@@@経済学はなぜそんなに偉そうなのか@@@

economy/0275 / 122 レス / 2001/05/27〜2001/06/15

1 :ゴルァ!:2001/05/27(Sun) 12:29
経済学者にとって社会学的とか哲学的という言葉は、ほとんど蔑称。
かといって、彼らが社会学や哲学に精通してるわけではない。
経済学の教科書と専門誌しか読んだことないし、
それがすべてだと思っている。
君たち、はっきりいって浮いてるよ。
2 :さつき名無しさん:2001/05/27(Sun) 12:52
数学者が社会学や哲学の本をみて定理を思い浮かばないのと同様。
物理学者が文学や経済学をみて定理を思い浮かばないのと同様。
3 :さつき名無しさん:2001/05/27(Sun) 13:40
それより、いい加減な経済学説史の解説書を読んだ程度の
哲学や社会学専攻の人間が経済や経済学を語る方がずっと
イタイと個人的には思う。
4 :さつき名無しさん:2001/05/27(Sun) 14:16
ははは、経済学部にいますけど、ある論文を書いたときは、
「それって社会学みたいだねぇ」とかいわれました。いってる方は蔑称の
つもりなんでしょうけど、「それがどうした、ゴルァ!」って思ってました。
その時、社会学者の書いた論文数本読みましたけど、大体の論文は統計分析で
スタイルも経済の実証論文にちかいなとおもいました。
あの、社会学の学部レベルの教科書っていいやつどんなのあります?
日本語でも英語でも、よかったら教えてください。
5 :@:2001/05/27(Sun) 22:19
自然科学と違って、完全に証明できないから仕方ないと思う。
(ホントは自然科学も、そうなんだけど「見てわかったきになる」ものではないので)
素人というか、経済学学んだこと無い人に、学者さんが説明しても
わかりっこないけど、「証明してみろ!」って言われても、できない。
そうなると、ある程度は丹波哲郎みたいに、「そうなんだから仕方が無い」
というしかない。
逆にこれを使ってトンデモないこと言ったり、書いたりする人が
いるが、そっちの方は問題ですね。
6 :@:2001/05/27(Sun) 22:32
「逆にこれを使って」‐>「それをいいことに」
7 :すりらんか:2001/05/28(Mon) 00:32
経済学と他の人文・社会科学の際だった違いは,
「目的」
についてなんですよね.経済学では(その是非はともかくとして)
ある基準に従って,各状況に順位がついちゃう(玄人筋の方,アロ
ーとかの話はちょっとタンマね).あとは,その基準に従って考え
ていけばよい.他の領域では,何が目的なのか,基準は何かこそが
最重要課題なわけです.だから経済学からよそをみると,
「問題解決以前の問題にこだわるより,まず解決手段だろ」
みたいなもどかしさがある.社会学が統計データを元に語っても,
評価の基準がはっきりしないから居心地悪い気がしてしまうのです.

注:もちろん経済学内部でその基準に無頓着というわけではありませんよ
たとえば,GDPを基準してきた旧来のマクロは,その基準のまずさ故に,
急速に指導力を失っている.ただ,基準替えを日々研究するのではなく,
「どうもまずい」基準だったら変えるというていど.私はこのていどの基
準へのこだわりがちょうどいい気がしいますがね.
8 :さつき名無しさん:2001/05/28(Mon) 10:55
>1
隣の家の芝生は妙な色に見えるんです。
努力しないと色眼鏡。
経済学者に限りません。
あなたは違うと言い切れますか。
9 :さつき名無しさん:2001/05/28(Mon) 11:06
「隣の芝生」なのにそれが妙な色にみえるところが
社会科学者の度量のせまさというものだ。
10 :>1:2001/05/28(Mon) 13:20
少なくとも「哲学的」と言われることを蔑称と感じる,
あるいは「哲学的」を蔑称として使う人は,全然ダメだと思う。

哲学って・・・すごいよね。あらゆる学問の基本でしょ?

私が哲学を知らないだけかな~。
11 :さつき名無しさん:2001/05/29(Tue) 02:20
1=4だろうな。
12 :さつき名無しさん:2001/05/29(Tue) 06:33
>>11
違います。
同じ社会事象を分析対象とした時、経済学者はミクロ経済学という射程の広い武器を手に
しているので、より良い見通しを持つことができるのかなという気はします。
(See "Social Economics" by Becker and Murphy)
効率性の観点から分析結果を斬るということもそれによってはじめて可能になると。
で、この辺の事情は隣接分野(教育・保健、法律など)の専門家も気づき出して、若手は
経済学の勉強をしこしこ始めだしているという印象を受けるんですが。と同時に
オールドジェネレーションの一部は己の存立基盤が危うくなっているのを受けてそういう
流れに盲目的に反発すると。(本人に自覚なし)
目の前にある特定の問題を解決しようとするときに、使える武器は使ってみようという態
度は自然に出てくるものだと思うんですが。
13 :1:2001/05/29(Tue) 06:35
無視されるかと思ったら、意外に好評なようで。
私が経済学者の人と話しているときに感じたことは、
何よりもまず古典への参照を欠いていることです。
当たり前といえば当たり前ですが、
あらかじめ社会学なり経済学なり政治学なりの対象が存在しているわけではなく、
学問の専門化の過程において、
それぞれの対象が社会現象全体から分節化されてくるわけです。
だからマルクスでもウェーバーでもなんでもいいけど、
19世紀や20世紀初頭の古典にまで遡ると、
そこには経済・法・政治・哲学といった様々な領域の議論が
いまだ未分化なまま渾然一体となって表現されている。
すりらんかさんのいうように、
方法論上の議論が先鋭化する経済学以外の社会科学の領域では、
それらの古典への参照は欠かせません。
したがって、それらの古典を土俵にして学際的な議論が成り立つわけです。
しかし、経済学やってる人は、たいてい古典なんか読まないんですよね。
社会学はもとより、経済学の古典ですらも。
代わりに何を読むかといえば、教科書を読む。
そこで古典は問題意識を引き出してくるための源泉ではなく、
単なる情報として扱われています。
だから、ほとんど話通じないし、をいをい、と思うことが多々あります。
もちろん、すべての経済学者がそうだとはいいません。
たとえば、綜合社会科学の展望が語られている、
塩野谷祐一の『シュムペーター的思考』を読んだとき、
経済学者にもこういう人がいるのか、
と感心した覚えがあります。
14 :さつき名無しさん:2001/05/29(Tue) 07:42
読むべきものが多すぎるのは学者に共通したことです。
古典、教科書、研究書、無数のジャーナル論文、ワーキングペーパー...
その中で一番役に立つものから誰しも読んでいくわけですよね。
近代経済学者の多くにとって古典の優先順位は低い、というだけなのです。
馬鹿だから古典を読んでいないのではないのですよ。
古典を読まないのは、時間という制約がある下での賢い選択というわけなのです。
15 :ん?:2001/05/29(Tue) 08:15
1が >>13 で言ってる古典て、何を念頭に置いているのだろうか?
経済学に限らず、社会科学系の学者で、きちんと研究している人なら、
ある程度は読んでる方が普通で、読んでない方がおかしいと思うが・・。

 ちょっとばかし勉強すると、相手を自分よりも勉強不足だとすぐに
思い込んじゃう人間ってよくいるけど、ね。

 とりあえず、古典として何を念頭においてるのか、明示して欲しい。
16 :すりらんか:2001/05/29(Tue) 13:33
>目の前にある特定の問題を解決しようとするときに、使える武器は使ってみようという態
>度は自然に出てくるものだと思うんですが。
そうですね.僕が経済学(近経)が他の分野より潔い・すっきりしていると思うのは
まさにこの点においてです.ただ,別に方法論争を格別に嫌悪する必要は無い.時に
は必要かもしれません…でもそれが主役になったら,かなり学問として死につつある
とは思いますが.

>近代経済学者の多くにとって古典の優先順位は低い、というだけなのです。
ちょっとカッコ付け過ぎでは?最新ジャーナルを日々,時間許す限り読みふけるがゆ
えに古典まで手が回らないなんてすごい経済学者見たこと無いや.古典「研究」の優
先順位が低い,というなら全く納得ですが,なんとなーく古典を読む時間はあるでし
ょ.ついでに古典って結構ネタの宝庫だと思わない?

僕がおすすめの経済学の古典は『一般理論』と『資本論・第1巻』です.『一般理論』
は学部の時よんだけど全く分かりませんでしたが,暇な時とかに自己流に勝手に読ん
でるとインスパイやされたりする.お奨めはch12,13です(一般理論のはじめの方っ
てそんな面白くないからよむひと少ないのではないかと思う).『資本論』大学はい
りたてあたりの時に宇野・山口の解説書と平行して呼んだのでいまでも僕の○経はお
もいっきり宇野派バイアスがあります.ひとりで突っ込んだり,妙に感心してみたり
しながら読むとおもろい.いずれも理解は思いっきり自己流なので多分,学説史の人
に言ったら笑われるだろうけど,古典を読む楽しみってこういうとこじゃないかしら.
シュンペーターは自己流にもなんとも良くわかんないので,あまり読んでないです.
17 :さつき名無しさん:2001/05/29(Tue) 14:44
だてにねこ文2とはいわんでしょう.
経済学者になるために(であり続けるために)必要最低限の勉強量は
他の分野より絶対に少ないと思う.
18 :さつき名無しさん:2001/05/29(Tue) 15:47
>最新ジャーナルを日々,時間許す限り読みふけるがゆ
えに古典まで手が回らないなんてすごい経済学者見たこと無いや.
本当に? それが普通の経済学者じゃないの?
それを「カッコいい」と形容するというのは
古典を読むより最新ジャーナルを読むべきなのだと
すりらんかさん自身が無意識に感じているからかもしれませんね。
物理学者にはニュートンを読め、というのですか。
数学者はアルキメデスでも読まないといけないのでしょうか。
もちろん読んでいる人は存在するだろうけど。
19 :すりらんか:2001/05/29(Tue) 17:09
>最新ジャーナルを読むべきなのだとすりらんかさん自身が無意識に感じている
無意識的にではなく,断じてそうだと思いますよ.でも,他の本を読む時間が全く
無いという事は無いんじゃないですか?というか,レクリエーションのいちバリエ
ーションもかねて,古典を読むってのもわるくないなぁと思うんです(最新ジャーナ
ルを読むことと自分の論文を書くこと以外のことなんて1秒もしないというすごい人
だったらごめんなさい,そんな切羽詰った研究生活は僕にはできません).最新論文
のなかに「あれ,これって元ネタ○○じゃ無い?」みたいなのを発見することってあ
りませんか?また,明示的に古典に元ネタある話も結構ある.でも,その論文書いた
人はけして学説史の研究者じゃないでしょ.古典をなんとなくよんどどくとふと研究
に結びついたりもするんでは?「古典なんて読むだけ無駄or毒」って端から決めてた
らそういうアイデアの出てき方はしない.古典なんかをヒントにせずとも日々,斬
新で重要なアイデアが涌き出てくるという人は天才なので,僕とは関係ない世界の
話です.凡人がアイデアを探る場として,やっぱり古典は「古典」たるだけの力を
持っていると思いますよ(その意味で「古典」は古い論文という意味ではないです).

あぁ,あと書いてて思ったんですけど,古典って普通学部の時(はじめて)読みま
すよね.「経済学者たるもの学部時代からわき目も降らず最新ジャーナルを読み(
またはそのための準備をし),そのエクステンションのみを仕事とすべし!」とい
うなら僕はもう落ちこぼれ済みということなのでどうでもいいです.
20 :すりらんか:2001/05/29(Tue) 17:11
うーん,何か嫌味な文章になってしまった…失礼.

「そのエクステンションのみを仕事とすべし!」
=>「そのεエクステンションのみを仕事とすべし!」

とするとさらに嫌味でいい感じかも(自爆).
21 :さつき名無しさん:2001/05/29(Tue) 19:15
>古典は普通学部の時に読みますよね

だったら古典というのは一般理論と価値と資本と資本論に限られないですか?
22 :さつき名無しさん:2001/05/29(Tue) 22:49
>(最新ジャーナルを読むことと自分の論文を書くこと以外のことなんて1秒もしないというすごい人
だったらごめんなさい,そんな切羽詰った研究生活は僕にはできません).

こういう時期も、ひとかどの研究者になるためには必要。
23 :さつき名無しさん:2001/05/29(Tue) 23:06
別に研究以外の時間のことを議論しても仕方がない。
研究以外の時間になにをしようが、個人の自由。

それから、一見、斬新なアイデアも
地道なエクステンションからうまれてくるもの。
いきなり大きな仕事をしようと思ったら
本当に論文、書けなくなるよ。
24 :すりらんか:2001/05/30(Wed) 00:03
>だったら古典というのは一般理論と価値と資本と資本論に限られないですか
もちろんそうでしょう.単に一般理論と資本論をあげたのは僕が士気が落ちた
ときに読んだりするので例としてあげただけです.いっそ経済学じゃなくても
いい位なのかもしれません.

>22さん
確かにそうですね.言い訳しとくと私も別に「さぼれ」っていってるワケじゃ
ないんですよ.乗ってるときはやはり「それだけ」になりますもの.そういう
時期以外についてはと御解釈下さい.

>23さん
というか,16&19って「古典を読まないなんて学者失格だ」みたいに読めちゃ
います?一貫して「暇なときに古典を読むのも悪くないし,拾いものもあるか
もしれない」と主張しているつもりなんですが?なぜこんなに(23さんがとい
う意味ではなく)「古典はよい」という主張に拒否反応が強いのだろう?そう
いう状況を見ると私は(1さんの話にはそんなに全面賛成ではないんだけど,)
何となくうなずける部分があるなぁとおもっちゃうのです.

>いきなり大きな仕事をしようと思ったら本当に論文、書けなくなるよ
ご安心アレ,ここでの大言壮語が嘘のような地味な論文書いてますよ(爆).
25 :さつき名無しさん:2001/05/30(Wed) 00:22
>>13の書き方が、「古典を読まないなんて学者失格だ」って主張してるのに、
すりらんかさんが「暇な時に古典を読んでみたら」って主張しても
仕方がないと思う。
26 :さつき名無しさん:2001/05/30(Wed) 00:32
マクロって、哲学だと思う
27 :さつき名無しさん:2001/05/30(Wed) 00:45
哲学のような深みがマクロにはあるのですか?
28 :さつき名無しさん:2001/05/30(Wed) 00:49
経済学を勉強している人:
ギッフェン財はあまり考えられないですが、
強いていてば、肉に対するジャガイモですかね。
と口で言いながらほとんどの財がギッフエン財
でめちゃめちゃ少ない種類の財だけが正常財
なら、やっぱりそのひとはいびつじゃないかなあ?
29 :さつき名無しさん:2001/05/30(Wed) 00:52
28の書き込みについて

書くところをまちがえました。ごめんなさい。
30 :さつき名無しさん:2001/05/30(Wed) 02:14
>>1 については、
現代社会における「経済活動」の占める割合の圧倒的比重、及び「経済的成功」が広汎でそして極めて
強力な社会的「一般的評価基準」となってしまっていると言うバカバカしいまでに単純な大いなる前提
がある事を忘れてはならないと思う。そういった「子供らしい」とも言える錯誤(或いは認識)の基に
経済学・学者達の一種の「奢り・増長振り」が見られるのだと認識する事もできる。(こう考えると少し
気が楽になり余裕を持って見れるようになり、おまけに枝葉末節に関ずりあって無用な論争にアタラ時間
を費やさずに済むのでオ推スメ)
そもそも人間の行動の殆どは非論理的であり、合理に基づくハズの人間の行う経済活動もこの例に漏れない。
経済活動に限ったとしてもその「現実」とは恐ろしいまでに多様で巨大な「非合理の束」でしかなく、最良の
経済学者・学説と言えども、これに対応できているとは到底言えないのだ。
(なお、これは経済学のみならず社会科学全般の数量的アプローチの限界だとも思うがな)
そして学説・理論をこの現実に適用しようにも、(特性を良く捉え関係性を見事に抉り出した極めて優れた理論
ですら)一旦、現実という暴風雨の中に放り込まれてしまうと、笑って仕舞う程の予見不能で非合理な出来事が
なぜか出来(しゅったい)し、理論の成立どころか与件も何もあったモンじゃないといった事態に陥ってしまう
事がママあるのである。
あなたは、経済学者達の故無くその他社会科学を見下した態度に怒りを覚え、その根拠を問うているようだが
私もあなたに問うてみたい。
この理論上は宇宙ロケットを火星までも飛ばす事ができるのに、その実験ではいつも大失敗、大爆発を起こしては髪の毛が
ちりちりパーマになっていそうな物理学者の如き経済学者達を相手に、あなたは本気で怒りのコブシを振り上げようとしているのか?
31 :さつき名無しさん:2001/05/30(Wed) 02:22
>>26
ミクロの間違い?
32 :さつき名無しさん:2001/05/30(Wed) 02:27
>>30
上から10行目

これに対応できているとは→これに完全に対応できているとは
33 :さつき名無しさん:2001/05/30(Wed) 03:43
「古典」については、素養があるというより一旦目を通しておく事は極めて有益と言うか
ある種の前提ですらあるとも言えなくもない。
米国流が全て正しいなどとは到底言う積もりはないが、人文・社会科学に関しての一部
学位論文について、そのテキストは「古典」限定のところもままあったんじゃなかったか。
いわゆる理系の経済学全盛のおり、古典は一見古臭いようにも思われがちだが、「陽の下
に新しきものは無し」と言われるように、装いは異なっていても、「視点」及び「論旨の組立て方」
には学ぶところがあり、少なくとも発想のヒントにはなり得ると思うのだ。
仮令それが精妙な解析が行われ幾多の数式で固められた精緻な理論(勿論、理論自体はほぼ中立な存在)
であったとしても対象となる現実の切取り方、及びその理論が現実にどういった勢力に利用され易く
その存在の補強となり得るかといった事まで考えるなら、古典は重要な考える基礎となるだろう。
(生きている内に評価を得たければ、少しばかりウスギタナイ「学問上の身の振り」も考えた方がいいからね。)
つまり基本コンセプトは、場合によっては
カッパライ、焼き直し、もしくはその融合でも構わないと思え、そのためには「古典から頂く」のが
もっとも近道ではないかとも思う。(逆に、全くのオリジナルを作りたいのなら、古典に目を通しておかな
くてはならない。技法が新しくっても基本概念は焼き直しだと他人から指摘されると死ぬ程クヤシイ事が多い
からね。)
「新しい酒」を「新しい皮袋」に入れて見せるのが一番良いのだが、仮にそれにほぼ成功したとしても「古い酒」の影響を
他人から指摘されたり、本人にその積もりは無くとも最新のオリジナリティ溢れる「新しい皮袋」が「古い酒」勢力に勝手に
利用されてしまったりもするので、前もって「古い酒」の一通りの味見は済ませておくべきと言えるだろう。
34 :さつき名無しさん:2001/05/30(Wed) 08:45
古典を読む効用は、年配の研究者と話を合わせることにあるでしょう。
権力を持っている年長の教授におもねるためには、彼らのもっている
知的ストックを陳腐化させないのがいいということでしょう。

古典を読むことはそんなに悪いことだとは思わないのですが、古典を
読めという人には胡散臭さを感じてしまうのです。
35 :さつき名無しさん:2001/05/30(Wed) 08:47
古典を読む効用は、年配の研究者と話を合わせるためもあるでしょう。
権力を持っている年長の教授におもねるためには、彼らのもっている
知的ストックを陳腐化させないのがいいということでしょう。

古典を読むことはそんなに悪いことだとは思わないのですが、「古典を
読めという人」には、そういう阿りを自己正当化するような胡散臭さを
感じてしまうのです。
36 :すりらんか:2001/05/30(Wed) 22:41
>35さん
そこまで,勘ぐらんでもという気はしますが,最新の動向にフォローアップ
していない言い訳に古典を出す人がいる点などが「胡散臭さ」の元になって
いると思います.一般理論の内容なんて字義通りに受け取るとかなり荒っぽ
い話ですもの.33さんの言う「かっぱらい」的な方針ではあるけれど,現代
の経済学にとって古典は崇拝したり・解明したりするものではなく利用する
ものだと思います.
37 :さつき名無しさん:2001/05/31(Thu) 00:22
>>30

蓮実を思い出した。
38 :さつき名無しさん:2001/05/31(Thu) 01:04
>>1 さんへ。元々ねたスレかも知れませんが少しマジメに答えてみます。
まず、「哲学的・社会学的な経済論文」というものが在ったと仮定してみます。これは言うなれば
「バッティング(打撃)の上手いサッカー選手」や「寝業の上手な相撲取り」と言ったような、本来
「ありうべからざる存在」に近いと言えます。
あなたの見聞きした経済学者達は、本当に「哲学・社会学自体」を蔑視していたのでしょうか。「それ
をする前に全うすべき本分があるだろう」といった経済学上に突如現れた「場違いな哲学・社会学」に
ついて否定的意見を述べたのではないのですか。
39 :さつき名無しさん:2001/05/31(Thu) 01:05
>30さん
>宇宙ロケットを火星までも飛ばす事ができるのに

理論的には太陽までもとばすことができるんじゃないですか?
慣性運動をするから宇宙まで出しさえすればいい。(軌道計算は必要)
40 :38のつづき~或いは・・・・・:2001/05/31(Thu) 01:17
(う~ん、どうも余り納得してないようですネ。)じゃあもう、この際開き直って言っておきますと
経済学は哲学・社会学よりも一般的に実学の要素が強いと見られており、「仙人の喰らう霞の如き胡乱な
形而上学」や「浮世の世迷い絵解き」等とは全然違うと勝手に思い込んでいる面が確かにあるかもしれません。
しかしほぼ周知の事ですが、この自尊心に溢れた「有用なる実学」は現実には極めて使い勝手が悪く、誰も
大声では言いませんが、これからもそれが大きく改善される可能性は余り無いといったところが実状のようです。
残念ながら経済学者全てがある意味慎み深いとも言える「自尊心馬鹿」ではなかったので、一部の「切れ者」達
は経済学の遅々たる前進を待ち切れず一気に「現実の方を理論に引きずり寄せる」といった荒業を用いると
いった事態が生じているようです。そのウルトラC級の妙技は金融市場の最先端で今日垣間見ることができる
ようです。なお、この分野は経済学部を経ずとも「数学科からの直行」もできますので、あなたが哲学科で
ありながらも(オット失礼!歴史に名を残す哲学者兼数学者は多いんでしたね、従って)あるがゆえに数学が
得意であるならば、金で金を洗う金融市場の最前線へと赴任すべきかもしれません。
(そうすれば、少なくとも哲学がバカにされたやらナニやら一々言ってるヒマはなくなるでしょうからね。
稼ぎも笑っちゃう程デッカイようですし。)
一般的に言って「バカにすることを安易に楽しむ者」達は「やせ細ったつまらない幸せ」しか得る事ができません。
経済学者達だって哲学や社会学からも知的刺激を受けたいと思っています。それぞれの学問分野の成果を
心から楽しみたいと思っているのです。経済学者達全員に他分野についての詳細な知識があるとは申しませんが、
可能な限り目配りを怠らずある程度相対化した上で、敢えて「経済学の歌」を唄っている者達もいる事を
お忘れなきよう願います。
41 :@:2001/05/31(Thu) 01:24
経済学とファイナンスはちょっと違うんじゃない?
42 :わたしゃ兵士じゃないけどね・・・・:2001/05/31(Thu) 02:13
>>41 そういう区分けも大変有効だとも思うが、
他分野からの頭脳の参入も多いとは言うものの、理論をほぼそのままルールと成し
いつも歯がゆくてたまらなかった雑音の多い現実から遠く離れ、限りなく精緻に
構築されたロジックの王国で、論理と心理の最終戦を戦い、現実から生み出された
はずの擬製が逆に本来の現実を追い抜きさって行く様。
これは言うなれば、まさしく経済学におけるマッドサイエンティスト達の夢のようで・・・・
「今日我々は、あのイライラさせられるばかりの現実経済と決別し、ロジックの地平に展開する
ロジックの戦線でロジックを武器に敵なるロジックを相手にロジカルな戦いを闘い抜くのだ。胸に
ロジックを抱きながら・・・・・おお、この聖なる戦場のなんと潔きことよ!」
あなたには聴こえてこないか? 戦場を自ら作り出し、自らを兵士として前線に投入したがった者達
のイラつき、しわ涸れた声々が・・・・?
43 :さつき名無しさん:2001/05/31(Thu) 03:11
経済学者にマッドサイエンティストっているの?
物理でマッドサイエンティストって誰になるの?
ニーチェは発狂したし、キルケゴールだってそうだし、
有名な哲学者にマッドプロフェッサーっておおいですね
44 :さつき名無しさん:2001/05/31(Thu) 03:46
>>43
強いて挙げればNashかな。
45 :さつき名無しさん:2001/05/31(Thu) 04:08
さあ、あんまし聞かんがなあ。
あえて言うならマルクスか?
本人がマッドだったとは言い切れないが、
なんだか現実世界におけるその「思索の根幹」の
あの暴力的なまでの「横切り方」が・・・・。
現実社会において社会・政治思想と捉えられ
本人の肝いりでは無かったが一連の国家群が造り上げられる程勢力を増し
その壮大な実験は、ほぼ一世紀をかけて大破綻を来した訳で、
どれだけ造り上げ、どれだけがその思想に生き、どれだけが殺され、どれだけ壊し去ったのか?
どうして全人類の半数近くもが
「どうしても、それをやってみなきゃ気が済まなかった」のだろう? と、思うとね。
全くもって、マッドだよね。
46 :さつき名無しさん:2001/05/31(Thu) 04:20
おいおい、
マッドサイエンティスト=実際に発狂しなければならん
と言うのは少し違わなかないか?
47 :さつき名無しさん:2001/05/31(Thu) 04:37
↑それより君はいー加減もう寝なさい!
48 :>43:2001/05/31(Thu) 08:33
やっぱりフォン・ノイマンでしょ。

「経済学者」と呼ぶのがふさわしいかどうかはわからんけど。
49 :さつき名無しさん:2001/05/31(Thu) 14:29
>>48
「経済学者」と呼ぶのはチョッチ無理だな・・・確かにマルチなんだがな(アムウェイはやってなかったがな)。
50 :さつき名無しさん:2001/05/31(Thu) 15:00
ノイマンは別にまっどではないでしょう。
風貌、言うこと、ともに最近のシャプレーはまっどの名にふさわしい。
51 :さつき名無しさん:2001/05/31(Thu) 15:17
>>49
つまんねーぞ。
52 :さつき名無しさん:2001/05/31(Thu) 19:31
ノイマン、ナッシュ、シャプレーにしろみんなゲームじゃないですか?
有名なゲーマーはみんなマッドだってことでいいんですか?
53 :名無し時々雨:2001/06/01(Fri) 00:14
私もシャプレーに一票。
あの人は狂ってる。
しかし、彼の仕事は偉大です。
ノーベル賞にも一票。
54 :名無し時々雨:2001/06/01(Fri) 02:59
シャプレーやナッシュの伝記はないんですか?
55 :名無し時々雨:2001/06/01(Fri) 03:23
A Beautiful Mind
って本がナッシュの伝記みたいだよ。
http://www.nytimes.com/books/first/n/nasar-mind.html
で最初の部分が読める。和訳があるかは不明。
56 :名無し時々雨:2001/06/01(Fri) 03:25
おお、いつのまにやら、まっど路線!
だれだ?
急カーブをマッド方向に切ったのは?
57 :名無し時々雨:2001/06/01(Fri) 11:32
ナッシュの伝記が
今度、映画になるらしいよ。
58 :名無し時々雨:2001/06/02(Sat) 01:07
シャプレーってどうマッドなんですか?
59 :名無し時々雨:2001/06/02(Sat) 01:09
>55&57
本等の紹介ありがとうございます
60 :ドラエモン:2001/06/03(Sun) 19:57
二週間ぶりに来てみたら、なかなか非生産的で面白い議論が進行中で驚きました(w
ファイナンスに関する>>42氏の評価は同感。頭良い奴は、マーケットに落ちてる金を
誰も拾わないのを見て怒り心頭に発してるんだろうね(w

ただ、いわゆる科学方法論とかから見ても「モデル科学」たる経済学にとって、「現実」
というのは「定式化された事実の束」とでも言うべき物だから、実は古典が事実だった
りするんではない?一般均衡理論が、スミスのある側面の定式化以外の何者でもないよ
うに。そう考えると、実証のもつ曖昧な位置も分かるような気がするんだけどね。
61 :1:2001/06/04(Mon) 09:40
>>38 >>40
社会学や哲学を知ってる人間が偉いということではなく、
完全競争とか一般均衡の存在証明とか、
社会学的・哲学的観点から見てちゃんちゃらおかしい話が
経済学の閉域で堂々とまかりとおることもあるわけでして、
それをちゃんちゃらおかしい、と感じるためには
やはり他の評価基準や分析枠組みを知っておかなければならない。
その意味で、創造的な仕事は他なるものとの出会いから生まれるであろう、
ということです。しかし、かつて似たようなことを
経済学者(数学に秀でた人でした)にいったら、
そんなこと知らないほうが経済学者として栄達できる、
と開き直られてしまいました。
それで、(゚Д゚)ハァ? と。
苺に来る習慣がないもので、遅レスしつれい。
62 :名無し時々雨:2001/06/04(Mon) 10:51
私は基本的に1さんの意見に賛成なのだけど
これはちょっといただけない.

>完全競争とか一般均衡の存在証明とか、
>社会学的・哲学的観点から見てちゃんちゃらおかしい話が
>経済学の閉域で堂々とまかりとおることもあるわけでして、
>それをちゃんちゃらおかしい、と感じるためには
>やはり他の評価基準や分析枠組みを知っておかなければならない。

完全競争とか一般均衡の存在証明とかは
経済を分析する1つのフレームワークとして非常に優れたものです.
まっとうな経済学者は,すぐれたところはもちろん,
そのちゃんちゃらおかしいところも十分にわかっています.
そして,ある目的のためには,それ以上にすぐれたフレームワークが
ないからこそ,そのフレームワークを使っているわけです.
そして,そのフレームワークの中で創造的な仕事はいくらでも可能です.
「ちゃんちゃらおかしい」と感じたからといって
現状の経済学よりすぐれた枠組みができあがるとは思えません.
それは古くは自己組織化ブームや,最近の複雑系ブームが
お題目だけに終わっていることをみれば明らかでしょう.

>創造的な仕事は他なるものとの出会いから生まれるであろう、

経済学者はたしかに他の分野について知らない人がおおくて
問題だと思います.ただこれはこれは学者全般に言えることです.
いまだに完全競争をベースに経済学を批判するような社会学者,哲学者,
マル経系学者は経済学の現状をもう少し勉強してもらいたいと思います.
63 :62:2001/06/04(Mon) 11:06
ちょっと補足すると,たとえばマル経系で複雑系の人達が経済学を批判するときは,
必ず一般均衡理論モデルを批判し,その後,いくつかオルタナティブなアプローチを
提案するのだけど,それってゲーム理論とその周辺分野でやられていることだったりします.
それって結局経済学じゃん,ってなことが多くて笑えます.
64 :名無し時々雨:2001/06/04(Mon) 12:28
一般均衡モデルに匹敵する分析枠組みを
社会学は持っているのですか? 純粋な疑問です。
一般均衡モデルの弱点ばかり見ても面白くないですよ。
長所を認識して利用する前向きな態度も大切です。
本当の馬鹿は馬鹿にするだけの人ですから。
65 :ドラエモン:2001/06/04(Mon) 15:37
>64
>一般均衡モデルに匹敵する分析枠組みを社会学は持っているのですか?

持ってるかどうかは別にして、持ちたいのは確かみたいです。パーソンズのAGIL図式という
のが、その一例らしい。但し、それが一般均衡モデルのように有用かというと残念ながら逆で、
それの妥当性に関する議論ばかりあっても、実際にそれを使って意味のある(反証可能な)命題
を生み出す事は出来ていない。結局、概念の整理枠(分類図式)にとどまっていると言って良い
でしょう。

ワルラス法則と市場均衡という「物理的」な枠と、最適化行動(特にゼロ次同時性)で縛らない
と、操作可能な命題を生み出す事は極めて難しいというか、ほとんど不可能でしょうな。

経済学と他の社会科学の間の関係という問題は、分析能力というレベルで比較すれば経済学の圧勝
に終わるのは当然で、それ自体は経済学の「偉さ」の証明にはならない。これは、経済学を自然科
学と比較したときの悲惨さ故に経済学の「駄目さ」が証明できないのと同じ。
66 :なんとなくsage:2001/06/04(Mon) 20:15
昔教養の講義で聞いたのを思い出しました。

T.パーソンズって人のラベリングってお話、シグナリングに似ていると思いました。
ベイジアンゲームでモデル化できると思いましたね。
とにかく、経済学が盛んに使っているゲーム理論が強力な分析ツール
だってことは確かですね。
これをとりあえず使っているだけでも、他の社会科学をバカにしたくなる
気分はわかりますね。

ところでAGIL図式っていうのは、有名なんですか?
どんなのか少し知りたいですね。

ちょうど上にいるので、ドラえもん様

素朴に疑問なんですけど

経済学的モノの見方って言うのはどんなものなんでしょうか?

あと経済学者のコモンセンスっていうか共通認識っていうか、どんな
もんなんでしょうか?

よろしくお願いします。
67 :すりらんか:2001/06/04(Mon) 23:52
>経済学的モノの見方
「主観的に得な方法があるなら,個別主体はそれを行うはずである.」
というのが最大の基礎とおもいます.

>あと経済学者のコモンセンスっていうか共通認識
「(市場の失敗がないとき)完全競争市場における競争均衡はパレート
最適である」
あたりは受け入れない人は(近経での)経済学者ではないと思います.
68 :なんとなくsage:2001/06/05(Tue) 14:02
>主観的に得な方法があるなら,個別主体はそれを行うはずである.」
>というのが最大の基礎とおもいます.

インセンティブとトレードオフってやつですね。価格理論では
トレードオフは価格比だから価格理論って言うのはほんとですか?

>「(市場の失敗がないとき)完全競争市場における競争均衡はパレート
>最適である」

厚生経済学の第一定理ですね。

私は経済学者のコモンセンスってのは、経済学やっていると
社会を見る眼がちょっと違うよっていうのだと思っていました。

素朴に疑問なんですけど

経済学的直感ってのはどんなものなんでしょうか?
69 :名無し時々雨:2001/06/05(Tue) 14:34
なんだか、みなさん
急に「正直」になったようで。
62レスは正直のみならず、簡単な言葉で的確に位置を捉えてて秀逸だとも思う。

ただ、みなさん当たり前過ぎて言及しなかっただけかもしれないが。
70 :ドラエモン:2001/06/05(Tue) 15:54
>66氏

1970年代の初めころ、パーソンズの「構造機能分析」という理論的フレームワークを
大幅にソフィスティケイトしようという運動が一世を風靡しました。その中心人物が小室
直樹氏です。結局は大した成果は上がらなかったように思いますが、少なくとも経済学を
手本にして社会学の理論構造を明確化しようとした「壮図」は立派なものだったと思う。

AGIL図式を初めとする当時の研究成果は、富永健一編集の社会学の双書みたいなのの
一冊として出てたはずです。あるいは、月刊誌「数理科学」のその頃の論文で小室直樹を
探せば見つかるでしょう。
71 :なんとなくsage:2001/06/05(Tue) 17:36
ドラえもん様どうも

そういうものがあるんですね。専門家でもなんでも
ないので全く知りませんでしたが、数理科学って
サイエンス社のですよね。理系になりたいんですね。
社会学も。

ところで、
一般均衡論って言うのは、使い勝手のいいツールなんですか?
どこをどう使うのか、もしよろしければリファレンスを教えてください。

PS.最適化理論やゲーム理論が使い勝手のいいツールなのは納得ですね。
たんに数学ですから。
72 :ドラエモン:2001/06/06(Wed) 01:58
>さげ殿

一般均衡理論って何かと語り始めるのは、実は大変リスキーな話でして、此処では(笑

ただ、最適化とかゲームが、基本的には(あくまでも基本的ですから、怒らないでね>all)
開いたシステムで、中で起こった変化が引き起こす副次的な効果が重要になることは少ない。

一般均衡システムは、基本的には閉じていて、副次効果の方が元の変化より大きくなったり
します。

典型的なのはケインズモデル。消費=C(所得)、所得=消費+投資(一定)なんていう簡単
な「閉じた」システムです。投資の変化は所得の変化=>消費の変化=>さらなる所得の変化
と言う具合で副次的な効果を引き起こし、結果的には元の変化より大きな効果を生じる可能性
も出てきます。

ここでキモイのは所得=消費+投資という経済全体の縛りの存在でして、それゆえこの単純な
連立方程式も広い意味では「一般均衡」モデルといえます。
73 :なんとなくsage:2001/06/06(Wed) 20:36
ドラえもん様

allってギャラリーいたら恥ずかしいですね。sageなのに。

>ただ、最適化とかゲームが、基本的には(あくまでも基本的ですから、怒らないでね>all)
>開いたシステムで、中で起こった変化が引き起こす副次的な効果が重要になることは少ない。

ここらへんは、微積分で習う包絡線とかを指しているんでしょうね。
最適化の話ですね。

ところで素朴に疑問なんですが、
ゲーム理論で副次的効果ってのはどんなのを指すんですか?
間違っているところあると思いますが、
ナッシュ均衡の存在の証明っていうのは、対応がナッシュ均衡であることを示して、
その対応に不動点定理つかう手順でやるんですよね?
一方でたしか陰関数定理とかを使って最適化の結果得られた均衡を分析することを
比較静学とか言うのですよね?
ということはナッシュ均衡の比較静学というものが存在するってことですか?
そういうときに、包絡線みたいなのがあるから副次的なパラメーターは無視できる
ということですか?

誰かが戦略変えたら、ナッシュ均衡の定義に反してしまうような気がする
ので、副次的に何かが変わるのですか?その副次的なものイメージはあまり
ないので教えてください。それとも私の疑問は変なのでしょうか?

>一般均衡システムは、基本的には閉じていて、副次効果の方が元の変化より大きくなったり
>します。

閉じているのは確かでしょうね。一般ですから。
あまりイメージが無いのですが、そういうシステムを分析するには、
最適化とかゲームのような数学だけでは不可能っていうことでしょうか?

ケインズはよく知りませんが、あれも一般均衡なんですね。
ドラえもん様の言う一般均衡のイメージは連立方程式の解という感じですね。

一般均衡というのは、あまり目にしない数学(というか書店の数学書コーナーには
並んでいないような気がする)なので、間違っていたらすいません。
74 :ドラエモン:2001/06/07(Thu) 18:37
さげ殿への返事はまた後ほど書きますが、ここのスレ主に、改めて抗議したい(プンプン

そもそも喧嘩売りに来たことは誉めてあげるけど、なんだか裏で失礼な誹謗をしとるね。
下記参照。

http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=sociology&key=981967742&st=106&to=118

リンク先でも書いたように、僕が30年前の社会学しか知らなくて「箸のも棒にもかか
らない」なんて思うなら、学際的対話なんて不可能だぜ。僕はどちらかというと経済学
帝国主義に批判的な方だけど、そういう事言われると、やっぱり先祖帰りしてしまいそう(藁
75 :Gerard[Gerard Debreu]:2001/06/07(Thu) 18:54
>>30
>現代社会における「経済活動」の占める割合の圧倒的比重、及び「経済的成功」が広汎で
>そして極めて強力な社会的「一般的評価基準」となってしまっていると言うバカバカしい
>までに単純な大いなる前提がある事を忘れてはならないと思う。
>そういった「子供らしい」とも言える錯誤(或いは認識)の基に経済学・学者達の一種の
>「奢り・増長振り」が見られるのだと認識する事もできる。

経済学は合理性の対象については何も言っていないんだが。。
というかそれをやりはじめたら経済学ではなくなってしまう。
76 :Gerard[Gerard Debreu]:2001/06/07(Thu) 19:04
「何も言ってない」は誤解があるな。
「対象を内容的に限定してない」って事です。

形式レベルではもちろん、限定合理性の問題があります。
しかし、全く人間は合理性という意思決定基準を持たず、
全く外生的に与えられたrule of thumbにのみ従っているのでしょうか?
(私が常々攻撃しているどマクロ現象論だとそうでしょうが。)
いや、もちろんそういう側面はあります。
しかしそれはそれで、人間が外部状況の変化・他人の行動に対して特定の反応を示している、
ということを捉えられないのではないでしょうか?
インセンティブ・コンパチブルでない状況はある程度までいけば、
やはり惰性を覆して変化を強いられるものです。
77 :すりらんか:2001/06/07(Thu) 23:55
おっ,話がずいぶん前に戻ったね.

>そもそも人間の行動の殆どは非論理的であり、合理に基づくハズの人間の
>行う経済活動もこの例に漏れない。
とすると人間行動を「考える」ことがナンセンスだというところに行き着く
と思うのですが,ここまでのニヒリズムに行くのはどうだろう.「非論理を
論理的に語る」のことできない,都合のイイトコはアドホックな理屈みたい
なのをつけて,都合の悪いトコはこれは例外であるじゃぁ学問じゃないのよ.
そして,ドブリュー氏指摘にもちかいけど,経済学が立つ「合理性」は客観
的な基準ではなくあくまで主観的なものでよい.

>そして学説・理論をこの現実に適用しようにも、一旦、現実という暴風雨の中
>に放り込まれてしまうと、笑って仕舞う程の予見不能で非合理な出来事がなぜ
>か出来(しゅったい)し、
そういうこともあるよね.そこから触発されて経済理論の新たな地平が開かれる
こともある(例:ケインズ経済学).でも,それって日々おきてますか?大抵の
経済的事件は既存理論の適用で説明でき,なかには対応策まで導けるものがある.

>理論の成立どころか与件も何もあったモンじゃない
多分与件を置いて比較静学を行うことの持つ意味を良く理解していないんではな
いでしょうか?特定のショック自体がシステムに与える影響だけを抽出して観察
するためにやるのであって,与件一定が常態だという話ではない.そしてなぜ比
較静学が重要なのかについては男女差別スレが格好のケース・スタディになるの
で参照下さい.
78 :名無し時々雨:2001/06/08(Fri) 01:12
>理論の成立どころか与件も何もあったモンじゃない
更に加えて言うと実証分析の結果が理論と整合的でないというときに、
理論がおかしい
というのと
他の条件一定というコントロールに失敗している(回帰分析の中に十分な数の説明変数を
含めていない、あるいはデータの制約上含められない)
のどちらが原因かを判断するのは非常に難しいと思います。
「与件」の部分がうまく実現できれば理論の検証は相当楽でしょうね。
でこの辺がアメリカでの実証分析をNatural Experimentの方向に突き動かしているような
気がします。
79 :1:2001/06/08(Fri) 08:45
あれ~、ネタもとばれちゃいました? ごめんなさ~い。
まあ、方法論的個人主義がもたらした帰結が経済学と社会学では
正反対であるのは面白いですね。利潤と効用の最大化の仮定によって、
経済行動を一元的に定量化できる経済学では、
完全競争を想定するとミクロとマクロが少なくとも理論上は
透明につながるんだけれども、
社会学は各人の目的を一元化できない価値の領域にかかわるので
(一元化されると、アローでいえば独裁制が成立してしまうので)
むしろミクロ(部分)とマクロ(部分の総和以上である全体)の断絶が先鋭化し、
その媒介項をめぐってパーソンズからルーマンへと
社会システム理論は展開していくわけです。
だから、AGILはとっくの昔に終わった話ですし、
社会学が新古典派的な経済学を羨望している、というのもたんなる誤解です。
そこで、いわゆるミクロ‐マクロ問題を経済学と社会学という
異なる準拠枠に照らして対比させると面白い、
そこに理解の食い違うポイントもあるのではないか、
という話なんですけど。

以下、社会学にも多少は歩み寄ってやろうという人は、
74のリンク先で議論してちょ。
80 :名無し時々雨:2001/06/08(Fri) 11:20
はじめてAGILを授業で教わったときの感想は
これって一体学問なのか??だったです.
コンサルタントとかが適当にでっちあげて作った
理屈と大差ないようにみえたんですがどーなんでしょ.
81 :傍観者:2001/06/08(Fri) 17:44
答えは簡単だよ。
経済学が偉くなったんじゃなくて、経済やっている人間に偉そうな奴等が多いんだよ。
この掲示板を読めば答えは明解じゃない?
机上の理論に最大の価値を見出し、これを理解した時点で自己満足に陥る。
82 :ドラエモン:2001/06/08(Fri) 18:47
>傍観者殿

ふーん。じゃあ、ここで傲慢かましてる僕なんかが口を極めて批判してる連中には。
シンパシー感ずるんですか???
83 :名無し時々雨:2001/06/08(Fri) 19:47
あはははっははははははははっははははははははははは
キミら経済学者はバカではないかもしれないが
しょせん、バカ経済学者だよ。
ははは。
84 :名無し時々雨:2001/06/08(Fri) 19:52
謙虚に勉強してそうでない人に尊大な人たち(苺ちゃんねらー
と、謙虚に生活しながら、日頃の憂さを晴らすために
自分の思いこみを掲示板で率直に書いているので間違っている
こともある人たち(2ちゃんねらー)の対立図式が、
どちらかに立つかで、経済学者は尊大vsトンデモくんはトンデモ
ない についてどちらの立場に立つかを規定するのではないでしょうか?
85 :名無し時々雨:2001/06/08(Fri) 20:52
なんとなくsageです

しばらくぶりに来てみると活発ですね。

すりらんか様

>多分与件を置いて比較静学を行うことの持つ意味を良く理解していないんではな>
>いでしょうか?特定のショック自体がシステムに与える影響だけを抽出して観察
>するためにやるのであって,与件一定が常態だという話ではない.そしてなぜ比
>較静学が重要なのかについては男女差別スレが格好のケース・スタディになるの

素朴に疑問なのですが

比較静学というのは、陰関数定理を使うなら、
その均衡が安定した均衡だと考えないと、やっている
意味はないように思います。
その均衡が、ショックで均衡でなくなるなら、
陰関数定理は少なくともつかえないのでは
ないかと思います。
陰関数定理が適用できる範囲のパラメーターの
変化はショックと言えるほどのものなのでしょうか?

いま気づいたのですが(汗)
ドラえもん様とすりらんか様は、この板のこてハン
の方ですね。お二人とも私の経済学者のイメージに
ぴったりの方ですね。
86 :名無し時々雨:2001/06/08(Fri) 21:09
陰関数定理は係数行列が正則ということを仮定してますが
特異になるほうがまれだから、ショックがおこっても
陰関数を用いてもいいとおもわれ
87 :ドラエモン:2001/06/08(Fri) 21:30
気持ちは分からないでもないけどね,,,

例えば、風水ってあるじゃない。便所は北にしろとか、明日は南に向かって家から出なければ
ヤバイとか。こういうのを冗談で楽しんでる人は結構なんだが、真面目にそれを信じ込んだり、
最悪なのはそういう類のデムパ本を売りまくって儲けてる奴も多い。

こういう状態で、風水は迷信だと知ってる人が、そういうのを見過ごしているのをどう評価する?
1.人が何してようと本人が良いっていってんだからかまわんだろう。
2.そういう馬鹿こそ良いカモだ。絞れるだけ絞ろう。
3.そりゃ迷信ですよと教える。
などなど。

ここの連中は3に見えるかもしれないけど、そうじゃない。たまに2chまで出張して傲慢かま
すことはあるが、普段はここでぼやいてるだけ。

>>84あたりは、1に賛成なんだろうが、そうならある意味論理矛盾。ここまで攻め込んで、おまえ
達、傲慢なこと書くなと説教垂れてるわけだから。それじゃ、俺の2chでの傲慢と同じだろう(w
88 :ドラエモン:2001/06/08(Fri) 21:33
追伸

もっとも、2chにはプロの風水師もいるからね。そいつらから見れば、ここは目障りだな(爆
89 :すりらんか:2001/06/08(Fri) 22:15
誹謗して鬱憤はらすのは2chの方ででもやっておくれ.文句言い諸氏はなんと
なくsageさんくらいの武装をしてから来てね.

>お二人とも私の経済学者のイメージにぴったりの方ですね。
あぁ,僕と銅鑼さんがsageさんのイメージとしたら,ちょっと経済学徒の強
烈さを甘く見すぎかもしれませんよ(爆).

>その均衡が安定した均衡だと考えないと、
局所的に不安定な均衡点からスタートするというのはかなり特殊な状況だと
思いますよ.何らかの意味で定常状態にあるところへショックが加わる状態
を考えるのですから.と言われるのを想定しての
>陰関数定理が適用できる範囲のパラメーターの
>変化はショックと言えるほどのものなのでしょうか?
ということでしょうが,あらゆる意味で均衡が存在しない状態への移行を考
えるのでなければ変化後にいきつくところを考えることは十分に意味がある
でしょう.もちろんこういう変化の場合にはそのドランジションを考えるこ
とはものすごく重要です(これの軽視傾向は私も問題だと思う).でもその
移行の「後」を考えることが意味を失うわけではないですよ.

すべての想定事項が壊れてしまい……という状況はもはや「語り得ぬこと」
と思います.それよりは語り得ることを固めることが重要だというのが私の
考えです.
90 :傍観者:2001/06/08(Fri) 23:57
結局、ドラエモンさんもすりらんかさんもエラソーなんですよ。 87&89の回答だけみても。
このスレのタイトルに回答をしただけで、「俺達を認めない奴は馬鹿」みたいな前提でレスを付けてくるから。
所詮、この板も2chと然して変わりはない、って前提がないんでしょうね。勝手に差別(区別じゃない)をしているところで。
武装って・・・、なに???言ってて恥ずかしくないところがエラソーなんですね。
と言うことで、HN通り、今後はROMに徹します。
研究頑張ってね。
91 :名無し時々雨:2001/06/09(Sat) 00:17
>>79
ミクロとマクロの断絶云々は、宮台真司が同じこといってたな。
92 :ドラエモン:2001/06/09(Sat) 00:50
>傍観者殿

>ドラエモンさんもすりらんかさんもエラソーなんですよ。

あはは、そりゃ言える。でも、経済学者って確かに無茶苦茶に偉そうな人多いよ。
君から見て「エラソー」にしてる僕が見てビビルくらい凄いのがいくらでもいる。
すりらんか氏が

>僕と銅鑼さんがsageさんのイメージとしたら,ちょっと経済学徒の強
>烈さを甘く見すぎかもしれませんよ(爆).

と書いてるのは事実だ。他の文系の大学院のセミナーに参加した経験もあるけど、
経済のセミナーの殺気だった雰囲気とは大違いで「なんとサロン的で優雅なことか」
と面食らったことがある。もちろん学校やセミナー主催者の教員によっても違うけど。

そう言う意味では、自分たちではそれ程と思ってないが、僕もすりらんか氏も経済学
教育の戦闘的な伝統の忠実な継承者なんだな。

でもね、人格的攻撃とは別の次元で、噛みつかんばかりに論理の欠陥を指摘しあうよ
うな環境をつくらないと、学問は直ぐに堕落するよ。なんていうから、ますます嫌わ
れるんだろうけど(笑)
93 :@:2001/06/09(Sat) 01:40
経済学は金銭的な利益に直結していて、インチキをして金儲けしてやろう
なんて人も時々いるみたい。政治・金に直結してれば攻撃的にならなければ
やられてしまうし、のほほんとした学問(失礼な言い方ですが)がやりたければ
他にいくらでもある。理詰めで叩きあいをやるのは経済学をやってる醍醐味ぐらいに
思ってなければ、(純粋な)経済学では食っていかないのかも知れない。
ここでは大人しい(?)私も株関連の掲示板では結構えらそうに書き込んでます。(笑)
そんなのとき経済やってて良かったと思う。(笑)
94 :名無し時々雨:2001/06/09(Sat) 01:46
<92
偉そうなドラエモンさんに反論。
社会学とか、政治学がサロン的に見えるのはセミナーとか学会だけ。仲良しグループ内の通説を語ってるからね。
陰ではみんな「自分は天才、あとは馬鹿」
少しまともな奴で「○○天才(通常は師匠あるいは彼(女)が総代理店を勤める海外の学者)、自分はその次、後は馬鹿。」
って感じでやってますよ。
経済は、少なくとも近経だけ拾い集めて講義を聴いてる限りはそういう講義はないですよね。
逆に劣等感にさいなまれることの多い分野だけど。
95 :名無し時々雨:2001/06/09(Sat) 02:10
>>94

>偉そうなドラエモンさんに反論。

「偉そうな」とか余計な言葉をつけるのやめませんか?
96 :ドラエモン:2001/06/09(Sat) 04:02
>94氏

数理的な学問の良いところは、若い人でも権威者の間違いを指摘できるところですからね。
だから理論経済学には若き天才とその候補は一杯いる(w)もっとも、一昔前の計量だと、
資金量がデータや計算資源獲得に決定的で、結局はボス支配になってた。そう言う意味で、
学生がエラソーにしてるのも、学生の突っ込みを教師が粉砕するのも、共に経済学の良き
伝統です。
97 :名無し時々雨:2001/06/09(Sat) 07:08
>>87
文意からしても単なる例示のため、風水を挙げたのだとは思うが・・・
何もそこまで貧困に風水を捉えなくてもと流石に思ってしまうのだが。
実は迷信であると私も思っていなくもないのだが、その迷信の発生する下地となる素地や
どうしてその体系をあんなにまでも作り上げてしまったのかなどへの心配りはあってほしい
と思うのだ。
信仰を認めろと迫っているわけではないよ。
最終的に数理的処理で定式を導き出し決着をつけることを専門にする者たちならばなおさらのこと、
常に直接数量化できにくいものへの目配りを心がけておかなくてはならないと思うからである。
98 :名無し時々雨:2001/06/09(Sat) 07:42
>>93 全くもって、その辺が実際の「実感」だと思われ。(経済学至上主義権威者及びウブな純粋研究者くん除く)
99 :ドラエモン:2001/06/09(Sat) 15:44
>傍観者@90

別に返事はいらないけど、関連した感想を一つ。

確かに、厳密な実証研究で白黒ハッキリつかない経済みたいな学問で、僅かな論理の瑕疵をあげ
つらい他人の主張を批判する傲慢な経済屋を見てるとムカムカしてくる人のいるのはわかる。
僕だって、学校にいた頃は、自分のモデルのマイナーな欠陥(と本人は思ってる)を一々指摘す
る奴を苦々しく見てたこともある。

しかしね、そういうのは「オタク経済学徒」の間のことだけだと思っていたのが「井の中の蛙」
だったんだねー。今の商売で世界中をうろついて日本経済の話を投資家にして歩いてんだが、
まあ3割くらいはオッカナイ人たちだよ。それこそ経済学の大学院のセミナーといいとこ勝負。
もちろん、大学院の理論のセミナーとは全然違う論点だけど、提示した仮説とそのインプリケー
ションについての解釈をめぐる議論と言う意味では同じだから。やっぱり、わざわざ出かけた外
国で火達磨にされるエコノミストも時々いるしね。だからって、違う意見にあうとすぐに「いや
いや、あなたの言うとおりです」とおべっか使う奴も言えるけど、それじゃお客もなんのために
ディスカッションしてるか分からないでしょう?もちろん、ホイホイされるのが好きな奴は世界
中にいるから、それで通用してるのもいるけどね。

建設的な相互批判と、傲慢さのぶつかり合いの差はほとんど無いと言っても良い。少なくとも、
自説を主張するために論理構成の腐心せざるを得ない環境の方が、なあなあに転落するよりも
ずっと好ましい。まして、学校の外に出たら、政府系シンクタンクとか官庁受託で誰も読まな
い報告書書くような場合を除いて、もっと激しい主張の対立が当たり前だと言うことを理解し
て欲しいね。
100 :偉そうに論破しても全然当たらないジャン:2001/06/09(Sat) 16:51
物理とかだと偉い人は偉いんだよ
でも経済学者ってどんなに偉そうにしても結局最後は100%当たらないって皆知ってる
普通の実感とだいぶズレても平気でいる神経が分からん
バブルの時とか
「庶民的な実感とだいぶズレてますね」というとすぐ合成の誤謬とかいう
(ケインズは言ってることがだいたい当たっていたから今だって信用できるけどね)
今程度のパフォーマンスなら経済学者なんてケインズ一人で十分だと思う
101 :ドラエモン:2001/06/09(Sat) 17:11
>100

>経済学者ってどんなに偉そうにしても結局最後は100%当たらないって皆知ってる

そうかしらん?金融システム危機には公的資金投入って経済学者の間ではコンセンサスだった
けど、「普通の実感」は大反対でしょう?92~93年頃も、97~98年頃も、そして今
でも・・・

小泉氏が只のポピュリストであるなら、「今後2から3年の最終処理」も公的資金使わないで
やることになって、結局は橋龍と同じ結果になるだろうと思うが、そういう経済屋の警告は、
役に立たない普通の実感とかけ離れた意見かなぁ?

それから、物理学者の偉い人が偉いというのは、元々認めてますけど。このスレッドは、経済
屋が社会学者を馬鹿にして怪しからんと言う主旨で始まったんだが、>>100氏は、そもそも社会
科学何かやってる奴は(ケインズ以外)みんな馬鹿というご意見ではないのかな(w
102 :だってケインズ以外は皆バカなんだもん:2001/06/09(Sat) 17:23
公的資金投入に反対だったのはマスコミ
ともかく公的資金投入が最優先というのが経済学者
「普通の実感」というのは、何の責任も取らずに資金投入していいの?という漠然とした
気持ちだった思う 結局それが一番正しい判断だったと思う
ケインズ以外はバカだと思うけど、それが分かるまでとことんやればいい
それが分かれば、まだ将来に救いがある
ともかく好きなようにやればいい
103 :すりらんか:2001/06/09(Sat) 17:33
>サロン的に見えるのはセミナーとか学会だけ。仲良しグループ内の
>通説を語ってるからね。陰ではみんな「自分は天才、あとは馬鹿」
それじゃ駄目なんですよ.何のためにセミナーやるのかわかんない.大まかな
モデルを組んで,仲間内にぼこぼこに叩いてもらって,修正して余所で叩いて
もらって(これを何回かやって)やっとサブミットしてもいいかなぁという論
文になるんだもの.みんなのいるところで多少は興味・専門・背景の違う人に
かき回してもらわないと.マクロでいえば,仲間内に仮定のアドホックさを叩
かれ,ミクロの人に古さを指摘され,シンクタンク系のひとにデータのまずさ
を笑われるのはかなり有り難いんですよ.
104 :ドラエモン:2001/06/09(Sat) 17:35
>102

だから、ここのスレッド一覧見たらわかるでしょ?ここではまさにそのアホマスコミを指弾して
いるのであって、別に一般の人を貶してるわけではないよ。もちろんマスコミやヒョーロンカの
珍論・奇論を丸飲みして熱弁を振るえば「逝ってよし」ということになるけど、それはあなたか
ら見ても当然でしょう???

あなたの議論のわからんところは、世を覆う珍論奇論の責任は経済学者・エコノミスト・評論家
にあるという正しい指摘をしながら、キチンとした経済分析を使ってそういう妄論を批判しよう
という連中もまとめて「馬鹿経済学者」としてしまって、あげくに経済学無用論(除くケインズ)
へ飛躍してることだよ。
105 :すりらんか:2001/06/09(Sat) 17:43
>だってケインズ以外は皆バカなんだもん
ケインズが現代まで通じる重要度をもっているという点のみ賛成(爆).
106 :名無し時々雨:2001/06/09(Sat) 19:21
なんとなくsageでいきます。

15chって活発なのですね、昨日カキコ
してから20以上進んでいて驚きました。
進みすぎて、もうめんどくさいのでお礼まで。
>教えてくれた方々。

ちなみに、私は学生ですが、
社会学でも経済学でもないです。
別に武装していたわけでもなくて
ミクロ経済学の教科書は一年生で習う
数学の知識でだいたい読めます。
一般均衡の難しいところは除いて。

私は、広義に社会科学系の人は過剰に攻撃的で好きになれないですね。
あの攻撃性がどこで養われるのかと思っていましたが、
このスレッドのドラえもん様のカキコで経済学に関してはだいぶ様子が
わかりました。

ところで素朴に疑問なんですが、

社会学者の攻撃性はどこで養われているでしょうか?

私の見解では、

すりらんか様が比較静学を叫んでおられたスレッド
http://www22.big.or.jp/~15ch/readres.cgi?bo=economy&vi=0243&rm=30
の81は私なのですが、

>フェミニズミ=エリート女性は報いられなくてはならない

それはフェミニズムの公理系における公理の一つだと
思われます。
実数の公理と一緒で、彼らにとっては全く疑問の余地の
無いものだと思われます。

従って、その公理を受け入れられない人々は彼らとは
議論ができません・・・。受け入れた人は、その中で
仕事をすることが求められます。

よって、いきおい彼らとの議論は、議論ではなく、馴れ合いもしく
は口喧嘩のいずれかになりやすいものと思われます。

という感じなのですが、このスレはとまってしまったので
もしよろしければ、社会学者の攻撃性はどこで培養
されるのかについて、ご意見お聞かせください。

それでは、また名無しさんへと沈んでいきます。
ごきげんよう。
107 :名無し時々雨:2001/06/09(Sat) 19:27
財政支出を増やさなければ97年の二の舞になると
書いている人がちらほらおられますが、それでも
仕方がないのでは?

悪法も法なり。生まれたときに自分の意志で契約していない
法ですら遵守しなくてはいけないのに、ましてや、

 「景気が回復するためには痛みが必要」
の公約で構造改革首相を選んで、高い支持率80%で支持し、
「痛みは必要なんだ。頑張って」とエールを送り、
もうじき、参議院議員選で、痛みに耐えることを形の上でも
承認するだろう国民は、構造改革の痛みに耐えて好景気を
手にしたいという強い意志を持っているのだから

八百屋で魚を売るのは邪道だ。ましてや、公約に反したことを
してはいけない。だから不況に一時的になっても良しとしなければ
108 :名無し時々雨:2001/06/09(Sat) 20:28
<103
94は、だから社会学や政治学はダメっていってるのでは?
ディシプリンもはっきりしない分野だから、
ちょっと離れると、近経とマル経みたいに議論もできないみたいだし。
109 :名無し時々雨:2001/06/09(Sat) 20:34
<<100
物理との比喩でいうならば、
近経           地動説論者
マル経          天動説論者
エコノミスト(日本語)  占星術者
110 :傍観者:2001/06/09(Sat) 22:09
>ドラエモンさんだけに

一つ誤解されたままだと、私がアラシくんで終わってしまいそうなので。

別に良いんですよ、貴殿やすりらんかさんが経済学の範疇で吠えようが喚こうが。
私もある種吠えまくっている貴殿達の書込みが楽しくてROMしている無学なものなのですから。
また、貴殿達の成果が何らかの形で私たちの生活に還元される可能性もあり、期待もしているのですから。

ただ、論理的・数学的思考で「武装」していると言い張ってますが、なかなかどうしてヒステリックなもんですよ。
たまには「キャバクラの経済学」でもなされ、リアルオプション的な引き出しも用意されたらいかがでしょうか?
111 :ドラエモン:2001/06/09(Sat) 23:09
>傍観者殿@110

たまには殊勝なところをお見せします(w

富士・八幡合併問題ってご存じないですよね?この2社は製鉄会社で合併して新日鐵になった
わけですが、経済学者はほとんど全員一致で大反対運動をやってました(40年前の話)

政府は通産省が推進役で、経済学者の意見なんて蛙の面に小便で、公正取引委員会を黙らせ、
ついに世界最大の製鉄会社を作りだしたわけです。当時の通産のお役人の「獅子奮迅の活躍」
は、いまでも「官僚達の夏」とかいう小説で伝説的に語り継がれてますね。

要するに、昔から経済学者の具体的な提案なんて「田作の歯ぎしり」なんですよ。権力とそれに
結びついた財力が団結すれば理屈なんか吹っ飛ぶだけです。最近の例では、規制緩和を大声で推
進してたマスコミが再販制度の話が出た瞬間に手のひらを返して規制の有用性だけを言い立てる
のが例です。

つまり、こと日本に関しては(実は欧米でも程度の差はあれ、同じようなことは起こってるので
すが)、経済学者は自分たちの理論的・実証的に確証されたと思っている信念を、多くの場合に
力でねじ伏せられ実現できずに来たのです。

そういう意味ではスミス以来200年以上も、一種の地下抵抗運動みたいなところがある。これ
はマル経では顕著だが、近経でも結局は同じ。

そういう歴史的背景で育ってきた連中の末裔は、端からみると「ヒステリック」に吠えたり喚い
たりするのは仕方ないのね(藁

で、>>110の最後の行の勧告に関してですが、ご承知のように某日銀政策審議委員の熱心な探求
ぶりは有名ですし、拙者も日々精進してますです(爆)ただし、すりらんか氏のような真面目な
人もいるのでみんながみんなではありません(w
112 :ドラエモン:2001/06/09(Sat) 23:22
>>111への追加

程度の差があるといった「欧米」の場合には、一応、経済問題については経済学者や専門家と呼べる
エコノミストの意見を集約して政策が立案されている「形」にはなってます。実際には、そこにドロ
ドロがあるのは間違いありませんけど。

ともかく、サムエルソンやらソローやらフェルドシュタインあるいはグリーンスパンといった人たち
を経済政策の顧問に抱え込まないと大統領になれない程度には、経済学は「現実連関性」があるわけ
です。

ところが日本を見れば、ようやく今年からですよ。学校にいた経済学者やエコノミストが審議会の委員
なんかじゃなくて実務担当者として政府に入るようになったのは。これは日銀でも事情は同じです。

隠れキリシタンではないが、ひねた人格形成の条件は日本では極めて強力なのです・・・
113 :名無し時々雨:2001/06/10(Sun) 09:35
>>112
竹中氏ばかりが目立っていますが、
実は東大、慶応の先生を始め、かなりの先生方が行政に入りましたよね。
これらまともな経済学者がどれだけ成果を上げられるかが、
これからのドラさんの地位の高低とかにも影響を与えるのでは?
(ひねた人格形成も緩和されたりして・・・。(失礼))
114 :名無し時々雨:2001/06/10(Sun) 12:52
>>112

>程度の差があるといった「欧米」の場合には、一応、経済問題については経済学者や専門家と呼べる
>エコノミストの意見を集約して政策が立案されている「形」にはなってます。実際には、そこにドロ
>ドロがあるのは間違いありませんけど。

クルーグマン氏の書かれた、経済政策を売り歩く人々(?)という
ような題名の本はおもしろかったですね。
まともな経済学者が、とんでも経済学を嘆く状況は、実務に
関われるかどうかに依存するというより、いつでも一緒という
気もしますね。
115 :名無し時々雨:2001/06/10(Sun) 14:26
>経済学はなぜそんなに偉そうなのか
これは単に感情的にむかついているだけですか?
それとも、予算・ポストなどで他の社会科学が不当な扱いを受けている
というような実利に基づいた怒りなのですか?
それとも、経済学と自分の分野の融合をしたいにもかかわらず
経済学者が見向きもしてくれない、というようなことに対する苛立ちですか?
怒りの種別が不明瞭です。
116 :名無し時々雨:2001/06/11(Mon) 18:49
>>115
自分で聞いて、自分で答えを網羅していると思われ。
117 :名無し時々雨:2001/06/11(Mon) 22:58
116さんは
「自己完結しているから聞く必要はないだろう」というカキコミね
同感
118 :ドラエモン:2001/06/12(Tue) 18:19
ちなみに、社会学徒とおぼしき人でも、こう考えている人もいる。るーまん読んでないっ
て文句言われても困る・・・ナンチャッテ

http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=sociology&key=981821018&st=14&to=14
119 :名無し時々雨:2001/06/13(Wed) 22:40
たぶん僕は84だと思うのですが、
ドラエモンさん@88に反論:::
僕はドラエモンさんのあげた3番目に同意。
かきこが途中で切れてしまったゆえの誤解

知らない人に教えるというのは難しいもんですね。
卑屈になれば、いい人という評価を受けれてばんばいざいなのだろうか?
いやそれはちがうだろう
120 :名無し時々雨:2001/06/13(Wed) 22:44
ちなみに、ラクランジュアン作って一階の条件求めて、
二階の条件から比較声楽の結果を導くなんてことは普通
しないんですよ。(>ずっと前の安定性と言っていた人
は安定性ではなくて二階条件だと思われ)

なぜしないかというと、関数の凹性凸性を仮定するから。

でももっと新しい比較声楽なんてあるんでしょう?
(知らないがミルグロムロバーツ)
121 :名無し時々雨:2001/06/15(Fri) 01:06
>でももっと新しい比較声楽なんてあるんでしょう?
>(知らないがミルグロムロバーツ)

とぷきす(1998)『すーぱーもじゅらりてぃーあんどこんぷりめんたりてぃー』ぷりんすとん
ミルグロムロバーツもでてきます
122 :名無し時々雨:2001/06/15(Fri) 01:56
おしえていただいてありがとうございます。