経済学者(エコノミスト)ランキング
economy/0070 / 154 レス / 2000/09/25〜2009/08/02
- 1 :名無しさん@敬老した?:2000/09/25(Mon) 04:45
- マスコミによく出てくる中谷巌とかは、学会の評価は、かなり低いでしょ?
総合、分野別ランキング10をおせーて。
ちなみに、マスコミによく出てる人々
中谷巌、竹中平蔵、植草(NRI)、伊藤元重、リチャード・クー - 2 :名無しさん@敬老した?:2000/09/25(Mon) 05:21
- 島田晴雄、金子勝、吉田和男
- 3 :名無しさん@敬老した?:2000/09/25(Mon) 05:23
- 野口悠紀雄、佐伯啓思
- 4 :すりらんか:2000/09/25(Mon) 13:08
- ただ業績ないっていっても誰と較べてなのかが問題
なんだよね.元重氏はもとより中谷・野口両氏もご
く普通の大学の先生に較べて業績少ないか,といわ
れるとそんなことないよになっちゃう.
トンデモエコノミストとしてはむしろ,言ってるこ
とが逝ってるひとを選出すべきとか思っちゃう.
「ゼロ金利だと,債券とマネーが無差別だから,債
券需要がおきない.ゼロ金利解除は景気刺激策とし
て有効」
といっている(業績ある)ひととか. - 5 :ドラエモン:2000/09/25(Mon) 13:31
- どひゃひゃひゃひゃひゃ。笑い死ぬ。
- 6 :名無し:2000/09/25(Mon) 14:00
- >04
あれーそれ誰だったっけ? - 7 :すりらんか:2000/09/26(Tue) 23:59
- やばすぎてレスが伸びないな.しかもこのスレの趣旨
ってべつにトンデモランキングじゃないよね.この人
の言うことは良い.期待の新人.みたいなのあげてい
きますか.
アカデミックな世界ではないのからあげてみると……
野口旭(専修大)氏は正当派小宮隆太郎弟子みたいで
マスコミ露出が多い割にまっとうな議論をしていて好
感もてます. - 8 :ドラエモン:2000/09/27(Wed) 07:57
- >すりらんか氏@07
>やばすぎてレスが伸びないな.
というよりも、一世代前の先生達みたいに凄い個性が見あたらないからじゃない
かな?例えば灯台系でいえば、季刊現代経済での「小宮・宇沢」論争みたいに、
ウヘーとなるほど危ない論争なんてないじゃない。金森さんの悪口書いたけど、
あれくらい徹底して素朴ケインズで押しまくる論者も面白かった。赤羽隆夫も変人
だけどやっぱり愉快。森嶋さんはいうのも野暮でしょ。
よく言えばおとなしい専門家ばっかりになったような気がするんだけど・・・。そう
なると、専門分野での業績評価で、こんなとこでのランキングには向かないような。 - 9 :へなへな:2000/09/27(Wed) 09:25
- >どらえもんさん@08
>季刊現代経済での「小宮・宇沢」論争
もしや、ジョーンロビンソンの「現代経済学」関連ですか??
私、現代経済学も批判的コーメンタールも読み比べたのですけど・・・ - 10 :ドラエモン:2000/09/27(Wed) 10:31
- >09
あんた結構年だね。今時、あんなもの読んでる青少年いないんでないの?
ひょっとして、お尋ねの趣旨は「そんなに誹謗しあってないゾ」かな?
確かに、名指しではね。でも、読みようによってはスゴイ喧嘩じゃない?
確か言ってたよね小宮さん。単発機のプラモデルを双発機に代えたくらいで
なんだ、とか。僕は、ウヘーと思ったけどね。 - 11 :へなへな:2000/09/27(Wed) 11:02
- >10
四捨五入しても20台です。
でも、ドラエモンさんお勧めの、10巻組セットのうち、「金融」館、浜田とか
「所得分析」とか、今時の青少年が読まない本は結構読みました。
たまたま、話していて、小宮先生の話題になった時、
小宮先生の本と、クー氏の本を読み比べてみなさい、って言う野と同じニュアンスで
現代経済学と批判的コーメンタールの両方を薦められたのですよ。
「季刊経済学」のほうは見てません。
批判的コーメンタールの方で、小宮先生は実質名指しで(!)
「壮大なナンセンス」
「こんな本を翻訳するのは現代経済学の昏迷を表している」
「訳者がここを正確に訳していないから、後が意味不明である」
というふうに、翻訳にまでツッコミを要れてました。
感想としては、「小宮先生のKO勝ち」でした。はい。
誹謗しあったというより、小宮先生の一方的虐殺だったように思います。 - 12 :ドラエモン:2000/09/27(Wed) 11:20
- はい。仰るとおり。批判的コンメンタールは現代経済の論文を書き直した
奴だよ。 - 13 :名無しさん@1周年:2000/09/27(Wed) 11:39
- 小宮が論争に負けたことってないのかね?
- 14 :ドラエモン:2000/09/27(Wed) 14:46
- 論争に勝った負けたじゃないけど、須田さんとの共著「現代国際金融論」の
なかで展開されたチァン・ゾーメンモデルは、それまでの小宮さんの明晰と
いうイメージからかなりかけ離れていたような気はする。彼があっちをシフト
させ、こっちをシフトさせると、結局うまく現象は説明できるけど、なんか
名人芸的で、僕のような凡人には再現できないという印象が強かった。 - 15 :名無しングエルス:2000/11/22(Wed) 15:10
- 北原勇
- 16 :ウルズラ:2001/01/26(Fri) 07:35
- ニュースステーションによく出てるメガネのクソデブ(´ー`)名前忘れた
経済アナリストだったか - 17 :07:2001/01/26(Fri) 12:28
- 現代経済学のどこが悪いのかな?
リカードモデルにいたるまでの変遷、
2部門のケインズ(カレツキ)モデル、
そういうのを数値例だけあげて説明してあるから
自分で数式を組み立てていくのは勉強になったけどね。
別にサミュエルソンの経済学に対応する入門書なので、
間違っているもなにもないんではないでしょうかね。
コメンタールは読んだけど忘れた。コメンタールより
現代経済学の方がおもしろかったし勉強になったことは確か。 - 18 :ドラエモン:2001/01/26(Fri) 13:44
- >07
例えば、マーク・ブローグの「新ケンブリッジ革命」を読まれました?「現代経済学」読
んでいて一番違和感を感ずるのは(小宮御大も言ってたけど)、不確実性を重視し新古典
派との相違点だと強調するくせに、モデルはゴチゴチの機械的構造だっていうことなんで
すがね。
これって、スラッファ・モデルがケインズと通底するとか言う主張に典型だが、イデオロギー
的にケインズを称揚してるけど、実体的には全然ケインズじゃないということだと思うんで
すが。
「数学の本について教えてください」かどこかのスレッドで、どなたかがプレスコットを
腐すケインジアンの無知振りを批判してましたけど、確かに「主張」としてのRBCはト
ンデモだけど、ルーカス以来の新古典派マクロは分析手法に関する限り大変な進歩を経済
学にもたらしたと思うのだが、ロビンソン一派は結局何ももたらせなかったように思う。
(とはいっても、新古典派マクロの分析手法も全部が全部素晴らしい物ではないでしょう
けど) - 19 :新世紀名無しさん:2001/01/26(Fri) 19:45
- ドラエモンさんがすりらんかさんに07さんと呼んでいますね。
めずらしい光景を見させていただきました。 - 20 :ドラエモン:2001/01/26(Fri) 20:15
- あれ、この07は直前の07でスレのレス番号07=すりらんか氏ではないでしょう?
句読点も違うし(w - 21 :新世紀名無しさん:2001/01/26(Fri) 22:54
- あ、本当だ。07消し忘れ。僕07です。
ブローグ、中身忘れましたけど、付録だけは覚えてます。
福岡正夫のパシネッティ定理の解説でしたね。
実態的にはカレツキですね。でもジョーンロビンソンの雇用理論入門は
ドーンブッシュフィッシャーに似てますね。期待インフレ率が入った
フィリップス曲線から供給関数を引いて、完全雇用水準よりYが高く
なれば、物価が上昇するという供給関数をドーンブッシュフッシャーは
導いているのですが、ロビンソンの本は導いていないまでもまったく
同じことを考えていました。(w/P=F'(L)で雇用やYが決めるのでは
なしにということです)
ロビンソンのことについては良く知りません。特異な成長理論
を作っていましたが、あの本を読んでいないです。ましてや
資本蓄積論など読む気にもならなかったです。カルドアについては
成長理論を僕はやっていなかったし、ましてや完全雇用を前提と
した分配理論もやっていなかったので知らないです。
たしか、ポストケインジアンとサミュエルソン、ソローが
資本論争をしたのでしたね。(ブローグの本はそういう本だったですよね)
集計的な資本が分配から独立ではないと揚げ足をとって得意になっていた
とその本には書いてありましたが、まぁ時代が時代だったのでしょう。
>スラッファ・モデルがケインズと通底するとか言う主張
そんな主張あるのですか?一般理論の中のわけのわからない流動性プレミアム
の章のことが、ハイエク批判と関連しているということなのでしょうか?
ロビンソン一派のもたらしたものと言えるのは、そう言われてみれば
ないですね。スラッファは学説史の解釈とリカード全集の編集で
経済学になにかをもたらしたということは言えるかもしれないですが・・ - 22 :新世紀名無しさん:2001/01/28(Sun) 12:54
- >21
スラッフィアンかつ複雑系たる塩沢ヨシノリ先生とかでは? - 23 :新世紀名無しさん:2001/01/28(Sun) 16:04
- スラッフィアンなんて用語があるのですか?塩沢という人は
複雑系の学会を作った人ですよね。その人が書いた最初の本
はずっと昔に読みました。(ちょっと泥臭い本でした)
マルクス経済学の人が複雑系とか言っているんでしょう?
情報とか複雑系とかアナリティカルとか名称も印象良くなるから大切
ということなのかなぁ。さらに書けば少し前にその人が、
数学セミナーのインタビューを何ヶ月かに分けてやってました。
(インタビューされてました)
有名な京大の数学の先生のお弟子さんで、とても優秀な人だったらしいです。
でも留学してから社会科学(アルチュセールなどのマルクス経済学)も
勉強し始めたそうです。それで数学を止めるといったときには、とても
残念がられたとか。(僕は数学ができないので経済学に移った人なのかな
と勝手に思っていました)
でもスラッファの勉強なんて死んでいるし、複雑系なんてマニアックだし、
やっぱり普通のことをちゃんとやるほうがいいということなのだろうなと
いう感じですね。
ポストケインジアンを専攻する人は数学ができないからだ
といった人に同意します - 24 :ドラエモン:2001/01/28(Sun) 16:35
- >23氏
>ポストケインジアンを専攻する人は数学ができないからだといった人に同意します
には同意できない。例えば、プロの数学者でポストケインジアンが出現したらあなたどうします?
数学は、論理的思考能力の有無を計る物差し(リトマス試験紙)としては、かなり有効だが、
さりとて数学的能力だけで経済学のセンスを測れるわけでもない。昔、森嶋通夫の主張で、
本来の経済学者の仕事は、数学的命題として経済問題を定式化するところまでで、後の証明は、
数学者の助手にやらせればよいという、凄い意見があった。
これは極論だが、真理の一面は突いてるのではないだろうか?新しいアイデアを生み出すことが
学問の核心部分だろうから。 - 25 :新世紀名無しさん:2001/01/28(Sun) 22:20
- プロの数学者はポストケインジアンにはならないから
その質問は無意味です。ポストケインジアンは論理を超えたある意味宗教なので
本家本元が死んでしまったので没落しなければならない運命であった。
宗教に数学者が従事するとき、数学者は数学者であることをやめ、さらに
その道具を使うことすらやめ、立派な宗教家となる。塩沢、浅田、佐藤などが
そうなのでは?(後ろ2者はポストケンジアンとは縁もゆかりもないが)
ちなみに森嶋が「経済学者の仕事は、数学的命題として経済問題を定式化する
ところまでで、後の証明は、数学者の助手にやらせればよい」といったと
ドラエモンさんが書いていますが、これを実践していたようです。
(応用)数学者として、ヒックスの「資本と成長」の数学をやったのは森嶋。
ヒックスが文章を書き、森嶋に渡してこれで論理的に間違っていないか数学を
使って確かめてくれといい、森嶋が数式展開してヒックスに示す。
だから共著のようなもの・・・らしい - 26 :ドラエモン:2001/01/28(Sun) 22:27
- さらに、森嶋さんの奥様が控えていた・・・。
- 27 :すりらんか:2001/01/28(Sun) 22:44
- >プロの数学者はポストケインジアンにはならないから
>その質問は無意味です。
うーん,論理的じゃない話だなぁ.
数学使わないから経済学じゃない,数学使わないから間
違いってのはもう反論する気力も起こらないくらいばか
げた話だよ.「論理を超えたある意味宗教なので」って
反論はよく問答無用に議論を片づけるときによく使われ
る台詞だけど,宗教じゃないものと宗教を何の基準で分
けているのかなぞだ.自分が嫌いだけどそれなりの人数
が信じているものを宗教と呼ぶなんて定義何でないかい?
ポストケインジアンの駄目さはそんなわけのわかんない
所じゃなくて
・現実経済の説明に何も寄与しない議論を続けた
・個別主体の最適化とコンパチな議論でないと論理的な穴があるはずだ
につきると思うけど? - 28 :新世紀名無しさん:2001/01/29(Mon) 01:04
- コンパチ=compatible
- 29 :新世紀名無しさん:2001/02/03(Sat) 17:26
- >24,25
森嶋先生の業績を過小評価する気はさらさらないが,森嶋先生のご発言や
森嶋先生を崇拝するお弟子さん達が流布させたと思われる伝説を鵜呑みにするのは
危険です。森嶋先生がかなり屈折したメンタリティの持ち主であることを計算に
入れないと。
「問題の定式化までが経済学者の仕事だ。」というのは,あまりにも森嶋的な
へそ曲がり発言(失礼)。25さんが紹介しているように,森嶋さんの真骨頂は
経済問題を,線形数学等のツールによって解けるように定式化し,自ら証明した
ことです。当時の先端的数理経済学者が持っている数学の知識・理解力・洞察力
がなかったら,そのような芸当は不可能だったのではないでしょうか?明らかに
森嶋先生はこの点を自覚しており,誇りに思っておられるはずですが,何故か
上に書いたようなヒネクレ発言をしてしまうんですね。
ある先生がおっしゃっておられたことですが,
「問題が見つかったら70%解けたようなもの。」 問題の定式化とその解決が
ほぼ同時に起こるのはしばしばです。もちろん私はこちらの見方を支持します。 - 30 :新世紀名無しさん:2001/02/03(Sat) 17:43
- 続き:あと,ついでに言っとくと,私は無知なケインジアンがプレスコットを腐しているという
とは言ってません。日本のマクロ研究者でプレスコットを軽蔑する人が多いとか書いたような
記憶はありますが。あのカキコでプレスコットvsサマーズの論争(というと綺麗過ぎるが)
を連想した人がいるかもしれんけど,ポイントはまるで別のことろにあるカキコだから。
(紛らわしかったかな?) - 31 :ドラエモン:2001/02/03(Sat) 18:03
- >30さん
すみません。時々、キートップが滑るというか、表現が適切でないことがあって反省
してます。
あと、森嶋さんの話ですけど、僕のカキコでも「極論」と言ってるように、そのまま
受け売りするつもりで書いたわけではないですから誤解しないでね(笑
つーか、純粋数学者から見ればトリビアルな問題みたいなのが経済では重要だったり
するじゃないですか。その意味では、経済学者が自力で数学に踏み込まなくちゃいけ
ないケースが多いはずですから「数学の助手」まかせというのが不可能なのは言うま
でもないでしょう。
でも、その一方で、粗代替財からなる体系で一般均衡が安定であるという根岸・ハーン
の証明みたいにワルラス法則やゼロ次同次性が決定的な役割を果たすケースもあって、
経済学が応用数学の一分野みたいなこという人が多い場合(30さんのことではない
です)、森嶋節の毒も薬になるような気もします。
しかし、我ながら例が古いな。風邪だし欝だ。寝よう・・・ - 32 :新世紀名無しさん:2001/02/03(Sat) 19:22
- >31
サンクス。
私的には森嶋発言は,自慢話に彼流の反骨心とコンプレックス
で捻りを加えただけにしか解釈できない。おかげで31さんが彼の発言を引用するまで
すっかり忘れてました(藁)。だからあの手の森嶋節は毒でも薬でもない。あまりに
作為的(欺瞞的じゃ強すぎるか?)で。
確かに,あんまり例が新しくない(失礼)。
でも参考のため言っとくと,均衡の安定性の理論ってAからZまで無意味ですよね。
私が奇を衒うため極論を言ってるように聞こえるでしょ?ところがどっこい。
まず,クープマンスが昔指摘していたように,タトヌマン・プロセス自体がまず訳が判らない。
マクロ経済学においてすら最適化行動から説明できない理論がバカにされるご時世では,
これは致命的。
あと,例のソンネンシャイン=マンテル=ドゥブリューの定理が示している
ように,ワルラス法則,連続性,0次同次性をみたす関数は,適当な選好関係のプロフィール
でもって「ほとんど」合理化できてしまう。この定理の意味は重要。粗代替性のように
均衡の安定性が言えるような経済もあれば,不安定な均衡が沢山あるような経済も理論的
には可能であることを示している訳ですから。
そういう訳なんでしょうか,この定理が出て以降,めっきり下火になりましたね。均衡の
安定性の理論。
以上の理由から,根岸・ハーンの定理の今日的意義は,ん~,どうなんでしょ。ないです。 - 33 :新世紀名無しさん:2001/02/03(Sat) 19:56
- >32
選好関係のプロフィール>>選好関係と財の賦存ベクトルのプロフィール - 34 :ドラエモン:2001/02/03(Sat) 20:46
- いや、僕の非タトマンとかケインズモデルのミクロ基礎とかを80年代初めにやってて、その
あげく崩れた口ですので、背景はわかってます。そもそも、古きミクロの聖書アロー・ハーン
の結論もあなたの言ってるとおりでしたからね。
だけど、応用経済学で比較静学分析やるときには今でも粗代替の過程は使われてるんと違いますノン?
理論経済学の価値が応用経済学での意味のある結論を導く能力で計られるなら、根岸・ハーンは
未だ死なずではないのかな。 - 35 :新世紀名無しさん:2001/02/05(Mon) 10:35
- >31
根岸・ハーンの定理=文字通りの化石(一般均衡理論の進化の歴史上絶滅した種)。
アロー・ハーン=60年代までの一般均衡理論の流れのまとめ。日本人経済学研究者で
この書を一般均衡理論のバイブルとみなす者が多い。が,一般均衡理論の古典は
ドゥブリューの「価値の理論」であるという理解が浸透していないのは残念ではある。
ちなみにアロー・ハーンはソンネンシャイン・マンテル・ドゥブリューの定理が発見
される以前に書かれているため,32で述べられた知見は同書には見出せない。
「応用経済学で比較静学をやるときには今でも粗代替の過程(ママ)は使われているんと
違いますノン?」:入門レベルのテキストブックに関してはイエス。研究レベルでは
どうか? 2~3の「意味のある」実例(最近10年間以内。紀要はダメね)を所望。
「理論経済学の価値が応用経済学での意味のある結論を導く能力で測られるなら,
根岸・ハーン未だ死なず」:解読不能。上記の実例がこの言明の理解への1歩となる
ことを希望。 - 36 :ドラエモン:2001/02/05(Mon) 13:35
- >35さん
全面降伏します。なにせ、現役研究者ではないもんで「意味のある実例」なんてすぐには
みつかりません。考えつくのは、実証分析で一般均衡モデルを適用できると思われる資産
市場に関してぐらいです。
でも、解の一意性と安定条件、比較静学での符号決定の組み合わせで、粗代替仮定(誤字
修正>自分)じゃ駄目だとすると、今はどんな前提で分析するんですか?
学校出てもう15年も経ってるので見当も付きません。ご教示いただければ幸いです。 - 37 :ドラエモン:2001/02/05(Mon) 14:09
- 追伸
ソンネンシャイン・マンテル・ドゥブリューの定理は、福岡正夫の一般均衡理論の補論で
読んだのでした。アロー&ハーンではありません。 - 38 :新世紀名無しさん:2001/02/05(Mon) 14:29
- >37
福岡先生の同書に触れるのは痛々しいが幾つか追加的コメント。
同書の最終章にソンネンシャイン,マンテル,ドゥブリューの論文が触れられていたのは事実。
だが,件の定理の言明らしきものは32におけるそれよりもさらにクルードであったように思う。
同定理の意義に関して32のように明確に書かれていた記憶はない。32のような評価を
書くと,福岡先生の「研究書」のページ数が半分程度にならざるを得ないからであろうか?
解の一意性・安定性・定性的比較静学等の研究計画は頓挫したと理解するのが妥当。 - 39 :新世紀名無しさん:2001/02/05(Mon) 14:57
- さらに追加
1.語り得ぬものには沈黙する,と誰かが言った。
2.ネズミを沢山取るネコは良いネコだ,とオーマンは言った(ホンマカイナ?)。 - 40 :ドラエモン:2001/02/05(Mon) 15:43
- >38
レスありがとう。では、現代的な意味では、一般均衡モデルについて分かっているのは、
解の存在条件に関連したことだけだということですか?あるいは、ワルラス型の一般均衡
モデル自体が終わってるということですか?
というか、そういう論理展開の構造が分かってなかったわけだから、僕が終わってると言
うことですね・・・ - 41 :新世紀名無しさん:2001/02/05(Mon) 16:29
- 2002年はプレスコットがノーベル経済学賞とります。
受賞理由は、カリブレーションの導入によるRBCモデル論文の乱発を可能にしたこと、
および内陸系の学者にエコノメを学ばなくてもいいように仕向けたこと。 - 42 :新世紀名無しさん:2001/02/05(Mon) 16:30
- >40
最初の質問に関する答:ノー。ある研究計画を追及することが生産的でないことが判明する
ことも知見の一つ。そういえば70年代の一般均衡理論研究はスカが多かったな:貨幣の話,
取引費用の話,一時的均衡の話,固定価格アプローチ,全部頓挫した・・。ハーンが絡むと
ろくなことがないな。
二つ目の質問に対する答え:ノーです。アロー・ハーン以降競争均衡に対する理解は
ますます深まったのではないかな?競争均衡に対し,色々な視点からの理解が与えら
れていると思います。詳細は他の人のカキコに譲ります。 - 43 :すりらんか:2001/02/05(Mon) 23:31
- >41
なるほど,経済学論文作成にテイラー主義・オートメーション化
をもたらした功績ですね(爆). - 44 :41:2001/02/06(Tue) 03:15
- >すりらんかさま
意図をくんでくれてさんきゅ。 - 45 :青二才:2001/02/06(Tue) 14:37
- でも、協力ゲームはオートメーション化のような気がするのは僕だけだろうか。。。
だれか協力ゲームの有用性について教えてくれないかな。 - 46 :新世紀名無しさん:2001/02/06(Tue) 18:27
- >41,43,45
「オートメーション化」という括り方をするならば,経済学にかぎらずどんな分野であれ
99.9パーセントの論文は「オートメーション」的に生み出されたものではないでしょうか?
以前とは異なる枠組・アイデアを含む第1級の論文が登場すると,その後その論文でカバー
されなかったケースを埋めるべく第2級の貢献を含む論文が多数出る。この局面が
「オートメーション」的なのは当然ですね。最初の論文が事実上解ける問題のバリエーション
を決定しますから。このオートメーション・プロセスは先行論文が第1級の貢献を
含んでいるかどうかを決める重要なプロセスでもあります。卑俗な言葉で言うと,
同業者のメシのタネ=考える価値のあるパズルの塊を提供する力のある論文が真に
第1級の貢献を含んでいると言えるでしょう。このプロセスはある種美人投票的
というか,追随者の分析能力・理解力に依存した形で展開します:先行論文が
せっかく「良い問題」を解いても,それが多くの同業者に理解され,かつ関連問題を解いて
もらうためには,ほどほどに難しく,ほどほどに易しい必要がありますから。
第1級の貢献を含む論文は10年間に数本という程度ではないでしょうか。 - 47 :新世紀名無しさん:2001/02/06(Tue) 18:39
- >46
続き:46のプロセスはほとんどのケースをカバーするものと思われます。
重要な例外は数学のケースでしょう。例のフェルマーの最終定理の場合,証明の正しさを
実際に確認した人はごくわずかでした。にも関わらずWilesの貢献が第1級であることは
恐らく疑いないところでしょう。 - 48 :新世紀名無しさん:2001/02/06(Tue) 18:57
- >48
新しいアイデアといっても,多くの場合(?),これまでに作り出された古いアイデアの
いくつかを組み合わせただけの物であったり,古いアイデアをこれまで適用されてなかった
分野に当て嵌めたりすることであったりする訳です=アイデアの新結合。マクロ経済学,
国際経済学,成長理論等でこのような実例は容易に挙げられますよね?
言うまでもなく,46はこれらの例を念頭において書きました。
私的には論文生産の現場でオートメーション的に黙々と生産に従事したいですね。生産に
従事しないと本当に判ったような気にならないですから。まずは生産の現場で活動する
ことです。 - 49 :新世紀名無しさん:2001/02/06(Tue) 20:06
- >45
「協力ゲームはオートメーション化のような気がする。」は理解不能。
幾つかの実例を交えてこの言明の意味を判り易く解説すること。
1)どのぐらい協力ゲーム+非協力ゲームについて知っているのか?
2)その知識にもとずいてどのような判断を導いたのか?
ぐらい踏まえてないとインテリジェントなやり取りにならないよ。
な~んも考えてないけどまあ何となくそう思ってるじゃ,そのへんに
ころがってるお兄ちゃん,お姉ちゃんレベルの会話になっちゃう。 - 50 :新世紀名無しさん:2001/02/07(Wed) 02:19
- だれか青二才が言うような、
「協力ゲームの有用性」についてこたえてあげたら? - 51 :新世紀名無しさん:2001/02/07(Wed) 02:47
- >49
インテリジェントな会話というのは、学問用語を並び立てる閉鎖的な会話のことですか?
そこらへんに転がっているお兄ちゃん、お姉ちゃんを相手に説得しないというのは、
それができないからではないのですか?
ま、煽るのはやめにします。
>50
協力ゲームの最近の傾向はアクシオムと解概念の表を埋めていく作業、
に終始している印象を受けます。
非協力ゲーム理論と違って、ツールとしての分野にまたがる横断線というか汎用性が
低いですよね。
同業者の間で、ひっしに支えあっている気もするんですけどね。
悪いとはいっていませんよ。でも、あまり競争的じゃないから、
論文もパブリッシュしやすそうですしね。 - 52 :新世紀名無しさん:2001/02/07(Wed) 10:52
- >51
お~。煽ってる。煽ってる~(藁)。インテリジェントな会話=普通の人間どうしの会話,
程度に捉えて下さい。あの発言の趣旨は,質問するなら,ポイントを具体的に上げなさい,
という戒めな訳ね。これって至極当然の要求だよね。
ろくに物を考えず人に安易に曖昧な質問を投げかけ,質問の具体的内容を相手に推測させ,
ただで情報=推測された質問に対する答え,を得ようとする輩が徘徊してるでしょ。
その手の輩に優しく答を教えてあげるほど私はお人よしじゃないってことね。
答を教えるのと引き換えに質問者のプライドにちょっと傷をつけてあげようと思っただけ。
いい社会勉強でしょ(藁)。
インテリをきどるのは良いけどさ,「アクシオムと解概念」みたいな言い方はウツクシクナイ。
アクシオムと解概念=アクシオムとソリューション・コンセプト,または
公理と解概念(もちろん私は後者を取るが)。
それともこんなバカっぽいいい方はパロディのつもりなんかな?
公理的アプローチの現場での作業はまさに「公理と解概念の表をうめてゆく作業」
ですね。このたゆまぬ作業の蓄積から様々な解概念の良し悪しの評価が自然に
決まるわけだ。ただし,表を形成する行=公理も列=解概念も時間とともに「進化」
してゆくことに注意してね。この進化は隣接分野の進展にも影響されることにも
注意。 - 53 :新世紀名無しさん:2001/02/07(Wed) 11:04
- >51
「非協力ゲームと違って分野にまたがる横断性というか汎用性が低い。」
これを非協力ゲームの均衡概念を使った応用ミクロの論文の数が圧倒的に多い
ことを指しているなら,誰も異論を差し挟まないでしょ。ただこの事実をもとに
汎用性が低い>>価値が低い,と畳み掛けるのはあまり賢くないね。
非協力ゲーム理論の推進者達の中にはコアとかカーネルを非協力ゲームの
解と関連つけるような仕事もしてる訳ね。専門的すぎるかな? - 54 :新世紀名無しさん:2001/02/07(Wed) 11:13
- >51
「同業者どうしでひっしにささえあってるきもするんですけどね。」
これは実~に,正しい!(藁)
正しいいんだけど,何も判っちゃいないな~。本当のところ。ホー(嘆息)。
だってさ,協力ゲームにかぎらず,動学的マクロ,動学的一般均衡,カオス,
繰り返しゲーム,エトセトラ,見てよ~。みんな仲良くささえあってんじゃん。
知らないんだったら,論文生産の現場で苦労しているあなたの友達・先輩・先生
をランダムにピックアップして訊いてみ。
「論文もパブリッシュしやすそう。」
うん。コツが判ればね(爆)。 - 55 :51:2001/02/07(Wed) 12:08
- >52
ちょっと性格悪いです(藁。
煽った(という印象を与えるような書き方をした)私が悪いのですが。。。
ただ、言葉のウツクシサは、掲示板ならそこまでこだわらなくても
良いのではないでしょうか?意味が間違っているわけではないので。
インテリを気取るとか、そこまで深く考えていないですよ。
もちろん論文なら話は別です。言葉のうつくしさにこだわるべき。
最後の5行には同意します。
>53
なるほど。そこまで専門的なのは知りませんでした。
ただ、汎用性が低いことと価値が低いことを同値に捉えていることは無いです。
将来的にあまねく行き渡るかどうかを念頭においているかどうかは、
けっこうだいじなし正なのではないでしょうか?
>54
多かれ少なかれそうでしょうね。じゃ、程度の問題かな。
専門化しすぎるのも考えものですね。 - 56 :新世紀名無しさん:2001/02/07(Wed) 15:06
- >55
言葉のウツクシサに関する下りは,即興のジョークと解釈して下さい。
「対称性と相互性」への博士の異常なこだわりってか~。 - 57 :新世紀名無しさん:2001/02/09(Fri) 03:40
- けっきょく協力ゲイムの有用性については、コメントなしか。
部外者ながら、けこう期待してみてたんだけどな。 - 58 :新世紀名無しさん:2001/02/09(Fri) 08:07
- >>57
52を参照してね~(藁)。 - 59 :へなへな:2001/03/15(Thu) 23:23
- 斎藤靖一郎さんをひさしぶりにみましたが、
ひげが生えかけ(笑)。
彼は、タレント経済学者ですけど、あんまりトンデモじゃないですよね。
比較的まともなのでは? - 60 :ざわ・・ざわ・・:2001/03/15(Thu) 23:46
- >このたゆまぬ作業の蓄積から様々な解概念の良し悪しの評価が自然に
>決まるわけだ。
質問なんですけど、公理化うんぬんって作業が
いまだに協力ゲームにおけるメインの仕事なんですか?
あと、いま協力ゲームではやってることってなんなんでしょうか?
NTUゲームのバリューの非協力ゲームによる説明についての
ハートマスコレルのエコノメトリカ論文は面白かったけど、
90年代にはなやかな協力ゲームの話題ってなんですか? - 61 :名無しさんのマーチ:2001/03/16(Fri) 12:24
- >60
「あなたにとっての華やかさ」を特徴付ける条件をできるかぎり
具体的に列挙して下さい。そうでないと話が始まらない。
(1)話に具体性を持たせるため曖昧な言いまわしは極力さけるように。
(2)あなたが「華やかだな」と思った経済理論・ゲーム理論を具体的に
挙げてください。なぜ「華やかだな」と思ったのかも率直に記述すること。 - 62 :名無しさんのマーチ:2001/03/16(Fri) 12:59
- >62さん
そういう議論の持っていき方はやめましょう。なんかケンカ腰です。
ネットは相手の顔が見えないので、「やわらかい物腰で」(あいまいですか?)
進めましょう。ところで、話はいくらでも始められませんか。
62さんは形容詞が嫌いなようなので、「はなやかな」を省いて、
「90年代の協力ゲームの話題」について教えてください。
僕自身も知りたいです。 - 63 :名無しさんのマーチ:2001/03/16(Fri) 14:06
- 「質問には真正面から答えない」というのが経済学者の作法
- 64 :ドラエモン:2001/03/16(Fri) 14:17
- >63
それは、エコノミストの心得です(泣 - 65 :名無しさんのマーチ:2001/03/16(Fri) 14:36
- >62
ここのスレ読んでいるにもかかわらず60のような質問をする輩の
バックグラウンド・チェックしたかっただけ。 - 66 :名無しさんのマーチ:2001/03/16(Fri) 14:59
- Hart, S. and A. Mas-Colell [1996], "Bargaining and Value," Econometrica 64, 357-380.
- 67 :飯田橋博士:2001/03/16(Fri) 15:03
- 間違って,名前も書かず文献だけ送ってしまった.
65さんは,こんなマニアックな論文を読んでる人ということだけでは
知りたいバックグランドとしてものたりん,ということですね. - 68 :ざわ・・ざわ・・:2001/03/16(Fri) 15:37
- 私の質問でどうもおさがわせしてますです。
「華やかな」は撤回します。
はやっている、でも曖昧ですか?
研究の盛んな、はどうでしょうか。
曖昧じゃ無く言うのって難しいですね。
なお、華やかなって書いたときは、econmetric societyの
world congressでinvited speechのテーマになるような
話をイメージしてました。 - 69 :名無しさんのマーチ:2001/03/19(Mon) 12:53
- 結局どうなん?
- 70 :名無しさんのマーチ:2001/03/22(Thu) 16:42
- 61さんあたりに教えてもらいたいですね。
- 71 :名無しさんのマーチ:2001/03/23(Fri) 00:29
- >「質問には真正面から答えない」というのが経済学者の作法
それだから理系の人間から馬鹿だと思われるんだよ。 - 72 :MIT:2001/03/23(Fri) 06:07
- 協力ゲーム理論(coalition-form gamesの研究)では
最近これといったトピックはないですよ.
研究している人が少ないですね、特にアメリカでやっているひとが. - 73 :名無しさんのマーチ:2001/03/27(Tue) 14:50
- >>65
最初に断っておきますが、煽りじゃないです。
バックグラウンドをチェックしてどうするのでしょうか?
かりにバックグラウンドが無かったとして、
その人が質問をして何か悪いことがあるのでしょうか?
63さんが指摘するように、まずは堂々と正面から答えて、
教えてあげるのも経済学者のつとめでしょう。 - 74 :MIT:2001/03/27(Tue) 15:12
- 61さんの気持ちは分かるような気がします。
60さんの公理化うんぬんの発言は挑発的ですから。
公理化の仕事を軽視してHart&Mas-Colellを賛美されると
がっくりする人も世の中にはいるのです(少なくとも私)。 - 75 :60:2001/03/27(Tue) 18:20
- 公理化を軽視しているのではなく、
解概念がほぼ出尽くしているいまとなっては、
公理化がメインの作業である時代というのは、
昔のことだったのではないですか?
という主旨です。 - 76 :新学期名無しさん:2001/04/04(Wed) 17:47
- どうやらこのスレもこれで終わりのようだな。
- 77 :Uzawa:2001/04/05(Thu) 08:05
- このスレの問題は、日本ではランキングを問題にするほど経済学者がたくさんいない、
ということですよね.
中谷を批判して宇沢・根岸の過去の栄光を語る、ぐらいしかネタがない.
日本の経済学者の経済学に対する貢献はどうしてこんなに小さいのだろう.
日本人は経済学に向いていないのかな. - 78 :@:2001/04/05(Thu) 08:35
- そんなことないと思うけど、経済学は白人男性の学問と言う感じがしますね、たしかに。
- 79 :新学期名無しさん:2001/04/05(Thu) 15:30
- >78
白人はともかく、マッチョな学問であることは間違いない。実際、一橋の経済は未だに女性の教
官はゼロ。商学部は、10年ぐらい前からいるのに。 - 80 :Uzawa:2001/04/05(Thu) 15:52
- 白人男性以外は興味を持てないくらい退屈な学問ということでしょうか。
- 81 :プロボーラー:2001/04/05(Thu) 18:47
- でもアメリカの経済学部で白人の学生を探すのは難しくなっている(と聞いた、読んだ、ちょっと見た)。優秀な学者として教壇に立っているのは白人が多いが、院生はどう考えてもインド人やら南米やらから来た留学生が多い。
武器は言うまでも無く数学とエコノメ。コトバが出来なくてもくるくる式を解いて軽いペーパーを出しているみたい。
でも、そういう途上国からきた学生がアメリカの教壇にたってるのはごくわずかで、みんな帰国するようです。国で役人とか教師になるらしい。
笑えるのは、アメリカ人はヨーロッパ人と違い、5年も10年も院生をやることはコストだと思っているらしい。だから地頭のいいアメリカ人はBschoolやコンピュータへ流れるようです。
で、Bschoolを出て稼ぎまくった中から「余暇を趣味のために」経済を含めて30歳くらいでドクターコースに入るケースが増えているらしい。合理的といえばそうだけどね。
それにポリサイやら歴史やら哲学やっている連中の方が、潰しが利かない分勝負ががっている。 - 82 :@:2001/04/05(Thu) 23:03
- そういえば、そうですね。最近は特に留学生おおいです。
それと、コンピューターもインド人おおいですね。
今のITなんとかはアジア人によって支えられてると言ってる人がいたけど
ほんと、そうかもしれない。
経済学は信用性が大事だと思ってる人が多いからかな?
政策とかは直接政治に絡んでくるから、マジョリティー
が優位なのは仕方ないし。<白人男性 - 83 :ドラエモン:2001/04/05(Thu) 23:56
- >@@82
それはどうかな???経済学の巨匠はほとんどじゅーいっしゅだけど、アメリカのメインストリーム
とは言えないからな、彼ら。 - 84 :へなへな:2001/04/06(Fri) 00:36
- >83
純粋に知能が高いから巨匠になってるのでは>じゅーいっしゅ。
じゅーいっしゅまざーは辞書引くと教育ママのことだそうですから。
教育にかねかけるだけあってとても優秀なのが多いといいますな。 - 85 :高尾博士:2001/04/06(Fri) 01:03
- >84
でもフリードマンのお父さんは東ヨーロッパからの移民で,教育のない人で肉体労働者でした。
フリードマンは文字どおり苦学してあそこまでのぼりつめた。彼が貧乏人に厳しいのは
十分な理由がある。
アローも学部は学費が安いニューヨーク市立大学。
今やアメリカも日本も教育にお金をかけられる連中がトップの大学に行きますけど,
昔は大分事情が違っていたようです。>>アメリカ - 86 :@:2001/04/06(Fri) 07:06
- あ、そっか。そうですね、確かに。<ジューイッシュ
うーん、じゃあ何でだろう?日本人って基本的に経済学信じてないのかなぁ。
経済学、一番信用してないのは、経済学者かもしれないけど。
うーん、では経済学はブルジョアな学問だからってのはどうでしょう?(笑)
あれ、これもダメですね。でも、経済学は数学などの理系とは違った
ソサイエティーみたいなのがあるような気がするんです。(もしくは、あった) - 87 :ドラエモン:2001/04/06(Fri) 12:06
- いわゆるモダン・ポストモダン論議の日本での空しさと同じで、そもそも経済学が前提
とする社会が日本で成立していないと言うことも、学問への情熱に水を差すんでないの?
BISの自己資本比率規制なんて、「銀行を支配する株主が、自分の金を損するリスクを
過大に犯させないように、貸出に対して一定以上の株主資本を必要とする」という意味だ
が、そもそも「銀行を支配する株主」のいない日本では、「損失を出しても潰れないだけ
の資本を持っている」という意味で解釈されている。
制度が絡んでくる分野では特に、日本資本主義の異様な実体と、経済学の世界の齟齬が、
著しいのは明らかだろう。そうなれば、経済学はお伽噺という無知蒙昧な批判も、結果
的には妥当性を帯びてくるし、パズル解きに飽きた経済学者が評論家に転落するのも、
ある意味で当然と言うことになる。 - 88 :へなへな@プレモダーン:2001/04/06(Fri) 20:25
- >いわゆるモダン・ポストモダン論議の日本での空しさと同じで、そもそも経済学が前提
>とする社会が日本で成立していないと言うことも、学問への情熱に水を差すんでないの?
京都大学経済研究所の浅田彰大先生は、ポストモダーンな議論をした人ですけど、
最近は「日本はプレモダン。まずはモダンになろう」て言ってます。
さすが浅田彰大先生。
ちゃんと「知の欺瞞」をよんで勉強しようね>浅田彰大先生 - 89 :へなへな:2001/04/06(Fri) 20:27
- >制度が絡んでくる分野では特に、日本資本主義の異様な実体と、経済学の世界の齟齬が、
>著しいのは明らかだろう。そうなれば、経済学はお伽噺という無知蒙昧な批判も、結果
>的には妥当性を帯びてくるし、パズル解きに飽きた経済学者が評論家に転落するのも、
>ある意味で当然と言うことになる。
結局、日本経済の経済学という分野に逝くしかないのでは?
そういや、一橋の荒井先生の「文化の経済学」なんかはそのあたりを意識してますよね。
(かれのアカデミックな本は持ってるけどよんでない) - 90 :すりらんか:2001/04/07(Sat) 00:09
- >そもそも経済学が前提とする社会が日本で成立していないと言うことも
そうでしょうか?外面的なデータ(賃金の伸縮性や競争度)をみると80年代
までの日本はわりと新古典派的に語りうるかもしれないし,90年代以降は非
常にケインズ的に語りやすい所だと思う.非経済学の代表に思える日本型シ
ステムも事前には(ミクロの意味で)合理的だったんではないだろうか.
>学問への情熱
むしろ,経済学にはまる人にとって情熱の対象が「経済」ではなく「経済学
(または経済学学)」の事が多いのがつまんないとこなんでは?もちろんこ
ういう研究は重要です.でも,それ以外の研究でも重要なものは多い.アカ
デミズムとビジネスの中間に当たる層が異常に薄いというのも,日本で経済
学が今ひとつ花咲かない・多くの政策論議の中心にならない理由何ではない
だろうか. - 91 :ドラエモン:2001/04/07(Sat) 00:15
- ありゃ。皆さん余り真に受けないで下さいよ。ビジネスですらエコノミックス役立つと
主張してるんですから、私(藁
ただし、無批判に欧米の制度条件を無視して、日本に理論持ち込んでも、うまくいかない
のは当たり前だ位のつもりでいれば、OKだというだけです。でも、直輸入でうまくいか
ないのでフラストレーション貯めちゃうケースも間々あるのも確かでして。 - 92 :新学期名無しさん:2001/04/07(Sat) 00:27
- >91
でもどうなんでしょ。政治家と官僚がコンスタントにショックを与え,
消費者と企業は規制のぬるま湯につかってきたという事情は
アドホック・マクロでテイク・ケアできます? - 93 :すりらんか:2001/04/07(Sat) 00:39
- >ビジネスですらエコノミックス役立つと主張してるんですから
そういやそうでした.今晩は諸君とか読んで士気高まってますから(爆).
>消費者と企業は規制のぬるま湯
っていう議論花盛りだけど,90で私が書いたのは,特定業種を除くとそれ
は幻想ですよって話.制約があったのかどうかわからない(事実,製造業
やサラリーマンは何か保護されていただろうか)し制約があってもバイン
ディングじゃないこともある.
>アドホック・マクロでテイク・ケアできます?
旧マクロは現象論だから(だから駄目なんだけど)別に問題ないでしょう.
アドホックな仮定が付け加わるだけ.そういうモデル化がアカデミックで
もちょいちょい見かけられるようになっていてそれはそれで興味深い.ま
た,ミクロor一部のニューマクロにとってはお家芸なのでは? - 94 :Uzawa:2001/04/07(Sat) 01:12
- >そもそも経済学が前提とする社会が日本で成立していない
この議論はよく聞きますが,いまいち説得力がない。
というのは,経済学が前提としている唯一のものは効用最大化であって,
これは解釈次第でどこの国でも当てはまるはずです。
欧米を前提とした具体的なモデルが日本で当てはまらないことは分かりますが,
それは日本人経済学者にとって不利というより有利とみるのが自然です。
論文にするネタが豊富にあるってことだから。 - 95 :すりらんか:2001/04/07(Sat) 01:16
- >Uzawaさん
ハンドルネームとかけ離れたレスですね(爆).まっうたくその通りだと
思います.もっと一般化するなら,経済学の唯一の前提は最適化行動のみ.
良きに付け悪きに付け,やることが絞られてるトコがいいとこです. - 96 :ドラエモン:2001/04/07(Sat) 02:01
- >ひげオヤジ殿@94
いや、今日は問題発言多くて恐縮です(w
ただ、私が>>87で書いた、
>BISの自己資本比率規制なんて、「銀行を支配する株主が、自分の金を損するリスクを
>過大に犯させないように、貸出に対して一定以上の株主資本を必要とする」という意味だ
>が、そもそも「銀行を支配する株主」のいない日本では、「損失を出しても潰れないだけ
>の資本を持っている」という意味で解釈されている。
というのを良く読んで頂ければおわかりと思いますが、別に経済学が本当に有効ではないなど
と言ってるのではなくて、制度条件の違いを無視して直輸入的に概念を持ち込み、その上で
背景のロジックを無視して勝手な解釈をしているのを嗤ってるだけです。でも、経済学者でも
こういうちょんぼをしてるひと少なくないですよね(嘲笑 - 97 :Gerard Debreu[Gerard Debreu]:2001/04/07(Sat) 16:08
- 主体の最適化という方法論自体はゲームのルールがどうであろうと貫徹するもの
だから、どらさんも今更それを取りざたしてるのではないでしょう。
日本人が経済学という思考枠組みを受容していないということと、
日本人の行動様式が経済学で説明できないということとはまた別ですし。
ただまあ実際問題としては、「最終的には」効用最大化問題に帰着できる、
というだけではやはり頼りない(w
というか、それはそれとして正しいが、社会問題を経済学的に切り分けたところで
何になる?というふう受容されて、結局その処方箋は実行されないのではないか?
と思ってしまう。
なんというか、日本人にとって、経済学的言説にのっとって物事を決定すること自体が
incentive-compatibleではないような気がします。
特に日本社会の場合は(日本に限らないかもしれないが)、
「大義名分」というシグナル自体がかなり戦略的に発せられるから、
それを経済学に帰着させることは、結局その戦略性それ自体を暴いてしまうことになる。
日本人が経済学をなかなか受け付けないのは、ある意味意図的なんではないかと
思ってしまいます。
顕示原理が成立してる社会なら(すごいラフな使用法してるからあんま突っ込まないでね)、
ダイレクトに効用最大化問題に帰着できる=つまり古典的な手法が直に適用可能ですし、
各経済主体が経済学的思考を受容していくことがこれまた、経済学にのっとった政策の
実行にとってプラスになる。
しかしそうでない社会ではもういくつかステップを踏まなきゃならない。
そしてそこから得られた知見を世間に広めることは、その知見に立つ政策を実行する
ことにおいて必ずしもプラスにはならない・・・。
そういう社会では、学問が「秘儀」と化してゆくおそれがある・・・。
なんか鬱になってきた。
少なくとも私は、いちいちそういうcontingencyに直面させられる社会は嫌ですが。
やっぱ頭が古典的なのかな。 - 98 :Uzawa:2001/04/07(Sat) 23:35
- これは新しい日本特殊論ですね。
経済学は有効すぎて人々の手のうちを暴露するから受け入れられないと。
しかし,手のうちを暴露できてしまう学問だったら
学者側からすればスゴク面白いはずです。
一般人のウケは悪くても,研究する側からすると楽しい。
となると,日本の経済学はもっと盛り上がると考えるのが自然かと。 - 99 :新学期名無しさん:2001/04/08(Sun) 05:27
- とてもそういうふうには読めんが
- 100 :新学期名無しさん[Gerard Debreu]:2001/04/08(Sun) 06:30
- >Prof.Uzawa
うーん。私はけっこう悲観的なんですけどね。
経済学が有効であると否とに関わらず、日本人は経済学的言説を受け容れることは
なさそうに思えます。
日本人には経済学がわからない、日本人は経済学的に考えない、ということではないです。
要するに意思決定の基準として受け容れられることはない、ということです。
経済学的に理屈っぽいということは、法学的に理屈っぽいということとは
本質的に違いますから。
あと、そのような社会構造を真に探り当てる研究ができるとしても、
それができるのは企業内研究か官庁内研究に限られるのでないかと
思います。アカデミズムの共有財産となることはないのではないかと思います。
別に日本特殊論というつもりはないです。単に私が日本以外の非欧米を知らないだけで(w - 101 :@:2001/04/08(Sun) 11:21
- 「合理的(経済学のRATIONAL・EXPECTATIONのことではなく)であることが道徳的に良いことだ」
(ポリティカリー・コレクト)というのはアメリカ的な発想なのかな?
高校か中学でプラグマティズムって習った覚えあるけど、あれってあくまで
一つの主義でしたよね。
そういう意味では、アメリカは実に経済学にとっては都合がよい社会ではあります。
そう考えると、日本が特別というよりアメリカが特殊なような気がしてきました。 - 102 :Gerard Debreu[Gerard Debreu]:2001/04/08(Sun) 11:45
- 100は私です。大学のPC使ったもんで入れ忘れてました。
私はモダニスト=単純バカですから(w、単純バカをもって是とする社会の方が
余計なコンティジェンシーやコストがなくて個人的には居心地がいいですが、
そういう方が確かに特殊(「特殊」というのは、単純なものが複雑なものより特殊、
って意味で)かもしれませんね。 - 103 :へなへな:2001/04/08(Sun) 11:46
- 大きく言えば、人間は合理的といえる。
合理的な人から見て、不合理な人がいるのは、
合理的な人と、不合理な人の効用関数の中身が違うのでは。
たとえば、お金や地位を重視する選好をもつ人からみれば、
社会の主流からはずれてものんびりすることを重視する選好をもつ人は不合理にみえる
ようなもので。
ほかに、殺人鬼はきっと殺人大好きの選好をもってるわけで、
普通の人が見たら不合理なのだろうけど、殺人鬼の行動は本人には合理的
であるといえます。
合理性のポイントは、選好にしたがって行動するということであって、
選好の中身が自由であり、かつ、経済学では専攻のよしあしという価値判断
はおこなわないという点では。
だから、主観的にはあらゆる人間は選好や行動の結果が不合理でも、
主観的には合理的というきがします。 - 104 :ドラエモン:2001/04/08(Sun) 12:14
- まあ、実質合理性と形式合理性についてはマックス・ウェーバー参照と言うことでおしまいにして
良いのではと思うんですが・・・。
ただし、複数の社会集団が対立・競争を繰り広げている場合には、合理性の内容によって淘汰のメカ
ニズムが作用するのは確かではないでしょうか?今の日本の銀行業界のように内部のロジックとして
は「合理的」に機能している(不良債権の最終処理の遅れは、それを造った責任者=現経営陣の責任
追求・暴露になるから、「合理的」であるといったもの)けど、そんなことしていると新規参入者と
の競争に負けるんだが、それは視界に入っていないので制約条件として機能していない。あるいは、
長期的に存続する解が存在しない状態(俺が退職するまで会社が持てば良いんで後はしらん等)。
競争環境の維持は、効用関数の中身や(主観的な)制約条件自体を、淘汰によって選別する作用があ
るように思いますが。 - 105 :Gerard Debreu[Gerard Debreu]:2001/04/08(Sun) 12:37
- 記述論的な観点からいえば、要は効用関数の設定が狭すぎる、
モデルに登場させるプレイヤーと目的関数に漏れがある、ということでしょう。
ただ、外部性が入ってくると、主体の行動として合理的ではあっても、
その帰結について「それはそれで合理的だ」と判断するのはどうか、と思ってしまう。
私としては、「外部性というのもそれはそれで人間社会のあり方だ」という気には
なれない。
なぜなら外部性をルールによって遮断して(権利を設定する)
無用のstrategic interactionを排除し、
意思決定プロセスを単純化することで(他人の戦略でなく自己の権利に則って行動する)、
競争的環境(competitionであって、struggleではない)を整備するのも政策ですから。 - 106 :Gerard Debreu[Gerard Debreu]:2001/04/08(Sun) 12:56
- あかん。我ながら、典型的な「モダニズムに立った外在的日本批判」だ(w
- 107 :Uzawa:2001/04/09(Mon) 12:13
- へなへなさん等が書かれている通り,最大化行動の仮定は非常に弱いんです。
日本人といえども最大化行動をとっています。
それぞれの個人なりに効用を最大化しています。
みなさんもそれは分かっていると思います。
それが,「合理性」の議論になるとなにか「合理性」に規範的なものを
追加して議論されているように思います。
ドラさんの自然淘汰のお話も面白い経済学的分析です。経済学の否定ではない。
Gerardさんは標準的な効用関数の仮定を問題にしているのだと思いますが,
日本人がそれに不満だったらどうして日本人的効用関数を使って
論文をガンガン書かないのでしょうか?? - 108 :新学期名無しさん:2001/04/09(Mon) 13:35
- >107
最大化の仮定を無制限に前提にすることには問題がある。
ミクロ経済学のテキストに出てくるコブ・ダグラス効用関数や
CES効用関数なら需要関数が計算できるが,その他の効用関数の
場合需要関数が計算不可能な場合がしばしばある>>効用最大点が
存在することは判っても,それを求める計算手続きが存在しない
ことが『多い』のではないだろうか?
にもかかわらず我々は合理性の仮定=最大化仮説を採用する。
(なぜか?)
効用関数が日本的とは何か?意味不明。 - 109 :@:2001/04/09(Mon) 14:22
- 水をさすようですが、ここで言ってる合理的って言うのと効用関数の
関係がちょっと分かりずらいです。話しがごっちゃに、なってきてるような
ないような。ミクロで言う効用関数と日本人が合理的か非合理的かという話しの
間にはかなりギャップあるように感じます。どうそうなのか?と聞かれても
答えられませんが。それとも、私が話について行けてないだけなのかも…。(可能性大) - 110 :すりらんか:2001/04/09(Mon) 15:11
- >108さん
>それを求める計算手続きが存在しないことが『多い』のではないだろうか?
近似でいいならほとんどの場合大丈夫です.トランスログの解説のある本とかを見て
みてください.というか,解がexactに求まらないことがなぜ最適化を中心としたモ
デル化への批判になるのか分かりません.会の性質が判っていれば十分なこともある
のです.
>Uzawa&Debeuさん - 111 :すりらんか:2001/04/09(Mon) 15:26
- 途中で送信押してしまいました失礼.
>Debreuさん
経済学的言説が日本で受け入れられない=そしてそれが合理的行動である,という話
は「他人から合理的でないと見られることに利得がある状況」とかに結構にてるかも
しれません(ゲームに詳しい人ぜひ解説してくれませんか?).
>外部性が入ってくると、主体の行動として合理的ではあっても、その帰結について「
>それはそれで合理的だ」と判断するのはどうか、と思ってしまう。
個人の合理性は,自分一人の行動で達成できる「より良い状態」がない様行動すること,
しかし,外部性があるなら個人を超えての合理性(なんかやな表現だな)は個人のそれ
と乖離するかもしれない.Debreuさんの105は両者の乖離を小さくすることによる解決,
もう一つ考えられるのはその社会厚生関数みたいなのを当局が最大化する方法.……と
書いてて気づいたんですが,これってコースVSピグーですね.やはり古典にはありとあ
らゆる問題・ネタが入っているのだなぁ. - 112 :新学期名無しさん:2001/04/09(Mon) 15:27
- >109
『近似でいい』ということは,『真の解』がどのへんにあるのかが判っている
ケース。
『問題に解が存在する』ということと『解を計算する手続きがつねに保証されて
いる』ことは別物です。 - 113 :新学期名無しさん:2001/04/09(Mon) 15:40
- >119
外部性を取引する市場を導入すれば競争均衡がパレート最適になることを
明示的に議論したのはアローです。 - 114 :ドラエモン:2001/04/09(Mon) 16:13
- >112
局所最適解ならグラジュエントとかなんかその辺をウロウロしている間に辿り着くんでないの?
大域的な最適解は、発見的にしか見つからないから「最適性」なんか保証できないのが普通だ
ろうが。まあ、それを組み込むと、カタストロフィーみたいなのでてくるだろうけど。 - 115 :すりらんか:2001/04/09(Mon) 16:29
- >113さん
たぶん私へのレスですよね?110はそういう直接的な証明の話ではなく,
外部性から生じる問題の取り扱いとして,「外部性→政府の経済的役割」
という視点が妥当か否かはもっと前から議論がされています.その意味で
古くからの話題なわけ. - 116 :新学期名無しさん:2001/04/09(Mon) 16:57
- >115
すりらんかさん。失礼しました。おっしゃるとおり119>>111です。
115はDebreuさんのカキコの補足(のつもり)でもあります。
ただ外部性による競争均衡の非最適性が市場の不完備性によることを完璧に
スペル・アウトしたのはアローが始めてなのではないでしょうか?
ピグーヴィアン・タックスの論点とはまた別次元のことだと思います。 - 117 :すりらんか:2001/04/09(Mon) 17:19
- >>116さん
おっしゃるとおり.ちょい論点ずれちゃいましたね.しかし,外部性→市場の不完備→不完
備を補って問題解決というのは非常に明快なんですが「じゃぁ,具体的にどおするの」とい
う話に弱いと思う.その一方で,んじゃ,競争以外の手法で…というのが問題ぶくみなのも
確か.すると,外部性による問題の解決のためにできること葉なんだろう. - 118 :Gerard Debreu[Gerard Debreu]:2001/04/09(Mon) 17:30
- >Prof.Uzawa@107
私は別に選好の領域を制限しようというつもりは(規範的には)ないです。
(分析上はある程度仕方ないですけどね)
むしろメカニズムの問題です。
市場経済というのは、むき出しの「万人の万人に対する闘争」でなく、
市場を通して、自分の与えられた権利の範囲内でものごとを決めるわけです。
しかししばしば、
パターナリズムと正義感にあふれた(笑)人が「仕切り屋」という
特定の目的関数を持つプレイヤーとして戦略的かつ越権的にに振る舞ってしまう。
要するに喧嘩・出入りが好きなんですね(w
別に選好のレベルではそういう人がいてもいいのですが、
そういう人たちに物事の決定権をめぐって戦略的に動かれたらロクなことにならないわけで、
そのような権利は剥奪または廃棄して、彼らを``everyday life''に立ち戻らせてやる、と。
昔は政治的に動くことに中毒的だった日本の官僚たちも、
今では給与次第で民間に転職していくようです。
私はこれは良い傾向だと思っています。悲観的なのは相変わらずですが。 - 119 :新学期名無しさん:2001/04/09(Mon) 17:34
- >117
アローの主張の紹介が中途半端になりました。アローは外部性を取引する市場を導入すれば
厚生経済学の第1定理の数学的な妥当性が回復されることを示した後で,外部性の取引する
市場は売り手と買い手がそれぞれひとりずつしかいないという意味でthin marketだから,
競争市場の前提=price taking behaviorは厳しいことを指摘してます。
外部性の問題の解決法と称されるものは実践的にはどこかに大きな困難があるものばかり
ですね。 - 120 :Gerard Debreu[Gerard Debreu]:2001/04/11(Wed) 01:12
- >Gerardさんは標準的な効用関数の仮定を問題にしているのだと思いますが,
>日本人がそれに不満だったらどうして日本人的効用関数を使って
>論文をガンガン書かないのでしょうか??
これに返答するのを忘れてました。
(それがメカニズムとして望ましいかは置いといて)分析の課題としては
もちろん面白いですよね。
ただモデルがチョーきたなくなりそう(w
資源分配に関する政治過程にからめて言えば、
Persson Tabellini ``Political Economics''
あたりが参考になりそう。 - 121 :Uzawa:2001/04/12(Thu) 01:51
- >Gerard@118
仕切り屋って具体的には誰のことを言っているのですか?
その人たちの戦略性を排除する、というのも具体的にはどういうことを考えているのですか? - 122 :日本経済の特殊性といえば:2001/04/12(Thu) 04:57
- 個の確立が不完全であるということにつきます。
端的に言うと、契約社会ではなく、法治主義でもないということ。
明文化された法律・法慣習より擬似共同体の慣習法・人的支配が優先してしまうということです。
「合理的」な経済理論というのは、自由運動するアトム(個)が契約をはじめとする法律関係をふまえて(それを敢えて破る戦略も含める)形成された社会関係で有効な力学であるとすれば、そもそも個が自由運動していない社会では有効ではなくなる。それで「不合理」に見えるわけです。
封建主義の残滓、遅れた資本主義、まず自由主義的・民主主義的改革を、というのは、日本の改革に必要な最大公約数と思います。 - 123 :ベルリン帰り:2001/04/12(Thu) 05:23
- 122が名無しになってしまいました。
エコノミストのランキングも書き忘れてました。すみません。
糸瀬茂など、若くて実務家あがりの面白い方です。金融学会のパネリストもやりましたから、評価されているといえる。最近、すぐわかる系の本も出しましたね。池尾和人さんも何かと用いられるパネリストです。
マル経系(?)金融では、欧州通貨統合の田中素香の株が上がってるかな。建部正義も(理論的には伊藤武から批判受けてますが)教科書的本も出して活躍していますな。 ちなみにMEGA(マルエン全集)日本支部編集委員長の大谷禎之介の近著は、マルちゃんの手書き原稿の分析したものが土台ですから、日本の資本論解説の正本とすべきでしょう。いずれも重鎮になりつつあるが。 - 124 :Gerard Debreu[Gerard Debreu]:2001/04/12(Thu) 13:19
- >Prof.Uzawa@121
いくつかあげられますが、まず
①官僚機構
行政指導は、ルールの周知徹底というよりも、具体的な資源配分(それも公共財に限らず)
に口を挟むという形で裁量的に行われます。
たとえ官僚機構がbenevolent plannerであったとしてもそうであるがゆえに政策が
所期の効果を持たない、ということは、合理的期待形成理論以降の分析で明らかに
されたところのものです。(plannerが戦略的にゲームを演じてしまい、市場を
撹乱してしまう)
こうした権限を剥奪し、ルールに服しその周知徹底のみを役割とすることが求められる
と思います。わたしの言う「戦略性を排除する」とはそういう事です。
剥奪されない権限にしても、政策権限の地方への移譲が求められます。
このことにより政策選択に一種の外部市場が生まれます。最近の日本のように移動性が
高くなってくると、民意にそぐわない政策選択は遅くとも首長の任期以内に淘汰されてゆく
傾向が出てきてますから。 - 125 :Gerard Debreu[Gerard Debreu]:2001/04/12(Thu) 13:38
- ②市場外・司法過程外の紛争解決(?)主体
ぶっちゃけた話、総会屋や談合組織です。
資源配分は競争的市場、権利の分配は司法過程に委ねることが求められます。
ここでいう戦略性の排除とは、
交渉力の非対称をできるだけ排除し、出るところに出て情報を公開したうえで
市場およびルールの審判を受けさせる、ということです。
122=ベルリンさんと多少かぶってますけど。
やっぱワルラシアン=市場社会主義者、ということですかね(w
日本での実行可能性に限界があるのは承知してますけど。 - 126 :Uzawa:2001/04/14(Sat) 23:16
- > Gerard
官僚から権限を剥奪することは,多くの人が昔から願っていることだと思いますが,
現実的には不可能ですよね。
学者や一般人にはなすすべがないような。 - 127 :ドラエモン:2001/04/14(Sat) 23:23
- >ベルリン帰り氏@123
いや、おひさです。おひさのところ、ケチ付けるようで申し訳ないんですが、糸瀬は許してください。
彼の論点で、なにかインサイトある話なんてあります?どう見ても、自分は逃げてきた外資金融を盾に
日本人を馬鹿にしてるだけにしか見えないんだが・・・ - 128 :へなへな:2001/04/15(Sun) 00:48
- >>127
禿げしく同意 - 129 :名無しさんの秋:2002/10/18(Fri) 06:56
- http://tanaka1942b.tripod.co.jp/
このひとは面白い - 130 :名無しさんの冒険:2006/07/22(Sat) 01:26
- >>1
気になる人が約1名 今は絶対に見かけない
時代を感じます - 131 :名無しさんの冒険:2007/03/20(Tue) 16:18
- 少し分野別に考えませんか?
例えば、
1)助教授以上のアカポスをもつ弟子を生産している数順
2)年金額推定による退職教授ランキング
3)英語がうまい順。大前さん以下は番付外。
4)東大からのユークリッド距離によるランキング
5)推薦状を書いてもらうのにベスト10 - 132 :名無しさんの冒険:2007/03/22(Thu) 10:28
- 39: すりらんか 2001/02/12(Mon) 01:33
>ザクさん
内部ラグ,外部ラグの話ですね.確かに金融政策は外部ラグが長い.
でも,財政に期待できない以上,致し方ないかと.でも,
>もう枯れている年寄りが小金をため込んでいる
これはたしかに,インフレ政策の効果を弱めるでしょうね…….こう
なったらやっぱ相続税増税なんでない?ついでに国債も戻ってくるし
ね.
このように、すりらんかは究極の嫉妬馬鹿だったw - 133 :名無しさんの冒険:2007/09/23(Sun) 21:20
- 犯罪者のホームページ
http://www.lastsong2007.com/regist4.php - 135 :名無しさんの冒険:2008/05/08(Thu) 18:35
- アメリカの場合にはそうだろ。イギリスは特定の大学の特定のゼミの出身しか出しても無駄。
日本は関係なくて、試験できまる。 - 136 :名無しさんの冒険:2008/05/08(Thu) 20:24
- アングロサクソン:コネ
日本:紙試験
中国:給付額 - 137 :名無しさんの冒険:2008/05/09(Fri) 04:45
- >日本は関係なくて、試験できまる
自分の恩師、総長選で落ちて学習院にいったか秋田に帰っているのですが・・・、全く畑違いの推薦状でも可能なのでしょうか? - 138 :名無しさんの冒険:2009/07/24(Fri) 16:29
- 社会】森永氏「残業なし休日出勤なし」のイタリアは1人当たりの所得が日本を抜いた 北海道は「イタリアを目指すべき」と持論★2
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1248361495/ - 139 :名無しさんの冒険:2009/07/24(Fri) 16:48
- そうじゃなくて、ご本人が8時間労働に徹するべき。昔から働きすぎ。
- 140 :あんぱんまん:2009/07/24(Fri) 18:41
- 働きすぎでしょうね・・。体力に自信がある人間でもあんな風には中々働けないかとw
- 141 :名無しさんの冒険:2009/07/25(Sat) 17:36
- >>138
IMFのWEOで見てみたけれど、2008年の一人当たりGDP(PPP換算)は
日本が$34,100でイタリアは$30,580。
まだ抜かれてはいないようですが。ドイツやフランスには抜かれてるけど。
為替レート換算なら2007年の時点で抜かれてますが、それはユーロ高のせい。
生活水準の比較なら購買力平価換算でないと意味ないでしょう。
でないと、円高が良いということになってしまう。 - 142 :名無しさんの冒険:2009/07/25(Sat) 20:02
- 経済学の何が間違っていたのか 2009年07月22日(Wed) The Economist
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/1440
ポール・クルーグマン氏は最近の講義で、過去30年間のマクロ経済学の大部分は
「良く言っても見事なまでに無益で、悪く言えば積極的に害をもたらした」と論じた。
合理的な愚か者 - 143 :名無しさんの冒険:2009/07/26(Sun) 02:03
- >>142
さっそくアホがマルチポストかよw
クルーグマンもアホを喜ばせるような不用意な発言が多いのは問題だな。 - 144 :名無しさんの冒険:2009/07/26(Sun) 16:56
- >>143
新古典派とやらは、ありえない世界を描写。 - 145 :ドラエモン[ドラエモン]:2009/07/30(Thu) 00:44
- しかしだなぁ(笑) 、今回の危機は「金融危機」だから貨幣の入っていないRBCの
妥当性は微動だにしないと胸を張って主張しているマクロ経済学者が日本にいるぞ。
結構有名なのでw
そういうのを聞くと、「過去30年間のマクロ経済学の大部分は良く言っても見事なまで
に無益で、悪く言えば積極的に害をもたらした」と言いたくなるwww
( 役に立った! | 元スレ ) - 146 :名無しさんの冒険:2009/07/30(Thu) 12:45
- 吉川洋かw
- 147 :名無しさんの冒険:2009/07/30(Thu) 15:25
- 下半分は、複数だろ。本石町付近にうようよいる人達。
- 148 :名無しさんの冒険:2009/07/30(Thu) 17:31
- >>147
しかしそういう連中と地方分権で日本経済が復活すると思ってる人たちと
どっちがマシかな。悩ましいところだ。 - 149 :名無しさんの冒険:2009/07/30(Thu) 20:28
- 地方分権するなら日銀も解散して道州立銀行にしちゃえばいいんでないの。
貨幣も道州ごとに発行。道州境で通関・出入道州管理もやる。
日銀が今のままのかぎり道州に権能・財源を委譲したって何もかわらないよ・・・ - 150 :コテハン:2009/08/01(Sat) 04:13
- >>149
日本で地方分権が難しいのは、大名諸藩時代の名残が有って、
とんでもない馬鹿が首長につく可能性が高いんだよね。
マスメディアがやばいから。
山形マット事件みたいに地方が一丸となって無茶苦茶やりかねない
そういう土壌がいまだ日本には根強いと思う。特に地方に行けば地方に
行くほどこの傾向はつよいというか、大阪ですら相当やばい状況。 - 151 :名無しさんの冒険:2009/08/01(Sat) 07:13
- >>150
たまにはいいこと言う。 - 152 :名無しさんの冒険:2009/08/01(Sat) 12:04
- そうか?
テレビ文化人ばりの安直文化論にしか思えんのだが。 - 153 :名無しさんの冒険:2009/08/01(Sat) 12:19
- 反応した時点で負け。当然私も負け。
- 154 :名無しさんの冒険:2009/08/01(Sat) 17:01
- 何言ってるんだ。相手が幸福実現党でも「イデオロギーでなく政策で
判断しろ」とか言ってた奴もいたぞ。幸福実現党は良くてコテハンは
ダメというのもどうだかなあ。別に「コテハンという人物そのもの」
を認めてるわけじゃないんだし。w - 155 :名無しさんの冒険:2009/08/02(Sun) 00:22
- コテハンは内容に関わらず対話が成立しないから
今まで散々あいてしてきたんだからもう十分じゃない