは、むちゃくちゃ。
128 :ペリちゃんアメリカ大陸を発見したそうです:2002/11/21(Thu) 17:03
しつこいやつだ。
126のようなことは、みんな分かってんだよ!!
129 :ぺリクルス:2002/11/21(Thu) 17:05
ああ、もうすぐ駅に行かないといけない!歯磨きしながら書き込みだぜ。
頼むから120、123がどう間違っているのか俺が帰宅するまでに詳しく書き
込みしておいてくれ。俺には120、123、126のような固定観念があるから、
岩田氏の本読んでても疑問ばかりわいてきて先に進まないよ。
俺は君たちの生徒より絶対優秀で勉強熱心だから教えがいがあるぞ。
130 :晩秋の名無しさん:2002/11/21(Thu) 17:15
>岩田氏の本読んでても疑問ばかりわいてきて先に進まないよ。
それは良い兆候です。疑問をもたずに教授になった連中より遥かに素晴らしい。
でも、進まないので、そこで終ってしまふという罠

そんなことより、丸系、謹啓を問わず、
あらゆるものが126みたいなものだと、早く気付け(笑)
131 :PK@初級コテハン:2002/11/21(Thu) 19:02
>そんでもって、パレート最適というのは一般均衡が成立している状態のことなんだよ。
ここは間違いだと分かったので、ペリクレスより上だな(あーヨカッタ)
132 :晩秋の名無しさん:2002/11/21(Thu) 20:23
>お前らの言っているのは、「ワルラス均衡」じゃ。

ん?だから、Arrow-Debrue的な一般均衡モデル
と言っているのだが、ワルラス均衡っつう言葉
を使わないとアホなのか?じゃあ、おれは競争均衡
という言葉を使うことにする。おまえ、うざい。

べりちゃんは、競争均衡はパレート最適である
ということ言いたいんだろ。おまえら、ほんと
想像力ねえな。

>>124
一番バカはお前だ。さっさと消えろ。

>>131
そこはたしかに変なこといっているよな。君の
苦手な何とか条件の話だが。
133 :晩秋の名無しさん:2002/11/21(Thu) 20:36
>>129
厚生経済学の第一定理が、現実には成り立ちっこないという批判だとしたら、
誰も痛くも痒くもないから大丈夫だよ。
134 :晩秋の名無しさん:2002/11/21(Thu) 22:44
ペリクレスよりも大馬鹿がいた。
132お前だ。勉強しなおせ。基本の基本のさらに基本から。
135 :晩秋の名無しさん:2002/11/21(Thu) 23:17
>>134=>>124
136 :晩秋の名無しさん:2002/11/21(Thu) 23:26
>>134
なんとなく、その必死さにワラタよ
137 :生活に喘ぐ:2002/11/22(Fri) 00:47
ペリクレスさん。オイラも労働者だ。つれええよ。二トントラックで卵のケース運んでるんだ。
オイラには子供が三人いて、ひとりはイデオロギーだ。
がんばってくれよ。こがらしがなくよ。オイラの耳にもよお。
138 :ぺリクルス:2002/11/22(Fri) 08:00
高円宮憲仁親王殿下ご薨去に、一国民として謹んで哀悼の意をささげたい。
139 :ぺリクルス:2002/11/22(Fri) 08:09
俺は、中谷巌の「痛快!経済学」(文庫本のほう)を参考にして書いたんだけどね。
54ページには次のことが書いてある。
「すべての市場で需要と供給の一致(均衡)が表現したとしましょう。この状態の
ことを「一般均衡」と呼びます。」とある。
しかも55ページには「一般均衡が成立している状態を、経済学では「パレート最
適」と呼んでいます。」とある。中谷氏の思想は大嫌いであるが、このような定
義的な内容については信頼していたつもりであった。もし中谷氏が正しければ非
ケインジアンの言い分は正しくないことになるし、非ケインジアンの言い分が正
しければ中谷氏が間違っていたことになるな。一般均衡は現実には成立すること
がないという点については経済学者の間でよく言われていることと思うがね。
140 :PK@初級コテハン:2002/11/22(Fri) 08:27
・・・・・・

まあ、中谷に説明を求めないといけないな
141 :晩秋の名無しさん:2002/11/22(Fri) 08:44
>>139
こりゃ中谷が悪い。
せいぜい西村読んでおいでよ
142 :ぺリクルス:2002/11/22(Fri) 08:56
http://cmis10.t.u-tokyo.ac.jp/takeuchi/%8DH%8B%C6%8Co%8D%CF%82T.htm
においては、
「複数の財・原料を考慮して複数の市場を同時に均衡させるような状態を「一般均衡」
といいます。一般均衡を達成するには、同時に、「パレート最適」である必要がある。」
といった具合に説明されている。
143 :晩秋の名無しさん:2002/11/22(Fri) 09:00
いつまでもお手軽に済まそうとするなよ
144 :ぺリクルス:2002/11/22(Fri) 09:09
>143
だから今、一生懸命になって岩田氏の本よんでんジャンかよー。
145 :ぺリクルス:2002/11/22(Fri) 09:40
確認したいことがある。俺はお手軽に済ませようとはしていない。お手軽に
すませようとしているのは俺の批判に答える義務を放棄している歌舞、ドラ
エモン、PKである。俺はここで、議論の土台をしっかりさせるために、用語
の確認をしておきたいのだ。

中谷氏は「すべての市場で需給が一致したとき一般均衡が成立する」という
ことを述べている。しかし、あるものは「相互に依存関係を持つ市場が同時
に均衡したとき一般均衡が成立する」という。これは大きな違いだ。一方は
「全ての財」で成立しなければ成立しないものが、一方では「相互に依存関
係を持つ財」で成立すればよいからである。しかし、非ケインジアンは後者
の定義で一般均衡を述べているようだ。一体どちらの定義が正しいのか?
146 :晩秋の名無しさん:2002/11/22(Fri) 10:06
「パレート最適」について。「パレート最適」とは「規範的」な概念で、「実証的」な概念である「一般均衡」とはまったく違う概念です。ある一定の条件のもと、「一般均衡配分」は「パレート最適」であるというのは正しいが、それは「一般均衡」の定義ではなく、それに関わる定理です。

上の文章でかぎ括弧を付けた語は経済学特有の単語なので、日本語の字面だけで理解すべきではない。ちゃんとした教科書を読んで理解してください。まだ習ったことのない言葉を使い間違えるのは恥ずかしいことじゃないです。誤解したままは恥ずかしいけど。「パレート最適」は「パレート効率的」とか、単に「最適」「効率的」とか、「ファーストベスト」とかいろんな呼ばれ方をするので、気をつけて。「パレート最適」をちゃんと理解したあとでも、叩きどころは見つかる。がんばれ。
147 :キスケ:2002/11/22(Fri) 18:06
ペリさん、全ての経済学者が常に正しい説明を述べる訳ではないんですよ。
私が前に「この板で推奨されている教科書ですか?」と聞いた理由はそれなんです。

「経済学者はユートピア理論を撒き散らしているのである」なんて戦闘モードに
入るのを少し我慢して145の後半のように疑問点を書けば、146さんの様に親切に
答えてくれる人が現れるかもしれませんよ。
あと145の前半なんだけど、「コテハンは全ての疑問に答える義務がある」みたい
な書き方はおかしくない??極論だけど「ペリさんの恋人の顔はどんなだ?」
「写真をupしないからには(男女を問わず)不細工に違いない」
なんて質問にはペリさんも答えないでしょ。
148 :ぺリクルス:2002/11/22(Fri) 18:34
>>146
つまり、
「パレート最適」=normative statements = how the economy ought to be
「一般均衡」  =positive statements  = how the economy is
というわけなんだね。だから、次元の違う概念なんだね。「一般均衡」が「パレート最適」
であるというのは「一般均衡」という「現象」が、「そうであるべきだ」という状態を満た
しているということなのかな。
149 :ぺリクルス:2002/11/22(Fri) 18:42
「一般均衡なんてのは、複数の市場の均衡を考えているというだけで、
意味が無い。ワルラスの法則は不均衡でも成り立つんだよ。」というのは、
ちょっと意味不明だ。
俺が言及していたのが、「ワルラス均衡」であるとしたら、全ての財で需給が均衡
しているということになるのだろうか。そんでもって、互いに依存関係のある財に
関してだけの市場で需給が均衡するのが「一般均衡」であるとしたら、「一般均衡」
というのは、「ワルラス均衡」よりも狭い概念であるということになる。
150 :ぺリクルス:2002/11/22(Fri) 18:45
>>147
まあ、どうだろうね。ここのBBSは公共性を有している。ただのオタクBBSではない。
マスコミの質問に政治家が記者会見に答えなければならないように、庶民代表として
の俺の疑問に、ここの代表者たちは答えなければならないと思ったがね。思い違いだ
ったかね。
151 :甲斐たんラブ:2002/11/22(Fri) 18:52
>>149

おいおい、それは誤読だぞん。w ちなみに「ワルラス均衡」じゃなく、ここでは「ワルラス法則」だよん。○でも重要な再生産表式を思い出せよん。あれもワルラス法則が成立してんだよん。
152 :ぺリクルス:2002/11/22(Fri) 19:02
今日はこれで最後の投稿だ。非ケインジアンは俺が「ワルラス均衡」についてしゃべった
と言ったぞ。それなら、「ワルラス均衡」は全ての財で均衡価格が成立しているというこ
とにならなければならないだろう。それから、ドラエモンの「非パレート最適からパレー
ト最適に向かわせる経済政策」という発言が非現実的でないとしたら、パレート最適は一
般均衡配分が行われていない状態でも成立するということにならなければなるまい。
153 :甲斐たんラブ:2002/11/22(Fri) 19:18
なんだペリは夜勤か遊びにいくのか。

非ケインジアンとかドラの書き込みはよんでないのでわからんが、ドラエモン発言についてのペリの発言は何をいいたいのかよくわからん。ただの揚げ足とりのようにしかおもえん。どうでもいいが○自身の勉強ぐらいせよ。再生産表式なんかブルとの接点もろありなんだからなあ。ワルラス法則や一般均衡論なんかもろフィットする議論だ.それがわからんようじゃあ、○としてのだめだな。w
154 :晩秋の名無しさん:2002/11/22(Fri) 20:04
>>152
ワルラス法則により、すべての市場において需要と供給の一致する価格、つまり
均衡価格が存在しているという状態を非ケインジアンは「ワルラス均衡」と呼ん
でいるのだと思うよ。それがどういう性質を持つのか、つまり効率配分とかね、
は別にして考えろ。とりあえず、結論先取りして曖昧な議論をしても仕方ないぞ。

ドラエモンの発言はそれ自体意味不明だから、べりの突っ込みも意味不明。
もうそっちはどうでもいいからうっちゃっておけ。
155 :146:2002/11/23(Sat) 05:47
>>148 はだいたい正しいよ。ただ、左側の=は∈のほうがいい。(他にもいろいろあるということ。)右側の=は正しい。まだ「パレート最適」の定義にたどり着いてないみたいだから、もっとがんばれ。(>>146 の解説は単語の定義でも特徴づけでもないことに注意。僕はそれなりに不親切に書いてます。)

「ワルラス均衡」と「一般均衡」は同じ意味。「ワルラス法則」は別の意味。ここもがんばれ。

再度いうが、定義を理解してから反論しろ。効用についての突っ込みどころは悪くない。
156 :非ケインジアン:2002/11/23(Sat) 10:29
なに?
知らないうちに、盛り上がってるなー。
なんか言ったっけ>漏れ
157 :晩秋の名無しさん:2002/11/23(Sat) 20:29
>>156
上の方でワルラス均衡だろとかいう突っ込みを
したことではないか?流したほうがいいと思われ。

微妙におかしいことを言っているという意味では
甲斐たんラブが一番面白い。○系の人々?のミクロ
の理解の仕方の一端を知れて興味深い。
158 :甲斐たんラブ:2002/11/23(Sat) 20:40
微妙におかしいのは漏れじゃなくて○だからな。藁

だいたい○に選好理論なんかないぜ。
159 :ぺリクルス:2002/11/23(Sat) 21:19
>>155

何が右で何が左なんだかさっぱりわかんねえぞ。つまり、パレート最適ってのは、別に
一般均衡(or ワルラス均衡)が成り立っていなくても成立する場合があるということか
いな。

とにかく俺にとってみれば、マルクスだろうとブルジョア経済学だろうと、欲深い資本
家どもとグローバリゼーションを叩き潰せるのでればどんな理論であろうと利用価値が
あるということになる。
160 :晩秋の名無しさん:2002/11/23(Sat) 21:35
>>159
君の数学力と日本語能力では、一般均衡を理解するのはかなり困難を極めると
思われる。君が理解できるまで、根気よく付き合ってくれるようなお人よしは
いないと思う。
161 :すりらんか:2002/11/23(Sat) 22:45
>つまり、パレート最適ってのは、別に一般均衡(or ワルラス均衡)が成り
>立っていなくても成立する場合があるということか
もっと単純に考えよう.パレート最適の定義は別に経済学とは無関係にも定義できる
概念なのです.だって均衡とか経済とか全然定義に出てこないですよ.
162 :ドラエモン:2002/11/23(Sat) 23:11
目の前にミカンが10あって、僕と弟が取り合いしている。喧嘩に紛れて何個か潰れてしまえば
パレート最適ではないが、僕が1,弟が9だろうが、10を無駄なく分ければパレート最適。以上。
163 :晩秋の名無しさん:2002/11/23(Sat) 23:31
たしかに食い物の奪い合いは兄弟喧嘩の定番だな。
164 :ぺリクルス:2002/11/23(Sat) 23:36
>>162
それはパレート最適じゃないよ。パレート最適っていうのは、「もしその状態から
誰か一人の効用が増大したとき、他の少なくとも一人の効用が損なわれずにはおか
ないような状態」ということでしょ。僕が1で弟が9になると、僕はますます怒り
心頭して弟に不満を抱くようになる。そうすると、ミカンを分け合う前より僕の効
用は損なわれたことになるわけだ。そうするとパレート最適じゃない。
一番いいのは弟と僕が仲直りして5個と5個に分け合うことだ。そうすれば、兄弟愛
も深まることだし、お互いの効用が損なわれることもない。これこそパレート最適
ではないだろうか。
165 :晩秋の名無しさん:2002/11/23(Sat) 23:45
これってネタだよね(汗
166 :晩秋の名無しさん:2002/11/23(Sat) 23:48
効用関数って別に何でもいいんだよ。
167 :どらみちゃん:2002/11/23(Sat) 23:50
弟の限界効用がみかん一個のときの限界費用と一致し
兄の限界費用がみかん九個のときの限界費用と一致すれば
一個と九個でも不公平でもないとおもうけど?
例えば、弟は小さいからあんま食えない
兄は成長してるので食力があるって考える
168 :晩秋の名無しさん:2002/11/23(Sat) 23:51
>一番いいのは弟と僕が仲直りして5個と5個に分け合うことだ。そうすれば、兄弟愛
>も深まることだし、お互いの効用が損なわれることもない。これこそパレート最適
>ではないだろうか。

変なこといっているけど、論点はわかる。衡平とかそういう深い問題だ。
169 :どらみちゃん:2002/11/23(Sat) 23:51
訂正
兄の限界費用→限界効用
170 :どらみちゃん:2002/11/23(Sat) 23:53
もう一つ訂正
食力→食欲
171 :どらみちゃん:2002/11/23(Sat) 23:59
またまた訂正
上記の兄と弟を入れ替えてください

あと、例えば以下を削除
172 :cloudy:2002/11/24(Sun) 00:08
>>162 の銅鑼さんと >>164 のペリ君では効用関数が異なっているので、結論が
違ってくるわけですね。

銅鑼さんの効用関数はシンプルにミカンの個数のみで決まっている(単純に比例でもlogでもよい)が、
ペリ君の効用関数は分配の不公平さによって相手から殴られるなどのリスクをおりこんだ
複雑なものになっているのです。
173 :すりらんか:2002/11/24(Sun) 00:13
>>162
あぁちょっと面白い論点が出た.経済学は多くの場合「嫉妬心」みたい
なのは無いとして話を進めていく.他人はどうあれ自分がどれだけ財を
得たかが重要という考え方.これをもっと掘り下げて考える人もいる.
まぁ僕としては,
・それを考え始めるとわけわかんなくなると思われ
・大変な割にすごい結論は出てこないような気がする(特に政策とそ
の現象面に関しては……厚生評価はまぁ目安だと思ってるし)
・自分は自分人は人という考え方が好き
などの理由であんまり考えてこなかったんですけどね.鈴村御大系の
人がいればちょっと解説願いたいです.
174 :晩秋の名無しさん:2002/11/24(Sun) 00:23
アローだか、センたらの論理で
「自分は自分人は人」という自由の追求によって
逆説的に自由がなくなるってのがたしか証明されたよう

その解決策としてセンは、アダムスミスに帰って他人に共感することのよって
自由を得られるってことをいいケイパビリティー理論を唱えた
鈴村は帰結主義ってのだったはずだが良くわかんない
175 :プロボーラ−[プロボーラ]:2002/11/24(Sun) 00:25
すりさま御無沙汰。今日は酔っ払ってるので書いてしまいました。
指摘2点目は良いねえ。研究にも費用対効果があるってことで。鈴村系では(もちろん)ないから、ベブレン的なお話は日本の実情を踏まえると結構きいてるかもしれない気もするので、専門の人の反応を俺も知りたいです。

( 役に立った! | 元スレ )
176 :146:2002/11/24(Sun) 08:41
>>159
左の=ってのは、>>148 に4つイコールがあるでしょ?その左側2つ。
>パレート最適ってのは、別に一般均衡(or ワルラス均衡)が成り立っていなくても成立する場合があるということか
いな。
それは>>155 の意図ではないが、それ自体は事実としては正しいし、重要なポイント。事実をまとめるぞ。
・「この経済のワルラス均衡はこれこれである」は実証的。他にも実証的主張は山ほどある。
・「これこれの配分はパレート最適である」は規範的。他にも規範的主張はありうるが、あまりレパートリーは広くない。
・ある条件のもとで、ワルラス均衡配分はパレート最適である。
・パレート最適だからといって、ワルラス均衡配分であるとは限らない。
・ある条件が成立しなければ、ワルラス均衡配分はパレート最適な場合も、そうでない場合もある。

何度も言うが、上の主張は定義を理解しなければわからないように書いてある。逆に、定義が分かればあたりまえな話。
177 :146:2002/11/24(Sun) 08:44
みんな何故かつっこんでないけど。

>>164
まだパレート最適を誤解してるよ。みかんを分け合う前=xと(僕1,弟9)=yを比較して、
(僕のxからの効用) > (僕のyからの効用)
と主張しているんだよね?これがひとまず正しいとしよう。(この問題は>>172-175 やスリランカさん曰く「鈴村系」の降臨を期待してね。)しかし、これは「yがパレート最適でない」ことを意味しないでしょ?
(弟のxからの効用)≧ (弟のyからの効用)
も示さないといけない。(何故だか分かりますか?)それを説明せずに「yはパレート最適でない」と結論付けたりするのは、まだ理解が足りない証拠。
178 :ぺリクルス:2002/11/24(Sun) 09:42
>>177
まとめありがとう。しかし、「みかんを分け合う前=xと(僕1,弟9)=y」が
何を表しているのか、いまいちわからんよ。

>>173
スリランカ師匠、「自分は自分人は人という考え方が好き」なんてことを言った
らダメだよ。ドラエモンみたいな思想の持ち主が、「俺は自分の利己性に従って
儲ける、他のやつはどうなったって知ったこっちゃね-よ」という考え方を撒き散
らしているんだよ。>>174のいうように、「自分は自分人は人」という自由の追求
によって逆説的に自由がなくなってしまう。我々は、「他人に共感することのよっ
て自由を得られる」んだよ。

俺は昨晩のドラエモンのミカンの話を見て、「非パレート最適からパレート最適に
向かわせる経済政策」のオゾマシサを知ってしまった。それは、「自分は自分人は人」
という誤れる社会に向かわせるものだ。その概念に含まれる「自由」は、決して普遍的
なものではない。ただ単に「資本家の経済的自由。搾取の自由」を意味するに過ぎない
のだ。パレート最適の概念の背後には、自分は社会から切り離されても生きていけると
いう傲慢な過信があり、結果的にはその思想によって社会が破壊されてしまい、自分に
災禍が降りかかってくることになるのだ。逆説的な話だと言わねばなるまい。
179 :晩秋の名無しさん:2002/11/24(Sun) 09:59
みかんを分け合う前の状態をxと呼ぶ(以下略
180 :ぺリクルス:2002/11/24(Sun) 10:07
「分配の不公平さによって相手から殴られるなどのリスクをおりこんだ複雑なもの」「嫉妬心」
「共感」といった人間の複雑な心理を度外視して、「単純に経済学は多くの場合「嫉妬心」みた
いなのは無いとして話を進めていく.他人はどうあれ自分がどれだけ財を得たかが重要」という
ふうに、人間を利己的・合理的存在としてとらえているのはあまりにも底の浅い人間分析と言わ
ねばなるまい。こういった論理で、「パレート最適が望ましい」と言われて、実際の政策に移さ
れているかと思えば、それは人類の悲劇と言わねばならないのだ。
今年のノーベル経済学賞は、人間は必ずしも利益を最大化しようとして合理的に行動するわけで
はない、人間はもっと複雑な存在である、といった研究をした人物に与えられたという。こうい
ったことで経済学の世界にルネッサンスが起きればいいのだが。
181 :ぺリクルス:2002/11/24(Sun) 10:23
>>179ありがとう。式の読み方を勘違いしていたよ。
>>177には次のように反論できる。
パレート最適は、「もしその状態から誰か一人の効用が増大したとき、他の少なく
とも一人の効用が損なわれずにはおかないような状態」と定義される。確かにXの
状態よりYの状態では弟の効用は増大しているであろう。なぜなら、弟はケンカで
兄貴をボコボコに打ち負かしてミカンを9個手に入れたからである。
しかし、ボコボコにされたとうの兄貴はメンツを失った上に、たった一個しかミカ
ンを手にできなかった。これで、兄貴の心の中では弟に対する恨みが生じることで
あろう。そうすると、Xの状態よりYの状態では兄貴の効用は減少してしまっている
であろう。ということは、XからYの状態に移行するさいに、すでに「もしその状態
から誰か一人の効用が増大したとき、他の少なくとも一人の効用が損なわれずには
おかないような状態」が打ち破られてしまっているのである。
すなわち、弟の効用は増大したが、兄貴の効用は減少してしまった結果として落ち
着いたのがYという状態なのである。これをパレート最適として経済的に望ましい
ものと考えるのであれば、パレート最適は経済的にふさわしい基準でも何でもない
ということになろう。
このケースのドラエモンの主張には、「兄弟愛」という「共感」の感情が抜け落ち
てしまっているのである。この結果としては、弟は一時的にミカンを手にして「自
由」を満喫したが、今後は兄弟間でギスギスした関係が続くと言う不利益をこうむ
るのである。
182 :晩秋の名無しさん:2002/11/24(Sun) 10:24
envyとかアルトイズムってそんなに重要か?
183 :晩秋の名無しさん:2002/11/24(Sun) 10:25
底が浅いってか、アンタが根暗な人間なんじゃないのか?
184 :晩秋の名無しさん:2002/11/24(Sun) 10:28
>>181
ありがちなちゅう房勘違いなのよ。
効用のソースをミカンだけに限定するなよ。
殴られるってことは、不効用だろうが。
単に「共感」+「痛さ」+「ミカン」という複数財の枠組みで考えればいいだけやん。

効用最大化という原理自体は全く成立していると思うが。
185 :cloudy:2002/11/24(Sun) 13:32
>>177 146氏
初期状態xからの比較はたしかに変だけど、
ペリ弟が「兄貴に仕返しされるより、ミカン4個失うほうがまし」と考えているのなら、
y:(兄=1,弟=9) から z:(兄=5,弟=5) への移行はパレート改善になっているのでは?

故にペリ兄弟の効用関数では状態yはパレート最適ではないと思われます。
186 :ぺリクルス:2002/11/24(Sun) 14:05
>>184
君の言っているようなことはとっくの昔に前提として書いている。
ドラエモンの例えだと、
兄貴は兄弟愛がぶち壊れたという点で「共感」を失い、弟にボコボコにされたということで、
「痛さ」を味わい、「ミカン」はたった一つしか手に入らなかったのである。
もし、弟と兄貴が仲直りして、お互い手を取り合ってミカンを半分づつ分け合えば、
「共感」も得られ、「痛さ」も回避でき、「ミカン」も平等にわけあえる、といった感じで
三拍子そろっているのである。弟が1個で兄貴が9個では効用は最大化されていないが、弟と
兄貴が5個と5個に分け合えば効用は最大化されているのである。こういったことは生身の体
験から得られる教訓であり、経済学者の机上の論理では語られないことである。

>>185
Cloudy氏。なんだか、パレート最適という概念は人によっていかようにでも意味合いを変
えることができるんですねえ。傲慢な金持ちにとっては1個と9個のミカンの分配でもパレ
ート最適になる。その反面、金持ちもいないけれども、分配をめぐって争いのない状態を
パレート最適と考える人もいる。こんないい加減な基準で経済が語られてもいいものなの
だろうか。
187 :甲斐:2002/11/24(Sun) 14:16
>>186

パレート最適の含意を独裁者の比喩で巧妙に説明したのが
センの貢献だったよね。その点では蛇行しながらもペリはいいところにこだわりつづけている。
しかしパレート最適のいいところは、なにが経済や社会のよりましな基準として考えることができるかを考えたときに一番ゆるい条件ともいえないだろうか?
188 :甲斐たんラブ:2002/11/24(Sun) 14:16
いけねえ、上のは「甲斐」じゃなく「甲斐たんラブ」のカキコ
189 :晩秋の名無しさん:2002/11/24(Sun) 14:31
>>186
5個5個にしたければ、ナッシュ交渉解を使うという手もあるな。

いろいろあるからな。5個5個に近い結果になるという、たとえば
6個4個とか、実験するとそうなるらしい。
190 :晩秋の名無しさん:2002/11/24(Sun) 14:41
>>186
ホントにあほちゃうか?
それはなあ。
ミカンと共感と痛みという三つが不可分と言っとるに過ぎん。
つまり、効用と不効用を同時に与える合成財を考えているのだよ。
別に効用最大化の原理というか理屈が壊れているわけではない罠。
191 :晩秋の名無しさん:2002/11/24(Sun) 14:42
>>189
そんなたいそうな話じゃないよ。
nashバーゲニングがワルラス均衡解と一致する条件なんてのは
嫌っちゅうほどやりつくされている。
わしは知らんけどw。
192 :晩秋の名無しさん:2002/11/24(Sun) 14:51
>>191
いやそんなたいそうな話じゃなくて、ベリ君は5個と5個に公平に分ける
ことが、2人の兄弟の間で望ましい分配だといいたいだけなんだろうが、
用語の使い方がおかしいので、いじめられているような気がするのだが。
そんなもんは公理を課してしまえばいいんじゃないかとw

>>190
ベリ君は、効用最大化を否定していないと思うよ。なぜなら、ミクロスレで
彼は選好の順序があることについて異論を唱えていないし、なんらかの価値
基準で満足度を最大にするということ自体は否定していない。
193 :甲斐たんラブ:2002/11/24(Sun) 15:07
>>192

だからペリが実はザモデル級のモデル野郎でネタでやってないという大前提でいけば、本人はまったく無自覚だが、

なんらかの価値
基準で満足度を最大にするということ自体は否定していない

ってのは、「必要に応じて」原則なんだってば。辞書式選好でフォローできるかもしれないし、できないかもしれない。満足や選好が階層構造をもっていると考えてみそ。まあ、この手の話は例えば、○の一部の『マルクスの欲望理論』とか読めばでてくるよ。
194 :ドラエモン:2002/11/24(Sun) 15:07
なんでこんなに紛糾するんだろう?パレート最適自体は市場均衡とは独立に定義され、その本質
は単に「無駄がない」というだけの話なのに・・・

シンパシーとか、持ち込めば概念は複雑になるだろうが、原論の教科書をこれから読むという
ペリに、関係ないだろうに。
195 :甲斐たんラブ:2002/11/24(Sun) 15:15
そうそう、パレート最適自体は経済学が使える一番ゆるい最適性の条件だと思う。これを否定しちゃうと経済学を勉強しつづけるのは辛いと思うな。

でもみんなペリにかまけてミクロネタでひさしぶりにカキコできるうれしさを味わっている「だけ」という読みもあるよ。漏れも岩田本、これから買いにいく予定。
196 :ぺリクルス:2002/11/24(Sun) 16:11
俺は「効用の最大化」といってもパレート最適とはまったく関連づけて理解しているわけでは
ないよ。教科書的には「予算線と無差別曲線が接したところの財の組み合わせを買うと効用が
最大化される」といった形で理解している。一見、理論的にはきれいに整って見えるこの理論
であるが、俺がこういった理論を認めるのにも一定の条件と言うものがある。
「効用」に関する理論、すなわち「限界効用逓減の法則」や「限界代替率逓減の法則」といっ
た法則が「実験経済学」によって実証されていなければならない、というのがその条件である。
化学や物理などの理論が認められるには、「実験」によってその理論が「実証」されなければ
ならない。経済学もその例外ではないのである。

さて、パレート最適の話に移ろう。「なにが経済や社会のよりましな基準として考えることが
できるかを考えたときに一番ゆるい条件」というパレート最適に対する認識には反対である。
「よりまし」と感じるのは、その人が「自分は自分人は人」という考え方をし、自分を社会か
ら切り離して、独立した存在であると考えているからである。自分がミカンを9個手にしてい
る時にはこういうノンキなことも言っていられよう。しかし、もし自分がミカンを1個しか手に
できない境遇に置かれればその人は自分の境遇を「無駄がないからいいじゃん」と言ってすませ
ることができるのであろうか?また、ミカンを9個手にしている人が、1個しか手にしていない人
を見ても何も心に感じるものがないのであろうか?
ここには1つ忘れられたものがある。それは人を思いやる心。「共感」というものである。
197 :ドラエモン:2002/11/24(Sun) 16:25
>>196

それじゃあ、4個ずつ配分すれば、2個はどっかに無くなっても関係ないというわけだな?
198 :晩秋の名無しさん:2002/11/24(Sun) 16:59
甲斐たんラブの正体見破ったり!
甲斐たんラブ=歌舞音曲だ。
理由①ペリたんを気にかけている。②ミクロの教科書をいまさら買おうとしている。
ペリたんに文句言いながらも、本当は教えてあげたかったのねw
やっぱ、歌舞たんはいいやつだなw
199 :晩秋の名無しさん:2002/11/24(Sun) 17:36
>>196
1段目は至極もっともだとおもう。2段目は、人それぞれだから、誰か言っていたけど、
ベリクレスの公理を課したモデルでそれを主張してもいいと思うけど、その「共感」
というものもまた、君が>>196で言うように

>化学や物理などの理論が認められるには、「実験」によってその理論が「実証」され>なければならない。経済学もその例外ではないのである。

こうなると思うわけで、甲斐たんラブの言うように緩い条件だと思って、すりらんか
殿下のアドバイスにしたがって先に進んでみるとよいとおもう。

>>197
ベリクルス相手にムキになりなさんなよ。あんたちょっと絡みすぎよ。
200 :PK@初級コテハン:2002/11/24(Sun) 17:45
_、_
( ,_ノ` )y─┛~~ ・・・・・・・・・・・・・
201 :晩秋の名無しさん:2002/11/24(Sun) 18:09
ぺリ君、あんたの書いたのを見て、あんたは科学には向かない。
考え方が全く科学的ではない。よほど気をつけないと、経済勉強しても時間の無駄になるぞ。
202 :cloudy:2002/11/24(Sun) 18:10
>>195
そういえば、スティグリッツの教科書では「パレート最適」でなく「パレート効率的」になってます。
最適(optimum)という言葉が誤解を生みやすいのか、最近はefficientに変えつつあるみたい。
203 :ドラエモン:2002/11/24(Sun) 18:26
>>199

別に絡んじゃあいないよ。「その2個」こそ、パレート最適の一番肝心なところじゃあないの?
204 :すりらんか:2002/11/24(Sun) 18:37
>>196
それに関する標準的な解答は>>184>>190の通り.パレート基準はほんと弱い指
標で完全平等(不平等でも)でもちゃんと無駄なく機会が生かされていればパ
レート最適.だからある意味君の反論は「パレート最適なら後はどうなろうと
知ったこっちゃ無い」「パレート基準は財のみについていうのだ」(後者は明
確に誤り)という人への批判にはなるけど基準その物への批判にはならないん
です.

>>198
遅いよ(藁.いまのもっぱらの争点はペリクレスはPK初級か?という問題(爆
205 :だめ!!我慢できない!!!:2002/11/24(Sun) 18:59
うんこちんちん
206 :晩秋の名無しさん:2002/11/24(Sun) 19:06
ベリクルスサンヘ

パレート最適っていうのをきちんと理解して後に
それを批判するなら分かるが
大して分かってもないのに批判するのは非効率すぎる
疑問に思っても、とりあえず所与として受け取った方がいいと思う
学問的じゃないといわれるかもしれないけど
ある程度知識詰め込まないと創造的な思考もできないと思う

和田秀樹、森毅の数学の本を読んでみては?
207 :晩秋の名無しさん:2002/11/24(Sun) 20:09
>>180
言いたいことは、マイオピックな行動をする奴に対する批判なのか?
経済学で言うところの合理性というのは相手の行動を織り込んで、とても
複雑なものだから、単なるマイオピックなバカではないよ。
208 :すりらんか:2002/11/24(Sun) 20:15
>>201
激しく同意で激しく反論.近頃の大学生なんてN村ちっくな事言わなくても
日本の論壇・政策決定の論争は非科学マンセー状態です.迷い猫氏の時もそ
うでした(そしてぺり氏はだいぶまし)が,経済学の専門家にならない人の
ための経済学知識・経済学学習を考える非常によい機会かと.教育・説得の
技術練習に大いに利用させてもらいましょ.これってまさにパレート改善(藁

>>206
ですね.とりあえず前半さらっと呼んでから戻ってきてはどうですか?
209 :晩秋の名無しさん:2002/11/24(Sun) 20:25
>日本の論壇・政策決定の論争は非科学マンセー状態です.
経済分野をそうしているのが誰なのか?w
210 :晩秋の名無しさん:2002/11/24(Sun) 20:50
>>209「読者の判断」はどうよ?
http://www.yaesu-book.co.jp/best-seller/2f.htm
これ見ると微妙だなー。竹森とか玄田とか上位だけど。
211 :晩秋の名無しさん:2002/11/24(Sun) 20:58
ほんとに微妙だね
もっとひどいかと思ってたけど、
島田/吉川や玄田はいいけど、
竹森中間で、あとは、ひでぇな。
212 :歌舞:2002/11/24(Sun) 21:24
そうかな? 玄田なんかの素直な経済観なんかはJMMでよく見聞しているけど、「運がいいわるい」で結局は物事を考える安易な態度といい、例の本の最後の若者とのインタビューもゲロは吐きそうだぞ。この手の本は出る瞬間から賞をとりそうだったが、小林・加藤本同様の日本の経済学の不毛を象徴する下下の下みたいなものだ。いいところもあるがそのいいところを本人がきづいていない笑える側面もある。はあ、前からいいたいこと書いた。w
島田・吉川本に至っては、そりゃ、漏れは購入してないんで偉そうなこと書けんがw少なくとも島田某の立論こそ政策に反映されているだけにまさに亡国ものだ。あんた正気? あの本のどこがいいわけ。ばかとちゃう?
213 :歌舞:2002/11/24(Sun) 21:26
訂正する。

「ばかとちゃう」→「あほ」
214 :晩秋の名無しさん:2002/11/24(Sun) 21:26
>>211

おいおい「島田/吉川」=「痛みの先に何があるのか」はいいのか?
(素晴しいタイトル。「痛み」というのも「我慢」などの重要キーワードの一つ。)
吉川先生が島田みたいのと共著を出したというのは悲しい事実なんだよな。
215 :晩秋の名無しさん:2002/11/24(Sun) 21:33
歌舞は労働経済で死にますた
216 :歌舞:2002/11/24(Sun) 21:39
>>215 まあ、できればもっと華やかな死に方hしたいねw どうでもいいが意味不明。
217 :黒木香:2002/11/24(Sun) 22:13
http://www.asahi.com/business/update/1123/005.html
「ベースアップは論外」 日本経団連

ますます資本家の本性が明らかになって参りました様に感じられますわね。
218 :晩秋の名無しさん:2002/11/24(Sun) 23:39
>>217
それのどこが問題なわけ?国際競争力?
219 :146:2002/11/25(Mon) 06:04
亀レスでごめん。
>>185
御意。僕はペリの理解度を見てるだけですので。
(あの文章からはそう思ってたかどうかは疑わしい。
「xからyで僕の効用が下がる」→「yはパレート最適でない」
という推論をしてるっぽい。
この矢印は論理的に誤りであって、効用に含める財云々の問題ではない。)

ペリたんへ。もう1つヒント:
・パレート最適な配分は(緩い条件下で)必ず存在するが、唯一とは限らない。

パレート最適な配分のうちどれが最も望ましいかは(重要だが)難問だ。
だが、パレート最適でない配分が望ましくないことは明らかだ。
まずは簡単な問題から解くってのが科学の鉄則。
厚生経済学の第2命題を習った後で真の難問に立ち向かえ。
220 :晩秋の名無しさん:2002/11/25(Mon) 06:21
>>212
何がいけないのか理由がサパーリ、見えんが。
221 :"歌舞音曲":2002/11/25(Mon) 07:33
そりゃ、そうだよ。理由かいてないもん。内容忘れた。w
うろ覚えなのは需要が足りないから失業なんてほとんど(まったく?)思っちゃいないので
構造的な失業に陥るのは労働者の運次第じゃないか、とかJMMでほざいていたことぐらいかな。
222 :ぺリクルス:2002/11/25(Mon) 09:31
>>197
もちろんミカンが2個潰れてしまわないほうがいいに決まっている。だからこそ、
早めにこの兄弟が争うことの愚を悟って仲直りすべきなのだ。ミカン2個潰れて
しまったらもちろん4個と4個に分けるのがベストである。この状態は、弟が兄を
コテンパンに叩きのめして9個のミカンをぶん取るということよりもいいのは経験
的にわかるであろう。とにかくパレート最適で問題なのは、弟が9個のミカンを
ぶん取り、兄が1個しか食べられないという状況でも「効率的」と判定してしま
うということだ。これは「自分は自分人は人」という発想の裏返しでもある。
弟は兄貴がどんなにプライドを傷つけられようと、鉄拳を顔面に食らって青アザ
ができていようと、「自分は自分人は人」だから、おかまいなしなのである。
スリランカ師匠は「パレート最適なら後はどうなろうと知ったこっちゃ無い」と
いうのは問題であるというけれども、ミルトン・フリードマンを筆頭とする保守
派経済学者はまさに「非パレート最適からパレート最適へ向かわせる経済政策」
だけに執着しており、「規制緩和せよ!グローバル化マンセー!へジファンドも
NO PROBLEM!一般均衡は、パレート効率じゃー!麻薬も解禁しろー!売春もOKで
ーす!」といってはばからないのである。スリランカ師匠の爪の垢をせんじて、
フリードマンに飲ませてやらねばならない。
まあ、146氏のアドヴァイスも受け入れて、少しは攻撃の手をゆるめることにする
か。
223 :甲斐たんラブ:2002/11/25(Mon) 10:06
<スリランカ師匠は「パレート最適なら後はどうなろうと知ったこっちゃ無い」と
いうのは問題であるというけれども、ミルトン・フリードマンを筆頭とする保守
派経済学者はまさに「非パレート最適からパレート最適へ向かわせる経済政策」
だけに執着しており、「規制緩和せよ!グローバル化マンセー!へジファンドも
NO PROBLEM!一般均衡は、パレート効率じゃー!麻薬も解禁しろー!売春もOKで
ーす!」といってはばからないのである。スリランカ師匠の爪の垢をせんじて、
フリードマンに飲ませてやらねばならない。
>

これもスリランカのいいたいことを完全にはフォローしてはいない。しかしクールヘッドになったのはいいことだ。まずフリードマンを忘れる。W 非パレート最適な状態からパレート最適な状態に向かうような政策は、なにも規制緩和ばかりではない。公害の規制や適正な法律の制定なども含まれる。市場マンセーではなく、市場の誤りを正す「あくまでひとつの手段」と考えた方がいい。スリランカが何を意図しているかよくはわからないが、経済学がすべての問題をフォローできるとするのは誤りだ。経済学的にパレート最適な状態な政策を実現しようと早急に「構造改革案」をごりおししたIMFの所業をみれば一目瞭然だろ? Stiglitzのいうように漸進的にやっていくという「世間知」Wも必要だ。
さらに売春なんたらへのペリの「みたされない社会感情」も重要だ。これはあなどれない。倫理や道徳をどう経済学と調和させていくかはクールヘッドの問題として「も」重要じゃないか?
224 :甲斐たんラブ:2002/11/25(Mon) 10:09
訂正

市場マンセーではなく、市場の誤りを正す「あくまでひとつの手段」と考えた方がいい
↓
市場マンセーではなく、市場がよりましになる「あくまでひとつの手段」と考えた方がいい
225 :ぺリクルス:2002/11/25(Mon) 10:33
>>207
>言いたいことは、マイオピックな行動をする奴に対する批判なのか?

>>180の「単純に経済学は多くの場合「嫉妬心」みたいなのは無いとして話を進めて
いく.他人はどうあれ自分がどれだけ財を得たかが重要」というふうに、人間を利己
的・合理的存在としてとらえているのはあまりにも底の浅い人間分析と言わねばなる
まい。」という点についてであるが、利己的・合理的とは、効用や利益を最大化しよ
うとして行動することを意味する。経済学はこのような利己的・合理的な人間や企業
を仮定して理論を構築しているのであるが、人間はこれほど単純な存在ではないとい
うことを俺は言いたいのだ。パレート最適にしても、この理論においては個人は孤立
的な存在であり、利己的であり、他人とはいっさい社会的関係をもたないことを想定
して論じられているのである。
しかし、現実の人間は心の中にエゴイズムだけではなく「共感」「良心」「自己犠牲」
のような感情ももっているのである。フリードマンのように理論に没頭しすぎて空想
と現実を逆さまに見てしまうようになると、「企業はただ金儲けだけしとりゃーいいん
だよう。金儲け以外のことを考えるのは偽善じゃ」とも考えるようになってしまうのだ。
これが、理論バカの怖いところである。
226 :ぺリクルス:2002/11/25(Mon) 10:44
>>223
「経済学的にパレート最適な状態な政策を実現しようと早急に「構造改革案」をごりおしした
IMFの所業」というのが、保守派経済学(特に新古典派)の常套手段ではないのかな。しかも
新古典派の恐ろしいところは、この世に一般均衡を実現できると考えていることだ。
パレート最適は、一般均衡でなくても実現可能とのことであるが、新古典派はまさしく、一般
均衡におけるパレート最適が望ましいと考えているのである。このような空想科学に基づいて
IMFのように政策を押し付けてくるのだから、世界は自分たちの経済社会の破壊に慄きながら
生きていかなければならなくなるであろう。新古典派の理論は、まさに世界をアメリカナイズ
して、独占金融資本の傘下においてしまおうという周到な策略なのである。
連中にとってみれば環境破壊は、市場経済の失敗ではないのである。連中はそれを政府の規制
のせいであると考えている。市場経済はむしろエネルギーを効率的に消費することを可能にし、
環境問題を解決すると考えているのである。
227 :甲斐たんラブ:2002/11/25(Mon) 10:52
ペリのIMF批判への「あちぃちぃハート」はよくわかった W

でもそこから先にいかなくてはいけない。少なくともIMFの政策態度と経済学をイコールにすべきではない。ここの巣窟でもいろんな「経済学」が跋扈しているのはおわかりだろう? 理と力が必要だ。
228 :甲斐たんラブ:2002/11/25(Mon) 11:07
補足。まだわからなくてもいいが、少なくとも

<パレート最適は、一般均衡でなくても実現可能とのことであるが、新古典派はまさしく、一般
均衡におけるパレート最適が望ましいと考えているのである。>

が経済学に批判的であろうがなかろうが、いかにばかげた発言かを悟るようになるまでこの苺で修行したほうがいい。これはマジレスW
229 :晩秋の名無しさん:2002/11/25(Mon) 12:14
OFW呼んでこようか?
230 :名無しさん:2002/11/25(Mon) 15:08
竹中大臣はもうてんぱってる。
モルヒネうった特攻兵みたい
大声を出せばいいと思っているし疑心暗鬼になっている
231 :甲斐たんラブ:2002/11/25(Mon) 15:28
ようやく岩田ミクロ購入。しかし、ペリ、予測できたとはいえ、なんつう誤読と斜め読みしてんだい。WW 新古典派を批判するならきちんと理解して批判しないと批判自体がうたがわれる、そして別段、ペリは反経済学ではないようだから、グローバリズム批判や所得格差の解消やそのほかもろもろのみたされない社会感情のためにはやはり基礎の基礎といえるミクロ経済学はしっかり把握しないとね。まあ、いいや。根気よくやるか。
232 :晩秋の名無しさん:2002/11/25(Mon) 16:07
しかしぺりたんの出自?がよくわからない。今時の左翼のくせに反ふぇみでベネディクト・アンダーソンもしらんくそナショナリストというのはげせん。
つーか今時の左翼インテリといえばマルクスよりフーコーでしょう。
233 :晩秋の名無しさん:2002/11/25(Mon) 18:10
>232
そっち方面が物知りであって何の役に立つんでしょうか???
フーコー念仏踊りに、何の御利益(ごりやく)もありませんが、何か。
234 :歌舞@よっぱらい:2002/11/25(Mon) 20:42
<しかしぺりたんの出自?がよくわからない。> イタリアだろ?

しまった地雷ギャクだったのだだだだ。
235 :晩秋の名無しさん:2002/11/25(Mon) 20:51
「役に立つ」ってどういう意味よ?
236 :あんまミクロ経済学と関係ないけどさ:2002/11/26(Tue) 00:32
>>222
>スリランカ師匠の爪の垢をせんじて、フリードマンに飲ませてやらねばならない。
どうもペリちゃんはフリードマン総帥がお嫌いなようで、、、
そこで一つ、ある書物を紹介しよう!
経済学はいかにして作られたか?矢沢サイエンスオフィス
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/scinet/economy.html
この本は重商主義時代から初めて日本のバブル頃までの経済学説史を書いてる本で、
経済学のメジャーな学派を批判的に見ている。個人的にはケインズ派ではなく
ケインズ自身への評価がどうも浅く広くでイマイチでしたが。
マネタリズムの項目に、フリードマンとピノチェトとの関係が載ってるから
ペリちゃんは気に入ると思うよ(つーか既に知ってる?
237 :cloudy:2002/11/26(Tue) 01:54
>>232
ペリ君はNirvanaのKurt Cobainが自殺したとき中学生だったという言を信ずれば、
まだ20~23歳の若僧。ただいま勉強中ってとこでしょう。
オルタナ系ファンというのは思想的にどうなのかな?日本の最近のミュージシャン
が妙に右がかってるのとは違って、反体制であるのはまちがいないが。
(シンキローを結婚式に呼んじゃうロックミュージシャンって…)

# 俺の中学時代はZeppelin/YES/ELP。ノンポリでした。
238 :晩秋の名無しさん:2002/11/26(Tue) 02:39
# 僕の中学時代にはレノンが師にますた。
239 :晩秋の名無しさん:2002/11/26(Tue) 02:48
>>237
漏れ22歳だけど、城麻美はもう少し上の世代だね。
23から25歳とみた。
240 :ぺリクルス:2002/11/26(Tue) 03:31
>>237
疲れた----。俺?23才だけど。べんきょーなんかしてねえし。ってか、勉強してればちゃんと
大学にはいっとたわな。コバーンに思想なんてないでしょ。ただ、死にたい死にたいという気
持ちを曲で表現していただけで。In Uteroは最初はI hate myself and I want to die
だったらしいぞ。反体制で好きなのはRage against the machineかな。俺なんか、高校一年
のときにギルガメで城麻美見ているのをお袋に見つかったら、箒で張り倒されたぞ。
241 :晩秋の名無しさん:2002/11/26(Tue) 03:36
>>240
ギルガメといえば、矢沢ようこだろ(怒)
多分お前のお袋は、矢沢ようこではなく城麻美見を見ていたから箒でお前を張り倒したんだな。
お前のお袋とは気が合いそうだw
242 :ぺリクルス:2002/11/26(Tue) 03:48
>>236
また今度読んでみるわ。
243 :晩秋の名無しさん:2002/11/26(Tue) 15:29
>経済学はいかにして作られたか?矢沢サイエンスオフィス

これ死ぬほど胡散臭いんですけど。
244 :晩秋の名無しさん:2002/11/26(Tue) 18:23
>>242
「また」って事は手許にあるんすか?
>>243
確かにw
245 :晩秋の名無しさん:2002/11/26(Tue) 22:35
>>243
ふふ、俺は少し読んじゃった。比較優位の説明で間違ってたところがあって時間の無駄だと思って止めた(藁。
まあ公務員試験にはいいかも。
246 :晩秋の名無しさん:2002/11/27(Wed) 07:27
>>245
佐伯啓思が一部執筆していますね。
あの本は少々各経済学派の欠点を見て、長所を少しだけ見るだけでキチンと見ていないように思う。
>まあ公務員試験にはいいかも。
ですね。あと、難解な経済学独特の数学に疲れた人、微分積分を理解し終わってない中高生、ハイルブローナーでは古すぎるという人、などにもいいかと思います。まぁ、矢沢SO自体そもそも理科系がメインの団体でしょうから経済学理解を正確性は強く求めすぎないほうがいいと思われます。

ところで、ソローへのインタビューについてどう思われますか?
247 :名無しさん:2002/11/27(Wed) 11:20
竹中大臣はもうてんぱってた。
モルヒネうった特攻兵
大声を出せばいいと思っているし疑心暗鬼になっていた。
248 :ぺリクルス:2002/11/27(Wed) 15:21
>>247
何回、同じこと書きゃすむんじゃ、ボケ!貴様がいかれとるんだろうが。
249 :名無しさん:2002/11/27(Wed) 19:14
よく読めよ。なえる。放置!放置!
250 :晩秋の名無しさん:2002/11/27(Wed) 21:02
>>246
ソローのinterview、そう言えばありましたなぁ。でも確か最初の方の途中読みで止めてしまって
あまり記憶にないです。たぶん聞き手の問題で内容が劣ってしまうかなと思って。
まともなコメントできなくてスマソ。
251 :ぺリクルス:2002/11/27(Wed) 22:01
ドラエモンによると、「市場」は、独占でも完全競争でも同じだと考えることもでき、市場構造
とは関係なく「均衡」を中長期の「貨幣の中立性の成り立つ状態」として定義できるそうであ
る。そうすると、ほっといてもマーケットの法則で需給が均衡するという新古典派の妄想的定義
とは違う考え方で「均衡」を考える人もいるということだろう。
252 :cloudy:2002/11/28(Thu) 03:17
>>251
おいおい。
http://matari.ichigobbs.com/cgi/readres.cgi?bo=economy&vi=0641&rr=664&fi=no
> 「市場」は、独占でも完全競争でも同じだと思います。要するに、ここでいう「均衡」は
> 中長期の「貨幣の中立性の成り立つ状態」であすから、市場構造とは関係ないのではない
> でしょうか?

この発言をとらえてのものだと思うけど、文脈をよく読みましょう。元の質問はベルナンケの
背理法の話。そこで使われている「均衡」の意味について答えているのであって、一般均衡
の定義を説明しているわけではありません。
253 :歌舞:2002/11/28(Thu) 12:56
>>251 このカキコがわざとだったとしたらかなりな悪人だ。w
254 :晩秋の名無しさん:2002/12/02(Mon) 02:58
132: ぺリクルス  2002/11/27(Wed) 21:43
明日は、泊り込みで出かけるからしばらく来週までみんなとはお別れだ。岩田氏の本は持って
いって読んでおくから。進めたい人は、自生的秩序で、勝手に進めていってくれ。
255 :ぺリクルス:2002/12/02(Mon) 18:58
さて、すりらんか師匠によって経済学界のずさんな実態が暴露された。
「経済モデルの閉じた世界での結論は必ずしも現実に対応している必要はない.」
というのである。これで、ドラエモンの「実在する市場経済と理想の社会主義の
比較は無意味だ」という批判がいかに自己撞着したものかがはっきりと示された。

「実在する市場経済」などというものはない。それは、需給曲線のような机上の
論理に過ぎないのである。このような経済学の自堕落ぶりは、「マクロ経済学で
主流を占めたケインズの乗数理論が、計量経済学的にはいまだに検証できていな
い」「マクロ理論の大家から「マクロ経済学なんて、現実の景気対策にはほとん
ど役に立たないよ」と教示された」という宮崎哲弥氏の証言からも明らかである。

ところが、IMFのような教条的な集団は、新古典派理論をひっさげて、ろくに政策
評価することもなく、資本主義の教義を実行させようとしたのである。連中は、
東南アジアが西洋文明に門戸開放したことで生活水準が向上したではないかという。
ところが、その実態はアメリカを筆頭とする西洋人による経済支配に過ぎなかった
のである。アジア人が連中の思い通りにいかなくなると、潜在意識にあるアジア人
差別の感情を発露させて、クローニーとアジアを侮蔑したりした。

連中の頭にあるのは、「完全競争市場」という「ニルバーナ」ともいうべき宗教的
到達点である。これをアメリカ並みの過酷な弱肉競争社会に変質させることによっ
て実現しようとしているのだ。その結果としてアジアの文化や精神性は拝金主義に
よって汚染されてしまっている。ブルジョアカルト経済学の横暴をこれ以上許して
はならない。

俺が経済学を学ぶということは「敵を知る」ということなのである。
256 :晩秋の名無しさん:2002/12/02(Mon) 19:26
>連中の頭にあるのは、「完全競争市場」

無いと思う。赤日新聞の市場原理主義度なんて信じない方が良いと思われ。
257 :晩秋の名無しさん:2002/12/02(Mon) 22:53
http://www.be.asahi.com/20021130/W13/images/021130report_b.gif
258 :ドラエモン:2002/12/03(Tue) 11:00
>>255

ネタにまじレス、カコワルイーという合唱が聞こえるが(爆)、敢えてカキコしよう。

>「経済モデルの閉じた世界での結論は必ずしも現実に対応している必要はない.」
>というのである。これで、ドラエモンの「実在する市場経済と理想の社会主義の
>比較は無意味だ」という批判がいかに自己撞着したものかがはっきりと示された。

「市場経済の現実」、「経済理論の世界」、「架空の社会主義」の三つがあるけど、
それを理解している?
259 :ぺリクルス:2002/12/04(Wed) 16:10
>>258
「現実の市場経済」「架空の経済理論」があることなら十分理解している。
現実の市場経済とは、たとえばお店とか商売人とかだ。といういう人々は別に
経済学が存在しなくても、自分たちで自生的秩序を作りだしてその人たちの独自
文化に根付いた経済を生み出す。
しかし、そうした文化・民族の違いを理解せず、イデオロギーによってそれらを
破壊しようとするのが「架空の経済理論」である。特に、新古典派にいたっては、
もし政府が小さくなり、余計な手出しを経済に出そうとしなくなれば神の見えざ
る手が働いて一般均衡に導かれるという教義をばらまいているのである。しかし、
新古典派のバックにいる資本家たちは、東南アジアが門戸開放したのをいいこと
になだれを打ってその市場に進出し、彼らの文化をことごとく破壊して経済支配
してしまったのである。「架空の経済理論」で植民地化するのがアングロサクソ
ンの得意な手法である。
260 :ぺリクルス:2002/12/04(Wed) 16:19
>>256
そうかね?どこが朝日(ちょうにち)新聞的な主張であるのか、詳しく解説してくれ。できれば、
具体的にどう間違っているのかも説明してくれ。俺は朝日(ちょうにち)新聞も、というかマス
ゴミを信用していないから、連中と一緒にされるくらいなら、このスレを永遠に撃沈してもい
いぞ。
261 :晩秋の名無しさん:2002/12/04(Wed) 16:46
>>ぺりりん

これでも読んで自分を見つめなおして。
君と結論部分では近いはずだから。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4004302048/ref=sr_aps_b_/249-4021803-0811523
262 :晩秋の名無しさん:2002/12/04(Wed) 22:34
>新古典派のバックにいる資本家たちは

新古典派経済学のバックには資本家がいるの?
263 :PK@初級コテハン:2002/12/04(Wed) 22:39
なだいなだ・・・・
264 :晩秋の名無しさん:2002/12/05(Thu) 01:54
>>263
PKちゃん!!
それは歌舞レベルだよ!!
265 :ぺリクルス:2002/12/05(Thu) 18:13
>>262
あたりまえだ。フリードマンと共和党は結託しているという例を見てもわかる。
新古典派は福祉大嫌いであるが、連中は共和党に福祉削減の理論的根拠を与えて
いるのだ。そういったインチキでまかせの論理は、クルーグマンによって論駁さ
れている。(The Rich, the Right, and the facts 参照)
266 :晩秋の名無しさん:2002/12/05(Thu) 20:56
>>265

それは政策ブレーンとして学者が入っているという話で
多国籍企業とは関係あるまい。
そもそも、あんたの言う新古典派とは何?広義の新古典派か狭義の新古典派か?
ニューケインジアンは新古典派に入るの?
ルーカスなどを新古典派と呼んでいるの?
267 :晩秋の名無しさん:2002/12/05(Thu) 21:41
>ぺリちゃん
なにもかもごちゃ混ぜだと、ただの酔っ払いにすぎん。
「なにもかもグローバリゼーションが悪い」
「資本主義は悪」
「架空の経済理論」
と一言で済むのか?

そんな酔っ払いが、「修正『マルクス主義』」ならぬ、「修正『新古典派』」(どうとでも解釈でき、なんとでも帰結できるゲーム理論)に勝てるか?

何度も指摘されてるように、
「新古典派」≡「架空の経済理論」って分ってるから、みんな日々研究(修正資本主義)してんのよ。
アホちゃう。
268 :ぺリクルス:2002/12/13(Fri) 21:11
さて、リクエストがあったので久々に新古典派ブルジョア経済学を糾弾するこの
スレを上げることにした。

今日、我々が経済学のステップの一番最初にすりこまれる需要と供給のメカニズ
ムは、「新古典派価格調整メカニズム」と呼ばれるフィクションであるというこ
とが告白された。このようなフィクションにマインドコントロールされ、現実と
空想を逆転させてしまうのがブルジョア経済学の罠であり罪である。

岩田氏の「ゼミナール」135ページには恐るべきブルジョア経済学のデマゴーグ
が吐露されている。

「完全競争市場の条件を満たさない不完全競争市場で達成される成果を、完全競争
市場で達成される成果と比較して、その成果を改善する方法を考えることが可能に
なる。」そして、それが、「完全競争市場分析の意義」なのだという。

さて、諸君。考えてみたまえ。完全競争市場は、この世に条件を満たすような市場
がなく、スリランカ将軍によれば「作業仮説」にすぎない。ドラエモンによれば、
「フィクション」なのである。しかし、ブルジョア経済学者は、完全競争市場の条
件を満たさないような不完全競争市場さえも改造してどこまでもフィクションにす
ぎぬ完全競争市場へと近づけようとするのだ。

さて、このような傲慢なブルジョア経済学者の発想がいかに世界に害悪を与えてい
るかを諸君は再認識する必要がある。東南アジアを見たまえ。彼らはヘッジファン
ドに食いつぶされた。ロシアを見たまえ。彼らはマフィアに食いつぶされた。日本
を見たまえ。竹中に殺されそうだ。アメリカを見たまえ。自由化の先鋒であった、
エンロンが何をしたかを!!

我々は経済学者に騙されてはならない。経済学を学ぶのは彼らに騙されないためで
ある。
269 :走る名無しさん:2002/12/13(Fri) 21:25
経済学者以上にトンデモエコノミストも跋扈してるからね。
270 :ぺリクルス:2002/12/13(Fri) 21:44
>>266
俺はニューケインジアンもルーカスも知らん。稲葉振一郎氏によれば竹中平蔵はニューケイン
ジアンだそうだ。だったら、ニューケインジアンも新古典派だ。

新古典派の特徴というと、

(1)失業している人が町に溢れているのに、彼らは失業者ではないという
(2)福祉政策と公共事業が大嫌い
(3)税金を削減しろとうるさい
(4)IT革命が大好きだったけどバブル崩壊後は知らんぷりをしてるやつ
(5)「資源の最適配分」という言葉が大好き
(6)ウォールストリートジャーナルの愛読者
(7)規制緩和をしろとわめきたてる
(8)銀行を潰せという一方、直接金融を賛美する
(9)「国家」を破壊することを意図している
(10)貧富の差を認識することができない
(11)レーガンやサッチャーや中曽根を尊敬している
(12)国民年金を廃止しようとたくらんでいる
(13)郵政事業を民営化しようとしている
(14)アメリカの投資家に日本を売り飛ばそうとしている売国奴

などなどがあげられる。
271 :走る名無しさん:2002/12/13(Fri) 23:46
>>270
一度素直に勉強することだな
272 :すりらんか:2002/12/13(Fri) 23:49
僕に当てはまるのは(5)(7)(8)だな.
でもマルクスも(5)(9)はばっちり当てはまると思うぞ!?
273 :ぺリクルス:2002/12/14(Sat) 01:54
>>272 すり尊師へ

(5)は市場経済における「資源の最適配分」ということ。マルクスは無法状態の市場経済は
「不効率」だと考えていたはず。すりらんか師匠も、自由化や規制緩和だけで資源の最適な
配分がなされるとは考えていないはず。

(7)にしても、農産物はなんでもかんでも輸入してよいとか、金融もビッグバーンで行こう!
みたいなお調子者のことを言っていて、すりらんか師匠のことを指しているわけではない。

(8)についても、新古典派おばかさんみたいに日本の中小企業についても言えると思っている
人間のことを指す。日本の中小企業にはこれからも銀行は大切な存在であるということには変
わりないという認識をすりらんか師匠が持っているはず。

(9)は除外することにする。
274 :ぺリクルス:2002/12/14(Sat) 02:22
>>271
君みたいな人間のことを世間一般では「貴族主義者」という。勉強しなければ新古典派を
批判できないのであれば、民衆は竹中のような男のなされるがままになっていなければ、
ならなくなるであろう。君のように多くの時間を経済学の研究に費やせる人間とは違って、
労働者階級は経済学を勉強する時間などないのである。
ルンペンプロレタリアートもしくは産業予備軍たる俺でさえも寝る間を惜しんで経済学を
学はめになるのである、ただ新古典派を倒すという目的のためだけに!
>>270のような感情は多くの人民が竹中やフリードマンを中心とする新古典派に対して抱
いている感情なのである。
275 :ドラエモン:2002/12/14(Sat) 02:32
マルクスは、飯も食わず、娘を餓死同然にしてもブルジョア経済学を研究したぞ。
というのは、批判でなく、事実、
276 :走る名無しさん:2002/12/14(Sat) 02:35
>>268ペリたん
>東南アジアはヘッジファンドに食いつぶされた。
>ロシアはマフィアに食いつぶされた。
>日本は竹中に殺されそうだ。
>アメリカでは、自由化の先鋒であったエンロンが何をしたか!!

をーい、ペースが速くて年寄りにはついてけないyo藁 どのネタも、単独でスレ立てて
「ブルジョワ経済学が元凶だったか」を議論していいくらい。ひとくくりにして「ブル
ジョア経済学者の発想が害悪を与えている例」と言うのは乱暴だよ。
277 :走る名無しさん:2002/12/14(Sat) 03:20
ペリクルスは竹中平蔵のことは嫌いなようだが、
木村剛のような輩も問題だと思わないのかね。
不思議なことに木村剛についてはひとことも意見を述べてないようだが。
あと、木村のような香具師に騙されているクズのような評論家。

知識のない輩は結局のところ、
竹中や木村のような男のなされるがままになってしまう。
しかもそうなっていることに気付くことさえできなくなってしまうのだ。
278 :ぺリクルス:2002/12/14(Sat) 07:31
>>276

東南アジアが経済危機に陥ったのは、国の金融を海外資本に開きすぎたため。ロシアがマフィア
の巣くつになったのは新古典派経済学者ジェフリー・サックスのせい。竹中は日本を代表する
新古典派経済学者。エンロンを賞賛していたのも新古典派の市場万能主義者。

全ては新古典派の言うとおりにやってきたのに、彼らは手を返したようにアジア危機はクロー
ニ-経済のせいだといい、ロシアがうまくいかないのはコサックの民族性だといい、竹中は
ITバブルが崩壊した後はだんまりを決め込み、カリフォルニアの電気が止まったのはエンロン
のせいじゃなくて規制が不徹底だったからという。新古典派経済学は「無責任」という3文字
にまとめられるから簡単である。

>>277

木村剛という男は政権のブレーンに選ばれるまではその名前すら知らなかったからね。木村も
新古典派なら、政権や論壇から抹殺する必要があるであろう。
279 :歌舞:2002/12/14(Sat) 08:44
>>278

ペリたん。木村は新古典派的経済学者じゃなくてただの国士ですからねええ。いがいと話すと共感するかもよ。爆
280 :走る名無しさん:2002/12/14(Sat) 10:35
>竹中は日本を代表する新古典派経済学者。

 | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
 | 誰か突っ込み入れて!! |
 |___________|
    ∧∧ ||
    ( ゚д゚)||
    / づΦ
281 :走る名無しさん:2002/12/14(Sat) 14:56
>>280
おまえがやればー?藁
282 :ぺりにオススメ:2002/12/14(Sat) 17:15
三月革命で鳴らした俺達革命戦士は、濡れ衣を着せられ当局に逮捕された。
そしてペトロパブロフスク要塞を脱出し、地下にもぐった。
しかし、シベリアでくすぶっているような俺達じゃあない。
権力さえ握ればコネ次第でなんでもやってのける命知らず、
不可能を可能にしブルジョアどもを粉砕する、俺達、ソヴィエト野郎 Aチーム!

俺はカール・マルクス。通称 商品の詩人。
唯物論と積極的止揚の名人。
俺のような天才策略家でなければ百戦錬磨のつわものどものリーダーは務まらん。

俺はウラジーミル・イリイチ・レーニン。通称ネップマン。
自慢のつるっぱげに、女はみんなイチコロさ。
ハッタリかまして、ポチョムキンからウォトカまで、何でもそろえてみせるぜ。

よおお待ちどう。俺様こそヨシフ・ビサリオノビチ・ジュガシビリ。通称スターリン。
粛正者としての腕は天下一品!
奇人?変人?だから何。

N・S・フルシチョフ。通称 炭坑夫。
スターリン批判の天才だ。大統領でもブン殴ってみせらぁ。
でもケネディだけはかんべんな。

俺達は、テーゼの通らぬ世の中にあえて挑戦する。
頼りになる神出鬼没の、ソヴィエト野郎 Aチーム!
助けを借りたいときは、いつでも言ってくれ。
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Sunnyvale/4950/sovi.html
283 :走る名無しさん:2002/12/14(Sat) 17:52
>>278

>>>277
>木村剛という男は政権のブレーンに選ばれるまではその名前すら知らなかった
>からね。木村も新古典派なら、政権や論壇から抹殺する必要があるであろう。

政治経済に大変な興味を持っているペリクルスが
「名前すら知らなかった」のですか・・・。

ペリクルスのような立場であれば木村は死すべき存在になってしまうはず。
まあ経済の勉強をする前であれば、木村は別に「新古典派」ではないので、
ころっと騙されて、「いがいと話すと共感するかも」ね。

あと、ペリクルスは金子勝についてもひとことも言及していないようだが、
金子勝のような輩も問題だとは思わないのかね。
あと、木村や金子のような香具師に騙されているクズのような評論家。

竹中やら「新古典派」だけではなく幅広い評論をペリたんには期待しています。
284 :ぺリクルス:2002/12/14(Sat) 18:07
>>282

なかなかおもしろいパロディーだな。しかし、俺はこの世にソヴィエトを作るには神が奇跡
でもおこさないかぎり不可能だと思うのだ。なぜなら、アメリカのような欲望の塊を肯定す
る国家が存在する限りは、ソヴィエトはその存在を許されないからである。

昔、井上ひさしの「きりきり人」という本を図書館で借りて読んだことがある。それを読ん
で、ああこの世ではイアンの馬鹿のような善良な人間は生きのびることはできないんだな、
と思ったものである。

人間の社会は「市場原理主義」の名のもと、人間の良心的な部分が否定されてきている。残
されるのは人間の利己性・野獣性だけなのである。

>>283

はっきりいって俺はテレビも持っていないし、ラジオも聞かないし、新聞もとっていないから、
世の中で何が起こっているのかよく知らないんだよね。というか、マスゴミのことをまったく
信用していないから読みもしないし、聞きもしない。たまに、YAHOOのニュースを見て状況を
把握しているだけ。

木村がもしアメリカの手下で、アメリカに日本を売り飛ばそうとしている売国奴であれば、俺
は彼も攻撃の対象に加えなければならないだろう。金子勝は言っていることは間違っていると
は思わない。むしろ共感を感じる。
285 :ぺリクルス:2002/12/14(Sat) 19:08
欲望を肯定する新古典派を斬る(1)まじレス期待!

「完全競争市場の条件を満たさない不完全競争市場で達成される成果を、完全競争
市場で達成される成果と比較して、その成果を改善する方法を考えることが可能に
なる。」といって、欲望全肯定の世界へと世界を改変しようとするのがブルジョア
経済学の行動原理である。しかし、完全競争市場というのはフィクション(by 銅鑼)
なのである。しかも、このフィクションは、「新古典派価格調整メカニズム」であ
るにもかかわらず、犬猿の仲であるケインジアンの先生もありがたがって生徒たち
にこの理論を教えているのだ。このような、ケインジアンの「思考停止」の態度に
は一般庶民である我々は困惑を隠さずにはいられないのだ。

さて、我師匠であるスリランカ氏によれば効用関数には「共感」などの人間の良心
的な部分を加味して考慮することができる。また、岩田氏によれば企業も「利潤最
大化仮説」の他にも「従業員の利益最大化仮説」のような見方でとらえることもで
きる。しかし、ブルジョア経済学の最先鋒である新古典派はひたすら、個人や企業
が効用を最大化させようとしたり、利潤を最大化させようとする存在としかみない
のである。
286 :ぺリクルス:2002/12/14(Sat) 19:42
欲望を肯定する新古典派を斬る(2)まじレス期待!

http://www5d.biglobe.ne.jp/~nna/bunnkanokeizai.htm

ここのホームページをみてもらいたい。新古典派は、厚生経済学の第一命題に従い、伝統的な
価値観というものを否定する。そして、ひたすら自己チュ-人間が資源の最適配分に寄与する
というのだ。しかし、上のホームページでは次のように主張されている:

「日本社会は信頼、自己規制、他者に対する配慮などの価値を重視してきた。純粋な自己利益の
みを追求しない文化を、われわれは維持してきたのである。こうした文化が市場取引を円滑かつ
活発にする。現実の市場は参加者が私利を追求すれば効率的になるのではない。市場の効率性は
文化によって維持されている。市場を活かすのは文化なのである。」

しかし、日本固有の文化を否定し、アングロ・サクソン的価値観を押し付けるのが竹中平蔵など
の新古典派なのだ。また上記のホームページは言う:

「個人による「私的財」の消費も他者の満足感に影響する。個人は独立した存在ではなく互いに
影響し合っている。これも相互依存関係の一種である。厚生経済学の第一命題はこの事実も無視
した理論なのである。」

新古典派の厚生経済学の第一法則は個人を独立した存在とみなし、個人が社会の構成員の一員と
して互いに相互作用を及ぼしあっているこということを否定するのだ。
287 :ぺリクルス:2002/12/14(Sat) 20:25
欲望を肯定する新古典派を斬る(3) まじレス期待!

http://member.nifty.ne.jp/nstn/kenkyu006.htm

を見てよくよく新古典派の害悪を考えて欲しい。イギリスやアメリカの功利主義だとか個人主義
を押し付けようとしている新古典派の傲慢と押し付けがましさをしっかりと知ることができるで
あろう。

彼らは、国々において、民族において、それぞれ異なる価値観や経済システムが存在するにもか
かわらず、功利主義と個人主義に基づいたアングロサクソン経済学の単一モデルで他の経済文化
圏をも評価しようとする。IMFなどはその筆頭である。そして、現実にも日本文化が破壊され、
社会がアングロサクソン化してきているということが起こっているのだ。アングロサクソンの啓
蒙主義はなんともまあ、ナルシスティックなものである。自分たちの価値観以外は野蛮なもの、
後進的なものとみなすのである。

新古典派が自己チュ-人間を全面肯定するのに対して、経済学者の側からも批判が起きている。
「各自が自己の自由を適度に抑制してはじめて、各自の享受できる自由は最大化される。自由に
関しては囚人のジレンマ・ゲーム的状況が成立する」というのである。
288 :龍円たんラブ:2002/12/14(Sat) 21:26
しかしペリたん、だんだん別人格になってきたな 藁
289 :走る名無しさん:2002/12/14(Sat) 21:54
ペリよ、龍円たんラブの言う通りだ。
ぺリクルスのキャラをもっと大事にしろよ。
みんな来年も楽しみたいと思っているんだから。
290 :ぺリクルス:2002/12/14(Sat) 22:12
>>288>>289

俺は遊びでやってんじゃねえんだよ。俺は労働者の地位向上のために、ブルジョアの原罪と
戦わねばならないのだ。お前ら、俺が最初に暴れていたときはさんざん苦情をつけてきたく
せに、今度は俺にまたテンションをもとに戻せってか。いい加減にしやがれよ。

とにかく、俺は今の岩田氏の学習を進めながらも、この先、ブルジョア経済学を粉砕するた
めにどういう学習を進めていくかの戦略をたてなければならない。よって、俺の>>285-287
がスリランカ師匠のような良識的な人から見てどういうふうに思われるか知り、軌道修正し
ていかねばならんのだ。

今までの傾向を見て、「プロレタリア」「革命」などの用語を使うとレスがつきにくくなる
ので使用を控えている。
291 :走る名無しさん:2002/12/14(Sat) 22:20
>>290
そうカリカリするなw
292 :走る名無しさん:2002/12/14(Sat) 22:36
ペリクルスwrote;

>俺には一つの理想国家像がある。それは、「福祉国家」である。
>福祉国家は民主主義を基盤とし、政府が福祉・教育・貧困・失業問題に
>責任を持ってとりくむ国家である。

特に後半は、ここのスレの住人も反対しないし、岩田氏も多分反対じゃなかろう。
北欧型が理想かとか、国家の責任ってどこまでの範囲かとか、細かい争点は
あるだろうが。
 ペリはこの先「マクロ経済学」(含む成長理論)や「公共経済学」「労働経済学」
「開発経済学」の本を読んで、「理想の福祉国家像」を精緻なものにすべきだと
思うぞ。ミクロ経済学の学習目的が「ブルジョア経済学を粉砕するため」では
勿体ないだろ。
293 :走る名無しさん:2002/12/14(Sat) 22:41
>>288
「苺経済板愛玩動物」の地位を脅かされてる焦りか?
294 :招き猫:2002/12/14(Sat) 23:13
ペリさんよ、ご無沙汰している。相変わらず頑張っているんだな。
女のお守りに手を焼いて少々お疲れ気味の俺には君の元気さはうらやましい。
一つ聞いておきたい、君は「文化大革命」とか「クメール・ルージュ」とかをどう評価しているのか?

後、俺は高福祉社会には反対だ。いまの日本は「老害」に蝕まれている。
日本の年寄り(70才以上)には、連日連夜「楢山節考」のビデオを繰り返し繰り返し見せてやりたい。
宗教性のかけらもない俗人は生に執着する。これほど愚かしいことはない。
「死」と直面化してこそ、屹立した「生」が存在する。

高福祉・高齢化社会ということを奨励した結果、少子化が進んでいる。
高齢化は少子化のせいではない。少子化の原因こそが高齢化にあるんだ。
高福祉・高齢化社会こそ、社会を衰退させることであり、神に対する冒涜だ。
すべての生物にはそれに相応しい寿命という物がある。
それに逆らえば、種族全体の活力が衰え、社会は衰退すると思う。

ただ、教育や貧困と取り組むことには反対派しない。
社会の活力を保つためには、次世代育成を社会全体で負担する必要がある。
それは結果的に我々のためでもある。
295 :ぺリクルス:2002/12/14(Sat) 23:37
>>294

自分勝手な招き猫君を斬る(1)

どういう文脈で君は毛沢東やポルポトを持ち出してきているのだろうか。俺は、伝統・文化を
とても大切にする。日本の文化・皇室をアングロサクソンから守らねばならないと考えている。
さて、文化大革命やクメール・ルージュは何をしたであろうか?貴重な文化財を破壊しまくっ
たのである。ポルポトに限っては人類の宝であるアンコールワットをぶっ壊した。

むしろ毛沢東思想やポルポトの思想と類似点があるのは新古典派の方である。新古典派の連中
には、国家の文化や伝統などどうでもいいと思っているやつが多い。国家というのは、連中に
とってはむしろグローバリゼーションの妨げになるから邪魔な存在なのである。市場開放や、
グローバリゼーションによってアジアが失ったものは大きい。新古典派によって、文化・伝統
は徹底的に破壊されてきているのである。
296 :走る名無しさん:2002/12/14(Sat) 23:38
>>294ゴメソ。もう少しわかりやすく書いてくれませんか。
他にもあるが一点だけ。

>高福祉・高齢化社会ということを奨励した

これは具体的に何?年金のこと?国民皆医療保険のこと?もしそうなら
それぞれ経済学的な存在理由は「付けようと思えば」付けられるでしょ。
年金は、「自分の寿命を正確に知ることはできない、予想外の長生きという
事態に対処する保険は政府が提供するしかない、確実に長生きする自信のある
者だけが年金に加入する」
国民皆医療保険は「自由意思に任せると、健康な者ほど医療保険に入らない」
いずれも「逆選択」と呼ばれてるが
297 :ぺリクルス:2002/12/14(Sat) 23:38
>>294

自分勝手な招き猫君を斬る(2)

さて、君は経営者だそうだが、さぞかし金持ちなんだろう。老後の生活費も困らないくらいに
貯金を溜め込んでいることであろう。自分は金持ちだから、福祉政策には反対ってか。
ずい分と自分勝手なやつだな。

貧しい人は若いころにどれだけ社会のために粉骨砕身働こうとも、老後のための十分な資金を
貯金することができない。しかし、彼らが老人になるまでに社会に貢献した恩返しとして、若
い者が彼らのために負担をするというのは当然の義務ではないだろうか。

若い世代が子供を産まなくなったのは、それこそ伝統破壊と毛沢東的・ポルポト的フェミニズ
ムのせいである。伝統的な日本の道徳では、婚前交渉は罪、堕胎は罪であった。もちろん、
コンドームなど存在しなかったから、セックスは常に妊娠の危険があったのである。しかも、
家庭が非常に社会の基盤となっていたから、夫婦の絆が大切とされ、離婚も罪であった。

しかし、戦後は、アングロサクソン的価値観とフェミニズムによって「文化大革命」が起こさ
れ、家庭は崩壊し、男女平等が叫ばれ、女性は子育てを放棄し、セックスは快楽と化し、中絶
が頻繁に行われるようになったのである。

高齢化社会になったのは、若い世代の道徳の破壊のためであって、福祉政策のためではない。
そこのへんの転倒させて福祉政策を崩壊させようとするのが、君のようなブルジョアなので
ある。
298 :すりらんか:2002/12/14(Sat) 23:43
>>284
木村だの金子だの名前が出ているので多少感情的に書かせてもらうと,「
自称国士」「他人のことを売国奴呼ばわり」という人間を僕は絶対に信用
しない.国や社会・人間のことを真剣に考えていればそれはわかる人には
わかることであって,それを喧伝する人間は英雄待望の感情に付け入って
いるだけだし,誰かを批判したいがその根拠が無いという勢力に根拠(?
?)を与えるだけ.石橋湛山評論集はとても面白いし経済学の知識無くて
も読めるのでぺりたんにもお薦めなんだけど,正義だの国家だのはけして
前面には出てこない……でも僕には湛山ほど国を憂いていた人はいないん
じゃないかと読める.主張の内実・整合性から判断すべきだ・・・と考え
ると木村・金子は駄目だというのが僕の考えです.
299 :すりらんか:2002/12/14(Sat) 23:45
>招き猫殿
>伝統的な日本の道徳では、婚前交渉は罪、堕胎は罪であった。
これは全くもって誤解です.これらの道徳観はせいぜい武士の上層によってしか
そして明治以降でも武士の習俗と西洋の影響の濃いところでしか観察されない.
300 :すりらんか:2002/12/14(Sat) 23:49
>>297はぺりたんだったんだね~勘違いすまそ
301 :ぺリクルス:2002/12/14(Sat) 23:54
>>298

うーん、「売国奴」はダメなのね。じゃあ、禁止用語リストに「売国奴」を付け加えること
にしよう。ただ、一言いわせてもらうと、日本の金融市場を開放して日本のこれまで気づき
あげてきた企業や技術を海外へ売り飛ばしてしまおうというのには反対。

>>285-287の感想を聞かせてもらえると嬉しい。
302 :走る名無しさん:2002/12/14(Sat) 23:59
ペリたんの経済学観は確かに世間知としてありふれたものかもしれない。
しかし、次の会話に表われているような経済学観もありだと思われる。

>20: 名無しさん2002  2002/01/09(Wed) 17:18
>  >>5
>  倫理倫理って号令されつづけてる若者はきつかろうな。
>  問題は倫理じゃなくて経済だってのに。
>  もっとあっけらかんと生きられる世の中にしていくしかないな。
>
>21: ドラエモン  2002/01/09(Wed) 18:00
>  >>20
>
>  御意。その割に、構造改革派の合い言葉は「日本的社会主義からの決別」
>  だったりするんですよね。トータルで良ければ、まっいいかが資本主義
>  というか功利主義のはずなんだが・・・
>
>http://matari.ichigobbs.com/cgi/readres.cgi?bo=economy&vi=0436&rs=20&re=21&fi=no

おれはいちご経済板独特の気楽さが気にいっているぞ。

ところでペリたんは宗教についてはどのようにお考えか?
303 :すりらんか:2002/12/15(Sun) 00:03
いや売国奴はいるぜ.でもそれを言葉の武器として前面に押し出すというの
は駄目だという話……実は理屈がないことのシグナルでもあるし.

>>285-287は
>我師匠であるスリランカ氏によれば効用関数には「共感」などの人間の良心的な
>部分を加味して考慮することができる。また、岩田氏によれば企業も「利潤最大
>化仮説」の他にも「従業員の利益最大化仮説」のような見方でとらえることもで
>きる。
でぺりたん自身が半分答えまでたどり着いているように感じる.経済学の中でも
主に厚生評価に関わる部分で(おまえが言うとは!と銅鑼さんに驚かれそうだけ
ど)「現象面での経済の動き」がわかればそれでよいというならそれほどナーバ
スにならなくてもいいと思う.僕の勝手な哲学としては厚生評価は「自己ちゅー
ばっかの社会ですら」正当化できる政策を示すのに重要なんじゃないかな.
304 :招き猫:2002/12/15(Sun) 00:15
はぁ~やれやれ。
俺はつくづく自分をバカだと思う。
ぺりたんに火をつけてしまった。疲れているのに。いや、疲れているからよけいアホー何だろうか・・

ぺりたん、これ読んで。
http://www1k.mesh.ne.jp/toshikei/158.htm
2.人口減少はなぜ必然か
 まず第1点、人口がなぜ減るか、ここが非常に重要なところです。これが意外と皆さん誤解をしておられる。これから30年間と限ると、決して子供が減ることが原因で人口が減るのではないということです。これはよく認識していただきたい。平均寿命が伸びたために、すべての年齢階層の人の死亡率が落ちている。社会が高齢の社会になって、人口のうちに高齢者が占める割合が確実に増加してきたんです。どうしてか。寿命が長くなる。寿命を全うして死亡する人数がふえる結果生まれてくる人数よりふえるということでございます。だから、人口減少は嫌でも起こるというわけです。

3.日本人口はどうなるか、世界人口はどうなるか
さて、それでは、高齢社会ではどうして出生力が下がるのか。話をはっきりしておますと、2つ指標があります。1つは、高齢化率という定義です。高齢化率は65歳以上の人口の全人口に占める割合をいいます。このパーセンテージを覚えておいていただきたいんですけれども、7%という値があります。7%の人が65歳を超えている社会を「高齢化社会」といいます。
 日本はそれはとっくに通り過ぎまして、今15%です。14%以上は「高齢社会」といいます。エイジド・ソサエティーです。さらにこれはだれも定義はしていないんですけれども、倍倍といきますから、その倍の28%というのがちょうどいいわけで、私が勝手に「超高齢社会」と名前をつけました。この社会は成熟社会です。完全に高齢化率が平坦になって、高齢化があまり進まなくなる社会でありまして、人間の種としての最終の社会のイメージだと思っていただければ大体間違いない。大体3割近く65歳以上の人がいるという社会構造に、今の医療、生存のルールからいくと、なるというのは当然のことなんです。
305 :ぺリクルス:2002/12/15(Sun) 00:18
>>302

「倫理」が嫌いなのはポチ保守のジジイとかの方であって若者ではない。俺は修身・制服・
男女共学の廃止・男子校と女子高の復活は必要であると考えている。ゆとり教育もやめて、
個人別の能力に適したプロフェッショナル養成のための教育が必要であろう。しかも、近年
では教育勅語を復活させた方がよいと考える青年も多いのである。

宗教については、俺は特に熱心に信じているものはない。ガキのころには母親に無理やり教
会へ連れて行かされ、いつのまにやら洗礼を受けさせられていたりしたが、今は教会にも行
っていない。母親には俺の大切なベスト・ビデオのコレクションを捨てられ、あげくの果て
には俺の部屋を強制捜査されてAVまで破棄されたときには、さすがに耶ソ教のことが嫌いに
なったものである。しかし、今では素朴に神の存在を感じることもあるし、イエスもいい人
だったのではないだろうかとは思う。
306 :走る名無しさん:2002/12/15(Sun) 00:21
少し脇道。本格的なレスはすりらんか氏に期待しよう。

>「個人による「私的財」の消費も他者の満足感に影響する。個人は独立した存在ではな
>く互いに影響し合っている。これも相互依存関係の一種である。厚生経済学の第一命題
>はこの事実も無視した理論なのである。」
>新古典派の厚生経済学の第一法則は個人を独立した存在とみなし、個人が社会の構成員
>の一員として互いに相互作用を及ぼしあっているこということを否定するのだ。

 ペリの問題意識は「社会全体」にまで広がっているから、漏れは答えにくい。しかし、
専ら「市場及びそこで起こる現象」や「市場の有効性と限界」を分析対象としている「経
済学者」から、厚生経済学の第1法則の限界を指摘する声が挙がっていることは確かだ。
 古典派経済学を生んだ経済学者たちは、ニュートン物理学を意識していた。その大きな
柱は、「個々の自然物体は環境に合わせて最も『楽な』姿勢あるいは運動を選ぶ=最適化行
動」、「個々の物体の最適化行動の結果として、無数の物体から成る自然体型は『調和的均
衡』に至る」ということになる。古典派経済学者たちの「市場」観も、ニュートン物理学
に大きな影響を受けていた(いなばさん、見てたら補足してくれ)。>>307に続く。
307 :走る名無しさん:2002/12/15(Sun) 00:22
現代の経済学者は、「最適化行動によって調和的均衡に至る」という思考にも、ちゃんと
批判をしている。その最大のものはおそらく「自然物体は与えられた環境に適応しようと
いう『受動的合理性』しか持たないが、人間は環境そのものを変えていこうという『能動
的合理性』を持つ」、「植物や動物に比べて人間は遙かに長いタイム・ホライゾン(経済計
画の時間的視野の長さ)を持ち、しかもその推量は個人差が大きい」という点だろう。
 ペリの言う「ブルジョワ経済学」「新古典派経済学」が、何を指してるのか分からない。
しかし「経済学者=厚生経済学第1定理の信奉者」というのは、正確ではないと思う。市
場の有効性のみならず、市場の「限界」について知るためにも、いま手にしている教科書
だけでなく、おそらくすりらんか氏がこの先、推薦してくれるだろう本を読み進めたらど
うだろうか。
308 :招き猫:2002/12/15(Sun) 00:28
>>296
年金制度の充実と国民皆医療保険と言う仕組みが、結果的に福祉制度の充実による
高齢化社会を将来してしまった。

これで良いか?
309 :招き猫:2002/12/15(Sun) 00:34
>>308
将来してしまった→招来してしまった。
スンマソ
310 :走る名無しさん:2002/12/15(Sun) 12:24
>母親には俺の大切なベスト・ビデオのコレクションを捨てられ、あげくの果てには俺の
>部屋を強制捜査されてAVまで破棄されたときには、さすがに耶ソ教のことが嫌いになった
>ものである。

わかるわかる。ある意味男にとって一番大切なものだよな。
スレ違いなのでsage
311 :走る名無しさん:2002/12/15(Sun) 13:11
でも、AV禁止なんてヤソ教の教えにないから、それをヤソ教のせいにしてはいかん。
と言ってみる。性的なものに対するタブー意識は洋の東西も宗教も問わない気がする。
ベリタンの家は厳格なんだな。クエーカーだなw
312 :ぺリクルス:2002/12/15(Sun) 13:17
>>304

招き猫氏、読んでみたけれども、結局、招き猫氏の主張をサポートするものではないと思うの
だがね。藤正 巖氏は年金制度や国民皆医療保険をやめて老人に死に直面させろということは
言っていない。むしろ、そういった制度を改革していって高齢化社会を乗り越えれば日本は成
熟した社会になると言うにとどめている。

1つ気になったのであるが、藤正氏にはフェミニズムの影響が見られるということである。女
性が働きながらでも子育てをできる社会を作らないと出生率が上がらないと主張していること
だ。これは転等した考え方である。

女性が子育てを責任を持って行う、家庭を守るということはそれは立派な仕事なのである。男
と女が役割分担を行い、男は家の外で働き、女は家の中で家庭を守るというのは経済学的に考
えても生物学的に考えても最も効率的なのである。

しかし、フェミニストはあくまでも男と女は同じでなければならないという強迫観念に囚われ
ており、しかも彼らのヒステリーが集団心理を刺激してなぜか社会全体に蔓延してしまってい
るのだ。

これを解決するには、男女共学を廃止することである。そして、男はどうあるべきか、女はど
うあるべきかを徹底的に教育しなければならない。家庭の外で働くのが男であることが男中心
の社会であるという誤った認識を改め、家庭の神聖な働きが再認識されなければならないので
ある。
313 :招き猫:2002/12/15(Sun) 14:10
>>312
>高齢化社会を乗り越えれば
答えがあるのかい?
何より、高齢化社会では出産可能な女性占める割合が全人口の中でどんどん低下していくんだ。
どうやって、子供を産んで貰うのか、もっと考えるべきだよ。

>女性が子育てを責任を持って行う、家庭を守るということはそれは立派な仕事なのである。
女が子供を産んで育てるだけで寿命がつきた時代ならそれも良いけどね。
子育てに手を採られる10年をすぎても、女は後50年くらい生き続ける。
でも、社会的なキャリアはまさしくその時に一番伸びる。

女に子供を産んで欲しければ、女が子供を生み終えた後のことに思いを致さないといけない。
自分勝手な、男のエゴがこの国を衰退させているんだよ。

俺はそう言う意味で日本の皇室の「象徴性」というものを驚きと畏怖を持って受け止めている。
何故、女しか生まれない?
何故、男は若死にしたり、病んでいたりするんだ?
このままで行けば、皇室典範改正は必至だ。
「女帝」が誕生する。
その女性が天皇として生きていく、また皇室の内親王が生きていくと言うことはどういう事か、我々はそれを否が応でも見つめさせられるんだ。

もちろん、この後今の皇族から男子が出生しないと言うわけではない。
でも、確率的には非常に低いだろう。
こういう事が、何故皇室で起きているのか、もっともっ謙虚に受け止めるべきだよ。
314 :ぺリクルス:2002/12/15(Sun) 14:23
>>307 まじレスだけ期待!!

新古典派を定義すると「厚生経済学の第一定理を盲信するカルト教義」とされる。
そのドグマにおいて想定されている個人というのは極めてイギリスの上流階級的である。それ
ゆえに、新古典派は「ブルジョア経済学」と呼ばれるにふさわしい。

さて、厚生経済学の第一定理において想定されている個人というのは、社会との関係などまっ
たく考えずにただ自分自身の好みだけで自己チュ-的に行動する存在である。そういった個人
は自分の行為を選択するときに、周りとの関係性などまったく考慮することはない。ただひた
すら、与えられる価格だけをみて自分の利益や効用を最大化させようとだけ考える。

しかし、そういった自己チュ-人間が、価格だけを見て、自分の思うがままにエゴイズムを発
揮させると効率的な資源配分が可能になるというのだ。

こういう邪悪な利己主義を肯定し、どういった文化圏に対しても、同じ自己チュ-肯定モデル
とでもいうべき「新古典派価格調整メカニズム」をあてはめて政策評価しようとするのであ
る。その結果、東南アジアではポルポト的文化破壊で社会がメチャクチャになったのである。
315 :ぺリクルス:2002/12/15(Sun) 14:36
>>313

子育てが10年で終わるわけはない!!少なくとも高校を卒業するまで18年はかかるのだ。
25歳で女性が結婚して26歳で子供を産んでも、44歳までは子供の世話をすることになる。
もっと子供を産めば、もっと時間がかかることであろう。

10歳で、母親が家庭を離れれば子供はなにをするだろうか?覚せい剤を家に持ち込んでも、
母親は子供をチェックできない。中学生なのに、彼女や彼氏を部屋につれこんでセックス
してても誰もとがめない。AVなんか家のヴィデオで見ほうだい。勉強しないでギターばっ
かひいてても誰も注意しない、ということになってしまうぞ。

しかも、社会にとってとても重要な家事だって、適当にしなければとても時間がかかる。
もし、子供が十歳で母親が家庭を離れて仕事につけば、子供は毎日レトルト食品ばっかり
食うことになり、酔っ払った父親やや仕事に疲れて機嫌の悪い母親ばかりを見て育つこと
になるであろう。そのほうが国家の衰退につながるとみなすべきである。

女性にとっては、家事だけが仕事ではない。近所づきあい、PTAの活動などコミュニティー
と家庭との絆を深めることも神聖な仕事である。

皇室に関しては女帝が即位してもまったく問題ない。歴史を学べば推古天皇など女帝はいく
らでも存在していたことは一目瞭然である。
316 :走る名無しさん:2002/12/15(Sun) 15:47
招き猫って、もしや♀???♂???
317 :走る名無しさん:2002/12/15(Sun) 19:33
ペリよ、木村剛とはこういう人間だ。>>303のすりらんか氏の云う「売国奴」のDONかもな
http://matari.ichigobbs.com/cgi/readres.cgi?bo=economy&vi=0680
318 :走る名無しさん:2002/12/15(Sun) 19:49
ペリ尊師よ、教えを乞いたい。仏教についてはどう考えているのか?
319 :ぺリクルス:2002/12/15(Sun) 20:07
>>318

ん、まあ日本の伝統文化だし。大切にしないといけないんじゃないか。というか、あんまり
仏教のことはわからん。つうか、俺に宗教のことを聞くんじゃねえ、俺は偽善的な宗教は嫌
いなんだよ!!!

ところで、ザモデルもいいが>>314にもレスくれーー、でないと先に進まん。
320 :生活に喘ぐ@イデオロギー君:2002/12/15(Sun) 20:27
>>314 経済学を学生に教えると協調性だとかが欠けて利己的になるという研究(この要約ちがったら誰かつっこみよろしく)があるのはご存知だよねえ>ぺりたん。

もちろん漏れなんて新古典派嫌いですから(ちらっと胸毛あたりにザモデルの紋章がすけてみえる)、ペリ単の問題意識はものすごーーくわかる。でもこの自己ちゅー原理が経済学だけでなく
現実でものさばるのをどうにかしないといけない、ってんでゴキブリってんですが。w
321 :招き猫:2002/12/15(Sun) 20:54
ザモデルスレで歌舞たんが意見を述べ終わるまで、ここでぺりたんにお相手してもらおうかな。
>>314
>その結果、東南アジアではポルポト的文化破壊で社会がメチャクチャになったのである。
東南アジアの文化破壊っていうけどさ、歴史上征服民族による同化政策なんて山ほどあるじゃない。その事はどうとらえるわけ?
ま、一番ひどいのはアメリカ大陸の先住民に対するものだと思うけど。

>そのドグマにおいて想定されている個人というのは極めてイギリスの上流階級的である。
>それゆえに、新古典派は「ブルジョア経済学」と呼ばれるにふさわしい。
近代的合理主義者ということなんだろう?「神の死の神学」が叫ばれて久しいが、
ぺりたん自身の宗教観がその典型的なもののように思えるのだが・・
322 :招き猫:2002/12/15(Sun) 20:55
>>315
>AVなんか家のヴィデオで見ほうだい。
いいんじゃないか?性教育の一種だ。
だいたいぺりたん自身がかあちゃんに大事なビデオ、つまり内的世界に侵入されて怒っているんだろ?
親の過干渉と言う問題を現実に体験しているんじゃないか。

>勉強しないでギターばっかひいてても誰も注意しない、ということになってしまうぞ。
今後の日本における主たる産業は「文化」だろ?
音楽・アニメ・ゲームなどの業界への参入者が多いことは裾野が拡がり競争が激化する。
切磋琢磨することで水準が上がるんじゃないのか?

>近所づきあい、PTAの活動などコミュニティーと家庭との絆を深めることも神聖な仕事である。
コミュニティとの関係や教育は「女だけ」の仕事か?それこそ江戸期においては男の最も重要な仕事だぜ。
だいたい、会社の仕事だけしていれば自分の役割は終わりと言うこと考えてる「男」はクズだ。
「夫」「父」「隣人」すべての役割を果たして統合された人格形成ができる。
仕事しかしていない人間は、おそらく仕事もたいして出来ないよ。

>皇室に関しては女帝が即位してもまったく問題ない。
当然。問題はその女性の「人間的充足」と「皇位」が両立していないといけないと言うことだ。
そうでなければ、寂しそうな顔をした女性を天皇として迎えなければならない。彼女は人間だ。基本的人権を侵害する権利は我々には無い。
323 :ぺリクルス:2002/12/15(Sun) 21:12
>>321

アングロサクソンが自分の文化を押し付けるのには枚挙に暇がない。東南アジアの経済は同族
一族を基盤にしたものであったが、アメリカ合衆国は「近代的合理主義」「個人主義」を押し
付けてこの経済文化を粉砕したのである。

>>322

AVは今の日本人にとって大切なツールとなっている。江戸時代で言えば浮世絵みたいなもの
である。しかし、俺が思うに、AVのモザイクなしでも合法化してもよいとおもうが、レイプ
を題材にしたものは違法にすべきだと思うのだ。なぜなら、最近では高校の女教師が性的被
害にあっているケースが増えているという。そういったレイプを題材にしたAVが普及してい
るのに、子供が好き勝手に見れるようではダメだと思うのだ。

俺はギターばかり弾いていて受験勉強しなかったから、大学へいけなかった。俺みたいな馬
鹿息子には少しは褐をいれる存在が必要なのである。

男ももちろんコミュニティーとの絆は必要である。自治会とかには男が出席して物事を決め
るとよい。

君のようにヨーロッパ的な基本的人権を持ち出して皇室を攻撃してはいけない。皇室は日本人
にとって欠かせない存在なのだ。
324 :ぺリクルス:2002/12/15(Sun) 21:26
>>314にマジれすきぼ-ぬ

(付注)
アロー、トービン、モディリアーニ、ソローはまともな新古典派らしい。これらの経済学者は
フリードマンのような極右とは異なるようだ。
325 :歌舞:2002/12/15(Sun) 21:32
>>321 意見終ったよ。つまり「バブル」という言葉を安易につかうな! ということだ。
326 :走る名無しさん:2002/12/15(Sun) 22:04
ネタにマジレスかもしれないのですが、
ポル・ポトが採用したのは極端な共産主義ではなかったでしたっけ…?

ぺりたん
>>314はどーゆー意味?

>こういう邪悪な利己主義を肯定し、どういった文化圏に対しても、同じ自己チュ-肯定モデル
>とでもいうべき「新古典派価格調整メカニズム」をあてはめて政策評価しようとするのであ
>る。その結果、東南アジアではポルポト的文化破壊で社会がメチャクチャになったのである。

新古典派を信奉する軍事系資本に乗っ取られた米帝によるベトナム侵攻が
東南アジアのパワーバランスを崩した結果、クメール・ルージュによる
超革命的政権が誕生したということ?

それともポル・ポトのやったことを『「新古典派価格調整メカニズム」をあてはめて政策評価』
すると『文化破壊』になるということ?

たぶん真意をつかんでいる人は君以外いないと思われ。
327 :走る名無しさん:2002/12/15(Sun) 22:07
ペリたんてエレファント・カシマシの宮本そっくりだな。
328 :走る名無しさん:2002/12/15(Sun) 22:10
エレカシの宮本ってよしりんファンなのかいな
329 :ぺリクルス:2002/12/15(Sun) 22:11
>>326

つまり、新古典派のやっていることはポルポトと類似性があるということ。ポルポトは社会の
多様性を自分の共産主義の理想で塗り消そうとした。新古典派も自分たちのアングロサクソン
的な個人主義の理想で、東南アジアに「厚生経済学の第一定理」が実現するような社会を作ろ
うとした。その結果が東南アジアの一族や親族を重んじる経済文化を破壊してしまった。

俺のいいたいのはこういうこと。
330 :走る名無しさん:2002/12/15(Sun) 22:18
>>328
よしりんファンかどうかは知らんけど、なんかこー、似てるんだよね。
ファンなら絶対同意してくれると思うけど、この板にはいないよねw

スレ違いスマソ。
331 :ぺリクルス:2002/12/15(Sun) 22:23
さて、>>314において、新古典派が「厚生経済学の第一定理」に基づいて、エゴイズムを全面
肯定しているということを述べた。しかし、人間がエゴばかり追及すると「囚人のジレンマ」
によって、かえって自分たちの自由が制約されてしまうのである。

非協力ゲーム理論の成果は、我々がエゴイズムばかり追及するのではなく、他人のことも考え
社会の一員として生きるときにナッシュ均衡が成立して効率的な経済をもたらすのである。
332 :ぺリクルス:2002/12/15(Sun) 22:26
>>330

君、勘違いしているようだが、俺が「わしズム」の三号からちょっと引用しただけで、俺を
小林氏のファンにしないでくれ。俺はゴー宣だってちゃんと読んでいないから、彼がどうい
う思想をもっているのかということも知らん。
333 :ぺリクルス:2002/12/15(Sun) 22:46
>>331>>331へのレスはもはやスリ将軍に頼るしかなくなったか。。。
334 :走る名無しさん:2002/12/15(Sun) 22:58
いや正直、>>314や>>331が何を問いかけているのか、よくわからんのよ。
ペリよ、もう少し「批判」するときの手順は踏んだ方がよいぞよ。まず批判対象をはっきりと
させることだな。「厚生経済学第1原理」に対する批判なのか、「新古典派経済学」に対する
批判なのか、それを政策に反映させることへの批判なのか、順を追って批判していった
方がよいぞな。できれば批判の論拠となる事実やデータは明らかにしてな。ペリの書き方は
全部ごっちゃに成ってるから、答えられんのよ。
335 :ぺリクルス:2002/12/15(Sun) 23:16
>>334

そうか、すまんのう。まず最初に、新古典派の経済学は「厚生経済学の第一定理」を土台に
して成立しているのかどうかを確認したい。
336 :すりらんか:2002/12/15(Sun) 23:19
>女性労働に関して
経済学者が社会について語り始めると素人以下という事実をおそれずに書きます.女性が家事を中心としたシャドウ・ワークに特化する必要があるという主張には全く同意できない.なぜそう言った「得手・不得手」の選択が先天的要因でなされなければならないのかが謎だ.それは個人差だと思う.社会的な役割分担を個人の特性に応じて配分できる(つまり夫婦で得意な方が家事をする)方が当然効率的だ.さらには「女性の方が家事に向く」「仕事をしても稼げない」という状況が社会的規制から生じているものならばそれは改革していくことが出来ると思う.まぁ,男女の性差を無視しようとするラディフェミの主張は確かに??ですけどね.

>新古典派批判について
厚生経済学の第一基本定理が成り立つ(=つまりはFirst Best)な状況だけを考える経済学者なんて今時マクロのごくごく一部にしかいないんじゃないだろうか?

ただ,どの経済学者もパレート効率的な配分が重要なベンチマークであるとは考えている(ぺりたんが批判するのはこっちだと思う).でも同様にパレート基準を使っていても>>324にあるようにその主張の社会的インプリケーションは大きく異なる.以前にも繰り返したようにパレート基準は非常に緩やかな判断基準なのだ.したがって社会提言する経済学者への批判は「パレート基準おかしいだろゴルァ」ではなくて,「主張を明確化しろゴルァ」だろう.つまりは

・経済学者に言えるのはある価値観に基づくとこういう政策等は有効だということ
・主張の際は立脚する価値観を明示し,論理の部分と峻別する必要がある
・批判側は価値観攻撃なのか論理への攻撃なのかハッキリさせる

ことではないだろうか?
337 :走る名無しさん:2002/12/15(Sun) 23:19
土台と言うわけではない。
比較のためのベンチマーク
338 :走る名無しさん:2002/12/15(Sun) 23:20
↑335への回答
339 :走る名無しさん:2002/12/15(Sun) 23:23
まず「厚生経済学の第1原理」書いてみ。そこにはたくさんの「限定条件」が入っていて
「これこれの条件が成立する下では……」って書き方になってるはずだから。その上で、
それら「限定条件」の現実妥当性を検証していこうや。
340 :ぺリクルス:2002/12/15(Sun) 23:45
>>>336>>>337

でも「厚生経済学の第一基本定理」を「ベンチマーク」にするということは、要するに、岩田
氏がテキストの135ページで「完全競争市場の条件を満たさない不完全競争市場で達成される成
果を、完全競争市場で達成される成果と比較して、その成果を改善する方法を考えることが可能
になる。」といっていることでしょ?

でも、「厚生経済学の第一定理」が成り立つ状態の企業や個人というのは「エゴイスト」なんだ
し、そういう状態を「ベンチマーク」にして今の経済を改革したりしてもうまくいかないんじゃ
ないかな。
341 :走る名無しさん:2002/12/15(Sun) 23:53
いやそのエゴイストが、エゴイズム剥き出しにしたとして
じゃあ世の中どうなるんだって考えた方がいいだろ。
そしたらここをこういじったらこうなるって考えやすいと思わんか?
342 :ぺリクルス:2002/12/15(Sun) 23:56
厚生経済学の第一原理
「完全競争市場ではパレート最適が達成されている」

完全競争市場
(1)個人や企業は財の価格や特性に関して完全な情報をもつ
(2)個人や企業が無数に存在するので、彼らは価格支配力を持たない
(3)長期的には、生産者が市場に参入したり退出したりを自由に行える
(4)生産物は同質的である

厚生経済学第一原理

(1)個人A、Bは効用最大化をはかる。そのとき、予算線と無差別曲線が交わるところで消費を
決める。このとき、予算線の傾きと無差別曲線の傾きは等しい。

(2)一物一価なのでAとBの限界代替率は等しい

よって、完全競争市場ではパレート最適が達成される、ってか???
343 :走る名無しさん:2002/12/16(Mon) 00:06
>>340
 世の中みんなエゴイスト、ってのが「強い仮定」だとは漏れも思う。しかし「仮にみんなが
エゴイストであったとしても、うまくいくような制度設計」を考えることは、現実問題の解決
に役立つと漏れは思うが?その「うまくいく」の基準はまさに個人の「価値観」に依って
大きく変わるだろうがな。
 「エゴイストも、そうでない人もいる」っていう仮定に基づく制度設計であれば、十分、
現代経済学の射程範囲だし(一例を挙げれば、いまの公共経済学はNPOも分析対象に
している)、「エゴイストをエゴイストでなくする」という方法で「今の経済を改革する」
ことが可能だとは到底思えない。
344 :ぺリクルス:2002/12/16(Mon) 00:08
>>341

「自己チュ-人間が、価格だけを見て、自分の思うがままにエゴイズムを発揮させ
ると効率的な資源配分が可能になる」と新古典派は考えるわけだが、現実の人間は
なにも価格だけを見て、他の人とは無関係に自己の行為を決定するということは行
わない。必ず、社会のほかの人との関係を考慮しながら行為を決定する。

だから、自己中人間の集まりの完全競争市場をベンチマークにしたって、そのベン
チマークが非現実的なものだったら、岩田氏のが主張するような「成果を改善する
方法」にはならないだろうと思う。
345 :ドラエモン:2002/12/16(Mon) 00:16
あのさ、他者に配慮する効用関数ってのも、ある意味自己ちゅーでしょうが。
小さな親切、大きなお世話という標語があるくらいで、他人の心を真に理解できるかどうか
なんて哲学的な話であって、全ての利他的行為を自己満足だと切り捨てることだって可能でしょう?
346 :ぺリクルス:2002/12/16(Mon) 00:20
>>343

http://www5d.biglobe.ne.jp/~nna/bunnkanokeizai.htm

でも上記のホームページによると「仮にみんながエゴイストであったとしても、うまくいくよ
うな制度設計」は無理だそうだよ。というのも、囚人のジレンマゲーム状態が生じてしまって
結局自分のエゴが満たされなくなってしまうからだ。

常識的に考えても、万人の万人に対する闘争が行われているような社会では、経済がうまくい
くはずがない。
347 :ぺリクルス:2002/12/16(Mon) 00:30
>>339

また今度、よろしく。今日は疲れた
348 :走る名無しさん:2002/12/16(Mon) 00:31
>>346のURLで例として挙げられているのは、
>通勤電車を利用する人間が自己利益の追求は自由だと考えて我れ先に電車に乗り込めば、
>時間的にも物的にも多大な損失が発生し、結局自由ではなくなってしまう。
っていう話だよね。この例話「だけ」に限って言えば、それこそ「制度設計」を放棄した状況
だと思うが。。。
349 :走る名無しさん:2002/12/16(Mon) 00:45
ペリはひどく誤解しているようだな。

>>343の「仮にみんながエゴイストであったとしても、うまくいくような制度設計」
というのはかなり極端な言い方だが、「ろくでもないエゴイストがいても悲惨な
状態になったり崩解したりしないような制度の設計」について考える場合には、
簡単のために皆がアホなエゴイストであるというような単純化された状況を
考えてみることは役に立つ。

誰でも皆少しづつエゴイストであることは否定できない事実だろう。だから、
もしもエゴイストが存在しないことを前提に制度を設計したら悲惨な結果を招く
可能性が高い。

経済学では、現実の人間からかけ離れた仮想的な合理的アホ人間を考えて、
そいつがどのように行動してしまうかについてよく考える。
「どのような単純化をすれば何が起こるか」について色々知っておけば、
複雑な現実について考えるときにも役に立つはずだ。

こういう考え方で経済学を用いることと、単純馬鹿に実際に現実の制度に関して
「皆が協調のメリットを理解できないアホなエゴイストであることを前提にした
制度設計」を考えることはあまりにも差があり過ぎる。

ペリはほとんど戯画化された「経済学」を勝手に作り上げて攻撃しているだけの
ように見える。

竹中のような香具師を批判することと、経済学を批判することを区別しないと、
木村や金子のような香具師に騙されたままで終わってしまうぞ。
木村や金子の邪悪さを理解するためには経済学は必須の知識である。
350 :走る名無しさん:2002/12/16(Mon) 09:05
どう邪悪なのかわかりやすく教えてほすぃ
351 :走る名無しさん:2002/12/16(Mon) 09:13
ところで、ペリたん、外部性・公共財は勉強した?
囚人のジレンマの経済学バージョンだと思えばいい。
公共経済学、環境経済学での伝統的な話題だし、最近は情報経済でも注目されている。
Carl Shapiro, Hal R. Varian, Information Rules
(邦題『「ネットワーク経済」の法則』)

1.どういう状況で外部性が発生するのか?
2.発生していた場合にどのような制度を設計すれば対処できるのか?
  あるいはそもそも対処できないのか?

こういうことに関して経済学は膨大な蓄積がある。
352 :走る名無しさん:2002/12/16(Mon) 10:59
>>351

カール・シャピロ、ハル・R.バリアン共著、
『「ネットワーク経済」の法則
アトム型産業からビット型産業へ…変革期を生き抜く72の指針』,
千本倖生、宮本喜一共訳、IDGジャパン、1999

http://matari.ichigobbs.com/cgi/readres.cgi?bo=economy&vi=0308&rs=10&re=11
http://matari.ichigobbs.com/cgi/readres.cgi?bo=economy&vi=0454&rs=1&re=05
353 :龍円たんラブ:2002/12/16(Mon) 11:01
この本は確かに名著。でも漏れは原書で読んだあとに翻訳を読んですくなからぬ訳語やら文意・文体に違和感が相当残った。できれば原書でよんだほうがいいと思うが。どう?>ミクロマンな方々?
354 :走る名無しさん:2002/12/16(Mon) 12:42
>>353
アイ・アム・アシッド
邦訳のほうが安いけどね。
355 :走る名無しさん:2002/12/16(Mon) 13:06
過負荷はよくない
356 :ぺリクルス:2002/12/16(Mon) 13:14
>>345

>あのさ、他者に配慮する効用関数ってのも、ある意味自己ちゅーでしょうが。
>小さな親切、大きなお世話という標語があるくらいで、他人の心を真に理解で
>きるかどうかなんて哲学的な話であって、全ての利他的行為を自己満足だと切
>り捨てることだって可能でしょう?

俺が自己チュ-といっているのは、自己満足のための利他的行為といって意味だ
けではない。その他にも、「新古典派価格調整メカニズム」というモデルにおけ
る個人が、社会に存在する自分以外の他の人々のことも考えながら自分の行為を
決定するということが考えられていないということも問題にしている。

「新古典派価格調整メカニズム」における企業や個人は自分だけの価値観(効用関
数のようなもの)と現実には存在しないオークショナーによって示される「価格」
だけに従って、利潤や効用を最大化させようとするということを想定している。

その反面、ナッシュ均衡のモデルでは、企業や個人の行為の決定は他者への配慮も
含めてなされることが想定されている。その点が、「新古典派価格調整メカニズム」
よりもすぐれている点であると思うのだ。

俺が一番言いたいのは、「新古典派価格調整メカニズム」の個人は自分が社会の構成
員であることを自覚していないのだが、「ナッシュ均衡」の個人は自分が社会の構成
員であることを自覚しているということだ。それゆえに、俺は後者のモデルのほうが
すぐれていると思うのだ。
357 :ぺリクルス:2002/12/16(Mon) 13:24
>>348

おそらくこのホームページで紹介されている本の著者もナッシュ均衡などのモデルが、新古
典派のモデルよりも現実的であると考えているのだと思う。

>>349

「経済学では、現実の人間からかけ離れた仮想的な合理的アホ人間を考えて、そいつがどの
ように行動してしまうかについてよく考える。」といった範囲に「新古典派価格調整メカニ
ズム」を使った研究がとどまっているのであれば、俺は何も問題はないと思う。

しかし、実際は、「新古典派価格調整メカニズム」が「ベンチマーク」として使われており、
現実の問題を解決するための指標として用いられているのだ。岩田氏も教科書の135ページで
「完全競争市場の条件を満たさない不完全競争市場で達成される成果を、完全競争市場で達成
される成果と比較して、その成果を改善する方法を考えることが可能になる。」と言っている
のだ。こういう書き方がテキストにされているから、俺は新古典派が「実際に現実の制度に関
して皆が協調のメリットを理解できないアホなエゴイストであることを前提にした制度設計を
考え」ているのではなかろうか、と懸念を抱くのである。
358 :ぺリクルス:2002/12/16(Mon) 13:31
>>351

「ゼミナール」のスレのほうで、俺のカキコにコメントがつかないから先に進めないでいる。
だから外部性・公共財についても知らない。公害やただ乗り現象くらいしか知らない。

俺は、そこらの経済学部の学生よりも絶対によく勉強するし、社会の問題について深く考えて
いる。ここのBBSには、大学の教師も多いだろうが、俺一人に経済学をしっかり身につけさせ
られないようでは、自分たちの生徒に経済学を叩き込むことなど到底無理であろう。

俺は日本の捨石になるためであれば、身を削ってでも経済学ぶ。そこらの適当に勉強している
大学生とは経済学への力の入れ方が違うのである。そこらへんのことを皆に知っておいてもら
いたい。
359 :ぺリクルス:2002/12/16(Mon) 13:41
>>356

訂正

「俺が自己チュ-といっているのは、自己満足のための利他的行為といって意味だ
けではない。」

→

「俺が自己チュ-といっているのは、新古典派価格調整メカニズムにおいて、個人が利他的行
為も含めた自己満足のためだけに行為するということが想定されているということに限られな
い」
360 :走る名無しさん:2002/12/16(Mon) 14:40
>「完全競争市場の条件を満たさない不完全競争市場で達成される成果を、完全競争市場>で達成
>される成果と比較して、その成果を改善する方法を考えることが可能になる。」

はじめに完全競争市場の理論がArrowやDebrueによって華々しく完成したから、
それに突っ込みを入れる形で、不完全競争市場の理論が進展したのではないかな。

向こうのスレの質問に一つ答えると、

利潤=収入-費用です。

経済学の費用は機会費用だから、アホなバカでは到底計算しきれない。
機会費用ってのは、あれをしたらこうなるというトレードオフを色々
考えないといけないから大変だよ。全部を計算しきれないし、不確実性
をどう評価するのかという問題とも関わってくるから難しいことこの上ない。

単純に、今日授業サボって遊んでいたら今日は楽しいとか、今日授業
さぼって遊んでいても、ここはテストに出ないからテストは大丈夫と
かいう意味で視野狭窄的なのは、かなり近視眼的なバカ。ベリたんの
「新古典派的人間像」だとは思うんだけど、それは違う。そういうバカ
はそれなりにしか報われない(利益を得られない)というのが市場経済。
361 :ぺリクルス:2002/12/16(Mon) 14:47
>>360
ありがとう。ようするに、普通の経営者が利潤を考えるときに費用に機会費用を含めなかった
からといって、利潤を過大評価しすぎているというのはあまりにも酷ということだよね。
362 :ぺリクルス:2002/12/16(Mon) 15:49
>>356-359
俺の渾身の思いをこめた投稿であったが、まだ記述に問題があるのか?
363 :走る名無しさん:2002/12/16(Mon) 16:14
>>362
お前をサイコパスに認定する。

サイコパスは日本語では「精神病質者」と呼ばれています。
精神病質者は「精神病患者」というわけではありません。これは「社会病質者」
(Socio path)との対立概念として存在する、犯罪心理の1つなのです。
社会病質者とは、社会における境遇から罪を犯さざるを得なかった人々を指しています。
しかしサイコパスは、比較的裕福で恵まれた環境に育った人間にでも起こりうる恐怖の
病なのです。サイコパスは生まれつき(しかし遺伝ではなく)に患っている場合と、
成長の過程、特に思春期をどう過ごしたかにより患う場合があります。いずれにせよ、
彼らは社会的にはまじめに、あるいは平穏に日々を送っています。しかし、一度
境界線を越えると限りなく非常識的な犯罪を行ないます。しかもそれらの行為を為
す事に、常日頃からまったく罪悪を感じていません。むしろ、それを行なう事により
快楽を得ているのです!彼らは連続的に犯行を重ね、やがて司法組織によって
逮捕・拘束されます。ですがその多くが「精神異常者」と認定され、保護観察処分に
留まっています。
364 :ぺリクルス:2002/12/16(Mon) 16:17
>>362
ふーん。まだ犯罪歴はゼロだけどね。
365 :走る名無しさん:2002/12/16(Mon) 20:35
>「ナッシュ均衡」の個人は自分が社会の構成員であることを自覚しているということだ。
>それゆえに、俺は後者のモデルのほうがすぐれていると思うのだ。

社会の構成員としての自覚がある場合と無い場合で代表的個人の経済行動がどの様に異なるかを論証せよ。
366 :走る名無しさん:2002/12/16(Mon) 21:08
代表的個人=社会全体です。おしまい。
367 :走る名無しさん:2002/12/16(Mon) 21:21
ぺリの>>356-359はまだ
竹中のタイプの香具師に対する批判と
経済学に対する批判を明確に分離できてないな。
そういう雑な批判は駄目だということを早く認識しないと駄目だな。
聖書の解説はファンダメンタリズムを広めるから駄目だと言う香具師と似ている。
分離して考えるべきことを分離して批判してこそはっきりすることは多い。
368 :歌舞:2002/12/16(Mon) 21:28
>>364 ぺりたん、>>367のアドバイスもあるし、がんがれ。漏れは統合失調症で、おまけに銅鑼から経済板低迷の責任を弾劾されとる。藁
369 :ぺリクルス:2002/12/16(Mon) 21:31
>>365
ナッシュ均衡については、また明日書く。

>>367
一度、俺の批判のどこが甘いのか指摘して、ボコボコにしてくれるとありがたいけどな。
そうしてもらうと、余計な悩みが晴れて、ゼミナールへ力を入れることができる。一度
何かの本を読了するということがこのBBSで達成されれば、このBBSの歴史にとっても大
きな成果となる。

アロー、トービン、モディリアーニ、ソローはまともな経済学者だとある尊敬する人が
言っていたから、新古典派にも竹中のようなやつばかりではないということは確かだと
思うようにはなっているが。最近。
370 :ぺリクルス:2002/12/16(Mon) 21:35
>>356-359の問題が解決されれば、このスレは用済みとなり、よほどのことがない限りあげら
れることはなくなるであろう。なぜならば、1に俺が書いたことはすなわち>>356-359に書い
たことだからである。
371 :走る名無しさん:2002/12/16(Mon) 21:51
>アロー、トービン、モディリアーニ、ソロー
ケインジアン混ざりまくりだと思うんですが…
372 :すりらんか:2002/12/16(Mon) 22:25
確かに1冊読了はちょっと目標ですね.

>>356
自己ちゅーの定義としては銅鑼さんの「効用関数に他人の効用が入っている」
人の効用最大化行動は自己ちゅーなのか?という指摘が面白い.さらには,寡
占市場の勉強まで進めばちょっと補論として「社会全体の事を考える人がいた」
時にみんなはよりハッピーになるかという問題まで進みたいと思っている.

ナッシュ均衡云々については完全競争均衡はナッシュ均衡の一例である点を指摘
しておきたい.もちろんより一般の概念で考えた方がいろんな話が出来るだろう
……ただしナッシュ均衡も「何らかの目的関数を最大化している主体」を考えて
います.

つまり,ぺりたんの批判はナッシュだの完全競争だのでなく「経済学でよく使う
目的関数が気にくわない」というとこにのみあるのではないだろうか?しかし,
これは経済学者がそのような目的関数を正当化しようとつとめているわけではな
い(<まぁそれをやるのはそれこそ俗流新古典派?のやり口でしょう).そう言
う自己ちゅー関数(?)の人はそれなりにいるだろうし,特に企業の目的関数な
どにおいて顕著だが「そうじゃないと自己ちゅー企業に喰われてしまう」のだ.

……こう書くと非人間的だと感じるかもしれないが,べつに広い意味での長期利
潤を最大にするように行動することは法的に禁じられているわけではないしそれ
を禁じることは容易に全体主義に転じる.

あるいみ「しょうがない」けど「そうなってる」からそれを使うというわけだ.
373 :ぺリクルス:2002/12/16(Mon) 22:48
>>371
じゃあ、誰が新古典派?

>>372
これは、運がよければこのスレでの最後の質問になるからもしれない。あとは、ゼミナールで
「厚生経済学第一法則」を勉強したり、「ナッシュ均衡」を勉強するまで少し漠然とした部分
への疑問は残しておこうと思う。「新古典派価格理論」がナッシュ均衡の一種であるというの
は少し驚きであった。

新古典派価格調整メカニズムでは、個人や企業はオークショナーによって価格が提示されると、
その「価格」と「自分だけの目的関数」だけに従って行為を決定すると仮定されている。しか
し、この価格理論における個人や企業は他人の目的関数がどうなっているかを配慮しながら、
行為を決定することもありうると考えられているのだろうか?

それから、この価格理論は新古典派のものなのにどうしてスリ師匠も賛成するのか?
374 :ぺリクルス:2002/12/16(Mon) 22:56
>>372
俺が一番気に食わないのは、この価格理論では人間が価格にだけ反応して動くと考えられて
いること。オークショナーの価格が人間を動かす原動力と考えられているわけだ。それじゃ
あ人間はロボットにすぎない。それから、次に気に食わないのは、この理論で考えられてい
る自分の目的関数のことしか考えていないということ(っても目的関数がどういう経済理論に
基づいて作られるのか知らんが)。自分だけじゃなくて他の人がどういうふうに行動するのか
ということへの配慮が考えられていない。
375 :走る名無しさん:2002/12/16(Mon) 22:59
>>373
ケンとボブ
(まさかキレられるとはおもわなんだ…)
376 :ぺリクルス:2002/12/16(Mon) 23:23
>>375
俺はサイコパスだからな
377 :走る名無しさん:2002/12/16(Mon) 23:33
>ナッシュ均衡云々については完全競争均衡はナッシュ均衡の一例である点を指摘
>しておきたい.もちろんより一般の概念で考えた方がいろんな話が出来るだろう

よく知らないのですが、コアが競争均衡に収束するという協力ゲームの話くらいは
教科書で読んだことあるのですが、競争均衡はナッシュ均衡だったんですね。
どっちも定義だと記憶しているのですが、同じ定義でしたっけ?
378 :歌舞@お勉強マン:2002/12/16(Mon) 23:36
漏れなんか統合失調症だよ。
379 :走る名無しさん:2002/12/17(Tue) 00:25
>>377
競争均衡で自分だけ行動変えても得しねーだろ?
380 :走る名無しさん:2002/12/17(Tue) 00:31
ぺりたん、高市早苗嫌いなの?
381 :走る名無しさん:2002/12/17(Tue) 01:26
>>379
たしかに自分だけ変えても得しないような気がするけど、
相手の戦略を所与にして、自分だけ変えても得しないって
のと、
価格を所与にして、自分だけ変えても得しないってのは
一緒なのか?考えたこと無かったからよくわからんけど。
382 :走る名無しさん:2002/12/17(Tue) 04:58
>>373-374
>新古典派価格調整メカニズムでは、個人や企業はオークショナーによって価格が提示されると、
>その「価格」と「自分だけの目的関数」だけに従って行為を決定すると仮定されている。

その通り。それが単純化というものだもの。

外部性というのは、自分の目的関数として他人の行動も考慮されている状態。
他人の行動はその人の目的関数で決まるが、その決まった行動は自分に影響を与える。
外部性がとても効いている世界では、他人の行動も重要だ。

ただ、普段の自分の消費の仕方を思い浮かべて、
価格、自分の好み(効用)、他人の行動、のうち重要な要素を2つ選べ、
と言われれば、そりゃ、価格と自分の好みでしょ?これが単純化。

これから、ぺりたんは、外部性をキーワードにして勉強を進めていくのがいいと思う。
383 :すりらんか:2002/12/17(Tue) 09:41
>>381さん
あっ,僕は単にクールノーの極限なり生産上限の無いベルトランで
考えれば出てくるから……程度の意味で書いてました.正確なとこ
ろは専門家がいれば補ってもらうこととして「競争均衡はナッシュ
均衡の特殊ケースとしても導かれる」という言及にしまふ.

>ぺりたんは、外部性をキーワードにして勉強を進めていくのがいい
確かに.不完全競争・外部性にすすむとぺりたんの誤解が解け,新た
な認識に至るのではないかと僕も期待してたりする.

>この価格理論における個人や企業は他人の目的関数がどうなってい
>るかを配慮しながら、行為を決定することもありうると考えられて
>いるのだろうか?
つまりは市場価格を見ていればその中に他人に関する情報が入りきっ
てしまっているケースだから「あたかも」他人に考慮していないかの
ように表現できるというわけです.
384 :ぺリクルス:2002/12/17(Tue) 11:10
>>382
これは、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!!!ってな感じの印象を受けたよ。
「外部性」と「ナッシュ均衡」が今俺の一番の興味の対象だな。

とりあえず、ゼミナールでこういったことを学ばないと根本的な解決にはならん
とは思うのであるが、今のところ学習の方向性を見定めるためにもいくつか聞い
ておきたいことがある。これで、漠然とでも「何を学ぶべきか」が見えてくれば、
このスレも用済みだから、撃沈させることにしよう。

(1)第一にわからんのは、スリランカ師匠のように貧しいものも金持ちも仲良く
生きていける世界を目指している人が、新古典派の価格理論をありがたく教えて
いるというのに納得がいかんのだ。どのような初歩的教科書にもでてくる「新古
典派価格メカニズム」の説明は、ブルジョア経済学のもっともたるものとして知
られていて、弱いものいじめの理論である。こういった価格理論をスリランカ師
匠が教えるのはなんでだ?
385 :ぺリクルス:2002/12/17(Tue) 11:22
(2)俺には「ベンチマーク」というものがいまいち何のことかわからん。最初は、
公園のベンチのことを言っているのかと思ったくらいだ。

「経済学では、現実の人間からかけ離れた仮想的な合理的アホ人間を考えて、そ
いつがどのように行動してしまうかについてよく考える。「どのような単純化を
すれば何が起こるか」について色々知っておけば、複雑な現実について考えると
きにも役に立つはずだ。」ってな程度くらいに考えておけばよいものを、

岩田氏は「完全競争市場の条件を満たさない不完全競争市場で達成される成果を、
完全競争市場で達成される成果と比較して、その成果を改善する方法を考えるこ
とが可能になる。」とまで言っているのだ。

もっとも恐ろしいのは、「完全競争市場」の世界では「合理的あほ人間」が自己
チュ-を全開させるとうまくいってしまうように結論づけてしまっていることで
ある。なぜ「外部性」とかを考えていないのに、完全競争市場の世界では合理的
馬鹿人間の経済が成功してしまうのか、合点がいかない。

そういう、常識的では考えられないような結論をだしてしまっている新古典派価
格メカニズムの働いている世界を「ベンチマーク=望ましい状態」として、経済
の改革の指針としてしまうようなことを言っている岩田氏は暴論を吐いているよ
うに感じる。
386 :ぺリクルス:2002/12/17(Tue) 11:32
(3)ちょっと、スリ総帥の最後の言葉には混乱した。

「市場価格を見ていればその中に他人に関する情報が入りきってしまっているケースだから
「あたかも」他人に考慮していないかのように表現できるというわけです.」というのは、
常識的感覚からかけ離れている。こういうモデルはつまりは「なんでもあり」の世界であっ
て人間の世界を抽象化したものではないように思う。

まず、第一に、スーパーにいって野菜の価格を眺めていれば、隣で買い物をしているおばち
ゃんが何を考えているかわかるか?ニンジンの値札に「100円」と書いてあるのを見て、今日
の城麻美のパンティーの色は何色かわかるか?そういった状況を考慮すると、「市場価格を見
ていればその中に他人に関する情報が入りきってしまっている」というのは真にバカバカしい
話であり、理論というに値しないものだと感じる。

しかも、「市場価格を見ていればその中に他人に関する情報が入りきってしまっている」とい
うことは市場価格に他人の目的関数がどういったものかについての情報も入りきっていること
になる。そうすると、わざわざ「完全競争市場」の話と個別に「外部性」を考える意味が全く
なくなってしまうのだ。

市場価格を見ていれば他人の情報がわかってしまう世界は魔法の世界であって、人間の社会を
抽象化したものではない。
387 :走る名無しさん:2002/12/17(Tue) 14:44
>>383
>>ぺりたんは、外部性をキーワードにして勉強を進めていくのがいい
>確かに.不完全競争・外部性にすすむとぺりたんの誤解が解け,新た
>な認識に至るのではないかと僕も期待してたりする.

しかし、ここまで勉強してしまうと、結局、最初にやった完全競争市場
ってのは何だったのだ?????という疑問にかられるという罠

>>386
新古典派を市場経済を信奉する人々としよう。完全競争市場は、市場経済
の一例で、もっとも研究されている市場構造といった程度の話だろう。
完全競争市場⊆数ある市場構造ではダメなのだろうか?

もちろん、ベリたんのように計画経済の信奉者には市場経済自体が否定
すべきものなのかもしれないが。
388 :ぺリクルス:2002/12/17(Tue) 22:32
ちょっと聞きたいのだが、「戦略的アプローチ」は、「外部性」の話も扱っているのか?
389 :走る名無しさん:2002/12/18(Wed) 00:01
ナッシュ交渉解の「さわり」↓
http://www.nnn.co.jp/essay/raifuku/raifuku0203.html#28
390 :走る名無しさん:2002/12/18(Wed) 02:01
>>388
立ち読みしれ、黄色いソフトカバーの本です。
391 :走る名無しさん:2002/12/18(Wed) 04:05
>>388
ゲーム理論の基本を学べるページ。お奨め
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/6161/
392 :すりらんか:2002/12/18(Wed) 07:13
>新古典派の価格理論をありがたく教えているというのに納得がいかん
>弱いものいじめの理論である
価格理論自体は別に何派ってものじゃないよ.でも価格による選別はとっ
ても平等だとおもう.「お金さえ払えば誰でも平等」なんだぜ~.もし価
格はなく何らかのレイショニングルールで財の配分が行われる社会がある
としたらすごく不平等だろう.あと競り人を排除したときに不可避的に登
場する「数量割り当て人(?)」の絶望的無理さは銅鑼殿がくわしい.厚
生経済学の第2基本定理までいくとわかるけどあくまで競争均衡の効率性
のみを問題にしているのであって様々な競争均衡を初期配分の変化によっ
て実現させることが出来る.「その競争均衡がいいか」は社会厚生関数の
選択まで問題が言っちゃいそうだけど……僕はあまりここにこだわりはな
い.(ものすごく勝手な理屈で爆撃されるかもだけど)生産側の相互依存
や戦略的行動はいろいろほじくり返してモデル化し消費者側は(厚生評価
のための)ごく単純な仮定ですませてある方がすっきりしているように思
う.
393 :すりらんか:2002/12/18(Wed) 07:17
>>386
つまり,隣のおばちゃんが何考えているか知らなくても損しない状況が完全競争
という風に考えてみてください.だから第4段は少々ミスリードでして市場の失
敗(外部性とか)のない完全競争市場では……>>383のごとしというわけ.
394 :ぺリクルス:2002/12/18(Wed) 07:37
ほんとスリ師匠には頼りっぱなしで申し訳ないのだが、、、

「市場価格を見ていればその中に他人に関する情報が入りきってしまっているケース」という
のは、つまり、「自分が経済活動を行っていく上で十分な他人に関する情報が入っている」と
いう意味かな?

完全競争では他人の行為が自分に影響を与えるとは考えられていない(外部性がない)から、他
人の行為に対する考慮は度外視されているということかね。

>>385にもコメントくれると助かる。
395 :すりらんか:2002/12/18(Wed) 19:36
>>385
>完全競争市場で達成される成果と比較して、その成果を改善する
>方法を考えることが可能になる
これは完全競争市場での競争均衡がパレート効率的であると言う話を
先取りしているに過ぎない.これ以上の改善はパレート基準(という
反対しようがない基準)ではあり得ないというのを示す……これ以上
の改善を考えるなら必ず反対者を抱えますよ~という意味でとらえる
と良い.

>>394は全くその通り.正しい理解に達したと言っていいんではない
でしょうか?
396 :ぺリクルス:2002/12/18(Wed) 20:05
ちょっと、スリランカ将軍の親切に便乗して、聞いてみたいことがいくつかでてきた。それか
ら急遽、予定を変更してこのスレを続けることにする。というのも近日中にパレート最適に到
達するからである。

>>392

ワルラス調整過程の価格理論が、何派のものでもないのにどうして銅鑼は「新古典派価格調整
メカニズム」と呼んだのだろうか?スリ氏もある条件のもとに成立する理論であると認められ
るものだったら、べつに頭に「新古典派」をつける必要のある理論じゃないじゃん。

>>394

あと一押しして聞きたいけど、他人に関する情報っていったら他人のプライバシー(城麻美の
パンティーの色 ETC)でもなく隣のおばちゃんの思考でもなかったら、何なの?俺が思いつ
くことだったら、均衡価格だと生産者が売りたい量を消費者に全部買ってもらえると知ること
ができるとか、消費者が自分が買いたい量を生産者が作ってくれているとか、ということに
限られていると思うんだけど。

>>395
そういうふうに考えると、完全競争で得られる成果が一番いいってことになっちゃうんじゃな
いの?なぜならパレート最適という反対のしようのない基準で改善のしようがない状態と判定
されちゃうわけだから。しかし、完全競争というのは弱肉強食で、福祉も所得分配もない世界
だから、俺はこういった状態を改善のしようのない状態とは考えたくないのだが。

でも、外部性がある経済の方が、他人への配慮もあるから、俺的には外部性のある経済の方が
いいと思うんだけど(他人の行為が自分に影響を与えると考えられている状態、逆に自分の行
為が他人に影響を与えることが配慮されている状態)。
397 :銅鑼:2002/12/18(Wed) 21:36
>どうして銅鑼は「新古典派価格調整メカニズム」と呼んだのだろうか?

それは、競売人の存在が市場における完全情報を具現化しているからです。
情報の問題は、もし貴君がこれからも経済学をお勉強するなら、必ず出てくる大問題なの
です。よく俗な表現で「モラルハザード」とか言いますが、あれも情報の経済学の専門用
語であって、企業経営者の倫理観の低下とかいった漠然とした概念ではありません。

で、競売人を取り除いて、企業や消費者が、少しでも高く売れる相手や、安く売ってくれ
る相手を探してウロウロするような状況を考えると、同じ商品に関しても単一の市場とか
単一の価格(一物一価の法則)とかは消え去り、断片化された取引の集積としてゆるい意
味で「市場」のようなものが存在するに過ぎない世界が出現します。そこで企業も消費者
も「探索」=サーチを行いながら、そのコストとの見合いで少しでも有利な取引機会を見
つけるために活動し始めます。こうして、市場機構は価格情報のみによって制御されると
いう意味での「狭義の新古典派経済学の世界」は崩壊し、ゲームの理論が幅を利かせる世
界に突入するわけだが、そこからは若者に説明してもらいましょう。

なお、こういう世界は、いわゆる「ケインズ状況」との親和性が高いので、その意味でも
「新古典派」という用語を使う意味はあります。
398 :走る名無しさん:2002/12/19(Thu) 00:17
同じところをグルグルまわっているようだな。

>>396
>なぜならパレート最適という反対のしようのない基準で
>改善のしようがない状態と判定されちゃう

「パレート最適(パレート効率的)」という基準はあまりにも弱過ぎるので
それによって「改善のしようがない状態」と判定されることはない。
実際にそのような判定をする香具師がいれば馬鹿扱いして構わない。

たとえばの橋として皆の効用が配られる果物の量で決定されるとしよう。

果物を全部配らずにその一部を腐らせて無駄にしてしまう状態は
パレート効率的ではない。なぜならば、誰の効用の犠牲にせずに、
まだ配ってない果物を配って誰かの効用を増加させることができるからだ。

すべての果物を配り終えた状態は全てパレート効率的だ。
なぜならば、誰かの果物を増やすためには、
別の誰かから果物を取り上げなければいけないからだ。

一人の独裁者がすべての果物を独占している状態もパレート効率的だし、
全ての果物を皆に平等に分配した状態もパレート効率的だ。
パレート効率性という条件はおそろしく弱い。

現実には、ほとんどの経済政策は誰かに犠牲を強いるので、
決してパレート改善にはならない。
(何もしないという決定も政策の一種であることに注意。)

しかし、もしもパレート改善できる機会(すなわち誰にも犠牲を強いずに誰かの
効用を増やすことができる機会)があればそうした方が良いという意見には
反発する必要はないだろう。

「パレート効率性」という概念にケチをつけても無意味である。
399 :ぺリクルス:2002/12/19(Thu) 18:06
>>397

ゲーム理論の想定する世界とケインズ派の想定する世界に親和性があるのなら、新古典派は
一番遅れた学派っつーことになるじゃん。それなら、みんなが初歩的な教科書で学ぶ価格理
論はスリ師匠のゆーように「何派といったものでもない」ということではなくて、まさに現
実ばなれした「新古典派的なもの」と言うにふさわしいのではないだろうか。

よって、「新古典派価格メカニズム」といったものは初心者に教えるべきものではない。最
初から「ミク戦」でも使って経済学を学び始めた方がよいのではなかろうか。
400 :ぺリクルス:2002/12/19(Thu) 18:16
>>398

だんだんわかってきたよ。「パレート最適」というのは「他の人を犠牲にすることなしにはある
効用を増大させることができない状態」といった意味でしかなく、一般均衡がパレート最適とい
うときには、その「その状態からそれ以上のパレート改善」はないといった意味でしかなく、
その状態が新古典派経済学者にとってもケインズ経済学者にとっても実際問題として「最適」か
どうかとは別ということだね。

ところで、「パレート最適」という場合の個人や企業は、「新古典派価格メカニズム」における
個人と同じように、「利潤最大化」「効用最大化」を目指しており、自分の目的関数とオークシ
ョナーが示す価格にしか反応しないと想定されていると思う。

しかし、パレート最適という概念が、銅鑼のいうような「競売人を取り除いて、企業や消費者
が、少しでも高く売れる相手や、安く売ってくれる相手を探してウロウロするような状況を考
えると、同じ商品に関しても単一の市場とか単一の価格(一物一価の法則)とかは消え去り、断
片化された取引の集積としてゆるい意味で「市場」のようなものが存在するに過ぎない世界が出
現します。そこで企業も消費者も「探索」=サーチを行いながら、そのコストとの見合いで少し
でも有利な取引機会を見つけるために活動し始めます。」といったまさに現実世界を抽象したと
いうにふさわしい状況下においても扱えるものでなければ無意味な概念であると考えるべきでは
なかろうか。
401 :銅鑼:2002/12/19(Thu) 18:22
>>400

そこでも成り立つでしょうが。アンパン二人で分けて食うとき、ちょっと毟って捨てる
ようなことをするのが「パレート最適ではない」状態だから。
402 :ぺリクルス:2002/12/19(Thu) 18:30
>>401
そこって、どこ?
403 :銅鑼:2002/12/19(Thu) 18:40
「市場」が成り立っていない世界>>402
404 :好意の第三者:2002/12/19(Thu) 18:50
北朝鮮は金正日が代わるか、国民全員が死ぬかのどちらかである
韓国の大統領選でもし与党が勝つならば、風邪か肺炎にかかってもらわなければならぬ
405 :ぺリクルス:2002/12/19(Thu) 18:50
>>403
念押しで、申し訳ないが、このケースの場合「市場が成り立っていない世界」つーのは、

銅鑼氏のいう「同じ商品に関しても単一の市場とか単一の価格(一物一価の法則)とかは消え去
り、断片化された取引の集積としてゆるい意味で「市場」のようなものが存在するに過ぎない世
界」や、他にも商取引とはまったく関係のない世界というのを含んでいるんだよね??
406 :洋:2002/12/19(Thu) 18:58
ベリの活躍を見ていると、マイケル・ファラデーを思い出す。
ちょっとニュアンスはちがうが、コリン・ウィルソンなんかにも通じるものがあるかも。
いづれにしても、その彼が躓くとき、時には見当違いな疑問もあるが、あらためてはっとさせられるものがあって、もう一度一から考えされることがしばしばである。ベリタン、Thanks a lot!
407 :ドラエモン:2002/12/19(Thu) 21:35
>>405

僕とペリがあんパンを分けて食うときに、競売人のいる市場があるとかないとか関係ないだろう?
408 :ぺリクルス:2002/12/19(Thu) 21:43
>>407
なるほどな。つーことは、「パレート最適」という概念は、対象にする個人や企業がどういう
性質なのかは特に問わないということだな。つまり、俺がとーても親切で利他的な人間で、
銅鑼がすさまじく自己チュ-な人間であったとしても、俺と銅鑼がドラ焼きをどういうふうに
分け合うかということに「パレート最適」の概念を用いることができるということだね??
409 :ドラエモン:2002/12/19(Thu) 21:54
そういうこと。しかし、質問ばっかりしてるくせに、応えてやってるオジサンに対する態度を
見ると、>>408の例は変だと思う(爆
410 :弟子:2002/12/19(Thu) 22:14
>>406
先生ご無沙汰してますです。
411 :走る名無しさん:2002/12/19(Thu) 22:24
>>408-409
銅鑼様、ぺりさま、横レス失礼いたします。
そのような二者関係とは、嗜虐と被虐の倒錯した世界を思い起こしてしまうのですが、
そのような私は変でしょうか?
412 :走る名無しさん:2002/12/19(Thu) 23:44
>>411
間違いなく、歌舞
穴で、すり
413 :411:2002/12/20(Fri) 00:13
hohoho 短絡的な反応ですこと。
414 :"歌舞音曲":2002/12/20(Fri) 00:52
>>412 なぬ?
415 :ペリクルス:2002/12/26(Thu) 08:08
>>409

俺は、岩田氏のテキスト210ページの「エッジワースのボックス・ダイヤグラム」
を読んだが、ここでの個人というのはプライステーカーとして設定されており、
なおかつ価格だけに反応して自分の目的関数に従い効用を最大化させようとする
存在として捉えられている。

しかも、パレート最適の解説に関して、212ページではアダムスミスの神の見え
ざる手が紹介されている。やはり、スミスのいうようにパレート最適の概念に
おける個人というのは「自分の利益だけを意図する」ような存在なのである。

経済学で用いられる場合のパレート最適における個人というのいうのは、銅鑼氏
の解説とは異なり、やはり利己的で公共の利益には無頓着な存在であるというべ
きではなかろうか。
416 :ペリクルス:2002/12/26(Thu) 08:16
あと、PK君を始めとする諸氏は、一般均衡が成立していなくてもパレート最適は成立する
場合がある、それゆえに一般均衡=パレート最適ではない、と言っていたと思う。

しかし、エッジワースのボックスダイヤグラムの契約曲線上では、AとBが効用を最大化す
るためにX財とY財を交換し、X財とY財の両方に関して需給が一致するような価格を決めて
いる。エッジワースのボックスダイヤグラムではX財とY財しか存在しないと仮定されてい
るのだから、一般均衡が成立するような価格が決まったところでパレート最適が成立して
いると考えても問題は無い。

よって、中谷巌氏が「痛快!経済学」で書いているようなパレート最適=一般均衡という
ような定義は問題ないと思うのだが。
417 :ペリクルス:2002/12/26(Thu) 08:37
俺は、岩田氏のテキストを休憩時間の合間にも読んでいるわけであるが、ブルジョア経済学
の姿を垣間見たような気がする。

経済学というのは、いかにして不足した資源を効率よく割り当てるかを考える学問であると
されている。経済学者は社会的厚生が最も大きくなると、その経済を「効率的」=「善」と
みなす。そして、社会的厚生が最大化する完全競争市場というのは、経済学者にとって魅惑
的なものである。

岩田氏でさえ、テキストの203ページで「分配の公平がどのようなものであれ、まず、社会的
厚生を最大にしたうえで、その後に税制や社会福祉制度を利用して分配の公平を図ることが
合理的である。」といっている。

つまり、「完全競争市場」という非現実的な経済・弱肉強食のおぞましい世界・レッセフェー
ルの無政府状態をまず作り出せ!というのが岩田氏の主張なのである。

しかし、ブルジョアたちは、どんなに無政府状態の中で労働者達の汗と血から搾取を行っても、
自分たちが蓄えた富を貧しい者たちに分け与えることには極めて消極的である。

連中は、税金は社会的厚生を小さくする、関税は社会的厚生を小さくする、といってあらゆる
税金には反対するであろう。岩田氏も彼らの見解を指示するのである。

ブルジョア経済学者は、不完全競争市場を望ましくないものとし、規制緩和や税金撤廃で完全
競争市場を作り出そうとする。恐ろしい思想と言わねばならない。
418 :ペリクルス:2002/12/26(Thu) 09:08
>>417

俺がもしかすると岩田氏やブルジョア経済学者たちの思想を誤解しているといけないので、
確認しておきたいことがある。

そもそも経済学者は独占禁止法を作ったり、企業に情報公開させたり、財政政策・金融政策
を行ったり、外部性を内部化したり、規制緩和をしたり、その他もろもろの法律・政策によ
って、「不完全競争市場」を改造して「完全競争市場」を作り出せると考えているのだろう
か?

この疑問に日夜悩まされて、ブルジョア経済学への不信感が解けないのである。このあたり、
少しでも学習の指針を示してもらえると、今やっていることが意味をもって感じられてくる
であろう。それでは、昼か夕方にまた会おう。
419 :転向者おんぷちゃん:2002/12/26(Thu) 09:22
>418

不完全競争市場の制度的な改革ではなくて、その制度の特質を前提にした
上での政府の介入(所得の移転とか規制とか)で「市場の失敗」と称して
なるべく「最適」な方向にもっていくのがブルジョアだんの考えですわ。
420 :すりらんか:2002/12/26(Thu) 09:29
>自分の目的関数に従い効用を最大化させようとする存在
>個人というのは「自分の利益だけを意図する」ような存在
これはずいぶん繰り返したつもりだが,自分の目的関数に「人の効用」や
「社会全体の状態」が入っていても全くかまわない.そこまでひっくるめ
れば確かに個人というのは「自分の利益だけ」を意図している.勉強が進
んできたので整理すると,

u=u(X,Y,隣人の効用,社会全体の状態変数)

ってな感じの効用を最大化してる……これを「自分の利益だけ」を意図し
ていると呼ぶならそれはぺりたんの言うとおり.

>>416
これは必要条件十分条件な話.完全競争下の競争均衡はパレート最適(厚
生経済学の第一基本定理)だがパレート最適だから競争均衡とは鍵らない.
ある初期保有に対して競争均衡が出る……(初期保有点を通る2人の無差
別曲線で囲まれるレンズ型のどっか)でもそれ以外も契約曲線上ならパレ
ート最適.
421 :ペリクルス:2002/12/26(Thu) 10:36
>>419
やっぱ、ネットをもう少しすることにした。

つーことは、ケインズ派の学者にしても新古典派の学者にしても、世の中の市場経済とゆう
もんはいくらいじっても不完全競争市場のままだけれども、公平の問題ともバランスをとり
ながら、市場を効率的な完全競争市場へ経済を近づけましょうと考えているということかね。

そうゆー話ならまだわかるけどね。
422 :転向者おんぷちゃん:2002/12/26(Thu) 10:45
>>421 そのとおり。

市場の特性自体を改革するのは現実には非常にたいへんな問題だよ。世間知的に漸進的に制度改革はやっておいて、その一方でいまの制度・市場の特質と折り合う形でなんとかかんとかやっていく、そういう実践的な知がじつは、いまの日本の経済学者にほとんど欠けている視点だ。

そんな実践知やるぐらいならレフリー論文書けと言う論駁の渦w
423 :ペリクルス:2002/12/26(Thu) 11:03
>>420

といっても、パレート最適を考える場合には、個人は価格と自分の目的関数に従って効用を
最大化させる存在として規定はされているわな。

あともう少し聞いておきたいことがある。経済学だけ考えているなら、「価格」や「目的関数」
といった2つだけの要素で人間という存在を分析してもいいかもしれない。しかし、実際の個人
は、もっと複雑で価格といった要素だけを見ながら自分の満足を高めようとはしていない。
それにもかかわらず、実際の経済政策を考えるときも、ミクロ経済学のような単純な人間分析で
立案されていても有効なものができあがるのだろうか?と思う。

あと、エッジワースのボックスダイヤグラムにおけるパレート最適の話だけれども。
パレート最適の時は、2人の無差別曲線が接しているわけだから、二人の予算制約線の傾きも
等しいことになる。そのとき、2人のX財とY財の価格比も同じでなければならない。

「パレート最適だから競争均衡とは限らない」といった場合、2人の価格比が同じ時にも、
存在しているA氏にとってのX財の価格、Y財の価格、そしてもう一人の存在しているB氏にとっ
てのX財の価格、Y財の価格が異なっている場合があるということだろうか。
424 :好意の第三者:2002/12/26(Thu) 11:12
418: ペリクルス
419: 転向者おんぷちゃん
422: 転向者おんぷちゃんへ
http://www.nikkei.co.jp/sp1/nt32/index20021225AS3K2503P25122002.html
ということですがこれからも加速していくでしょう。
http://www.nikkei.co.jp/sp1/nt32/index20021225NN002Y39525122002.html
とありますが個人的には三井住友を支持しています
議論との絡みでお聞きします
財閥の形成そのものが非難されるべきものではないと思うのですがどうでしょうか
425 :転向者おんぷちゃん:2002/12/26(Thu) 11:31
>>423 ハイエクが『経済学のための知識の利用』(だったか?)で書いたように価格で市場に関する情報を集めるのが最も効率的なんだろう。考えてみれば、いろんな人間がいるし集団も部分社会のあり方だって千差万別だ。満足なんて一人の人間だって状況によって質的に変化しちまう。ここらへんの話題はおんぷちゃんはシトフスキーの本から学び始めた罠。


この千差万別をいちいち勘案しなくてはいけないのも事実。場合によっちゃあ、こっちのほうが重要なときもある。でも大概は、市場に関することは価格を情報に用いることが便利。便利なものは使わない手はないわな。

いいかたかえりゃあ、目の粗いザル(市場)の目をなるべく細かくする(経済政策)、でももれたり、アナが小さくなるとかえってまずいこともある。そこんとこは世間知的に柔軟に対処すりゃあ、いいし実際にはそうしてる。

パレート最適性の根幹には「みんなが納得してる」という暗黙の前提があるのだわ。だから価格で最適性を評価はするが、最終的な審級はおれたちがわにあるってこと。これ人類の常識。w
426 :ペリクルス:2002/12/26(Thu) 13:00
調子こいて、おんぶちゃんに聞いておく。

>>422

完全競争市場つーのが「ベンチマーク」とゆーのは、「効率性」を高めるために不完全競争
市場をいかように変えればいいのかという指標になるという意味。

しかし、「公平さ」という観点からすると必ずしも望ましい結果をうまない。よって完全競
争市場だけをお見本にしていればいいというわけではない。とゆーことかな?

「分配の公平がどのようなものであれ、まず、社会的厚生を最大にしたうえで、その後に税制
や社会福祉制度を利用して分配の公平を図ることが合理的である。」というのは、そうすると、
完全競争市場を「ベンチマーク」として不完全競争市場をできるだけ完全競争市場に近づけて
社会的厚生を高めた後、公平な分配をするとよい、という意味になるわな。

こうした考え方をフリードマンもスティグリッツも共有していればよいのであるが。

>>425

価格というのは客観的に観察できるものだ。しかし、個人の効用関数とゆーのは個人によって
千差万別だ。それなのに、価格だけみたってなにも市場についてわかりやしないし、ましてや
効用関数というのは物価のように平均化できるものではない。それなのに、千差万別な効用関
数を扱っているパレート最適とゆー概念をなんらかの経済政策の立案のために使ったりできる
のかね?俺は不可能なように思うが。
427 :転向者おんぷちゃん:2002/12/26(Thu) 14:12
>>426

フリードマンのいいところはきちんと原稿料をとるところだな。爆

もちろん426に書いた理解でいいと思うぜ。

分配の公正というのは実に複雑だよなあ。これで人殺しまで許容する輩だっているわけだ。市場もそれなりに罪作りな悪者あくじゃだが、まあ、これもそれなりにつきあっていかんといけない。

中国で自己正当化しているチャイナ制度派どものいいところは、市場でどかーん、分配の公平はそれなりにちょぼちょぼ修正ということだ。分配の公平どかーん、市場は闇でしょぼしょぼで何百万も殺しちまったので、きちんと世間知で直して、おまけにノーベル経済学者まで味方につけてんらからそりゃあ、あなどれんわな。

ちなみにおれはキューバをいま注目してるよ。
428 :転向者おんぷちゃん:2002/12/26(Thu) 14:20
しかもよしかも。

部門間の格差がひでえときは、低い部門から高い部門に労働が移動して、まあその何割かはルンペンになってもだな、うまくいけば全体のパイがおっぱいぱいと大きくなるんだわ。どかーんと。有効需要の創出ってわけだ。ルンペン連中は闇経済でいきてるから大丈夫だ。殺人や窃盗が増加するが、それでも生きてるんだから、この格差つかった有効需要創出法はなかなかいいできだ。爆

もちろんこれは冗談だが、そのマグマのようなルンペンどもが革命の雄たけびをあげるようになれば、これぞ革命戦士にとっては願ってもない展開じゃないか?

社会に格差をつくり、それを利用し、市場を創出すると同時に社会の革命戦士を産出せよ!

慶応のはげのように革命戦士をセーフティネットで救うというのは転向者のやることよw
429 :転向者おんぷちゃん:2002/12/26(Thu) 14:25
「社会に格差をつくり」ってのはひでえ、って?

経済特区みてえのいっぱい沿岸につくって内陸部と格差を「わざ」とつける。これが中国どころか多くの経済大国必勝法だ。あとは人口の移動を認めてやればいっきにどかーんだ。あんまし移動すると海におちるので某国は規制しているようだがなw
430 :転向者おんぷちゃん:2002/12/26(Thu) 14:29
おっとパレート最適性の話が残っていたな。だから書いた炉。みんなが納得しなければ捨てりゃ亜いいだけじゃないか。ペリのような人間が一定数以上でてきて、わわわ、騒ぎ出せばそんな軟弱な価値基準なんかすぐに意味はなくなる。

価格と最適性は切り離してもちろんかまわない。
431 :転向者おんぷちゃん:2002/12/26(Thu) 14:32
効用やパレート最適性は捨てても、価格は生き残る。しかもレミングの大移動と革命戦士の培養までしてくれるありがてえもんだ。
432 :走る名無しさん:2002/12/26(Thu) 14:55
完全競争市場を「ベンチマーク」として不完全競争市場をできるだけ完全競争市場に
近づけて社会的厚生を高めた後、公平な分配をするとよい、という意味になるわな。

こうした考え方をフリードマンもスティグリッツも共有していればよいのであるが。

ところで、そもそも経済学者は独占禁止法を作ったり、企業に情報公開させたり、
財政政策・金融政策を行ったり、外部性を内部化したり、規制緩和をしたり、その他
もろもろの法律・政策によって、「不完全競争市場」を改造して「完全競争市場」を
作り出せると考えているのだろうか?

不完全競争を完全競争に近づけることができるが、完全競争にはできないと言いたい
だけなのですか?そもそも近づけるという概念を素人が持つのは奇妙な気もします。
どうやって近づけますか?とても簡単にパラメーターを一個いじって(例えば企業数
とか)、それを無限大に近づけると完全競争に近似できますといった類の概念を持っ
ておられるように見受けます。

ですが、結論がよく見えないので、はっきり書いてください。完全競争市場のモデル
は不要なんですか?それともある程度の存在意義を認めているのですか?私は、
完全競争市場のモデルは完全競争市場という例だと考えているので、それ自体を学ぶ
ことは否定しませんし、必要だと思っています。

ただ、市場経済=完全競争市場程度の理解で市場競争マンセーを叫ぶバカは逝ってよし
だと思っています。

>>431
彼は、価格によって動く市場経済そのものを否定しているのでしょうか?どう思われ
ますか?
433 :転向者おんぷちゃん:2002/12/26(Thu) 15:06
>>431
彼は、価格によって動く市場経済そのものを否定しているのでしょうか?どう思われ
ますか?

しらん。興味ない
434 :ペリクルス:2002/12/26(Thu) 16:29
>>432

>不完全競争を完全競争に近づけることができるが、完全競争にはできないと言いたい
>だけなのですか?

そう。でも、完全競争市場は「一物一価」「プライステーカー」「完全情報」といった極めて
厳しい条件のもとに成立する。よって、不完全競争市場を完全競争市場にすることはできない
であろう。

>どうやって近づけますか?

例えば、ベンチャー企業の起業を促したり、独占禁止法で独占を規制したり、規制緩和して
企業間の競争を促したり、企業に情報を公開させたりといったことがあげられるのだろうか。
ミルトンフリードマンに限っては、麻薬を合法化しろとか医者の免許制度を廃止しろとまで
言い切っている。

完全競争市場のモデルが役に立つか役に立たないかは俺にはまだ判断ができるほどの知識が
ない。しかし、他のスレでもしてきされていたが、「価格は誰が出しているのか?」という
ことがはっきりしていない。オークショナーの存在が仮定されていても実際にはそれに該当
するようなものが実際に存在しなければ、現実を抽象化したモデルとはいえないだろう。

俺は市場経済を廃止すべきなどとは考えていない。物々交換の経済や計画経済は望ましいも
のではないであろう。ただ、政府主導の福祉国家は理想的であると考えている。
435 :すりらんか:2002/12/26(Thu) 16:33
>パレート最適を考える場合には、個人は価格と自分の目的関数に従って効用を
>最大化させる存在として規定はされているわな。
ここは何度説明してもわかってもらえないみたいですね.パレート最適/パレート基
準は経済学用語ではないです!だから価格だのなんだのは全然無関係.完全競争均衡
とパレート最適は別物!

>しかし、実際の個人は、もっと複雑で価格といった要素だけを見ながら自分
>の満足を高めようとはしていない。それにもかかわらず、実際の経済政策を
>考えるときも、ミクロ経済学のような単純な人間分析で立案されていても有
>効なものができあがるのだろうか?
これに対する一つの解答は,今まで通り「効用は自分の消費する財からのみ得られる
とは限らない」というものです.はっきり言ってぺりたんの「その他の」「複雑なも
の」が何を指すの全然かわかりません……今までに出てきたような他者の効用etc.な
ら充分それを取り込んだモデル化が可能でしょう.

もう一つは,企業の利潤最大化は経済学的にも(買収可能性より),法的にも(商法
)妥当する.ならば企業理論を中心に経済学がくみ上げられればそれでいいじゃん,
というもの.効用関数はあんまり難しくないものを置いて厚生評価の「ひとつの」尺
度としてもちいるよというもの.効用を難しくしたら画期的に違う結論が出るという
話はあまり聞かないから.

政策提言に関しては「完全競争に近づけろ」なんて主張はよほどのオールドタイプだ.
現状より「パレート改善」ならそれでよい(ついでに完全競争均衡の配分にとばすの
はパレート改善とは限らない<ちと難しい問題だから宿題代わりに考えてみてくださ
い).で!なんでパレート改善ならよいというかというと♪氏の>>425です.
436 :ペリクルス:2002/12/26(Thu) 17:12
>だから価格だのなんだのは全然無関係.完全競争均衡とパレート最適は別物!

オーマイ、ガーーーーーッシュ!すり師匠を切れさせてしもうた。俺は別に完全競争市場
とパレート最適概念を結びつけて考えているわけではないよ。でも、これまで銅鑼氏がい
っていたこととなんか岩田氏の言っていることはちょい違うように思う。

銅鑼氏はパレート最適を考えているときには特に個人がどのような性質であるか問われな
いというよーに説明していた。

しかし、岩田氏はエッジワースのボックスダイヤグラムの説明の箇所で「AもBも完全競争
市場における消費者のようにプライステーカーとして行動するとしよう。」と書き、その
後、213ページでは「AとBは、両方の効用を高める余地、もしくは、いずれか一方の効用
水準を維持しつつ、他方の効用を高める余地が存在する限り、交換の契約を結ぼうとする
と考えられている。」とあるように、自己の効用を最大化させようとする存在であるとさ
れている。よって、

>>パレート最適を考える場合には、個人は価格と自分の目的関数に従って効用を
>>最大化させる存在として規定はされているわな。

ではないかと思ったわけだ。

「効用は自分の消費する財からのみ得られるとは限らない」というのはボックス・ダイヤ
グラムの学習しかしていない現段階では理解できないことかもしれないが、将来理解でき
るようになるであろうという期待の元に保留にしておこうと思う。

しかし、ボックス・ダイヤグラムのAとBが、両者の効用を互いに減じることなく最大化し
ようと契約を結ぶというふうに想定されていること自体が、パレート最適概念における個
人がただ自分勝手気ままな存在ではなく、他者の効用をも視野に入れながら個人が行動し
ている存在であると想定されている一つの証左であると受け取れるであろうと思う。

「完全競争均衡の配分にとばすのはパレート改善とは限らない」つーのはよく日本語の意
味がわからんとです。
437 :すりらんか:2002/12/26(Thu) 17:24
問題が整理されてきましたね.つまりは完全競争市場において利己的な動機に
基づく交換活動の結果達成される配分が「パレート最適」になってる!という
のが(何せ両者は別物なんだから)すごい!というのが厚生経済学の第一基本
定理というわけです.

>ボックス・ダイヤグラムの学習しかしていない現段階では理解できないことか
>もしれないが
これはよい読みで,ボックスダイヤグラムだと無差別曲線は2次元平面に書か
れる……つまりX,Y財からの効用しか考えようがないんです.

>「完全競争均衡の配分にとばすのはパレート改善とは限らない」つーのはよく
>日本語の意味がわからんとです。
つまりパレート最適な配分Aと,そうじゃない配分Bがあったとして……Aか
らBに移るのは必ずパレートの意味で悪化なのに対し,BからAに移るのはパ
レート改善とは限らないという意味.ボックスの中でA,B点を適当に選びこ
の様な例を考えてみよう!
438 :すりらんか:2002/12/26(Thu) 17:33
>ぺりたん
http://www22.big.or.jp/~15ch/oekaki/picture.cgi?sort=0
の14082の絵を見ておくれ
439 :転向者おんぷちゃん:2002/12/26(Thu) 17:55
だからいったろ。価格の作用とパレート最適性なんて関係ないって。ペリも転向者だな。w
440 :走る名無しさん:2002/12/27(Fri) 09:49
>ぺリ

読め
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/philo/1030531327/
441 :ペリクルス:2003/01/02(Thu) 17:14
>>437

今日はカキコする時間があるのでコメントしておこうと思う。
http://www22.big.or.jp/~15ch/oekaki/picture.cgi?sort=0

ここの14215を見て欲しい。
初期状態がBであるとすると、「超過需要が生じれば価格が上昇し、超過供給
が生じれば価格が下落する」という完全競争均衡にいたるプロセスが起こると、
そもそもBからAに移行するということが起こるわけがない。

Bの状態からAに移行するということは、2人が両者の利益のために交換を行えば
そもそもBからAへの配分変更はない。なぜなら、片方の人物がただで二財の両方
を相手に上げてしまうことを意味するからである。

このような移行においては、完全競争均衡にいたる「超過需要ならば価格上昇、
超過供給ならば価格下落」というプロセスが働いていないのである。

もし、完全競争均衡ならば14215の水色の部分にAがなければならないことにな
るであろう。よって、「完全競争均衡の配分にとばすのはパレート改善」とい
うことがいえなければならないであろう。

また、
「ボックス・ダイヤグラムのAとBが、両者の効用を互いに減じることなく最大化し
ようと契約を結ぶというふうに想定されていること自体が、パレート最適概念にお
ける個人がただ自分勝手気ままな存在ではなく、他者の効用をも視野に入れながら
個人が行動している存在であると想定されている一つの証左であると受け取れるで
あろうと思う。」
という認識がただしいものかどうかコメントをいただきたい。
442 :すりらんか:2003/01/03(Fri) 00:41
>他者の効用をも視野に入れながら個人が行動している存在であると想定
>されている一つの証左であると受け取れるであろうと思う。
というのはちがう.絶対の前提は
・各自は自分が望まない交換を強要されない
ということ.ここから派生して,
・相手が望まない交換を強制は出来ないし,出来ないことを知っている
という状態ではBからAへの配分が変わるような交換はA氏の効用を低
下させてしまう……ゆえにA氏はその様な交換を拒否してよいし,B氏
はそれを強要できない.だから上のような権利関係のはっきりした世界
ではそのような配分変化を伴う取引は行われない,と考えてください.
443 :ペリクルス:2003/01/03(Fri) 03:13
すり師匠、ことよろ。

>パレート最適/パレート基準は経済学用語ではないです!

これもいまいちよくわからない。パレートはイタリアの社会経済学者であるし、そもそも
経済学に関する話題以外で「パレート最適」なる概念がまず使われることはない。である
から、世間一般ではパレート最適は経済学用語として用いられている。

>政策提言に関しては「完全競争に近づけろ」なんて主張はよほどのオールドタイプだ.

ていうことは、ケインズ派にせよ新古典派にせよ、政策に関しては誰かの効用を低下させる
ことなしに、特定の人の効用を高めるということを目指しているということだね。しかし、
パレート改善を目指すということは、社会厚生を高めると言う事だから、結果的には完全競争
に近づけるということを経済学者が目指しているということになっちゃうんじゃないかね。

>>442
すり師匠が>>437であげた例だと、BからAへの移行は効用が低下してしまうほうの人が交換
を拒否してしまうからそもそも、その移行はありえないということになってしまう。それに
すり師匠が>>437であげたB→Aの移行は俺の>>441の投稿をふまえると完全競争における均衡
に飛ばしているということにはなっていないと思う。
444 :ペリクルス:2003/01/03(Fri) 17:43
すり師匠、>>443へのコメントもらえるとうれしい。

この書き込みは純粋な質問だ。誰かにぜひ教えてもらいたい。パレート最適の概念は基準が
弱い上に、なおかつ非常に汎用性の高い基準であると言われている。
ということは、アングロサクソン系の経済文化に限らず、異なる経済文化(日本経済、中国経
済、中東経済、東南アジア経済etc)における経済状態の評価にも使う事ができる普遍的な概念
であると考えてもよいということであろうか?

岩田氏のテキストでも377ページあたりから再びパレート最適概念を深く学習することになる
であろうから、予習の意味もこめて知っておきたいことである。よろしく
445 :すりらんか:2003/01/03(Fri) 18:17
ぺりたん,ことよろ~

>>443(特に最終段落)
やられた……ぺりたんが正しい.自分で力説しといて自分で混乱をきたして
いた.「ある配分からあるパレート最適な配分にとばすことがパレート改善
であるとは限らない」に訂正していただきたい.で,反対意見無き政策提言
にとり重要な点は「パレート最適」よりも「パレート改善」だという点に注
目して於いて欲しい.

エッジワースボックスの様な簡単なケースでは初期配分は外生だが,現実世
界では完全に外生なモノは少ない.初期配分もそれまでの最適化の結果であ
ると考え得る.このような状況への政策提言として再分配等を完全になくす
ことで完全競争均衡が達成されそれはパレート効率的だから正しい……とい
う考え方には私は全く同意しない.それはそれまでの制度を外生としたとき
達成される状況に比べパレート改善的であるとは言えないからだ……みたい
な趣旨のことを書こうと思って筆が滑ったと思われ。

>異なる経済文化における経済状態の評価にも使う事ができる普遍的な概念
>であると考えてもよいということであろうか?
その通り。独立した個人がパレート改善に反対する理由はないのだから……
ただし,自分がちょっと貧乏になっても他人が貧しくなるのは嬉しいという
価値観がある場合には別だろうが……こんなものを正当化する必要はない!
と僕は思う.
446 :ぺリクルス:2003/01/07(Tue) 07:51
さて、今日から思う存分インターネットを楽しむことにする。
スティグリッツのPrinciple of microeconomicsも手に入った。この本には
演習問題がついているが解答が無い。だから、ゼミナールと戦略的アプロ
ーチを終えたら、それまでの成果を応用して、15chの人たちと一緒に解答
していこうと思う。

>>445 すり師匠

ということは、中谷巌氏が「痛快!経済学」で書いた「一般均衡が成立し
ている状態を、経済学では『パレート最適』とよんでいます」という定義
は間違っていないんじゃないかな

「独立した個人がパレート改善に反対する理由はない」の「独立した個人」
とゆーのが気になる言葉だなあ。なにかヨーロッパ的な個人主義やヒューマ
ニズムの匂いがする。アジア経済などは「独立した個人」を単位にして経済
というものが成り立ってきたわけではない。一族や血統、村社会などが経済
の要として機能してきた。

「各自は自分が望まない交換を強要されない」
「相手が望まない交換を強制は出来ないし,出来ないことを知っている」
というのもヨーロッパやアメリカ合衆国の所有権思想や契約思想を前提に
して語られている。こうしたパレート最適の概念を汎用性が高いとみなし
たり、普遍的な基準としてしまうのはアジア固有の経済文化を破壊するこ
とにつながるのではないだろうか。
447 :走る名無しさん:2003/01/07(Tue) 08:37
>自分がちょっと貧乏になっても他人が貧しくなるのは嬉しいという
>価値観がある場合には別だろうが……こんなものを正当化する必要はない!
自分がちょっと貧乏になっても他人が貧しくなるのは嬉しいという思うやつはほとんど居ない、
でも、自分の生活て水準はほとんどがかわらないで(または、ほんのちょっとだけリッチになって)、他人が豊かになるのを嬉しいと思うやつもいないのが現実。
448 :走る名無しさん:2003/01/07(Tue) 08:42
>>446
ヨーロッパ的個人というのが、近代市民革命を経た後の(さらにいえば、女子参政権が得られた後の)個人主義になっている。
ヨーロッパの個人主義の伝統が、中世ヨーロッパの力を背景にした個人主義であることを考慮すれば、経済学では意思決定主体が誰かということを決めた上で話をしていると見るべきであろう。
449 :走る名無しさん:2003/01/07(Tue) 08:44
↑
だから、パレート改善だといっているのは、意思決定主体としてモデルに取り込まれている人たちにとってだということで、それ以外の人にとっては状態は悪化している可能性があるという意味ね。
450 :ぺリクルス:2003/01/07(Tue) 10:39
>>449
そんじゃあ、ヨーロッパの個人主義の伝統とは異なるアジア文化は、そもそもヨーロッ
パ文化を背景にした経済学のモデルからは取りこぼされているんだから、パレート改善
をめざす経済学はアジア経済の分析や政策評価には使えないってことになるじゃん。

といっても今はすり師匠のレス待ちにしておこう。
451 :走る名無しさん:2003/01/07(Tue) 11:29
>>450
パレート基準の話はすり師匠とやってもらうとして、
>パレート改善
>をめざす経済学はアジア経済の分析や政策評価には使えないってことになるじゃん。
アジアの社会をどうモデル化するかはわからんが、
仮に家父長的な社会としよう。
この場合、
(1)家父長だけからなるモデルを立てて考える。
(2)家父長+それ以外のモデルを立てて考える。
とすれば、ヨーロッパの個人主義の伝統をもった経済モデルって、
しょせん(1)だよーん、という話。
だから、アジアもヨーロッパも大して変わらん、といいたい。
ただ、現実問題は、モデルから落とされたところにつらい人々がいることは多い。
452 :すりらんか:2003/01/07(Tue) 12:18
>中谷巌氏が「痛快!経済学」で書いた「一般均衡が成立している状態を、
>経済学では『パレート最適』とよんでいます」という定義は間違ってい
>ないんじゃないかな
だめ.2つ間違いがある.第一は一般均衡の不完全競争モデルではパレート
最適な均衡は達成されない.「一般均衡」というのは相互関係込みの閉じた
モデルだというだけで競争状態に関する話は入ってない.第2は……こっち
の方がぺりたんには重要で必要条件と十分条件,若しくは包含関係を復習し
ましょうというはなし.完全競争均衡はパレート最適だけど,パレート最適
なら完全競争均衡ではない.「白馬=馬」という記述にはだれしも違和感を
思えるはずだ.
453 :すりらんか:2003/01/07(Tue) 12:24
>>446後半に関しては>>451さんの返答がクリアだと思う.独立した個人の範
囲が生物としての1人と一致するとするなら確かに西欧的な規範かもしれな
いが,そんなこと仮定してない.「独立した個人」がまずければ「個別意志
決定主体」と考えればよい.個別意志決定主体がどんな範囲かについては特
定しないでよく,その意志決定主体内の話は別立てで考えればよい.
454 :走る名無しさん:2003/01/07(Tue) 14:54
>>443

>>パレート最適/パレート基準は経済学用語ではないです!

>これもいまいちよくわからない。パレートはイタリアの社会経済学者であるし、そもそも
>経済学に関する話題以外で「パレート最適」なる概念がまず使われることはない。である
>から、世間一般ではパレート最適は経済学用語として用いられている。

パレート最適性は、経済学だけでなく、政治学、倫理学でも使われている(はず)。

それよりも重要なことは、
「パレート最適性」という概念が、
特定の経済モデル(完全競争かどうか、外部性があるかどうか)によらず、
さらには、市場、価格、交換とかの経済学上の概念と無関係に、
効用(というか選好)と、
社会においてどのような状態が達成可能であるか、さえ定義してしまえば、
常に定義できる概念であるということ。
455 :走る名無しさん:2003/01/08(Wed) 07:46
>>454
定義しちゃえばそれでおしまいでは、
ぺりは納得するのかな?

ぺりの反応期待age
456 :ぺリクルス:2003/01/08(Wed) 08:57
>>451
うーん、正直言うと例えを俺は理解できん。

テキスト210ページで説明されるエッジワースのボックス・ダイヤグラムで仮定されて
いる「個人AとB」が生物としての個人Aと個人Bではなく、すり師匠が言及しているよ
うな「個別意思決定主体A、個別意思決定主体B」というふうに言えるのであれば、特
にヨーロッパ的な個人主義を「パレート最適」という概念が前提としているというこ
とにはならないであろう。

なぜならば、アジア経済を評価する場合には、個別意思決定主体の範囲を一族、村社
会と設定してパレート改善を考えればいいからである。

しかし、こういった話が>>451があげてくれた例にどのように対応しているのかいま
いちしっくりこないのであるが。。。
457 :ぺリクルス:2003/01/08(Wed) 09:12
>>454

http://www.qmss.jp/qmss/text/supplements/pareto-principle.htm
によれば、パレート最適という概念は経済学、政治学、倫理学、集団意思決定理論で
使われるそうである。しかし、このページによればセンという人によってパレート最
適は批判されているそうである。この批判を「リベラル・パラドックス」というのだ
そうだ。

あとひとつきいておきたいのであるが、パレート最適という概念は、経済学のどのよ
うな学派によっても扱われる概念なのであろうか?例えば、不倶戴天の敵同士である
ケインズ派も新古典派も共にパレート最適という概念を使うのであろうか?

「効用(というか選好)と、社会においてどのような状態が達成可能であるか、さえ
定義してしまえば、常に定義できる概念である」というのも具体的にどのようなこと
を説明しているのか理解できない。すまん。ゼミナールでも377ページから再び詳しく
学習するのでそこで理解できるようなことであればいいと思うけれども。
458 :ぺリクルス:2003/01/08(Wed) 09:18
>>452
ここですり師匠が説明していることが今の俺には理解不能と思われるので、のちのち
まで保留としておこうと思う。以前にゼミナールの210ページで学習したパレート最適
では、存在しているA,Bという個人はプライステーカーであると仮定されていた。
つまり、今の俺は「完全競争均衡はパレート最適」という例しか知らないと思う。
459 :走る名無しさん:2003/01/08(Wed) 11:02
>>458
>つまり、今の俺は「完全競争均衡はパレート最適」という例しか知らないと思う。

「ミカンを無駄なく配る」というパレート最適な例を知っているはずなんだがな。

>>162: ドラエモン  2002/11/23(Sat) 23:11
>目の前にミカンが10あって、僕と弟が取り合いしている。喧嘩に紛れて何個
>か潰れてしまえばパレート最適ではないが、僕が1,弟が9だろうが、10を
>無駄なく分ければパレート最適。以上。

>>194: ドラエモン  2002/11/24(Sun) 15:07
>なんでこんなに紛糾するんだろう?パレート最適自体は市場均衡とは独立に定
>義され、その本質は単に「無駄がない」というだけの話なのに・・・
>
>シンパシーとか、持ち込めば概念は複雑になるだろうが、原論の教科書をこれ
>から読むというペリに、関係ないだろうに。

再度、同じ議論を繰り返さないとダメか?

概念とそれが適用できる条件について正確に理解することは
その概念を利用している人たちの思想とは独立に可能だし、
実際そうしておくべきである。

ある概念の利用の仕方を批判をするためには、前もって
その概念とその適用可能範囲を正確に理解しておくことが基本である。

ぺリクルスはなかなかそうできない。

だから、「パレート最適という概念は、経済学のどのような学派によっても
扱われる概念なのであろうか?」のような妙な質問をしてしまうことになる。

パレート最適性はせいぜい「無駄がない」という程度の意味でしかない。
だから、パレート最適性だけでまともな政策論議は不可能である。
皆、そう思っているところで、パレート最適性の概念を理解もせずに
無用に攻撃しようとしても笑われるだけだ。
460 :走る名無しさん:2003/01/08(Wed) 12:10
>>456
>うーん、正直言うと例えを俺は理解できん。
うん、書いた漏れもそう思う。非常にわかりにくい文章だ。
で伝えたかったことの最重要点は、すり師匠が453でまとめてくれたように
>独立した個人の範囲が生物としての1人と一致
する必要はなく、
>「独立した個人」がまずければ「個別意志決定主体」と考えればよい.
ということ。

それに加えて書きたかったことは、経済理論とは離れるが、
ヨーロッパ的個人主義というのを
「一個人」=「一生物」(or「一成人」)と見るのは、
歴史的には幻想でしかない、ということ。

さらに、パレート最適性などというのは、
所詮その程度のものだということだし、
逆に、社会をモデル化する作業において、社会の構成員として評価されていない者をまったく無視していることを裏側から明らかになっていること
を言っておきたかったのよ。
461 :ぺリクルス:2003/01/09(Thu) 10:27
>>459
後になって岩田氏のテキストを読んでいけばわかるというのであればいいの
だが、今は銅鑼氏の

「目の前にミカンが10あって、僕と弟が取り合いしている。喧嘩に紛れて
何個か潰れてしまえばパレート最適ではないが、僕が1,弟が9だろうが、
10を無駄なく分ければパレート最適。以上。」

とゆー例えがどうしてパレート最適であるのか理解できるレベルに俺はいな
いのである。なぜなら、俺は個人の無差別曲線が接している状態がパレート
最適であると理解しているからである。

銅鑼氏の例で、ケンカしている兄弟が1個と9個にミカンを分けたときに、果
たしてそれがパレート最適なのかどうかは、その兄弟の効用関数がどのよう
なものかに依存するので、パレート最適であると断言できないのではないだ
ろうか、と俺は思っているのである。

兄弟がミカンを1個と9個に分けたときに、まだパレート改善の余地がある場
合だってあるわけだろう。

銅鑼氏のいうようにどんな初期状態も無駄がないのであればパレート最適だ
つーことが言えるんであれば確かにパレート最適という概念は「無駄が無い」
と言っているだけになるんだろうが。
462 :走る名無しさん:2003/01/09(Thu) 11:05
ミクロ経済学ってパレート最適ではないね。
463 :走る名無しさん:2003/01/09(Thu) 11:09
>>461
兄と弟はそれぞれ自分のことしか考えてない香具師だよ
464 :走る名無しさん:2003/01/09(Thu) 11:10
>銅鑼氏の例で、ケンカしている兄弟が1個と9個にミカンを分けたときに、果
>たしてそれがパレート最適なのかどうかは、その兄弟の効用関数がどのよう
>なものかに依存するので、パレート最適であると断言できないのではないだ
>ろうか、と俺は思っているのである。

確かに。
465 :走る名無しさん:2003/01/09(Thu) 11:23
>>464
>確かに。
納得するなよ。
1財モデルなのに、2財モデルのグラフばかり考えているところに問題があるんだよ。
466 :走る名無しさん:2003/01/09(Thu) 11:29
>>465
>納得するなよ。
>1財モデルなのに、2財モデルのグラフばかり考えているところに問題があるんだよ。

確かに。一財のモデルのグラフを書いてくれ。
467 :走る名無しさん:2003/01/09(Thu) 11:44
>>466
数直線(線分)を描く。
左端が兄の原点、右端が弟の原点。
みかんの数10を線分の長さとする。
兄はなるべく多い方(右側の方)が効用が高い。
弟はなるべく多い方(左側の方)が効用が高い。
468 :走る名無しさん:2003/01/09(Thu) 11:48
>>467
そうやって効用関数を決めたわけでしょ。
だから、ぺリクルス説のとおりで、やっぱり効用関数がどんなものかに
依存しているんだと思うんだけど。
469 :走る名無しさん:2003/01/09(Thu) 12:13
>>468
不飽和の仮定くらい入れてなかったの?
470 :素朴に?:2003/01/09(Thu) 12:15
兄が1個弟が9個を喧嘩せずに分けたとして

1.弟が食べ過ぎでお腹を壊したら、バレート最適と言えるんですか?
2.弟が食べきれずに腐らせたら、パレート最適と言えるんですか?
471 :すりらんか:2003/01/09(Thu) 12:16
「ただし効用は飽和(みかん5コ以上なんて食えないからいらないとか)しない」

という仮定だけは必要.>>467さんのはそれを図解したものです.
472 :ドラエモン:2003/01/09(Thu) 12:16
>>462-468

効用関数が初期賦存量の空間の中に飽和点を持っているなら話は違うわな。分相応で満足
が飽和する「封建的身分制度効用関数」wを仮定すれば、「兄は5個が分相応、弟は3個
が分相応」という場合もありうる。その場合は、二人は惜しげもなく2個のみかんを捨て
てしまうだろう。

その意味では、事実上無限の欲望を自明の前提とすることで、近代(ぺり流にいえば、
アングロサクソン流の)価値観を無批判に受容しているという言い方は可能だ。この
部分で、一見コンクリートなミクロ経済学は近代資本主義社会の特徴を組み入れている
ということも可能だ。というより、こういう形でしか組み入れていないのが問題だとも
いえる。

だが、我々の分析すべき社会的事実は、こうした前提と整合的なのも真実であり、前提に
無自覚であることは問題ではあっても、それが実証分析の結果を誤らせるわけではない。
まあ、パレート最適は規範概念だから、問題は残るわな・・・
473 :すりらんか:2003/01/09(Thu) 12:17
行き違いレスだった.>>470さんのが効用が上限・飽和ありのケース.
474 :素朴に?:2003/01/09(Thu) 14:19
そういや、2ちゃんで「人間はでぶになるしかないのか」スレが在ったのを思い出した。

>>472
>「封建的身分制度効用関数」wを仮定すれば、「兄は5個が分相応、弟は3個
は現在でも十分存在しうる仮定であり、兄が7個、妹は1個。残り2個は第三者に寄付される。
というのは実に良くあるケースでは無かろうか? by相続の時

>こういう形でしか組み入れていないのが問題
と言うより、一つの学問ですべてが理解されるわけではなく、あらゆる学問に限界があること。
また、その限界についての認識と理解が存在することが重要なのでは?
475 :ドラエモン:2003/01/09(Thu) 15:25
>>474

第三者の効用を持ち出すと、堂々巡りになるのでは?封建的効用関数の場合には、寄付に
よる満足(寄付した人も、された人も)は関係なく、単に捨ててしまうと考えてよい。

ディープパラメータである効用関数(の形状)と生産関数(の形状)においてのみ、経済
学を「外に開く」ことを批判する人がいるし、ある意味でそれはもっともだということに
すぎない>僕のカキコ

マルクスの経済学批判のうちで「閉じた系」としての経済学批判は、キンケイサイドから
見れば完全に克服されており、特殊理論として学説史の片隅に残るだけだろう。しかし、
唯物史観と呼ばれる経済と社会の相互関係のモデルは、依然として一定の有効性を維持し
ていると思う。その際に、サブシステムとしての経済システムを社会に開く接合点が、
効用関数と生産関数しかないのは不味い。といっても、実際には、調整費用や情報経済学
の成果は、他にも「外に開く」経路があり得ることを示していると思うけど、どう?
内部組織と企業行動なんかの関係はそうじゃないの?
476 :素朴に?:2003/01/09(Thu) 16:38
>>475
>第三者の効用を持ち出すと、堂々巡りになるのでは?
御意。仰せの通りです。

>唯物史観と呼ばれる経済と社会の相互関係のモデルは、依然として一定の有効性
えっ?唯物史観のどのあたりが?その点に関しては、やや、ザモデルちゃんに共感。
それとも、当方の「唯物史観」のとらえ方の範囲が狭いのか?
>経済と社会の相互関係のモデル   ならば、賛意するが基本的に史的唯物論は
「物質的な生産の諸条件が全社会経済構成を規定すると同時に、宗教・哲学・芸術などの精神構造をも究極的に決定するとされる。」事では?
むしろ最近は、地政学的条件に基づく経済史に大いに共感をしております。

ふるまい(behavior)の文化、無文字文化の歴史を我々は殆ど知らない、また同時に知り難い。
無文字文化の、人間の内的ひろがり(効用関数?)を我々はどの様に知ることが出来るのだろう。
我々の認識は穀物データなど、唯物的な史料に頼らざるを得ない結果の裏返しにすぎないかもしれません。
477 :走る名無しさん:2003/01/09(Thu) 17:42
> 宗教・哲学・芸術などの精神構造をも究極的に決定するとされる

すくなくとも科学・技術の進展具合は長期的には経済で決定されているし、
その逆も真。宗教・哲学・芸術は科学・技術による知見の進歩により
変化する?少なくとも、経済力が一定の間は長期的には人間活動のすべてが
安定点に到達するような気がする。たとえ安定点がワインボトルの底のように
無限にあるとしても。
478 :素朴に?:2003/01/09(Thu) 18:34
物質的な生産の諸条件を決定するのは、何?

中東のオイルが潤沢にある地域で、豊かさを追い求める近代的合理主義ではなく
「イスラム」を尊重しているのは、何故なんでしょう?
経済システムが精神文化構造を決定しているのだろうか?
私には、精神文化構造が経済システムを決定しているように見えるのですが。
間違っているでしょうか?

>経済力が一定の間は長期的には人間活動のすべてが安定点に到達するような気がする
となると、成長が無ければ瓦解してしまう「資本主義社会」は、決して安定点がないと言うこと?
まさに、内的充足度が安定されない「因業」「悪縁」の世界でしょうか?
479 :走る名無しさん:2003/01/09(Thu) 21:04
日本はGDPが4兆7千億ドル、人口1億2000万人
サウジアラビアはGDPが1850億ドル、人口2200万人
あまり中東は豊かではないのではないかな?
480 :素朴に?:2003/01/09(Thu) 21:30
>>479
>中東は豊かではない
そうですよ。あれだけのオイルがあれば、豊かさを享受出来る経済システムを生み出すことは
そう難しくないでしょう?
でも、イスラム文化がそれを阻んでいる。そう言うことをいいたいのです。
彼らは、精神的豊かさのために「物質的豊かさを追い求めない」のです。

経済体制が宗教・文化を選んでるんですか?
違うでしょう。宗教と文化が経済体制を選んでいるんです。
481 :好意の第三者:2003/01/09(Thu) 22:25
同意
彼らにとって無宗教など考えられない
中東
http://www.worldbank.or.jp/04data/11data/data_top.html
http://www.worldbank.org/data/databytopic/GDP.pdf
482 :ドラエモン:2003/01/09(Thu) 22:41
>>476

>史的唯物論は
>「物質的な生産の諸条件が全社会経済構成を規定すると同時に、宗教・哲学・芸術などの精神
>構造をも究極的に決定するとされる。」事では?

違います。マルクスの言う「物質」とは、個人の意志から独立した存在一般といって良いもので
社会学者の言う「社会的事実」のことと解釈するのが妥当だと思う。まあ、マルクス解釈始める
と大騒ぎになるので、止めましょう(笑)ここは(ブルジョア)経済学掲示板w
483 :ろしあんぶる:2003/01/10(Fri) 01:16
>>480

えーと、前後の文脈参照してないので外してるかもしれませんが、中東に関して。

かの地で原理主義が席巻しているのは、人口の爆発的な増加により、国が貧しくなったからで
す(サウジの1980年の人口は960万人、現在の半分以下です)。
70年代までは、おっしゃる通りかなり豊かな国が多かったのはご存知の通り。
この辺の経緯は、そのものずばり「中東」と言う本が最近出たので参考になると思います。

「宗教と文化が経済体制を選んでいる」と言うのは、的を外していると思うし(モハメットは元
商人だし、ペルシャは貿易で栄えたんですよー)、何よりそれを言ってしまってはお仕舞い
です。

ちなみに、人口の急激な増加による若年層の割合の上昇が社会の不安定要因になることは、もっ
と知られても良いと思いますね。
米国(や日本)の学生運動、中国の文革、イスラム圏の原理主義化なんて、みんなこの影響が大
きい。
484 :走る名無しさん:2003/01/10(Fri) 08:43
> 人口の急激な増加による若年層の割合の上昇が社会の不安定要因になる

中東は今後20年はこれが続くので、(反米)テロが増えることはあっても
減ることはない。中東の支配者階級も矛先をアメリカにそらすために
反米運動を利用しているのだろう。

> 宗教と文化が経済体制を選んでいる

文革やクメール・ルージュの原因とその帰結を見ても、宗教や文化が経済体制を選ぶ
というのはあり得ない。
485 :ぺリクルス:2003/01/10(Fri) 08:52
また同じことのぶり返しをしていれば申し訳ないが、俺の今の考えを書いて
おく。

やっぱり、「パレート最適」という概念は「無駄がない」ということを言っ
ているのではないと思う。その社会にいると想定されている人たちの効用関
数に依存してパレート最適であるかパレート最適でないかが決まるであろう。

みかん10個を兄弟で分け合うとしよう。もし兄弟が二人で平等に分け合うこ
とに幸福を感じるのであれば、みかん1個と9個に分け合ってもパレート最適
にはならない。しかし、兄弟がケンカをしてミカンを2個つぶしてしまっても
4個と4個に分け合えばパレート最適になりうる。よって、パレート最適は無
駄があっても達成されうるのである。

もし、みかん10個を1個と9個に分け合ってもパレート最適ではなく、その状態
からみかんを5個と5個に分け合えばパレート改善もしくはパレート最適になる
ような兄弟が存在しうるとする。そのような状況が想定しうるのであれば、
「完全競争であればパレート最適。しかし、パレート最適が完全競争の結果で
あるとは限らない」というすり師匠の発言も理解できる。

また、異なる文化圏には異なる効用関数を設定し、パレート改善もしくはパレ
ート最適をどのように達成できるかを経済学が考察できるというのであれば、
パレート最適はアングロサクソン経済圏に限らずイスラム経済圏をも含めたあ
らゆる経済文化圏にも使いうる概念になるであろう。

しかし>>460のいうように、どのような効用関数を設定して経済学がパレート
改善やパレート最適を目指したとしても、人間の多様性のゆえに必ず「社会を
モデル化する作業において、社会の構成員として評価されていない者をまった
く無視している」という問題が生じてしまうであろう。
486 :素朴に?:2003/01/10(Fri) 09:46
こんなに、リプライ在るとは・・
>>483
>人口の爆発的な増加により、国が貧しくなったからです
(サウジの1980年の人口は960万人、現在の半分以下です)。

何故人口が急に増えたのでしょう?
一定の豊かだった国で起きる人口爆発の理由は?

>「宗教と文化が経済体制を選んでいる」と言うのは、的を外していると思うし(モハメットは
>元商人だし、ペルシャは貿易で栄えたんですよー)

商業資本主義と産業資本主義とでは、根本的に商行為に対するとらえ方が異なるのでは?
商業はアービトラージ、産業は合理化・効率化が利益の源泉。
ウェーバーの「合理化」の過程をどの様にとらえられているのだろうか?

>何よりそれを言ってしまってはお仕舞いです。
どうしてですか?
487 :素朴に?:2003/01/10(Fri) 09:53
>兄弟がケンカをしてミカンを2個つぶしてしまっても4個と4個に分け合えばパレート最適になりうる。

五個ないとお腹が一杯にならないとき、もしくは栄養不良状態に陥る場合、4個ずつ分けること
で争いは起きないかもしれないが、腹ぺこの兄弟が二人存在することになる。
それは、最適ではないと思うのですが?
488 :2ちゃんの相場師:2003/01/10(Fri) 10:24
>>485
>「パレート最適」という概念は「無駄がない」ということを言っ
  ているのではないと思う。
だれだ,そんな定義してるのは?おれがボコボコにしてやる。
(返り討ちにあったりして・・・・)

それに,パレート最適に効用関数は必要なのか?
489 :ぺリクルス:2003/01/10(Fri) 10:45
>>488
>>459によると
「パレート最適性はせいぜい「無駄がない」という程度の意味でしかない。」
だそーだよ。銅鑼氏もこの考え方を支持している。

パレート最適には効用関数は必要じゃないの?だって、無差別曲線(三次元と
かで考えると無差別平面になんのかな?)が接してこれ以上のパレート改善が
望めないような状態がパレート最適なわけだから。
490 :走る名無しさん:2003/01/10(Fri) 11:31
>>485-489

(A)パレート最適性はせいぜい「無駄がない」という程度の意味しかない。
(B)「パレート最適」の定義は「無駄がない」ということである。

どちらも相当に大雑把な言い方だ、
(A)は正しいと考えても構わないが、
(B)は不正確過ぎて意味をなさない。
ただし、(A)のようなことを言って構わないのは、
「パレート最適」の正確な定義を知っている人だけである。

ぺリよ、「パレート最適」の正確な定義は何だと思っているかを
書いてくれないか?

「効用関数」の概念は用いても良いが、
「無差別曲線」という用語の使用は禁止ということにしよう。
効用関数の値の大小だけを用いて、
「パレート最適」の説明をしてみてくれないか?
それができなければ永久に「パレート最適」の概念を理解したことにならない。

実は厳密に言えば、パレート最適性を定義するためには効用関数は必要ない。
モデルの中の各人の選好の順序関係が与えられていれば、
そのモデルの世界におけるパレート最適性を定義することができる。
モデルの中の各人の効用関数が与えられていれば、
その各人は効用関数の値が大きい方を好むという風に考えることができる。
しかし、効用関数の値自身はパレート最適性を定義するときには必要ない。
値の大小関係の情報だけが与えられていれば十分である。

現実はおそろしく複雑なので、
モデル化する場合には効用もしくは選好について大胆な単純化は避けられない。
現実に実施される政策には必ず不平不満を申し立てる人がいるから、
パレート改善にはなっていない。

しかし、ミカンを潰して無駄にしてしまうくらいならば、
誰かが食ってしまった方が良いという意見には十分に説得力のある。
やはり資源を無駄にするのはいかん。
すぐに食えなければ明日食べれば良いのだ。
491 :走る名無しさん:2003/01/10(Fri) 11:32
>>490のタイポ:「十分に説得力のある」→「十分に説得力がある」
492 :狂愚鰻:2003/01/10(Fri) 11:34
効用関数などは必要あるまい。選択行動の結果から効用関数は再構成できるからな。
パレート最適自体はただの厚生基準にしかすぎないので別段
効用関数が必要というわけではない。
493 :走る名無しさん:2003/01/10(Fri) 12:20
>>490

もうぺリはパレート最適を理解している可能性があるので、
実際に兄弟の効用関数(もしくは選好の順序)を与えて、
>>485の議論を正当化することができることを説明できれば良いのでは?
面倒なのでミカンの個数は2個ということにして。

たとえば、兄と弟の効用関数を手に入れたミカンの個数で定義すれば、
(兄,弟)=(2,0),(1,1),(0,2)
がパレート最適な分配の仕方の全体になる。

しかし、兄も弟もミカンの個数が平等であることを何よりも優先し、
平等ならば手に入れたミカンの個数が多い方を好むということにすれば、
(兄,弟)=(1,1)のみがパレート最適になり、
不平等な状態からどちらもミカンを一個も取らないという状態への移行は
常にパレート改善になる。(もちろん一個ずつ配った状態に移行するのが最善)

パレート最適性の概念は十分に意味のある考え方でしょう。
だから、パレート最適性の概念を無用に攻撃しても意味がない。

もちろん、よろしくなさそうな政策を
「この政策をやればパレート改善するんだよ」
などと説明している方がいたら批判した方が良い。

しかし、いきなり「パレート改善と言っているから駄目だ」などと言わずに、
その政策をすすめる人がどのような効用関数もしくは選好順序を仮定しているか
を暴露する方向に議論を進める方が良い場合は結構多いと思われる。
494 :走る名無しさん:2003/01/10(Fri) 12:37
>モデルの中の各人の選好の順序関係が与えられていれば、
>そのモデルの世界におけるパレート最適性を定義することができる。
>モデルの中の各人の効用関数が与えられていれば、
>その各人は効用関数の値が大きい方を好むという風に考えることができる。

選好に順序関係があって、効用関数が与えられないというケースがあるんですね。
実数なら順序があれば関数があるように思っていますた・・・。よくわかってない。
495 :ろしあんぶる:2003/01/10(Fri) 14:16
ぺりさん、割り込んですんません。

>>486

> 何故人口が急に増えたのでしょう?
> 一定の豊かだった国で起きる人口爆発の理由は?

これは正直、わかりません。
国ごとにいろんな事情があり、一概には言えないんじゃないでしょうか。

# イスラム圏ではありませんが、イスラエルでは東欧諸国からの移民の急増により貧困層
# が拡大している、と聞いたことがあります(そして同様に原理主義化が進んでいる)。
# が、やはり素人が語るには難しすぎるテーマであると思います。

言いたかったのは、中東の貧しさは人口の急激な膨張に伴う貧困層の拡大によるものであ
り、その貧しさと若年層比率の上昇が原理主義化を促している(つまり「イスラムを尊重
している」かどうかとは無関係)、と言うことです。

> 商業資本主義と産業資本主義とでは、根本的に商行為に対するとらえ方が異なるので
> は?

これはどうなんでしょう。
確かに、イラクやサウジは一次産品に頼るあまり産業を育成するのを怠った、と言えるだ
ろうとは思います。
が、それは一時期のオランダや現在のアルゼンチンにも同様にあてはまりますよね。
やはりイスラムうんぬんとは関係ないと思います。

「それを言ってしまってはお仕舞い」と言うのは、「宗教と文化が経済体制を選んでい
る」、てことになっちゃうと、「経済状態を良くしたければ宗教か文化をなんとかしなさ
い」(たぶん「捨てなさい」)と言う結論しか出てこないからです。
そっから先はまさに宗教論争wになってしまい、まともな議論になるとは思えません。

要は「宗教と文化が経済体制を選んでいる」なんてことはない、と言いたいんですが、い
かがでしょうか。
496 :素朴に?:2003/01/10(Fri) 15:42
べり氏、お邪魔虫でスンマソ。
ろしあんぶる氏
>「経済状態を良くしたければ宗教か文化をなんとかしなさい」(たぶん「捨てなさい」)
>と言う結論しか出てこないからです。
もしくは、在る程度の世俗化は避けられないでしょう。トルコなどは政教分離を徹底していますね。

>そっから先はまさに宗教論争wになってしまい、まともな議論になるとは思えません。
「文明の衝突」は、正しくそこを言いたかったのだと思うのですが?
「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」は間違っているのでしょうか?
497 :ろしあんぶる:2003/01/10(Fri) 17:58
> 素朴に?さん@>>496

> もしくは、在る程度の世俗化は避けられないでしょう。トルコなどは政教分離を徹底し
> ていますね。

おっしゃりたいことはわかります。
おそらくですが、どんな宗教であっても、教えに厳密であろうとすると世俗的な生活はで
きないでしょうね。

> 「文明の衝突」は、正しくそこを言いたかったのだと思うのですが?

「文明の衝突」は昔読んだことあるんですが、記憶に残ってません(すみません)。
もしよろしければ、どのような関係する記述があったのか、教えていただけるとありがた
いです。

個人的には、今お話している内容は、原理主義対世俗主義とでも言うものであって、文明
間の衝突のような大げさな話ではないと思ってます。

> 「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」は間違っているのでしょうか?

これですが、具体的に何を指しているのかわかりません(にぶくてすんません)。
厳密なキリスト教の教えの「世俗化」のことでしょうか?

もしそうであるならば、宗教的には間違っているかもしれないが、個々人の幸せにとって
は意義がある、と個人的には思います。
もっとも、何が正しくて間違っているかなんて個人によるので一概に言えませんけどね。
宗教的な内容であればなおさらです。
498 :ぺリクルス:2003/01/11(Sat) 03:11
>>490

>ぺリよ、「パレート最適」の正確な定義は何だと思っているかを
>書いてくれないか?

俺のパレート最適の定義は、ゼミナールの213ページにあるように「(社会に存在している
全ての意思決定主体である)AとBの無差別曲線が接している点では、AかBのいずれか
一方の効用を高めるように(その社会に存在している全ての財である)XとYを配分し直そ
うとすると、他方の効用は低下してしまう。このような特徴をもつ配分をパレート最適配
分という。」(一部改変)

つまり、社会構成員の無差別曲線(もしくは無差別曲面)が接している状態のことを俺はパ
レート最適になると解釈している。
499 :ぺリクルス:2003/01/11(Sat) 03:40
>>490

あ、「無差別曲線」は使用禁止だったのね。じゃあ、俺はパレート最適を理解していな
いな。

>「効用関数」の概念は用いても良いが、
>「無差別曲線」という用語の使用は禁止ということにしよう。
>効用関数の値の大小だけを用いて、
>「パレート最適」の説明をしてみてくれないか?

この世にはアダムとエヴァしかいないとする。エデンの園にはリンゴとミカンしかないと
する。

意思決定主体アダム、エヴァの効用関数を設定する。そして、アダムとエヴァがある効用
の値をもっている状態における、その効用関数の接線(もしくは接点、接する面)を求め
る。

アダムの効用関数の接線(もしくは接点、接する面)とエヴァの効用関数の接線(もしくは
接点、接する面)が一致すればパレート最適。

アダムとエヴァの効用の大きさをいろいろ変更していきながら、二人の効用関数の接線(
もしくは接点、接する面)が一致するときのリンゴとミカンの財の配分の点を結んでい
くと、それは契約曲線となる。

俺は数学の偏差値は30~40台前半だったので、数学のできる人が見れば変なことを書いて
いるかもしれないが、一応「無差別曲線」を使わずに俺がパレート最適を定義すれば上記
のようになる。
500 :走る名無しさん:2003/01/11(Sat) 03:41
>>498

490だが、わざわざ該当箇所を引用してくれて、どうもありがとう。

「パレート最適な状態」の定義は「社会構成員の無差別曲線(もしくは無差別
曲面)が接している状態」ではない。無差別曲線云々の部分を削って、

「AかBのいずれか一方の効用を高めるように(その社会に存在している全
ての財である)XとYを配分し直そうとすると、他方の効用は低下してしまう。
このような特徴をもつ配分をパレート最適配分という。」

と引用し直せばパレート最適の定義の説明になる。

誰の効用も低下させずに誰かの効用を高めることが不可能な状態を
「パレート最適」もしくは「パレート効率的」と呼ぶのだ。
もちろん、モデルの中の各主体の効用の正確な定義が与えられないと、
どの状態がパレート最適なのかを判定することはできない。
各主体の効用函数(もしくは選好)を(もっともらしく)定めるごとに、
パレート最適な状態の集合が定まることになる。

例1.兄弟が平等を何よりも優先していることがわかっているのに、
ミカンを不平等に配ることは資源の大変な無駄遣いをしていることになる。
なぜならばミカンをくばったのに兄弟の効用を共に下げてしまっているからだ。
もちろん、平等である限り、よりたくさんのミカンを手に入れた方が嬉しいと
その兄弟が思っているならば、平等に最大限のミカンを配ることが、
唯一のパレート最適配分になる。

例2.兄弟ともに利己的によりたくさんのミカンを手に入れた状態を好んで
いるとすれば、すべてのミカンが無駄なく配られた状態は全てパレート最低
配分になる。たとえば兄がすべてのミカンを独占した状態もパレート最適になる。

繰り返しになるが、「無差別曲線が接しているか否か」は
パレート最適であるかどうかの判定法の一つであり、定義ではない。
実際、上で挙げた例ではその判定法は使っていない。
判定法と定義を混同するときっとかなり苦労することになる。
501 :走る名無しさん:2003/01/11(Sat) 03:57
>>500に説明を追加。

例1

まず、「ミカンをくばったのに兄弟の効用を共に下げてしまっている」には
「ミカンを何もくばらな場合よりも」という説明を追加しなければいけない。
平等を何も優先する兄弟はともに、
あらゆる平等な配分はあらゆる不平等な配分よりも効用が高いと思っている。
不平等な配分から平等な配分への移行は兄弟の効用を共に高めることになる。
だから、不平等な配分はすべてパレート最適にならない。
さらに、兄弟がともに、配分が平等である限り、
たくさんのミカンをもらった方が嬉しいと思っているとする。
平等な配分であっても、ミカンが二個以上余っていれば、
さらに兄弟に一個づつ配れば、兄弟の効用を共に高めることができる。
だから、ミカンが二個以上余っている状態はパレート最適にならない。

例2

正確には兄弟の効用函数は単純に自分が手に入れたミカンの個数であると考える。
そのとき、どのようにミカンが配分されていようと、
ミカンが余っていればそれを兄弟のどちらかに配れば、
兄弟の効用のどちらも下げずに、どちらかの効用を高めることができる。
だから、ミカンが余っている状態はパレート最適ではない。
しかし、ミカンがすべて兄弟のどちらかに配分されてしまった状態では、
兄弟のどちらかのミカンの個数を増やすためには、
別の一方からミカンを取り上げなければいけない。
だから、誰の効用も低下させずに誰かの効用を高めることが不可能である。
すなわち、すべてのミカンを配った状態はすべてパレート最適である。
502 :ぺリクルス:2003/01/11(Sat) 04:00
>>490

>実は厳密に言えば、パレート最適性を定義するためには効用関数は必要ない。
>モデルの中の各人の選好の順序関係が与えられていれば、
>そのモデルの世界におけるパレート最適性を定義することができる。

ということだけれども、選考の順序が等しい財の組み合わせ(財だけから効用
えるのではないとすればもっと他の要素も考慮されるであろうが)を結んでい
った点が無差別曲線なんだから、無差別曲線(財だけから効用を得るのではな
いとすれば無差別曲面とかもっと次元の高いものになるかもしれないが)を使
ってパレート最適を定義しても問題ないのではないだろうか。
503 :走る名無しさん:2003/01/11(Sat) 04:04
>>499

「パレート最適」のような単純な概念をなんたら曲線だとかなんだとかの
数学用語を経由しなければ理解できないと思っているから苦しくなる。
504 :ぺリクルス:2003/01/11(Sat) 04:04
>>502につけくわえるが、ある人の無差別曲線群を数式化したものが効用関数なのだか
ら、パレート最適の定義に「無差別曲線(面)」「効用関数」を使っても別段問題はな
いようにも思える。
505 :ぺリクルス:2003/01/11(Sat) 04:21
>>501
「ミカンが二個以上余っている」というのを「ミカンが二個兄弟げんかで潰れてしま
ってる」と言い換えられるのであれば、銅鑼氏がミカン十個が与えられてケンカで潰
れることなく財の配分がさされれば、どのようなミカンの配分でもパレート最適にな
りうると言ったことは理解できる。

なぜなら、ミカンが潰れてしまえば、たとえ他の資源の配分でパレート最適が達成で
きたとしても(たとえば、平等を重んじる兄弟がケンカで10個のミカンのうち2個を
潰してしまい、そのあと4個と4個に分け合うという例)、与えられた資源の中でもっ
とも両者の効用を最大にするもっとも好ましいパレート最適配分は達成できなくなる
からである。銅鑼氏が今、俺の言っているようなことをこれまで述べてきていたの
であれば、俺はすっきりパレート最適を理解できる(かもしれない)。

また、平等を重んじる兄弟の例がパレート最適の説明に使えるのなら、すり大将軍が
「完全競争の結果はパレート最適。でも、パレート最適が達成されたからといって、
それが完全競争の結果であるとは限らない」といったことの意味も理解できる。
506 :ぺリクルス:2003/01/11(Sat) 04:50
>>490が

>現実はおそろしく複雑なので、モデル化する場合には効用もしくは選好について大胆な
>単純化は避けられない。
>現実に実施される政策には必ず不平不満を申し立てる人がいるから、
>パレート改善にはなっていない。

といったようなことを、俺は>>485で、

『異なる文化圏には異なる効用関数を設定し、パレート改善もしくはパレ
ート最適をどのように達成できるかを経済学が考察できるというのであれば、
パレート最適はアングロサクソン経済圏に限らずイスラム経済圏をも含めたあ
らゆる経済文化圏にも使いうる概念になるであろう。

しかし>>460のいうように、どのような効用関数を設定して経済学がパレート
改善やパレート最適を目指したとしても、人間の多様性のゆえに必ず「社会を
モデル化する作業において、社会の構成員として評価されていない者をまった
く無視している」という問題が生じてしまうであろう。』

と言ったつもりだったが、俺の発言は間違っていないか?

後、俺がもうひとつ混乱していることがある。すり尊師は、経済学が実際の経済政策で
目標とすることは、「パレート改善を目指すことである」と言った。しかし、
>>398は、

『「パレート最適(パレート効率的)」という基準はあまりにも弱過ぎるので
それによって「改善のしようがない状態」と判定されることはない。
実際にそのような判定をする香具師がいれば馬鹿扱いして構わない。』

『現実には、ほとんどの経済政策は誰かに犠牲を強いるので、
決してパレート改善にはならない。
(何もしないという決定も政策の一種であることに注意。)

しかし、もしもパレート改善できる機会(すなわち誰にも犠牲を強いずに誰かの
効用を増やすことができる機会)があればそうした方が良いという意見には
反発する必要はないだろう。』

と述べている。すり師匠の考えと398氏の考えは相反していないのか?
507 :ぺリクルス:2003/01/11(Sat) 05:27
銅鑼氏が以前>>397で

>競売人を取り除いて、企業や消費者が、少しでも高く売れる相手や、
>安く売ってくれる相手を探してウロウロするような状況を考えると、
>同じ商品に関しても単一の市場とか単一の価格(一物一価の法則)と
>かは消え去り、断片化された取引の集積としてゆるい意味で「市場」
>のようなものが存在するに過ぎない世界が出現します。そこで企業も
>消費者も「探索」=サーチを行いながら、そのコストとの見合いで少
>しでも有利な取引機会を見つけるために活動し始めます。こうして、
>市場機構は価格情報のみによって制御されるという意味での「狭義の
>新古典派経済学の世界」は崩壊し、ゲームの理論が幅を利かせる世界に
>突入するわけだが、そこからは若者に説明してもらいましょう。

といったことがずっと印象に残っている。この市場観はとても現実的である。

ただ俺はこういったすばらしい市場観があるにもかかわらず、依然として完全競争市場
が、望ましい市場を目指す際のベンチマークにされていることに合点がいかない。
どうして経済学者は銅鑼氏が述べているような市場において社会的厚生を大きくするこ
とを目指すのではなく、完全競争市場のような非現実的市場をベンチマークにして、パ
レート改善(もちろん、このとき前提にされている人々はヨーロッパ的利己的人間なんだ
ろうが)を目指すのであろうか?
508 :ぺリクルス:2003/01/11(Sat) 05:40
今日は質問ばかりだが、俺の今後の学習にとってとても重要なこと(もちろん俺と同じ
ようなブルジョア経済学を学習している初学者にとっても重要)なので、ぜひここの
常連の人々に答えていただきたい。

まず、俺の着目している文章を引用する。

http://www.meijigakuin.ac.jp/~inaba/odanaka.htm

一九八〇年代後半からの、新古典派開発経済学に対する批判の時代。皮肉なことに、構造
調整政策が採用されはじめた頃から、新古典派に対する理論的な批判が現れはじめまし
た。批判は様々な学派から寄せられましたが、それらは、第一、市場を自由化するために
はちゃんとした制度と国家が存在していることが前提だ、第二、市場取引を評価する際に
は取引費用や情報の不完全性や非対称性や外部経済を考慮に入れる必要がある、という二
つの命題を共有していました。これらの学派の例としては、制度学派(発展途上国の市場
は未発達だから、フリーライダー問題、情報の非対称性にもとづく不正な取引による市場
の崩壊、高い取引費用といった様々な問題が生じる可能性があり、したがって市場を代替
する組織や制度が必要だ)、収穫逓増仮説(均衡点は複数ありうるから、市場メカニズム
が唯一の望ましい制度ではない)、そしてセンの理論があります。つまり、発展途上国の
経済開発を考える際には、政府と市場と制度と諸組織の関係を分析しなければならないの
です。さらにまた、この頃からアジアNIESの経済成長が停滞しはじめたことも、新古
典派に対する批判を説得的なものにしました。望ましい開発経済理論を探す試みは、今で
も続いています。
509 :ぺリクルス:2003/01/11(Sat) 05:47
>>508の引用文では、新古典派に対して、

(1)市場経済が機能するためには制度と国家が必要である。
(2)政策評価には、「情報の不完全性、非対称性」「外部経済」を考慮する必要がある。

という批判がなされたということが述べられている。この1980年代後半からの批判に
を乗り越えて、新古典派経済学は「情報の不完全性、非対称性」「外部経済」を考慮し
た経済学の理論を構築できたのであろうか?

このへんのところをぜひ教えてもらいたい。
510 :走る名無しさん:2003/01/11(Sat) 05:57
>>505
>また、平等を重んじる兄弟の例がパレート最適の説明に使えるのなら、すり大将軍が
>「完全競争の結果はパレート最適。でも、パレート最適が達成されたからといって、
>それが完全競争の結果であるとは限らない」といったことの意味も理解できる。

それはすりらんかさんの意図と違うと思う。

まず、みかんが10個あり、
兄弟はそれぞれ、自分の消費するみかんからのみ効用を得るとする。
(つまり、(X,Y)が兄X個、弟Y個のみかんを得る配分を表すとすると、
兄の効用はU(X,Y)=X、弟の効用はU(X,Y)=Yで表される。)

パレート最適な配分は、無駄のない状況、つまり、
(0,10), (1,9), (2,8),..., (10,0)の10通りある。

初期配分が(6,4)のとき、純粋交換経済における均衡配分は、(6,4)のみ。
財は1種類しかないので、交換は起こらない。
(兄(や弟)は、弟(や兄)にみかんをX個売ってPX円もうけても、
そのお金で弟(や兄)からみかんをX個買うだけ。)

つまり、たとえ利己的な兄弟を考えても、
競争均衡配分はパレート最適だが、
パレート最適だからといって競争均衡配分であるとは限らない。
511 :走る名無しさん:2003/01/11(Sat) 06:06
>>507
「ゲームの理論が幅を利かせる世界」が完全競争市場より、
1.難しくて、初学者向けじゃないし、
2.歴史的にも日が浅いし、
3.ロバストじゃない。

3は、モデルがいろいろ作れてしまい、結果もモデルの細部に依存してしまい、
結局、現実がどのモデルで記述されるかはっきりしない、ということ。
512 :歌舞:2003/01/11(Sat) 09:23
>>509

お! はじめてペリのリンクで感謝するものがあっつた 藁
513 :ぺリクルス:2003/01/11(Sat) 09:31
>>512
ま、ここの論客である稲葉氏が管理しているところだからな。
514 :ぺリクルス:2003/01/11(Sat) 09:43
>>510

それもそうだね。やっとこさ、理解ができたような気がする。ありがとう。

しかし、この世にミカン1財だけの配分を考えるなら、そもそも
「兄(や弟)は、弟(や兄)にみかんをX個売ってPX円もうけても、そのお金で弟や兄か
らみかんをX個買うだけ。」という売買は成立しないと思う。なぜなら、最初に配分され
たミカンを売るということは自分の効用を低下させるということだから、そもそも売買
の交渉をミカンをいっぱいもっている方が拒否するのではないかと思う。

ただし、しかしボックス・ダイヤグラムの例だと物々交換だけが想定されていて金銭は
存在していなかった。このミカン10個の配分の話に関して「兄(や弟)は、弟(や兄)
にみかんをX個売ってPX円もうけても、そのお金で弟や兄からみかんをX個買うだけ。」
といったような話がでてきてもいいのかな?

また、銅鑼氏やすり氏、>>510氏のような人が述べてきたミカン10個のパレート最適配
分の話ではこの世にはミカン1財しか存在しないと仮定されているのか?
515 :走る名無しさん:2003/01/11(Sat) 12:14
>「ゲームの理論が幅を利かせる世界」が完全競争市場より、
>1.難しくて、初学者向けじゃないし、
>2.歴史的にも日が浅いし、
>3.ロバストじゃない。

全部嘘。
516 :走る名無しさん:2003/01/11(Sat) 21:35
ゲーム論は所詮現象論.記述統計みたいなもんだ.
いかにも年寄り社会経済学者が好きそうなカテゴリーさ.
おそらく,もう,想像力が枯渇しちまってるんだろうな.

60年前から本質的な手法や基軸となる定理は変わってない.
記述形式が工夫されただけだ.
進化ゲームだって経済学者が考案したものではない;
生物学の適応戦略からのパクリだ.
今や,ゲーム論者は頑固な保守派だよ.

ゲームはすごいスゴイと大風呂敷を広げといて,少なくとも,この半世紀内で,
ブレーク・スルーが起こったなんていう知らせを聞いたことがない.
cooperative gameだってフォン・ノイマン自身が指摘して何年経っている?
なんでゲーム以外の解決方法を考案することに尽力しないのか?
「みんなで渡れば恐くない」に安住したがる日本人の悪い癖だよ.
517 :走る名無しさん:2003/01/11(Sat) 21:37
>>516は歌舞。理由は「ゲーム論」と書いているから。
518 :歌舞:2003/01/11(Sat) 21:54
>>517

ぶぶぶ。残念でした。

ちょっと読めば漏れの文体とは違うし、こんな「ゲーム論者は頑固な保守派」なんて表現は
しません。正直に「ゲーム論ちね!w」とか書くから 獏
519 :ちょんまげ:2003/01/11(Sat) 22:02
さて,誰でしょう?
520 :走る名無しさん:2003/01/11(Sat) 22:04
文体や句読点を変えるのは基本。w

「ゲーム論者」って誰のことなんだ?
パレート最適性を邪悪な概念だと思っているぺリと
ゲーム理論のことを「ゲーム論」と呼んでいる奴は
メンタル面ではほとんど同レベルに見える。

あと、しばらく前にちょっと話題になった
すっとんきょうの仕事はオリジナルでもロバストでもないのか?
521 :歌舞:2003/01/11(Sat) 22:07
おい、「メンタル面ではほとんど同レベルに見える。」、ペリと同じにするとは
あんまり当たってるんで頭にくるだろww
522 :走る名無しさん:2003/01/11(Sat) 22:40
やっぱ、歌舞=ペリw
523 :510:2003/01/12(Sun) 03:04
みかんの例は1財モデルだ。

1.訂正
>>510でパレート最適な配分は11通り。ぼく、植木算は苦手。

2.確認
ぺりは、
 「初期配分が(6,4)のとき、純粋交換経済における均衡配分は、(6,4)のみ。」
を納得しているか?

3.いいわけ
1財モデルが経済の記述として奇妙なのは認める。
1財モデルでは、交換というものが起こりようがない。
物々交換の交換比率(価格の逆数の比)も、定義のしようがない。
おカネを持ち出したのは説明の便宜のため。

4.追加1
>>510
 「競争均衡配分はパレート最適だが、
 パレート最適だからといって競争均衡配分であるとは限らない。 」
は、次のようなことを意味する:

もし政府が市場を完全競争の状態に保てるならば、
その結果はパレート最適である。
しかし、ほかにもパレート最適な配分があり、
その配分は市場によっては達成できない。

言い換えると、
もし現状がパレート最適でないならば、
すべての参加者の効用を改善するようなパレート最適な配分が存在するが、
それが市場によって達成できるとは限らない。

今、初期配分(6,4)から、兄が欲張って弟のみかんを潰してでも
奪い取り、(8,0)という配分が得られたとしよう。
これはパレート最適でない。
(9,1)という配分が、2人ともにとって、より望ましい。
しかし、市場に任せると(6,4)という配分になり、
「市場に任せる」という方法は、兄にとっては望ましくない。

ある国が関税を高くすることによって国内の産業を保護していたとする。
これは、パレート最適でない配分をもたらす。
しかし、いきなり関税を撤廃すれば、
一部の人(途上国の、保護されていた産業で働いていた人)は損するかもしれない。

5.もうひとつの例
ぺりは、>>493さんの、
 「しかし、兄も弟もミカンの個数が平等であることを何よりも優先し、
 平等ならば手に入れたミカンの個数が多い方を好むということにすれば、
 (兄,弟)=(1,1)のみがパレート最適になり、」
を理解しているか?
ここで、効用関数は、兄弟ともに
U(X,Y) = min(X,Y) = X  (X≦Yのとき)
           Y  (X≧Yのとき)
だ。
524 :走る名無しさん:2003/01/12(Sun) 04:51
>>518はここ2年くらいこの手の
ネタか吉外なのか分からないような
ゲーム理論批判を書いてる人だよ。
2chや苺にも1年くらい前から
「ゲーム論者は唯物論者云々」書いてたし。
最近は
「研究する人生」でザモデル(のコピペ?)と戦ってた(w
525 :ぺリクルス:2003/01/12(Sun) 07:33
>>523

>みかんの例は1財モデルだ。

やっぱしそうか。そうなら、次のような問題が生じる。むかし、俺は「新しい帝国主義」
スレで「よってパレート最適な配分もこの世にあり得ない。」と書いたことがあった。

すると、スリ師匠は「新しい帝国主義」スレの178で

「これはひどい.リンゴ10個(有限な財)を分けるケースを考えればそれだけで
何通りもの(無数の)パレート効率的な配分を発見できる.話にならない.」と
答えた。しかし、これも結局はリンゴが1財しか存在しないという特殊な設定上にお
ける話にすぎなかったということになる。

>>398は、
「現実には、ほとんどの経済政策は誰かに犠牲を強いるので、決してパレート改善には
ならない。(何もしないという決定も政策の一種であることに注意。)」
のように言っている。もし>>398や>>506みたいな指摘に経済学が答えなれないならば、
「(すり師匠曰く)完全競争市場をベンチマークとしてパレート改善を目指す経済学」の
レゾンデートルそのものが失われてしまうであろう。
526 :ぺリクルス:2003/01/12(Sun) 07:55
>>523

>2.確認
>ぺりは、「初期配分が(6,4)のとき、純粋交換経済における均衡配分は、(6,4)のみ。」
>を納得しているか?

納得している。この場合には、物をより多く消費すればするほど効用は高まり、おなか
つ他人のことを考えない利己的人間が想定されている。>>493氏が述べている「兄も弟も
ミカンの個数が平等であることを何よりも優先し、平等ならば手に入れたミカンの個数
が多い方を好む」というような特別な仮定が無い場合に限られるが。

ミカンが10個存在しているとき(しかしこの世にはミカン1財しか存在しないとき)、
(6,4)という財を変更すれば必ず誰かが効用を高めると同時に誰かの効用が減じてしま
うことになる。この状態は、>>500の

「AかBのいずれか一方の効用を高めるように(その社会に存在している全
ての財である)XとYを配分し直そうとすると、他方の効用は低下してしまう。
このような特徴をもつ配分をパレート最適配分という。」

とゆーパレート最適の定義に完全にマッチしている。

>>523の5.も俺は理解している。
527 :ぺリクルス:2003/01/12(Sun) 08:06
>>523

>今、初期配分(6,4)から、兄が欲張って弟のみかんを潰してでも奪い取り、(8,0)とい
>う配分が得られたとしよう。これはパレート最適でない。(9,1)という配分が、2人と
>もにとって、より望ましい。しかし、市場に任せると(6,4)という配分になり、「市場
>に任せる」という方法は、兄にとっては望ましくない。

この例はおかしいとおもう。ミカン10個(この世にミカン1財しか存在しないとする)を
初期配分(6,4)にすれば、「2.確認」と同じような設定のもとであれば、この初期配分が
パレート最適になればならない。

(6,4)という初期配分から(9,1)とすることがパレート改善になるなら、二人の目的関数
に特殊な設定をしなければなるまい。普通の人間ならば、4個のミカンを消費すること
は1個のミカンを消費することよりも効用が高くなければならないからだ(スリ師匠のい
うように飽和しないということを前提とすると)。

しかも10個のミカンという資源が存在し、それが(6,4)という初期配分になることは、
市場に任せたからといえるの?交換もなにも行われていないから初期配分が市場に
まかせた結果であるとはいえないと思うけど。
528 :走る名無しさん:2003/01/12(Sun) 08:34
パレート最適とパレート改善は違う。
パレート最適な状態とは、
それ以上パレート改善できない状態のこと。
パレート最適な状態が、初期状態のパレート改善になっているとは限らない。

僕は、(9,1)が(6,4)のパレート改善だとは言っていない。
僕の主張していることは、次の2つ。
1.(8,0)は(9,1)にパレート改善できるので、(8,0)はパレート最適でない。
2.(6,4)はパレート最適だが、(8,0)から(6,4)はパレート改善でない。

練習問題だ。世の中に状態はA, B, C, D, Eの5つあり、X, Y2人の人がいる。
Xは、A > B > C > D > Eという選好を、
Yは、B > E > C > A > Dという選好を持っている。
1.パレート最適な状態をすべて求めよ。
2.パレート最適でない状態それぞれに対し、
  それをパレート改善する状態をすべて求めよ。
3.「競争均衡配分はパレート最適である」という主張は、
  「パレート最適でない配分は、競争均衡配分によって必ずパレート改善される」
  という主張を導かない。その理由を、この例を使って説明せよ。

ちなみに、>>526の理解は間違っている。
それは(6,4)がパレート最適であることの説明であって、
競争均衡配分であることの説明ではない。
529 :走る名無しさん:2003/01/12(Sun) 11:26
>>524

「ゲーム論者は唯物論者云々」

どっちも一元論だから扱いやすいんでないの?
530 :ペリクルス:2003/01/12(Sun) 12:40
>>528 たくさんレスありがとー!!

「パレート最適とパレート改善は違う。パレート最適な状態とは、
それ以上パレート改善できない状態のこと。」ということは承知しているから大丈夫よ。

「パレート最適な状態が、初期状態のパレート改善になっているとは限らない。」
これはおかしいとおもうんだけど。。
だって、パレート最適っていうのは「それ以上パレート改善できない状態」なわけでしょ。
だったらさ、初期状態がすでにパレート最適な状態の時は「パレート最適な状態が、初期状態
のパレート改善になっているとは限らない」といえる。
しかし、初期状態がパレート最適ではないのであれば、初期状態からパレート最適状態への移
行は必ずパレート改善になっていなければならない。

1.(8,0)は(9,1)にパレート改善できるので、(8,0)はパレート最適でない。
2.(6,4)はパレート最適だが、(8,0)から(6,4)はパレート改善でない。

1.、2.についても、了解した。しかし、2.における(8、0)という配分は、兄によって
暴力的に移行された状態である。実際の経済学の分析ではスリ師匠のいうように拒否される
ような配分の移行であるから、「(8,0)から(6,4)はパレート改善ではない」というような
状況を考察することに意味があるとは思えないのだが。
531 :ペリクルス:2003/01/12(Sun) 13:07
>>528

練習問題の解答

1.
状態Aと状態Bがパレート最適となりうる。

2.
状態Cの時はパレート最適ではない。なぜならC→Bでパレート改善できるから
状態Dの時はパレート最適ではない。なぜならD→Aでパレート改善できるから
状態Dの時はパレート最適ではない。なぜならD→Bでパレート改善できるから
状態Dの時はパレート最適ではない。なぜならD→Cでパレート改善できるから
状態Eの時はパレート最適ではない。なぜならE→Bでパレート改善できるから

3.については、
「パレート最適でない配分は、競争均衡配分によって必ずパレート改善される」
ということが必ずいえなければらない。なぜなら、すり師匠が>>442で言うよう
に、

絶対の前提は
・各自は自分が望まない交換を強要されない
ということ.ここから派生して,
・相手が望まない交換を強制は出来ないし,出来ないことを知っている
という状態ではBからAへの配分が変わるような交換はA氏の効用を低
下させてしまう……ゆえにA氏はその様な交換を拒否してよいし,B氏
はそれを強要できない.だから上のような権利関係のはっきりした世界
ではそのような配分変化を伴う取引は行われない,と考えてください.

ということがいえるからである。競争均衡配分でパレート改善されないような
交換や交渉は、練習問題におけるXかYが拒否することになる。だから、競争均
衡配分はパレート改善になっていなければならない。よって、3.の解答はな
い。
532 :走る名無しさん:2003/01/12(Sun) 13:59
>>527
>(6,4)という初期配分から(9,1)とすることがパレート改善になるなら、

確かに、(9,1)は(6,4)のパレート改善ではない。

しかし、>>523氏は(9,1)が(6,4)のパレート改善になっているとは言っていない。
兄が暴力的に弟のミカンを奪い取った後の状態(8,0)が
パレート最適ではないと言っているだけである。
その理由は(9,1)が(8,0)のパレート改善になっているからである。

初期配分が(6,4)である状況は、親戚のうちに遊びに行った兄弟が親戚から、
「お兄ちゃんはミカン6つ、弟くんはまだちいちゃいからミカン4つね」
とミカンを包んでもらって来た場合を想像すればそう不自然ではないだろう。
別々に包んでもらったミカンを兄弟はすでに「自分のもの」だと思っているはず。

どこで教育(洗脳)されたのかわからないが、ぺリの矛先は間違っていると思う。
ゲーム理論を「ゲーム論」と呼んで、無用にけなすことも誤りである。

モデルの中の効用函数の取り方をどんどん複雑にすれば、
いくらでもあなたのお好みのイデオロギーに合致したモデルを作れるに違いない。
少なくともよく近似したモデルは作れるだろう。
あなたのイデオロギーに合致したモデルの世界におけるパレート改善を
あなたは善いことだと感じるだろう。
そして、そのモデルを背景に「この政策でパレート改善を目指す」と
あなたは言って構わないのだ。
しかし、モデルの効用函数をどのように取ったかをわかり易く詳細に説明すれば、
あなたのイデオロギーと価値観は白日のもとにさらされてしまうだろう。

このような事情は実はパレート改善云々とは無関係である。
なぜならば「これをやれば前よりもましになる」と言えば、
「どのような基準で前よりもましになると考えているのか」
という質問が飛んで来るからだ。
533 :走る名無しさん:2003/01/12(Sun) 14:30
>>532の後半の続き

苺での経済政策論議も議論が煮詰まって来ると、
「何がどういう基準で前よりましになると考えているか?」
がよく問題になる。(苺に限らず、大抵そうなる。)

たとえば、
http://matari.ichigobbs.com/cgi/readres.cgi?bo=economy&vi=0679&rr=05&fi=no
実際に上のような話になってしまったことについては、ヒクソン・クレーシー氏の
http://matari.ichigobbs.com/cgi/readres.cgi?bo=economy&vi=0677&rs=265&re=266&fi=no
を読めばよくわかる。
534 :走る名無しさん:2003/01/12(Sun) 15:11
>ゲーム理論を「ゲーム論」と呼んで、無用にけなすことも誤りである。

こいつは別人だと思うよ。ぺリクルスではないと思う。
535 :走る名無しさん:2003/01/12(Sun) 15:19
>モデルの中の効用函数の取り方をどんどん複雑にすれば、
>いくらでもあなたのお好みのイデオロギーに合致したモデルを作れるに違いない。
>少なくともよく近似したモデルは作れるだろう。
>あなたのイデオロギーに合致したモデルの世界におけるパレート改善を
>あなたは善いことだと感じるだろう。
>そして、そのモデルを背景に「この政策でパレート改善を目指す」と
>あなたは言って構わないのだ。

なんか筆が滑っているみたいだけど、>>461-469あたりを読めばいいと思うよ。
出発点にもどってどうすんの?
536 :ペリクルス:2003/01/12(Sun) 15:35
>>532

>>506で
『異なる文化圏には異なる効用関数を設定し、パレート改善もしくはパレ
ート最適をどのように達成できるかを経済学が考察できるというのであれば、
パレート最適はアングロサクソン経済圏に限らずイスラム経済圏をも含めたあ
らゆる経済文化圏にも使いうる概念になるであろう。

しかし>>460のいうように、どのような効用関数を設定して経済学がパレート
改善やパレート最適を目指したとしても、人間の多様性のゆえに必ず「社会を
モデル化する作業において、社会の構成員として評価されていない者をまった
く無視している」という問題が生じてしまうであろう。』

と述べたようなことが言えるのであれば、俺はもはやパレート最適という概念
にケチをつけるつもりはないよ。

それから、俺は銅鑼氏が紹介したようなゲーム理論の市場観に感銘を受けている
のである。「ミク戦」に挑戦しようとしているのもそれが動機となっているので
ある。よって、ゲーム理論を「ゲーム論」と批判していたのは俺ではない。
それに、俺は「ペリクルス」で必ず投稿していて名無しでは投稿していない。
537 :走る名無しさん:2003/01/12(Sun) 16:15
「ゲーム論」と「ゲーム理論」って英語にしたら同じじゃないか。
これにこだわるのって莫迦じゃないの?
538 :ペリクルス:2003/01/12(Sun) 16:27
>>509

(1)市場経済が機能するためには制度と国家が必要である。
(2)政策評価には、「情報の不完全性、非対称性」「外部経済」を考慮する必要がある。

という批判がなされたということが述べられている。この1980年代後半からの批判に
を乗り越えて、新古典派経済学は「情報の不完全性、非対称性」「外部経済」を考慮し
た経済学の理論を構築できたのであろうか?

について、誰か答えてくれまいか。俺の今後の学習に深くかかわることである。
俺の偉大な事業にブルジョア諸君が積極的に協力してくれることを期待する。
539 :ペリクルス:2003/01/12(Sun) 16:33
本当に、最近は聞いてばかりで情けないのであるが、もうひとつパレート基準について
はっきりさせておきたい事がある。

パレート基準というのは「ある人の効用を高めようとしたときに、社会のほかの構成員の
効用を下げずにはいかないような状態」であると定義された。また、そのような基準にす
ぎないともいえる。

それにもかかわらず、パレート基準はある経済社会の「生産効率性」を評価するための基準
としても使うことができるのであろうか?
540 :ドラエモン:2003/01/12(Sun) 16:35
>ぺり

>俺は銅鑼氏が紹介したようなゲーム理論の市場観

これは、書いた俺が悪いのだが、あまり適切な表現ではなかった。そんまそ。ゲームの理論や
(不完全)情報の経済学が対象にする市場観と言った方が妥当だろう。

だが、ここでペリに理解して欲しいのは、完全競争市場をまずは設定して、それについて完全に
理解した段階で、それまで無視されてきた要因・要素を徐々に取り入れていくというワルラスの
方法を、君自身が実践していることだ。恐らくペリの頭の中と、アメリカのどっかの田舎の隅を
除けば、完全情報・完全競争市場は最適だから現実の市場経済は最適だなどと信じている人は、
いないのだ。だが、取り扱う問題を最初から難しくしてしまうのは研究戦略上旨い方法ではない
から、まずは単純なケースから初めて、それを徐々に拡張し、現実的なものに発展させるのが、
ブルジョア経済学ワルラス派の方法なのである。そして、科学とは「方法」である以上、これに
従って勉強することを当然と認めた段階で、君は(以下略
541 :走る名無しさん:2003/01/12(Sun) 18:00
誰もぺリが「ゲーム論」を無用にけなしたなどと言っていない。
(疑われていたのは歌舞だ。恒例行事の一つ。w)

>>536の『』の中の後半は何を言っているかよくわからないが、
前半は効用関数や選好順序を選べばいくらでもそれらしき考察は可能だろうと思う。
そして、人間の多様性もモデルの中の各効用や選好を多様にすることで
モデルの構造に反映させることができる。こういうことを理解しておけば、
パレート最適という概念にケチを付ける必要は消えてしまうはずだ。

ただし、勝手に恣意的に選んだ効用や選好が現実にうまく適合しているかどうか、
は当然問題になるし、モデルが複雑になり過ぎると、解けなくなったり、
解けたとしてもその結果が何に由来しているかがわかり難くなったりする。

>>511氏が指摘している問題とりわけ「ロバストじゃない」という問題は無視できない。
しかし、>>520氏が Sutton の仕事はどうかと聞いているように、
「全部がロバストじゃない」と言ってしまうと誤りになってしまう。

「完全競争市場」やら「パレート最適」のような概念を攻撃することは無意味だが、
>>01のような話は、具体的に誰がそんなことを言っているかをはっきりさせた上で
やれば意味のある議論になると思う。

しかも、戯画化されていないブルジョア経済学を利用した方が
より厳しい批判が可能になるだろう。
542 :ペリクルス:2003/01/12(Sun) 18:59
>>541
大分、方向性がはっきりしてきた。
俺が>>536の『』の中の前半で書いた内容は、

「おのおのの文化圏に適合するような効用や選好順序を選ぶことによって、その経済文化圏に
適合したパレート改善もしくはパレート最適をどのように達成できるかを経済学が考察できる。
よって、パレート最適はアングロサクソン経済圏に限らずイスラム経済圏をも含めたあらゆる
経済文化圏にも使いうる概念になる。」

後半部でいっているのは、>>460の

「パレート最適性などというのは、所詮その程度のものだということだし、逆に、社会をモデル
化する作業において、社会の構成員として評価されていない者をまったく無視していることを裏
側から明らかになっている」

という主張を表している。
「モデルが複雑になり過ぎると、解けなくなったり、解けたとしてもその結果が何に由来して
いるかがわかり難くなったりする。」といった理由のゆえに、分析する社会の人間の多様性を
すべて取り込んだモデルをつくることはできないであろう。だから、パレート改善を経済学が
実現するといっても、その社会の構成員のすべてにとってパレート最適になっているとは限ら
ない。

『』の後半部で俺が言おうとしたのは以上のような内容である。
543 :ドラエモン:2003/01/12(Sun) 19:09
>ぺり

>その社会の構成員のすべてにとってパレート最適になっているとは限らない。

そりゃあ、そうだ。例えば、超利己主義なだけではなく、他人の不幸を喜ぶような香具師(人の不幸は密の味)にとっては、経済成長は非常に不愉快なものだ。貧乏人は貧乏人らしく、自分を含めた少数のエリートだけが美しく特権で守られた生活を楽しむのが「正しい社会」だと思っている香具師は、実は沢山いる。
544 :走る名無しさん:2003/01/13(Mon) 03:04
>>530-531
パレート最適については、定義を理解しているね。よかったよかった。

1.
「移行が必ずパレート改善でなければ達成できない。」
というのが正しいかどうかは、状況による。
パレート改善、パレート最適という倫理的な基準が、
実際上守られているかどうかは別問題だから。

パレート改善しない移行が必ず拒否されるとは限らない。
すべての人が政策にかんして拒否権を持っているとは限らないし、
そんなのでは世の中はなかなか動かない。

パレート改善しない移行には不満がでる。
政府がその分を補償してあげられるなら、それも考慮すべきだ。
(補償も含めて政策の変更がパレート改善になるようにしたらいい。)

>しかし、初期状態がパレート最適ではないのであれば、初期状態からパレート最適状態への移
>行は必ずパレート改善になっていなければならない。

反例:初期状態Cからパレート最適な状態Aに移行する場合

2.
>「パレート最適でない配分は、競争均衡配分によって必ずパレート改善される」

僕の設問が悪かったかもしれない。
競争均衡配分は「初期配分」をパレート改善する、というのなら正しい。

僕の用意していた解答:
  初期配分Dから競争均衡によってAが達成されるとする。
  現状で、保護貿易等の政策によりCという状態が維持されているとき、
  その政策をやめて、競争均衡配分Aに移行することはパレート改善でない。
  (Cをパレート改善するBへの移行は、市場だけでは無理。)

とにかく、昔の話に戻るけど、
「競争均衡はパレート最適だから問題なし!」は、
経済学内部の論理によっても支持されていないことが分かっただろうか?

このあとは、厚生経済学の第2命題と、それの問題点とかに進もう。
545 :ペリクルス:2003/01/13(Mon) 06:32
>>544

ちょっと疑問が残ったんだけど。

Xは、A > B > C > D > Eという選好を、
Yは、B > E > C > A > Dという選好を持っている。

という設定がなされているわけでしょ?
だったら、
>反例:初期状態Cからパレート最適な状態Aに移行する場合
は反例になっていないと思うよ。初期状態がCなのであれば、そこからパレート改善
するには、状態Bに移行するしかない。初期状態がCなら、状態Aは人物Yの効用を減
じるからパレート最適な状態ではない。

>初期配分Dから競争均衡によってAが達成されるとする。
>現状で、保護貿易等の政策によりCという状態が維持されているとき、
>その政策をやめて、競争均衡配分Aに移行することはパレート改善でない。

にも疑問があるよ。状態Cから状態Aに移行することは競争均衡じゃない。なぜな
らば、Yにとって効用を減退させるような移行だからだ。このような移行はYが
交渉や取引を拒否してしまうようなものだ。だから、C→Aの移行は兄弟げんかの
ように暴力的に行われるか、政府などが政策によってYの不満を覚悟でなされるも
のでなければならない。よって、C→Aは競争均衡配分ではない。

>(Cをパレート改善するBへの移行は、市場だけでは無理。)
とあるけれども、これは逆に市場の取引や交渉によって実現される移行だ。
なぜなら、状態Cから状態Bへの移行は人物Xと人物Yの両方の効用を向上させるか
らである。よって、市場で交換を行うことによって、XとYはC→Bを実現させるで
あろう。
546 :ペリクルス:2003/01/13(Mon) 06:46
>>542の

(1)

「おのおのの文化圏に適合するような効用や選好順序を選ぶことによって、その経済文化圏に
適合したパレート改善もしくはパレート最適をどのように達成できるかを経済学が考察できる。
よって、パレート最適はアングロサクソン経済圏に限らずイスラム経済圏をも含めたあらゆる
経済文化圏にも使いうる概念になる。」

という認識と、

(2)

「モデルが複雑になり過ぎると、解けなくなったり、解けたとしてもその結果が何に由来して
いるかがわかり難くなったりする。」といった理由のゆえに、分析する社会の人間の多様性を
すべて取り込んだモデルをつくることはできないであろう。だから、パレート改善を経済学が
実現するといっても、その社会の構成員のすべてにとってパレート最適になっているとは限ら
ない。

という認識について、15chのみながどのように思われるかコメントしてほしい。

(2)のような状況があるがために、

『「パレート最適(パレート効率的)」という基準はあまりにも弱過ぎるので
それによって「改善のしようがない状態」と判定されることはない。
実際にそのような判定をする香具師がいれば馬鹿扱いして構わない。』

『現実には、ほとんどの経済政策は誰かに犠牲を強いるので、
決してパレート改善にはならない。
(何もしないという決定も政策の一種であることに注意。)』

といった事態が生じるのであろうと思う。
>>538、>>539にも簡潔であったとしても答えてもらえると、とても助かる。
547 :走る名無しさん:2003/01/13(Mon) 07:47
>初期状態がCなら、状態Aは人物Yの効用を減
>じるからパレート最適な状態ではない。

パレート最適の定義について、まだ少し誤解が残ってるようだ。
パレート最適という概念は、初期状態が何であるかとは無関係。

>>531
>>1.
>状態Aと状態Bがパレート最適となりうる。

「となりうる」→「である」とすれば、完璧な答え。

競争均衡の話は、分かりにくければ無視してほしい。
本来、(財、初期保有、価格など抜きに)選好関係だけでは論じられない概念だから、
僕の話は不正確極まりない。混乱させてすまない。

>>538
構築できている。
>>539
生産が効率的でなければ、どのように配分してもパレート最適でない。
(選好の単調性(多いほどうれしい)を仮定する。)
パレート最適ならば生産は効率的。逆は言えない。
548 :走る名無しさん:2003/01/13(Mon) 08:42
>>547
自分で読んでみて、少し舌足らずだと思うので、はっきりいっておく。

>初期状態がCなら、状態Aは人物Yの効用を減
>じるからパレート最適な状態ではない。

違う。状態Aはパレート最適な状態である。
549 :ペリクルス:2003/01/13(Mon) 11:04
>>548
ああ、わかった!状態Cから状態Aへの移行はパレート改善ではなにもかかわらず、
状態Aは、>>500に書かれているように

「AかBのいずれか一方の効用を高めるように(その社会に存在している全
ての財である)XとYを配分し直そうとすると、他方の効用は低下してしまう。
このような特徴をもつ配分をパレート最適配分という。」

とゆう条件を満たすがために状態Aと状態Bはパレート最適に必ずなるわけね。
「パレート最適でない配分は、競争均衡配分によって必ずパレート改善される」
とゆーことは言えると思う。

とゆーのはしつこいけど、

絶対の前提は
・各自は自分が望まない交換を強要されない
ということ.ここから派生して,
・相手が望まない交換を強制は出来ないし,出来ないことを知っている
という状態ではBからAへの配分が変わるような交換はA氏の効用を低
下させてしまう……ゆえにA氏はその様な交換を拒否してよいし,B氏
はそれを強要できない.だから上のような権利関係のはっきりした世界
ではそのような配分変化を伴う取引は行われない,と考えてください.

とゆーことや、

C→Aの移行は兄弟げんかのように暴力的に行われるか、政府などが政策によって
Yの不満を覚悟でなされるものでなければならない。よって、C→Aは競争均衡配分
ではない。

とゆーことが言えるからである。
550 :走る名無しさん:2003/01/14(Tue) 05:34
やっとパレート最適を理解したようだ。
「保守派経済学」への道はまだまだ長いよ。

ある種の政策を行う、または廃止すると、
その政策下での均衡がもとの均衡をパレート改善しないかもしれない、
ということを説明するのは、どんな方法がいいんだろ?

>初期配分Dから競争均衡によってAが達成されるとする。
>現状で、保護貿易等の政策によりCという状態が維持されているとき、
>その政策をやめて、競争均衡配分Aに移行することはパレート改善でない。

保護貿易をやめれば、Dに戻っちゃう。
そこを初期配分としたもとでの均衡はAになる。

C→Dはパレート改善でなく
(政策の決定、変更は全会一致の民主的なプロセスを踏まない)、
D→Aはパレート改善であり、かつAはパレート最適。

以上が極度に単純化された話だ。
ミクロ経済学にそって、もうすこし具体的に、
税(補助金)の、経済厚生と分配への効果を勉強するほうがいいと思う。
『ゼミナール』にこの話は載ってない?
551 :ぺリクルス:2003/01/14(Tue) 10:50
>>550

>税(補助金)の、経済厚生と分配への効果を勉強するほうがいいと思う。
>『ゼミナール』にこの話は載ってない?

税金と社会的厚生の関係であれば214ページあたりでやったけれども、
このこととは多分関係がない。この単元では、税金や関税をかけると、
消費者負担や生産者負担、死荷重負担がどのように生じるかを学習した。
552 :ぺリクルス:2003/01/14(Tue) 11:05
>>550

>C→Aの移行は兄弟げんかのように暴力的に行われるか、政府などが政策によって
>Yの不満を覚悟でなされるものでなければならない。よって、C→Aは競争均衡配分
>ではない。
と俺は考えているので、>>550のように状態Cから状態Aへの移行が競争均衡配分である
となされているのには納得がいかない。

ただ、これまでの議論で、パレート最適はパレート改善の結果としてもパレート改善で
はない(パレート改悪の)結果としても達成できるということがわかった。パレート最適は
ただたんに、その状態に政府がなんらかの手を加えれば誰かの不満を招くといっているに
すぎないというわけだな。だから、パレート最適だからといってそれが、その経済社会に
とって望ましい状態ということにはならないわけだな。
553 :ぺリクルス:2003/01/14(Tue) 11:36
新古典派経済学は「情報の不完全性、非対称性」「外部経済」を考慮した経済学の理論
を構築できているとのことであるが、俺がミク戦、スティグリッツのミクロを終えた後
にでも、読めそうなレベルの新しい新古典派経済学に関するテキストがあれば紹介して
ほしい。
554 :走る名無しさん:2003/01/14(Tue) 11:47
>>551
関係ありまくりだと思うが。

確認:この場面では、社会厚生最大はパレート最適と同じ意味。

日本政府が突然税金とるのをやめて、医療保険も年金もやめたらどうなる?
結果は日本が本来直面するはずの均衡配分で、
もともとあった死荷重がなくなって、パレート最適になって、
それでいて障害者は困るだろう。つまり、パレート改善しない。

それと、「状態Cから状態Aへの移行が競争均衡配分である」とかないとか、
この言葉遣いが気になる。
競争均衡配分は、初期保有量が定まっているときに
市場での均衡価格のもとで最終的に得られる配分のこと。
(配分とは、誰がどの財をどれだけ消費するかを表した一覧表。)
「移行」を競争均衡配分とは呼ばない。ひどい勘違いをしてるのでは?
555 :すりらんか:2003/01/14(Tue) 16:13
>>514
>みかんをX個売ってPX円もうけても、そのお金で弟や兄か
>らみかんをX個買うだけ。
1財貨幣無し交換経済での貨幣は単純に交換の際の手続きに上の存在ですから,
みかんをX個売るというのは同時にみかんをX個買うという取引に他ならない.
交換経済だから高官以外の取引はなく,財が1種類しかないんだから同じもの
同士を交換するしかないのです.

>>510の
>ある国が関税を高くすることによって国内の産業を保護していたとする。
>これは、パレート最適でない配分をもたらす。しかし、いきなり関税を
>撤廃すれば、一部の人(途上国の、保護されていた産業で働いていた人)
>は損するかもしれない。
というのがパレート改善ではない方法でパレート最適な配分が達成される例.
だからパレート基準を「反対者無し政策」という意味で重要視する場合には
これは「反対者を生む政策」になる.で,こういう場合には補償原理という
のがあって,自由化政策などで財の配分が変化し,その後で所得再分配をす
ることで初期時点よりパレート優位な状態が達成されるならば「よい政策」
といえるだろう.これは>>525への返答に一部なると思う.
556 :すりらんか:2003/01/14(Tue) 16:15
途中まで読んで投稿したので……
ちゃんと理解されたんですね.
今週は激忙しいのでちょっとレスが遅れ気味に成増です.
557 :すりらんか:2003/01/14(Tue) 16:17
>>553
藪下史郎『非対称情報の経済学』(光文社新書)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334031498/ref%3Dpd%5Fsim%5Fdp%5F5/250-8660972-4123443
558 :ペリクルス:2003/01/14(Tue) 22:28
>>557
さっそく、アマゾンに注文することにしよう。ところで、スティグリッツは稲葉氏によれば
新制度学派に属しており、1980年代から新古典派経済学を批判した人だった。スリ師匠の紹
介してくれた名著の著者はスティグリッツの弟子であるという。その人を新古典派の立場で
書かれた本であるとみなすことには問題はないのか?
559 :走る名無しさん:2003/01/14(Tue) 22:34
ミクロ経済学の現実の政策への応用については最近出版された次の本も良い。

岩田規久男著『スッキリ! 日本経済入門 現代社会を読み解く15の法則』
日本経済新聞社、2003年1月6日、1500円+税、270頁

時事的な話題への応用の話なので退屈せずに読めると思う。
ぺリのようにブルジョア経済学を「敵」だと思っている人は
この本の最初にまとめられている15の法則とその応用の仕方について
どのような異論を唱え、どこに共感してしまうのだろうか?
560 :ペリクルス:2003/01/14(Tue) 22:50
みんな、いろいろ教えてくれてありがとー!

>>554

ゼミナールの220ページでは関税と社会的厚生が説明してある。しかし、ここの説明では、
生産者や消費者の選考の順序などははっきりと書かれていない。ただ、わかることは、関税
を引き上げれば消費者余剰を減じて消費者に損を与えることになり、関税を撤廃すれば、
生産者余剰を減じて生産者に損を与えることになるということである。
つまり、誰かの効用を減じることなしには、関税率を動かすことによって誰かの効用を向上さ
せることができないような状態にある。

よって、テキスト220ページの関税をかけて生産物の価格を引き上げている状態は、パレート最
適の条件を満たしていると思う。
561 :走る名無しさん:2003/01/14(Tue) 23:50
突然で申し訳ないが
岩田規久男氏
のほんで、安くて、これは読んどいたほうが
いいってのあります?
562 :ドラエモン:2003/01/14(Tue) 23:54
日経文庫(?)「金融法廷」↑
563 :走る名無しさん:2003/01/15(Wed) 00:08
さっそく注文しました。
(アマゾン1500円で送料タダなんで
まだ、カートに入れただけですけど)

ありがとうございます。
564 :走る名無しさん:2003/01/15(Wed) 00:28
>>559

岩田規久男氏のミクロ本の特徴。必ず環境問題の話が登場すること。

時事問題を扱った新刊書ではさすがに環境の話は登場しないと思っていたが、
構造改革の章(第4章)のp.178に「自動車燃料税の環境税への組替は合理的」
という形で登場していますた。

マクロの話も最終章に登場しますが、本質的にミクロについて書かれた本です。
正しい構造改革を行なうための考え方に関して非常に勉強になりました。

岩田氏の『スッキリ!』の出版によって、
「リフレ派はミクロの改革をやる必要がないと言っている」
のようなデタラメな中傷は完全に無意味になりましたね。
565 :走る名無しさん:2003/01/15(Wed) 04:49
>>560
>しかし、ここの説明では、
>生産者や消費者の選考の順序などははっきりと書かれていない。

暗に書かれている。
そうじゃないと、パレート最適性という概念を使えないじゃないか。

生産者は選好をもたない。
稼いだお金を使う人は、同じ人間でも消費者と呼ばれる。

消費者は選好をもつ。それは、需要関数によって暗に表現されている。
(需要関数が消費者の選好(効用)最大化問題から導かれたことを思い出そう。)
566 :走る名無しさん:2003/01/15(Wed) 05:13
>よって、テキスト220ページの関税をかけて生産物の価格を引き上げている状態は、
>パレート最適の条件を満たしていると思う。

これはまずい。関税の上げ下げしか考えないのはまずい。

突然政府が一部の人に働かせて生産物をいっぱい作って、
それを奪って、働いた人や働かなかった人に配って歩けば、何が起きるか?
逆に、政府がある種の財を作らせないようにしたらどうなるか?
こういう操作でもパレート改善しないか?

今、税金のために死荷重が20円分あるとしよう。
税金のせいで、生産者は30円損して、消費者は40円損する。
集まった税金50円は全部王様のものとする。
(30+40-50=20が成り立つことに注意。
需要・供給曲線の絵の中でどの部分の面積に相当するのか、思い出しておこう。)

ここから単に税金を廃止する。
このとき、生産者、消費者は得をして、死荷重はゼロになるが、
王様は損をするので、パレート改善ではない。
しかし、そのあと、生産者から25円、消費者から35円奪って王様に献上しよう。
これは、税金があった状態にくらべてパレート改善している。

つまり、税金のために死荷重のあった状態はパレート最適ではない。

パレート最適という概念を経済学で使うとき、
普通は、この世界で「社会的」に許される状態への変化だけでなく、
「物理的」に許されるすべての状態への変化を考慮する。
この意味で、パレート最適という概念は、ぺりの想像していたものよりは強い。

(「普通は」という但し書きは、何が「物理的」に可能な操作かということが、
非対称情報(政府が効用とかについて完全な情報を持たない)
のときに少し問題になるから。)

所得の再分配を考慮すると、
「死荷重が大きい状態から小さい状態には、常にパレート改善できる。」
が成り立つ。(つーか、死荷重の定義から当たり前。)
567 :ぺリクルス:2003/01/15(Wed) 09:58
>>565

俺は、「自由貿易の利益」や「関税と社会的厚生の関係」の部分でどのように「選好」
という概念を使えばいいのかわからない。直感的には、生産者は生産者余剰をより多く
獲得することを好むだろうし、消費者は消費者余剰をより多く獲得することを好むであ
ろうということは推察できる。

>>566

テキスト220ページを見る限りでは、関税をかけている時には、関税の負担をするのは
消費者ばかりで、生産者だけが特をしている状況である。もし関税撤廃後に、消費者
が生産者が失った分の生産者余剰を全部補填するという前提のもとでは、消費者は死過
重負担の分だけ(関税収入を消費者余剰に含めないのなら関税収入分も)消費者余剰を拡
大させることになるし、生産者は関税撤廃で生産者余剰を減らさずにすむ。この場合に
はパレート改善は達成できる。

しかし、ゼミナールの216ページには死荷重は「課税によって減少した社会的厚生E1E0C
は相殺されずに国民の負担として残る。そこでこの社会的厚生の減少分E1E0Cをこの税
の超過負担(あるいは、死荷重損失)という。」と定義されている。この定義がどのよう
にパレート最適の概念と結びついてくるのかわからない。漠然としたイメージでは、
ミカン10個の配分を考えた時に、2個つぶれてしまえばパレート最適を達成できなくな
る。この2個に相当するのが死荷重負担ということであろうか。
568 :走る名無しさん:2003/01/15(Wed) 10:05
パレート基準と余剰は一度断ち切ったほうがいいと思われ。
569 :ぺリクルス:2003/01/15(Wed) 10:12
>>554氏と>>566氏には食い違いがある。

>>554氏は、
>日本政府が突然税金とるのをやめて、医療保険も年金もやめたらどうなる?
>結果は日本が本来直面するはずの均衡配分で、もともとあった死荷重がなく
>なって、パレート最適になって、それでいて障害者は困るだろう。つまり、
>パレート改善しない。
と述べているが、

>>566氏は、
「死荷重が大きい状態から小さい状態には、常にパレート改善できる。」
が成り立つ。」と述べている。

つまり、>>554氏は死荷重負担がなくなってもパレート改善されない、という
ことを言っており>>566氏は死荷重負担がなくなれば必ずパレート改善できる
と言っている。

そもそも
>初期配分Dから競争均衡によってAが達成されるとする。
>現状で、保護貿易等の政策によりCという状態が維持されているとき、
>その政策をやめて、競争均衡配分Aに移行することはパレート改善でない。

という話と

>所得の再分配を考慮すると、
>「死荷重が大きい状態から小さい状態には、常にパレート改善できる。」
>が成り立つ。(つーか、死荷重の定義から当たり前。)

という話は矛盾しているように思う。なぜなら、前者は保護貿易政策をやめ
て死荷重をなくしてもパレート改善されないと言っているのに、後者は、死
荷重をなくせばパレート改善はかならず達成されるといっているから。
570 :ペリクルス:2003/01/15(Wed) 14:19
なんども同じようなこと書くようだけど、

「おのおのの文化圏に適合するような効用や選好順序を選ぶことによって、その経済文化圏に
適合したパレート改善をどのように達成できるかを経済学が考察できる。よって、パレート最
適はアングロサクソン経済圏に限らずイスラム経済圏をも含めたあらゆる経済文化圏にも使い
うる概念になる。」

「モデルが複雑になり過ぎると、解けなくなったり、解けたとしてもその結果が何に由来して
いるかがわかり難くなったりする。」といった理由のゆえに、分析する社会の人間の多様性を
すべて取り込んだモデルをつくることはできないであろう。だから、パレート改善を経済学が
実現するといっても、その社会の構成員のすべてにとってパレート改善になっているとは限ら
ない。」

が正しいか間違っているかを知ることは俺にとってひじょーーに重要な問題である。
誰かコメントしてくれ。
571 :走る名無しさん:2003/01/16(Thu) 03:26
>>567
>直感的には、生産者は生産者余剰をより多く
>獲得することを好むだろうし、消費者は消費者余剰をより多く獲得することを好むであ
>ろうということは推察できる。
それでいい。計算の仕方は、供給(や需要)曲線と価格との間の面積、ね。

>>569
>>>554氏と>>566氏
両方ぼくだが…
>>544は、
「税金やめて、その分の補償もしなければ、パレート改善するとは限らん。」
>>566は、
「税金やめて、うまく補償をしてやれば、必ずパレート改善できる。」
僕は何か矛盾したことを言ってるか?
572 :ぺリクルス:2003/01/16(Thu) 07:37
>僕は何か矛盾したことを言ってるか?

言ってないです。「うまく補償してやれば」という条件がつけば、たしか
にパレート改善できている。

ところで、
>初期配分Dから競争均衡によってAが達成されるとする。
>現状で、保護貿易等の政策によりCという状態が維持されているとき、
>その政策をやめて、競争均衡配分Aに移行することはパレート改善でない。
という点について、>>554氏が、

>競争均衡配分は、初期保有量が定まっているときに市場での均衡価格のもと
>で最終的に得られる配分のこと。(配分とは、誰がどの財をどれだけ消費す
>るかを表した一覧表。)「移行」を競争均衡配分とは呼ばない。

と指摘しているんだけど、どう思う???
それから、上の例だと保護貿易やめてCからAに状態が変わっても、生産者に
補償してやればパレート改善できるんでしょ。
573 :ぺリクルス:2003/01/16(Thu) 07:39
>>570は、もしかして超悪文で内容が理解されていないのかも。。。
574 :走る名無しさん:2003/01/16(Thu) 08:01
しつこいようだが、ペリに確認しておきたい。以下のことは了解しているか?

規制をとっぱらって、完全競争にすれば、
(外部性がない、などの条件がそろえば、)パレート最適な配分が達成できるが、
補償をうまくしてやらなければ、
規制前にくらべてパレート改善するとは限らない。
575 :ぺリクルス:2003/01/16(Thu) 08:16
>>574
了解しとるよ。関税の件では、関税をとっぱらった場合、生産者に少なくとも失った
生産者余剰の分を補償してやらないとパレート改善にはならないよね。
576 :ぺリクルス:2003/01/16(Thu) 10:14
>>568で「パレート基準と余剰は一度断ち切ったほうがいいと思われ。」とゆーとる
人は、

>直感的には、生産者は生産者余剰をより多く獲得することを好むだろうし、消費者は消
>費者余剰をより多く獲得することを好むであろうということは推察できる。

という点に関しても反対するのかな。俺は「直感的には、生産者は生産者余剰をより多く
獲得することを好むだろうし、消費者は消費者余剰をより多く獲得することを好む」と
いう観点からもパレート最適を考えることができると思うけどな。
577 :走る名無しさん:2003/01/16(Thu) 10:50
消費者余剰と効用の関係がどうなってるか一度きちんと勉強しれ
578 :走る名無しさん:2003/01/18(Sat) 03:36
>>575
>>574が了解されてるんだったら、このスレの本来の目標は達成されたんじゃない?

>>576
生産者、消費者と一口に言っても、
いくつもの会社、何人もの人の集まりであることに注意せよ。
パレート最適という概念は、原理的には生物学的な個体を最小の単位として考える。
(家族、家系が単位とか、1個体内に複数の人格を考えるのは例外。)
当然、パイをどのように分けるか、補償をどのようにするか、は、
生産者vs消費者、だけでなく、生産者内部、消費者内部の問題としても残っている。

また、会社は給料を社長、従業員、株主に払って、
かれらはその金で消費をして、そこではじめて効用をえることにも注意せよ。
効用はカネそのものからは発生しない。かれらも消費者である。

だから、
「直感的には、生産者は生産者余剰をより多く獲得することを好むだろうし、
消費者は消費者余剰をより多く獲得することを好む」
は、おおらかな気持ちで読めば意味は通るが、
細かいことをいうと、少し変。
生産者、消費者という集合体はなにかを好んだりしないし、
生産者は、利潤自体を好んだりしない。
適切に直すこと。

>>577
準線形効用関数u_i(x_i,y_i)=v_i(x_i)+y_iを仮定して、初期保有(z_i,w_i)として
消費者余剰=Σ_i(配当以外からくる効用)=Σ_i(v_i(x_i)-v_i(z_i)-p(x_i-z_i))
だね。
579 :ペリクルス:2003/01/18(Sat) 22:50
>>578

>規制をとっぱらって、完全競争にすれば、(外部性がない、などの条件がそろえば
>、)パレート最適な配分が達成できるが、補償をうまくしてやらなければ、規制前
>にくらべてパレート改善するとは限らない。

まずお断りをしておかねばならない。俺は「完全競争はパレート最適である」という
ことを理解しているが、それはあくまでもエッジワースのボックスダイヤグラムの単
純なモデルで理解しているということだ。このモデルで「社会厚生が最大になってい
ると、その状態でパレート最適になっている」と理解しているが、関税と社会的厚生
のような具体的な例でもそうであると証明することはできない。

外部性のような問題があるときには、新古典派でさえも規制撤廃で完全競争を作り出
せないと考えているのなら、俺は>>01のような批判をもうしないであろう。すり師匠
の紹介してくれたスティグリッツの弟子の本を読んでみようと思う。

>パレート最適という概念は、原理的には生物学的な個体を最小の単位として考える。
という点についてだが、生物学的な固体が最小の単位であっても、意思決定主体が生物
学的な固体とは限らないということであれば俺は納得できる。
もし「意思決定主体=生物学的な固体」ということであれば、パレート最適という概念
はヨーロッパ的な個人主義の社会には使える概念であっても、血縁関係や一族の重んじ
られるアジア社会には使えなくなる。

>>577については、準線形効用関数など俺が知るわけもないから理解しようもない。
580 :ペリクルス:2003/01/18(Sat) 23:00
>>579の訂正
生物学的な固体→生物学的な個体

>>578
>生産者、消費者という集合体はなにかを好んだりしないし、
>生産者は、利潤自体を好んだりしない。

え、なんで?意思決定主体は生物学的な個体に限定されないわけでしょ。一企業が、一つの
意思決定主体として、より多くの利潤を好んだりするだろう。一家族が、一つの意思決定主
体として、より多くの消費者余剰を好んだりすることもあるだろう。
581 :ペリクルス:2003/01/18(Sat) 23:20
もう2つ、はっきりさせておきたいことがある。

「外部性」という問題を考えると、「価格」「自分の目的関数」だけで意思決定主体が自己の
行為を決定している単純なモデルではなく、「他人の決定」をも意思決定主体の行為に影響を与
えるようなより複雑なモデルを考えなければならないということを今まで学んだ。

このことはパレート最適についても同じことが言えるのか?エッジワースのボックスダイヤグラ
ムのような単純なモデルではまさに意思決定主体は「価格」と「自分の目的関数」だけで行為を
決定することが想定されていた。しかし、「外部性」という問題も考慮すると、パレート最適が
どのように達成されるのかを考察する場合には、「他人の決定」がどのように意思決定主体に
相互影響を与えているのかをも考慮しなければならなくなるのか?

確かに「この世にミカン一財しか存在しない」というきわめて特殊な状況の中でパレート最適を
考えれば、銅鑼氏のいうように、価格という要素を考えずに「ただ意思決定主体は自分の目的関
数に従って行為を決定する」ということだけを考えればいいだろうが。

あともう一つはセンについてである。センはパレート最適という概念を批判したそうであるが、
センは「パレート最適は無意味な概念だ」ということを主張したのか?今後の参考のために、
誰か教えて欲しい。
582 :ペリクルス:2003/01/18(Sat) 23:48
今日はいっぱい質問ばかりしてもうしわけないが、ぜひ答えていただきたい。俺の成長は、
この国の成長なのである。日本のより成熟を望むものならば、俺の問いに答えてくれるで
あろう。

>>570と>>579-581に答えて欲しい。わかりにくい文章だったら、どのようにわかりにくいか説
明してほしい。
583 :走る名無しさん:2003/01/19(Sun) 02:50
>関税と社会的厚生のような具体的な例でもそうであると証明することはできない。

証明しろ。できるはずだ。
物理的な制約条件は、
「生産された以上には消費できない」(「みかんは10個しかない」の変形したかたち)
だ。
どのような生産を行っても、それを誰がどのように消費しても、
関税のない場合の競争均衡をパレート改善しないことを示せ。
584 :走る名無しさん:2003/01/19(Sun) 02:52
同じことを2点繰り返しておく。

経済学における意思決定主体は、消費者と企業だ。
消費者の単位は個人か家計だ。
消費者の単位はあまり大きくしすぎないことが重要だ。
「世の中(とか日本国民とか人類)の総意にしたがって消費する」という
全体主義的な発想は、経済学ではしない。
つまり、消費者は消費者余剰を最大化するようには行動しないし、
企業は生産者余剰を最大化するようには行動しない。
完全競争市場では、結果として社会厚生が最大化されているにすぎない。
たとえば複占市場では、企業1は企業2の利潤を考慮しない。

企業は意思決定主体だが、企業は効用を得ない。
企業の利潤は社長、労働者、株主に割り振られる。
かれらが最終的に消費をして、効用に変換される。
パレート最適性を判断する場合、
登場人物は人間だけであって、企業は含まれない。
考慮すべきものは効用だけであって、利潤ではない。
585 :走る名無しさん:2003/01/19(Sun) 02:54
>もし「意思決定主体=生物学的な固体」ということであれば、パレート最適という概念
>はヨーロッパ的な個人主義の社会には使える概念であっても、血縁関係や一族の重んじ
>られるアジア社会には使えなくなる。

これはよくわからない。
僕はこのへん何も知らないが、
血縁関係は社会保障の一形態にすぎないんじゃないか?
各自の効用を高めるための(市場と補完的な関係にある)1つの制度、
とは捉えられないのか?

まず、ペリの考えるアジア人の効用関数を説明してくれないと意図がわからない。
586 :走る名無しさん:2003/01/19(Sun) 15:03
>>579
>もし「意思決定主体=生物学的な固体」ということであれば、パレート最適と
>いう概念はヨーロッパ的な個人主義の社会には使える概念であっても、血縁関
>係や一族の重んじられるアジア社会には使えなくなる。

もし「意思決定主体=生物学的な固体」ということであれば、パレート最適と
いう概念は相手のことはどうでもよくて自分のミカンの数が多ければよいと考
えている利己的な兄弟には使える概念であっても、相手の気持ちを重んじる仲
の良い兄弟には使えなくなる。

なんてことは全然ないということをぺリはすでに理解しているはずだ。
各人が血縁関係や一族を重んじる効用関数を持つようなモデルを考えれば、
血縁関係や一族の重んじられる社会を扱うことは可能である。

しかし、「どうして血縁関係や一族を重んじられるようになったのか? その
ような社会が存続して来たのはなぜか?」のような問題について考えたければ、
血縁関係や一族を重んじる効用関数が最初から与えられたものとして出発する
議論は不十分だということになってしまう。
587 :ペリクルス:2003/01/19(Sun) 16:38
>>583
あ、やっぱり「社会厚生が最大になっていると、その状態でパレート最適になっている」と
ゆーことは理解していなかった。今までテキストでそのことを扱ったことはない。
俺は205ページで「完全競争市場均衡は最大の社会的厚生をもたらす」ということを学んだ。
そして、210ページから214ページまでで「完全競争市場の均衡点は、パレート最適になる」
ということを学んだ。しかし、そのことをもって「最大の社会的厚生のときはパレート最適
である」と断定するのは論理の飛躍かもしれない。

「生産者は生産者余剰をより多く獲得することを好むだろうし、消費者は消費者余剰をより
多く獲得することを好む」ということが厳密な意味でも言えるのならなんとか証明できるか
もしれないが。
588 :ペリクルス:2003/01/19(Sun) 17:05
>>584
>パレート最適性を判断する場合、登場人物は人間だけであって、企業は含まれない。考慮す
>べきものは効用だけであって、利潤ではない。

なるほどだね。エッジワースのボックス・ダイヤグラムだと、意思決定主体のAとBは交換した
りするから(つまり売買を行うから)パレート最適の概念は消費者だけではなく企業も含まれる
と思い込んでいたよ。

>>585
>ペリの考えるアジア人の効用関数を説明してくれないと意図がわからない。

ヨーロッパ人の社会、アメリカ人の社会は個人主義の社会、自己責任の社会だ。だから、個人
や家計のようなとても規模の小さい意思決定主体が、自己の行為を決定することになる。しか
し、アジア社会では、個人や家計よりももっと大きい単位で行為を決めたりすることも多々あ
るだろう。村の酋長が集会を開いて村人がどのように物を消費したりするのか相談しあって決
めるということもあるのだ。

だから、俺は「意思決定主体=個人、もしくは家族のような小さい規模の家計」と解釈すると、
ヨーロッパ的な社会以外にはパレート最適の概念を使えなくなるのではないかと危惧する。
589 :ペリクルス:2003/01/19(Sun) 17:20
なんどもスリ師匠とかに指摘をうけてきたことをぶり返すかえしており、くどいというほど
くどい確認になるが、よろしくお願いしたい。

>各人が血縁関係や一族を重んじる効用関数を持つようなモデルを考えれば、
>血縁関係や一族の重んじられる社会を扱うことは可能である。

個人同士の関係、家族同士の関係、家族と一族の関係などを考慮するような効用関数を想定し
てパレート最適を考慮することもできる。このことは、パレート最適という概念が想定する個
人が与えられた価格だけに反応して自己の目的関数に従って効用を最大化しようとするという
ことを意味するにしても、必ずしもパレート最適という概念が悪い意味の利己的個人だけを想
定していることにはならないということだね。

つまり、価格だけを頼りに自己の目的関数に従って自己の効用を最大化するという行為が、そ
のまま他人との関係性や社会との関係性をも含ませるということがいくらでも可能ということ
になるわけだね。

しかも、異なる文化圏には異なる効用関数を想定してモデルを作ることができるから、パレー
ト最適という概念はいかなる経済文化圏にも使いうる汎用性の高い概念になるわけだね。
590 :ペリクルス:2003/01/19(Sun) 20:02
>>581に誰か簡潔に答えてくれるとありがたい。俺が外部性の単元に行き着くまでにはまだ時間
がかかりそうなので、以後の参考としてごく簡単にでも教えてくれると助かる。

きめ方の論理―社会的決定理論への招待 佐伯 胖 (著)

なる本がパレート最適の学習には評判がいいらしいが、誰か読んだ人がいたら感想を聞かせて
ほしい。なんつーか、最近は聞いてばかりだが、もう少しの辛抱だから我慢して欲しい。
591 :v:2003/01/19(Sun) 20:08
立ちあがれ沈黙の患者
患者が沈黙を破り、損保、弁護士、医師と対峙する。
ttp://akumahoken.com
592 :走る名無しさん:2003/01/19(Sun) 21:55
>>588

資源分配の決定の仕方がどうであってもパレート最適性の概念は適用可能である。

たとえば、ミカンの分配の仕方に関する兄弟の効用関数さえ与えられれば、
兄弟とミカンだけで構成される社会にパレート最適性の概念を適用可能である。
兄弟がどのように資源分配の仕方の決定を行なうかは適用可能性とは無関係である。

兄弟の意向を完全に無視して第三者が強制的に兄弟へのミカンの分配の仕方を
決める場合であっても、その結果にパレート最適性の概念を適用可能である。
もちろん、兄が独裁者のごとくミカンを分配する場合であっても、
兄弟が仲良く話し合ってミカンの分配の仕方を決める場合であっても、
兄弟が喧嘩という手段によって自分の取り分を決める場合であっても、
ミカンの分配の結果にパレート最適性の概念を適用可能である。

以上で説明したことをすでにぺリは理解しているはずだ。
593 :走る名無しさん:2003/01/20(Mon) 06:01
>>590
佐伯さんの本は、アローやセンの話が証明込みで載ってる。
数学や経済学の知識はそんなにいらないから、ペリも読める。
僕は学部2年のときに読んだけど、いい本だったと思うよ。
後半はよく分かんなくなっちゃったけど。
594 :走る名無しさん:2003/01/20(Mon) 06:12
>>588に関して>>592氏に同意するが、さらに補足。

>村の酋長が集会を開いて村人がどのように物を消費したりするのか相談しあって決
>めるということもあるのだ。

このような資源分配の決定の仕方は、
村人が利己的(効用が自分の消費量のみで決まる)でも、起こりうる。
アメリカ人だって議会を開いて税金の使い方を決めてる。
ペリの例は「村人がアメリカ人と本質的に異なる効用関数を持つ」証拠になっていない。
595 :走る名無しさん:2003/01/20(Mon) 12:26
>パレート最適の学習
あれほど皆に教えてもらいながら、ぜんぜん判ってないことの証し。

まあ、>>590の本の間違い探しができたら、この本を終えたことになるとも云う(笑)
10年ぐらい日本語ではこれ1冊のみだったため名高いが、今となっては、いい本ではない。
まあ、この本からの丸写しかどうかで、論文の軽重を測れるが(爆)
596 :ぺリクルス:2003/01/20(Mon) 18:45
>>594
久しぶりにキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!って感じでしたね。納得したよ。

ところでだ、新古典派は別にパレート最適な状態がいいっていってるわけじゃないし、
いろいろな効用関数でモデルつくれるわけだし、センやそのシンパはいったい新古典
派の厚生経済学のなにを批判しているんだ?なんかセンやその一味の連中は新古典派
の揚げ足取りをやってるってことになるんじゃねーのか
597 :ぺリクルス:2003/01/22(Wed) 19:00
ワルラス均衡について (1)

ゼミナールスレの647氏によれば、

「経済学者は、外部性のある経済では(政府の適切な介入がないならば)ワルラス
均衡が実現すると考えている。しかし、ワルラス均衡配分はパレート最適でないた
め、(政府に適切な介入ができると考える)一部の経済学者は、ワルラス均衡を実
現すべきでないと考えている。均衡はポジティブな概念「何が実現するか?」で、
最適性はノーマティブな概念「何を実現すべきか?」だ。」

とのことである。ありがたい情報を頂戴したと思う。
(本当はいろいろ過去の投稿から引用などしたいが、重すぎてそれができない状態
にある)

俺はワルラス調整過程の結果、需要量と均衡量が一致した状態をワルラス均衡であ
ると思っていたから、えらい勘違いをしていたようだ。もう少しで「外部性」のと
ころに行き着くので、予習がてら少し教えてもらいたい。

(1)ワルラス均衡は中華経済圏でもイスラム経済圏でも東南アジア経済圏でも
欧米経済圏でも、あらゆる経済圏で起こりうる均衡状態なのか?また、それは
なぜか?
598 :ぺリクルス:2003/01/22(Wed) 19:05
ワルラス均衡について(2)

(2)パレート最適という概念は「規範的」であり、「何を実現すべきか」という
ことに言及している概念であるとのことである。しかし、これまでの議論で俺が
わかってきたことは、新古典派であれケインズ派であれパレート最適であるから
その状態が望ましいとは考えないということであった。しかも、実際にはパレー
ト最適な状態を作り出すことは難しく、せいぜいパレート改善を目指すのが経済
学の目標であるということであった。

仮にパレート最適な状態が実現できるとしよう。しかし、それが「実現すべき状
態」ではない。例えば、関税を撤廃してパレート最適な状態にしてみよう。そう
すると、農産物などを生産していた人は一方的に不利益を被ることになり、日本
の農業は滅びるであろう。しかし、実際に、経済学がそのようなことを目指して
いるわけではない。仮に関税率が下げられていったとしても、それと同時に、例
えば農家の人に所得再分配で経済的に支援するとかの措置が取られて、パレート
最適ではなくパレート改善が目指されるのである。

よって、俺にはパレート最適という概念がnormativeと言われる所以がわからな
いのである。
599 :走る名無しさん:2003/01/22(Wed) 21:19
「社会の誰かの状態を今よりよくしたとき、誰の状態も悪化しない」なら、その状態は
パレート最適(というか、パレート効率的)ではない。それを繰り返していって、「誰
かの状態を改善しようとしたら、他の誰かの状態を悪化させるしかない」という状態に
至ったら、それがパレート効率的だという。つまり、改善の余地がないなら、それが最
善だとみるわけだ。

ただし、パレート効率的な状態は、分配の問題をネグっているんで、さまざまな分配状
態に応じてパレート効率的な状態が想定できる。

とかいうのが、一般的な理解でしょう?
600 :ぺリクルス:2003/01/22(Wed) 21:39
>>599
パレート改善じゃない結果としてもパレート最適な状態になりうるということを、不完全ながら
も助けを借りながらこのスレで検証してみたつもりだったがね。
601 :走る名無しさん:2003/01/23(Thu) 06:22
>俺はワルラス調整過程の結果、需要量と均衡量が一致した状態をワルラス均衡であると思っていた

それでいいんじゃないの?誰もこの定義に文句いってないよ。
そして、この調整過程は、たとえ外部性があったとしても働く。
ぺりが勘違いしていたと思ったのは勘違いだ。

(2)
パレート最適性は、世の中の「良さ」を判断する基準(規範的概念)の1つだ。
これが唯一の基準というわけではないが、 重要な基準の1つではある。

パレート基準は「パイ全体を大きくしろ。」といい、
パイの分け方には言及していない。

パイが小さい(パレート最適でない)状態は「良くない」状態だが、
パイが最大(パレート最適)な状態ならばどんな状態でも「良い」わけではない。
602 :ぺリクルス:2003/01/23(Thu) 14:52
ワルラス均衡について (3)

>>122では非ケインジアン氏が、

>一般均衡なんてのは、複数の市場の均衡を考えているというだけで、意味が無い。

と言っている。

しかし、他の人たちは「ワルラス法則により、すべての市場において需要と供給の
一致する価格が存在している状態」のことをワルラス均衡(一般均衡)といっている。
なぜ非ケインジアン氏が「すべての市場」ではなく「複数の市場」といったのかぜひ
知りたいところだ。

さて、ここからが本題である。ワルラス法則(ワルラス調整過程)とはどのようなもの
であっただろうか。ゼミナールの206ページには次のように書かれている。
「超過需要が存在すると価格が上昇し、超過供給が存在すると価格が低下して、需要
量と供給量が一致するという均衡メカニズム」なのである。不均衡においてもワルラ
ス法則が働いているということを考慮すれば、「超過需要が存在すると価格が上昇し、
超過供給が存在すると価格が低下する法則」といったほうがよりわかりやすかもしれ
ない。
603 :ぺリクルス:2003/01/23(Thu) 15:20
ワルラス均衡について (4)

俺はこれまで「完全競争市場」「独占市場」「独占的競争市場」「寡占市場」を学んできた。
しかし、ワルラス法則(=超過需要が存在すると価格が上昇し、超過供給が存在すると価格が
低下する法則)が働くことによって価格が決まっているのは「完全競争市場」だけであって、
そのほかの市場においては基本的にMC=MRとなるように企業側がプライスメーカーとなって
価格を決めるようになっている。ミク戦によれば、独占企業または寡占企業は参入阻止価格
で物を売ったりするという説明もされているが、いずれにせよワルラス法則で価格が決まっ
ているのではない。

ある経済というのは「完全競争市場」「独占市場」「独占的競争市場」「寡占企業」の混在か
らなりたっているのであって、「完全競争市場」だけで成立しているのではない。このことが
意味するのは、外部性があろうとなかろうと、「ワルラス法則により、すべての市場において
需要と供給の一致する価格が存在している状態」などありえないということである。
604 :ぺリクルス:2003/01/23(Thu) 15:34
ワルラス均衡について (5)

よって「経済学者は、外部性のある経済では(政府の適切な介入がないならば)ワルラス均衡
が実現すると考えている。」と考えられていることには大きな疑問を抱く。さらには、「完全
競争市場」「独占市場」「独占競争市場」「寡占市場」でさえも「一物一価」を前提にしてい
る時点で現実を抽象化したモデルではなくなっているように思う。

銅鑼氏が以前に言った以下のゲーム理論や非対称性情報の経済学が対象にしている市場がまさに
現実的なモデルではないであろうか。以下に引用するような市場においてはワルラス均衡におけ
る均衡価格で取引が行われてはいないのである。

===========================================
競売人を取り除いて、企業や消費者が、少しでも高く売れる相手や、安く売ってくれる相手を探
してウロウロするような状況を考えると、同じ商品に関しても単一の市場とか単一の価格(一物
一価の法則)とかは消え去り、断片化された取引の集積としてゆるい意味で「市場」のようなも
のが存在するに過ぎない世界が出現します。そこで企業も消費者も「探索」=サーチを行いなが
ら、そのコストとの見合いで少しでも有利な取引機会を見つけるために活動し始めます。こうし
て、市場機構は価格情報のみによって制御されるという意味での「狭義の新古典派経済学の世
界」は崩壊し、ゲームの理論が幅を利かせる世界に突入する
===========================================
605 :ドラエモン:2003/01/23(Thu) 15:39
>ぺり

ワルラス法則とワルラス調整過程は、別の概念だぞ。

ワルラス法則とは、すべての財について、それぞれの超過需要価額(価格・超過需要量)
を合計すると恒等的にゼロになる(自由財は無視する)というものであり、予算制約式を
合計して導かれる関係である。

この法則を使えば、全部でN種類の財の存在する経済では、N-1個の財の市場が均衡す
ると、残りのN番目の市場は均衡してしまうことがわかる。このため、均衡条件を価格を
求めるために用いる方程式と考えれば、体系にはN-1本の(独立)方程式しかないとい
う意味だ。

そして、それぞれの需給関数は価格に関してゼロ次同次(すべての価格が同じ比率で動け
ば、量は変わらない)ために、独立な変数としての価格のN-1個しかないことになる。

本当は、ここから難しい数学(不動点定理)を使わねばならないので、単にもっともらし
いという直感的な話になるのだが、一応、未知数と方程式の数が同じN-1なら連立方程
式は解けそうな気がするだろう(笑;本当は違うのだが、今の段階ではそういう気分にな
ればよいw)

ワルラス法則はこういう文脈で出てくるもので、価格調整過程とは、基本的には関係ない。
606 :ぺリクルス:2003/01/23(Thu) 15:47
>>604
経済学者ってよくパイっていうけどさ、パイってなに?アップルパイのことか?それとも
オッパイのことか?オッパイはただ大きければなんでもいいというわけではなくて、乳首
の色もキレイじゃないとダメ、という話だったらわかりやすいけどね。

俺的には「パイ=社会的厚生=消費者余剰+生産者余剰」のことじゃないかと思うけどね。
社会的厚生が大きければ社会全体の利益が大きいであろうということは、まだ理論的に
しっかり理解できているとは思えないがイメージとしては理解している。

でも、関税の例でいえば、関税撤廃で一度パレート最適にして社会的厚生をMaxにしたあと、
国内の生産者に所得再分配などで支援した場合もパレート最適のままなのかな?という疑問
はある。生産者は効用をもつわけじゃないとか指摘も受けたけど、疑問として残っている所
だ。

また、完全競争における均衡価格ではパレート最適、完全競争における均衡状態では社会的
厚生は最大ということろまでは理解していても、パレート最適なら社会的厚生は最大だとは
まだ理論的に理解していない。おそらく、ゼミナールの377ページから学ぶことになるだろう
と予測しているが、まだそこまで到達していない。
607 :ぺリクルス:2003/01/23(Thu) 16:08
>>605 銅鑼氏、道具を出してくれ!!

ワルラス調整過程(超過供給で価格が下がり、超過需要で価格が上がるという法則)は、ワルラス
法則とは全然別物のわけね。すっげー誤解をしていたよ。

で、ゲーム理論や非対称性経済学の対象とする市場と、ワルラス均衡が実現してしまうような市
場というものは全然違うと思うんだけど、どっちが正しいのかな??

それから、ワルラス均衡とゆーのはどこの国の経済でも実現してしまうようなニュートン物理学
のように普遍性の高い法則なのかな?
608 :ぺリクルス:2003/01/23(Thu) 16:09
↑ 訂正
非対称性経済学→非対称性情報の経済学
609 :ぺリクルス:2003/01/23(Thu) 16:16
また訂正、606は>>601へのレス。
610 :ドラエモン:2003/01/23(Thu) 18:13
>ぺり@>>607

>ワルラス調整過程(超過供給で価格が下がり、超過需要で価格が上がるという法則)

これは「法則」ではないw。「法則」は、経験的に普遍的に観察される現象か、理論的に
導き出されたものである。だが、これは競売人の従う「規則」に過ぎないからだ。

一方、ワルラス「法則」は、予算制約式を合計すると出てくる会計規則であって、必ず
成り立つことが保証されているので(本当はもうちょっと面倒な不等式になるが)、
法則と呼ぶのにふさわしいのである。

>ゲーム理論や非対称性経済学の対象とする市場と、ワルラス均衡が実現してしまうよう
>な市場というものは全然違うと思うんだけど、どっちが正しいのかな??

ワルラス経済学の方法については、マーシャル的調整過程とワルラス的調整過程の比較で
述べたように、「仮想的でごく単純なモデルに、徐々に現実的な要素を加えていき、複雑
な現実を分析できるようにする」ということだ。つまり、この「方法」に従うなら、情報
が完全な市場は「仮想的だが扱いやすい」ので、まずはこれを徹底的に分析し、しかる後
に「不完全情報」とか「相手の出方=戦略行動=ゲーム」とかいう要因を追加してゆく事
になる。つまり、「どちらが正しい」という設問自体が間違いであり、「どこまで分かっ
ているか?」によって「教科書」に書く内容は変わってくるのだ。岩田ミクロには、貨幣
も入ってこないし、貯蓄や投資も入ってこない(のだと思うw)だから「非現実的」なわ
けだが、逆に、価格変化に対応した最適化行動の変化とかの最単純ケースに関する理解を
与えてくれる。しかも、経験的に、一定の条件が満たされていれば、そうしたモデルでも
現実に適用できることが、250年の経済学の歴史で「証明」されているのだ。
611 :ぺリクルス:2003/01/23(Thu) 18:37
>>610

北━(゚∀゚)━( ゚∀)━(  ゚)━(  )━(゚  )━(∀゚ )━(゚∀゚)━!!!!!
ってな感じだぜ。タケコプター級のことを教えてくれてありがとう。

調子こいて聞かせてもらうけど、稲葉氏が書いていたように、1980年代末くらいからIMFなどの
新古典派の早急な途上国の開発のやり方にスティグリッツが批判したのは、IMFとかが「仮想的
だが扱いやすい」モデルをろくに政策評価もせずに途上国の経済開発に使ったからだよね。それ
を契機に新古典派も反省して「不完全情報」や「外部性」を考慮した理論を構築したわけだね。

ワルラス法則はニュートン物理学のように普遍性の高い法則なわけだが、このワルラス法則の帰
結であるワルラス均衡というのは、ゲーム理論や非対称性情報の経済学が対象とするような「同
じ商品に関しても単一の市場とか単一の価格(一物一価の法則)とかは消え去り、断片化された
取引の集積としてゆるい意味で「市場」のようなものが存在するに過ぎない世界」においても成
立しうるような均衡なのか?

今日は聞いてばかりだが、ここのへんが漠然とでも見えてくると経済学がますますおもしろく
なるのでよろしく頼む。
612 :ドラエモン:2003/01/23(Thu) 19:42
>それを契機

したわけではない。1970年代初めに、俺が教わった「古典的ワルラス経済学」は、
行くところまで逝ってしまい、逝ってしまったのだ(爆)この間の事情については、
難しいので簡単には理解できないだろうが、ここの「数理経済学」スレッドで水道橋
博士とか飯田橋博士の激論の中で、明らかにされている。要するに「銅鑼は時代遅れ」
ということだ(涙

つーか、俺も「競売人のいない経済学」の研究をしてたのだな、大昔にはw。もちろん
こういう大研究は天才だけに許されるもので、凡人がやると人生を浪費してしまうこと
になるわけだが、この普遍的法則は、俺に関しても当然ながら貫徹したのだよw。

この70年代のはじめには、情報の経済学の最初の記念碑的論文であるアカロフの「レモン
の市場」というのが書かれている。これを契機にして、スティグリッツなどによる研究が
80年代になると一気に開花するのだよ。この間の事情と簡単な説明は、誰かが書いてい
るが、「非対称情報の経済学-スティグリッツと新しい経済学」藪下史郎、光文社新書が
とっつき易いであろう。

IMFの失敗で、不完全情報の経済学が始まったわけではなく、新古典派批判が強まった
わけでもないぞよ。
613 :ぺリクルス:2003/01/23(Thu) 20:14
>>612

えーーー、ドラエモンって21世紀型だと思っていたが、実は錆のはいった旧世代型だったわけ
だな。じゃあ、逝ってしまった新古典派が逝ってしまったマル経を批判しても五十歩百歩で批
判する資格ないじゃん。

「非対称情報の経済学-スティグリッツと新しい経済学」藪下史郎、光文社新書はスリ師匠の
紹介でアマゾンに注文したけど、この本は「スティグリッツなどの新制度学派に批判された新
古典派がどのようにして外部性や不完全情報をとりこんだ理論を構築したのか」という内容を
説明しているとしてスリ師匠に紹介されたんだけどなあ。明日くらいには本届くと思うけど。

ところで、>>610と>>612は矛盾しているぞ。>>610ではワルラス経済学の延長線上にゲーム理
論や非対称性情報の経済学があるみたいだけど、>>612ではワルラス経済学は死んでしまった
みたいに書いてある。それに、俺には>>611の問いに>>612の解答がどう対応しているかわか
らない。

俺は今までここで、「完全競争市場」を市場全体に実現させることはできないけど、ベンチ
マークとしては使え、市場をいかにして完全競争市場に近づけることができるのかというこ
とが経済学では考えられていると指摘されてきた。ワルラス経済学の方法論に従って現実の
市場経済を単純化したモデルが完全競争市場であるのに、当のワルラス経済学が死んでいる
なら、今の経済学はまるで「死体を見本にして生きた経済を考える」ようなことをしている
ことにならないか。
614 :歌舞:2003/01/23(Thu) 20:49
<逝ってしまった新古典派が逝ってしまったマル経を批判しても五十歩百歩で批
判する資格ないじゃん>

でもさあ、銅鑼のいってた中期的視点っての。これはいまの日本の経済問題
ではきわめて重要だってことで、漏れとヒクソンさんの間では合意があるんで
一概に銅鑼の非ワルラシアン路線を過去の遺物にするのもどうかなあ。
615 :ぺリクルス:2003/01/23(Thu) 20:52
あ、スリ師匠。できればゼミナールスレにレスお願いしたいんだけど。師匠は、今日は忙しくて
無理かなあ。
616 :ドラエモン:2003/01/24(Fri) 00:10
>>613

言いにくいことを大声で言う奴だな(藁)教わってる立場くらいわきまえて、武士の情けを
掛けても罰は当たらんぞw。

良く読め。スティグリッツもアカロフも、ある意味みんな新古典派だ。というよりワルラスの
方法の信奉者だ。つまり、非現実的でも完全に理解できるモデルから出発し、徐々に現実へと
そして複雑な物へとモデルを進化させるという方法だ。そして、科学とは方法(だけではないが)
なのだ。
617 :ゼミナールスレの647:2003/01/24(Fri) 09:48
僕はちっちゃいオッパイのほうが好きです。

その話じゃなくて、ワルラス均衡の話は、
ペリの質問が「外部性があってもワルラス均衡は成立するのか?」というものだったので、
完全競争+外部性の範囲だけで考えて「成立する。」と答えたまでです。
(ホントは、外部性のある経済の均衡を「ワルラス均衡」と呼ぶかどうか、少し不安です。)
寡占競争はひとまずパス。

>>611
>ワルラス法則はニュートン物理学のように普遍性の高い法則なわけだが、このワルラス法則の帰結であるワルラス均衡というのは

まだ間違ってるぞ。

ドラさん>>605の説明を引用:
>ワルラス法則とは、すべての財について、それぞれの超過需要価額(価格・超過需要量)を合計すると恒等的にゼロになる(自由財は無視する)

ワルラス法則というのは論理的に演繹される関係式だ。
中級のミクロ経済学の教科書を読めば、必ず載ってる。
ニュートン物理学と対比すべきものではなく、
「三角形の内角の和は180度である。」というぐらいの主張だ。

ワルラス均衡はワルラス法則の帰結ではない。
プライステーカーの仮定とワルラスの価格調整過程の結果だ。
618 :ぺリクルス:2003/01/24(Fri) 18:26
>>617
とゆーことは、
>>154氏が

>ワルラス法則により、すべての市場において需要と供給の一致する価格、つまり
>均衡価格が存在しているという状態を非ケインジアンは「ワルラス均衡」と呼ん
>でいるのだと思うよ。

といっているのは「ワルラス法則」→「ワルラス調整過程」に訂正する必要があるね。

「完全競争市場において、全ての市場について、ワルラス調整過程の結果、需要量と供給量が一
致した状態がワルラス均衡である。この調整過程とワルラス均衡はたとえ外部性があったとして
も働く」とゆーことが正しい理解なわけだね。ここからわかることは、新古典派でさえも完全競
争市場を市場全体に実現できるとは考えていないわけだから、現実の経済ではワルラス均衡は実
現しないとゆーことだね。

>「完全競争市場」を市場全体に実現させることはできないけど、ベンチマークとしては使え、
>市場をいかにして完全競争市場に近づけることができるのかということが経済学では考えられ
>ている。完全競争市場は実現できないが、経済学者はパレート改善をめざす。

とゆー理解はいかがだろうか。正しいことを祈るばかりであるが。
619 :ぺリクルス:2003/01/24(Fri) 18:34
>>616

銅鑼氏には感謝してるよ、マジで。

ところで、新古典派とケインジアンは犬猿の仲と聞くが、ケインジアンはワルラス経済学の手法
を使わないのかね。
620 :走る名無しさん:2003/01/25(Sat) 12:29
>619
ケインジアンの定義次第ではあるが、ごく一般的な用法で言えば、ケインジアンも方法論としては
新古典派であることは間違いない。実際、元祖ケインジアンであるヒックスも、ワルラス法則を使っ
ているぐらいだし。
621 :ドラエモン:2003/01/25(Sat) 15:19
>>619

ケインジアンといっても、いろんなのがいる。昔なら、金融政策無効論・財政マンセーを主張す
る香具師をケインジアンと分類して、それほど間違いではなかった。しかし、80年代以降は、
この分類は妥当しない。俺は自分ではケインジアンだと思っているが、大抵の連中は俺のことを
マネタリストだと思っていて、ケインジアンの反対派だと信じている。

そもそも、大昔にマネタリストの家元フリードマンが「我々は全てケインジアンだ」と断言し、
その後でケインジアンの大家であるモディリアーニが「我々は全てマネタリストだ」と断言した。
それくらい、なにがケインジアンかを決める基準はハッキリしなくなっている。その一方で、
ルーカス以下の「現代古典派」とか「新しい古典派」の連中はマネタリズムの理論的基礎を厳密
な形で与えた主張し、フリードマンも同意して見せているが、客観的に見ると、昔のケインジア
ンとマネタリズムの距離と、現代古典派とマネタリズムの距離では、後者が前者を大きく上回っ
て居るようにしか見えない(そう見えるから、俺はマネタリスト的ケインジアンなどと呼ばれて
いるわけだ)

まあ、今のペリの学習到達段階では、そんな議論は早すぎ。まだまだ勉強しなければならない最低
の基礎分野は、山ほど残っているから、安心して良い(笑
622 :走る名無しさん:2003/01/25(Sat) 15:38
ぺリたんはブルジョア経済学の手法の中に悪しき思想が紛れ込んでいるという
先入観に取らわれ続けている。

そのせいで、馬鹿ばかしいほど単純で簡単な概念である「パレート効率性」
や「パレート改善」の定義の理解に信じられないほど手間どってしまった。

そろそろ、ブルジョア経済学の手法の中に悪しき思想が紛れ込んでいるという
思い込みを徹底的に疑ってみるべきである。

しかし実際には、ブルジョア経済学が用いている手法
(思い切った単純化の仕方や数学の自由な利用や様々な均衡概念などなど)は
科学的な考え方を否定しない人であれば、
誰にでも利用可能でかつ批判にも開かれていることを認めるべきだ。
623 :走る名無しさん:2003/01/25(Sat) 15:41
>>622から「しかし実際には、」を削除。
624 :ぺリクルス:2003/01/30(Thu) 06:28
>>618について誰かコメントくれ。

いろいろとトラブルがあって、届くのが遅くなってしまった「非対象情報の経済学」
という本であるが、ざっと読んでみてとてもおもしろい本だった。

しかし、非対称情報の経済学が新古典派経済学の発展バージョンと考えられるとゆ
ーこの本を推薦してくれたスリ師匠の解釈には疑問をもつ。スティグリッツは若い
ころに新古典派の理論にずっと疑問をもっていて、その疑問を追及していった結果、
新制度経済学なる新しい経済学を切り開いた。

スティグリッツは新古典派に批判的な人であったのであって、彼の理論を新古典派
の発展形態としてもよいものなのだろうか。
625 :走る名無しさん:2003/01/30(Thu) 11:47
スティグリッツは独自の正義感の持ち主だというのは確かなことだと思うが、
そういう思想的な面を忘れて、使っている道具や議論の進め方の流儀を見れば
通常のブルジョア経済学(特に新古典派)そのものであることがわかる。

新古典派を否定してそれとは別に非対称情報の経済学があるのではなく、
新古典派が用いている道具を全て認めた上で、
それに新たな知見を付け加える形で非対称情報の経済学があるのだ。
理論の発展の典型的な事例。

数学的モデルを作って議論することができない人たち向けの解説をするときには、
「新古典派」「新制度学派」のような言い方をせざるを得ないこともあるだろうが、
数学的なモデルを用いて議論している本当の姿からは程遠い印象を与えてしまう。
その害は無視できないくらい大きい。

ぺリはそういう害に暴露され過ぎているせいで、
間違った考え方からなかなか抜け出せないでいるのだ。
被害者の一人であることをそろそろ自覚しても良いころだと思う。
626 :走る名無しさん:2003/01/30(Thu) 12:04
「新古典派」は邪悪な経済学であり、
スティグリッツはそれを否定して正義の経済学「新制度学派」を発展させた
のようにぺリは考えたがっているように見える。

そのような考え方は、「パレート最適性」は邪悪な考え方であり、
社会正義をつらぬくためにはそれを否定しなければいけない、
と考えていた過去のぺリと同じ誤りを犯している。

「パレート最適性」の概念自体が邪悪でないのと同じように、
「新古典派経済学」の理論自体も邪悪ではないのだ。

IMFに対するスティグリッツの批判は理論の応用の仕方に対するものであり、
「新古典派経済学」の理論自体を否定しているわけではない。
実際、スティグリッツ自身の理論は新古典派の理論の発展形なのである。
(本当は「新古典派」という曖昧な言い方自体に問題がある。)

思想と理論を分離して考えることができるようにならなければいけない。
それができないと、有用な概念や理論を邪悪な思想とみなして否定するようになる。
有用な概念や理論は個人のパワーのみなもとである。
弱者の味方のふりをしてそれらを邪悪な思想とみなして否定する人たちは
結局のところ弱者からパワーのみなもとを奪う活動をしているのである。
627 :ぺリクルス:2003/03/07(Fri) 22:44
アダムスミスと部分均衡のアイデアについて(2)

例の「神の見えざる手」については、ゼミナールの212ページに次のように引用してある。

「あらゆる個人は、必然的に、この社会の年々の生産物をできるだけ多くしようと骨を折ること
になる。いうまでもなく、彼は通常、公共の利益を促進しようと意図してもないし、自分がそれ
をどれだけ促進しるるあるかも知らない。かれはただ自分の利益だけを意図するにすぎないが、
それにもかかわらず、他の多くの場合と同じように、見えざる手に導かれ、自分が意図してもみ
なかった目的を促進することになる。かれがこの目的を全然意図しなかったということは、その
社会にとってそれを意図する場合よりも必ずしも悪いわけではない。自分の利益を追求すること
によって、実際に社会の利益を促進しようと意図する場合よりも、より有効にそれを促進するこ
とになる場合がしばしばあるのである。私は、公共の幸福のために商売しているというふりをす
る人々が幸福を大いに増進させたなどという話を聞いたことがない。」
628 :ぺリクルス:2003/03/07(Fri) 23:02
アダムスミスと部分均衡のアイデアについて(3)

↑のアダムスミスの「神の見えざる手」のアイデアはまさしく俺が完全競争市場をゼミナール
でやってきたときのアイディアそのものだ。俺がゼミナールでやった理論ってマーシャルの
部分均衡理論でしょ?だから、アダムスミスのアイディアはマーシャルによって数理的に理論
化されたと言ってもよいと思う。

http://ackey.pos.to/ackey/report/marshall/
629 :走る名無しさん:2003/03/08(Sat) 00:14
>思想を数理化して定理としてまとめた
この発想がおかしい。
定理をどう使うかの裏にイデオロギー(思想)があるという話ならわかるが。

それ以前に、「アダムスミスの「見えざる手」の諸解釈と現代的意義」なんちゅう
論文や本が山のようにあって、現代経済学は「見えざる手」の意義を忘れている、
なんて指摘があるのに。
630 :ぺリクルス:2003/03/08(Sat) 00:37
>>629
たしかにね。じゃあ、アダム・スミスの観察を理論化したと訂正しておこう。アダムスミスの
時代はまだ農業が中心でしかも商品の差別化があまり進んでいなかった時代だから、完全競争
市場の仮定の上ではどのような現象が起きるのかを予想しやすい状況下だったと思うしね。

第2点目の指摘だけど、香川大学経済学部の「ミクロ経済学高速入門」という三原麗珠氏の講
義用の資料がウェブ上にあったけれども、この資料によれば「厚生経済学の第一命題」は、
「見えざる手の定理」と呼ばれているらしいが。
631 :"ドラエモン":2003/03/08(Sat) 18:05
>ぺり

スミスの時代は、依然として王権と結んだ独占商人が跋扈する時代であって、とても完全競争
モデルが現実を記述する手段として有効だったなどとは言えない時代だゾよ。

スミスの理論は、そういう前近代的束縛を打破して、市場機構の機能を用いた経済発展の可能
性を明確に打ち出したものである。ある意味で、「構造改革」の本だったのだよ。
632 :走る名無しさん:2003/03/09(Sun) 02:26
「厚生経済学の第一命題」をわざわざ「見えざる手の定理」と呼ぶ無教養なアメリカ人
は、よくある、資本主義=市場=アダムスミスとかいう、馬鹿な連想ゲームをしてるだけ。

それで、ペリは何がしたいわけ?
>>627 の引用と「アダムスミスと部分均衡のアイデア」という表題は、いったい何の関係が?

そうそう、ドラエモンが言ってるように、現代の単純で阿呆な「自由競争市場論」
(グローバリズム?)と異なる点にこそ、スミスが自由な市場を擁護した理由がある
と思ったほうが良い。
633 :ぺリクルス:2003/03/09(Sun) 16:44
>>631>>632
ふーん、ということは現実的バックグラウンドがないのに、今の経済学の先駆的な著書を書いた
ということは、アダムスミスはニュートン級の天才だな。

俺がしたいのは、「神の見えざる手」が具体的にはどのように現在の理論に反映されているかを
知るということ。メガビでは神の見えざる手は静態的というよりも動態的であり、部分均衡的と
いうよりも一般均衡的であるという指摘を受けた。
634 :ぺリクルス:2003/03/09(Sun) 17:02
>>625の
=======================================
「債券」「外債」「預金の利子率」といった証券と結びつきの強い金融資産の市場にお
ける均衡価格の成立と同時に、証券の価格も決まるということを、一般均衡理論で説明
できる。
=======================================
はそんなに意味不明なことを書いているか?

やっぱり一般均衡つーのは「すべての」市場で均衡価格が成立しているつーことであって、
関係の深い市場(例えば、「債券」「外債」「預金の利子率」「株価」)だけにおける均衡価格
を考えるのでは不十分なのか?
635 :ドラエモン:2003/03/09(Sun) 17:09
一般均衡と部分均衡の違いは、要するに何処までをモデルで説明する(内生変数)にして、どこ
からを前提条件(外生変数)にするかということだ。例えば、日本経済を説明するモデルで、外
国の経済情勢が日本で起きることと関係ないというなら、そのモデルは日本経済しか説明しない
「部分均衡モデル」であるともいえるが、一方で、消費も投資も説明し、それで決まるGDPが
消費や輸入に跳ね返ってくることをちゃんと考えていることを協調すると「一般均衡モデル」で
あるともいえる。所詮は、問題の建て方なのだ。用語にあまり拘泥すると道を見失うぞ。

で>>625からの引用文>>634は意味不明ではないから安心せよ。
636 :ドラエモン:2003/03/09(Sun) 17:10
一般均衡と部分均衡の違いは、要するに何処までをモデルで説明する(内生変数)にして、どこ
からを前提条件(外生変数)にするかということだ。例えば、日本経済を説明するモデルで、外
国の経済情勢が日本で起きることと関係ないというなら、そのモデルは日本経済しか説明しない
「部分均衡モデル」であるともいえるが、一方で、消費も投資も説明し、それで決まるGDPが
消費や輸入に跳ね返ってくることをちゃんと考えていることを協調すると「一般均衡モデル」で
あるともいえる。所詮は、問題の建て方なのだ。用語にあまり拘泥すると道を見失うぞ。

で>>625からの引用文>>634は意味不明ではないから安心せよ。
637 :ドラエモン:2003/03/09(Sun) 17:10
う、二重になった。ゴメソ。
638 :ぺリクルス:2003/03/09(Sun) 17:40
>>銅鑼氏

では、念を押すように質問させてもらうけど、>>634の理解で間違っていないんだね??
639 :走る名無しさん:2003/03/09(Sun) 17:59
ぺリの素養からごっそり抜け落ちているのは科学的な考え方だ。
なにをなんのためにどのようにどれだけ説明したいかによって
利用するモデルを積極的に変えるという発想ができていない。

モデルに使われるようではいけない。
目的に合わせて我々がモデルを選択するのである。

現実を非常にうまく説明できる唯一の素晴しいモデルを
勉強しているつもりになってはいけない。
そういう発想で勉強するとモデルに使われることになるだろう。

「一般均衡理論」という言葉を知った人が
「一般均衡理論で株価を説明する」というようなことを考えると
わけのわからない議論を続けることになり失敗するだろう。

株価のなにをなんのためにどのようにどれだけ説明したいか
によって用いるべき適切なモデルは違ってくるのである。
しかも「一般均衡理論」というだけでは曖昧すぎてモデルが全然確定しない。
640 :ぺリクルス@質問野郎:2003/03/21(Fri) 01:06
>>639

将来、ミク戦で一般均衡理論を扱うことになるが、俺とミク戦スレで勉強している
青年たちがその理解をより深めるためにも一肌脱いで俺に知識を伝授してもらいた
い。

>「一般均衡理論」という言葉を知った人が
>「一般均衡理論で株価を説明する」というようなことを考えると
>わけのわからない議論を続けることになり失敗するだろう。
>株価のなにをなんのためにどのようにどれだけ説明したいか
>によって用いるべき適切なモデルは違ってくるのである。
>しかも「一般均衡理論」というだけでは曖昧すぎてモデルが全然確定しない。

株価をある目的のために説明したい時、具体的に一般均衡理論は使われうると銅鑼
氏からアドヴァイスを受けたのであるが、>>639氏はこういう言い方だとどこが曖
昧すぎるとお考えなのか?

また、「一般均衡理論で株価を説明する」もしくは「株価は一般均衡理論で扱われ
うる理論である」ということがどういう意味で失敗であるとお考えなのか。

ぜひ俺と経済学の徒のために教えていただきたい。
641 :走る名無しさん:2003/03/21(Fri) 03:11
ぺリ氏ってどれだけの基礎知識(数学と経済学)
あるんだろう?
あまり背伸びしすぎると知識が身につかないよ。
642 :走る名無しさん:2003/03/21(Fri) 04:30
工作が好きなやつに「部品はペンチで扱われうるというのは正しいか?」と聞いて
「扱われうる」という回答が返って来て何が嬉しいのかという問題。
643 :走る名無しさん:2003/03/21(Fri) 09:13
今さらですが、
http://www.se-inst.com/tox/src4.htm

当時「パンが無ければケーキ(原形ではブリオッシュ)を食べればいい」なる発言を
王妃マリー・アントワネットがしたとの風説がまことしやかに囁かれていたが、実際の
ところこれは完全な濡れ衣だった。この「発言」の出典はルソーの『告白』であるが、
この本が書かれた当時マリー・アントワネットは10歳前後でおまけにまだオーストリアに
住んでいた。さらによりよく読めばルソーがその発言を聞いたのは1740年頃、
マリー・アントワネットの誕生の15年近く前のことであることが理解される。結局
この発言はトスカナ大公夫人のものであったらしいことが判明している。
644 :走る名無しさん:2003/03/21(Fri) 15:40
>>643
こういう数字の出てくる一見まともそうな怪しい記述には注意。
原典を参照しているようで見てない(笑)

重大な事実が1つ抜けている、『告白』の出版はルソー死後。他にも、
ルソーはある「王女様」が言ったと記述。で、その王女様は後のトスカナ大公夫人ではないかと推定される。
645 :走る名無しさん:2003/03/21(Fri) 15:42
「パンがなければケーキ食えよ」という類の労働経済学者
http://www.iser.osaka-u.ac.jp/~ohtake/
646 :ぺリクルス@質問野郎:2003/03/22(Sat) 14:44
>>642
よーするに俺は「部品はペンチで扱われうるというのは正しいか?」というようなことを
聞いていて、

>>639氏は「部品をどういう目的でペンチで扱うのか説明しないと曖昧だ」。その目的をはっき
りさせないで「部品はペンチで扱われうるというのは正しいか?」と聞いても意味がないって
ことを言っているわけだね。

そんじゃあ、ミク戦のより真髄を理解するためにも「具体的にどういう目的で」、「株価」とい
う「部品」を「債券」「外債」「預金の利子率」といった他の関連性の強い「部品」と組み合わ
せながら「一般均衡理論」という「ペンチ」を使いうるのか、一例を教えてもらえないだろう
か。

本当に世話に焼ける質問房であるが、あと4年の辛抱だと思って伝授していただきたい。
647 :歌舞:2003/03/22(Sat) 23:57
四年? なんか先日は二、三年とかいってなかったか?
648 :兵陸留守:2003/03/30(Sun) 08:19
岩菊先生のゼミナールにおいても「一般均衡理論」という用語はでてこなかったも
のの、一般均衡理論の考え方は扱っていたようであった。ミク戦でもそろそろ一般
均衡にはいるので、そのとき復習がてらゼミナールの該当箇所のまとめなどもして
おこうと思う。

さて、ゼミナールにでてきた完全競争市場であるが、ゼミナールでは説明されなか
ったもののこのモデルには競売人の存在が仮定されている。一般的にこの競売人は
「私利私欲がない」と説明される(岩菊先生がそう説明しているわけではない)。
しかし俺はこの言説はおかしいと思う。

例えば、ゼミナールには反映されていないものの、競売人は取引量に比例して手数
料を受け取るというモデルで完全競争市場を説明する人もいるという。

ミク戦の場合は、仲売人は、ちょうど過不足なく取引が成立すれば1の利得を得、
そうでなければ-1、誰も取引しなければ0の利得を得ると仮定されている。

つまり、完全競争市場の第三者的競売人は「私利私欲がない」などとは言えない
のではないか、と思う。誰かこのへんのことについて教えていただけないであろ
うか。よろしく頼みます m(_ _)m
649 :兵陸留守:2003/03/30(Sun) 08:46
すり師匠は以前、

>「ワルラス均衡=(全ての市場における)完全競争市場+ワルラス調整過程」
と言っていたけれども、

全ての財市場について分析していなければ一般均衡と言えないのか、それとも銅鑼氏のように
複数の財市場について分析していても一般均衡といえるのかどちらが正しいのだろうか…。
650 :ぺりくるす:2003/03/31(Mon) 15:23
>>648-649の質問は俺にとって根本的に重要な内容であるから、ぜひぜひ苺の方々にお答え
いだだきたい。

>>648について補足質問しておく

ミク戦の156ページには、
「私たちは仲買人の売買手数料は(ほとんど)ゼロと仮定しているので、この手数料の問題を捨象
していることになります」とある。このことは上級のミクロ経済学の完全競争市場の分析におい
ても同様の仮定を用いることになるのか?それとも、上級ミクロでは、俺が>>648で書いたよう
に「競売人は取引量に比例して手数料を受け取る」といったことも加味して完全競争市場を分析
していくことになるのか?

ぜひぜひ解答してもらえるようよろしく頼む。
651 :走る名無しさん:2003/04/01(Tue) 03:50
一般に競売人の存在は、現実を記述するため、というよりは、
完全競争モデルもゲームとして記述できることを示すため、に仮定するのだと思います。
だから、競売人の利得関数は少々むちゃくちゃでもいい。

もし、リアルな競りをゲームとして記述したければ、
ぺりが>>648で書いたように、取引手数料を考慮するんだろうね。
すると、
限界効用=売り手への支払い価格+限界手数料、
限界費用=売り手の受け取り価格
で均衡するんじゃないかしら。
手数料がないときよりも取引量が少ないから、ちょっと死荷重が発生する。
652 :ぺりくるす:2003/04/05(Sat) 03:02
>>651

>一般に競売人の存在は、現実を記述するため、というよりは、完全競争モデルもゲ
>ームとして記述できることを示すため、に仮定するのだと思います。だから、競売
>人の利得関数は少々むちゃくちゃでもいい。

お返事ありがとう。でも俺の今回の疑問というのは、完全競争市場のモデルが現実的
かどうかということよりも、モデルの前提の中に「競売人が無視無欲である」という
ことが含まれているのかどうかということであった。ゲーム理論で完全競争市場を説
明する場合は競売人は自己の利得を最大化するような価格をつけようとするので競売
人は無視無欲とはいえない。

その一方で、新古典派経済学者も「競売人は取引量に比例して手数料を受け取る」と
いうことを捨象せずに完全競争市場のモデルを考えたりするのか?もしくは完全競争
市場のモデルに「競売人は取引量に比例して手数料を受け取る」といった新たな仮定
を付け加えることによってどのような変化が起きるのかを分析したりすることはある
のか?

ぜひぜひお答えいただきたい。よろしくたのむ
653 :ぺりくるす:2003/04/05(Sat) 03:04
>>649にもぜひコメントいただきたい。
654 :走る名無しさん:2003/04/05(Sat) 08:15
>>652
架空の存在である競売人をもってきて、
その人が「無私無欲である」かどうかを論じるのは意味がない。

それと>>651の後半で
「「競売人は取引量に比例して手数料を受け取る」といった新たな仮定
を付け加えることによってどのような変化が起きるのか」
を説明してるはずだが。
(買い手、売り手の立場だけを書いているけど、
この行動を前提としたときの競売人の立場での最適な行動は
バックワードインダクションで求められるでしょ?自分で考えてね。)

>>649
どっちだっていいじゃん。
655 :ぺりくるす:2003/04/05(Sat) 10:39
>>654

お返事ありがとう。

意味があるよ。競売人が架空であろうとそうでなかろうとその架空の競売人が無視無欲なのか、
それとも競売人も自分の効用なり利得なりの最大化をはかろうとするのか、ということは非常
に重要な問題である。

「競売人は取引量に比例して手数料を受け取る」といった新たな仮定を付け加えることによっ
てない時よりも生産量が少なくなり死荷重が生じるようになるという分析やミク戦のように競
売人が利得を最大化するような取引価格を決めるといった分析は、現代の経済学ではあたりま
えのように行われているつーことでいいよね?くどいようだが。

>>649はどっちでもいいということはない。すべての市場で完全競争均衡価格が成立していな
いと一般均衡と言わないのか、それとも複数の市場で完全競争均衡価格が成立していないと一
般均衡と言わないのかでは全然状況が違う。前者のほうがより厳しい状況のもとでしか一般均
衡と言わないということになってしまうであろう。
656 :すりらんか:2003/04/05(Sat) 11:53
>全ての財市場について分析していなければ一般均衡と言えないのか、それ
>とも銅鑼氏のように複数の財市場について分析していても一般均衡といえ
>るのかどちらが正しいのだろうか…。
閉じたモデルを一般均衡と呼ぶ.現実の経済は地球全部含めないと「閉じない」
よね.でも,実際にモデルを作る場合にはいくつか「しょうがない」外生変数
というのを入れる.例えば,地球全部モデルだって太陽がどうしたとかは外生
ですよね.閉鎖経済+一般均衡のモデルはあたかも海外が天文の動きのような
外生変数として取り扱われる.それを「全ての市場を同時分析してない」と感
じるならば銅鑼の定義,まぁそれは外生としても良いのではないかと感じるな
ら僕の定義と考えれば医院じゃないだろうか.
657 :走る名無しさん:2003/04/05(Sat) 14:26
ぺリも近似的な理解という考え方についてもっとよく学ぶ必要がある。

http://www.ichigobbs.net/cgi/readres.cgi?bo=economy&vi=0737&rs=117&re=127&fi=no
の122,124,127(とりわけ127には同感)

http://www.ichigobbs.net/cgi/readres.cgi?bo=economy&vi=0065&rs=457&re=475&fi=no

何をやるにしても近似を避けて通れない。

目的に応じて分析したい対象を思い切って単純化することによってモデル化する。
そういう発想が欠けているから「一般均衡」という言葉に
妙なこだわりを持ち続けなければいけなくなる。

現実とモデルが一対一に対応しているケースは存在しない。
モデルは現実の重要な側面のほとんどを削ぎ落としてしまっている。
それにもかかわらず、モデルを用いて論理的に議論を進めると、
今まで曖昧にしか理解できてなかったことがよくわかってくるのである。

そのためには、何を無視して何に注目しているか、
どの変数が外生でどの変数が内生か、
などなどを常に正確に考え続ける必要がある。

ぺリの質問を見ると考え方の方向性自体が間違っていることがわかる。
見ていて不安なのは努力した末にぺリが結局何も理解できずに終わることだ。
科学的な考え方の中に経済学を位置付けることができない限り、
どんなに教科書の内容をフォローしても何も残らない可能性がある。
658 :ぺりくるす:2003/04/05(Sat) 15:26
>>656-657

お返事たいへんありがとう。ミク戦でそろそろ一般均衡についての説明に到達する。そ
こで本格的に問題に取り組みたいと考えている。

=======================================
「債券」「外債」「預金の利子率」といった証券と結びつきの強い金融資産の市場にお
ける均衡価格の成立と同時に、証券の価格も決まるということを説明する。
=======================================

といった事例で考えた場合、どういうふうにとらえると部分均衡で考えていることにな
り、どう考えると一般均衡で考えていることになるのであろうか?教えてくらさい。

また、地球全体の経済を考えても部分均衡でありながら一般均衡でもありうるというの
ならどんな経済学の理論の説明も説明の仕方の程度によって部分均衡理論でありながら
一般均衡理論でもありうるということになるね。
659 :ぺりくるす:2003/04/05(Sat) 15:29
==========================================
「競売人は取引量に比例して手数料を受け取る」といった新たな仮定を付け加えることによっ
てない時よりも生産量が少なくなり死荷重が生じるようになるという分析やミク戦のように競
売人が利得を最大化するような取引価格を決めるといった分析は、現代の経済学ではあたりま
えのように行われているつーことでいいよね?くどいようだが。
==========================================
という点についてもコメントくらさい。
660 :ぺりくるす:2003/04/05(Sat) 15:54
見えざる手について (1)

苺が蘇生する前に、メガビで「神の見えざる手」について次のような指摘を受けた。

「アダム・スミスの神の見えざる手のアイデアは部分均衡的というよりは一般均衡的であり、
動態的である」

しかし、別の人からは次のようにアドヴァイスされた。
「厚生経済学の第一命題をわざわざ見えざる手の定理と呼ぶ無教養なアメリカ人は、よくある
資本主義=市場=アダム・スミスとかいう馬鹿な連想ゲームをしているだけ」
661 :ぺりくるす:2003/04/05(Sat) 16:02
見えざる手について (2)

しかし、歌舞氏絶賛の大瀧雅之氏の「景気循環の読み方」なる本を買ってみると次のように書
いてあるのだ(111ページ)。
「さて人々が、ものを買おうとするとき何を基準に考えるだろうか。もちろん月々の収入の大
きさは、重要である。人々が、自分に適合しもっとも満足のいく消費生活を営むためには、限
りある収入をできるだけ有効に使おうとするだろう。自分の好みに合わないものに無駄遣いす
るなどは、以ての外である。
また売り手である企業は、利潤を追求するのが目的であるから、できるだけ無駄を省いて低いコストで生産しようとするだろう。競争に負けないために安いものを作るには、生産過程での材料
の無駄遣いなどは、できるだけ控えなくてはならない。
つまり売り手も買い手も、自分が代価を支払って、消費し生産するわけであるから、できるだけ
無駄なことをしないように努力するわけである。この動機は、外の消費者・企業がどのような行
動をとろうと、変わることはない。自分が苦労して手に入れたものだから、大事に有効に使おう
とすることに関して、他人の行動が影響することはないのである。
以上は、至極当然のことを言っているように感じるかもしれないが、それは大いに違う。これこ
そが、アダム・スミスが唱えたところの市場経済における『見えざる手』(invisible hand)の
メカニズムなのである。」 (続く)
662 :ぺりくるす:2003/04/05(Sat) 16:18
見えざる手について (3)

すなわち人々は自らの利己心に基づいて経済活動を繰り広げる。この際、他人が何を考え何を
するかについては全く無関心である。言い換えれば、社会全体で何が起きているかには無頓着
である。しかし利己心は節約という動機を生む。それが広まれば、限りある資源を有効に使お
うという力を、社会に根付かせることになるのである。
つまり人々に他を思いやる気持ちがなくても、競争の結果として、無意識に(これをスミスは
『見えざる手』と呼んだわけである)、社会全体での無駄を省き、有限の資源をできる限り全
体の幸福のために使うことになるのである。このように市場社会は、決して混乱を引き起こす
わけではなく、資源の有効利用という一つの秩序を生み出すのである。
ちなみに、この『見えざる手』の存在は数的言語によっても証明でき、現代の経済学では『厚
生経済学の基本定理』と呼ばれている。」

とある。『見えざる手』が大瀧氏の定義で用いられていた場合、『見えざる手』はやはり馬鹿
な連想ゲームになるのだろうか。それとも厚生経済学の第一定理であるといえるのであろうか。
663 :654:2003/04/07(Mon) 09:43
>>655>>659
やっぱりよく分からない。
架空の人の行動原理なんて、モデルを作るやつが勝手に決めればいいだろ?
もし実在の競売人をモデル化したいんなら、話は別だよ。

取引手数料をいれたモデルは僕が勝手に考えた。
教科書に載ってるかどうかは知らない。
だけど、モデルを勝手に拡張することは
「現代の経済学ではあたりまえのように行われている」よん。
664 :ぺりくるす:2003/04/07(Mon) 14:10
>>663

丁寧にありがとう。

それならば、ミク戦の競売人の利得の仮定(取引が行われなければ0、取引に過不足が生じれば
-1、取引の需給が一致すれば1)も岩菊先生のテキストにでてきた完全競争市場のモデルの拡張
とみなせるし、取引量に比例して競売人が手数料をとるという仮定ももとのモデルを拡張した
ものとみなせるわけだね。

で、実際に「実在の競売人をモデル化」して完全競争市場を分析する場合ってあるのかな?
665 :走る名無しさん:2003/04/07(Mon) 19:05
「実在の競売人をモデル化」したら完全競争市場ではない。
666 :ぺりくるす:2003/04/08(Tue) 14:07
今週は地獄のスケジュールなのでまともにカキコするのが難しい。

>>658-659 一般均衡と部分均衡の考え方について
>>660-662 見えざる手
>>664   モデルの拡張について

についてアドヴァイスかどのような本を読めばよいのか教えていただけないであろうか。
俺は最近人に頼りすぎであろうか。