経済の世間知・専門知・ミーイズム

economy/0520 / 203 レス / 2002/05/25〜2007/08/23

1 :すりらんか:2002/05/25(Sat) 19:16
・経済を語るにあたっての専門知の重要性とその限界
・専門知を生かした政策立案とその説得
・世間知,ミーイズムとは,その陥穽は
について
2 :どんたく名無しさん:2002/05/25(Sat) 19:19
2GET!!
経済学を劣悪政治家、糞エコノミストのように思いつきや直感で語る無かれ・・。
3 :すりらんか:2002/05/25(Sat) 19:21
本スレもとネタは
http://www.ichigobbs.net/cgi-bin/readres.cgi?bo=economy&vi=0040&rs=282&re=329
より.
4 :どんたく名無しさん:2002/05/25(Sat) 19:48
経済学は、心理学なのだよ。
5 :ドラエモン:2002/05/25(Sat) 19:55
>>04

そんなこと主流の心理学者に言ったら、八つ裂きにされて火あぶりになるよ(爆笑
6 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/05/25(Sat) 22:35
「天才・柳沢教授の生活」(山下和美作、コミック・モーニング連載)の中で、
柳沢教授が「経済学は結局、人間を取り扱う学問である」というてました。

柳沢教授は作者の親父で、横国大の経済学部の先生って話しだけど、
誰でっしゃろ?
7 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/05/25(Sat) 23:04
コミックに写真とか載ってたよね。近経っぽいかんじの板書してた
8 :Thumb:2002/05/25(Sat) 23:49
>>1
うーん、書き方が悪かったですかね。
私は世間知というか、専門家との乖離を設定すること自体、
現代の専門性による優位性からすべてを俯瞰した視点で一つの真理を見いだすという
特権がもはや機能していない時代において、意味をなさないと思うのですがね。
メタレベルで議論しても、収拾はつかないと思います。
様々な次元で錯綜したものを、同列に一つの形で導くというのは、
近代のダイナミズムを捨象して、いいとこどりしたNaiveな視点でしかないし、
そのような特権が我々の周りの誰かにあるとは思いません。
現代の問題は、すなわち我々の問題であるわけですから。

>>くろき氏
何かまた質の悪いレスが続いていたようだけど、
この人は単にNaive(英単語の本来の意味で)なのか、小賢しい意図なのか、
あるいは両方なのか・・・
私は気の毒になってきますね。同情を禁じ得ません。
勿論、実証が問われることは自明だし、否定はしませんよ。
しかし、観点が違う点からの思考が促されると、そのような
おそらくカルト集団の幹部だって、尊師の空中浮遊の真偽を問われると、
同じように答えるんでしょう。
実証というなら、自らが信奉している理論の実証がまず必要なのでは?
実証不能なことを信奉しているのなら、様々な観点からの検証が必要です。
思考が麻痺してしまうなら、それは人と議論をする資質を決定的に欠いている
ということでしょう。
単純な「結論」に至らず、視点を広げていくことこそが知的誠実さというものです。
9 :ポチ:2002/05/26(Sun) 00:05
えーこちらに議論を写すということですね。

むこうからの延長で言うと

なんか、私が実証面や科学的手続きを軽んじている
というふうに受け取られているようですが

そういう議論をしていたのではないことは
確認しておきますです。
10 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/05/26(Sun) 00:19
ここは、経済学と心理学の彷徨う議論をする場所らしいです。

政策議論は、こっちでやってます。
http://www.ichigobbs.net/cgi-bin/readres.cgi?bo=economy&vi=0519&rm=50
11 :歌舞音曲:2002/05/26(Sun) 11:58
>>8

黒木反論?はよくわからないので(どこかのスレでやりあったものなの?)、前半について。
例えばね、世間知の何が問題かは、それが知ではなく世俗利益を粉飾する論理として機能していることが明白なとき(これはその世間知=世俗利益の代弁者が意識するかしないかは別にして)に、私は見逃すことができない問題を感じるんですよ。で、そのような世俗的利益の代弁的な「知」については、たしかにThumbさんのいうようにメタレベルの議論で収束する見込みはまったくないでしょうね。例えば、苺でも話題になった井沢氏の複雑系を使った日銀擁護論、短期金融市場の視野でしか語れない短資会社の加藤出氏の本などは単にメタレベルの議論の深まりや、学術的な知で議論しているだけでは(もちろんこの議論もしなくてはいけない)実り多くはないでしょう。世俗的利益について暴いた上で(←お、バクロ経済学か 藁)の議論も必要でしょうね。
12 :歌舞音曲:2002/05/26(Sun) 12:00
>>09
ポチさん、すんません。どこからの議論の延長でしょうか? 教えてください。
13 :歌舞音曲:2002/05/26(Sun) 12:09
>>08

11の続きだけど、Thumb氏の主張は結局、何を言わんとしているのかいまいちわからないんですよ。たしかにメタレベルの議論で世間知を説伏させるのは難しいにしても、ひとつの真理での説得の可能性を放棄した(ように読めるのですけど)上での議論というのも反対の意味でナイーブじゃないかな。そしてThumb氏とくろき氏とのやりとりを別スレで読んだけど、くろき氏の長いけど論理的な文章に、やたら感情的な(つまりナイーブ)な回答をしているのは、あなたの方に思えるけど? この点は主観の問題なので怒るかもしれないけど、僕は08の後半のようなやや誹謗的レスではなくて、Thumb氏のこの掲示板内での「異端」的な論理のほうをもっと読みたいと思うけど
14 :歌舞音曲:2002/05/26(Sun) 14:08
またまた続きだけど、よく構造改革派と議論していていやになるのは(別にThumb氏ではないので間違えなく)、理論的な点での破綻や行き詰まりを認めつつも、「その点は理論的にはそうかもしれない。しかし実証してみないと正確なところはわからない」という論理を「すぐに」持ち出すところです。実証が逃げのロジックとして機能してんだよねえ。出沢論説も同じなんすよ。「現実は複雑系だからわかんない、少なくともマクロ経済学の考えるとおりにはいかない」というのと、「現実を実証しないと正確にはいえない。少なくともマクロ経済学の考えは論理的には正しくとも現実を説明するとはかぎらない」というのは同じ詭弁(=世間知)の集合に属すると思うのだよね。それとその手のロジックを使う輩に限って実証的でないという傾向(加えて論理破綻)なんだから救いようがないんだよね。あとはデンパ的に、感情的な発言とか一行程度の書き込み(川柳風投稿)ですませちゃうんだからお笑い。
15 :ポチ:2002/05/26(Sun) 18:15
>>12

http://www.ichigobbs.net/economy/#2

ここの306から330あたりの議論です。
16 :歌舞音曲:2002/05/26(Sun) 18:52
>>15

ポチさん、レスありがとう。でも上のところクリックしてもうまくとばんですが
17 :Thumb:2002/05/26(Sun) 21:29
流れを示さないで、レスを書いた私も悪いかもしれませんがね。
しかし、その手の粘着質なのは嫌いなのでね。野暮は承知で、このレスで終わりにします。

144: くろき げん  2002/05/23(Thu) 02:40
デフレを放置したまま「財政再建+不良債権処理」 (どちらも借金に関わる問題の解決) をしようとした前例にはどのような場合がありますかね? デフレを放置したまま本物の構造改革を押し進めた前例についても教えて欲しいのだ。
デフレの真最中に中央銀行サイドが「政府が構造改革を進めない限り、これ以上金融緩和しない」だとか「これ以上金融緩和するとハイパーインフレが心配だ」のように主著した前例についても知りたい。

上記の黒木さんのレスは、下記のスレにあります。
http://www.ichigobbs.net/cgi-bin/readres.cgi?bo=economy&vi=0409&rm=30
私がドラエモンに、インフレターゲティングは実証が難しいから、
それに対してドラエモンさんが、難しいどころか前例がないから不可能だと答えられたことにを受けてのレスですね。
私は「またか」と思いながら、いちいち突っ込まなかったけれども、
まあ、この手のストーカー的なレスが続くと、嫌気がさしますね。

あらためて上記のレスを読んでみますと、構造改革は前例違反であるという主張になる。
私は矮小な構造改革をいちいち、前例違反だなどと言ってはいないけどね。
したがって、前例のない実証不可能な政策を行うこともありだと言いたいのですかね?
それとも、「前例」が大事だと言いたいのか、判断がつかない。
少なくとも、実証において議論を戦わせようという人が書くレスではない。
護憲をただただ叫ぶ人や、敵から細菌攻撃を受けていると広報するカルト集団にも似ている。
否定神学的と言いましょうか。敵からの被害を前提にすることによって、
自分の主張を裏打ちしようとしている。とても知的誠実さはみられない。(続く)
18 :Thumb:2002/05/26(Sun) 21:29
(続き)

http://www.ichigobbs.net/economy/index.html#6
の終わりあたりのレスについても同様の傾向がみられますね。
自ら、韓国経済の復活はマクロ経済政策によるものだと主張し、実証が必要だと言い張った
のはいいものの、本人の実証というのが、下記程度のものでした。

(1) 韓国の政治腐敗を招いている(いわゆる進歩派の朝日新聞系列シンクタンクの研究の言説による)
(2) 失業率が跳ね上がっているのは、マクロ経済政策によるものだ。

まともな状況ではないから、私は本人の面子も考えてsageにしておいたけど、
まあ、お気の毒なものですね。

居酒屋の席で、盛り上がったことを冷やすような発言は無粋であるとは思うけれども、
居酒屋の席にも客観的に物事をみる視点が必要なのでは?
ねえ、宴会部長さん。
19 :ドラエモン:2002/05/26(Sun) 21:57
他はともかく、>>17の例に関しては多少誤解があるように思う>>Thumb氏

あなたが70年前は駄目だと言い、某集団は99年のNZも例にはならないというので、デフレ
からインフレに金融政策で脱出した事例は、定義により存在しないと申し上げたわけです。

で、前例が無い事態に、前例はないが一定の理論的根拠(それこそこの掲示板で終始議論してい
る問題)を頼りに立ち向かうのが賢明か、危機の度に少しずつ前例のない事をなし崩しにやって
いくのが正しいか?と私は疑問を呈しているわけです。

で、黒木氏のコメントは、前例のないリフレ政策の理論的根拠に関してはそれなりの経験的裏付
けはあるだろうと言う意味だと思う。その一方、反対派の積極的な主張(デフレ下の構造改革・
財政再建)は、リフレ政策同様どころか70年前でもNZでも、どこでも成功した事例は無い。

その意味で、リフレ政策の「夢想性」と、「デフレ下の構造改革」の夢想性では、若干リフレ策
の方に分があるし、背景の理論的・実証的根拠も、これだけ世界中のマクロ経済学者の支持を受
けていることの意味を考えるべきだと思うということ。僕の読む限り、黒木氏の基本的な姿勢は
僕の主張を支持しているように思う。
20 :ポチ:2002/05/26(Sun) 23:51
すんまそん。

http://www.ichigobbs.net/economy/#4

ここの306から330あたりの議論です。
でも、今の議論は全然別の議論になっています。
21 :Thumb:2002/05/26(Sun) 23:53
>>19
了解しました。
アンチテーゼより、テーゼが望ましいというのが理想の状況なのでしょうが。

ただ、もう一度参照していただきたいのですが、私は貴君の実証不能の言質をとろうとしたわけ
ではありません。リフレ政策派が少ないとおっしゃるから、それは「潜在的な支持者はいるのに」という理由を確認したかったということです。
22 :ポチ:2002/05/26(Sun) 23:54
ごめん、うまくリンクが貼れない
初学者の皆様へです。

http://www.ichigobbs.net/cgi-bin/readres.cgi?bo=economy&vi=0040

これでOKかな。
23 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/05/27(Mon) 00:29
>>21
とうとうThumb氏も「貴君」病
24 :ドラエモン:2002/05/27(Mon) 08:39
>Thumbさん@>>21

あなたの言ってる趣旨はわかってます。リフレ政策に積極的賛同者が少ない理由は、要す
るに確証がないからということでしょう。それは認めます。ただ、経済政策というか、
経済自体が管理実験不可能だし、NZのケースのように現象としては同じ政策が成功して
も、財政赤字の大きさとか経済の規模とか、相違点を挙げ始めればきりがない。理想的に
は日本経済を記述する計量経済モデルでシミュレーションしてやれば良いわけだが、その
計量モデルの定式化自体にも学派の相違は大きいし、ましてルーカス批判によって明らか
にされた、政策のレジーム(基本的な枠組み)の変更による主体行動の劇的な変化の可能
性がある(というか、リフレ派の根拠はまさにこうした行動の変化自体に求められるとい
う主張もある)

つまり、多少なりとも大きな政策転換には多かれ少なかれ事前の検証不可能性が付きまと
うわけで、それを根拠に日和るのでは、マクロ経済分析の専門家たる意味を疑うというの
が私の主張。鄧(トウ:この字出るかな?)小平ではないが、実践によって検証するしか
ないのではないか?こういうと、「日本経済を経済学の実験台に上げるクルッグマン一派
の野望」と批判されるけど(笑
25 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/05/27(Mon) 09:12
>>24
今日から貴方は「私は敗北主義者です」と書かれたプラカードを
肩からぶら下げながら外を歩きなさい。
26 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/05/27(Mon) 09:13
シュミレーション上では、うまく行くと言っても
確証がないと一蹴されるのでは、先には進めないですが・・。

そうなると、どれだけ詳しいシュミレーションができるかが
納得をさせる為の鍵でしょうかね。

でも最後は実践による検証しか不可能となるはずですけど。
27 :歌舞音曲:2002/05/27(Mon) 10:00
ポチさん、ありがとう。話の文脈わかりました。
28 :ドラエモン:2002/05/27(Mon) 12:35
>>25

マジレスは野暮かもしれないけど、あえてマジレスすれば「新しい政策は全て同じだ」と
答えておこう。前例主義の陥穽にはまったら、なにもできない(藁
29 :ドラエモン:2002/05/27(Mon) 14:03
今、今週のエコノミストが届いたが、すごいね(藁

書いてるのは高橋洋一氏(NZのリフレ政策を指摘した人)だけど、今度FRBの理事に
なる、プリンストン大学経済学部長バーナンキの(恐らく非公式)発言を引用している。
ちなみにプリンストンは、クルッグマン、スベンソン、ブランダーといった連中が居る。
地理的に近いこともあり、NY連銀への影響力はあるんじゃないかしらん。

「日銀の金融政策の透明性は十分だ。議事録を読んで、一人の委員(退任した中原委員)
の意見を除いて、他はジャンクであることがわかった。」()内銅鑼

凄過ぎ・・・(w
30 :招き猫@IQ20以下の業界:2002/05/27(Mon) 14:37
>>29
政策委員がジャンクなら、日銀券もジャンクだと良いのに。
そうならないのが悲しい(;;)
31 :招き猫@IQ20以下の業界:2002/05/27(Mon) 16:00
先日の仏大統領選挙に対する分析です。
日本国内においても、「進歩派」と「保守派」が逆転しつつあるような気がいたします。

ファシズムからナショナル・ポピュリズムへ
http://www.netlaputa.ne.jp/~kagumi/0205.html
ジャン=イヴ・カミュ(Jean-Yves Camus)
政治学者、人種差別と反ユダヤ主義に関する研究と行動の欧州センター

フランス大統領選挙での国民戦線の伸長は、単発的な出来事ではない。欧州連合(EU)のいたるところで、またハンガリーのように東欧でも、極右は追い風を受けている。少なくとも、ウルトラリベラリズム、社会政策、民主主義のルールの是認、排外主義、権威主義を混淆し、近代化に成功した組織は支持率を上げている。逆に、ファシズムの思想に固執する組織は、傍系的な存在となりつつある。[訳出]

ヨーロッパの極右を見渡すと、一つの疑問が浮かび上がってくる。これらをいまだにファシスト団体として語ることができるものだろうか。彼らのイデオロギーと、過去の歴史上の右翼の急進主義との連続性を非難の中心に据えてよいのだろうか。反対に、古い図式との断絶を考えるべきであるように思われる。

 新しい過激主義は、伝統的右翼と伝統的左翼が、ウルトラリベラリズムとグローバリゼーションという基本前提に大同団結していることへの反動的な抗議の形態である。民衆層から遠ざかった左翼、テクノクラート的で管理者的な言説に終始し、固定化したエリート層が統治する左翼には、こうしたうねりの責任の一端がある。それを止めることができるのは、左右両翼の対立を復活させ、公の活動の中心に国家を置く政策へと回帰することによってのみである。
32 :Thumb:2002/05/28(Tue) 00:28
>>24 ドラエモンさん
私も論拠を求めているわけではなく、不毛な「神学論争」は避けるべきだという考え方ですね。
徐々に流れは変わりつつあると思っているのですけれども。
と言っても、日銀法を改正しても、日銀総裁に外国人経済学者を招聘するわけにはいかないでしょうし。

招聘と言えば、鄧小平(藁)。
「黒猫も、白猫もネズミをとる猫はいい猫だ」。
「ドラエモンさんも、招き猫さんも、金融政策の問題点を憂慮されていて、Cool Head、
Warm Heartないい方だ」
しかし、私が思うのは、「構造改革でも、リフレ政策でも・・・(その他もろもろ)、経済政策を建て直すのはいい政策だ」
互いにゴキブリ捕獲に精を出さずに、ネズミをとっていればいいということです(藁)
33 :ドラエモン:2002/05/28(Tue) 00:35
>Thumb氏

>、「構造改革でも、リフレ政策でも・・・(その他もろもろ)、経済政策を建て直すのはいい政策だ」

御節ごもっとも。全面的に賛成です。しかし、前にも書きましたが、構造改革主義者の中には、
マクロ政策で景気回復させることが可能でも避けるべきだと思っている人がかなりいる。また、
マクロ派にも構造改革のいくつかは着手のタイミングが今ではないとおもってる人が居る。

この対立は、かなり排他的で厳しいものがあります。
34 :くろき げん:2002/05/28(Tue) 01:14
構造改革と景気対策は両方大事だという意見には皆賛成でしょう。問題はその中身と実行の順番をどうするか。

デフレが続くのを放置したまま財政再建と不良債権処理を進めるのは怖い。そんな実験に成功したという話は聞いたことがない。クルーグマンもスティグリッツもやばいと言っている。これ以上失業者を大幅に増やす可能性のある構造改革は今は封印した方が良いと思う。
35 :くろき げん:2002/05/28(Tue) 01:19
リフレ政策の成功可能性を増やすためには、需要を増やすタイプの構造改革 (例えば財政の中身の改革) はやった方が良いし、あと個人的な意見なのですが冷たい政府から暖かい政府に方向転換することも同時にやった方が良いと思う。
36 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/05/28(Tue) 02:45
世の中なんでも「暗黙知」って現象どうよ?
ポラニーのことば「暗黙知」が「言葉にならない知」と誤解するやつは逝って。「言葉になら
ない」んだったら、名づけたらダメでしょう。空疎な定義。でも、この手のやつ多いでしょう?
37 :プロボーラー[プロボーラ]:2002/05/28(Tue) 13:33
くろき先生
「暖かさ」ではなく、「誰に暖かいか」が日本では問われているのではないですか?
ホットの総量論と配分論の「政治的取引」が全体の厚生を下げているのではと思います。移転的経費を増やすという意味で「暖かい政府」に移転する必要があるとは思えません。まあ、寒暖の軸をはっきりさせるほうが先とも思いますが。

( 役に立った! | 元スレ )
38 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/05/28(Tue) 14:02
>プロボーラーさん

くろき氏は「先生」呼ばわりしちゃ返事しないぞ。 それはここと同じ。蔑称以外ではお勧めできない(藁
39 :くろき げん:2002/05/28(Tue) 18:11
>>37

「暖かい」という言葉を曖昧に使ったのは確かに誤解を招いてしまうかもしれません。しかし、問題はその中身ですよね。個人的には「暖かい」という言葉を使ってこと自体を責められたくない。

しかし、「暖かい」という言葉で何を言いたいかをうまく説明できそうもないので、ひとまず私が「暖かい」政策とみなしているものを一つ挙げておきます。

http://www.jri.co.jp/JRR/2002/200204/JRR200204pp-nursery.html
http://www.jri.co.jp/JRR/2002/200202/JRR200202op-employment.html

効率に十分配慮しながらでも「暖かい」と感じられるような政策で可能性があるものは少なくと思います (これは希望)。

これじゃあ全然説明になってないのですが、うまくまとめるだけ深く考えてないので申し訳ありません。

しかし、効率に十分配慮しながら可能な「暖かい」政策にはどのようなものがあるか、という問いの立て方は「暖かい」という言葉がたとえ曖昧だとしても重要だと思う。必ずしも寒暖の軸を先にはっきりさせる必要はないと思います。何がどれだけのコストで可能そうかということが前もって色々わかってないとどれに賛成したら良いかの判断ができなくなってしまいます。

あと、現状を見る限りにおいて、政府が「改革せず景気が先だと言って、景気が回復したら、改革する意欲がなくなってしまう」「【あの企業が破綻したのは】改革が進んでいるあかしだ」のような態度を取らなくなるだけでもかなりの意味があると私は考えてました。

P.S. >>38 さんの言う通りで「先生」は勘弁して下さい。
40 :くろき げん:2002/05/28(Tue) 18:14
>>36 さん、「世の中なんでも「暗黙知」」という現象が起こっているとすれば、ちょっと興味があります。どの辺でそういう現象が起こっているのでしょうか? ポランニー自身が書いたもの自体は結構面白いですよね。
41 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/05/28(Tue) 19:38
つーか、世間知と暗黙知は違うだろ。
42 :Thumb:2002/05/28(Tue) 23:39
>>36
暗黙知って実体として考えてしまうと神秘主義化しちゃうし、言葉で記述する時点で
矛盾なわけだから、重要なのは、暗黙知が言葉や数学で記述されることによって、
「暗黙知」という仮構の存在が、意味のないものになってしまうという凡庸化のプロセス
をこの言葉がまさに「暗黙に」指摘しているということでしょう。
言い換えれば、言葉や数学による記述の限界性を指摘したものだということでしょうね。
言語の限界とか、思考の外部を無防備に設定すること自体(それ自体、非暗黙知)、
すでに古い哲学なんでしょうけれども。
栗本慎一郎氏がよく使っていたのは、アインシュタインの例ですけど、
アインシュタインはローティーンの頃に相対性理論のエッセンスが直観で分かっていて、
それを記述する方法を見つけるのに何年もかかったということです。
したがって、数学自体が邪魔をしているということも言えるんでしょうね。
特許局の職員だったアインシュタインは、小さい頃からけっして数学が得意であったわけ
ではないそうですけど、着想を記述するのにそれだけの時間と労苦を要したわけです。
あるいは、卑近な例で言うと、朝起きると、見た夢を覚えていないことが多いというのは、
無意識に関知されている「言葉で記述できないもの」を、覚醒した言葉や意識で明確化し
ようとすると、すぐにぼやけてしまうのも同じことでしょうね。(続く)
43 :Thumb:2002/05/28(Tue) 23:40
続き)
これは専門知も、世間知についても同じことなのだと思う。
前者は記述する言葉の専門性によって、当初の「言葉に記述されないもの」から、
外れて言ってしまうし、「暗黙知」から外れる程度だといいけど、つまらない思い込みが強い
人は本当の意味で「声の出るゴキブリ」になってしまう。
後者だって、妙に言葉を覚えたことを自らの経験則にあてはめようとするから、
本来ある「言葉に記述できないもの」を、言葉にあてはめようとして失敗する。
前者と後者は、専門用語を駆使するかどうかの違いであって、専門用語を駆使することによって、
そうした言葉や数学による記述の限界性に頭を打つことを免れているわけではない。
むしろ、これが真理だ、実証だなどと、言う硬直性に落ち込む傾向もあろう(と、誰とも知れず、
それが自分のことを言われていると露にも思わない人に対して、皮肉を言っておきましょう)。
だけれども、勿論、素人の方が記述方法が稚拙だから、矛盾や誤謬を含んだ論理や結論を導く
ことになる。(続く)
44 :Thumb:2002/05/28(Tue) 23:40
続き)
そうした誤謬を決して笑えないとは思うのですけどね。
というのは、専門知も世間知もある一時代のパラダイムを共有しているわけでしょ。
T・クーンの「科学革命の構造」(でしたっけ?)を随分昔に読みましたけど、
一つのパラダイムの中では、その構造の中での対立する論点が議論されるだけで、有効な
決定打を持たないでいる。そこに、ある時期にパラダイム転換が起こって、また違うパラダイム
の中での議論が展開されていくという主旨だったと思います。
だから、素人は思考の転換ができずに、表層的なデタラメを信じているというようによく指摘
されるけれども(例:良いデフレという誤謬)、それは専門の側から新しい視点や真実を指摘
しえたわけではない。記述力のレベルの格差を指摘しえたに過ぎないということです。
しかし、その専門知の記述力にも限界があり、記述力によって、誤謬にはまることもあるわけです。
というか、専門家の記述力自体、同じ専門家の記述の足元を掬うためにある傾向もあるから、
それに没頭している限り、本来あった「言葉には記述できない」ものから、遠ざかっていく運命
にある。記述力のレベルの格差を、真理と勘違いし、それを証明し、シロウトを啓蒙しないとない
といけないと躍起になる、レベルの低い専門知の側の陥穽もあると思います。
真理ための論争だと考えていたものは、実は同じ専門知の足元を掬おうとしているに過ぎない
ことも多いでしょうしね。

構造改革か、マクロ経済政策化という二項対立だって、パラダイム転換を競っているわけではなくて、
昔からある経済政策の運営方法のバージョン違いのものを、比較しているだけの話でしょ。
アクセルを踏むか、ブレーキを踏むか状況判断に応じて、反応できる政策運営があればいいわけです。
45 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/05/29(Wed) 00:32
ていうか、>>39は専門家の言説ではないんだけどね。
経済学の作法に全くのっとっていない。全くオペレーショナルでない
単なるノイズだ。コミュニケーションを拒絶している。不快。
46 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/05/29(Wed) 02:33
>>39
経済学者は数学者にすごくあこがれている。
それはもっと「ロジカル」にしゃべってくれると思い込んでいるからだ。

数学者なる人が、そのレベルで語ってくれることは非常にうれしい。
経済学者の数学者への下らないあこがれを壊してくれる点であなたはえらい。
47 :ドラエモン:2002/05/29(Wed) 12:49
>>45

黒木氏がいつから経済分析の専門家になったのかな?彼は自他ともに認める素人でしょう?プロ同士(あるいはプロ志願者ないしプロであるべきもの)の基準を適用しても意味はないんじゃない?

>Thumbさん@>>42-44

お言葉ですけど、その議論はあまりに飛躍してません?栗本氏の主張を唯一の根拠にして
アインシュタインが相対性理論を少年時代に「暗黙のうちに」理解していたなんていわれ
ても、困ります。100歩譲ってそれが事実であっても、直感の表現の桎梏になると仰る
数学的表現を経ない限り、誰にも理解不可能な「真理」に過ぎないのだから、何も発見し
ていないのと同じではないですか?仏陀の悟りの真理性は絶対に確実だが、その内容は仏
陀以外には理解できない。だから信ぜよ。と言われているようにしか聞こえないけど。
48 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/05/29(Wed) 21:16
結局、根拠や論拠を示せないような素人は、えらそうな口をたたくな、
という結論でよろしいですか?
49 :ドラエモン:2002/05/29(Wed) 21:48
>>48

チョッと違う。それが「素人」にとって関心のある事柄で、それについて議論したいなら
なら、自らの信ずるところを述べるのは自由だけど、同時に「専門家」による勧告なり、
注意に対して耳を傾ける必要がある。そのテーマが公共政策に関するものなら、「専門家」
は、「素人」にわかるように(一般的なケースは難しくても単純化したケースなどで)
説明する義務がある。それが専門家に要請されている社会的義務の一部だから。

ただし、「専門家」にも色々いる訳で(ここで糾弾しているトンデモエコノミストなど)
その見極めをするのは「素人」の側の義務でもある。「一般教養」といわれている知識
と訓練は、まさにそうした見極めに必要なものであるべきだと思う。

僕の愛読書である「社会科学の神話」の著者によれば、「教養ある素人」になるための
方法は、それほど専門的ではない自然科学の哲学に関する本を読んでみることだそうだ。
(例はラッセルの「数理哲学入門」とか、カルナップの「物理学の哲学的基礎」など)
それが理解できるなら、基本的な抽象思考能力はあるので、その上で「権威ある専門家」
の主張が理解できないのであれば、その「権威」のほうが間違っていると考えていいと
いえるのだそうだ。僕も、この説には賛成。
50 :Thumb:2002/05/29(Wed) 23:26
>>49 ドラエモンさん
失礼しました。調子乗って書き過ぎましたし、言葉足らずの点が多かったと思います。
仰る通りだと思います。
ただ、アインシュタインの場合は、ニュートン力学から、物理学のパラダイムを変えてしまった
天才なわけで、なかなか今の経済学の専門家に比肩する例を見いだすのは難しいと思います。
専門家でもあるけれども、それよりも、まず天才であるというのがアインシュタインでしょう。
ケインズやマルクスみたいなものでしょう。
栗本氏はM・ポランニーの翻訳者でもありますけど、うさんくさいですからねぇ。
「パンサル」か何かに載っていたのを読んだ記憶で書いたのですけれども、
アインシュタインは数学だけが成績抜群だったけれども(おそらくこれが正しい)、
苦手だったという説もあります(答えが直観で分かってしまうから、証明ができないとか・・・)
さらに、大学では数学の専門性に意味がないと判断して、物理しか勉強しなかったそうです。
しかし、やはり仰るように数学の天才的な才能故に自分の考えを表現し、把握することが
できたわけですね。
クルーグマンは天才でしょうけれども、パラダイムを変えてしまうというわけではなく、
それよりもまず天才的な専門家であって、天才の下でのつばぜり合いを引き起こしているということなのではないでしょうか。
つまり、パラダイムが変わっているわけではないが故に、一つのパラダイムの下に、
専門家の広範かつ正確な知識が必要になる桎梏が避けられず、専門家に地道な検証が
求められるのが今の時代であると思います。 そうした桎梏が乗り越えられなければ、
専門家の中で相手を説得しえないということでしょう。
だから、「素人」と「専門家」の距離が近いようでいて(事実、介入するスキはたくさんある
し、49でおっしゃるように素人が権威の矛盾を指摘することもあるのでしょうけれども)、
大きな懸隔も空いているということも言えるのではないでしょうか。
私もついていける限りは、専門家の方の意見に耳を傾けたいと思っております。
51 :招き猫@IQ20以下の業界:2002/05/29(Wed) 23:41
>>50
>ケインズやマルクスみたいなものでしょう。

・・・マルクスと同列に並べられたらケインズが可愛そう。
いい加減マルクスのせいで、「ソ連だけでなく多くの国々が社会主義の幻影にだまされ、
失敗した。」ということを認めても良いんじゃないの?
文化大革命・カンボジアの虐殺。決してすべてがマルクスの責任ではないけれど「資本論」が
世に出なければ、起きなかった事かもしれない。

マルクス主義って、もっとちゃんと総括されるべき。
52 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/05/30(Thu) 00:27
>>51

マルクス主義の総括をマルクス主義者が、そうでない人たちにも
説得的に行ってこなかったってことが、一番の問題。
みんな制度とかの実証に逃げちゃって、理論ときちんと向き合おうとしないしね。
共産党は相変わらず「科学」の看板はずそうともしないし、
スピリットはともかくとして、まずもっと多くのマルクス主義者が
近経のツールを取り込んで、その上で新しいマルクス経済学を
確立しようとしない限り信頼を得るのは難しいのでは?
別に近経は、アダム・スミス一人が偉いわけじゃないわけで、
使えるものは使うという柔軟さがもっと必要だと思う。
53 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/05/30(Thu) 00:37
>>51 招き猫さん
私は別にマル経の専門家でも、経済学史の専門家でもないですけど、
その後にくるツッコミを恐れずに、直観的な比喩で言えば、
マルクス=Mac、ケインズ=Windows
ではないですかね。

どちらもパラダイムを変えた巨人(どちらもGUIを導入したOS)で、
前者ではなく後者の方がグローバル・スタンダードになったということで。
マルクスの方は革命を必要としたし、共産主義に換骨奪胎されたのでしょうけれども、
パラダイム転換の巨人であることには変わりないから、同列にみるのが正しいと思います。

マル経の人でケインズを嫌う人がいれば、ビル・ゲイツを嫌うMac愛好者に似たようなところがあるのでは。事実、マルクスの過激な予言がポシャったが故に、代替物としてケインズが出てきたという人もいる。
くどいようですが、・・・あくまで、直観的な比喩ですからね。
54 :Thumb:2002/05/30(Thu) 00:38
53=Thumbでした。すみません。
55 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/05/30(Thu) 05:26
結局、不誠実な専門家が多いから困るのだ。
専門職はその専門範囲について日々研鑽するのが最低限の義務だ。
自分の専門範囲を逸脱してまで専門家のような外見を呈するやつは
インテレクチュアルな素人によって叩きのめされなければならない。
56 :招き猫@IQ20以下の業界:2002/05/30(Thu) 10:18
>>53
ふーむ。マルクスの「資本論」を引っ張り出してきた。今読み直す期にはならんなぁ。
確かに、マルクスの「貨幣」「商品」「労働」「資本」など、経済行為を「経済学」という学問
へ向上させた実績は承認せざるを得ないだろう。

ただ、彼の思索が「科学」や「知の体系」として欠陥だらけの存在だったことも確かだろう。
彼の思索は「科学」ではなく「イデオロギー」だと思う。つまり、科学を装った「宗教」に近い。
だからこそ、マルクス自身も宗教を「阿片」とみなして徹底的に排除した。

この問題に関しての本質的原因は「感情」と「思考」をマルクス自身が分別出来ていない
からだと思う。経済学には「期待」という用語で「心理学」を内包しようとする試みがあるが、
マルクスには自らの内的感情、例えば「嫉妬」や「羨望」というものを衝動の一部とは
考えていないんじゃないか?

時代的制約があったことは確かだが、自分の内的感情の存在を認められなかった
ところで、他者の感情や社会心理の存在も完全に否認していることとなり、結局
誤った人間観や社会観を撒き散らした。そう言う意味では「害」の方が大きいと思う。

マルクスは「科学」では無いと言うことから始めることが重要じゃないか?
57 :Thumb:2002/05/30(Thu) 10:28
>>56 招き猫さん
別スレで議論したらどうですか?
http://www.ichigobbs.net/cgi-bin/readres.cgi?bo=economy&vi=0505&rm=50

「何度目かはファルス(喜劇)として・・・」、ってくらい手垢についた話で、「民衆のアヘン」のような話は、内心笑う気にもならないんだけど。
58 :招き猫@IQ20以下の業界:2002/05/30(Thu) 14:35
>>57
そうか?俺は日本の「世間知と○系」は重要な問題だと思うぞ。特に購読者が多い朝日新聞及び
朝日・毎日系列のメディアの中枢をになう人間が、1960~70年代に学園紛争で、ヘルメットか
ぶっていたりした奴らだったりする。
そう言う人間はイデオロギーと科学の区別が付かず、論理的文章であるべきはずのものを情緒的
に先導してしまう。A新聞は、ほんとに浪花節が好きな新聞だとため息がでるときがあるよ。(笑)
59 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/05/30(Thu) 16:42
>>58
同意。
経済学論議は100%科学的であることが、一番望ましい。
しかし、それは望むべくもないので、せめて論理的・無機的にやって欲しいと思う。
イデオロギー・信念と経済談義は、出きる限り切り離さないといけない。
60 :ドラエモン:2002/05/30(Thu) 16:48
>>59

しかし、政策のような価値判断の伴う問題の議論では「中立性・科学性」を装いながら
特定の利益のために議論を振り回す輩が今でもほとんどだ。自らの価値判断を明示する
のは、ある意味必要。「暗黙」が一番よくない。それはウェーバー先生の仰るところ。
61 :ポチ:2002/05/30(Thu) 20:39
>59

経済学が科学であろうとうしなければいけないという意見には賛成。

しかし
なんか、また私の前の議論に戻るけど、経済学って
どこまで、科学でありえ得るのでしょうか。
現実的には実証レベルで甲乙つけることが困難な部分が
あり、ポパーの定義にあえて従うと
反証可能性の高いものが科学、反証可能性の低いものは非科学
経済学の反証可能性って、どうなんだろう。
サミュエルソンなども、有意味な定理とは、反証可能な定理だとか
なんとか・・・・。
理論の中核である、例えば新古典派で言えば、主体の極大化行動とか
市場均衡とか、いわゆるラカトスの言う所の堅固な核に対し
関数系やら、枝葉末節の仮説である防禦体があると思うけど。
経済学はこれらの防禦体が進入不可能な貞操帯のような役割になって
しまい、データと一致しなければ、関数系をとっかえることにより
見事一致しましたみたいなこともある訳で・・・。
それと、形而上学的で検証困難な仮説も多いように思います。
ソロー残差なんてしごく形而上学的に思える。
62 :ポチ:2002/05/30(Thu) 20:44
それと、戦後の経済学って、前述のサミュエルソンにあるようにポパー
やラカトスに影響を受けたのか、ピースミルな研究みたいになってしまい

面白くなくなったようにも思える。

ケインズやシュンペーターやマルクスやらは
仮に形而上学的な部分があったとしても、
その中にグランドセオリーがあった。
経済学は現実の社会を改革する役割も担っているわけで

そう考えると、経済学は科学であるとともに、経済全体に対する
世界観が必要なのかもしれん。
63 :ドラエモン:2002/05/30(Thu) 21:13
ポチさん>>61

>ポパーの定義にあえて従うと
>反証可能性の高いものが科学、反証可能性の低いものは非科学
>経済学の反証可能性って

反証可能性は高かったり、低かったりはしません。オール・オア・ナッシング、イエスかノーか?だけ。
64 :招き猫@IQ20以下の業界:2002/05/30(Thu) 21:40
>>61
ポチ氏へ、最近手に入れて読みさしというか、量子力学で立ち止まってしまったのですが
「ホーキンス未来を語る」で相対性理論が非常にわかりやすく述べてありました。その中で、
「科学の王様である物理学から学ぶ科学的態度とは」ということについても、説明がありました。
そこで重要なことは、仮説→実験or観察→検証という確認作業だと思います。
どの様な学問においても、仮説が100%正しいわけできなく、一定の枠組みの中でしか成立
しえない命題も存在します。
また、同時に時代の変化によって、成立しなくなった、大きく変化した事象も存在します。
例えば情報の伝達速度が早くなったことや双方向性を持つようになったことなど。

だからこそ、経済学は100%科学足り得ると思います。
研究者の科学的態度が存在しうる限りにおいて。
65 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/05/31(Fri) 00:00
検証できなくても、多くの人が納得できるような説明であれば、
コミュニケーションを円滑化させる共通認識として、一定の価値はあると思う。
こういうのは科学ではないんだろうが、何と言うのだろうか。
66 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/05/31(Fri) 00:50
思想以上科学未満…か
67 :Thumb:2002/05/31(Fri) 01:02
>>63
>反証可能性は高かったり、低かったりはしません。
>オール・オア・ナッシング、イエスかノーか?だけ。

・・・のはずなのですけれども、決定打がない故に、
ドローの試合が長引いているというのが現状ではないのでしょうか。
オール・オア・ナッシングの反証可能性というモダンのタテマエから
ほど遠いポストモダン的な現実が今あるという気がしますけれども。
65さんが示唆するような、検証不能性の故のツールとしての有用性が
強まっているというか、今の検証というのは、決定的な趨勢やグランド
デザインに至ることを拒絶するための裏打ちであり、VARやら共和分検定やら、
なにやら統計学的手法そのもの自体、個々のレベルの見方の錯綜を招いている
という現実を日常的に繰り返しているだけのように外から眺めていて思えますけれども。
マクロという俯瞰したレベルですら、実証は困難であり、状況証拠の応酬という
側面が強いということは再三指摘する必要はないと思います。(続く)
68 :Thumb:2002/05/31(Fri) 01:02
(続き)
「経済学」というかつて「大きな物語」とつながっていた時代への郷愁を高める
ことはあれど、そこから「検証」や「科学」という言葉に過大なロマンを見いだすのは、
いささかナイーブな議論であるばかりではなく、むしろそうした決定不能な状況を正当化
する言説につながりかねないのではないかと思えるわけです。
そうした現実は別に「経済学」だけの話に限ったわけではなく、(「ポストモダン」という
言葉が嫌であれば、「価値観の多様化」とか、「権威の崩壊」、「グランドデザインの喪失」
という平易な言葉で記述してみればいいのですが)、世間をみれば様々なレベルで確認できる
ことでしょう。ケインズやマルクスのような、パラダイム・チェンジや「大きな物語」を拒絶
しているのは、非科学的な立場が横行するからではなく、科学が表層的な「科学のイメージ」
に堕してしまう現代の状況の中で、決定的な視点を高く掲げることが難しくなっているから
でしょう。このことは、ドラエモンさんの「中立性・科学性を装いながら特定の利益のために
議論を振り回す輩がいる」という指摘からも裏打ちされると思います。
「凡庸で平坦な争い」を時代が要請しているというというと、自分でもペシミスティックすぎると
思いますが。(続く)
69 :Thumb:2002/05/31(Fri) 01:03
(続き)
招き猫さんが、マルクスの思想と朝日新聞の言説を混同するというのは、レベルの錯誤というか、それこそポストモダン的状況、上位と下位のレベルや、専門家と世間知レベルの混沌というか、細部の言説が「大きな物語」を構築しえない中での煩悶の末の飛躍をまさに感じてしまうの
だけれども、しかし、そうした錯誤状況の中で、思い切った飛躍かつ楽観によって、「大きな物語」の中の「経済学」を復古させることを夢想することも、決定不能性の打破には一向につながらないという現実もあろうと思います。はあるのだと思います。勿論、そうしたパラドクスを打破するのは、無防備な世間知でも、専門家のトンデモ理論でもなく、地道な検証でしかないとは思いますけどね。
(了)
70 :ドラエモン:2002/05/31(Fri) 01:09
>Thumbさん

検証は経験的なものですから常にグレーゾーンは残ります。反証可能性は純粋に論理の話であり
検証のような問題はありません。要は、実際に可能かどうかは別にして、こういう事実が見つか
れば否定できるという論理的可能性のある命題を「反証可能命題」といい、それが科学的命題の
条件だと言うことです。例えば「神様は存在する」という命題は、反証不可能ですかですから、
科学的命題ではないということです。
71 :Thumb:2002/05/31(Fri) 01:20
>>70
ああ・・・検証と論理学を混同するという勉強不足バレバレのご指摘(苦笑)。
したがって、結局、そもそも命題の立て方が錯綜していて、論理学的決着をつけるようには
行き着かなくなっているということになりますかね。
72 :ドラエモン:2002/05/31(Fri) 11:09
>Thumbさん

説教しているようで不快に思われるかも知れませんが、以下の3冊をお読みになることを
お勧めします。すごく見通しがよくなると思います。

1)「社会科学の神話」、アンドレスキー、日本経済新聞、1983年
2)「ウィーン学団」、クラーフト、勁草書房、1990年
3)価格理論の論理構造、佐藤隆三、「経済学1」第一章、有斐閣、1976年

もっと新しい本で然るべきものがあるだろうけど、僕は爺なんで、古い本しか知らない(泣
73 :歌舞音曲:2002/05/31(Fri) 12:16
じゃあ、助け船?を。
銅鑼さんご推奨の本はどれもいまでも必読ですが、活字が「重い」ので軽快に読みたいときは

大庭健 『はじめての分析哲学』産業図書

が有益だと思います。現代の哲学の主要なシーンは、この本と飯田隆の一連の著作でおさえることが可能。おフランスは救いようがない?けど、ブーブレスがちゃんと正当に評価されてもっと翻訳がでればなあ。

さらに大庭の本以外で経済学との結びつきからいえば、次の本もかなり読みやすいし包括的。


デボラ・レッドマン 『経済学と科学哲学』 文化書房博文社

だけど個人的にはポパーの『果てしなき探求』とマルコム『回想のウィットゲンシュタイン』やトゥルーミンの『ウィーンのウィトゲンシュタイン』が入門には一番いいかなとも思っています。これは個人的な趣味なので、「役立つ」観点からは、大庭の本を飛ばし読みすれば一日ぐらいでOKなかんじでは?
74 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/05/31(Fri) 12:37
3)の本の正式なタイトルは、なんでしょうか?
75 :歌舞音曲:2002/05/31(Fri) 12:44
横レス失礼

3)は有斐閣選書でその昔出ていた

経済学. 1 / 荒憲治郎 [ほか]編
巻書名 価格の理論
有斐閣, 1976.2

です。
76 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/05/31(Fri) 13:07
これですね
http://www.yuhikaku.co.jp/bookhtml/005/005542.html
77 :歌舞音曲:2002/05/31(Fri) 17:59
>>76

そうです。選書ではなく双書でしたね
78 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/05/31(Fri) 19:59
>73
入門なら、高橋昌一郎『科学哲学のすすめ』丸善2001年が良いです。
本格的な入門なら飯田隆『言語哲学大全』からで、その後は、その筋の専門家に直接習うしかないです。

邦訳なので斜め読みできるでしょうが、Redmanを読むよりは、高橋昌一郎なんかで常識を養成したほうが健全だと思います。
79 :歌舞音曲:2002/05/31(Fri) 21:28
飯田さんの本はいいよねえ。個人的な手紙をもらったことあるけど、誠実そうな人だったなあ。レドマンはたしかに個性が強いかもね。高橋さんのはまだ読んでないんで面白そうですねえ。
80 :歌舞音曲:2002/05/31(Fri) 21:52
>>78

でもさあ、経済的な科学哲学の「その筋の専門家」なんか日本にいるの? 僕の知人(複数)は独学で分析哲学をしこしこやって、いまやそれなりの分析哲学か科学哲学の業績をあげてるよ。むしろ「その筋の専門家」についていた奴は、おそろしく学閥の中で埋没して育たなかったけどねえ。
81 :ポチ:2002/05/31(Fri) 21:58
>72

ドラエモンさんへ

間違っていたら、申し訳ないけど
ドラエモンさんがおっしゃるのは、一つの命題に対し
反証可能性が有る、無しのオールオアナッシングという
話であって
学問全体としては、いろいろな命題があるので
傾向として、反証可能性の低い、高いがあるのではない
でしょうか。
82 :ポチ:2002/05/31(Fri) 22:07
>64

その本は私も読みました。物理の本では、エレガントな宇宙と
並んで売れている本ですよね。エレガントな宇宙は読みさしで
ほおってありますが。
物理は、やはり科学の王様で、経済学よりも検証が容易ですよね。
経済学の場合は・・・・・・・。
例えば、リアルビジネスサイクル論なんか絶対間違いだと思うけど
反証可能性はないのではと思います。

しかし、経済学の場合も、同様に科学的ではなければならないのは
賛成です。

ところで
物理の場合も、エベレットの多世界解釈とコッペンハ-ゲン学派のように
甲乙つけがたい論争もあります。
両者とも反証不可能かもしれません。

人間には、やはり限界があり、真実には永久に近づけないのかもしれない。
83 :ポチ:2002/05/31(Fri) 22:22
>パラダイム・チェンジや「大きな物語」を拒絶
>しているのは、非科学的な立場が横行するからではなく、

わたしは経済学がポパーを取り入れ
ピースミルエンジニアリング(部分工学、つぎはぎの研究)を
貫いたからではないでしょうか。

ポパーはマルクスを非科学とし、歴史の法則を解明しようとしたり
社会を改革しようとするのは、科学者にあるまじき、非科学的な
態度であるとしました。(歴史主義の貧困)

そして、科学としての経済学は失業率を下げたり、インフレを抑制したり
ピースミルエンジニアリングであるべきだと・・・・。

これは、もちろん正しいのですが

一方で、やはり、経済学はグランドデザインというか世界観を
持つべきだと思ったりします。

ところで

私は経済学は科学になりきっているとは言い難いと思っていますが
しかし
科学でなければ無意味だということもないような気がします。

仮に形而上学であっても
そこに、深遠な洞察があるなら、仮に科学でないとしても
おおいに意味深い活動だと思うのです。
84 :ドラエモン:2002/05/31(Fri) 23:20
>ポチさん

うーん。反証可能性は、「反証が論理的に可能か否か」だから、高かったり低かったりはしないよ。
85 :ポチ:2002/06/01(Sat) 00:12
>84


>「反証が論理的に可能か否か」

ポパーは反証されていない仮説が複数あるときに
どのようにして仮説の優劣を測ればいいかという問いに
「最も内容の豊かな仮説を取れ」
つまり潜在的反証例の集合が大きいほど、反証にさらされている
ので、より信頼性が高いとした。

例えば
「明日夜空に新星が現れるだろう。」
と
「明日21時にオリオン座のアルファ近くに新星が現れるだろう。」

では後者の方が内容が豊かで反証可能性が高いのではないでしょうか。

そして反証されるチャンスが大きいにもかかわらずテストに生き延びてきた
仮説はより信頼性に足る。

(ちなみに、人間は絶対真実には到達できない、仮説を反証することが
できるだけである。反証可能性の大きい仮説はより科学的であり
信頼に足るということにすぎない。)
86 :ドラエモン:2002/06/01(Sat) 00:37
>ポチさん

そういえばそんなこと言ってたような気もしますね。でも、そもそもの議論の始まりは、ある
命題が科学的命題か否かと言う話じゃなかったでしたっけ?もしそうなら、反証可能でない命題
は科学命題ではないという判定基準だけは正しいでしょう。

それと、反証可能性の集合の大きさで科学性を測るというのもありかもしれないが、オッカムの
剃刀方式もあるわけで、「程度」の話になるとよくわからん。
87 :Thumb:2002/06/01(Sat) 01:00
>>ドラエモンさん、ポチさん、他の方々。
ご指摘された書物については勉強のため、時間があれば読んでみたいと思います。
(この手の議論でリオタールを引用したのは、墓穴だったかな・・・)

ただ、ポチさんが指摘されるように、経済学がピースミルエンジニアリングであるという
現実の問題があると思います。私自身は「黒猫でも白猫でもネズミが獲れればいい」というバルガーな人なので、現実は現実かな・・・という開き直りが有効のように思えるだけです。
経済学だけがそうなのではなく、時代の要請として、政治も、文学も、あるいは他の学問も大きな普遍性のある議論に至り得ないという素人の認識があるので(そこにご指摘された書物の内容とも齟齬があるかもしれません)、経済学というマスを対象とした学問も有効性をある程度自覚しておいた方が、結局有効だという、有効性の観点ですね。
その点ではポチさんとも違って、「哲学的にみると現実は哲学的でないことに気づく」というパラドクスの諦念があるんでしょう。そういう現実を無視して、安易に形而上学やら、哲学やら、イデオロギーやら、浪花節やらに飛びつくべきではないかと・・・。マルクスに怒りをぶつけるのであれば、まず我々の時代の現実を悟らなければいけないということです。

論点が食い違っていた点はご指摘される通りでしょう・・・。素人が生意気言って・・・という批判は甘受いたします。失礼いたしました。
88 :くろき げん:2002/06/01(Sat) 01:34
ペースが早くて全然着いて行けないのですが、科学哲学入門であれば、個人的には
内井惣七著『科学哲学入門――科学の方法・科学の目的』世界思想社 1995
がおすすめです。私が知る限りではこの本が科学哲学入門書としては一番良い。

内井氏の入門書は様々な学説とそれに対する批判をバランス良く簡潔にまとめています。たとえば、これを読むことによって、ポパーの反証主義の帰納主義に対する排他的な態度がどのように否定されているか、を知ることができます。

内井氏のウェブサイトは科学哲学ファン必見かもしれません。
http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/%7Esuchii/SUhome.html
http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/%7Esuchii/ol.ess.html

気楽に楽しみたい人であれば、 >>78 さんが紹介している
高橋昌一郎著『科学哲学のすすめ』丸善株式会社 2002
が良いと思います。物理雑誌の『パリティ』での連載をまとめたものです。
(実は単行本になったら買おうと思っていたら著者謹呈が届いていた。)

なお、絶対におすすめできないのは村上陽一郎が書いたもの。
http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/FN/huzinaga.html
http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/FN/iinuke.html
89 :歌舞音曲:2002/06/01(Sat) 02:14
そうか、ここにはくろきさんがいたんだよね。はじめからくろきさんに聞けばOKだったね、僕なんかが生半可に書かずとも。村上氏の「微分言いぬけ説」すごいですねえ。原爆の話も「引用の加工」の恐ろしさがよくわかりました。
しかし、日本にはまともな経済哲学(科学哲学系のもの)のプロパーっているんでしょうかねえ。僕みたいなファンは相当数いるでしょうけど。
90 :歌舞音曲:2002/06/01(Sat) 02:22
ありゃ、アマゾンでは内井氏の本は在庫切れだね。版元はあるんかなあ?
91 :歌舞音曲:2002/06/01(Sat) 02:33
くろきさんご推奨の内井惣七氏については実は『進化と倫理』を読んでからはちょっと敬遠してるんすよ。ましてや例の『進化経済学とは何か』での寄稿を見ると、僕はちょっと大丈夫?といいたくなるんです。まあ、進化人類学を経済学に導入しおうとかいう試みに比べれば、まったりとした内容だったように思えるのですが。
92 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/01(Sat) 02:51
村上の微分のいいぬけ説は村上が科学史家といいながら科学の知識がはなはだ心もとないことを
しめしていますね。また原爆の件は歴史家としての学者生命を断たれてもしかたがない話でしょう。
しかし科学哲学の解説家としての村上はどうでしょうか?少なくとも啓蒙家としてはわかりやすい解説を書くと思いますが、これにも明かな誤まりや詐術が含まれているのでしょうか?
村上の書物から「ポパーは古い」といったバカな偏見が広まってしまったことはマイナスですけど、彼のポパー紹介はパラダイム派からのそれですからしょうがない。
93 :くろき げん:2002/06/01(Sat) 03:53
あ、どもども歌舞音曲さん。きっと脱線になってしまうのでしょうが、「例の『進化経済学とは何か』での寄稿を見ると、僕はちょっと大丈夫?」(>>91)についてもう少し具体的にどこがどう「大丈夫?」という感想を持ったか教えて下さると嬉しいです。

「進化と倫理」という話題はへたをするとタイトルだけで忌み嫌われてしまいそうなのですが、実際にはそんなに嫌う必要がない話だと思います。もちろんものすごく論争的な話題なのですが。
(cf. http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/~suchii/Ev.Ethics1.html)

>>92 さん、村上陽一郎の科学哲学の解説家としての良い評判を哲学畑方面の方から私は聞いたことがないです。

ポパーやクーンを中心に科学哲学について語るのはものすごく偏っていると思うので、そういう偏った「入門」は個人的にはおすすめできないのだ。

内井氏の『科学哲学入門――科学の方法・科学の目的』は良い教科書です。品切で手に入れ難い状況になっているとすればちょっともったいない。ポパーやクーンで終わらずに (内井氏の教科書では両者が批判的に紹介されている)、帰納関係の事柄についても詳しく解説している入門書で他に良い本があれば良いと思うのだがどうか……。

http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/FN/iinuke.html の一番最後に書いておきましたが、物理学における「ユニバーサリティ」という考え方は他分野においても非常に重要だと思うのですが、それに関する哲学を展開している文献があるかどうかは知りません。 (あるなら読みたい。)
94 :くろき げん:2002/06/01(Sat) 04:13
ポパーに関する誤解を誰がどのように広めているかについては、小河原誠編『批判と挑戦』未來社2000に所収の小河原誠「ポパー受容史に見られる歪みについて」が非常に面白いです。渡邊二郎、冨田恭彦、竹尾治一郎、池田清彦、野家啓一を事例として扱い批判しています。

池田清彦の『構造主義科学論の冒険』の事例が一番ひどい。

池田清彦によれば「反証という操作により、科学と非科学を分ける」ことを提案した哲学者がいたことになるらしい。「反証可能性」が「反証という操作」に勝手に置換されているせいで、池田清彦によれば「反証主義を厳密に適用すると」すでにニュートン力学は反証されているので非科学だということになり非常に困ったことになるらしい。これが池田清彦による反証主義批判。

科学哲学関係の本を色々読んでみた哲学ど素人の結論は、科学哲学の権威に頼る悪しき科学哲学ユーザーになるのはとにかく非常にまずい、ということです。
95 :92:2002/06/01(Sat) 06:56
村上の謎・・・・
広重徹の遺志を継ぐとかいってたな。そのわりには御用学者としてあれこれ画策しているが・・
広重が科学史家に求めたのは少なくともひとつの科学分野で専門家と互角に議論できる知識を
有していることだった。村上は科学史家以前だろう。あれじゃあ科学史が馬鹿にされてた時代に逆戻りだ。村上は知識不足から逃げるために、内在史から逃げ、それをパラダイム論で正統化し、また歴史学者にむかっては哲学者の顔をし、哲学者にむかっては歴史家の顔をして専門的チェックを免れてきたのかな。
実際の科学の知識がなにのに科学史や科学哲学ができてしまう。ポパーは現実の科学をしらないと非なんしてた人達が現実の科学理論を知らずにパラダイム論を説いている。そのほうが専門分野として自分たちを守れるし楽だわ。でも堕落。
96 :92:2002/06/01(Sat) 07:03
>渡邊二郎

この人はヘーゲルだのハイデガーだのいってた人だと思いますがなんか英米哲学入門なんて本だしてたね。マルクス経済学者が「ミクロ経済学入門」だすようなもんですな。他にもでたらめたくさんかいてそう。ポパーのところは通俗的ポパー批判を丸写ししたのでし
97 :歌舞音曲:2002/06/01(Sat) 11:51
『進化経済学とは何か』は立ち読みを去年しただけなので手もとにないので、まずなんで「大丈夫?」と思ったか、僕の感想の流れ

内井氏はわかりやすい論理学の本を書く人(『論理学』で様相論理をお勉強した)→『進化と倫理』で経済学的な議論との関連を考えると一抹の不安→進化経済学学会の上の本の寄稿でさらに? という感じです。で?の説明ですが、
おそらくくろきさんのいう「論争」的な側面にかかわる問題でしょう。

上の内井さんのサイトでの「道徳起源論から進化倫理学へ」などの論説でも再解釈されているような山岸俊治的な進化ゲームのなかで、信頼関係の構築を考えることに違和感が強いということです。これは一例にしかすぎませんが。進化経済学自身が既存のシステムや人間関係のあり方を、進化ゲームの帰結として解釈する傾向に警戒感が強いですね。特に既存のシステムの不具合が、果たして進化ゲームで説明することが適切なのかどうか、という根深い疑問です。これは私の警戒感でまだ具体的ではないでしょう。くろきさんの質問を契機にしてこの警戒感を具体化しようと93で教えていただいた内井さんの論説を飛ばしよみして、彼が自説のミッシングリンクとして山岸説に高い評価とその再解釈を提示していることには反対します。内井さんの山岸説解釈では抽象度が高いのでわかりにくいですが、山岸命題の具体例ともいえる山岸さんのいわゆる「安心社会論」は、端的にいえば、構造改革論者の悪い意味での雇用流動化論と軌を一にしています。
98 :歌舞音曲:2002/06/01(Sat) 12:00
97の続き

内井さんの山岸命題6への支持はそれ自体はなんの問題もないように思えるけど、山岸氏自身が『安心社会から信頼社会へ』で展開している「日本的雇用システム」批判(=雇用の流動化支持)への具体的なレベルでの接合を考えたときに、私は大きな懸念を覚えます。もちろんこの山岸説については荒井一博氏の批判が知られています。その批判はミクロ経済的な次元では私は支持しています。ただ急いで付け加えると、荒井氏の批判的な観点は、日本型というわれる雇用システムをミクロ的な経済合理性から「のみ」説明しすぎている点で不十分なようです。私は、「日本的な雇用システム」とか山岸さんのいう「安心社会」や「信頼社会」というものがあるとしたら、それはミクロ的な次元(ゲーム論的な次元とでも修辞としてはいいかえていでしょう)とマクロ的な次元の両面を勘案しなくてはいけないとおもってるのです。そうしないと内井さんの論理は、野口逝雄的な日本的システム限界論に「適切」な基礎を与えるものにすぎなくなり、くろきさんの言葉をあえてかりればわたしからすれば「毛嫌い」せざるをえないものです。
99 :歌舞音曲:2002/06/01(Sat) 12:11
ただ内井さんの議論はあまりに抽象度が高いので、まさか彼が今般の構造改革論争などを押さえた上で発言しているとは思えないのですが(してるかもしれません)、そうであればなおさら「進化経済学会」なんていう学問の隘路を保護する集団(よくもまあ、お金の力で会員を集めたものです)のマニフェストに安易に書いてしまうのはどうだろうか? ともやや「感情的」に思います。その点では、期せずして内井さんの理論は「現世的」には、なんと村上陽一郎と同じな政策提言や時論にさえ結びつきかねないものでしょう。
ついでにいえば、内井氏とは関係ないけれども、進化経済学なんていうものも、複雑系と同じで知的な退廃状況をカモフラージュする詭弁に堕する道具に、学者がよってたかって血道をあげていいるようにしか思えないねえ。もっと重要な問題があるだろう。
100 :くろき げん:2002/06/01(Sat) 13:25
>>97-99

歌舞音曲さん、さんきゅ。なるほど、進化生物学とのからみではなく、社会に進化ゲームの話を適用する話の方への疑問でしたか。最後の方は「進化経済学会」批判になってますが、部外者からはそういうことはよく見えないのだ。

ついでに、 >>94 の最後に述べた「悪しき科学哲学ユーザー」になるのはまずいという話に補足。

ポパーと言えば、反証可能性による科学と非科学の区別によって、科学の擁護者のようなイメージが強いと思うのですが、現在品切らしい内井の『科学哲学入門』のような教科書で強調されているように、ポパーの反証主義の帰納主義に対する相容れない態度の問題があるのだ。注意しないと科学にとって重要な側面を切り落としてしまう可能性がある。

そういうことに注意を払わずに単純にポパーの権威 (もしくはポパーが有名であるという事実) を利用して、反証主義を利用するのはかなり危ない。結果的にバランスの取れた議論になっていれば問題ないのですが、なかなかそうとは行かない場合が多いと思う。

以上ではポパーを例に「悪しき科学哲学ユーザー」について説明してみましたが、もっとひどい例はクーンの「パラダイム」という言葉の濫用 (クーン自身がその元祖) の問題がありますよね。

科学に比べれば圧倒的に単純な将棋の場合でさえ、定跡書や戦略書を深く理解せずに利用するとひどい目に会うことがある。好手と悪手の区別の仕方を説明するのはそう簡単ではないのだ。その場その場ごとに読み (証拠と論拠) を公開して皆で検討するのが良いと思う。
101 :Thumb:2002/06/01(Sat) 13:39
で、建前はともかくとして、現実はどうなっているのですか?
建前が悪用されるケースも少なくはないでしょうな・・・。
自説のバックボーンに科学哲学を錦の御旗とすることで、都合の悪い指摘を棄却することもよくあるだろうし。憲法9条と同じで、戦争の抑止力に十全になっていないと思うが。
肝心なのは個々の実践なんだろうけど。
102 :くろき げん:2002/06/01(Sat) 16:59
>>100 の続き。 >>61-63 >>72 >>81-86 に「反証可能性」という言葉が出てますが、ポチさんには悪いですがあまり面白い話にはなってないと思います。

ポチさんの意味での「反証可能性」の意味が全然明確にならないままで、「例えば、リアルビジネスサイクル論なんか絶対間違いだと思うけど反証可能性はないのではと思います」 (>>82) という話が出ている。

具体的にリアルビジネスサイクル論のどこがどう怪しいと考えているかを説明すること (「読み」を公開すること) 抜きに、「反証可能性」という言葉を持ち出すのは生産的じゃないと思う。

有段者の方々には、定跡書や戦術書に書いてあるようなことに頼らずに、各局面ごとに「読み」 (証拠と論拠) を公開してそれを検討するというスタイルで話を進めてもらいたいです。
103 :歌舞音曲:2002/06/01(Sat) 17:40
「有段者」かあ。面白い表現ですね。この掲示板の有段者はだれでしょうね。銅鑼氏、すりらんか氏、Debreu氏、レベジ将軍、くろきさん、いなば氏、ポチ氏、Thumb氏、IQ20以下の業界氏、dell氏、一夢庵氏などでしょうか? 新参なので裏番がいたらごめんなさい。全体的にマクロ派が多数なんですね。

ちなみに僕は最近はアエラ=笑えない東スポ説を主張していますが、これは「読み」を出すのはちょとつらいかな
104 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/01(Sat) 17:46
アエラで笑える人間が一人でもいた場合その命題は否定される
105 :ドラエモン:2002/06/01(Sat) 17:58
>104

つまり、その命題は反証可能なので科学的命題だ(爆笑
106 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/01(Sat) 19:12
論拠が出されても検討がなされないという罠
107 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/01(Sat) 21:55
均衡論って結局交換なんでしょ?
交換で経済体系の全てを記述するって理解でいいの?
108 :Thumb:2002/06/02(Sun) 00:38
もう一度、私の見方を整理します。論拠と理屈については、特に狂いはないと思います。
議論が噛み合わないのは致し方ないけれども、私は現実的側面を検証したいですので。

まず、101にも書いたように、科学哲学は近代のタテマエでもあって、悪用は可能。
したがって、それがメタレベルのマナーとしてあるならば、逆説的だが、各論の決
定不能性を意味し、最終的な審級が先送りされた恰好になる。経験則で言えば、
メタレベルの議論を持ち込む人ほど、追い込まれているケースが多い。なぜなら、
理念という正当化で生き延びを図ることができるから。106さんの言う通り、「論拠
が出されても検討はなされず」、様々な見方が乱立することになる。しかし、それら
は一度設定されたパラダイムを突き崩すような大きなうねりのあるものではない。
事実、ケインズ VS 新古典派という対立は、バージョンを変えて続いていることになる。
前回は「ポストモダン」と書いたが、決定性のないドローの状況とはそういう状況。
近代のメタレベルの議論はそうしたパラダイムに属する各種の議論を最終的に決定させず
に生き延びさせることになる。なぜなら、互いがそういう形の正当化で生き延びようと
しているわけだから。(続く)
109 :Thumb:2002/06/02(Sun) 00:38
(続き)
逆説的だが、無防備に近代の理屈を持ち出せば持ち出すほど、決定不能の泥濘の状況
は深まることになる。誰もそこに解決を見いだそうとはしていない。「平坦な戦場の中で
生き延びること」(って岡崎京子のマンガの引用だが、W・ギブソンの詩からの孫引きだ)。
それを以前使った比喩で述べるなら、「ネズミを獲るためのメタレベルではなく、ゴキブリ
を獲るためのメタレベルの議論」ということになる。「黒猫でも白猫でもネズミを獲る猫は
いい猫」だが、そうした最終審級はありえず(審級してみるなら、実際にインフレを起こした
上で、その後で何年もかけてリフレ政策が引き起こした影響の功罪を地道に検証するしかない)。
理論においては最終的な勝利とはならないし、ネズミを獲ることはできない)、ゴキブリ
(例えばマクロ政策主義の立場からすれば、野口悠紀夫氏)を獲ることに熱中していても、
ミクロ経済学者として優秀な野口氏のすべての言説を棄却するわけにはいかない。ゴキブリを
捕獲しても、最終的な審級で勝利を修めるわけではない。勝利を修めるにはネズミを獲るしか
ない。(続く)
110 :Thumb:2002/06/02(Sun) 00:38
(続き)
しかし、私は野口氏にしても、木村氏にしても、猪瀬氏にしても、すべての言説を棄却する
わけにはいかないということは基本常識だと考えている(これを否定するならどうぞ)。いずれ
も、議論を拡張すると、マクロ経済政策との齟齬が生じるが、彼らの公共政策論、金融政策、
特殊法人改革論において、注目すべき指摘は行っている。そのレベルにおいては優秀な視点をもって
いると私は考える。つまり、それらのレベルにおいて、彼ら(マクロ経済政策におけるゴキブ
リ)は死にはしないし、多様化し、錯綜した現代の中で生き延び、棲み分けられる。
そうしたゴキブリ捕獲に精を出すことは、ネズミ捕獲に一向につながらない。
多様化し、断片的な知がそれぞれの輝きや利点をもっているのは(マクロ経済政策において
もしかり)、「大きな物語」を喪失した時代の中での現象とは言えまいか。我々はケインズや
マルクスの理論といった近代のダイナミズムを喪失している。そうした現実の中で、古きよき
近代のメタ理論を無防備に引っ張りだしてきても、最終的な勝利には至らない。
社会を俯瞰し総合的な判断を下す特権は我々にはない。そうした特権が得られなくなっている
だけの話だ。あるのは無数の議論と、事実の検証のみである。
111 :ドラエモン:2002/06/02(Sun) 01:03
>Thumbさん

を、「ゴキブリ」がテクニカルタームなのをご存じない?これは、山崎元という人が銘々した
インフレ政策を主張するマクロ政策主義者に付けられた蔑称です。僕もゴキブリ(藁

http://jmm.cogen.co.jp/jmmarchive/m028001.html

の最後のパラグラフ参照。なお、野口氏を優秀なミクロ経済学者と思わない人も大勢います。
例えば土地問題などの分析は疑問だらけ。浜田さんは昔から謙遜が過ぎる・・・
112 :Thumb:2002/06/02(Sun) 01:28
>>111
>ドラエモンさん
「ゴキブリ」の当初の命名者が山崎元さんとは知らなかったです。
ただ、逆の視点からでも見れるという点を言ってみたかったのですよ。
あまり、相対主義者と思われるのも嫌ですし、専門家の方の立場も尊重したいと思いますので、
気を悪くされたのなら、ごめんなさい。
確かに彼らの攻撃の方がメディアに露出しているわけだし、そうすることで生き延びようと
していると考えられますね。

私自身は木村氏も猪瀬氏も嫌いではないんですよね。彼らの主張はある点まではまっとうすぎる正論だと思っているので。野口さんについては、エッセイが好きですからね。
私からすると、彼らはある特定の部分では優秀なのに、手をださなきゃいい議論で大失点して
(山崎元氏もそうですね)、ちょっと憎めないところがあります。
彼らの言説のある特定の部分については、正しかったり、魅力的であったり思えるところが
あったもので、それをどこかで表明したかったんですね・・・。
113 :ドラエモン:2002/06/02(Sun) 01:57
>Thumbさん

こっち側というかインフレ派は、ほとんど居ませんよ(笑 以前、2ちゃんの経済板のタイトル
が「粘着デフレ逝って良し、インフレ激しくキボーン」だったのに、アットいう間に消えちゃった。
世論は圧倒的に反インフレ派です。彼ら(木村・野口など)は、明らかに勝ち馬に乗っているので
あって、メディアも同じ。
114 :歌舞音曲:2002/06/02(Sun) 08:34
108以降のThumbさんの「ゴキブリ」は山崎流ゴキブリではないんですね。なんか混乱しちゃったよ。誰かがはやく『声に出して読むゴキブリ宣言』(草○社 1200円+税、ISBN1-23-591)でも出して、山崎氏の「偉業」を世にひろめんといかんでしょうね。
115 :招き猫@IQ20以下の業界:2002/06/02(Sun) 09:34
>Thumbさん
朝日新聞的言説とはこういう事をいうと思いますが?
http://www.asahi.com/business/issin/index.html
これは、朝日新聞の金融・経済のコラムです。お二人の大御所が執筆されています。
これぞ、学者が語る浪花節です。

野口悠紀雄
http://www.asahi.com/business/issin/K2002020300134.html
>当然のことながら、「国民を犠牲にして輸出産業を救済するとはなに
>ごとか!」という怒りの声が国中にあふれるだろう。税金を課せられ
>る国民の金融資産は、先を争って海外に逃げ出すはずだ。

逃げ出して何が悪い!
邦人の在外資産も、資産だろうが。
バランスシートの意味がわかってるのだろうか?
あんたの頭の中は「円」以外は資産じゃないんだろうな。
だから、人の大切な資産である「土地」を無理矢理下落させるという暴論を展開できたんだ。
国富が582兆円も流失している現状を説明して欲しいな。

もし、円高が国益にかなうなら、どうして外人の株保有率が
バブル時の5%から、現在の20%に増えるんだ?
何故、日本人が買えない土地を奴らはばんばん買えるんだ。
彼らは知ってるんだ。
日本の円高政策はあらゆる資産、対外通貨や、株・土地という日本国内の実物
資産に対してもほぼ同率で上昇していくから、ドル→日本国内の他の資産へ移
転するときはリスクがほとんど無いんだ。
しかも現在のようにドルが高く、円が安く評価されているときなど絶好の機会なんだ。

>しかし、私は野口氏にしても、木村氏にしても、猪瀬氏にしても、すべての言説を棄却する
>わけにはいかないということは基本常識だと考えている(これを否定するならどうぞ)。いず

ということで、朝日新聞における野口の言説が理路整然としていると考えている
Thumbには、もう一度メディアリテラシーの能力を身につけられることをお勧めする。
116 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/02(Sun) 11:37
この間久しぶりに学際的な研究会に出たのだが、どうでもいい方法論に
終始して得るものが少なかった。
こんなこと議論するよりも、入門書をみんなで読んだほうがよっぽど意
思疎通になるのになあ、と思ったが怖いから言わなかった。
まあ、方法論の体裁をとった仕事の押し付け合いだから仕方ないんだけ
ど、初回からそういう後ろ向き全開になるのもいかがなものか。だった
ら研究会なんか組織するなよ。

ちゃんと成果物出るのかなあ。おれに押し付けられたらいやだなあ。今
度の会合の当日は病気になることが決まっているのでまあいいのだが。
117 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/02(Sun) 18:13
インフレターゲット派は、勝負に勝って試合に負けつつある状況ですな。
どうやったら試合にも勝てるんでしょうか。
そこら辺まで考えないと本来は政策提言とはいえないんだろうな。
118 :歌舞音曲:2002/06/02(Sun) 18:16
>>117

ひひひひ。マッド的な方法をいくつか考案中だよ。
119 :招き猫@IQ20以下の業界:2002/06/02(Sun) 18:34
>>118
どんな企画?
120 :ドラエモン:2002/06/02(Sun) 18:37
>>117

それはもとより覚悟の上(笑

2ちゃんでこの話題が出始めた頃に、某中央銀行関係者とおぼしき人が「どんなに騒いでも、
絶対に採用しないんだからクダラネー議論はやめろ、ゴラァ!!」と叫んでいたよ。

まあ、こうなりゃ武者稜司方式で、滅びの預言者として食っていくのも手かも(自嘲
121 :歌舞音曲:2002/06/02(Sun) 18:43
>>119

(同業者の子弟同盟たる)朋の問いかけには語りたいがこれはまだ「考案中」なんでかんべんしてけろ。でも銅鑼さんの武者方式もやけくそならいいかもね。香西もおるでよ。藁
ちなみに他スレでいってる阪神優勝ではないから誤解ないように。
122 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/02(Sun) 19:20
まああれだな、9月に銀行が決算組めるかどうかだな。
デフレ下で健全経営できる銀行があるかどうか。
大手行が2つくらい潰れなければ政策転換はないだろうな。
123 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/02(Sun) 19:24
金融庁がいくら始動しようが、デフレ下では不良債権が増えざるを得ない、
ということを政策当局者に理解させるために、どれだけの数の企業が潰れ
なければならないのだろうか。
124 :Thumb:2002/06/02(Sun) 22:54
>>115 招き猫氏
朝日新聞は毛嫌いしていてて、最近は喫茶店にでも置いていない限り読もうともしないから、
メディア・リテラシーと判断されるより、朝日論説についての「情報不足」と言われ
なければならんでしょう。
新聞なんてあら探しして非難するために読むものじゃないと思いますけど。
そういう意図で朝日をよく読まれるのですか? 不健全ですね。
でも、何故人は間違うのかということに興味がありますよ。
前出の木村氏も、野口氏もどうしてかなと。
それに間違った理屈や強弁も、最初は新鮮だし、内容でなく手法として面白い時もある。
まあ、あら探しが好きな人とか、すぐ熱くなる人にはお薦めできない。そういう人こそ、メディア・リテラシーの涵養が必要でしょうね。
125 :招き猫@IQ20以下の業界:2002/06/02(Sun) 23:27
>>124
新聞は買って読むものですか?ま、買って読んでるけど(笑)
とある理由で昨年かなりの期間、地元紙・毎日・読売・朝日・産経の記者とおつきあいしました。
その中で、朝日は最低でした。ろくな取材もせず、思いこみでかき立てました。
訴えようかと思いましたが、大阪支局の社会部デスクが誤りにきたので一応和解しました。

当時のいきさつや、取材の仕方を横目でみて、最も丁寧で緻密な報道をしていたのは毎日
出来るだけ、客観的な立場を守ろうとするのが読売でした。

その時以来、四代紙と日経のサイトはお気に入りに入っています。気になるニュースをネットで
読み比べする習慣が身に付きました。朝日に関しては経済一新考の筆者をみるだけで、何考えてる
んだ、と言う感じがします。複数のメディアとおつきあいすると「社の姿勢」が良くわかるように
なりますね。
126 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/03(Mon) 02:42
>>117
>インフレターゲット派は、勝負に勝って試合に負けつつある状況ですな。
本物のインフレターゲット派はどっちにも勝ってますが、
偽インフレターゲット派はここでくだを巻くだけです。
127 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/03(Mon) 03:25
あなたが
>本物のインフレターゲット派
なら、こんなところで何でくだまいてんの?
こんなところで茶々入れて楽しんで、ちっさいのーおぬし(藁。
128 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/03(Mon) 03:37
いいじゃないの、茶々
129 :ドラエモン:2002/06/03(Mon) 07:25
>>126

そりゃあ、無敵だよな。今は何もしないで、デフレにした日銀に文句いってりゃ良いだけ
だから、楽だね(藁
130 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/03(Mon) 07:43
(藁
131 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/04(Tue) 14:14
流れが速いので、亀レスですが。
>80
「その筋」というのは、「まともな哲学者」ということです。経済学方面では原理的に(笑)ありえません。ちなみに、WorldWideでも、経済学&哲学・方法論というのは滓です。理由は、 >95 に出てきた広重徹の言葉そのままです。
「経済学者にフィードバックするような論点整理」ぐらいしろよ。

日常生活では(藁)「半鐘可能性」というのは、罵倒や対話拒否にしか使われませんので、高尚な雰囲気に浸れるかもしれませんが、実りは無いでしょうなあ。
132 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/04(Tue) 14:25
斎藤誠『先を見よ、今を生きよ』は、このスレッド的にはどうでしょうか?
副題に「市場と政策の経済学」を掲げておきながら、あとがきに、この本は現実問題について政策提言しているものではない(妖しい記憶による再現)、とあって驚きました。
133 :いなば:2002/06/04(Tue) 14:28
ワシも意見聞きたいです。>『先今』
134 :歌舞音曲:2002/06/04(Tue) 16:38
今日、ある知的中国人に「慶応では時代遅れのマクロ経済学をやめて、ミクロ経済学だけを教えるようにしているらしいですね」といわれ、あやうく気を喪うところだった。

「で、でででもニューケインジアンというミクロの基礎づけをもった最先端のマグロ、いやマクロ経済学があるんだよ。ま、まともにこれを日本で政策問題までつかいこなせるのは、銅鑼とすりだけなんだ」。

そのとき不吉な「馬面」の男が脳裏をかすめる。国立の森の怪人。ニューすぎてわからんケインジアンの男の顔が。

↑とりあえず『先今』よまにゃあ。
135 :歌舞音曲:2002/06/04(Tue) 16:39
あ、読むのは僕ね。もちろん。
136 :すりらんか:2002/06/04(Tue) 18:07
>歌舞音曲氏
そりゃ,誉め殺しですって.具体的な政策立案の話となったらほんと
抽象的なことしか言えない.別スレに今日登場した怪傑氏みたいな実
務への理解も万全でという人とは勝負にならんですよ.
137 :歌舞音曲:2002/06/04(Tue) 18:58
ごめんごめん。褒め殺しのつもりはないので。

しかし、今日は意外なところから面とむかって「マクロ経済学は時代遅れ」といわれて相当あわてた。 藁
138 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/04(Tue) 20:41
「マクロ経済学は時代遅れ」は誤り。
でも、日本では「時代遅れなマクロ経済学」を唱えてるトンデモ多し。
なお、ここではそういうのをトンデモと理解してないようだが・・・
139 :ドラエモン:2002/06/04(Tue) 21:46
>>138

そーか、そーか。水野和夫が新しいマクロ経済学か?それとも、よく考えても良く分からない
どっかの先生の新しいマクロ経済学が正しいのか?良く分かんないんだから余計なことに口出し
すんなよ。
140 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/05(Wed) 01:10
>>139
この頃のドラエモン
毎日のように、言論弾○
年長者の言うことは黙って聞けってか?
141 :ドラエモン:2002/06/05(Wed) 01:21
>>140

ツマラナイレスだから怒鳴ってるだけさ(w 面白ければ、どんなに態度悪くても、気に入らな
い物言いでもチャンと聞いてるよ。意見に賛成でも反対でも一向にかまわんのだよ。面白ければ。>>138のどこが面白い?ぜんぜんつまんないだろう?要するに「銅鑼衣紋、お前が嫌いだ、
引っ込め」と書いてある方が余程気が利いてるのに、分かりもしないマクロ経済学をネタにして
叫んでるのが痛いだけさ(w
142 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/05(Wed) 01:24
銅鑼衣紋、お前が嫌いだ、引っ込め
143 :ドラエモン:2002/06/05(Wed) 01:30
やーだよ。
144 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/05(Wed) 05:01
かわってないのは、爺の方だと思う。
145 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/05(Wed) 05:16
>>139
>>138は、となりのスレで、ザ・モデルの話をしていた私とは別人だからね。
146 :ドラエモン:2002/06/05(Wed) 09:12
>>145

わかってますよ。>>141で書いた「気に入らないけど、面白い」のがあなただから(w
147 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/05(Wed) 19:51
>132
訂正・追加
冒頭の「はしがき」において、「ここであらかじめ申し上げたいのは、本書は、政策提言を意図したものではまったくないということである。」p.iv
「エピローグではいくつかの具体的な政策手続きに言及しているが、それとても、ひとつの事例を述べているにすぎない。経済学の学術的営為が経済政策にに貢献できるとすれば、具体的な政策手続きを作成することではなく、そうした手続きの作成にあたって必要となってくる原理、原則を明らかにしていくことであろう」p.iv

さて、これら本末転倒の引用を読んでどう思われますか?
148 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/06(Thu) 00:41
>>147
これ自体が本末転倒というのはわからんが?
この本それ自体は見てないんだけど、
多分経済セミナーに連載してたやつだよね?
だとすればだが、そんなにわからんわからん連発するようなものだったかな?
「意味不明で理解不能」なのか「理解可能だがしたくない」のかどっちなのか、
できれば具体的テーマとともに語ってくれ。
149 :ドラエモン:2002/06/06(Thu) 02:25
>>148

昔、ルーカスとサージェントが書いたケインズ派マクロ計量モデルを批判した論文に出てたと思
うんだけど「マクロ経済の先行きなんか経済学者にも分からない。分かっていると称している奴
はイカサマ師の類だ。現実の政策に関して語るとき、経済学者も所詮は一人の市民に過ぎない」
というような主張があるよねぇ。齋藤さんの言いたいのも、その類なのかな?経セミで連載読ん
だけど、俺の頭が悪いせいだと思うが、全然何が言いたいか分からなかった。君は分かったみた
いだから、一番重要だと思うメッセージを簡単に解説してくれないかな。
150 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/06(Thu) 02:40
>>149
「異時点間最適化問題を解け」といってるように聞こえただけだが・・・
151 :プロボーラー[プロボーラ]:2002/06/06(Thu) 03:28
しばらく不在のうちに、内容がドンドン変化してる。
今のテーマは斎藤@経セミのことで宜しいの?

( 役に立った! | 元スレ )
152 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/06(Thu) 03:40
ちゃうちゃう、ザ・モデルです。
153 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/06(Thu) 03:42
ごめん、こっちは斎藤誠『先を見よ、今を生きよ』だった(藁。
154 :ドラエモン:2002/06/06(Thu) 11:16
>>150

それが、本のタイトルだよね。もしかすると、動学的最適化を使わないで一見明快な結論を得て
いる政策論議を俎上にあげて、動学的最適化ないし均衡のフレームワークで再吟味すると、実は
「明快な結論」がたちまち破綻したり、曖昧な命題に変わっちゃうということが言いたいのかな。
例えば、齋藤さんが示唆しているとは言わないが、反対派の主張する「インフレ政策をゼロ金利
制約 and/or 流動性の罠状況で行うと、デフレ脱出は極めて困難だし、脱出すればハイパーイ
ンフレが待っているだけだ」という説だって、動学的最適化/均衡モデルのフレームではあり得
ない話ではないと言いたいとか言う意味なのかな?

だとすると、>>149で書いたように「経済学者も良く分かっていないのだから、素人の変な議論
をトンデモ扱いするのは良くない。本当に頭のいい経済学者は、そういう可能性を常に理解して
いる。2流の経済学者・エコノミストと素人は同じ」という命題なのかな?そう考えると、齋藤
さんの主張がどっちか分からないとか、共同研究者だった渡辺努氏の意見も「インフレ目標は、
オーバーシュートしないと効果ない」と言うかと思うと「生産性格差デフレ理論」を主張したり
するのも、「明快な結論を得られると思うこと自体が頭の悪い証拠だ。チャンと物を考えること
ができるなら、このように猫は黒いと同時に白いのだ」ということなのかな?
155 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/06(Thu) 12:10
>>154
この文章について149的にいうと、
俺の頭が悪いせいだと思うが、全然何が言いたいか分からなかった。
君は分かっているはずだから、一番重要だと思うメッセージを簡単に解説してくれないかな。
となるだろうが、
それは生産性が低そうなので
斎藤本の具体的テーマで話すことにしたらいかがですか?
156 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/06(Thu) 12:42
わしは、連載にせよ、ふだんの政策提言にしろ、あれがエライ人じゃなく無名で行われたなら非難轟々だったと思うんだが。

主旋律はすでに>154で解説されてるから、「斎藤本の具体的テーマ」に入る必要は無いと思われるが、どうじゃろか。
157 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/06(Thu) 13:05
>わしは、連載にせよ、ふだんの政策提言にしろ、あれがエライ人じゃなく無名で行われたなら非難轟々だったと思うんだが。
無名で行われたなら非難轟々だったであろうマクロ経済学がヘンじゃないのか?
158 :歌舞音曲:2002/06/06(Thu) 13:38
157はただマクロ批判したいだけで斉藤本も読んでなさそうなので論外として、僕は154、156の意見に賛成する。斉藤本を読む時間と、理解に苦しむ時間があるのなら、ローマーの本やブランチャードなどの本で自分の頭で日本の経済問題を考えたほうがよっぽどいいだろう。斉藤本の核心は、自分でも自信のないことを、その悩み?とともに哲学風味(経済学批判風味)で語るところだろう。しかも政策論議に耐える根性もないのに(本人はそれを同書中で明言)、他方でレトリック(=政策論争の武器)の重要性をといて「ブラックホール」がどうしたこうしたととくその人間的な脆弱性(中途半端なところ。いったい政策にコミットしたいのかしたくないのかわからん!)まで露骨に表明しているところも、賛否はともかく大いに読者を戸惑わせる。
さらに名目利子利率を重視するスタンスが底辺にあり、そのため加藤出の本のような短期金融市場の窮状だけをことさらに擁護して、経済全体の「最適性」が事実上ふっとんでいることでも、「最適性、最適性」といいながら、それが特定の集団の「最適性」の擁護でしかないことを見ようとはしないし、ひょっとしたら確信犯的に隠蔽しているとしか考えられない。渡辺もそう。難解で最先端そうな理論の装いの中で、実はごく局所的な集団の「最適性」だけを擁護する理論展開に終始している。その事実上の現実関与が陰伏しているので、このご両人の論説は、欧米のニューケインジアンの論説にくらべるとすくいがたいほどわかりにくくなっている。
159 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/06(Thu) 15:10
「最適性」って意味が違ってると思うが・・・
160 :歌舞音曲:2002/06/06(Thu) 15:45
>>159

ああ、そうだよ。それがいいたいんだよ。社会的厚生関数を想定して議論しているかのようでいて、そのまともそうな理論の裏側に、明示化されていないある集団(名目利子率だけを指標に行動する連中…日銀、短資会社などいわゆる「実務家」と称する連中)の「最適性」しか考慮していないという、理論と価値判断?のずれが、斉藤本のゆがみ(理解しがたいところ)を生み出しているといいたいだよ。
だからむしろ明示的に、特定の利益集団の効用(利得)を明示した上での政治経済学的なアプローチなら、僕はそんな「理想的斉藤理論」に納得するよ。もちろんこのときの「理想」はたんに陰伏している価値判断が明瞭化したという意味で好ましいという意味でしかないけどね。そしてもちろんそんな特定の利益集団の利得を過大に評価して、一国の厚生を悪化するような政策(名目利子率で政策を判断するなど)を支持したり、または一国の厚生を改善する政策に消極的か否定的な判断を下すことには納得がいかない。
161 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/06(Thu) 15:49
というか、そうとしか読み取ろうとしない読解力に問題ありと思われる。
162 :歌舞音曲:2002/06/06(Thu) 15:52
>>161

じゃあ、どう読み解いたか。161の読解を開示されたい。それができなきゃ、ただの(略
163 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/06(Thu) 17:01
160読むと、目的関数に名目利子率をターゲットにした何かを入れてそうに読めるんだが、
そういうわけのわからない理解が正しいかどうかはわからんが、
そうだとすると、斎藤本のどっからそう読むのか、
すごい読解力(というより、曲解力)と思われ。

まあ、この1行目もまともに経済学んだ人に対しては曲解の可能性があるので、
その点誤解があれば先に謝っておくが・・・
164 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/06(Thu) 18:04
すごい読解力というよりも、正直にいえば超読でもしないとわからないということかもしれん。
まず、斉藤本がいま手元にないのでその記述が今いきの中に残存しているかわからないが、経済セミナーの連載のときの2001.7月号をみていただきたい。そこの85頁には日銀は物価水準の将来経路の目標へのアナウンスにくわえて、短期の名目金利水準の上昇についても「市場参加者」にアナウンスすることが求められている。163にいうとおりに「目的関数に名目利子率をターゲットにした何かを入れてそうに読めるんだが、そういうわけのわからない理解」がはっきりと書かれていると思うが違うか?>163
165 :歌舞音曲:2002/06/06(Thu) 18:04
164は僕です。
166 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/06(Thu) 18:37
>>164
実質金利の重要性を示した上で、
採りうる政策手段として短期の名目金利水準についてのアナウンスを
入れているだけじゃないの?
陰伏している価値判断なり社会的厚生関数なりに、名目金利水準が
入ってきているのではないと思われ。
167 :歌舞音曲:2002/06/06(Thu) 20:50
>>166

なんで名目金利水準の「上昇」がターゲットに入るんだい?

それと166の「陰伏している価値判断なり社会的厚生関数なりに、名目金利水準が
入ってきているのではないと思われ。 」なんて怖いこと僕はいってないよ。名目金利にこだわわり、短期金融市場のジャブジャブにこだわり、ターゲット政策に「市場参加者」への名目金利「上昇」のアナウンスをわざわざいれたり、それらの政策提言?は僕の理解を超える論理性をもつから、ああ、おそらく短資会社みたいな「市場参加者」の利得を念頭に、かれなりの「マクロ経済政策」を提言してるんだろうなあ、ということだ。僕にしてみれば、そんなものは特定の利益集団の利得にかかわる政策にすぎないから、そんなへんてこなマクロ経済政策ではなく、どうせなら、自分の陰伏した価値判断を明示化してほしいというものだ。社会厚生関数に名目利子率をいれるとかどうとかはやりたければやればいいだろうけど、僕がいいたいことはそんなことではなく、今いった趣旨であるよ。
168 :歌舞音曲:2002/06/06(Thu) 21:02
>>166

それと厨房レスで悪いが、実質利子率を本当に重視しているのかさえ、僕はよくわからんよ。
斉藤理論の金融政策の核心は例の「ブラックホール」理論だろ? これは名目金利がゼロだから貨幣数量と物価の対応関係がこわれて、ジャブジャブ貨幣が供給されても物価に影響しないで、市場が「ブラックホール」のように鯨飲するという考えだろう? (いちいち?つけて悪いが理解をこえる論理なんで解釈学としても自信ないんよ)
で、僕の解釈の範囲だと、ここで斉藤氏はこの物価水準と貨幣数量との関係性を回復すべく?次のふたつの方策を考えていると思われる(ちなみに今いきは自宅にあるので経済セミナーの連載による)

1 名目金利をいったん上昇させる。→ゼロ金利解除の正当化か? 藁
2 期待に作用する。デフレ期待からインフレ期待。2についてはインフレターゲットに加えて名目利子率ターゲットも同時に行うというもの。

1なんかは理論的な意味では理解を超越するのでその意味でのコメントを避ける。ただし藁ってしまってるが、ゼロ金利解除の裏づけで、短期金融市場は息をつくでしょうねえ。2についてはすでに言及ずみ。この斉藤理論は本当に実質利子率の重要性を認識した上で、名目利子率のアナウンスをしているように読めるかなあ? それとまだよくわからないのは、斉藤氏はデフレ・ギャップの存在にもなんか疑問符をつけているし、また他方では実質利子率を低下させることが本当にいいのか熱く論じてるよ。
169 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/08(Sat) 00:20
遅レスで申し訳ない。

>>167,>>168
で何を言いたいのかわかりにくいけど、最後の
>斉藤氏はデフレ・ギャップの存在にもなんか疑問符をつけているし、また他方では実質利子率を低下させることが本当にいいのか熱く論じてるよ。
結局はここに尽きるようにも見えるので、
デフレ・ギャップって発想に立ってしか考えられないんなら仕方ないだろうから私はパスするとして、

斎藤(経セミ2001.7)は、
(1)低金利政策下で貨幣数量的な関係が崩れてしまっている。
(2)貨幣数量的な関係が崩れてしまっている状況では、名目貨幣供給量の変化が物価水準に影響しない(物価水準が一意に定まらない)可能性がある
(3)以上の状況の下では、インフレ期待の醸成という金融政策を推奨する
(4)超低金利政策の維持はデフレ傾向の固定化につながりかねず、インフレ期待の醸成という点では、名目金利の上昇をアナウンスした方がいい

ってとこでよろしいいか?
170 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/08(Sat) 00:20
(169続き)
問題は(4)なんだろうが、ゼロ金利自体が、名目貨幣供給量の変化と物価水準の関係を崩してしまっている、というのには賛成するのかどうかは聞いておきたいが、関係性の回復方法として、
>1 名目金利をいったん上昇させる。
斎藤さんとは離れるが、個人的には悪くないと思う。ゼロ金利制約バインディングによる均衡実質金利からの乖離が問題の核心だとすれば、制約を外してしまう方が厚生促進的だと思う(ゼロ金利解除が特定集団の利益だとか言う皮肉を言ってるくらいなら、低金利政策の利益構造にもきちっと皮肉を言っておいた方がいい)。
>2 期待に作用する。
ここは(1)(2)と絡むんだろうな。この関係が崩れているときに、この関係利用してインフレ期待を醸成できるのかはやっぱり疑問だな・・・(言及ずみってやつはどこにあるの?)
171 :歌舞音曲:2002/06/08(Sat) 02:23
169、170は161、163、166と同じ?

「デフレ・ギャップって発想に立ってしか考えられないんなら仕方ないだろうから私はパスするとして、」

これは169はデフレ・ギャップという発想はとらないということかなあ? 僕はとるので、もし169がデフレ・ギャップという発想をとらないので「パス」するのであれば、たしかに議論は成立しないね。
172 :歌舞音曲:2002/06/08(Sat) 03:07
169の斉藤のまとめはそれでいいと思います。『今いき』も同じだった。ところで169は斉藤理論読んだんだよねえ?話の流れだと、斉藤本読んだ人が」、僕の解釈に反論していると思っていたんだが。


>ゼロ金利自体が、名目貨幣供給量の変化と物価水準の関係を崩してしまっている、というのには賛成するのかどうかは聞いておきたいが

わからない(不可解な)理論に賛成も反対もできないといいたいが、それじゃあ、つまらない(でしょ?)から反対といいます。斉藤氏は(1)(2)が成立しているから市場は「ブラックホール」のように貨幣を鯨飲してしまうだけだ、というのだけれど、それは通貨発行益についての議論を無視しているので誤りであると思う。
173 :歌舞音曲:2002/06/08(Sat) 03:19
170での名目金利上昇への支持は、あなたが(1)(2)に賛同しているから、私と見解が違うからしょうがないけど、その後の「(ゼロ金利解除が特定集団の利益だとか言う皮肉を言ってるくらいなら、低金利政策の利益構造にもきちっと皮肉を言っておいた方がいい)。」だけど、低金利で利益を得る民間主体ならごまんといるでしょうねえ。でもそれは問題じゃないでしょう。日銀がゼロ金利解除で特定の利益を得るならば、それは日銀の設立趣旨に反する行為であり、問題にすべきでしょう。金利がゼロとかプラスとかで利益がでたりでなかったりする民間の主体が問題だなんてことは少なくともいまの議論の文脈では関係ないだろ。
もしゼロ金利で利益が発生する政府・政府関連機関があって、それが日銀の金融政策に影響を与えているものがあれば教えてよ。

>(言及ずみってどこにあるの)

163にこたえた164だよ。
174 :歌舞音曲:2002/06/08(Sat) 03:28
173.ちょっと表現がぶっきらぼうでした。ごめん。なぜかリロードに三回も失敗して文章が消えたのでいらついてしまった。
175 :歌舞音曲:2002/06/08(Sat) 03:42
で、170ではゼロ金利政策やめて名目金利を上昇させると厚生促進的だというけれど、じゃあ、2000年夏のゼロ金利解除は、厚生促進的だったという評価でいいわけかい?
176 :くろき げん:2002/06/08(Sat) 18:15
>>175 の歌舞音曲さんの質問への回答に私も興味があります。
(なんか今日はこればっかりだな。(^_^;))

齊藤誠は「昨今の金融政策について」 (『エコノミックス2』2000年春号、 124-140頁、 2000年4月20日発行、最近出版されたのは『先今』でこちらは「昨今」) の中で、

「日本銀行がゼロ金利水準へのコミットメントをやめ、コール・レートをゼロ金利から一%前後に引き上げるという政策」 (p.135)

を提案しています。そして、実際に2000年の夏にゼロ金利解除が行なわれました。その件とその結果について、齊藤誠は経済学者としての説明責任があると思います。齊藤誠が説明責任をどこでどのように果たしたかについて御存じの方は教えて下さい。最低でも日本の現状についてのデータを詳しく示しながらの説明がないとおかしい。

こういうことがあったのに、「ここであらかじめ申し上げたいのは、本書は、政策提言を意図したものではまったくないということである」 (『先今』 p.iv, >>147 から孫引き) ってのはちょっとアレだよな。
177 :歌舞音曲:2002/06/09(Sun) 13:17
ちょっと返事がなくなりましたねえ。デフレ・ギャップを共通理解してなくても、172,173,175は議論できるネタですが。特に175とくろき氏の176はぜひ聞きたいですねえ。
178 :招き猫@IQ20以下の業界:2002/06/09(Sun) 13:38
なんか、世間知とは遠い話に展開が拡がっているような気がするんですが?
179 :歌舞音曲:2002/06/09(Sun) 13:40
>>178

いや、そうでもないと思いますよ。斉藤理論の一部分は出沢最終答弁や一部の市場関係者の「知」を精密化したものといえますから。
180 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/09(Sun) 19:23
>>177
ゴメンゴメン。ちょっと忙しくなって書く時間が取れん。
当分はザ・モデルすれやってて。

>169、170は161、163、166と同じ?
多分そう。

>>172
>ところで169は斉藤理論読んだんだよねえ?
マクロ屋さんと思しき歌舞音曲氏に比べりゃかなり浅いだろうが、
一応本の方は縦書きで読みにくいということは理解してる。
ところで、この質問の主旨は、「おまえの意見で斎藤本を勝手に
ねじ曲げるな。ゴラァ。」ってことかな?
そうだとすれば、歌舞音曲氏が気にくわないところを
理解不能といっているように、
多分に私の意見で勝手にねじ曲げている危険はある。

>通貨発行益についての議論を無視しているので誤りであると思う。
低金利政策下で貨幣数量的な関係が崩れてしまっていて、
名目貨幣供給量の変化が物価水準に影響しない、
ということを前提とした議論をしてると思うんだが・・・
どこまでいっても影響しない、といってるわけではない、と私は読んだが・・・
むしろ私が聞きたいのは、まさにここで、
「低金利政策下で貨幣数量的な関係が崩れてしまっていて、
名目貨幣供給量の変化が物価水準に影響しない」という認識に
異論はあるのかどうか?もし、その認識は共有できるとすれば、
物価水準に影響しない名目貨幣供給量の変化で
インフレ期待を操作するというのはおかしくないのか?
181 :並盛梅雨だく名無しさん:2002/06/09(Sun) 19:25
(180続き)
>>173
>日銀の設立趣旨
http://www.boj.or.jp/oshiete/mokuji_f.htm
日銀擁護する気は全然ないけど、設立趣旨に反しているとかって
大上段に振りかざした議論は「おれが気に食わない」と
言っているだけにしか聞こえないので、まったく無意味だと思う。

>>175
>2000年夏のゼロ金利解除
私の意見としては、ゼロ金利解除が遅すぎたことが問題だと思う。
名目金利の引き上げは、短期的には、景気にネガティブな影響を
与えることは確かだと思う。
ただ、低金利政策が、次の段階の政策余地をきわめて限定的に
してしまい、かえって長期的な政策のアナウンスの効果を
減衰させてしまっているのではないか?、と思う。
で、実際は、90年代前半以降のどこかの局面で、
無理な低金利政策はやめておく必要があったと思われる。

私が日銀が嫌いなのは、銀行救済のために無理な低金利政策を
とることによって(ゼロ金利政策の採用時にせよ、
量的緩和政策への移行時にせよ、特定の大銀行の救済が目的だった、
という「うわさ」は、事の真偽はともかく、有名な話だろう)、
それが将来の政策余地を極端に狭めることになって、
悲惨な状況からぬけだせなくなっているんだろうにと思うからなんだけどな。
182 :歌舞音曲:2002/06/09(Sun) 20:22
やあ、返答ありがとう。うれしいねえ。ザモデルスレはちょっと高踏的なのでここと阪神スレ?に専従するよ。

<そうだとすれば、歌舞音曲氏が気にくわないところを
理解不能といっているように、
多分に私の意見で勝手にねじ曲げている危険はある。
>

それでいこうよ。斉藤本の厳密な解釈学やっても疲れるだけだから。お互い気楽でいいんじゃなのかなあ。僕もロシア戦みながらいま書いてるよ。
183 :歌舞音曲:2002/06/09(Sun) 20:36
<「低金利政策下で貨幣数量的な関係が崩れてしまっていて、
名目貨幣供給量の変化が物価水準に影響しない」という認識に
異論はあるのかどうか?>

ここは異論ありなんだ。通貨発行益の議論をもう少し丁寧に書くべきだった。ゼロ金利政策のもとでも、日銀が貨幣をすれば(そんな無限にする必要はないよ)物価に影響するということを説明するために通貨発行益の観点が必要なんだよ。バーナンキが『日本の金融危機』で書いた論文に詳細な説明があるので、それにパクッテ書くけど、日銀は発行した貨幣にほぼ見合う利益(これが通貨発行益)を得る。それを国庫に納付する必要がある。国はこの通貨発行益を財源に減税したり、または公共事業に補填したりする。すると通貨発行益の発生とその移転という経路で、貨幣供給の増加が物価水準に影響を与えるだろう。
他方で、日銀は長期国債買い切りなどを通じて、この通貨発行益を金融機関に移転しているとも考えることができる。これも物価水準に影響を与えるだろう。
ということで、通貨発行益の経路を考えると、ゼロ金利下でも名目貨幣供給の増加は物価水準に影響を与えるということで、斉藤理論には賛成できないということなんだ。
184 :歌舞音曲:2002/06/09(Sun) 20:47
181については、大銀行を救済するための日銀の低金利政策という見方が面白いのは認めるし、「あのときは」そうだったろうねえ。でも問題は現在の低金利政策で利益を得ている日銀の利益関係者はありやいなや、じゃなかったのかなあ。そうであればいま民間の銀行でこのゼロ金利が有利と認識している銀行はないんじゃないか(参照;深尾光洋『日本破綻』など)。だからいまに低金利政策で利益を得ている民間の銀行の存在よりも、政治経済学的にはゼロ金利解除で利益を得る日銀の実質的な天下り先である短資会社や他の金融機関のほうがよほど問題にしなくちゃいけないんじゃないかな?

でも共通認識としては、ゼロ金利にせよそうじゃないにせよ、日銀の金融政策が特定の金融機関の利益を念頭に行われてはいけないということでは一致しているようで安心した 藁
185 :歌舞音曲:2002/06/09(Sun) 20:54
で、最後のゼロ金利解除の評価だね。これはくろき氏の意見も聞きたいが。

僕は183に書いたように、ゼロ金利政策のために金融政策が無効化しているとは思っていないので、181の意見のように「短期的に景気にわるい」どころか、被害甚大で微益な政策だと思う。
186 :招き猫:2002/06/24(Mon) 16:06
歌舞音曲さん、亀レスで申し訳在りません。
>>179  の出沢最終答弁って、
http://www.inose.gr.jp/back/02-6-5.html
の事でしょうか?
187 :歌舞音曲:2002/06/24(Mon) 20:54
阪神が負けてて死んでます。

>>186

そうです。特に注目すべきところは、日銀の方々がファンドマネージャーと同じ基準で政策運営をしていて、実質金利なんかどうでもいいと強弁しているところでしょう。僕ならば実質金利を正確に把握する努力をすることが正しい方向のようですが、どうもそんなまともな精神と慎み深さはないようです。
188 :招き猫:2002/06/24(Mon) 21:04
>>187
やはり、バースに戻っていただかないといけませんかね?
文春でしたか?星野監督のスキャンダルを書いたのは。
あれはどう考えても「巨人ファンの陰謀」に違いないと信じています。(笑)
189 :すりらんか:2002/06/24(Mon) 21:18
出沢氏の一連の発言すごすぎ……あんたの脳がカオスしちゃってる.この人,カ
オス自体にむちゃむちゃな誤解があるんだけどどうしましょ.

「実質金利なんて関係ない!なんたって俺がこの前まで知らなかった概念だもん」
(by 日銀幹部)とか書いてみるテスト……

P.S.
どっかの掲示板で松原隆一郎の与太発言が載ってたんで思わずレスしたら,同じと
こに招き猫大先生のお名前が!なんか行動パターンまでにてきてやばいぞここのコ
テハン(藁)
190 :招き猫:2002/06/24(Mon) 21:42
>>189
あっちゃ~、えらいところをみられちゃった。
でも、某掲示板も「国家破産」から「リフレ」に変化し始めているように感じます。
最初は、財務省の煽りに引っかかった人たちが、よく考えると・・つう事ではないでしょうか?
191 :歌舞音曲:2002/06/25(Tue) 17:06
リフレ政策も、今月の榊原論文ぐらいになるともうなんといっていいやら。文明論的構造改革主義というんでしょうか。相当な文化人(死語)には違わないのですが、日本経済の二重構造がそんなに嫌とはいえ、政府がわざわざ不良債権処理の姿をかりて、民間部門を潰しまくるという発想はどんな神経してんでしょうねえ。
192 :俺の名無しさん:2002/06/25(Tue) 17:56
単なる文化大革命の焼き直しだろ・・・、
人権原則の根づいていない東洋ではよくあることだ。
193 :歌舞音曲:2002/06/25(Tue) 17:58
>>192

文革ときましたか。いい切り替えしですね。藁
194 :名無しさんの冒険:2006/08/10(Thu) 23:56
希望学
195 :すりらんか:2006/08/11(Fri) 00:00 ◆G3b0eLLP4o
>>194
希望額の間違いでは?……講演料のw
196 :名無しさんの冒険:2006/08/11(Fri) 00:03
お~い、だれかあ~。すりらんかがなれない冗談いってはずしてるよw
197 :すりらんか:2006/08/11(Fri) 00:13 ◆G3b0eLLP4o
>>196
そんなこという前に君が助けてくれよぉう
198 :名無しさんの冒険:2006/08/11(Fri) 01:06
>>194-195
ところで希望学って一体何なんですかね? まさしく玄田さんの講演の希望額? 要
するに「人間、気の持ちようで何とかなる」って話を学問的にやるってこと?
いちいちは書きませんが、最近は大学の内外でこういう学際系の学会・イベントをよ
く見掛けますよね。それこそ専門性のディシプリンを緩めて世間知の人や実務家・ジ
ャーナリスト・一般の聴取まで色んな人が集められるということでしょうか。
何かと名目を付けてお金集めも出来そうだしね。こういう講演・イベント・コンベン
ションの類は、傍目には面白そうだけど実際には得るものは大してないんだよなあ。
同内容の書籍・論文やレジェメを読めば済むし。研究者の方々の社交も大変だ。
199 :名無しさんの冒険:2006/08/11(Fri) 01:32
>>195
はじめの変換ではそう出ましたw
200 :名無しさんの冒険:2006/11/01(Wed) 18:03
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     フヽ_ ∪"'=,,,,;;;;;;;;;;/ 丿 |  !-,,,,,____,,,,--;;;フ=|\_WW/ |WWWWWWWWWWWWW/
     彡>;,,,,__..│   / 丿 |;;;;;;;;;;;;;;ン-彡彡=|≫中国山岳部隊の燐隊長が ≪
              ノ     「,二,,"""   彡|≫    200ゲットだっ!    ≪
          __,,,-‐`゛      V、 '''ひ`=-,,,_ノ_ ≫                   ≪
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201 :名無しさんの冒険:2006/12/12(Tue) 19:20
めがびも宜しく
202 :名無しさんの冒険:2007/07/25(Wed) 13:31
>>201
URL出して
203 :名無しさんの冒険:2007/08/23(Thu) 07:25
http://www.genda-radio.com/2007/05/post_310.html

先生は何を伝えたいのだろう?