福岡正夫 一般均衡論
economy/0205 / 14 レス / 2001/03/08〜2001/03/10
- 1 :福岡:2001/03/08(Thu) 00:57
- まだ読む価値ありますか。みなさんの意見おまちしてます。
- 2 :名無しさんのマーチ:2001/03/10(Sat) 17:26
- >02
丸山徹先生の著作と同様,付加価値がゼロなので読む価値はありません。 - 3 :名無しさんのマーチ:2001/03/10(Sat) 19:12
- がははやっぱり。慶應の人ってほんと人のさるまねばかりで、自分でアイデアだしたこと
ないよね。慶應は実は丸系の伝統のほうがあるのだ。
井村恐慌論は○系の歴史に名を残したし、だんなの北原の独占論もスタンダードだし。
ま、後継者作れなかった点はいたいけどね。 - 4 :名無しさんのマーチ:2001/03/10(Sat) 19:12
- 他分野の専門家が読むなら、それなりに役に立つんじゃないの?要するに、サーベイなのだから。
- 5 :ドラエモン:2001/03/10(Sat) 19:15
- >03
好き嫌いは別にして(藁)、商学部の辻村一派のやったことは、ある意味では極めて独創的。
計測した無差別曲線を見せてもらえるとはおもわなんだ。「でぃーぷぱらめーた」推計の走り
と言えないことはない。 - 6 :名無しさんのマーチ:2001/03/10(Sat) 19:31
- >04
いいえ。役に立ちません。
どの分野をサーベイするかにも著者の見識が現れる。
福岡センセ曰く,自分の本にはアロー・ハーンの本で扱われていない
比較静学の章があるとかおっしゃっているんだが(もちろん福岡先生の
業績じゃないよ(藁)),その部分って福岡先生の本が出る前からすでに
「死んだ分野」だったんだよね。福岡先生が一般均衡理論の流れを正しく
把握されていれば,そんな分野のサーベイをするなんて愚行はされなかった
なずなんだが(嘆息)。
でもそんな本が日経賞をもらったんだから笑えるね。 - 7 :名無しさんのマーチ:2001/03/10(Sat) 19:46
- そういえば福岡センセ,理論計量経済学会会長講演「均衡理論の進路」で,
70年代の一般均衡理論の流れについて解説を加えてます。でも彼が紹介
した均衡理論の(当時の)新しい流れって,悉くくだらないわけ。
例えば,取引費用とか貨幣を入れた一般均衡の話とかの流れは70年代で
終わってます。
福岡センセが東洋経済の経済学大辞典で大々的に紹介してたヴァリアン
の不均衡動学の話もしょうもないし。
世間では福岡センセは一般均衡理論の解説がお上手な人ということに
なってますが(これは,福岡センセのお弟子さん達の貢献ですね(藁)),
う~ん,どうなんでしょ?
何にも判ってらっしゃらないんじゃないでしょうか? - 8 :ドラエモン:2001/03/10(Sat) 20:16
- >06氏
以前、比較静学が「死んだ」研究計画だと教えてくれた人だと思いますが、質問があります。
ある意味で、「価値と資本」の貢献は、それまで均衡記述にとどまっていた一般均衡理論を
(後にサムエルソンが名付けた)安定条件と比較静学の対応原理を導入することで「動く」
ようにしたことだと思うんですが、80年代以降の展開に従えば、これ自体が無意味化して
しまったわけですね?
これは、きちんとした公理系として再構成した一般均衡理論は、一般的な理論レベルでは、
ヒックス以前の「均衡の記述」に、ある意味で退化せざるを得なかったということを意味
してるわけですか?
ゲームの導入などで均衡概念の内容は遙かに豊富になったのでしょうが、一般均衡理論のユー
ザの側からみると、センシティビティーアナリシスを欠いた体系では、使い勝手は「悪く」
なったと言うことになりますよね?もちろん、裏返して言えば、不当な一般化に基づいて、
比較静学なんかやってたのが悪いんでしょうけど。 - 9 :名無しさんのマーチ:2001/03/10(Sat) 21:51
- >08
どうして均衡に到達するのか?という問題は一般均衡だけでなくゲーム理論でも
難問中の難問だと思います。(個人的にはあまり関わりあいたくない話題ではある。)
例のヒックスの安定条件と動学的安定性の条件との間の関係についてはご存知と
思うのでスキップ。
「価値と資本」といえばやはり一時的均衡の構想だと思います。経済活動の時系列を
一時的均衡の系列と捉える見方は森嶋先生やグランモン等の理論家を魅了したのは
周知のとおり。しかしその構想の基軸となる予想形成の取り扱いがあまりに機械的
であったため,一時的均衡理論は70年代を境に急速に衰えました。予想の内生化に
よって使い勝手のよい動学的一般均衡理論を構築するのが,(ミクロ・マクロを問わず)
主流の考え方になった訳です。(こういう考え方は森嶋+グランモンは間違いなく
嫌うでしょうね。実際グランモンはミネソタ・マクロが大嫌いみたいですが(藁)) - 10 :ドラエモン:2001/03/10(Sat) 22:22
- ちょっとわかりにくいんですが。確かに一時的均衡も「価値と資本」のもう一方の柱ではある
けれども、それ自体は「比較静学」とは分離できますよね。一時的均衡という概念自体は、あ
なた(じゃないかもしれないが、この掲示板でどなたかも書いていたように)ヒックス自身も
動学の一アプローチだといっていたわけで、「古い一般均衡理論」にとっては致命的な構成要
素というわけではない。だが、比較静学はやっぱり決定的なような気がするんだが。
しかし、細かい学史的な問題は別にして、御説は理解しました。まさに、むかしルーカスが言っ
た通り、マクロ経済学のエッセンスは動学であり、動学的一般均衡理論が出来れば、マクロ経
済学という固有の分野は消滅するというテーゼを実践してるのがミネソタ学派というわけですな。 - 11 :名無しさんのマーチ:2001/03/10(Sat) 22:38
- >08
そもそも「対応原理」という名に値するほど動学的安定条件と比較静学の結論の
間に一般的な関係があるわけではないことは以前指摘したとうりです。
タトヌマンにせよ,ノン・タトヌマンにせよ,効用最大化仮説の見地からすると,
その定式化には疑問があります。たとえばタトヌマン。どうして主体は瞬時瞬時に
与えられた価格のもとで効用最大化するのか?不均衡状態にある限りは取引が
実行されないのであるし,そもそも主体が本当に関心を持つべきなのは最終的に
どんな価格が成立するか,ということです。どうして主体はかように「近視眼的に」
行動するのか?主体が最終的に成立する価格を予想しながら行動計画を改定すると
すると,タトヌマンとは異なる動学システムを扱わないといけないでしょうが,その
ようなシステムを効用最大化+合理的予想形成と論理的に整合的に構築することが
可能でしょうか?私は動学的安定性に関わるこれらの話題を追求するのは生産的では
ないと考えています。 - 12 :名無しさんのマーチ:2001/03/10(Sat) 22:47
- 11の見地からすると,比較静学を行うに際して均衡の動学的安定性を議論
する必要はない,ということになります。
ここまではっきり書くと差し障りがありそうだが,正論だから仕方がない(爆)。 - 13 :ドラエモン:2001/03/10(Sat) 22:55
- まず初めにお断りしておきますが、私が大変あなたに感謝していることを信じてください。これ
もどこかで書きましたが、アカデミックな世界を離れて20年位になりますので、仕事にしてる
マクロはともかく、一般均衡理論の話なんてする相手が居なかったので、勉強になります。つい
ては、色々質問しますが、気を悪くしないで付き合ってください。
「対応原理」といっても、別に狭く理解する必要はないと思っています。つまり、安定でない均
衡は、比較静学(動学)の対象にならないわけですから、安定条件を「比較分析」の前提に使う
のは自然なのではないかという程度の意味です。
ですから、問題は「比較分析」とか、センシティビティーアナリシスを現代の一般均衡理論がど
う扱っているかと言うことです。 - 14 :ドラエモン:2001/03/10(Sat) 22:57
- >12
すれ違いでした。やはりそうですか。