経済と教育・教育と技術進歩

economy/0050 / 269 レス / 2000/09/08〜2000/12/24

1 :名無しさん@しゃべり場:2000/09/08(Fri) 15:01
難しい知識を必要とせずに議論できそうなのでスレ立ててみました。

参照スレッド------------------------------------------
「経済成長について」
http://www22.big.or.jp/~15ch/readres.cgi?bo=economy&vi=0049
-----------------------------------------------------
2 :先公[先公]:2000/09/08(Fri) 15:03
お・ぼちぼち話題ふってくださいね♪
3 :名無しさん@しゃべり場:2000/09/08(Fri) 15:17
日本の初等・中等教育の評価は高かったけど、
高等教育はなんでこんなに低いんでしょうかねえ。


世の人は、大学で勉強したことなんて何の役にも
立たないと考えている人が大勢だからなのかな!?

over-educationって、どれくらい信憑性があるのか
知りたいですね。
4 :先公[先公]:2000/09/08(Fri) 18:19
>03
経済成長や技術進歩のために必要な知識・思考水準の維持・育成という観点からすると、
高等教育ってそんなに必要性は高くないですよね。
蛇足ながら、教育に超うとい方のために基礎的な分類をしておくと、
  ・初等教育=小学校課程
  ・前期中等教育=中学校課程
  ・後期中等教育=高等学校課程
  ・高等(専門)教育=大学その他
という区分になっています。

【注】高校を卒業して通う人も多い各種学校=いわゆる「専門学校」のこと
   は高等教育or専門教育とは通常、呼びません。これは職業教育に分類
   されます。「専門教育」とよく混同されるけどね。
   上記の初等→中等→高等・専門 とは別の流れってことです。たとえば
   理容師・美容師の資格を得るための学校へは、その学校が入学資格を個別に
   制限してない限り、中卒後すぐにでも、あるいは大学在学中でも入学でき
   ます。フライパンで火を燃やしてみせたCMでおなじみ?の「エコール・
   キュリネール」なんかもこの各種学校の範疇。司法試験等の資格系予備校も)
このうち戦後ず~~っと議論になってもめてきたのは、後期中等教育です。
なにしろ義務教育ではないので。
 1 高等(専門)教育への予科と位置づける  のか、それとも
 2 中等教育の充実・完成段階と位置づける  のか。ここが問題。
実はこの位置づけの曖昧さが、スレッドのタイトルになってる話題と案外深く
結びついてるんですよ。     ちょっと用事が入ったからまた後で。
5 :名無しさん@しゃべり場:2000/09/09(Sat) 00:39
目の前には草っぱらが茂ってる。村には博奕・売春(ブラックエコノミー・パワー)
か念仏(宗教パワー)ぐらいしか選択肢が無い。出生率は極めて低く地主が今だに
市役所に親戚を送り込み、たとえ暴行事件をおこしてもお咎めなし。そんな前近代
的状況では学校に行って九九を覚えたり読み書きを覚えることにも意味があると
思う。でも例えば高卒でJリーグ入りした中田が馬鹿かというとそうも思えない。
あるいは高校中退で大リーグ入りしたマック鈴木が学歴のなさを気にしてるよう
にも思えない。

教育って要するに多様な社会的職分・ポジションに付くための切符として
機能したんじゃないか。学校(国家的権力)が社会的移動を保障してる時代には
勉強しかなかった。でも今大量の高校中退者が示すのは社会的モビリティー
はもはや学校を必要としてないんじゃないか。大学行かなくてもサッカーや
野球がモビリティーを保障してるのがわかってるから

どうも教育って経済学以上に社会学の力を借りないと分からない領域に
思えるんですが。。。。。どなたか整理してください。
6 :ドラエモン:2000/09/09(Sat) 02:23
>05
教育の社会的機能はスクリーニング(君の言う切符の分配)という前提を認め
たとしても、なんだか君の意見には違和感を持つ。君の言うような前近代社会
では、教育はモビリティーを保証しないんではないだろうか?画一的な筆記学
力試験で「市役所」の採用が決まるなら、地主を見返すために小作人の子供が
勉強するのは分かるけど、君の例は逆でしょ?つまり、近代的制度が教育を受
けようと言うインセンティブを強めるんではないかね?

もしそうなら、インセンティブによる人間の選択行動という枠組み=典型的な
合理的行動モデルで教育を論じることができると言うことになる。
7 :名無しさん@しゃべり場:2000/09/09(Sat) 03:04
経済学的観点からの教育の機能として、
・人的資本の蓄積
・情報コストの削減
・階級構造の再生産
があるというような話を聞いたことがあるような気がします。
うろ覚えなんで、ジャンジャン叩いてください。(笑)
8 :先公[先公]:2000/09/09(Sat) 11:25
>05氏
>大量の高校中退者が示すのは社会的モビリティーはもはや学校を必要としてないんじゃないか
んん、それは後期中等教育(=高校への進学)の大衆化が徹底してる日本の現状の説明としては、
ちと荒っぽいですね。中退者の増加を考慮しても、高校卒業者は同世代人口の90%を超えている
のですから。高校中退者の増加に関するマスコミの取り上げ方は、堅いと見なされているニュース
を含めて、ワイドショー的です。問題であることはたしかですが、高校中退者の増加イコール日本
の価値観の大変動とはなっていません。
ただ、高校中退者増加の問題について、あなたがそのように考えるのはわかる気がします。
TVでも新聞や雑誌でも、教育学の専門研究者ぬきで議論だけどんどんエスカレート
していきますから。
経済学の研究をなさった、あるいは現在なさっているみなさん、想像してみてください。
「日本の経済問題」を語る「専門家」や「有識者」がみんなリチャード・クーや堺屋センセイ
だったとしたら・・・いや、もっとあからさまに言えば、ナニワの××商店街の若大将や、
怪しげな「消費者代表」ばかりだったとしたら。肩書をみれば、なるほど経済活動に日々携わって
いる方々ということになります。買い物をしたことのない幼児や、小遣いの額が少ないことについて
「パパの会社は不況だから」なんて友達に解釈してみせる中学生よりは詳しいでしょうね。
でも、その人たちに「日本の経済問題」を語らせて、専門家や有識者の意見として納得できる
レベルの分析や検証がなされると思います?
「教育問題」についてはまさにその状態なんです。
(田原総一郎がセンセーショナルに危機を叫んだこともあるけど、あの類は煽り屋さんだから。
よく調べないで盛り上げるんだよね。あれで飯を食う腕は認めるけど)
9 :先公[先公]:2000/09/09(Sat) 11:29
-つづき-
06でドラエモン氏のいう
>近代的制度が教育を受けようと言うインセンティブを強める
は、日本ではいまだに有効に機能していますよ。
先日も大学生(学部生)と話していて「もう学歴なんて無意味ですよ」と言うから、
「そう言いながらきみたち、大学に籍置いてるでしょ」と返したら、
「いやそれは、就職するのに少なくともマイナスではないだろーと思って・・・」と、
これまでと本質的に変わらない学歴観を披露してました。

もう一つ。前近代ではむしろ「出生率」て高かったのでは?
生存率→平均寿命が低い、つまり人生の先行きが短くしか見込めなかったというなら
前近代の状況説明として妥当だと思います。でもそれゆえに子孫(血統)の確保、という
より大衆的には労働力(収入源)の確保を目的として、子供はいっぱい作っていたでしょう。
途上国(なかでも最貧国と呼ばれる国)あたりでは現在でもそうですね。特殊再生産率は高い。
う~むひょっとして死産・流産する率が高かったという意味かも。(違ってたら以下
数行は読む必要はありません)でもそれはそもそも教育を受けるか否か以前に、社会で活動
する構成員を考える際にはノーカウントですね。ちなみに現在の日本でも奇形出産その他は
けっこうあるが、厚生省の統計に入る以前に「流産」あるいは「死産」として医者が処分して
います。事情によっては無届けもね。厚生省の統計データはこの点に関する限り、不正確で
、出産の傾向に関する有効な読みとりが不可能です。また、脆弱な生命が社会へ参入する前に
消去する技術は進歩してるが、強い生命を増やす技術はまだ社会的に確立されていません。
(確立されていたとしても研究室の臨床実験段階です)
10 :先公:2000/09/09(Sat) 11:34
んで、批判の言いっぱなしはよくないので、こちらもちゃんと考察を展開しなければ
ならないのですが、午後から研究会の司会をしなければなりません。
申し訳ありませんが、今夜または明晩ということでご勘弁ください。
11 :名無しさん@しゃべり場:2000/09/09(Sat) 11:35
>先公さん
>>大量の高校中退者が示すのは社会的モビリティーはもはや学校を必要としてないんじゃないか
>問題であることはたしかですが、高校中退者の増加イコール日本
>の価値観の大変動とはなっていません。

ここの05氏に対する先公さんの反論の根拠がよく分からないのですが、
もう少し事実やロジックに沿ってご説明願えませんか?
12 :先公:2000/09/09(Sat) 11:39
反省。09の大学生の例は一般的な意見だと思うし、わかりやすく示したつもりですが、
読み返してみると政治屋さんの辻説法みたいでよくないですね。
13 :先公:2000/09/09(Sat) 11:41
>11氏
あーそうですね。その点については叩かれどころの書き方。後に補足します。
14 :名無しさん@しゃべり場:2000/09/09(Sat) 11:42
>もう一つ。前近代ではむしろ「出生率」て高かったのでは?

05氏は、現在は出生率が低いといいたかったのだと思いますので、
先公さんがこうした議論を始めても混乱するだけだと思いますよ。
(ちなみに、私は05氏ではありません。)
15 :05:2000/09/09(Sat) 14:58
皆さんいろいろコメントどうも。どこが論点で何を効きたかったのか自分で
わからなくなってきたので、とりあえず1点だけに絞ります。

大学や高校に通うってこれからも大事なんでしょうか?

もちろん僕も大学言ったんですけどなんか仕方なしに行ってた
ような感じで、父親とかの話聞いてると昔はもっとこう、真剣に
行ってたらしいんです。後輩も一人高校辞めちゃったし。
できればわかりやすく説明してください。おねがいします
16 :(゚Д゚):2000/09/09(Sat) 22:35
高学歴の方がいい暮らしができる。ただ、大学では勉強する必要は無い。
大卒という「資格」が意味を持っている。いい大学にさえ行ければあとは安泰。
・・・以上がいわゆる学歴社会というものに関する、おそらく多くの人のコンセンサス。
そして、このような考え方は、例えば就職での差別、あるいは
「最近の大学生は勉強しない」といった「事実」、を批判するマスコミによって
逆に増幅される。つまり、「やっぱりいい大学の方がいいところに就職できるんだ」
「大学生ってみんな勉強はしないもんなのか」と。
続く・・・
17 :(゚Д゚):2000/09/09(Sat) 22:36
そして、このようなコンセンサスは、本来大学に行くべきでないような人
(言い方悪いかも・・・悪く言うつもりでは全く無い。気を悪くする人いたらごめん)
までをも進学へと向かわせる原動力となる。
そして中途半端に学歴を手に入れたばかりに、いわゆる現場の仕事は
したがらなくなる。あるいは、需要側から避けられてしまう。本当は
そういう仕事の方が向いてる(やりがい、仕事に充実感をもてる)
人であるかもしれないにもかかわらず。
かくして労働市場の需給ギャップは広がって行く。
>15さん 大学や高校に通うってこれからも大事なんでしょうか?
人による(なんかつまんない答え・・
18 :すりらんか:2000/09/09(Sat) 22:50
>15さん 大学や高校に通うってこれからも大事なんでしょうか?

ものすごく教科書的な答えをするならば.もちろんそうである,
ということになると思います.後期中等教育以降の教育の主眼
ってのは,ジェネラル・パーパスな知識……つまりは日常の経
験で得られる知識に通底する原理(というと偉そうすぎるが)
を身につけることです.それによって,未経験のサプライズに
対して何らかの形で対応していくことが出来る.これって近代
社会における教育ってのがそれまでと明確に区別されるゆえん
ですね.

これらの役割をしっかり果たしていないというのが日本の教育
の問題なのではないかと思います.
19 :名無しさん@しゃべり場:2000/09/09(Sat) 22:51
>高学歴の方がいい暮らしができる。ただ、大学では勉強する必要は無い。
>大卒という「資格」が意味を持っている。いい大学にさえ行ければあとは安泰。
>・・・以上がいわゆる学歴社会というものに関する、おそらく多くの人のコンセンサス。

うーん、確かに、そうかもしれないですね。
大学入試のスクリーニング機能だけが評価されている。
だから、どこの大学を出ているかだけが重要であるという
変な学歴主義ですね。(アメリカみたいにMBAやPh.Dをとる
ことが評価されないと言うことですね)。
まあ、ムラ社会主義国ニッポンでは、大卒後どこのムラに
入るかだけの時に学歴が重要なわけなんですが。
20 :すりらんか:2000/09/09(Sat) 22:57
>「最近の大学生は勉強しない」といった「事実」、を批判する
>マスコミによって逆に増幅される。つまり、「やっぱりいい大
>学の方がいいところに就職できるんだ」「大学生ってみんな勉
>強はしないもんなのか」と。

これってバブル期の学生のイメージだよなぁ.それをいまだにマ
スコミはひきずってる.最近の大学生はずいぶん自分で何とかす
る方向に向かってますよ(ダブルスクールなど).さすが公務員
真っ青の規制産業だけ合ってマスコミは世事に疎い.大学教授の
多くもこれですね.今の学生は,結構な部分が,自分で勉強する
道を探して,そのように行っている……不幸にも大学がその手段
として選択されてはいない.

その一方で,いわゆるフリーター問題は,教育の内部収益率と外
部収益率の乖離の問題がいよいよ顕在化してきてしまったように
思えます.これについては又改めて.
21 :すりらんか:2000/09/09(Sat) 23:16
ここいらでちょっと経済学のお話.

教育ってのは自己に対する投資行動ですから,もちろん
どれだけのリターンが帰ってくるかが重要になる.たと
えば将来の所得を100引き上げる教育に対しては10
0だけの努力を投下するであろうというわけです.例え
ば上述のダブルスクールなんかはこれが典型的に現れて
いる例だと言えるでしょう.

しかしその一方で,教育ってのは自分の所得に跳ね返る分
が直接的には50だけだが,社会全体で見るとさらに50
の利得がどこかで生じるというケースがある.この様な教
育を履修するのに個人に100の投資が必要な場合……社
会的には有用な投資であるのにこれは行われない.これが
教育の外部収益率・内部収益率の乖離……外部性の問題で
す.教育は初等なモノほどこの両収益率の乖離が激しい.
高校中退問題は高校を卒業する(という努力)の内部収益
率が高くない状態になってしまったことを表しています.

これに対する対応は,金銭的なモノとしては教育費の公的
負担ということに行き着くでしょう(精神的な努力の補完
法は難しくてわかんない)が,ここにもう一つ問題があり
ます.

とくに教育における外部性はその多くがネットワークの外
部性といわれるもので,例えば,高卒者が多ければ多いほ
どその外部収益率は上がるというモノです.高校中退者の
増大のけっか高卒の外部収益率までもが低下していってし
まう……そのけっか近視眼的に見た社会的に最適な教育投
資の量(そして最適な人的資本蓄積)までも低下していっ
てしまうのです.

(つづく)
22 :(゚Д゚):2000/09/10(Sun) 00:22
>21さん
その考え方で行くと、社会的には進学率は高ければ高いほどいいって
ことになりますね?ホントにそうでしょうか?
例えば、労働需要サイドとしては全てが大卒レベルが必要って
わけではないでしょう。そのあたりのギャップが逆に不利益につながるのでは?
23 :先公[先公]:2000/09/10(Sun) 01:01
おんや。研究会5時間→懇親会3時間のデスマッチから解放されてやっと帰りついたら、
みなさまのおかげでだいぶ論点が整理されてきました。
ありがたいことです(皮肉なし・ほんとにそう思っていますよ)。
じつは私が持っていきたかったのは(゚Д゚)さんのご質問に関わることに近く、
(特に22)そこまで到達するのに一週間ぐらいかかるかな、と覚悟していた
ものですから。さすが、15ch経済板です。
ところで、つけると言ったレスをとばす形で恐縮ですが、ぼちぼち
「教育の剥落」現象と学歴の問題→人的資源の育成(いわゆる人材育成)が抱える問題
へと話を向けてよろしいでしょうか? 私としては、ここが経済板であり、
「教育問題板」「ここがおかしいぞ日本の教育」板ではないことを十分承知して
参加しているつもりです。
(ところで、「教育板」なんか主宰するつもりがない理由はご想像がつくと思います。
 2chを見れば明らかですよね。以前にも書きましたが、「教育」「教育学」は
 恐ろしいほど素人の的はずれな自慢や批判と、個人的なルサンチマンに基づく
 攻撃の対象になるのです。経済学の比じゃないですよ。だからBBSでコーナー
 を立ち上げる気はありません。またこの板に無理矢理「教育」ミニ板として寄生
 する目的もありません。その点は何卒ご理解くださいますよう・・・)
24 :先公[先公]:2000/09/10(Sun) 01:04
おや。研究会5時間→懇親会3時間のデスマッチから解放されてやっと帰りついたら、
みなさんのおかげでだいぶ論点が整理されてきました。
ありがたいことです(皮肉なし・ほんとにそう思っていますよ)。
じつは私が持っていきたかったのは(゚Д゚)さんのご質問に関わることに近く、
(特に22)そこまで到達するのに一週間ぐらいかかるかな、と覚悟していた
ものですから。さすが、15ch経済板です。
ところで、つけると言ったレスをとばす形で恐縮ですが、ぼちぼち
「教育の剥落」現象と学歴の問題→人的資源の育成(いわゆる人材育成)が抱える問題
へと話を向けてよろしいでしょうか? 私としては、ここが経済板であり、
「教育問題板」「ここがおかしいぞ日本の教育」板ではないことを十分承知して
参加しているつもりです。
(ところで、「教育板」なんか主宰するつもりがない理由はご想像がつくと思います。
 2chを見れば明らかですよね。以前にも書きましたが、「教育」「教育学」は
 恐ろしいほど素人の的はずれな自慢や批判と、個人的なルサンチマンに基づく
 攻撃の対象になるのです。経済学の比じゃないですよ。だからBBSでコーナー
 を立ち上げる気はありません。またこの板に無理矢理「教育」ミニ板として寄生
 する目的もありません。その点は何卒ご理解くださいますよう・・・)
25 :先公[先公]:2000/09/10(Sun) 01:06
すみません。同じレスを重複してしまいました。
26 :名無しさん@しゃべり場:2000/09/10(Sun) 01:17
では、そろそろ本論をお願いします。>先公さん
27 :先公[先公]:2000/09/10(Sun) 05:56
それでは事象の説明から。いつものことながら当方にとっての専門用語、および
複雑な説明は可能な限り避けます(ここは経済板であります故)。

  【「教育の剥落」現象とは何か】
まず「剥落が起こっていなかった」過去のモデルケースから。
初等教育段階で習得した知識をベースに、前期中等教育の学習が成立します。
そして初等→前期中等教育へと継続し、量的・質的に深化された知識をベースとして、
後期中等教育での学習が成立します。これが10数年前まで広く教育現場で通用して
いた「知識」の拡大・深化のモデルです。
当たり前じゃないか? まったくその通り。おそらくこのスレをご覧になっている
みなさんには、私に改めて説明を受けるまでもないことであると思います。
ところが、だいたい80年代中半から、この一般的モデルが当たり前ではないケースが見られる
ようになってきたのです。
当初、この「当たり前が当たり前でなくなる」傾向は、習熟の速度が遅い児童生徒(遅進児と
呼ぶ場合もあります)にみられる、いわゆる「落ちこぼれ」問題の一環として論議されて
いました。
要するに、成績不振者が制度のおかげでそのまま進学してしまうだけのことだ、という
具合に見られていたわけです。--ちょうどバブル期と重なった「段階ジュニア世代」が
高校→大学へと進学するまでは、の話ですが。
(前振りだけで申し訳ありませんが、少し寝させてください)
28 :先公[先公]:2000/09/10(Sun) 14:08
さて。昨今問題視されている「学力低下」の問題といえば、
「分数計算のできない大学生」ですが・・・。
(なんだ結局はそこか、などとお急ぎにならず、ご辛抱ください)
「分数計算ができない」云々とマスコミをにぎわしているのは、前述した「遅進児」
でも大学への進学が可能となった、という面での「学力低下」です。
当該の事象は学齢期人口の減少期に入ったことにより、当然の結果として生じたことです。
つまり、厳密に言えば後期中等教育課程(高等学校)において10年前~15年前との
比較上、同レベルの学力(習熟度)を達成して卒業した学習者が、大学生になってみたら
甚だしく学力が低下していたという問題ではありません。10年前~15年前ならおそらく
大学への進学は困難であった学力レベルの層でも、同世代人口の減少に比例させず、入学者の
定員を学校法人の運営上、ほぼそのままに維持し続けている大学側の引き起こした問題です。
(学校法人にとって補助金を獲得する都合上、定員を削減することは大きなマイナスですから)。
わかりやすく言い直しますと、「学力がない者でも大学に入れるようになった」わけです。
しかし、これは私が指摘を試みている「教育の剥落」とは区別して考えなければならない現象です。
世間では「大学生が頭悪くなった」と一言で片づけられ、「学力低下」をなんとかしろ、と騒がれて
いますが、目に見える形で問題となっている「学力低下問題」を解消する方策は一つしかありません。
大学の入学定員削減=現実的には大学の統廃合です。
しかし、この方策によって解決し得ないのが「教育の剥落」問題です。
(また少し整理する時間をいただきます・・・手短にならず、申し訳ありません)
29 :名無しさん@しゃべり場:2000/09/10(Sun) 15:03
>先公先生
議論が長くなるのなら、木下是雄ではないけれど、逆茂木型の
論理展開は勘弁してほしいです。
30 :名無しさん@しゃべり場:2000/09/10(Sun) 18:43
>29
まあまあ、ゆっくり行きましょうよ。

>先公さん
倍率の低い一部の大学はあっても、
偏差値上位の大学は依然として競争率が高いですよね。
そうすると名門大学では学力低下という現象は起きないことになりませんか?
31 :名無しさん@しゃべり場:2000/09/10(Sun) 20:28
>30さん
先公さんが言ってる「分数の出来ない大学生」の内容を
読んでいらっしゃらないようなのでもうしますが、あの分数が
出来ないとテストされたのは俗に言う「名門大学」の文系の生徒なんですよ。
つまり、学力低下が起きてるのは全体だともいえますし、
文系の数学能力が落ちてるともいえるのです。
まぁ、経済学をやってる学生もこの話にもれないともここの諸氏は
嘆いておられますけどね。(^^;
32 :先公[先公]:2000/09/10(Sun) 22:56
>29氏
分類に手間を取ることによって、苛立たしい思いをさせてしまい恐縮です。
ただ、27・28をご理解いただかないと、
「なんだ、今の大学生はバカでぶったるんどる!いいか、昔の大学生はだな、クダクダ」
という旧日本陸軍流の精神論で片づいてしまいかねません。
それだと「大学生よ勉強せよ」で終わってしまいまして、何の分析にもなりません。
どうかご寛恕ください。お読みになっている方の論理的思考力・分析力が頼りです。
「景気が悪い!要するに政治家がダメなんだ!腹を切れ!」では経済学にならないと
私は思っております。
期せずして30氏・31氏のレスにより、話を進めやすくなりました。
やはりこの板で投稿・ROMなさっている諸氏はくされ板とは大違いです(29氏の木下是雄
というクレームも格調高い。よそならとっくに私の投稿などつぶされてます)。
それでは続きを再開します。
28で取り上げた大学生の「学力低下」問題は、すでに申し上げたように、
同世代人口の減少(特に首都圏で著しい)と大学入学定員の維持がもたらした
高等教育の「大衆化」によって起こっている面があることは確かです。
だがもう一つ、「教育の剥落」が後期中等教育修了までに起きているという
面を無視して批判的検討をおこなうわけにはいきません。
そこで、以下に述べることは習熟度が低い「遅進児」の問題ではないことを
念頭に置いてお読みいただきたく存じます。
私が講師として勤務していた某有名私立進学校で問題となっていたことを例に取ります。
(例示するのは首都圏の方ならご存じの学校です。学歴板のまねごとはやめます)
33 :先公[先公]:2000/09/10(Sun) 23:55
高等学校=後期中等教育段階でのお話ですが、8年ほど勤務しておりまして、
 1 日常生活で使用しない語彙に関する知識不足
   e.g.漢語・外来語・外国語
 2 日常生活で話題とならない事項に関する知識不足
   e.g.社会(地歴・公民)・理科
 3 論理的思考を構築・発展させるために必要なツールの不足
   e.g.数学的思考力
という知識の量的減少(あえて「学力の」とは書きません)が、年を追って進行して
おりました。
これについてはただ1校で見られた傾向をもとに語るわけにはいきませんから、
もちろん男子校・女子校を問わず他の私立進学校(いわゆる「落ち目の」ではなく
「安定高値」の学校、および大学への進学実績が「伸び盛り」の学校)、ならびに
都立のトップ校と呼ばれる高等学校で現職の教諭をしている諸氏ともたびたび検討を
重ねた結果、同様の傾向がみられることを確認しております。
ここで「教育の剥落」現象として取り上げるのは上記1~3のうち1と2についてです。
3については「学力観」と絡めて別個の検討をしなければなりませんから、除外します。
また「いや、こんな優秀なやつもいるぞ」という各校に存在する例外も除外します
(検討を混乱させるもとですから)。
さて、1と2についてですが、東大後期・慶応の文系諸学部(商は要約ですからこの際、
除外しましょう)早大の第一文学部等で過去に出題された入試問題を題材に演習をおこなって
いて、特に顕著にあらわれます(あくまでも象徴的な例であり、他の面でも往々あらわれる
のは言うまでもありません)。
1、2をまとめて言えば
   過去の成績評価の優秀さによれば、前期中等教育段階までに習熟しているはずの
   知識の剥落
という現象が起こっていると言えます。
34 :先公[先公]:2000/09/11(Mon) 00:52
33の1、2で「日常生活で使用しない(話題とならない)」と条件を付したのには
理由があります。学習者は世間で誤解されている意味で「バカ」になってはいません
でした。(二十代の方、あなたたちのことです)
日常生活で慣れ親しんだり、興味関心をもって接したりする事柄に関する知識は豊富に
持っていたからです。一例として「三国史」など挙げましょうか。
魏・呉・蜀(すべてAtok13で変換の選択肢に入っている。使用頻度が高いということ?)、
ショカツコーメー(これは出ない)、連環の計等といった知識をお持ちの方も多いと
思います。これは学校で習熟した知識ではないですね。KOEIのゲームか横山光輝のマンガで
仕入れた知識でしょう。
ついでに「牛魔王」「芭蕉扇」なんて名詞に関する知識は? --「ドラゴンボール」ですね?
古典作品「西遊記」からではない方が多いと思います。
実生活で必要でもないのによく覚えていますよね?
同様のことはドラエモン氏や私の世代にもみられたのです。時代状況の異なりにより、私たちは
違う題材でそれをおこなっていただけです。中学生であったドラエモン氏にとってのマルクス、
私にとっての中野重治なんて、一見高級そうにみえますが、案外上記のレベルだったりします。
(その厨房的興味関心のおかげで結果的に得をしている部分もありますが)
これに対して、定期テストを主とする成績評価を根拠にすれば、6・3・3制の下で十分習熟
していると判断せざるを得ない学習者の知識については、修了・卒業=進級・進学の後、まさに
ポロポロと「剥がれ落ち」て残らない傾向が強まっているのです。
御自身や同世代の知人について思い当たる二十代の方が多いと思いますが、いかがでしょうか。
35 :ぼけ老人[ぼけ老人]:2000/09/11(Mon) 01:04
>先公氏
私は専門外のことにはなるべく意見を述べないことにしとります。
そういうわけでして、あまり積極的に議論に参加は出来ませんが、
先公氏のお話は興味深く聞いとります。
是非、続けて下され。

気になることがありまして一つお聞きしてもよいですかな?
33のレスで言う3(=論理的思考力)はどうなっとるんですかな?
最近の高校数学では一次変換を教えなくなったと聞いとります。
ただでさえ学力低下気味なところへ数学のカリキュラムが容易化しつつある
というのは一体、どういうことなんです?
一度、プロの方にお聞きしてみたかったのですよ。
・・話の腰を折ってすまんですのう。
36 :先公[先公]:2000/09/11(Mon) 01:48
当該の傾向についてデータを示したいのですが、これに関する有意味な統計が現在まで
のところ存在しないため、お示しできません。従って私がおこなっている迂遠な分析の
根拠となるのは、33で紹介した進学校の現職教諭を招いた検討と、私の経験のみと
なってしまいます。ここが弱いところですね。教育学を科学化する努力が領域全体として
立ち後れている一端の現れで、お恥ずかしい限りです。
>ドラエモン氏
もしもこの退屈な投稿をお読みになっていたら、「革命」を叫ぶアジテーターや心情的な
道学者がまだまだ健在である分野だとお考えください。それと政治屋。いや~情けない・・・
閑話休題。
前述した知識の「剥がれ落ち」は、状況により大学への入学が可能となった習熟度の低い学習者の
問題とは別個の憂慮すべき(この表現は便宜上使用します)事態を引き起こしています。
テストの前の「一夜漬け」はずっと以前、それこそ戦前に一般的な事例を見ることができるぐらい
古い伝統を誇る学習法です。だがたとえ一夜漬けの学習で得た知識であっても、長良川の鵜のように
詰め込んだ知識をゲロゲロと答案用紙に向かって吐き出し、その後は徐々に剥がれ落ちるということ
はありません。目的に向かって集中し、記憶した知識は割合歩留まりよく残ります。
(このへんについても「昔の高校生や大学生は毎日まじめに勉強したものだ」という大ウソがまかり
通っていますが、そういった訪れることが不可能な時代に関する神話は無視してください)
37 :先公[先公]:2000/09/11(Mon) 02:34
>ぼけ老人氏
駄文をお読みいただき恐縮です。35のご質問に手短にお答えしますと、学校教育では
論理的思考力の育成に関して国語・数学とも目標に掲げています(特に国語)が、現状に
おいて達成のための具体的な方策は、教師個人の創意工夫と学習者の自主的な努力にゆだね
られている状態です。つまりそのためのカリキュラムは構築されていない・ということです。
これはぼけ老人氏、ドラエモン氏、そして私の世代に主流であった「教養主義」的教育
(次回の投稿で少しふれる予定です)をベースとした教育が今でも継続されているという
ことと密接に関連します。
(それでも大衆を対象とした学校教育としては、戦前期のスタイルよりずいぶんましに
なったのです。教育カリキュラムははるかに時代の後を追っています。よろしかったら
戦前期の中等教育の一例をご紹介しますが、ともかく時代をリードするなど不可能、
全然時代の要請に追いつきません。要は教師と学習者の個人的努力が頼みの綱です。
ですから大学教育が大衆化した現在、問題が噴出するのは当然なのです)

それから、今後の予想ですが、大変芳しくないことを申し上げなければなりません。
週五日制の導入により、50分×年間35コマの単位時数が4つ減ります。
35週×4コマ=140単位時間   これを6・3・3でみてみますと、
140単位時間×12年間=1680単位時間  の減少となります。ついでに、
学校行事等がありますから、年間35週授業が実施できるわけではないことを
付記いたします。時数が削られる対象は国・英の語学と数学です(理科・社会は
もともと細分化して実施されているのでこれ以上削れない)。
これは80年代に臨教審第一部会で一時提起された「教育の自由化」を部分的に実施
したのと同じことです。それ自体についてここで批判するつもりはありません。ただ、
自由化された部分に関する教育的補充の方策がない(あるのは塾と予備校の受験対策
教育のみ)ですから、論理的思考力の育成については先述した問題ともども、現状の
まま推移すれば「アウト」です。
38 :先公[先公]:2000/09/11(Mon) 02:48
仕事があるため残りは明晩にさせていただきます。
(とにかく短くする努力はいたします。それと、最終的にはスレッドの表題をゴールと
して書いておりますので、板の領域外に関するこれまでの長文を何卒ご容赦ください)。
「教養主義」的教育とは何かについて一言だけ。平易に表現すれば、
 ・新知識の配給(明治期以来一貫しています)
 ・大学で行われる学問の基礎の基礎=「匂い」をかがせる
を眼目とした感化教育とお考えいただければ大きく間違っていないと思います。
ここでは「思考力の育成」は目標に掲げられても、感化が中心となりますから、
思考力育成のためのカリキュラムは実際には重点となりません。
39 :先公[先公]:2000/09/11(Mon) 21:51
(36の続き)
では知識の剥落はなぜ起こるか。現象については確認されていても要因についてはまだ
十分な検証を伴う解明はなされておらず、遺憾ながら現時点では仮説によって進めなけ
ればなりません。ですからここでは妥当な要因と考えられることの説明にとどめます。
 1 供給される知識そのものが学習者に強い興味関心を抱かせない
 2 学習者に知識を受け入れ、記憶にとどめる潜在的キャパシティがない
 3 学習カリキュラム自体に魅力がない
1は供給されている知識をクオリファイする問題、および知識自体の性質・方向性に
を問い直す問題を含みます。学習者に供給される知識を無駄なものではないと位置づける、
あるいは検証の結果無駄なものであると位置づけて供給すべき内容の入れ替えを行えば、
事態の改善が可能となります。
2は学習者自身の潜在的能力にかかわるわけですから、現行の学力評価の不正確性が
検証されれば、改善策だけは比較的容易に構築できます(実施が容易か否か・果たして
それが有効に機能するかは別問題です)。
3については、現行カリキュラムが抱えている問題が明らかになっても改善は困難だと
思われます(占領軍なみの権威の裏付け=強制力を伴う形での専門家による根本的カリ
改善の勧告、ならびに教員の大幅なリストラ→入れ替えが必要となるため)。しかし私見
ではこれが最重要と思われることを付記します。

★夜のニュースで、国大協が大学生の学力低下を改善するためセンター試験の受験科目を
再び増加させる=共通一次試験のスタイルに戻すことを提言したとの報に接しました。
この措置は1に関連させて言えば、今まで「無駄」と思われ切り捨てられていた知識の
クオリファイ、2との関連では入学のハードルを高くすることによる学力評価の見直し
(ただし「良質な学生を集める」効果は期待できません)、3については(淡い期待に
すぎませんが)若干の現場におけるカリ改善をもたらす可能性が出るという意味を持った
措置といえると思います。(次の投稿で、まとめと提起をおこないます)
40 :名無しさん@超合金:2000/09/11(Mon) 23:03
掲示板上でなんて凄い論文だ。純粋に尊敬。
41 :先公[先公]:2000/09/11(Mon) 23:47
以上長々と書いてきたのは、学力について現行の学校教育が抱えている問題点をある程度
理解していただいた上で、日本の今後の経済発展・技術進歩を考えるために是非、ご意見
を伺いたかったからです。取り上げた問題点を大まかにまとめると、
 1 遅進者=大学教育にたえられないレベルの学力しか持たない学習者が大学に入学している
 2 成績優秀者に知識の剥落が認められる
ということになると思います。加えて記せば、ぼけ老人氏へのレスで取り扱った
 3 論理的思考力を育成していないカリキュラムの欠陥
を挙げることができるでしょう。実はこの3点が片づけば日本の教育=人材育成の前途は
洋々たるものとなります(改善・解決する上で困難は数多く存在しますが)。

スレッドの表題に戻り、順次まとめます。まず、あまり取り上げなかった1について。
(1を取り上げて説明しなかったのは、おそらく経済学を専門となさっている方の
視野にもこの問題がすでに入っていると思われたからです)
1で問題になるのは、過去において日本の経済力と技術力を下から支えてきた中堅層にあたる
人材を、今後、無駄の多い高等教育(=不必要な専門教育)からどのように掬い上げ、社会内
に位置づけるかということになると思われます。
42 :先公[先公]:2000/09/11(Mon) 23:50
戦前からどうしようもない大学生はいたと記録にありますから、それは除外しましょう。
その上でなお、本来中等教育を修了した時点で経済活動や技術開発の場に新戦力として投入され、
活躍し得る人材が、高学歴=高い価値の人材という単純な物差しによる測定で、劣等な大学生と
して無駄な学歴を獲得し、冷遇されるという現象が生じていることにはみなさんお気づきと思います。
具体的には大学は出たけれど三流大で、何のスキルもなく、職もなくフリーター・・・という層の
に関する対策です。該当する層には相当数の有能な中堅労働者・技術者の候補が存在していると
思います。
そこで、この中堅労働力・技術力育成の問題を改善する実現可能な対策について、経済・経済学的な
視点からお考えをうかがいたく存じます。ただし、ここで前提条件として考えなければならないのは、
一度社会全体で高度化してしまった学歴を下方にシフトすることは、平時ではきわめて困難だという
ことです(他の組織による代替は比較的容易だと思われますが)。学歴の下方シフトを可能にするの
は戦争という非常時がもたらす社会構造の破壊だけです。しかし戦争を選択肢に入れるのはやめて、
お考えください(現状から日本社会が戦時態勢へと移行するのは外からの侵略があった場合のみと
思われますし、教育問題を解決するために戦争を・というのは筋道が違いますしね)。
御参考までに、日本の現行の教育制度を図示します。
通常、日本の教育制度は「フォーク型」をしていると言われます。
43 :先公[先公]:2000/09/11(Mon) 23:52
義務教育(9年間共通)─┬─普通教育(3年間)──高等・専門教育─就職
            └─職業教育(3年間~5年間)

根は一本で途中から進路が分岐する・という意味です。
この「フォーク」の柄の部分が社会全体の高学歴化に伴って長くなり、現状では

義務教育(9年間共通)+普通教育(3年間)━━┳━高等・専門教育━就職
          (└職業教育=統廃合傾向)┗各種学校━就職
                       │
                       └就職
となっています。フォークの柄を縮めることは難しい。
温情的である必要はありません。どのような方策が可能でしょうか。
(私は現状の高学歴化が質の高い労働力・技術力を持つ人材育成という観点からみて、
有効に機能していると考えていません。また、すべての学習者に高等教育にたえ得る
学力=知識・思考力を保障できるとも考えていません。これらの点についてでも
けっこうです)
44 :(゚Д゚):2000/09/12(Tue) 00:48
なかなかレスが伸びないと思ってたらいつの間に凄い事に、、
でも長いよ~~~~眠いので明日じっくり読ませてもらってレスします・・
45 :名無しさん@超合金:2000/09/12(Tue) 02:29
大学へ行くことが常識になってしまっている現状に問題があるのかもしれませんね。
高専などの実践経験・知識を教える教育機関の評価を上げ、
進路の一つとして認められることが必要ではないでしょうか。
しっかりした目的を持って進路を選ぶことができれば、その後の学習意欲も強くなるはず。

大したこと書けなくてすいません。

何故か日本では「工業・商業高校は頭の悪い子の行くところ」
という感覚で一致してますよね(私の周りではそうでした。)。
何でだろうと疑問に思っていたんです。
46 :すりらんか:2000/09/12(Tue) 03:27
たとえば,私が常々考えているのは普通教育への
職業教育の混入という方法です.たとえば,中高
の段階で,普通科の生徒にも,工業と簿記のいず
れかを必修として履修するという方法です.こう
いうとすぐに--学校で習っても出来るようにな
らないと批判されそうですが,私のいいたいのは
そういうことじゃないのさ.

国民共有の知識として,技術的なモノを身につけ
させるという考え方です.国民全員が簿記が出来
る,簡単な機械修理が出来るというのはその後,
どのみちに進むにせよ,その基礎となる考え方を
与えると思います.政経を学んでは簿記を思い,
化学式・物理学をみては,あぁあの機械のココの
部分だなと考える……また,職業に就いてからO
JTで教えられる知識もそこを出発点としていく
ことで,自分のベースとなる知識となるかもしれ
ない.

そのいみで,中等教育段階で「職業教育」を職業
のためではなく「行う」というのは面白いと思う
のです.
47 :名無しさん@超合金:2000/09/12(Tue) 05:56
教育内容と実生活が結び付かないのは大きな問題ですね。
確かに普段の生活で得られない知識を教えるのが学校教育なんですが、
理論だけで授業が進む数学や英語の必要性が「入試合格」にしか見出せ
ないのは参りますね。

職業教育についてはドイツが先進的じゃなかったかな?
小学校卒業の段階でその後を職業教育と中・高等教育のどちらかで選ぶシステム
になっていたような・・・。詳しい方いらっしゃいますか?
48 :名無しさん@しゃべり場:2000/09/12(Tue) 11:05
先公さんは、中堅労働者・技術者育成の方に重点があるようですが、
成績優秀者の学力低下についてはどうしましょう?
それから「経済・経済学的な視点から」って条件がつくと書きにくいなあ。
でもとりあえず

1.今の建前上は横並びということになっている大学の上に、
いくつか超エリート校を作る。

2.飛び級を認める。

これによって向いてないやつには早めに引導渡してやるってのはどうでしょう?
49 :ドラエモン:2000/09/12(Tue) 13:16
横レスで失礼。

>48
いやー、秀才の意見はキビシイ。僕なんか、あっという間に引導渡され組。
別に受験体制に恨みを言う気はないですが、僕の経験から言うと、大学入る
まであんなに勉強できたのに、と思う連中が、大学入ったとたんにアッと言
う間に痴呆化するのは、そんなに珍しい事態ではないように思う。その一方
で、有名私大の付属校から上がってきた奴の中に、たまにだけど、大学入っ
て急にインテリジェンスに目覚めちゃうのもいる。

そういう経験から言うと(<狭い経験で教育語るな、と先公さんに叱られる!)
引導渡すのと同時に、「目覚めた」時に勉強できるシステムを作らないと社会
的には相当損失が生ずるように思うんですが・・・。
50 :先公[先公]:2000/09/12(Tue) 16:24
>48
いえ、順番に・・・ということです。次にはもちろんその問題ですよ♪
(ちょっと長すぎの前説で論点3つも出しちゃったので、まず1つめ
から・てことで。こちらが欲張りすぎました。ごめんね)
でも、2の問題はもう先にどんどんレスつけてくださってかまいません。
とゆうか、その方がありがたく存じます。
51 :先公[先公]:2000/09/12(Tue) 17:35
>49ドラエモン氏
ドラ師匠を叱るだなんてとんでもない(笑)ご謙遜が過ぎます。
ご指摘の教育システム=軌道修正が可能な教育制度というのは、
日本の戦後教育が保ってきた、誇るべき一大特長とご理解いただいてよいと思います。
工業・商業・農業高校など、各種の「職業教育」コースへ進んでも大学進学への門戸は
閉ざされませんし、高校を中退しても入学し直して必要な単位を取得したり、大検を
受験して大学受験資格を得たり、etc.実に柔軟なコースの選択と修正が可能です。
こんな制度を採用している国はたぶん、他にないんじゃないかな。
(欧州諸国型だと、いずれにしても軌道修正の道が閉ざされていたり、修正に幾つか
段階を踏まなければならなかったのではと記憶します)
教育の制度をめぐる問題については、現在に至るまで妥協の余地が存在しない激論が
たたかわされてきましたが、ご指摘の一点についてだけは、立場の違いを超えてプラス
の評価がなされています。個人的に「敗者復活システム」と呼ぶ人もいますが、コース
選択に勝ち負けはないと思っているので、私はこの表現は好みません。
このコース選択の柔軟性は、目立たないけれど案外役に立っているようですよ。
たとえば・高専を卒業あるいは中退して大学に進んだ、なんて例もありますし。
もちろん「普通教育」をドロップアウトして「職業教育」へと軌道修正することも
可能です。ただし、こちらについては、私は実例を知りません。
(「普通教育」にばかり携わっているせいで見聞が狭いのかも)
52 :先公[先公]:2000/09/12(Tue) 17:54
51に追加。
前述したように柔軟なコースの選択と軌道修正が可能なのですから、近年の傾向として
見られる「学力を多角的に評価する」というやり方は不要だと私は考えています。
 ・小論文と面接のみで合格 → こんな試験に頼るようでは、入学後、学部の
                レベルでついていけない&周囲にレベル低下の
                悪影響を及ぼす
えーと・広末涼子の場合はこれじゃなかったかな。ありゃいかん。
早稲田の企業宣伝としては理解できるが。しかしいかん。指定校推薦の入学者だって
高校での学業成績を良く揃えるために努力はするし、
まして一般受験者はたとえ「受験学力」限定とはいえ、学力アップのための努力は
きちんとするんだから。
どーゆう「学力」を評価したつーの。ブツブツ
(ズレるし厨房スレになっちゃうから、この投稿にはレスつけないでね)
53 :先公[先公]:2000/09/16(Sat) 02:49
う~む、一人でいろいろくだらんこと書いたから、すっかり盛り下がってしまった。
とりあえず中堅労働力育成の問題はこっちおいといて、
ここの板の人々が関心を持っていると思われる方向に修正します。

【03氏の疑問】
「世の人は、大学で勉強したことなんて何の役にも
 立たないと考えている人が大勢だからなのかな!?」
【05氏=15】
「大学や高校に通うってこれからも大事なんでしょうか?」
【16氏】
「高学歴の方がいい暮らしができる。ただ、大学では勉強する必要は無い。
 大卒という「資格」が意味を持っている。いい大学にさえ行ければあとは安泰。
 ・・・以上がいわゆる学歴社会というものに関する、おそらく多くの人のコンセンサス。」

このへんに絞って考えてみましょう。
上記三氏が投げかけた問いは、かなりの方の共通理解を得られると思うのですが。
だとすると、
大学での高等教育って内容が空洞化してるというか、かなり非効率的に行われている
と言い得るのかもしれませんね。

学部生のみなさん、あるいは学部卒業済みのみなさん、
大学での高等教育にどういうものを期待しましたか?
それと、実際のどういうところに失望しましたか?
(前回の反省に立ち、視点の縛りはつけません。さまざまな角度から
お考えをお寄せください)
54 :先公[先公]:2000/09/16(Sat) 02:56
補足:いま何が問題だと思うか・ということでもいいですよ。
   「失望してないぞ」というのもあり。
55 :名無しさん@敬老:2000/09/16(Sat) 05:33
知識財ってのは、確か実際に消費される時点まで、
或いはその知識が実際に活用される時点まで、
その価値がわからないっていう性質がありますよね。
そういうときは、何らかの方法で期待を形成するのでしょうけれども、
過去に、詰まらなかったというトラウマがあると、
積極的な学習意欲も湧かないような気がします。
(詰まらない小説家の本は二度と買わないだろうし、
無理矢理読まされても頭に入らないですよね。
スレの初めの方でスリランカ氏が言っていた内部収益率の話も、
中高生が合理的にその計算を行っているとは思えない、ということです。)

だから私自身は、かつて誰もが抱いた「行列なんか勉強して
なんの役に立つんだ!」という疑問に聞く耳を持つことよりも、
学習することの楽しさを経験させ、学習することの意味を理解
させることの方が、よっぽど重要なように思います。
私自身はそのことを自らの言葉で語ることのできる教師が少ない
ことに問題があるのではないかと思っているのですが。
つまり言いたいことは初中等教育の教師の水準の低さです。
(まあ、典型的な経験的教育論ですので、遠慮なく突っ込んでください。)

イギリスのブレアが英国の3つの重要政策課題を挙げて、「教育、教育、教育!」
と述べたといいます。情報化社会を迎え、世界ではますます基礎教育の重要性が
認識され始めている中で、日本は例によってその流れに逆行しているように
思えてなりません。

もう一つおまけ。確か昨日の新聞に掲載されていた、相対評価から絶対評価へ
という流れには大賛成。
56 :名無しさん@敬老:2000/09/16(Sat) 06:03
学生の立場から言います。
私の立場をまず表明しますが、俗に言われる3流大学に浪人で
入ったものです。従ってエリートがどうのって話ははっきり言って机上の空論の
ようにかんじられるので労働階級について語りたいと思います。
先公氏は色々な代案を考えて今の教育をよい方向に導こうと考えてるようですね。
しかし、現実問題(経済学的観点)からもそれは難しいのではないでしょうか?
どんなに公的な教育をおこなったとしても限界があることをまず認める必要が
あるのではないでしょうか?私は以上二つから考えたのはそもそも教育は何の
ためにするかということです。非常に古い見方から言えば(叩かれる必死ですが)
軍隊を作るという目的で公的な教育は理にかなっていました。しかし、今
公的に教育は何を求めてるといえるのでしょうか。だからこそ今必要なのは
上からの働きかけをよけい弱くすることではないでしょうか。非常にかけてき
といわれるかもしれませんが、やる人間がやるその状態を作り、やりたくなったら
やり直すそれでよいのではないでしょうか。私は経済学が好きです。
それはどうしてそうなったかを研究することを忘れない学問だからです。
(最後は余談ですが・・・)
57 :先公[先公]:2000/09/16(Sat) 09:02
>55氏・56氏
早速のレスありがとうございます。
55氏は
 1 知識材と期待形成の問題
 2 効果的な学習意欲の喚起に関する現行の教育方法の問題
  =初等・中等教育を実践している専門家の質の問題
 3 日本国の教育軽視政策の問題
 4 絶対評価導入に関して
を指摘してくれました。研究日に仕事が入った(弟子がシドニーに出る)ので、私自身の
レスは今夜あたりにずれこむと思いますが、いずれも諸氏のご意見をもっとうかがいたい
点ばかりです。論議の方向性を誤れば「犯人探し」に帰着しやすいものばかりですが、実は
今日の教育問題の本質をよくとらえていますよね。
また、56氏が指摘した軍隊と公教育の関連性は明治から施行された日本の近代学校教育を
ベースとして支えた条件を考察する際に当然無視できないことです。戦後はその代替となる
ものがあったのに、今日ではそれが消失してしまったとも考えられますよね。
時間がない都合で、ひとまず所感を記す程度にとどめます。
これに関連したお考え、あるいは異なる視点からの指摘をご遠慮なく。
58 :ドラエモン:2000/09/16(Sat) 23:22
>56
軍隊の例もそうなんだけど、結局は外部効果、もっと言うならネットワーク外部性
の一種だね。
59 :56:2000/09/17(Sun) 08:51
>皆様へ
経済学の勉強をしている厨房なので、最近例えばという考え方が好きになって、
世の中では絶対に起きないであろうことを考えたので、皆様のような博学な方が
どのような答えをもつか聞きたいのでここに書きます。
1.もし、先公さんが唱えるような理想と言われている形を日本の政府が
 現在のIT予算のような熱に浮かされて状態で力を入れるために予算を
 投入したとします。この場合、どうなるのでしょうか。
2.逆にこれ以上の教育は無理だと諦めて、すべての公的教育を減らして
 いくとした場合、どうなるのでしょうか。
60 :先公@休日出勤[先公]:2000/09/17(Sun) 11:01
>56
あんた読まないで書いてるね(笑)
おれはどこにも理想を書いた覚えはない。
1も2もあり得んよ。ここは厨房のたわごとコーナーじゃない。去れ。
61 :先公@休日出勤[先公]:2000/09/17(Sun) 11:07
追記:60でバッシングした56は、59のことね。
62 :先公@休日出勤[先公]:2000/09/17(Sun) 13:39
>55氏   まずは回答しやすい点から。
絶対評価導入を迎える状況についてですが、当面、初等・前期中等教育では
 1 学区間の評価基準の格差   2 内申カウント時の相対評価容認
が問題として残ると考えられます。1について都内の現状でいえば、
「A区で評価3.5前後の生徒ならかなりの確率で私立K進学校に合格する」のに
「B区で評価4.0以上の生徒は私立K進学校にはまず合格できない」という例が続々
でてきます(K進学校は開成ではありません)。
要するに評価の広域的かつ明確な基準が確立されてないというのがネックですね。
これは現場の教員に責任を求めるのは無理。赴任して取り組む現場の数が限定されるので。
都内全体の小中学生の学力レベルを俯瞰することは今後も不可能ですから、この問題は残る。
2に関しては導入後も現状を残すという留保条件として示されたもので、絶対評価そのもの
を骨抜きにするツールとして、不可視な部分で機能するでしょう。
……といろいろ引きずるものがあるのですが、絶対評価の導入に関しては私もプラス
に評価してよいと思います。妥当な評価法の確立にはまだまだ至りませんけれど。
63 :先公@休日出勤[先公]:2000/09/17(Sun) 13:40
評価の問題については「えこひいきする先生」という、ワイドショーなみのレベルに
矮小化されて「教育問題は教員が悪いんだ!」「無能な教員をやっつけろ!」という、
ルサンチマンにかられた感情論に収束するのを耳にしますが、あれは「お子ちゃま」
の議論。憤慨の根底にあるのは結局、教員に特別な能力を求める「教師聖職論」です。
経済学者やエコノミストに向かって「どうして景気がよくならないんだ!」
「景気を回復できないおまえたちは無能だ!」と言ってるのとちっとも変わらない。
それはそれとして、ご指摘の教員の資質の問題については、転職して教員となった私と
してはうなずけるところがあります。大学を卒業して企業でサラリーマンやってる方
にも資質が低いのが多いですから、秀でた人材が特に学校に集積されているわけではない
というのが日本の現状です。世間一般の企業と変わりませんね。やはり人材育成の問題
にかかわってくると思います。
64 :名無しさん@敬老:2000/09/17(Sun) 14:41
評価って本人に「どのレベルに位置しているか」を知らせるものですよね。
習熟度に関してはその評価が正確であることに越したことは無いと思います。

んで疑問に思ったのが、なぜ定期テストの内容は学校ごとに違うのかということ。
一部の私立進学校は除くとして、公立では統一された定期試験を行う方が
公正な評価ができるはずです。その場合、授業の自由度が失われる可能性はありますが…。
65 :先公@休日出勤[先公]:2000/09/17(Sun) 15:49
>64氏
いわゆる学力と習熟度に関する評価に限定してお書きくださったことに感謝します。

実は「教育評価」は習熟度に限りません。また、「学力」もどのような要素を学力の範疇に
含めるか、学問的に重要な問題になるのです。しかしここではそういう説明は必要な場合を
除いて避け、一般で使われている「ペーパーで測定できる」学力≒受験学力に限定して話を
進めましょう。それ以上については正直を言えば、私が経済学についてチンプンカンプンで
あるのと同様の状態がお読みくださっているみなさんに生じます。ですから、「受験学力」
だけが学力じゃないぞ、という突っ込みは、話題が移行するまでやめてね。条件を限定して
考察することに関しては学部生レベルでも経済学を学んでいる人の方が慣れておいでかと
思うのですが、他の領域になるととたんに厨房状態になっちゃう人が出るのが不思議ですね。
(上節は64氏宛ではありません)

中学校の例ですが、隣接する似たような学力レベルの公立2校で施行されたことがあるそうです。
でも結局うまくいかず、短期間でやめてしまったとのこと。
学校ごとに定期テストの内容が異なるのは、
 現行の中間・期末考査=担当者が自らの進度で実践した教育活動に関する
            学習者の習熟度の調査・評価
と位置づけられているからです。
統一試験ということであれば、国がセンター試験のようなものを中学校でも実施するしか方法は
ないでしょう。試験の目的が異なりますから、中間・期末考査の代わりに、ということにはなら
ないと思います。
66 :先公@休日出勤[先公]:2000/09/17(Sun) 16:02
で・その際、誰が評価基準を設定するのか、がやはり問題となります。
それと、評価する問題を誰が作成するのか、もやはり問題となるでしょう。
大学の場合は学区や自治体単位の受験制限が存在しませんから、センター試験は問題と
なりませんが、公立学校の教育評価に関しては「学習者と居住環境の実情」云々が大いに
利害関係を構成しますから、むずかしいでしょうね。
私としては本格的な統一テストを少なくとも年度末に1回、実施してもよいのではと
考えるところです。それをどう評価に利用するのかは慎重を要しますが。
基本的には64氏のおっしゃることには同感です。
ところで、
同じ大手都市銀行なのに、東京三菱も住友も三和も従業員の業績評価の基準をなぜ
統一しないのでしょう?
これをもっと複雑にした問題が教育評価には存在します。
67 :先公[先公]:2000/09/17(Sun) 22:18
わが国の教育とこのスレッドの現状を認識していただくために、ちょっと辛口のコメントを。
「教育評価の全国的公正さ」や教員に対する能力的・人格的な完全性を求めることにとことん
こだわるのは、すぐれて日本的な傾向だそうですが、こういう国際比較はちっともマスコミで
流れませんね。他の先進国なら「あの教員はダメだね」で済むことが、それで済まない。さらに
ひとたび教員が不祥事を起こそうものならTV、雑誌他で「学校の先生なのに」と叩かれ、それ
が「教育問題」と呼ばれる。で、現在問題になっている教育問題はむずかしすぎて叩けない
から、さわりたくない。要するに因縁をつけてストレス発散・なんでしょうね。
--公立学校では管理職の校長が独自の判断をする権限は、むしろ実質的に制限される方向で
進んでいる。従って校長は教育委員会の下命を伝達するだけ。そうしないと校長も処分の対象
になる。そこで校長は「創意工夫に期待する」と各教員に言いながら、提案は(組合のじゃな
いよ)あれもダメ、これも却下。生徒のレベルに即して教育効果を上げようとする教室からの
提案は「前例がない」とつぶされる。担当時数と雑用で週7日、保護者会では「うちの子の素
行が悪い。学校でしつけをしろ」と保護者から。生徒が問題をおこしたら教員は処分。--
以上は先日の研究会で公立中学校の教員から出た愚痴とも悲鳴ともつかぬ言葉です。
不登校も学力低下も教員の責任、子供たちのしつけが行き届いてないのも。日本が不況から
脱け出せないのも、ついでに教員のせいにしたら?楽ですよ、犯人探しは。ついでに、
そんなに教員がダメな連中で嫌いだということなら、将来、お子さんは学校なんぞに通わせ
ないに限ります。学校は教員の巣だから。……アメリカンスクールで「ハロー」てのもいいか。
でも私はこのスレッドでそういう個人的な恨みつらみのお相手をするつもりはありませんので。

そろそろスレッドの表題に接近したレスがつかないかな。案外、経済学の人って、ほんとに
経済活動や技術進歩と人材育成なんか関連がないと思ってたりして。
68 :先公[先公]:2000/09/18(Mon) 05:18
早朝に目が覚めたので、スレッドを1から読み返していてふと気づきました。
少なからぬ方が「教員の資質が低い」ことを取り上げたいみたいですね。私がそこに話を
持っていく意義を見いだせない根本的な理由は63に書きましたから、繰り返しません。
ただ、……なんというか、みなさん夢想家ですねえ。悪くいえば、……いや、やめとこう。
私が「教員の資質向上」なんて話に持っていかないのは、同業者をかばおうとしているから
ではまったくないんです。そこんとこ誤解しないように。はぁぁ。疲れるなあ。
建設的なレスはほとんどないし。ポーカーで持ち札がせいぜいツーペアなのに、「もしこれが
フォアカードやロイヤルストレートフラッシュだったら……」なんて夢見てもしょうがないで
しょ?現実の制約条件から出発して何が可能なのかを考えなければ意味がないでしょ?
それだけのことなんですよ。初中教員の資質・水準ははたしかにいまだ低い(戦前期、戦後期
よりはずいぶんましだが。これは本当ですよ。漠然としたイメージでものを語らないようにね)。
しかし「資質の低い教員」が日本の学校教育の持ち札なんです。どこかの無責任なお役人みたい
に「再研修」を施せば化ける、あるいは化けないのは教員が悪いなんてつまらん夢を見ずに、
少しは現実的な条件をもとに考えましょうよ。映画『ガンホー』みたいな人材の大変化が全国の
教壇で起きる、なんてバカげた空想は捨ててさ。そもそもそんなことができる大企業なんて日本に
あるのかねえ?夢でしょ、夢。町工場規模の変革なら、過去に教育現場で何回も起きてるんです。
でもそういう趣旨のスレッドじゃないはずなんで、これもパスします。

経済学って夢見る学問なの?「もし今、日本に大油田がみつかったら」とか、「日本は
国土が狭いからいけないんだ、埋め立てを奨励してアメリカなみに広くする必要がある」
なんて56みたいなこと、数式と横文字をいじくってみんなでまじめに語って学問にしてる?
経済学の諸氏、この分野の方々の思考力についてあまり失望させないでね。
69 :名無しさん@敬老した?:2000/09/18(Mon) 09:20
質が悪いにも関わらず、首にもできず報酬だけが平等に上がっていくのは
問題外なのでわ?
70 :先公[先公]:2000/09/18(Mon) 16:37
その通り。だから私は民間の役に立たなくなったサラリーマンも、また公務員も馘首したり
減給したりすることにまったく反対していません。もちろん大学の教授・助教授もね。
また、私は「子供たちは宝だ」なんて寝ぼけた感覚も持っておりませんから、学習者につい
ても成績不良者は容赦せずに留年や退学の処置をとるべきだと思っています。
だから最初の方で書いたのです。温情的である必要などないと。

あー・ところで、お答えしましたから今度はこちらから。あなたの質問の意図は?
それから、現在教育公務員は管理職も含め、A~Eランクに評定をされて給与の増減をされているという
ことをもちろんご存じの上でのレスですね?
この点について大学の教官はどうなんだろう。まさか特別扱いなんてことは……。
71 :すりらんか:2000/09/18(Mon) 19:21
>「もし今、日本に大油田がみつかったら」
実はこれは経済学的には結構重要な話題なんですよ.結論だけ言っておく
と,景気が悪くなる可能性があります.そんな非現実的な,と思われるか
もしれませんが「圧倒的な高収益産業の登場は経済にどんな影響を与える
か」を考えるときに議論のベースになる.極端な例の論理的解釈は現実問
題の理解の重要な指針となります.

と脇レスはこのくらいにしておいて,
>1.もし、先公さんが唱えるような理想と言われている形を日本の政府が
> 現在のIT予算のような熱に浮かされて状態で力を入れるために予算を
> 投入したとします。この場合、どうなるのでしょうか。

先公氏は反論しているけど,たぶん先公氏が一蹴している「理想論」
に莫大な予算を投入したら……ということだとおもうけど?先公氏
は「どう予算を投入しても無駄」という結論になりますか?私もほ
ぼ同じ意見だけれど付け加えるなら「教育理想論」の話の大半が結
果目標を定めるだけで,手段は無視の話なのが問題だと思います.
んですぐ精神論.教育と軍隊の話がちらと出てたけどこれじゃ帝國
陸軍だよ.実現可能な方策を考えなければならない.

>2.逆にこれ以上の教育は無理だと諦めて、すべての公的教育を減らして
> いくとした場合、どうなるのでしょうか。

これは避けなければならない.教育は外部性のもとなのです.むしろ
予算の学校間配分を見直すという方向の改革が要されると思います.
72 :すりらんか:2000/09/18(Mon) 19:26
>どこかの無責任なお役人みたいに「再研修」を施せば化ける、あるい
>は化けないのは教員が悪いなんてつまらん夢を見ずに

私は教員の再研修は必要だと思いますが.ただし,精神論的な意味では
なく技術論の意味でね.(余談ながら……GDPの定義を知らない社会
科教師が私の母校にはウヨウヨしています.)精神論の意味では(先公
氏はサラリーマン経験あるようなのでこれからはフリーでしょうが),
教員がインテリであるという訳の分からない自己認識&世論を何とかす
る事じゃないかしら.わたしの拙い教育経験(教育実習っす^^)が私に
「絶対高校教員はイヤ」と思わせたのは,先生たちがキライだから(特
に社会科),GDPの定義シランのに「GDPはだめで,GDEを見な
ければ意味がない」とか「GDPで本当の豊かさは分からない」とか逝
ってる人たちなんですよ.

ただし,教員の資質問題はそれほど悲観はしていない…第一にそんなに
優秀な人材をみんな教育に投入するのは効率的とは思えない…ただ現行
の学校制度には圧倒的に「せめて自分の能力の90%を発揮する」イン
センティブがないのが問題と思うのですよ.学校のセンセって浮世離れ
しているのが多すぎて,常識ないひとが多いと思われませんか.

ただこれの改善のために再研修よりももっといい制度がある.教員を二
組に分けることですよ.つまりは大卒採用・30歳採用・40歳採用っ
てな具合にです.浮き世の常識は民間企業で会得してもらって,それを
かっさらってくるという方針です.つとまらないという意味でではなく
「10年やってみて,サラリーマンはもういいや」ってなひとを学校に
入れていく(少数派としてではなく)だけで,再研修などなしに学校の
現状は変化(改善かどうかはシラン)していくと思います.
73 :先公[先公]:2000/09/18(Mon) 22:22
やっとまともな論客が帰ってきた。69の言ってる
1>質が悪いにも関わらず、
2>首にもできず
3>報酬だけが平等に上がっていく
というのは、どうみても街宣車の右翼ががなってるような非現実的な夢から抜け出せない
厨房の暴論だから。認識が3ステップ間違ってるよ。こういうの、よく恥ずかし気もなく
言えると思ってね。
まず、1の根拠が示せないでしょ。特に私が63で書いたことなんか理解できないわけよ。
民間のサラリーマンは優秀・教育公務員はクズ みたいな(「悪質」とまで断言してるん
だからねえ!)思い込みちゃんだわな。逝ってよしの典型ですわ。教員に恨みでもあるん
だろうね。「ボクちゃんの成績が悪いのは先生のせいだぁ!」みたいな(笑)。こういう
奴にやらせてみると、だいたい教育現場で半年もつとまらんのよ。「自律神経失調症」に
なっちゃうわなあ。
2も、教員と警察官が微罪で簡単に馘首されたり、濡れ衣で「依願退職」に追い込まれてる
実態を知らずに書いてる。民間のサラリーマンなんて部署によってはのほほんとしたもんよ。
3についてはすでに指摘したね。公務員が「上がっていく」どころかここんとこ年俸一律5%
カットされて定昇ではなく全体が減俸されてることすら知らない。おまわりさんにでも尋ねて
ごらんよ。公務員の給与なんていまどき「聖域」じゃないよ。物知らずもいいとこ。大爆笑。
したがって69は厨房認定。逝ってよし!
おれが70で「その通り」以降で書いたのは実はまったく似て非なる立場からね。読解力を要する。
すりらんか氏の71・72は興味深いので、検討して後レスします。
74 :先公[先公]:2000/09/18(Mon) 22:30
1さんありがとね。これは皮肉でなく、心から感謝。
>難しい知識を必要とせずに議論できそうなので
てのは本当だが、あなたの発言が呼び水となって「何も知らずに好き放題書いてよい」
と勘違いして暴論や夢物語を書いてくる厨房が多い。おかげで、経済学に首突っ込んでる
面々の中に、質の悪いのがけっこう混ざってることがよくわかった。
75 :先公[先公]:2000/09/20(Wed) 01:53
>71・72すりらんか氏
あなた経済学なんか(失敬!)やらせとくのもったいない人材だねぇ・・・。
こういう人を集められない時点で、学校教育はダメだな(笑)。なにしろ重労働で割の
合わない賃金だし、社会科(地歴・公民)教員の知的レベルが低いのもご指摘の通り
だし。
ようやく「教育事情」はこうなのよ、て解説が必要なお子ちゃまじゃなくて、教育政策
をまともに考えるレベルのレスがきましたので、こちらもまともに応じます。(経済学
研究者に向かって「ケインズはいい人?」「不況になったのは兜町のディーラーの質が
悪いせいだよね」なんて愚問をねじこむ類のレスに先週末~今週初はうんざりしました
から。教育学の知識など不要ですが(経済学の人には専門外だし)、常識的な思考力は
ほしい。厨房は2ch学歴板へでも逝って遊んでてね)
76 :先公[先公]:2000/09/20(Wed) 01:58
>すりらんか氏

 【教育予算投入の効用】

施設・設備に関しては、破損・老朽箇所の補修費用以外は当面不要だと考えています。
コンピュータ関連設備はあってもいいが・という程度の必要性でしかないと。かつて
OHPや放送機材を駆使した「視聴覚教育」、それとアナライザを利用した「情報教
育」で教育の未来像を語っていた時代がありましたが、導入後の実態はご存じの通り。
無駄な出費以外の何物でもなかったですね。鳴り物入りで推進されている「コンピュ
ータ=情報教育」も、腐るだけの代物です。あれはメーカー救済の需要創出策。人材
育成の投資にはならないでしょう。学校教育上有効な利用法など、ほぼありません
から。インターネットで外国の学校と……なんて「国際交流(?)」が関の山だね。
あんなのお遊びですよ、お遊び。思考力なんか伸びません。学校でやる必要性も薄い。
仮に莫大な教育予算を投入することが可能なら、人件費にあてるべきでしょう。
しきりに厨房が指弾?する「質の悪い教員」に甘い汁を吸わせるためではありません。
(何と比較してどう「質が悪い」のか示せないところが「学歴倒れ厨房」の愚かさ)
教員の待遇を向上させる→有能な人材に志向させるだけの価値を教育労働に賦与する
のが目的です。それと同時に馘首・減給も容易にする。それが教育予算を増額し、
わが国の教員の質を向上させ得る唯一の投資策であると私は考えています。
(御説によれば不要かな)
以上の予算投入策には問題点があるかもしれません。ご指摘・ご教示をよろしく
お願いします。
他の点については稿を改めます。
77 :すりらんか:2000/09/20(Wed) 13:51
>先公氏
ちょっと煽りすぎ.2ちゃんではないので,そんなに攻撃的に
ならんでも,理屈がとおっていればみんな耳を傾けます.

さて,氏の再三ご批判の
1>質が悪いにも関わらず、
2>首にもできず
3>報酬だけが平等に上がっていく
ですが,まず1の問題はこれが正しいことを立証できないと同時に
これが誤りであることを示すこともできません.したがってどう議
論してもこの点は仮定から出発するしかないのです.

2については,69さんの書き方だと「教員恵まれてる」論に聞こえ
てしまうところがあるので,注意しなければなりませんが,重要な
論点です.

>2も、教員と警察官が微罪で簡単に馘首されたり、濡れ衣で「依願
>退職」に追い込まれてる実態を知らずに書いてる。

これは反証にならないです.これらのかく首は効率と関係ないんだも
ん.効率が低いからリストラってのは公務員にはないわけです.それ
どころかこんな微罪で優秀な人が首になるかもしれないというてんは
さらに非効率性の元になるかもしれません.

>3についてはすでに指摘したね。公務員が「上がっていく」どころか
>ここんとこ年俸一律5%カットされて定昇ではなく全体が減俸され

これも同様.「一律」なとこがミソです.

学校教育に効率性の話がなじまないところがあるのは認めなければな
らないでしょうが,効率性の観点も限定つきで重要だと言うお話.
78 :すりらんか:2000/09/20(Wed) 13:59
>鳴り物入りで推進されている「コンピータ=情報教育」も、
>腐るだけの代物です。人材育成の投資にはならないでしょう。

ひとつだけ有効な方法があるんですよ.コンピューターを
いれて,週に何時間&放課後に自由にいじらせる.ゲームでも
ネットサーフィンでも一切おこらない.勝手にあそばせる.
私なんかは中学時代,違*コ*ーの研究でずいぶんコンピュー
タに詳しくなった.今の高校生なんかもけっこう英語力鍛えて
んじゃない……洋ピンページで.やはり欲望は努力の母ですよ.
経済学的にはコンピューター使用への補助金ってわけ.

ただし,コンピューターを使った小学校教育は,一部の学校で
華々しい業績をあげているとのこと.しかも,共同作業として
……興味あるところですね.
79 :ドラエモン:2000/09/20(Wed) 20:53
>先公さん

経済学徒に幻想抱いちゃいけません(笑)。いつも、すりらんか氏の強調するよう
に、経済学って奴は、良くも悪くも複雑な現象を整理して、数学的に操作可能な形
に定式化し、そこから有意味(検証可能)な命題を演繹して、それをデータに突き
合わせる学問です(希望的観測だけど)。

科学一般にそうだけど、高い思想性とか無くても、然るべき手続きを経れば意味の
ある議論(=単なる信念の表明仕合とか、誹謗中傷合戦ではない)が可能な形式で
あるというのが、社会科学の中では最も進んでいる分野(実験心理学もそうらしい
<=小室直樹御大の年来の説明)だということです。

ですから、結果的に、経済学やってる連中は、比較的冷静な議論をできるように訓
練されてるケースが多いだけで、人格的(?)優位性はもちろんゼロですからね。

そこに、先生の教育問題の解説みたいな「未知との遭遇」があると、みんなヘェー
というもんで、よく考えてないうちに発言すると厨房の本質が暴露しちゃう(大笑)。

あんまりレス付かなかったのも、無視してたとかじゃなく、なにを言えるんだろうと
考えてたんだと思いますよ。
80 :先公[先公]:2000/09/20(Wed) 22:13
ドラさんとすりらんかさんにそう言われちゃうとなあ(苦笑)。
こっちも大いに煽ってたのは間違いないんで、反省します(恥入)。

もっと財政とか投資の効率とか、ゼニの問題絡めてお話がくるかと思いきや、
そうでない方からだったのは大いに意外でした。それと、ぼけ老人さんのご質問には
恐れ入りました。よそで渦巻さんにちょっと絡んだときに書いた自己学習力と並び、
論理的(とりわけ数学的)思考力の育成って、今後の大きな課題なんです。これに
ついては学校教育でこの程度の改善・学習支援が今後可能だろう・この程度のことしか
実現は期待できないだろう、というのを少し時間を置いてまとめてみたいと思っています。
恩師に「そろそろ論文書いてください」と催促されてることもあり(いい歳こいて、まだ
入「院」患者やってます)、ちょっと最近、煽りばっかしで内容が薄く、申し訳ありません。
81 :ドラエモン:2000/09/20(Wed) 22:34
>80先公

ただね、経済学やってると確かに現代の日本の教育の問題に直面することも確か。
毎度、ここで書かれてるように、数学イヤで文系来たら、工学部より抽象的な数学
やらされて、一学期(連休前)で即死という例が多いから(藁)。

高等教育が情報化社会で決定的に重要な投資だというのはアメリカを見れば明らか
だと思うんです。初等・中等教育は破綻してるのに、少数のエリートを高等教育で
育成して、これがコンピュータの力を借りて、形勢逆転したのが90年代だから。

もちろん、その日陰でデジタルデバイドという奴(ホントは高等教育受けてるのと
そうじゃないのだけど)が深刻化する一方。果たして、社会的統合を維持しつつ、
今までの戦略を続けられるかアメリカ人自身は反省している。だから、大統領選挙
の争点が、大学教育への国家補助のあり方なんだよね。
82 :ドラエモン:2000/09/21(Thu) 11:55
>先公さん

「金融業界で仕事を・・・」のスレで、

>大学での高等教育=学問をこなす力は、自己学習力にほかなりません。口
>を開けて親鳥が餌を運んでくれるのを待ってるピヨピヨ気分の連中には高
>等教育なんか施す必要はない。施す意味もない。

というのには、全面的に賛成なんです。だけど、大学で何するかの予告をし
ないと、偏差値だけで文系なのに筑波の医学部進んじゃうみたいな現象は防
げないんじゃないでしょうか。上で上げた投資効率にもかかわるんだけど、
日本でまともに「文系」でサイエンス教えられる先生の数は極端に少ないの
で(研究者以上に少ないような気もする)、ある程度覚悟のあるのを良い学
校に回さないと社会的損失は大きいような気がする。

ただ、難しいのは渦巻き女史みたいに、後で目覚める人も多いから、あんまり
早くセレクションしちゃいけないってのも分かるんだけど・・・。
83 :先公[先公]:2000/09/21(Thu) 22:02
20代末に別な学問はじめるために「入院」した私は、やはりコース選択制度が固定的な
システムだったり、セレクションが早かっりしたら現在の自分はなかったと思っています。
ですから、渦巻き氏が別スレでお書きになってたことはよくわかる気がします。
その意味で51に書いたコース選択の柔軟性は今後も維持した方がよいと考えます。以上は
体験的な実感。
84 :ドラエモン:2000/09/21(Thu) 22:33
>83
少々書き方悪かったみたいです。早期セレクション云々より、僕が言いたかったのは
高等教育の前に教育内容のガイダンスが必要だろうと言うことです。本来は、現在の
教養課程というのが終わってから専門決めるのが筋ではないかということ。あるいは、
いっそ教養課程程度を大学入試のレベルに設定して、よくある「XX大学の経済学部
から文学部まで4学部通して受験」なんていう連勝複式馬券の購入みたいな受験戦争
を終わらせた方が良いだろうと言うこと。それだけでも、大学の教育効率は大幅に上
昇刷るんではないですかね。
85 :先公[先公]:2000/09/22(Fri) 03:00
高校生の進路決定をみていると、ガイダンスはたしかに必要だと感じます。ご提示の二案
 1 教養課程を終えてから専門を決める
 2 大学入試のレベルを教養課程程度に設定する
では、1が本筋かと。これは間違いなく教育効率を高めますね。仕方なく進むことが可能な
専門に……という進級者を確実に減らせると期待できますから。そして、デモシカ進級者を
ゼロにするような改良は不可能で、遅咲きの学生はどうしてもでてしまいますから、1以上
に効果をあげる措置は取りようがないとも思います。
2については、センター試験改定に関する所感(レス39)で少しだけふれたことを補足して
みます。受験科目の増加(ドラエモン氏の提示とは異なる)、あるいは試験内容を現状より
も高度化する試みは、中等教育段階での教授と学習に一定の質的向上をもたらすと期待でき
ます。目標に合わせて学習のレベルと量を決定する、という学習者自体の行動にも無理なく
合致しますから。さらには授業実践をおこなう際に学習者側の要求を教員も意識し、汲み入
れる努力を若干なりとも払うと期待できます(勘案しない教員も少なくないと予想されるに
せよ、全体としてプラスに働くでしょう)。ただし、合格定員があらかじめ決定されている
という条件下での努力となりますから、学習を通じ習熟すべきレベルの目標が「合格点」に
よって抑えられるという弊害からは逃れられないと思われます。合格するレベルに到達する
=合格定員の員数内に入れる でよいことになる以上、合格→入学する学生の質的向上は
改変後、数年で停滞し、最良で維持、実際にはゆるやかな下降に転じる可能性が大です。
(共通一次→センター試験が踏んだ轍ですね)。付言すれば結局、教育の「剥落」現象の
温床となることは確実と思われます。そんなわけで、よほど毎年の試験の傾向に変化を
持たせなければ、2の方法は割合早期に限界を露呈すると予想されます(傾向を変化させ
るのも学習効果を下げる弊害をはらみます→傾向がつかめないなら勉強してもムダ……)。
86 :こてはん29[こてはん29]:2000/09/22(Fri) 03:19
お久です。

>よくある「XX大学の経済学部から文学部まで4学部通して受験」
>なんていう連勝複式馬券の購入みたいな受験戦争を終わらせた方が
>良いだろうと言うこと。

全くその通りです。
ただ、就職時に大学名だけが有効な、変な学歴主義が信じられている
ことが原因としては大きいと思いますよ。そちらが変わらないのに
入試のシステムだけをいじっても、ろくなことにならなかったのは、
これまでの歴史が証明している通りです。

まあ、現在進行中の学力低下を背景に、学部教育がまるごと
かつての教養教育に移行するという説もありますね。
専門教育は、大学院で行うと。でしたら、大学院では、
就職を挟むのも含めて、進路変更は容易になるでしょうね。
実際、現在の日本の過半の学部での経済学教育なんて、
数学の教養がある人ならだれでもキャッチアップ可能
ですから。

また、

学部卒新規採用+長期雇用+OJTによる企業内教育

といったこれまでの雇用モデルが崩れつつあるので、
勤め先を辞めて大学院に入り直しても、若いうちなら次の
職を探すこともそれほど難しくなくなるでしょうしね。

( 役に立った! | 元スレ )
87 :すりらんか:2000/09/22(Fri) 23:45
>こてはん29さん
お久しぶりー!どうしちゃってたんですか?
>学部教育がまるごとかつての教養教育に移行
>するという説もありますね。専門教育は、大
>学院で行うと。
ただこの方法だと,大学教育ってなんなのか分
からなくなる気はしますよね.むしろ教養2年
専門2年の旧パターンに戻すほうが大学本来の
機能のような気もするし.
まぁ,どんな方法で行くにせよ,大学教授の教
えてやるからききたきゃ聞け!の路線はちょっ
と考え直さなきゃだめだ.研究者養成ならいざ
知らず(<これも良いとは思いませんが),今
や大学ってのはビジネスマン前に身につけるべ
き知識をあたえるという機能のウェートが高い
はずなんだから.さらに教養教育まともに出来
る先生なんているのかな.
88 :ドラエモン:2000/09/23(Sat) 00:26
今後のアメリカ経済の成長に関連して、グリーンスパン連銀議長が数学教育の重要
性を強調するスピーチを行ったそうです。(<日経夕刊)まぁ、円周率=3でもか
まわんけど、数学・科学教育のウェイトがドンドン下がっている気がするのは気の
せいでしょうか?工業高校再建も重要なのはわかりますが、当面は科学教育の強化
が必要な気がします。

これは、以前から言われてることですが、物理で速度・加速度を教えるとき、微分
は使わず公式暗記させるというのは今も続いてるんでしょうか?学問の広がりって
いうのを縦割りで排除し、大学院でソウカンなんとかなんてやり始めるのは、はっ
き言ってナンセンスそのものですよね。

経済学を勉強してて途中下車しちゃう(まぁ、僕も終点近くで途中下車ですが)の
は、大体の場合、個々の命題が全体のコンテキストに置いて初めて意味を持つとい
う感覚の欠けたタイプが多いような気がするんですが、上述のような物理教育に代
表される「縦割り思考」が、そんな被害者を増やしている気がします。
89 :すりらんか:2000/09/23(Sat) 00:37
科学教育の重要性は強調しすぎてし過ぎることのない
話だと思います.しかも,それは公式暗記とかではな
く,その原理を教えるという点において.理科なんか
は暗記で教えられるとホントつまらないですからね.
力学だけで3年使ってもかまわないから,理屈を教え
るように何とか考えなければ.

>経済学を勉強してて途中下車しちゃう
これは,経済学教師のせいも多分にあるでしょう.ミ
クロを全部最大化問題の解法を使って教えている……
と「自慢」しちゃうおばかさん(<12年生に!)まで
いる始末.教養のミクロなら微分いっさいなしでもバ
ッチリ原理を理解させられるようにならなきゃ.その
上で,厳密には数式で示すと……ってやっていかなき
ゃ,ド文系のひとには何がなんだか分からないとおも
うし,興味もわかんでしょう.
90 :先公[先公]:2000/09/23(Sat) 01:13
>学部教育がまるごとかつての教養教育に移行
>するという説もありますね。専門教育は、大
>学院で行うと。

これだと結局、中等教育を4年引き延ばして完成させることとほぼ
同義となると考えられます。だが中等教育の完成にそこまで時間を
かけて見合うかと言えば、疑わしいですね。
91 :先公[先公]:2000/09/23(Sat) 01:33
>こてはん29氏

>就職時に大学名だけが有効な、変な学歴主義が信じられている
>ことが原因としては大きい

え?これは企業の人事担当としては当然の判断なのでは?
大当たりの人材を発掘することよりも、はずれの少ない人材を確保することを
優先するでしょうから。で、学歴で選ぶ。問題がないとは言わないが、人材選考法
として理にかなっていると思いますよ。これを企業の外側から変えるのは無理でしょう。

もう一つ、これは上記とつながりがないけれど、
>入試のシステムだけをいじっても、ろくなことにならなかったのは、
>これまでの歴史が証明している通りです

これを私ども教育学の人間は「制度の発見=本質的な改革法の発見 ではない」
と表現します。これを理解することは教育改革の本質を理解するための第一歩です。
まず制度の改革から……それと並行して……ならわかるのですが、そこで議論が
止まるので、私らはマスコミが喧伝する「教育改革」の主張に価値を認めないのです。
共通一次→センターへの制度改革が学力低下という失敗をもたらしたように、
旧制度への復古主義も何らの解決をもたらしません。なぜそうなのかは追って。
92 :ドラエモン:2000/09/23(Sat) 02:48
学歴=学校名だというのがね。現実は、まぁそうなんだろうけど・・・。
93 :先公[先公]:2000/09/23(Sat) 03:29
91の続きを書く前に……
【「教育改革史」一口メモ】
昭和45(1970)年以降、改訂を重ねてきた学習指導要領では、教授する「内容の
精選」=削減が一貫して掲げられてきました。「知育・詰め込み中心」の改善、学習者
の負担軽減を目的としたのですが、もたらされた効果は周知の通りです。学習指導要領
は公立学校の教育に対し強い拘束力を持ちますから、30年間の「精選」続きの中、
公立学校における教育の実践は、よくここまでの学力(知育)レベルを確保するために
努力してきたと、むしろほめてやるべきでしょう。自覚的な教員の地道な工夫による
ところが大きい(そうでない者が多数いるが)。現状はぎりぎり維持されているのです。
けれども完全週5日制による時数削減と同時に(…に伴う・でないことに注意)今次の
改訂がうたうのは「精選」の完成=「全教科の教授内容を一律30%削減」すること。
小学校で台形の面積の算出法を教えない、円周率を3に単純化するetc.はここから出た
発想であることに注意してください。少ない時数で・簡潔に教えるという方針に基づいて
います。時数減と内容の30%削減(今次改訂では「内容の厳選」と表現)。今後は現場
のどんな工夫をもってしても、現状の学力水準を維持することは不可能です。ですから、
学力の低下はさらに進行して当然。むしろ、維持向上を期待する方に無理があります。
この点については認識をお願いします。
ところで、今次改定方針に対する批判の声は、現場教員からあがっただけでないところ
に特徴があります。従来は現場からの批判のみで、黙殺されてきましたが、今次は学界
はもちろん財界、保護者団体など多方面からあがっています。いずれも学力低下を憂慮
する立場からです。この広範な批判を受け、文部省は9月に急遽、補足の説明を公表し
ました。いわく、「従来10年ごとの改訂時におこなってきた学習指導要領の見直しに
ついては弾力化し、必要と判断した場合の随時とする」云々。今後の動向に要注目です。
94 :先公[先公]:2000/09/23(Sat) 03:35
補足:「内容の精選」→「厳選」はすべての教科に影響を与えますが、
とりわけ何を教えるかが単元ごとに明示されている理数教科は直撃の対象と
なります。以上は煽りではありません。現場の常識。
95 :先公[先公]:2000/09/23(Sat) 03:38
ということをご承知おきください>ALL
96 :ドラエモン:2000/09/23(Sat) 07:00
恐る恐る訊くんですが・・・。教育内容の「厳選」っていうのは、誰が主導して
進めてるんですか?もちろん文部省なのはわかりますが、文部省にとってなにか
利益になるようなことあるんですか?それとも、(ここが怖いんですが)教員に
とっての利益ですか?あるいは、なにかヘンテコなイデオロギーが、例えば知育
偏重が受験戦争=青少年の不健全化の原因とか、支配的なんですか?

公共事業とかは利権構造がハッキリしてるんで(実行可能かどうかは別にして)
対応は考え安いんですが、この件はどうもそこがわからない・・・。
97 :先公[先公]:2000/09/23(Sat) 13:03
>ドラエモン氏
う~ん。誰にとっての利益か。これ難しいんですよねぇ……
学習指導要領の改訂=教育課程の改訂 といいます。
少々まわりくどくなってしまいますが、まずは改訂のシステムから(その方面に暗い方も
お読みくださっているかもしれませんので)。
教育課程の改訂は、
1 まず中央教育審議会(中教審)で審議され、文部大臣(文相)に答申が出されます。
中教審は各界の識者・専門家を集めた公的な諮問機関で、文相は政治屋さんですから、
文相は答申を了承します。この段階で改訂の精神(大まかな方針)が決まります。
    ↓ ★《詰め込み教育はいかん》なんてのはこのへんで決まる
    ↓
2 文相(実際にはその下の文部官僚)は了承された答申に従い、改訂の「目玉」となる
ポイントを毎回、「ゆとりの教育」、「生きる力」などのキャッチフレーズとして提示。
   ↓ ★《いかんことに対応してこーゆうことやってみます》という提示
    ↓
3 以上を受けて教育課程審議会(教課審)で具体的な教育課程(カリキュラム)の改訂作業
が行われます。
      ★《んじゃカリキュラムを具体的にこう組み替えます》段階
    ↓
4 教課審の答申に基づき、作成されるのが、小・中・高の新しい学習指導要領。
学習指導要領は法的拘束力を持ち、公立の小・中・高の現場はそれに従って教育活動
を展開する公務員としての義務を負います。
したがって、指導要領の精神に反対すること=業務命令に反対すること となりますね。
                                  (つづく)
98 :先公[先公]:2000/09/23(Sat) 13:27
(続きの前に・おまけ)
というわけですから、かつて対立の図式であった「文部省vs日教組」は、まず政治的
対立以前に労使対決としての性格をもちます。改訂内容の是非以前に「労働者に上から
命令するやめろっ」てな闘争であるわけですね。閑話休題。

ところで。なのです。
ここでドラエモン氏のご質問にやっとお答えする形で恐縮ですが、

少なくともここ30年は誰の利益にもなっていない

というのが正解です。へ?なにそれ?とお思いになるのは当然。
そこで以下、ちょっと改訂をめぐる政治抗争とピンボケの図式を。
【注】
以下は「鶏が卵を産んで、卵から鶏が生まれて……」ですから、
あまり「そもそも誰が悪いのか」は考えず、改訂論議の不毛さを笑うつもりで
お読みください。あえて「悪い」というなら、非政治(運動)的な現場教員と学習者を
二の次にして繰り広げられてきた循環全体が悪いのです。
99 :こてはん29[こてはん29]:2000/09/23(Sat) 13:40
あまり、常駐できなくてすみません。>皆様

>>学部教育がまるごとかつての教養教育に移行するという説もありますね。
>これだと結局、中等教育を4年引き延ばして完成させることとほぼ
>同義となると考えられます。

そうですか?先公さんは中等教育・高等教育のくくりにとらわれすぎだと
思いますよ。現在でも、微積分や線形代数なんかの数学、自分の意見を
論理的にレポートにまとめる国語力、FTあたりを自由に読みこなせたり、
CNN, BBCを聴いたりするとかの英語etcは、大部分の学部学生は不十分
ですから、そういうものと、経済学入門、思想・歴史・自然科学なども
合わせ、教養教育を充実させて4年間で学ばせるっていうのはそんなに
悪くないと思いますよ。

( 役に立った! | 元スレ )
100 :先公:2000/09/23(Sat) 13:53
【登場人物】
歴代文相……自民党の政治家として目指す教育理念は「日本的徳育」の復活。
      もう一つ、教育公務員の管理職の元締めとしての顔を持ち、
      現場の管理強化が課題。(「管理教育」ではないよ)
日教組……社会党(旧)・共産党が中枢を握る政治団体。=政治対決路線。
     もう一つ、労働組合としての顔を持ち、管理職に対抗する。=労使対決路線。
     (現在、日教組自体は政治対決路線はやめ、政治協力団体となった。
     かつての政治対決路線は共産党系の「全教」が継いでいる)
*以上の二つに関しては、それぞれ一つの顔に単純化してみようとすると、
 右翼が街宣車で叫んでいるレベルになってしまうので注意。

中教審・教課審の委員……通常、政財界・有識者・労組代表等で構成。
            労組代表は専従なので、結局現場の実情を正確に
            把握している委員は皆無。

この三者が1970年代あたりから繰り広げてきた茶番を記します。
101 :先公:2000/09/23(Sat) 14:08
>99こてはん29氏
中等教育・高等教育というのは論議の前提にしている枠組です。私が申し上げているのは
「くくり」の問題じゃないことに注意してください。大学の個別の講座で何を教えろ、
教えるな、という問題とは別です。
102 :先公:2000/09/23(Sat) 14:42
*70年代以前はいわゆる「知育偏重」路線で、教育内容を増加させる方向で動いて
 いた時代ですから割愛します(ドラさんや私が学校教育を受けた時期)。
 「知育偏重」路線の採用と放棄には歴史的な理由があるけれど、それは別の機会に。

・学園紛争期の反省
文相=1ギュウギュウに知識を詰め込んで学習者にストレスを与え続けたのは失敗。
    日本人の徳性を無視して知力の育成に偏りすぎたから、恩師や親に反抗して
    後ろめたさも感じないような若者を作り出してしまった。=教育の荒廃
   2この機運を社共が反政府運動に利用している。政治的対策が必要。
   3労組は教育を政争の具にしている。本当の教育問題を見ていない。
日教組=1貧弱な施設でスシ詰めにされ、マスプロ教育を受けざるを得ない学習者は
     劣悪な環境下で十分な教育の恩恵を受けていない。=教育の荒廃
    2政府自民党の文教政策は非人間的である。断固粉砕。
    3文部省は教育の政治的反動化路線を推進しようとしている。闘争が必要。
(現場の「遅進者」対策問題は主として日教組の政治要求に組み入れられてしまっていた。
 そのため日教組は比較的、一般からウケがよかった=誤解半分だけど)

★この時期に東京では学校群制度が採用されました。社共は「教育の平等化を革新
 自治体が先駆的になしとげた」と称賛しましたが、実は文部省も黙認したのです。
 理由=日比谷、小石川をはじめとする都立トップ高校は学園紛争の拠点校だった
 から。学校群制度は「トップ校つぶし」=「紛争拠点校つぶし」の施策として機能
 しました。その結果、都立高はトップレベルが下がった。ただし遅進者問題は
 手つかずだったので底上げはきかなかった
103 :名無しさん@敬老した?:2000/09/23(Sat) 15:19
・1970年代後半の改訂(初期の「校内暴力」「落ちこぼれ」も背景に存在)
中教審答申……「団塊の世代」で問題になった学校間格差とかなくしましょう。
     まずは国立大学間の格差をなくし、高等教育を均一化するってのは
     どーでしょうかね(→国大協へ。★坂田文相の大学入試改革路線)
     それと、学習者にゆとりを持たせれば、学校が荒れたりするの防げる
     んじゃないですか。教育内容を精選しましょう。
文相=教育現場が荒れているのは真の日本人としての心の教育がなされていないから。
   徳育が大切。それと、組合の政治主義やめろよ。荒れてるのおまえらの革命思想
   のせいだからな。ちゃんと上司の命令きいて仕事しろよ。処分するからな。
   (組合員の処分活発化)
 ★永井文相(民間から起用)=バカロレアのまねした「共通一次試験」てどうよ。
               もちろんレベルは大衆化するよ。
   (素人の提唱した新機軸のスタート・国立大のレベル低下・私大のレベル上昇)
日教組=教育の本質を理解しない改革はやめろよ。専従処分すんなよ。ストするぞ。
    あ?なんで日の丸=国旗、君が代=国歌なんて持ち出すのよ。教育に対する
    攻撃はやめろ、文部省。
    (処分撤回闘争活発化、教員のスト頻発。国旗国歌法案は「粉砕」)

★このあたりから「教育問題」は完全に政争の具になってしまいました。文部省
 =悪代官イメージの定着。同時に政治闘争路線に嫌気がさした組合員が日教組
 から離脱。現場管理職からの圧力が強まったことも重なり、若手教員が組合に
 加入しない傾向も強まりました。ところで肝心の遅進者問題は未解決。むしろ
 放置されて悪化。この次にくるのは「もっと精選を」の声です。
104 :ドラエモン:2000/09/23(Sat) 15:30
>先公さん
お話の途中失礼。つまり、精選して遅進者を減らし(正しい意味での)教育効率
を引き上げようっていうことなのかな?
105 :先公@HN名無しさんになってた:2000/09/23(Sat) 16:21
・1980年代後半の改訂(現行「平成の教育改革」)
中教審答申……むずかしい専門を深く教えるのやめれ、現場も荒れてるし。もっと内容を
    精選して、落ちこぼれを減らせよ。一部私立中高けしからん。(→補助金締付・
    査察強化等による私立の監督強化へ)それと困難校のために言っときますが、
    「必修」てのは一定のレベルを達成することじゃありません。科目登録して履修
   (出席)すれば単位をやるってことです(→注・このウルトラC的解釈、ご存じ?)
    各校の実情にまかせる。それより「国際化」と「情報化」対応がこれから大切。
    今後必要になる人材はスペシャリストじゃないよ、ジェネラリスト。そのために
    教育は広く浅く・でいってね。その際詰め込むのやめて、各人の必要に応じ選択
    させる・てどうよ。必修単位の削減と選択科目の増加。これで落ちこぼれ対策と
    多様化、一挙両得ね?それにしても最近の若い人、受動的だし弱いね。そんなん
    じゃ国際化の中で生きていけないよ。「生きる力」を今度の看板にしなさい。
文相=センター試験の受験科目も減らしたし、これでゆとりが出るはずだよな?
  (出ないよー・内容減らして選択増やしたら学習者が物知らずになる<現場≠組合員)
   国際化の中で日本人としてアイデンティティをもたせよう。日の丸・君が代法制
   化(→今日に至る)。徳育の重視。国際化に対応して男女平等参画社会の実現。…
   組合も弱くなったしこんなもんでいいだろ。
日教組=そうゆうことにするよ。でも現場の問題そろそろ考えないと組合滅びちゃうなあ。
全教=教育の総反動化フンサーイ!(→でも共産党に合わせて「現実路線」に転換するかも)

★以上、現状を正確に把握・反映しているところはありません。その上の今次改訂です。
106 :先公:2000/09/23(Sat) 16:23
>ドラエモン氏
長くなってすみません。
中教審の発想は104で言い当てていらっしゃる通りです。
107 :先公:2000/09/23(Sat) 16:34
補足。内容と同時に実施時数も減らしたのが「平成の教育改革」の特徴です。
これを一度にやったことはいままでになかった。今次の改訂はその路線を受け継ぎます。
【反省】
頭悪いのでついつい長広舌になってしまい、申し訳ありません。
もっと要点を絞って書かなきゃ。
108 :ドラエモン:2000/09/24(Sun) 04:33
>先公さん@105

そう言えば、確かに僕が中学生頃、子どもが左翼にインスパイアされるのは問題
だとしても、ちゃんと社会問題は考えさせるべきで、はやり始めたエロ漫画の蔓
延とかのほうを問題視すべいだとウチのカアチャンがPTAで言ったら、「バリ
ケードの中は乱交状態」とかいってよそのオカアサン達に滅茶苦茶叩かれたらしい。

思えばその頃から、「サヨになるくらいならハレンチ学園読んでいてほしい」とい
う声は強かったんだよね。そうすると、寄って集って教育水準下げていく利害構造
が分かるような気もするな・・・。

(青少年(40歳以下)への注)ハレンチ学園というのは永井豪のマンガで、少年
マンガ週刊誌に初めて大手を振って出てきたエロ(当時の水準規準)マンガ。それ
までは、科学技術の限界やら社会問題を重視する姿勢を示すのが当たり前だったか
ら(鉄腕アトム、エイトマンですら)、スカートめくりが基本のこのマンガの登場
で子どもの世界は激変した。
109 :先公:2000/09/26(Tue) 02:00
……てなわけで、一旦は「原因不明」ということにしておきましたが、
そろそろ「なぜ若い世代の教育は剥落するか」という答えが見えてきたかと
思います。
多分に構造的な原因が存在するということです。
経済学に限らず、全方面で学徒の人材は当面低下すると思われます。
これが経済発展にどのような影響を与えるかはわかりません。それは、私が
ここのみなさんにお聞きしたい一番のポイントです。現在の日本のように政策的に
(というか政策の誤りが続いて)教育の質が下げられ続けた場合、どのような影響が
予想されるのでしょうか?
技術進歩については結論が見えやすいんですけどね……。
110 :ドラエモン:2000/09/26(Tue) 09:22
>109
結果的に、アメリカに似た状況になると言うことでしょうな。大学院(国内
留学両方)進学は以前より経済的には容易になってる。その結果、比較的少
数の良くトレーニングされた知識労働者と、無学な大衆に階層分化が始まる
が、それが現在のリストラ情報化によって一層拍車を掛けられる・・・。

経済的帰結は、所得分配の不平等の進行と相対ローテク製造業の空洞化の進
行ってなところかな?
111 :すりらんか:2000/09/26(Tue) 10:15
>ドラさん
デジタル・ディバイドの話とも近い話ですよね.
ただ,私の希望(感情的)を書いておくと日本は
高度成長を通じて,ホワイトカラーとブルーカラ
ーの差を広げないで済ませてきた.何とかして所
得格差なしのIT化は無いものかと思うのです.
112 :ドラエモン:2000/09/26(Tue) 10:37
>111
だけど、先公氏の説明によれば、そのための教育面での条件自体消滅して
いるんではないかい?
113 :先公:2000/09/26(Tue) 16:32
>112ドラエモン氏
う~ん。ご明察。なくなってるんですよねえ、実質的には。
ただ、ある日突然その状況に大きく切り替わるわけじゃなく、
少しずつ変化してきてるから見えにくいんだと思っています。

>111すりらんか氏
70年代まで「普工商」と番外地扱いの「農」でやってきた労働力の
育成が、80年代以降は完全に「普」のみに集中しちゃってますからねえ。
生徒減少の傾向に対応した高校のリストラをみても、公立は商・工の統廃合
がまず徹底されています。ただでさえ少ないのに一度に三校統合・夜間の
全面廃止なんて例がある(神奈川県)。全日制普通科に比べ、元々の志望者が
底に近いところまで減っているからなあ。人気がないんです。
私立でも生き残りをかけた学校では、実業系の学科をつぶして特進クラスや
スポーツ選抜クラスに切り替えてるところが目立ちます。これは生徒集めの
都合でしょうね。
中等課程での実業教育は都市部を中心に壊滅的と言える状況ですから、
結局残るのは、
 ・旧帝大系を頂点とした国立トップ校・あるいは早慶上智等私大有名校
  に進学して待遇のよい職にありつける者
 ・ろくなスキルも教養もない状態で社会に出される・あるいは看板のみ
  「大学」と記されている大学でのモラトリアムを経て同様の状態に
  置かれる者→低賃金の職に甘んじるか、フリーターとして不安定な
  収入状態でしか生きられない者
へと二極化する傾向を強めていく「普通高校」がほとんどでしょう(現在
すでにかなりその方向へと進んでいる)。さらには、とりあえずの「高学歴」
で就職できるというありがたみもだいぶ薄れてきてますよね、多くの大学で。
114 :先公:2000/09/26(Tue) 17:25
追加:PCの普及はもう少し拡大するでしょうけれど、どこまでのレベルを仕事で使い
こなせるかによって、IT化の進展はもっと労働力の質的格差を拡大すると思われます。
実際、その方面では比較的差が生じなかった教育労働の現場で、過去10年の間に
コンピュータを使って教材が作れる理数科の教員=魔術師  から
      ↓
ワープロソフトの使用やエクセルによるデータ集計・管理ができない教員
=人間のクズ、廃棄物扱い   へと
激変した現場の話も耳にします。企業なんかじゃもっとすごいことになってるんで
しょうね。IT化進展以前の段階ですでにこうですから……。
明治期に採用し、今日まで「教育」と名の付くすべての活動のベースとなってきた、
   新知識・技術の教授→習熟・熟練度による階層の振り分け
というヘルバルト式教授法がもたらす結果の特質を顕示する局面となった感があります
(このへんになるとどうしても教育学の専門用語に頼らざるを得ない)。

ちなみにぼけ老人氏が取り上げた思考力の育成に関する問題は、新知識の注入と熟練を
目的としたヘルバルト式教授システムでは解決できません。私見では対極にあるエレン・
ケイやモンテッソーリの教授論をベースに加えて教育を再構築する必要があると思われ
ますが、これらの教授論は「人権派」を標榜する教員により、甚だしく歪曲された形で
現場に持ち込まれ、生徒を過保護状態で社会に送り出す最悪の結果を助長しています。
もう一つついでに。プラグマティズム=経験主義教育は、米国教育のベースになって
いますが、これは日本の実情には合いません。この板でも一度、話題に上ったような記憶
があるけれど、米国の学校(小か中)で株式の売買ゲームや企業運営ごっこをやらせる
のは「とりあえず実生活で使いそうな経験を積ませること」=教育 ととらえる米独特の
発想で、歴史と伝統を社会の背景に有していないから選択せざるを得ない教授方針です。
日欧でまねをしてもコケます(すでに日本では1940年代後半に試して失敗)。
115 :先公:2000/09/26(Tue) 17:56
ちょっと意地汚い質問を。
>ドラエモン氏、すりらんか氏、諸氏
110での予想は現状をみる限り妥当だと私は考えています(異論歓迎)が、
仮にそのような社会的階層の分化へと推移した場合、
日本の経済成長(と技術進歩)の傾向にはどのような影響・変化が考えられますか?
116 :ドラエモン:2000/09/26(Tue) 18:26
教育を通じた階層分化の急速な進展は、将来の話ではなく、既にはっきり
統計的に確認できるようです。これについては社会学者の書いた本が売れ
てるみたいですが、僕はまだ読んでない。
117 :こてはん29[こてはん29]:2000/09/26(Tue) 22:14
>教育を通じた階層分化の急速な進展は、将来の話ではなく、既にはっきり
>統計的に確認できるようです。これについては社会学者の書いた本が売れ
>てるみたいですが、

佐藤俊樹氏の中公新書の話は、ちょっとあやしいと思いますね。
戦後の混乱を経て、労働力移動が激しかった高度経済成長が終了
すれば、階層が固定化してきたように見えるのは、当たり前
でしょうとしか思えなかったですけど。それに、また
お約束の学歴社会批判かと少々うんざりしたのもありますが。
所得格差でいえば、現段階の金持ちって、バブル期に資産運用を
うまくやった年寄りみたいな人たちでしょうからね。

むしろ、階層分化が本格的に進む可能性はこれからですね。
どこの大学に入ったかというヨコの学歴主義ではなく、
修士をとったかとか、どれだけのスキルを身につけたかと
いったタテの学歴主義がハードに進行するかと。
もちろん、そういう傾向には、多大の反発が生じることも
容易に予想できますので、何とも言えないでしょうけど。

( 役に立った! | 元スレ )
118 :こてはん29[こてはん29]:2000/09/26(Tue) 22:28
>>就職時に大学名だけが有効な、変な学歴主義が信じられている
>
>え?これは企業の人事担当としては当然の判断なのでは?
>大当たりの人材を発掘することよりも、はずれの少ない人材を確保することを
>優先するでしょうから。で、学歴で選ぶ。問題がないとは言わないが、人材選考法
>として理にかなっていると思いますよ。これを企業の外側から変えるのは無理でしょう。

それで、何で人事担当者がそうした戦略をとるのが最適になるのかという、
背景まで考えないといけませんよね。86でも書いたように、
学卒後に長期雇用し、そして、企業内教育により人材育成を計るという
前提ならそうした戦略が最適になるということではないでしょうか。

短期間しか雇用しないなら、多少リスキーな人材でもいいわけですし、
内部で教育せずに、外部労働市場から人間を引っ張ってきて、
人材育成は個々人の責任に任せるという方向性もあるでしょうから。

( 役に立った! | 元スレ )
119 :先公:2000/09/26(Tue) 23:28
>117・118こてはん29氏
>どこの大学に入ったかというヨコの学歴主義ではなく、
>修士をとったかとか、どれだけのスキルを身につけたかと
>いったタテの学歴主義がハードに進行するかと。

これはすでに前哨戦が教職という学歴重視の職種で始まってますねえ。
後半でお書きになったことは現実になっています。他の職種はどうなのかな?
ただ、前半についていえば、修士課程修了者についても、私の出身大学と・国立では
学芸大が、短期の即戦力雇用(非常勤、産休)でも結果的に巨大派閥を形成してしまって
いるみたいですよ。コネ採用は以前に比べてかなり減っているのに採用される比率は
上がっているみたい。「タテの学歴主義」においてもすでに「ヨコの学歴主義」が進行
してる感があります。短期間の雇用であってもリスキーな人材ははじいてますね。
以上は首都圏の話ですが。
学歴やスキルを必要としない短期労働力についてはどうでしょうね。
120 :すりらんか:2000/09/26(Tue) 23:42
>短期間しか雇用しないなら、多少リスキーな人材でもいいわけですし、
>内部で教育せずに、外部労働市場から人間を引っ張ってきて、
>人材育成は個々人の責任に任せるという方向性もあるでしょうから。

もちろんこてはん29さんが,「日本型雇用システムをおいといて」
書き込みしていると承知の上で,ひとこと.この方法だとFirm Spe
cificな人的資本は蓄積されないんですよね.日本型の雇用システム
がサバイブするのであれば是非とも維持したいと私は考えています.

また,欧米でも中堅クラスの労働者の企業間移動はそれほど盛んでは
無かったと思いますが?厚く優秀な中堅労働者を中心とした社会体制
は多くの意味で安定的な社会を達成できるのでは無いかと思います.
121 :すりらんか:2000/09/26(Tue) 23:51
>先公氏

教職って小中高の先生ってことですよね!先公さんには失礼
な言い方で気分を害されると困るのですが,大学院レベルの
訓練が中等教育の教員に必要とは思われないんですけど??
良い先生か否かってのは,まっとうな大学での教育を受けて
いれば後は適性の問題だと思います.むしろ学歴(といって
ももちろん最低レベルの知識は要されるのですが)よりもよ
り適性ある人物を教育機関が取り入れているシステムにして
いかないと本当に日本の中等教育はやばいとおもいますがど
うでしょう.

上で長期雇用を褒め称え解いて朝令暮改ですみませんが,教
育機関は入口審査を適切な形にただすか,出口を広げる(や
めてもらう)がちょっと必要かも……と思ってきましたぞ.
122 :先公:2000/09/27(Wed) 01:07
>121すりらんか氏
おっしゃる通り。教職についていえば、大学院修了なんて本来はムダ学歴ですよ。
大学院に行ってれば教員として優秀・なんて図式が成立するとは思えませんし。
ただねー、首都圏(都内+隣接都市部の意)の多くの私立校では、それも雇用する
際の一基準にはなってるみたいです。たいていの場合は求人票に書かないか、または
「専修免許取得者が望ましい」みたいに控えめに書いてはありますけど、いざ選考と
なると、書類審査の段階でかなりの学部卒業見込の人がはじかれちゃうみたい。
この職種に関していえば、いまどきの学部生はほんと気の毒です。
教職については、教員免許法の改正をもっと大胆におこなってよいと思います。
現在検討されている「有効期限制」は、更新の際、問題をおこして馘首された教員
(教え子をレイプしたとか・窃盗やったとか)に免許を再交付しないのが目的です。
この種の事例なんか、なぜ今まで教免を取り消さなかったのか不思議なぐらいですね。
資格により保護されている特殊な労働市場なんですから、資格そのものをこれ以上
取りにくくする必要はない(すりらんか氏提案の中途参入容易化のためにも)。容易化
するのには反対ですが。しかし、資格取消(not 停止)についてはもっと容易化されて
よいでしょう。それによってだいぶ風通しがよくなり、資質向上も期待できるんじゃ
ないでしょうかね。一度、資格を取得したら刑事事件を起こしても一生剥奪されない
という現行の免許制度は労働市場の自由化と労働力の質的向上を妨げていると思います。

しかし自由化をはかるにあたり、生徒のアンケートによるオストラシズムを導入する
ことには賛成できません。これは一時、話題となっていましたが、小・中・高の生徒が
冷静な価値判断によって教員をセレクトできるとは考えにくいですね。「好き・嫌い」
が基準となって、現場の教育実践が生徒のご機嫌取り中心に振り回される危険性が大。
これは余談ですが……。
123 :渦巻き:2000/09/27(Wed) 10:06
ちょっと横レス
>こてはん29さん
まだ恐竜が地上を支配しているころ、渦巻きがとっていたミクロ経済学の先生が
「なぜ企業は有名校出身者をとりたがるのか?」をagency problemの例として
とりあげたことがありました。
採用の時点で売り手(=求職者)と買い手(=企業側)との間には
非常に大きな情報格差があります。売り手側はマイナス要因を出来るだけ隠そうとする
構造があるため、買い手側は本当に欲している正確な情報(労働力として
どれだけの価値があるか)を得にくい構造になっています。
(どういう人がいい人材かは本質的に難しい問題なのですが、それは横においておいて)

これは中古車市場の構造に似ています。中古車市場では、この格差解消のために
売り手・買い手のほかに中立的な評価を下す「格付け業者」が出現しています。
買い手としてみれば、安心ですよね?ところが「格付け業者」の出現は
その取引以外にも影響を及ぼします。全く問題がない中古車であっても
格付けを得ていない中古車は「何か隠したいことがあるのでは?」
と買い手から見なされるため、買い手の評価が低くなります。
本来、車の価値は「走る道具」としての能力で決まるはずなのに
格付けの有無が価値に入ってきてしまうのです。

話を採用市場に戻すと、企業側は直接求職者から得られる情報では不安なため
「格付け」と同じ機能を「学校」に求める、という仮説がたてられます。
そして企業が「学校」を重視しているという情報が社会に行き渡った時点で
「企業が評価する学校に入らなかった」求職者は格付けを得ていない中古車と
同じように見なされます。

奇妙かつ大事なことは、このようなSignalling Effectは「学校で行われる教育」の質と
必ずしも直接関係していない、ということです。また、Agency Problemが存在する限り
「学校名」が指標にならなくても、ほかの指標(たとえば資格とか)が同じような
使われ方をしてしまうだけなんじゃないかな、とも思っています。

長文かつルーズな説明で失礼しました~。
本題にお戻りください。
124 :先公:2000/09/27(Wed) 16:28
>渦巻き様
123のような説明は私にはできません。
ありがとうございます。
125 :こてはん29[こてはん29]:2000/09/28(Thu) 01:32
すりらんかさん>
>また,欧米でも中堅クラスの労働者の企業間移動はそれほど盛んでは
>無かったと思いますが?厚く優秀な中堅労働者を中心とした社会体制
>は多くの意味で安定的な社会を達成できるのでは無いかと思います.

それはその通りなんですよ。実際、ある程度年齢が上がったら、仕事の
中身に管理的な要素もでてきますから、その時点の長期雇用は、企業特殊的
なスキルを蓄積・活用する上で、望ましいと私も思うのですよ。

ただ、学卒後60近くまでずっと同じ会社という長期雇用はどうかなって
疑問に思うのですよ。若いうちから、ウチの会社のオキテとか社内人脈に
詳しいとかいう変な企業特殊的スキルを蓄積するのも個人的には問題だと
思いますからね。

それで、若いうちは、それこそ経済学(経済学が適切な例かは分かりませんが
)のように転職しても通用する普遍的なスキルを身につけたほうがいいと
思うので、多少の転職も可と私は思っているわけです。次の就職の際には、
職歴なんかも加味されるので、大学名だけの選抜なんて行われないですから。
また、現在みたいに、急速に変化しているときは、産業構造の調整も、
内部労働市場だけに頼るよりも、スムーズにいくと思いますしね。

もちろん、若年失業=社会不安の可能性もありえるのですが。
事実、目下進行中の(若年中心の)人材の流動化も、その原因は、単に
不景気で、バブル期と違って満足な職にありつけなかったからだという説も
ありますからね。

渦巻きさん>奇妙かつ大事なことは、このようなSignalling Effectは「学校
>で行われる教育」の質と必ずしも直接関係していない、ということです

そう、いわゆる日本的雇用システムでは、入社後に企業内教育を通じて
会社の色に染め上げなくてはいけないので、変に高等教育のような学が
あるのは生意気で邪魔なだけなのです。それで、大学入試で測ることの
できる潜在能力だけをみているということになるのですね。

( 役に立った! | 元スレ )
126 :先公:2000/09/28(Thu) 02:47
ところで、学校で行われている教育の質は測定可能なのか?
という問題はどうお考えでしょうか>諸氏

私は測定が困難だと考えます。基準の統一をしようがない。
127 :先公:2000/09/28(Thu) 03:30
それから、気づいたことですが、
>次の就職の際には、職歴なんかも加味されるので、
>大学名だけの選抜なんて行われないですから
キャリアを加味されるというのは事実で、大学名だけの選抜ではない、という
表現自体は間違ってはいません。
しかし、似たようなキャリアの人材から第二新卒を採用する場合に象徴されるように、
やはり学歴第一主義はついてまわります。これは私も含め、多くの大卒転職者が体験
しているところです(してみないとなかなか実態はわからないかと思いますが)。
渦巻さんが取り上げた大学でどのような質の教育を受けたか・という点に関していえば、
大学側が提供した教育の質のみ視野に入れるのでは不十分で、当然、受容した側の質
(学習力とその結実)とを勘案しなければなりません。同じ講義や演習に参加していても
まず態度的なもの(礼儀に非ず)、そして個々の学習者の内部に蓄積され、形成された
知識と思考力に差異を認めないわけにはいきませんね。
しかし人材を採用する企業側にとって、そのような個々の態度的なもの、内部に形成
されたものの質を測定することは、きわめて困難ということになります(面接はそれを
測定する手段の一つですが、短時間での測定が現実的に不可能なのは周知の通りです)。
したがって企業が新たな人材候補を選考する際に測定の確実な基準とし得るのは、
どこの大学の入学試験を突破するだけの能力を個人が有していたか(そして現在もいる
と思われるか)という、65で断りを入れさせていただいた「ペーパーで測定できる」学力
≒受験学力であり、それに頼らざるを得ない面があるのは、致し方ないと思います。
これは高等教育までの段階が大衆化している今日の日本社会からできあがったシステムと
言えるでしょうね。(戦前の採用はむしろ欧州にみられるスタイルに近かったのでは?)
その点を視野に入れない限り、「ここが変だよ日本人」なんてTV番組レベルの議論に
なってしまうおそれがある。
128 :こてはん29[こてはん29]:2000/09/28(Thu) 03:43
そうですねえ。これまでの議論が逸れるだけなら、ちょっと歓迎し
かねる部分もあるのですが。質問の本意が分かりかねるところも
ありますし。

>ところで、学校で行われている教育の質は測定可能なのか?
>という問題はどうお考えでしょうか>諸氏

教育を受けた学生ということでいえば、GREの点数とか大学の成績
(これは、大学の教育プログラムを評価できるかとかの要素もある
のですが、これを始めると学歴ネタに移行しそうなんで厭なんです。)
とかがある程度の大ざっぱな指標として考え得るでしょうね。

実際、有名大出だけだというだけで、どんどん就職できたバブル期と
違って、学生の就職の厳しい現在では、大学の成績の影響力が有意
らしいとかいう実証研究が最近出ていた記憶があります。

この傾向が、temporaryなのか、それともpermanentで、日本型雇用
システムを揺るがすまでにいくのかは分かりかねますが。

( 役に立った! | 元スレ )
129 :こてはん29[こてはん29]:2000/09/28(Thu) 04:05
>先公さん
>似たようなキャリアの人材から第二新卒を採用する場合に象徴されるように、
>やはり学歴第一主義はついてまわります。これは私も含め、多くの大卒転職者が
>体験しているところです

それは、そうなんですよ。渦巻さんの解説を引きますと、
渦巻さん@123>
>そして企業が「学校」を重視しているという情報が社会に行き渡った時点で
>「企業が評価する学校に入らなかった」求職者は格付けを得ていない中古車と
> 同じように見なされます。

ですから、
先公さんの世代では、入試時点の受験学力がその人個人の能力を測るに
望ましいというコンセンサスが企業、受験生双方でできていたので、
学歴第一主義になるわけです。

よって、現在のように、受験生が受験勉強をほとんどしなくなる傾向が
強まれば、受験学力を、その人の能力の代理変数として用いることは
難しくなるだろうということはあり得るのではないでしょうか。

( 役に立った! | 元スレ )
130 :先公:2000/09/28(Thu) 08:39
>現在のように、受験生が受験勉強をほとんどしなくなる傾向
う~ん……高校生も二分化の傾向を強めているという話なら分かりますが、
受験生が受験勉強をほとんどしなくなる、というのはないですね。
のんびりしていた私らの頃に比べ、進学校、受験校では受験勉強をむしろ
よくやってますよ。

それから、学歴ネタなんぞとはむしろ逆ですね、レスをお読みいただければ分かる
と思いますが。
「個々の学習者の内部に蓄積され、形成された知識と思考力」をどう評価するかという点
の測定が困難であると書きました。この問題が要点ですね。これは教育評価の視点として
どう盛り込むかということで、ここ十年焦点となってきていることです。
「新しい学力観」という試行錯誤もその一つ。これは世間でだいぶ誤解されてますが。
131 :ドラエモン:2000/09/28(Thu) 11:20
欧米の金融会社なんか見てるとわかるが、専門家というのは会社とは別に、
なんとなく緩いサークル(ギルドみたいなもの)を作っている。そこの人脈
で就職したり転職したりしてるなぁ。採用の決定権も、現場の専門家が握っ
ているからね。とはいえ、大学名とか学位は、やっぱりスクリーニングの手段
として、使わざるを得ないのも事実でしょう。ウォールストリートの投資銀行
にスタッフで就職しようと思ったら、やっぱりトップ20位くらいまでの学校
でMBA以上持ってないと、事実上門前払いだったりするからねぇ。
132 :こてはん29[こてはん29]:2000/09/28(Thu) 17:44
ドラエモンさん>
>大学名とか学位は、やっぱりスクリーニングの手段
>として、使わざるを得ないのも事実でしょう。

と、この発言で私はズッコけてしまったわけですが、学歴が
労働市場で何らかのスクリーニングの手段として効くという
ことは、さすがにここにおられる方々には共有されている
ことと思います。

ただ、それが日本の労働市場の変化に伴い、効き方のメカニズム
が変わる、つまり、これまでの均衡から違う均衡に動くのでは
ないかという話をしていたのだと思ったのですが。

あ、それと、別に学歴ネタが厭だから先公さんの質問で
議論したくない、わけではないですよ。
#先公さんとは議論がかみ合っていないようですが。

( 役に立った! | 元スレ )
133 :先公:2000/09/28(Thu) 17:56
どの点がかみ合っていないのか、私は存知あげませんが……。
人材評価に関する米国の事情は、ドラエモン氏、あるいは在米中のぼけ老人氏がご指摘
くださると思っていました。おそらく日本よりも特定の大学を出たか・出ていないかが
事実上の厳しい採用条件となっており、「大卒」だけでは話にならんという部分がある
と言えるでしょう。(もちろんすべての職種において・などとは言いません)加えて
採用候補者個人の持つ資格・資質ということでしょうね。このハードルというか人材
選別の基準は、むしろ日本よりも徹底しているようですね。
大学名に加えて採用条件を設定している・ということになりますか。
123で渦巻きさんがお示しになった、
>「学校名」が指標にならなくても、ほかの指標(たとえば資格とか)が同じような
>使われ方をしてしまうだけなんじゃないかな
という見方は卓見です。 1 学歴以外の資格等の条件の付加、あるいは 2学歴を選考
基準から外してそれ以外の条件を採用の際の指標にするケースを考えてみましょう。
従来、「一部の大学(・学部)名」vs「それ以外の大学(・学部)名」
による選別であったものが、1では
「一部の大学名+資格」vs「それ以外の大学名+資格」に置き換わるだけのこと。
2については一見、大学名を外したことにより逆転現象も起こり得るように思えますね。
しかし、すでに受験秀才としてペーパーテストによるすぐれた学力を示し得た「一部の
大学の学生」たちが、資格も取らずのほほんと就職の機会を喪失するのを傍観し、
「それ以外の大学の学生」たちの進出を許す、などということは、現実には考えにくい
ですね。すりらんか氏が20で
>最近の大学生はずいぶん自分で何とかする方向に向かってますよ(ダブルスクールなど)
と言及なさっていますが、これによってむしろ「一部の大学」と「それ以外の大学」の
就職をめぐる格差は拡大すると考えられます。大学名を外すことにより、「一部の大学」の
受験秀才たちの適応能力はいっそう際だつことになるのでは。(つづく)
134 :ドラエモン:2000/09/28(Thu) 18:20
>こてはん29氏@132

うぅ~ん。ずっこけられてもねぇ。別に、君と違う事言ってるわけじゃなく
て、常連以外で「アメリカは日本なんかと違って学歴社会じゃない」などと
思っている人もいるかなぁ~と言う程度でかいたんですが・・・。
135 :先公:2000/09/28(Thu) 19:08
均衡の重点は動かない、というより明確化されると考えるのが妥当でしょう。関門突破に
向けた行動に関して「受験秀才」たちの適応能力は高い。受験学力を人材評価の際に重視
することについて私が一定の妥当性を認める理由は、一部の夢見がちな人々(教員に限り
ません)が思い描く「大学入試で測定可能な能力 vs 「真の能力」」といった二項対立の
図式で個人の能力をとらえていないからです。これが私の立場。個人の「受験学力=有する
能力」という等式を単純に100%信頼するつもりはありませんが、入試の設問の要求を
理解し適合する解答を作成(選択)する能力を、独立して突出した能力ととらえることは
できません(例外的な「突出」組も必ずいますが、少数派にとどまっていますね)。
受験での学力測定は、本来総合的な測定が不可能である個人の能力というBlack Boxに
小窓を開けて、そこから潜在する総合的な能力(知力、思考力等)を推定するために
おこなわれています。ですから、人材としての質の差についても「なんだ・もっと高い
能力を潜在させていると思ったのに…」という期待外れのケースは生じても、「なんだ
・受験学力が低い者のほうがこんなに優れているじゃないか」という逆転は受験学力と
は無関係な身体の能力等(これを重視した職種の人事採用では、そもそも学歴は選考の
条件に入らない)を除き、通常、生じません。従って人材選考の際に特定の大学(学部)
を重視するという企業側の方針は、結果的には変わらないと考えられます。特に企業の
組織が大きくなるほど(いわゆる有名大企業)、「一か八か」でなく「発展させるにせよ、
まず維持が基本」となりますから。人事採用をめぐる日本の現状と将来は、上記に述べた
ような事情から、学力評価法と根源的な関連をもちます。いかなる「脱学歴主義」が提唱
されようと、今後は「大逆転」ではなく、結果として大学間格差の明確化により閉塞感を
強める方向で事実上、学歴主義に拍車がかかる可能性が高いと考えられます。
136 :こてはん29[こてはん29]:2000/09/28(Thu) 19:31
>常連以外で「アメリカは日本なんかと違って学歴社会じゃない」などと
>思っている人もいるかなぁ〜と言う程度でかいたんですが・・・。

そうだったんですか、それはすみませんです。

アメリカの話といえば、MBAの授業料って結構高いらしいですよね。
平均的な所得のアメリカ人がMBAに行くのは大変らしいですから。
それで、MBAは学力というより、むしろ、そこに通えるだけの経済力
を持っていることのシグナルになっているのだという説を聞いたこと
があります。

( 役に立った! | 元スレ )
137 :先公:2000/09/28(Thu) 19:38
>136
あなたむしろこれまでの議論からそれてない?
酷な言い方ですが。
138 :先公:2000/09/29(Fri) 06:24
【とりあえずの整理】
要は定点観測の値に頼って能力を把握しようとする限り、現在の構造からの本質的な
均衡移動はない、ということです。
学歴で測定されているものの代わりにどんな数値(e.g.資格)を持ってきて測定しても、これは同じ。
有利に働く層がほぼ変わらないからです。
ドラエモン氏が以前、お書きになっていた《遅咲き》=晩成型の人材の可能性を
効果的に評価する方法はないので、晩成型の個人は結果的に低い評価を得ることに
ならざるを得ませんね。これは就職の際の人材評価についても同じです。
今週書いた一連の事柄は「学力論」という領域に深く関係するのですが、そちらの
知識がなくても書ける形で進めました。それにもかかわらず十分まともなレスを
いただけたのは、常連諸氏の質の高さに由来します。
ところですりらんか氏は、最近忙しいのかな?他のスレッドでも長文のレスをお見かけ
しません。
139 :すりらんか:2000/09/29(Fri) 14:31
>先公どの
ご明察.週明けには復活します.
140 :先公:2000/09/29(Fri) 16:07
>すりらんか氏
よろしく。それにしても専門じゃないのに、あなたは日本の教育の置かれた現状を
よく把握してますね。その点に関してはほんと、頭が下がります。教育については
文学や社会学の連中と話をすることがあるのですが、基本的に文学の人士は現状に
ついて無知=自分は勝手に本読んで一人で賢くなったと思ってるのも多い。学校は
無意味だとか行く必要がないとか、菅直人みたいな暴論吐くこともしばしば。
社会学の人士は衒学的=あんたの印象批評は宮台みたいで現実認識から間違ってるぞ
というのが多くて、話しても不毛でうんざりしています。
141 :感想1:2000/09/30(Sat) 16:55
「ある均衡から別の均衡に移る」などと用語さえ使っていればもっとも
らしい意見に思えるから不思議ですね。
 知識の剥落とおちこぼれ(あるいは大学の大衆化)という二つの
問題点を示し、それぞれについて論じた後、企業採用と学校歴の話
になっているようです。
 学校歴で就職が決まるのは不公平だというのは偏った考え方の
一つなので僕には関心がないのであらためてコメントはしません。
 クローズアップ現代でやっていた(と思うのですが)ですが、
最近学生が授業中に教室から勝手に出たり入ったりしていたりする。
その原因の一つは安易に情報を手に入れることができるテレビの
影響があるのではないかとありました。細切れの知識しかテレビでは
得られないのですが、情報量は多いわけです。それで、情報を
ファーストフードのように消費することになれた学生は、知識を安易に
得られるものと考えてしまう。教室でじっと黙ってすわって、先生の
話を聞く忍耐を持たないし、先生の授業はテレビほどは情報量が豊かでは
ないというわけです。(授業中にフライドポテトを食べることさえ
できないなんてかわいそうですね)
142 :感想続:2000/09/30(Sat) 16:58
知識がファーストフードであるからありがたみもない、
むしろ学校という権力の臭いがいくらかするところで得た知識なんて
社会生活を送っていくうえで有害以外の何者でもない。
試験が終わったら捨ててしまおう。隅田川の鵜で結構!と開き直る
とテレビで言っていました。

 それで後日新聞には、学生がインターネットで直接、研究所にある最先端
情報にアクセスできるように文部省はしようとしているとありました。
つまり、最先端の原子顕微鏡を遠隔操作したり、研究所のパソコンにある
DNAの絵を見れるようにするということです。テレビに負けないくらい
ビジュアルで多方向性を持った授業を展開すれば学生も飽きないだろう
という発想でしょう。テレビをなくすこともできないのでいくらかは卓見
だなと思います。(テレビが普及すると日本国民は白痴化すると言った
池田元首相の言葉は当たっているということ)
143 :感想続続:2000/09/30(Sat) 16:59
学生が勉強しないので、「どの大学を卒業するかが企業の採用基準である
ことを改めることが大切だ。どんな勉強をしたかを統一試験でテストする
べきだ。また資格で採用するべきだ」という意見があった(かな?)とも
思うのですが、優秀な人材が企業に就職したからといってその企業
がのびるとは限らないわけで、いわんや経済全体をば でありまして、
教育内容を身につけていることと、実業で人並みにやっていけることは別なの
だと思います。(有名大学の学生は安定しているので無難だという意見
も先にありましたね。)だから学生に勉強させるために、学歴インフレーション
を起こすことは間違っていると思います。(つまり学部卒でなしに大学院卒
が企業の採用にとって重要などという高学歴社会を作るべきではないです)
 経済が成長するためには、実業の人たちが誇りを持ってその仕事をできる
ことが必要です。向いた職種では十分に報酬が得られることが必要です。
 「学歴があれば大企業のホワイトカラーになれる。たとえば一流の証券会社に
努めている人は、中小企業の工員とは人種違って優れた人材なのだ。」と
いうような雰囲気を無くしていくことが必要です。企業系列の中の序列があり、
賃金体系も親会社が下請けよりも高くなったりしているので、「みんな差別を
しないようにしましょう」と申し合わせても無駄です。たとえば政府が
土木作業の従事者の賃金の最低賃金としてかなり高い値をつけるとか、
農産物の消費価格は何円以上でなければならないというように規制を設けて、
誰も好きこのんでは就きたがらない職種をより魅力的にすることが必要
なのではないかとは思います。また公共事業などを通じて地方を魅力的にして
、中央との格差がなくなるようにすることも必要だと思います。
 要するに学歴社会をなくすためには、学歴を得ることがあまり魅力的では
ないような社会へと変えていくことだと思います。それによって、優れた
人材が適した職業を選ぶことで経済は成長すると思います
144 :ドラエモン:2000/09/30(Sat) 17:13
>141氏

でも、テレビが90%以上の家庭に普及したのは40年位前の話だけどな。先公氏
の説明によると80年代以降でしょ、知識の剥落とか深刻な問題になったのは。
145 :ドラエモン:2000/09/30(Sat) 17:22
>141-143

なんか、ちゃんと過去レス読んでます?別に、実社会で役に立たなくてもいい学問
を、無理して学生にやらそうとか誰も言ってないんですけど。

むしろ、工業高校みたいな専門教育が衰退して、無駄な大学生(と称する層)が
増えるのは、社会的に非効率だと考えてる人ばっかりなんだけど。

それにも関わらず、一方では高度な情報処理能力の必要な職種に対する需要が急増
していて、大学院教育を受ける数も増えている。結果として、勉強しないし実務も
知らない階層と、専門家層に、階層分化が生じてしまうのを、ここのみんなは危惧
してるんです。
146 :先公:2000/09/30(Sat) 23:10
>141~143
学生や生徒が落ち着きのない態度をとるのはTVのせいだというのは理解できません。
しかし、TVで流されてる情報を裏付けなしで真に受けてお書きになったコメントで
あることは理解しました。
「クローズアップ現代」にどの程度の権威があるか、私は知りません。コメンテータ
誰であったのか……佐藤学あたりも最近、いいかげんなことメディアで吹聴してるが、
そこまでデタラメ言うかな……??ま・誰のコメントでもいいんですけど。
以前にも書きましたが、いわば教育評論の看板を掲げたクーさんですなー。
このように近代教育史上における歴史的現在の位置も、教授・学習の意味も、
それから学力の定義も無視した「受信者が聞きたがってるわかりやすい説明」
だけが喧伝され、教育論議は曲げられていくのでした……
147 :すりらんか:2000/10/01(Sun) 00:13
>それで後日新聞には、学生がインターネットで直接、研究所にある最先端
>情報にアクセスできるように文部省はしようとしているとありました。
>テレビに負けないくらいビジュアルで多方向性を持った授業を展開すれば

視聴覚教育(ビデオ教材や何とかルームとか)の充実・コンピューターの
パッケージソフトを使って「パソコンが先生の変わりになる」の路線が敗
北したのは80年代の話で,感想氏の話はそれをもう一回やるのと何ら変わ
らないと思いますが?

また続々後半の部分が経済的な非効率性を産むというのは経済学以外でも
常識と思うのですがいかがでせう.
148 :先公:2000/10/01(Sun) 01:26
「パソコンが先生の代わりになる」構想の問題点について、一言。
これを可能にするためには、あらかじめ学習者の側に相当な意欲と自己学習力を
育てておく必要があります。なにしろパソコン様や、中に入ってる小人は、
学習者の意欲を喚起するために臨機応変の対応をしたりできないからです。
で、その際、
 1 どうやって継続的に学習意欲を喚起するのか
 2 いつ・どうやって自己学習力を育てておくのか
がネックになります。社会人と異なり、未成年の学習者には学習活動について、
「ほーら・やるとこんなに得をするぞ」というはっきりした見通しや、
「やらんと食えなくなるぞ」という切迫感はないので、よほどの好き者を集めるので
ない限り、テンションは保てないからです。仮にテンション保持が可能なら、
パソコン様を待つまでもなく、とっくに学校なんか行かず、NHK教育テレビか
ラジオ第二放送でみんな勉強する時代を迎えているはずです。でも……ね?
149 :P2K:2000/10/01(Sun) 02:39
>「受信者が聞きたがってるわかりやすい説明」
>だけが喧伝され、教育論議は曲げられていくのでした……
これ教育の分野だけじゃないですよね。いつか先公さんがいってたように、教育ってみんなにとって身近な問題で、
すべてのひとにとって体験談が語れる領域だから、よけいそうなのかもしれません。ああ、でも・・・。
150 :へなへな@隠れ行動科学:2000/10/01(Sun) 03:00
>先公さん@148

>1 どうやって継続的に学習意欲を喚起するのか
>2 いつ・どうやって自己学習力を育てておくのか
ここらへんは、ばりばりの行動分析学的にいえば、「条件付け」
で、正解するたびに好子をあたえる。

やる事そのものが好子を与えるように、ゲーム形式にするのが一番でしょう。
この当たりは行動分析の開祖の一人、スキナーも関わった教育工学
の話ではないですか?
行動分析は、80年代アメリカで、実用されるようになったみたいですけど、
まだ日本では応用されてないのですよね。
「鶏を訓練したことがない人間が子どもを育てる事はできない」。
って、ある行動科学者が行ったそうですけど(笑)

スキナーボックスみたいに、失敗すると「電気ショック=嫌子」
、正解すると「お菓子=好子」
という条件付けができるのがいちばんです(笑)。

参考
「うまくやるための強化の原理 飼猫から配偶者まで」カレン・ブライア
「パフォーマンス・マネジメント」
「応用行動分析学」
151 :ぼけ老人[ぼけ老人]:2000/10/01(Sun) 03:01
専門外のことには発言しないなどといいながら、
またついつい口を挟んでしまいます。
素人考えで恐縮ですが、以前から不思議に思っておったことがあります。
ここは恥を覚悟で先公氏に質問してみます。

「学力の剥落」を含めて、授業についてこられない生徒に対して学校は
徹底的にコミットすれば良いと思うのですが、いかんのですかな?
その代わりに良く出来る生徒には「飛び級」させればよいと思うわけです。
最近の小学校では、徒競走で一斉にゴールさせるそうですが、
経済学的にはその手の「結果の平等」主義はほとんどの場合、正当化されません。
個人的にもあまり好きではありませんし、理論的にも不幸な結末が予想されます。
「機会の平等」プラス「セーフティ・ネット」というのが、システム・デザインの
定石なわけですが、どうでしょうか。専門家の立場から一つ見解を聞かせて下さい。
152 :先公:2000/10/01(Sun) 10:28
>P2K氏@149
経済学も、そういう扱いをされているところが、すごくあるように思います。
数式が出てくると「ハクション大魔王」になって泣く私ですが(年寄りネタ)、
それ以外の部分では入門書の入門書をひきつつ、みなさんのお話を拝読しています。
ミクロとマクロの違い、これはほんの少しですが分かるようになりました。
世間で流れている怪しげな政策論とこの板の議論は、まったく違いますね。
やはり、経済学は基礎をきちんと学びたい、と思っています。

>へなへな氏@150
あれ~行動科学に明るい方ですか。この板、梁山泊みたいでいい味出してるなあ。
スキナーのネズミ。そうですよね。教育工学については、私は付け焼き刃です。
へなへな氏の方がずっと系統立った学識をお持ちなのでは。
ということから図々しく、ご意見をうかがいたいのですが、パソコン先生について。
与える飴はどうにかできるかも・と思う部分はあるのですが、ムチについては
どうしたらよいと思います?このへんは良い方策がすでに考案されているのでしょうか?
それと、いちどきに多数の学習者を管理する場合の方策など。箱の中のネズミと異なり、
人間である学習者はなまじ知能が高いので、大変じゃないかな・と。
もっといろいろあるのですけど、へなへな氏のご参加をぜひ、ぜひ。行動科学方面に
明るい方の視野って必要だと思います。ご迷惑でなければぜひ。
153 :先公:2000/10/01(Sun) 12:49
>ぼけ老人氏@151
お考えにまったく同感です。「結果の平等」は教育の目的ではありません。
「人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、
個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な
国民の育成」を期するのが教育基本法第一条で示された「教育の目的」、そして、
「ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会」を与えられるべきだというのが
同法第三条第一項の「教育の機会均等」です。同法制定に際して多大な影響を与えた
CIE(米国教育使節団)の報告書にも、また他の教育関係諸法規にも、「結果の平等」
に関する文言はなく、明記されてあるのは「機会均等」と「能力に応ずる教育」です。
狭い見聞ながら、「一斉にゴールさせる」事例などは、どうも門地絡みの問題が存在
した学区における差別解消の一案として考案されたのが発祥のようです。その時点で
地域融和という目的から特別に必要な措置だったというのはわからないこともない。
けれど、それが今は「うちの子は能力があるはずなのに差別的な扱いをされている」
と苦情がくるのを防ぐ過剰な措置として、非効率で有害な平等を形成しています。
「うちの子」についてねじ込む大人げない保護者は実際どこの学校にも必ずいて困る
のですが、その不当な支配に屈する学校側の運営方針に問題があります。その方針を
縛るものをさぐると、教育委員会という「聖域」の抱える病根に行き当たるように
思います。「悪平等」は現場も文部省も積極的な方針として掲げていないのに横行
しています。私見ながら、両者の連係に変なバイアスを加えている中間管理機構を
改革することが必要かと(日の丸・君が代問題で校長が自殺した事件にも関係有)。

「機会の均等」プラス「セーフティ・ネット」。ここに持っていけるかどうかも、
日本の教育改革の成否を左右する分岐になると思います。人材育成についても。
(ぼけ老人氏のご指摘は「人材育成」なんて低レベルのことではありせんが)。
154 :先公@補足:2000/10/01(Sun) 13:38
文部省と現場について。
文部省の打ち出すいろいろな方針は、実はかなり大雑把なんです。
で、「あとは現場で適宜判断してやってよ」てな感じで。当たり前ですよね。
大臣がときどき強硬な発言をするけれど、あれも有権者に向けたリップサービス
としての性格が強い。
ところが現場に降ってくる時点で、ものすごく自由裁量の余地が制限されてしまい
ます。それだけでなく妙な達成のノルマまで課せられたりすることも……。
「新しい学力観」が導入された際、「態度的な学力も視野に入れた評価」をめぐって、
モデル校指定を受けた小・中で授業中、教員がカウンター持って挙手の総数を計測
したり、各生徒の発言した回数(内容に非ず)を記録したりでクタクタになった、
なんて悲喜劇は、このねじれから生じます。
前レスで君が代・日の丸問題で自殺した校長の件にふれましたが、あれも
「文部省と教員組合の板挟み」云々ではなく考えるべきことがあるんです。
 1 なぜ校長は教組から激しく糾弾される方針で臨まざるを得なかったのか
 2 なぜ突き上げられた校長は追い込まれざるを得なかったのか  という2点。
(これ、左右の政治対立以前の、機構上の問題なんです)
155 :P2K:2000/10/01(Sun) 14:07
>先公さん
僕はここROMしてるだけなんですが一つだけおしえてください。
習熟度クラス別授業って昔から議論されてますよねえ。あれは今どうなってるんですか。
このやり方は機会平等にはならないんですか。それとも学年を超えた編成を行うと、現場では治癒しがたい問題が発生したりするのですか。

>へなへな@150さん
人間はネズミよりは贅沢なので、同じお菓子だとすぐ飽きちゃいますよねえ。
ごく幼児期には行動科学的アプローチは有効な気もしますけど、教育のような反復を伴う作業だとどんどん「好子」の
刺激水準にたいする要求が高まっていっていづれうまくいかないのでは?とおもえるのです。
全員ではないにしても、かなりに有効な可能性のある金銭的報酬や性的報酬をあたえるわけにはいかないですしね。
一般にはどのような設計をかんがえるのですか?
156 :先公@本題:2000/10/01(Sun) 14:19
いかん。完全に横道にそれてしまった。戻そう。
>ぼけ老人氏
>授業についてこられない生徒に対して学校は徹底的にコミットすれば良い
おっしゃる通りです。それができていない状態で「みんな仲良く・平等に」は教育効果
という点から考えても、意味がありません。これについては、現状の画一的な教育配給
システムには問題があると、認める教員や研究者の方が多いと思います。ホームルーム
クラスの拘束がもたらす制約も、この問題ではマイナスに働きます。一定の緩和が必要
でしょう(というのは私見ですが)。ただそういった方面からの提言が政策に反映され
ないのが難点。人員配置をめぐる予算の都合かな?それだけでもないとは思いますが。
それと、「飛び級」については、小・中では導入しない方がよいと考えます。
十代半ばまでは、知識の吸収だけでなく人間関係のコミュニケーションを学習する
うえで、優越感や屈折を生じさせる制度的な土壌は用意しない方がプラスであると
いう観点からです。遅進者や凡庸な学習者に対する温情からではなく、むしろ習熟
が速い学習者の成長を確保するための配慮、ということで。
米国あたりでしたか、いわゆる「大学の講義を受けている天才小学生」の話題は私が
子供の頃から雑誌などで目にしてきましたが、彼ら非常に早熟な秀才がその後も各界
をリードしている、という事例を耳にしません。この件については発達心理学などに
詳しい方のお知恵を拝借したい部分があるのですけれど……。
157 :先公:2000/10/01(Sun) 14:53
>P2K氏@155
習熟度別クラスによる授業は、私立高でかなり広く採用されています。
これはホームルームクラスの時点で集団を分けるパターンと、ホームルーム
クラスは混在状態にして教科ごとにレベルを選択させるパターンの二通りが
あり、学校側の判断でどちらかを採用しているようです。
レベル分けの際に用いられるのは英・数・国のいずれかの成績で、要するに
「読み・書き・算術」から判断するわけです。

以上が、学年の枠を超えない範囲・で実施されています。
(学年の枠を超えないのは、やはり「癒しがたい問題」による学校の荒れを懸念
するから、という部分が大きいと思います。付け加えるなら事務的管理上の都合)

公立小・中では採用されていません(ごく一部の「実験校」等でやっている可能性
はあります)。通常は私立も含め、義務教育の段階では採用していないようです。
小・中での導入が「機会均等」に抵触するか否かをめぐっては、まだ決着がついて
いません。高校までくると、義務教育でないこと、それと習熟度の差が明確化する
段階であることも手伝って、習熟度別の授業クラスは「機会均等」に反しないという
コンセンサスが得られているといってよいと思います。
158 :へなへな:2000/10/01(Sun) 15:28
P2Kさん@155.

まず、好子を定期的にあげるのは、学習期間です。
(この場合、きちんと勉強するという行動を学習する)

その行動を学習したら、あとは、ランダムに部分強化します。
さらに、時々好子の大当たりが出るように、変動強化します。
ギャンブルは全部、変動強化なのです、つまり、最終的に対してもらわなくても、
ときどき、大当たりがでると、また次ぎもでるのではないか、と、最終的に損なのに
はまってしまうのです。

>ごく幼児期には行動科学的アプローチは有効な気もしますけど、
>教育のような反復を伴う作業だとどんどん「好子」の
>刺激水準にたいする要求が高まっていっていづれうまくいかないのでは?とおもえるのです。
子どもから大人までOKです。ただ、コントロールしようとするのを相手に
気づかれてはなりません。
あと、行動は一度学習されると、ほっといてもある程度持続します。
それを補足するために、変動強化するのです。
(小さい時から、学習するという習慣を付けてしまえば、なかなか消えません)

>全員ではないにしても、かなりに有効な可能性のある金銭的報酬や性的報酬をあたえるわけにはいかないですしね。
>一般にはどのような設計をかんがえるのですか?
実は好子は、誉めるだけでもOKなんです。
弁別刺激というのですけど。
実際、実験校では、不良とかが多い地域でも、トークンという得点棒のようなものを
出しているようです。最近話題の、他動性の子供たちの学校もトークン式で成功しています。

ここでクイズです。
旦那さんが不愉快な顔をして帰ってきました、奥さんの行動分析的に正しい行動は?
1 機嫌をよくするように、やさしくして、すぐ料理を食べられるようにする。
2 機嫌がわるかろうが、よかろうが普通通りに扱う
159 :へなへな:2000/10/01(Sun) 15:35
>先公さん@152
>あれ~行動科学に明るい方ですか。この板、梁山泊みたいでいい味出してるなあ。
>スキナーのネズミ。そうですよね。教育工学については、私は付け焼き刃です。
>へなへな氏の方がずっと系統立った学識をお持ちなのでは。
あくまで、「あ、これ使えそう!」と学校と関係なく学んだ行動科学ですので、
そんなに体系的ではないです。

>ということから図々しく、ご意見をうかがいたいのですが、パソコン先生について。
>与える飴はどうにかできるかも・と思う部分はあるのですが、ムチについては
>どうしたらよいと思います?
鞭はほとんど使わないのが一番です。
鞭は世間では使われますが、あまり効果がない事が分かっています。
それよりも、たとえば、 宿題をやってこないのを叱るよりも、
宿題をやってきた子どもを前に出して誉めるとかのほうが効果があるようです。


>それと、いちどきに多数の学習者を管理する場合の方策など。
そうですね、出来ればグループ学習が望ましいです。
アルコール依存症を克服するグループとかのほうが、専門家の治療よりもいい例が
あるようです。つまり、グループ内部で好子を与え合って、モチベーションを
高めているためのようです。


箱の中のネズミと異なり、
人間である学習者はなまじ知能が高いので、大変じゃないかな・と。
いえいえ、大人の学習とかでも結構、成果は上がってます。
スポーツ選手についていうるコーチはある程度経験的に行動分析の結論と
同じ事をしてますから。
160 :先公:2000/10/01(Sun) 23:19
>へなへな氏@159
最後にご説明の点について、
大人の学習だから・成果が上がるという部分はないでしょうか。
大人の場合、精神的な一応の安定もあり、何のためにするのか
納得した上で学習活動に取り組むことが可能です。
それと、スポーツ選手の例では、選手本人に何を目指すべきか、
明確な目標とそこに向かう自覚がありますね。それゆえ本人も
一種の馬車馬状態で集中して邁進できる、と考えます。
(「馬車馬」という表現は良くないのですが、批判的な意味を添えない
つもりで使いました。他に適当な語が思い当たらなかったというのみ)
つまり、目標とその達成への自覚という動機付けを自ら理解し得ますね。

しかし、小・中学生の年齢ではどうでしょう。継続的に効果をあげるのは
困難ではありませんか?

それから、「叱るよりほめて伸ばす」ということについては同感です。
ただし、学力を効果的に伸ばすことに関して・に限定いたします。
(おそらくへなへな氏もその点に絞ってお書きになったと推察します。
それ以外の面では叱る必要は諸々生じますね)。P2K氏がご指摘になった
点→ひらたく言えば「アメのエスカレーション」については私もP2K氏と
同様のことを懸念します。もっともこれは、現場で経験した実感に基づいた
職人的な考えの域を出ませんが……。

さらにお考えをうかがえれば幸いです。
161 :すりらんか:2000/10/01(Sun) 23:38
>それと、スポーツ選手の例では、選手本人に何を目指すべきか、
>明確な目標とそこに向かう自覚がありますね。

これは,教育に関して経済学的に考える……ということをやった
場合に一番問題になることなんですよね.ちょっとマスコミみた
いな事をいっちゃうと小中学生に「これこそが目標である」とい
うモデルケースを示せなくなったことが,学校統治が上手くいか
なくなった原因でしょう.

そのいみで好子を中心とした動機づけで「学級」統治を目指すと
言うことになると先生に相当の能力が要されることになる.かな
りの再訓練が必要でしょう.「その子に応じたほめ方」ができる
なんて人はかなり少ないでしょうから.また,その成功のために
は「先生がより細かに子供と接することが出来る」必要がある.

その意味で私は少人数学級は望ましいと思う.しかし,これはも
う一つの学校の問題である「先生に改善インセンティブが薄い」
状況は動かさない.というわけで複数担任制(つまりは相互監視
環境です)が望ましいと思うのですがいかがでしょう.
162 :ぼけ老人[ぼけ老人]:2000/10/02(Mon) 02:16
>先公氏
お答え感謝します。うーむ、そうなのですか。
私はもちろん専門外なので、難しいことは分かりません。
ただ一つ、最近強く実感することは「学校内平等社会」というのが、
社会人の感覚からして異常に感じるということです。
学校関係者でない社会人の意見には共通するものがあると思います。
「学校内平等社会」が現実の様々な困難に立ち向かう若い人達に
あまり悪影響となっていないことを祈るのみです。
163 :ドラエモン:2000/10/02(Mon) 13:52
>先公さん
すると、マスコミでの煽りを別にすると、平均的な子供はわりとのんびりと
暮らしていると考えて良いわけですね?確かに、今度のオリンピックなんか
見てると、昔みたいな悲壮感なく楽しげな一流選手増えてるみたいだもんな。

だとすると、教育にゆとりを、子供を過重な受験戦争から解放しようという
文部省の方針は(期せずしてかもしれないが)成功してるって言うことですね?

もし、そうなら学力の剥離と言う問題は子供に持続的な知的興味を持たせる
には、如何にすればいいか?あるいは、学習を楽しませるにはどう指導すれ
ばよいかという問題に帰着して、社会的な大問題のヒコバエというような大仰
なアプローチは必要ない(あるいは、それほど決定的ではない)ということ
になるんでしょうか?
164 :馬鹿でよかった:2000/10/02(Mon) 16:54
>156:
>米国あたりでしたか、いわゆる「大学の講義を受けている天才小学生」の話題は
>私が子供の頃から雑誌などで目にしてきましたが、
>彼ら非常に早熟な秀才がその後も各界をリードしている、
>という事例を耳にしません。

たぶん数学者については飛び級が成功しているのではないでしょうか?
日本でも,天才的な数学的能力を持つ子供は
数学者が個人的に面倒をみたりするケースがあると聞きます.
東大の数学科の連中には子供の頃に
大学学部レベルの数学の勉強を終えてしまっている人が
少なからずいると聞きました.
数学的能力のようにかなり特殊な能力については,
飛び級のような制度が大いに役立つと思うし,
千葉大とかの試みも,こうしたことを踏まえてのことでしょう.
165 :教官:2000/10/02(Mon) 19:05
>たぶん数学者については飛び級が成功しているのではないでしょうか?

数学に関しての話なので現場からコメントします。
飛び級の程度によると思います。
大学院に入る年齢くらいに関してはともかく、米国で一時期おこなわれ
た極端な飛び級は成功しなかったというのが結論だと思います。

13歳で大学院に入って話題になった英国の少女も(幾何を勉強していたようで
すが)結局プロにはなってないようです。東大でも、数学オリンピックで優秀
だった学生が何故かそのまま伸びていないというはなしをききます。人間の
能力と言うのはなかなかデリケートなもののようです。

>東大の数学科の連中には子供の頃に
> 大学学部レベルの数学の勉強を終えてしまっている人が
> 少なからずいると聞きました.

これは確かにある程度はそうなんですが、(わたしも高校1年生の時に解析概論
を読んでいましたし、友人にはセールを読んでいる奴がいました)このくらい
の進度の差は実は大したことありません。
数学科に入ればせいぜい数ヶ月先に
やったかどうか、という程度の差です。

ただ、高校時代の影響はものすごくおおきいのは確かだとおもいます。
166 :馬鹿でよかった:2000/10/02(Mon) 19:26
>165

私が164で書いたことは,むかし
「東大数学科の代数に行くような連中の多くは
高校時代に可換環論を勉強している」
って聞いたことを踏まえてなんですけど,
それでもプロにならないケースがあるんだろうか?
167 :先公:2000/10/02(Mon) 19:28
>164氏
「飛び級」ってどういう「制度」か、きちんと把握してますか?
日本の教育について「制度」というからには、極少数の例外者のためにおこなうべき
「特別措置」とは区別して考えなければいけないのですが……。
これは、言葉遊びではなくて根本的な問題です。
>日本でも,天才的な数学的能力を持つ子供は
>数学者が個人的に面倒をみたりするケースがあると聞きます.
>東大の数学科の連中には子供の頃に
>大学学部レベルの数学の勉強を終えてしまっている人が
>少なからずいると聞きました.
こういうケースを否定したり批判したりしているわけじゃないんですよ、私。
なぜなら、「学校以外で勉強習ったりしちゃいかん」なんてまったく書いていませんし、
思ってもいないからです。ご指摘の例については「制度」というより弾力的な「特別措置」
で対応するのが妥当ではありませんか?
それとご指摘の「子供の頃」の学校教育である義務教育=国民皆教育の「制度」に
「飛び級」を認めろというのとは、まったく次元が異なります。
千葉大の例も、俗に「飛び級」とひとくくりにされているから誤解を招きますが、
正確には「飛び級」ではなく「飛び入学」です。「飛び校」とも異なります。
このへんの整理をまず、なさってください。

引用なさった部分の直前に私が書いたことについてはどうお考えになった上での
疑問あるいは反論なのか、お聞かせ下さい。

>165教官氏
実際のご指導に携わっていらっしゃる方からのご教示、ありがとうございます。
実情について勉強させていただきました。
168 :先公:2000/10/02(Mon) 23:43
163でドラエモン氏が下さったレスは、実はものすごい剛速球(163km/h)で、
なんとか空振りせずに打ち返すそうと少々、時間をいただいています。

>ドラエモン氏@163【その1】
まず、「教育にゆとりを、子供を過重な受験戦争から解放しようという文部省の
方針は(期せずしてかもしれないが)成功してるって言うことですね?」の、
「教育にゆとりを」の部分について。

これは確かに成功していると言えるでしょう。また、今後も成功し続けるかも
しれません。少し前に取り上げた新学習指導要領は小・中で2002年度から、
高校では2003年度から完全実施されます。高校での必修単位数は
現行の普通科38、専門学科等35を、いずれも31に削減
卒業に必要な単位は現行80を74へと削減します。
それと内容は一律30%オフですから、私やドラさんの頃からみたら、学習者の負担は
かなり軽くなると思います。ただし、以上は学校カリキュラム内の話(注)。
ただし放課後や休日がどうなるかは、施行されてみなければわかりません。楽観論と
悲観論がありますが(なんかよそスレでお書きになっていたことのパクリみたい
ですね)、前に話題になった学習者の二極化と絡めて、興味深いところです。
バブル崩壊のあたりまでは塾・予備校への通学率が上昇し、ダブルスクールの波は
高校から中学校、さらには小学校後半(4年生)まで低年齢化しました。そのため
「ゆとりの教育」といっても現実にはゆとりなんかない、子供たちはドリンク剤を
飲んでヘトヘトになりながら勉強に追われている、という批判が出ていましたが。
あの時期でも実は、学校での学習の負担は、かなり軽くなっていたんです。

【注】 途中からお読みになっている方、教育法規に詳しくない方のために、
    補足いたします。このスレッドで私が単に「学校」とだけ表記する
    場合、指す対象は学校教育法の第一条で規定された「小学校、中学校、
    高等学校、大学、高等専門学校、盲学校、聾学校、養護学校及び幼稚園」
    中の小・中・高を指して使っています。
169 :先公@今日は代休でした:2000/10/02(Mon) 23:44
>ドラエモン氏@163【その2】
次に、「子供を過重な受験戦争から解放しようという文部省の方針は(期せずしてかも
しれないが)成功してるって言うことですね?」
う~ん、どうなんでしょうね。結果的に成功している層と、成功していない層に
分かれているように思えます。「高校を卒業したら進学せずに」というつもりで
やっている子(=同年齢人口の5割強~6割)にとっては成功です。
一方、大学進学を目指す層(=同年代人口1~2割)にとっては、学校で教えられない
部分を塾や予備校で補わなければならない分、奪われる時間は増えたわけですから。
「詰め込み」と悪名高かった昭和43年改訂の指導要領で育った者からみれば、
学校の6コマで習っていたことを「学校6コマ+塾(予備校)」で習うので、
「学校」の外の生活まで視野に入れた場合、時間的な余裕、つまり「ゆとり」は
失われているということになります。
上記二者以外の層は、いわば中間的な位置にいますから、学校外でも勉強した結果
なんとか大学に入学できる者、あるいはず~っと楽にやって入れる大学に入って
しまう者など、一概に言えない部分があります。
ちょっと整理が足りないでしょうか。(163の後半にはもう少しお時間を)
170 :先公:2000/10/02(Mon) 23:52
169の補足。
つまり、文部省の提示した「ゆとりの教育」というのは、
学校教育法で規定した小・中・高の範囲、つまり管轄内に関して
ゆとりを作り出す・ということです。
これを肯定的に受け止めるか、批判的に受け止めるか、という問題に
ついては、私ら子どもでない者が・何を良い教育環境・教育内容とみるか・
に左右されます。
171 :すりらんか:2000/10/02(Mon) 23:57
なんかどんどんスレの趣旨と離れてると思うんだけど,
このスレの題名をみんな再確認しましょうよ!教育と
経済成長……つまりは国民教育の話でしょ?
172 :すりらんか:2000/10/03(Tue) 00:33
失礼.先公氏が強制回復済みだったんですね.
173 :先公:2000/10/03(Tue) 00:41
それはそうだね。
教育が絡むとどうしても習熟度最上位層と最下位層のどっちかに話題が流れて
しまう。「天才・秀才をどう扱うか」「こぼれてヒッキーになった者をどうするか」
みたいに……。でも実は、両方ともいわば珍しいから注目を浴びるだけで、9割以上の
学習者には該当しないんだよね。
で、ドラエモン氏のレス163後半は、本題と関連が大いにあるとみたので、
ちょっと今こちらも整理中。
174 :先公:2000/10/03(Tue) 08:35
補足 > P2K氏・ぼけ老人氏 = 6年制「中等教育学校」と「併設型中・高」について

平成10年11月、並びに11年3月の文部省告示(前者=告示第154号、
後者=第59号)によって設置が認められた新たなスタイルの学校に、
 ・中等教育学校
 ・併設型中学校及び併設型高等学校
があります。両者を取り上げなかったのは、設置が認められたばかりでまだ具体的に
成果と課題を云々することができないからなのですが、すでにお聞き及びの上関心を
お持ちかもしれないと考え、教育課程(カリキュラム)の基準の特例として認められ
ている特色を以下に記します。
 1 前期中等教育課程・後期中等教育課程間の単位互換(上限あり)
 2 前期中等教育課程・後期中等教育課程各々の単位増減(上限あり)

中・高間で、一定の単位互換と代替が可能になるということです。
学年の枠を一部外すことを認めるわけですが、実際の運用がどうなるかは、これから
具体化するのを見ていく必要があります。
(単位ごとの「飛び級」を一部認めるとの見方も一時、流れましたが、これは「先取り学習」
ならびに「低進度補習」の特例認可とご理解いただければより正確であろうと思われます)
さて。実験校の範囲にとどまるか、日本の中等教育全体を大きく変えるか……。
興味深い試行ではあります。
175 :先公@遅レス:2000/10/06(Fri) 00:50
>ドラエモン氏@163【その3】
教育の剥落については、原因を特定できていないのが正直なところです。
そこで教育学研究科の修了者である東京、神奈川、埼玉の中・高の現場
教員10余名に情報提供を依頼し、あわせて討議をおこないました。
結論としては、現象としてはすでに中学校にもわずかながら認められるが
原因はわからない・これ以上のことは申し上げられません。
過去に遅進者でなかったはずの者の学力がなぜ剥がれ落ちるのか、
現時点ではわかりません。教員とはその程度の存在です。
(学習する目的の欠如に起因するのでは、との指摘もあり、私もそれに
乗ってしまいたく思うのですが、根拠を明示できません)
申し訳ありませんが、この程度でご容赦ください。

ところで、脱線になってしまいますが、これとは別に学力低下問題への
懸念が中・高とも共通して話題となりましたので、以下、それについて
少々ふれておきたく思います。
176 :先公:2000/10/06(Fri) 00:51
公立中の「学力」の現状=下町、山の手、郊外に存在する学区について
 1 どの学区においても中学の授業についていけない遅進者は存在する。
   (e.g.明らかに分数の概念を理解していない者2割、四則演算の
   技能が未熟・不安定な者1割)
   対応策は学力の低い下町学区で積極的。山の手では教員・保護者
   ともに遅進者への対策に消極的な態度をとることが多く見受けられる
 2 下町では「選択科目」を利用し、遅進者対策として事実上の習熟度
   別授業を実施しているケースが何校かみられる
 3 下町の中学では卒業後、商業高、工業高への進学率が比較的高く、
   (A区の例:卒業者の3割)保護者もこれを容認している。
   反対に山の手・郊外では普通高校への進学率が極めて高い(9割)。
【付】 差別問題が多く存在する下町では、生徒・保護者とも競争原理の
   実際の導入を容認する傾向が強い。逆に差別問題がほとんど存在
  しない山の手や郊外の住宅地では、保護者から「うちの子が差別
   されている」との苦情が少なからず学校にあり、生徒・保護者とも
   他者との平等について関心が高い傾向があるとの指摘あり……
177 :先公:2000/10/06(Fri) 00:52
公立高については、
 1 普通高校は上位校ほど習熟度別の授業に消極的→「選択科目」で対応
   剥落・遅進者とも、どのレベルにも少なからず存在するが、有効な対応を
   行い得ていない(習熟度別クラスについては保護者からの風当たりを懸念
   し、慎重に構える傾向がいまだ強い)
 2 これに対し商・工業高校は必修科目の段階から習熟度別授業を徹底実施して
   いる学校が多い(遅進者対策・基礎学力の定着重視)
 3 卒業までに資格を必ず取らせるよう指導し、卒業者については全員に近い就職を
  確保している
全日制に限っての話ですが、商・工業高は教員・生徒ともに就職に向け、目的を
明確化させて臨んでいるらしい。
これについて、情報を提供してくれた公立中の教員からは「普通高校数が過剰である。
能力からいっても特性からいっても職業高に進ませた方がよいと思われる生徒は
各学年に2~3割はいるが、受け入れ先となる職業高が減少していること、また、
面談において本人と保護者に普通高校への進学を希望する傾向が強く、強引な
誘導ができないでいる」との指摘が共通してなされました。
178 :すりらんか:2000/10/06(Fri) 01:00
>逆に差別問題がほとんど存在しない山の手や郊外の住宅地
>では、保護者から「うちの子が差別されている」との苦情

これは親が太平楽なんですよね.とくにおっかさんが.旦那
はイヤってくらいの競争社会で戦ってるっちゅうに.ただ,
ホワイトカラーの生き残りは今後どんどん難しくなるでしょ
うから,職業の現状から教育事情の変化へという流れが働く
かもしれませんね.

ところで,ホワイトカラーの平均年収ってそんなに高くない
んだけど何でみんなそんななりたいかね.別に安定性も(今
後は)いいってわけでもないのに.私の友人の親父(大工)
なんか,不況知らずに稼いでるよ.
179 :先公:2000/10/06(Fri) 01:03
ちなみに、以上のモニターとなった教員の「飛び級」「習熟度別授業」「習熟度別クラス編成」
に関する立場は、
 ・「飛び級」……全員反対
 ・「習熟度別授業」……全員賛成
 ・「習熟度別クラス編成」……2名賛成(「学校の実情により」との条件付)、
               残りは反対(生徒の視野狭窄・価値観の偏向を懸念)
でした。御参考までに。
180 :先公:2000/10/06(Fri) 01:22
それから、新指導要領について。
中学校では教員、保護者とも「無関心」が支配的。
教育内容の30%削減については、
教員=「新課程に対応する準備に追われて話題に上らない」
これは、具体的には新設される「総合的な学習の時間」、ならびに
「体験学習の重視」に伴う新行事計画が目白押しで、内容削減については
ほとんどの教員が「それどころじゃない」状況にあるとのこと。
(ちなみに、都内の公立中に限っていえば、教員は慢性的な人手不足らしい。
学校をリストラする以前から教員採用を大幅に絞っているのが原因とのこと)
そのようなことをこなしてくれる営業マンがほしい・のだそうです。
保護者は「知らない」「うちの子は塾に行かせるから関係ない」というのが
圧倒的らしい。
高校については、教員は懸念する声はあるものの、「今に始まったことじゃない」
というあきらめムードが支配的だそうで、保護者は「うちの子が卒業した後のこと
だから」と無関心とか。
181 :ドラエモン:2000/10/06(Fri) 12:30
>先公さん@175

>(学習する目的の欠如に起因するのでは、との指摘もあり、私もそれに
>乗ってしまいたく思うのですが、根拠を明示できません)

僕もそれが極めて有力な仮説だと思いますね。日本でもちゃんとした社会
職業調査のパネルデータがあれば、教育水準と将来所得とかに関しては、
実証的に追跡できそうな気がするけど、誰かやってないのかな?

死んじゃった石川先生なんか、こういうのやりそうな気がするよね。
182 :ドラエモン:2000/10/06(Fri) 13:11
>先公さん
すんません、いつも経済の話してるんでつい業界事情を前提に・・・。
石川さんって、東大の先生だったんですが、ちゃんとした経済学者だけど
ニューレフト系(ラディカル・エコノミックス)に同情的で、所得分配と
不平等の研究してた人です。
183 :すりらんか:2000/10/06(Fri) 13:46
石川先生といえば全共闘のエースですね.共闘委員会と
大学側の妥協を実力阻止しようと団交の場に乗り込んだ
とか…….私が出会ったときにはそういうところは全く
感じないもの静かな人という印象でしたが.一昨年急逝
されましたがが,また50そこそこなのに,本当に惜し
い人を無くしたと思います.近経系の労働経済にとりか
なりの大損失と思います.
184 :先公:2000/10/06(Fri) 23:29
>ドラエモン氏@181=182
石川先生……懐かしい名前ですね。全共闘運動に共感は覚えませんけれど、
あの祭の主役たちの名前は幾人か知っています。あの世代の闘争のいくばくかは
テレビや新聞で見ていましたし、その挫折を主題にした映画やドラマも、私に
とって馴染み深いんです。
時代の波に飲み込まれ、五十代を迎えるに至った彼らは、現状をどのように見ている
のでしょうね。一つには、教育のあり方をめぐってあれほど行動を起こした世代
なのですから。彼らの息子や娘たちの多くは、すでに大学を卒業する年齢となりました。
185 :すりらんか:2000/10/06(Fri) 23:31
中学の成績評価を絶対評価にするという案が出てきてるみ
たいですね.NHKのニュースでやってたんだけど……実
験校のセンセってのが「絶対評価」の意味全然分かって無
くてかなり笑えました.

子供の達成すべき目標を達成していれば全員5もあり得る
とかいっちゃって,「うちのクラスでは半分以上の生徒が
テストは満点です」だって.マジ逝ってよし.

教育・財政赤字・構造改革の話をTV・雑誌とかでみると
ホントストレスたまる一方だぁ.酔っぱらってるから今日
は言いたいこと言っちゃうよーん.
186 :先公@ところで、:2000/10/07(Sat) 01:40
43で出した次のような質問があります。

義務教育(9年間共通)─┬─普通教育(3年間)──高等・専門教育─就職
              └─職業教育(3年間~5年間)

根は一本で途中から進路が分岐する・という意味です。
この「フォーク」の柄の部分が社会全体の高学歴化に伴って長くなり、現状では

義務教育(9年間共通)+普通教育(3年間)━━┳━高等・専門教育━就職
            (└職業教育=統廃合傾向)┗各種学校━就職
                           │
                           └就職
となっています。フォークの柄を縮めることは難しい。
温情的である必要はありません。どのような方策が可能でしょうか。

これに関する名案はないということで、よろしいでしょうか?
(じつは、現実的な模範解答は一つ、あるんです)
187 :すりらんか:2000/10/07(Sat) 01:45
>現実的な模範解答は一つ、あるんです
フォークの分岐を多くしてandその後また交わるようにしと
くとか?
188 :訂正事項:2000/10/07(Sat) 01:47
43を書いた時点で語記したままになっていたこと
 △職業教育=正規の分類では「専門教育」でした。
これはこちらの勘違い。失礼しました。従って、
 ×高等・専門教育→高等教育 の誤記となります。
189 :先公:2000/10/07(Sat) 01:51
>すりらんか氏
いえ、フォークの柄の分岐点はとりあえずそのままの位置でいけます。
(でも長期的には縮めるための方策)
すりらんか氏の187は正解に近い。
要点は、
 ・現状では無駄に長いフォークの柄を「無駄な」長さではなくする
 ・職人を育成するシステムを作る       です。
190 :先公:2000/10/07(Sat) 11:44
それと、すりらんか氏に一つ、お尋ねしたいこと。
「義務教育の一部有償化」についてはどう思います?
実は昨夜、情報を提供してくれた教員諸氏と飲み会やったのだけれど、
席上、「教員が無能だという見方が強いみたいよ、経済学方面の人は」
と水を向けてみたら(もちろんこの板の特定はしなかったよん)、
「だったら人件費とか教材代は自分らで全部払って、気に入る教員を雇い、気に入る
授業をさせればいいんだよ」
という意見が出ました。私は一理あると思います。
ちなみに施設を税金でまかなっている公立なら生徒一人あたり、小学校で
年間30万円も出せばなんとかなるだろうし、中・高校なら60~80万円で
いけるのでは・と誰かが試算してたな(根拠は不明)。
 *ちなみに30人学級なら30万円×30=900万円だが、もちろんこれが
  全部担任の懐に入るわけではない・というのは社会人の常識がある人なら
  知っています。ですからこの負担額で「質のよい教員」がどの程度雇えるか
  私は少々疑問です。
それとは別に、現在の教材はレベル設定がおおまかすぎてよくないので、
これも有償化すれば、1科目あたり年間主教材(教科書)で1千~2千円、
副教材で5千円も払えばいい教育はできると思います。
公立も私立も、税金でまかなわれてる部分が大きすぎるから、保護者にコスト意識が
足りない(実はほんとにコスト意識が不十分なのは教員よりも親・という気がする)。

私ら雇われてる側は、給料がどこから出ようと、働くに値するゼニをもらえるんなら
やりますよ。たとえば教育を全面有償化したっていいんです。
191 :すりらんか:2000/10/07(Sat) 14:41
>「だったら人件費とか教材代は自分らで全部払って、
>気に入る教員を雇い、気に入る授業をさせればいい
>んだよ」という意見が出ました。

これって捨てぜりふとしてですか?それともそうすべき
だって話なのかしら?前者だとしたら爆撃のしがいがあ
る話だなぁ.教育バウチャー制は教育の原則無償を守り
つつ上の話を達成する好手段だと思います.……おいお
い何か最近俺ケインジアン廃業しつつあるぞヤバ.
192 :先公[先公]:2000/10/07(Sat) 22:07
>すりらんか氏
いや、捨て台詞ということではありません。
お客さんが気に入らない演し物だというのなら、気に入る人を雇って
気に入るようにやらせるのが良いのではないか・という話。
ちなみに発言者は元商社マンです。
「教職いのち」なんて宗教じみた信念で教員になったのではないという点で、私と
共通します。私らは臨教審第一部会で討議されたのよりもっと明確な競争原理を
積極的に学校に導入してよいと考えています。<実現の可能性はないと思うけど
一応、それなりのクオリティの仕事やってるという自信はあるんだよね。
「ダメな教員をクビにしてよい」「来たくない生徒は学校に来なくてよい」が私らの
発想の前提です。だから「教員は質が悪い」という単純な教員無能論にはバイバイしてる
わけです。そういう単純な議論が成立するなら、現在の大学生も大学院生も質が悪いし、
会社員も自営業者もみんな質が悪いことになります。必ず質の悪いの含んでますし、
すばらしい「粒ぞろい」じゃないですから(笑)
でも、そういう議論って無意味ですよね。
193 :先公[先公]:2000/10/08(Sun) 15:13
経済スレが回転良好になってきましたから、上げずにもう一つ書き足しておきます。
このスレの前半~中半で、学校自体に行く意味がわからなくて困るというレスや、
学校の勉強がわからなくて教員がひどいといかにも言いたげなレスがありましたが、
これらはたいていの場合、学校のせいでもなければ教員の資質のせいでもないのです。
学校に行く意味について学校が賦与してくれるのを待っても無駄です。また、勉強が
できないのは教員の資質以前に学習者本人の資質の問題です。できる学習者はできる。
前掲のような苦情や異議申し立ては、要するに甘えてるんですよ。大学生や院生(たぶん)
にもなってそんな発想しかできないようでは、社会人になっても「職場つまんなーい」
「もっと楽しい仕事くれよー」で、つぶれて「ほんとの自分さがしの旅」とやらに出て、
終わりです。
こういう人々は経済と教育を語る精神年齢に達してもいないし、将来的に日本の経済成長の
足を引っ張る可能性すらある未熟児です。もっと大人としての自覚をもつか、2ちゃんねる
に逝って、一生、世の中に対する非生産的な不満を垂れて一生過ごすかが関の山。
上記のようなむごくも正直なことを言わずに高校や大学から卒業させてくれた「質の悪い教員」
たちがいかに大人であり寛容であったか、認識してほしいものです。
大学にもいるんですよね、「学問がわからないのは教授のせい。ボク悪くない」って類。

 【謝辞】
すりらんか氏、ドラエモン氏、P2K氏、ぼけ老人氏等々、
教育の外側から幾多の有意義な疑問と指摘を下さった固定HNの諸兄に
心より感謝申し上げます。
194 :先公[先公]:2000/10/08(Sun) 21:32
>すりらんか氏@191
教育バウチャー制について
これは基礎レベルの教育を強化する上で有効だと私も思っています。
公立・私立の別を問わず、一定額のクーポンを学齢期児童生徒を抱える
家庭に配る方式ですよね。で、私立に行かせたい場合、私立校が設定する
一定の上乗せ額を払う、という。
これ、公の学校教育はタダで与えられる空気みたいなもんだ・と勘違いしている
保護者の認識を改めさせる上で有効でしょうね。それと、ほっといてもお客さんは
来るから給料はもらえるんだ、と太平の夢をむさぼってる無能教員の駆逐にも役立つ
でしょう。現場での反対は、準備期間なしで移行することによる混乱への危惧が最大
の問題なので、マスコミや左翼が曲げて伝えている「首切り反対」は、実のところ
二の次らしい(←クビになりそうな連中や組合専従が騒いでるだけ)。
そういえば、来年度か再来年度から、荒川区でも品川方式(入学したい小・中の
自由選択)を採用することに決定したそうです。これはすりらんか氏のいう
バウチャー制とは異なり、公立の枠内で行われる改革ですが、今後の推移に注目
したいところ。私立を巻き込めればもっとよいけれど、私立側が敬遠するでしょうね。
状況としては、もう公立も私立も同じ競争にさらされてよい時期になっていると思います。

>ぼけ老人氏【補足】
2002年度から中学校は全学年で主要5教科すべてについて、選択単位が導入されます。
横並びの「平等社会」はようやくThe End。かなりの自由化を期待できます。
あとは内容の削減をやめさせて、高度化をいかに図るかです(これは課題だな~)
195 :すりらんか:2000/11/08(Wed) 17:45
ロビーが隠れ教育スレになっちゃってると,
本来の話題<新スレ提案とか,㌧㌦の確認とか
に使いづらくなるのでこっちあげときましょ.
196 :先公[先公]:2000/11/08(Wed) 22:12
そうだね。失礼しました>ALL
197 :先公[先公]:2000/11/11(Sat) 13:40
どこかのスレッドでネット上のバーチャル大学・大学院の話題が出ていましたね。
この構想について、私は必要な場合にコンピュータという文房具兼通信機器を使って
補助的な作業をすることもあるかもね・という程度にしか考えていません。
学問研究をおこなう上では、まだまだ大学という箱も、教室・研究室というブースも
必要とされると思います。もちろん文献資料そのものを手にとってみる図書館も。
198 :すりらんか:2000/11/11(Sat) 14:10
>先公氏@197
ただ,ネット情報を学生が積極的に収集すると,藩札教授の
権威失墜には役立ちそう.
199 :?:2000/11/11(Sat) 18:09
私は少々疑問です。
200 :先公[先公]:2000/11/11(Sat) 22:14
>すりらんか氏@198
そういう効用はあるかもしれませんね。
研究とネット情報についていえば、現時点でバーチャルな大学や大学院を立ち上げて
問題のない研究分野はまだまだ少ない(ないかどうかはわからないが)と思っています。
秋の学会で西日本における旧高等師範のボスといえる大学の院生がネット上で収集した
データのみに依拠して発表をしたため、「○○を見落としてるんじゃないの」「ずいぶん
粗っぽい資料収集だね」とボコボコに叩かれていました。発表者自身はネット上のデータ
ベースとして公開されていない資料(たとえば戦前期の学術誌)=存在しない資料として
割り切ってたみたいですが、……
201 :すりらんか:2000/11/12(Sun) 02:29
あと,結構多くの大学でゼミが事実上崩壊しているみたい.
教官数が少なすぎてゼミとは言えないマスプロ授業をやっ
てる…….それでもまだゼミナシが結構いる.いっそ掲示
板で代替か?……ってより院生のTAを10人@1教官つ
けてでも,少人数講義は維持すべきなのになぁ.
202 :通りすがりのもの:2000/11/12(Sun) 15:27
崩壊しているのをゼミも人数が多いのでマスプロだからだ
というのは疑問。1、2年をアルバイトを含め、遊んで
暮らしてきた人たちはそれに慣れている。勉強する気は
さらさらない人も多いでしょう。
203 :ドラエモン:2000/11/12(Sun) 16:33
>すりらんか氏@201
大学で勉強するのが目的という学生もいるが、そうじゃないのもいっぱいいる。
そうじゃない学生にとっては、ゼミで絞られるのなんて迷惑そのもの。さらに、やる気ない
ゼミ生増えるとやる気あるのも迷惑受ける。

結局、ゼミが充実してないから学生にやる気無くなるのか、逆なのかという鶏・卵論争。
だけど、学部卒で普通に就職する人にとっては、経済学なんてほとんど意味ないのが現実
なわけで、勉強しろといくら環境良くしても無駄な気がする。ただし、院生にTAの口を
増やして生活保護できるメリットはあるけどね(藁

私見によれば、どこの学校にでもいる目覚めたる学生が、アクセスできるリソースをどれだけ
確保できるかが最大の課題だと思う。厨房大の逝ってよし教授のゼミで変な経済学モドキを
たたき込まれる方が、一人でマンキューやらスティグリッツ読むより、はるかに害は大きいよ。
204 :先公[先公]:2000/11/12(Sun) 18:42
大学のゼミについて言えば、学部生の全員(あるいは多数)を所属させる必要はない
と思います。成績順と志望する専攻・ゼミの競争率などを勘案しつつ、スパッと線引き
はしちゃっていいんじゃないかと。
どの大学・学部もゼミに所属できる割合を専攻進級時に学年のせいぜい2割程度に
限定して、あとはゼミ無し・専門無しの無所属学部生として人生最後のモラトリアムや
早めの就職活動にいそしんでもらう。もちろん卒業論文は無し・ということで。
要するに学術学士(便宜上、いま勝手に考えた学位)と○○学士の二本立てしにする
というのはいかがでしょう。
戦前の私大は、本科生と専門部との二本立てを採用していました。
大正後半~昭和初期にかけて、高学歴の大衆化が進んだ結果、採用された制度で
あるようです。
本科生というのは現在と同様、学部に所属した人々。
専門部というのは、本科生ではないが、希望すれば本科生と同じ講義・演習に参加できた人々です。
たしか村山富じいか故三木武夫が明治大学の専門部出身だったと思います。
(本科生でないから就職が不利・ということもなかったらしい)
この方式を入学後にコース選別する形でとりいれても、現状なら学部生から苦情や
抗議は出ないんじゃないかな? 研究のレベル低下を防止する効果もありそうだし。

それと。
すりらんか氏は
>崩壊しているのをゼミも人数が多いのでマスプロだからだ
という因果関係に位置づけて書いていないと思いますが。私は、
  ゼミの崩壊の現状=マスプロ授業
とイコールで位置づけて書いたのだと理解して読みました。
205 :名無しEND×YURI:2000/11/12(Sun) 20:21
>先公さんへ
8割にたいして「あなたたち、ゼミなしで文句ないでしょう。どうせ
勉強しないんだから」というようなことをすると、さらに怒って
勉強しなくなるのではないですか?
206 :先公[先公]:2000/11/12(Sun) 21:54
>205氏
ゼミに所属して学問にいそしむ学部生を2割とおいたのは、
かなり甘めの仮定ではないかと我ながら思っています。
それと、物は言いよう、朝三暮四のたとえもあります。
>「あなたたち、ゼミなしで文句ないでしょう。どうせ
>勉強しないんだから」
と露骨に表明すれば、あるいは一部の学生は、「階級敵」を見出し、
怒ったふりをして全共闘さながらのお祭りを始めるかもしれない。
しかし、入学時に「ゼミに入るためには成績優秀であることが必要」というふうに
条件づけてやれば、勉強したくない者の大部分はこれ幸いと、
「おれは『お勉強』したくて大学に入ったお坊ちゃんやお嬢ちゃんとは違うぜ」
と自己肯定のための論理を獲得し、楽しく学部生活を過ごして卒業すると思いますよ。
こういう人々は、私が学部に在籍していた頃に、すでにいたのです。

これとは--つまり現実とは--逆の状況を考えてみますと、本当に「学問がしたい」
と多くの学部生が望んでいるなら、いくら多人数になってもゼミは崩壊しないでしょう。
というより、今頃、学生側から「教員増強」「単位をとりやすい大教室の講義より、
質の高い少人数制の演習を」という要請が提示されているはずです。でも、現実に多くの
学部生がおこなう選択は、この逆ですね。
207 :すりらんか:2000/11/12(Sun) 23:15
>ゼミの崩壊の現状=マスプロ授業
>とイコールで位置づけて書いたのだと理解して読みました。
まぁ,こういう意味です.

>結局、ゼミが充実してないから学生にやる気無くなるのか、逆なのかと
>いう鶏・卵論争。だけど、学部卒で普通に就職する人にとっては、経済
>学なんてほとんど意味ないのが現実
ただ,変な話.ゼミで勉強しなくても似たような話題を何となく友達と
話し合うきっかけを与えるだけでもゼミは有用だと思うのですよ.結構
政治経済の話題なんかは興味はあるみたいですよ.その点で,

>私見によれば、どこの学校にでもいる目覚めたる学生が、アクセスできる
>リソースをどれだけ確保できるかが最大の課題だと思う。
これは全く同感.
208 :名無しングエルス:2000/11/13(Mon) 06:58
初等中等教育について以前から疑問に思っていることがあるのでスレッドを分
けました。

http://www22.big.or.jp/~15ch/readres.cgi?bo=economy&vi=0110
209 :悩み:2000/12/02(Sat) 16:24
適当な場所がないので、経済学と教育、経済成長の場所(ここ)に
書きこみます。

 大学生で、「現実に関心があるんだ。経済学には関心がないんだ。
だから授業も経済事情についてのものであるべきなんだ。
経済学なんて勉強したくはないんだ」という人が結構いるかもしれなくて、
それで、ニュースがわかるような役に立つ、社会に出ても役立つ授業
をやってほしいという人が結構いるかもしれないんですね。
 公共経済学のコースの定理や、公共財の最適供給なんて社会に出て
どう役に立つというのだろう。限界費用と価格が等しくなるように企業
が生産量を決定するというのがどうやって社会で役立つんだろうか?
そもそも社会に出て経済学が役に立つのか?たたないんではないのか?
と感じている僕は、「現実大好き、宿題出るの大嫌い、図が出ると嫌、
ノートとるのが嫌だから、虫食いレジュメ(学生のする書きこみ部分がある
レジュメ)大好き、出席大嫌い」の学生にどう対処するべきなのか、
決め兼ねる次第なんですね。皆さんはどうこの難問(?)に対処しますか?
210 :やんばるくいな:2000/12/02(Sat) 18:03
真面目にレスしますと、大学辞めたらどうですか?
ニュースというのは、政治、経済、あらゆる物を扱った情報であるから、
ニュースの情報が全て解るというのは、ありえない。知識というのは
何を知っていて、何を知らないのかという事をしることだと思う。
貴方は公共経済学を知っているけど、全てのニュースは解らないと
いうのが知識。

現実が好きとの事ですが現実というのは、事実。大学で習うのは技術。事実に技術を加え
て何をするかというのは、自分で探さなくてはいけない。

何をするかと、いうのが解っているなら、それに必要な技術も
解ってくるはず。社会のどんな役に立ちたいのかという事を
考えれば、答えは見えてくるはず。公共経済学を習っているのなら
政府官庁あたりで役にたつはず。もっと違う分野で役に立ちたい
のなら専攻を変えるなり、なんなりできるはず。

もし貴方が資産の最大化を考えているなら、鮨屋の出前になろうが、証券会社で
働こうが同じ。リスクを取らない限り、人より多い分け前には与れない。(学費を払って
勉強するのも、リスクを取る事です。)

以上悩みに答えるというより、経済学の質問に答えるようにやってみました。
211 :ドラエモン:2000/12/02(Sat) 20:55
>やんあばるくいな氏

悩みさんは、ひょっとして大学教員なんじゃない?
212 :ブラウン管は見にくいので勘違いをしやすい:2000/12/02(Sat) 20:58
大学辞めたらどうですか?
って・・・
  『」』で途中を閉じるのを忘れたから勘違いされてしまいましたね。
僕が現実が好きだと僕は言っているのではなくて、
「現実を勉強したいのだが経済学を勉強したくない」という学生、
いやより正確に表現すると、経済学をほとんど勉強したことがないのに、
経済学はかくあるべしというイメージを経済論の楽ちんな授業を受けて
持ってしまったいて、そしてニュースくらいわかるようになりたい。
学問なんて糞食らえ、いや経済学なんて自分の求めているものじゃないんだ。
経済論を経済学の授業でするべきだ」と堂々と主張する学生に対する対処の
仕方なんですがね。
213 :追加:2000/12/02(Sat) 21:04
さらに続けて書くと、経済学をどうして学ぶかというコーナー
がありますが、そこには、「経済学を学んだという学歴が
どう就職に役立つか」を書いていて、経済学自体はどう役立つか
を書いていないです。経済学は社会に出てどう役立つのでしょうか?
さらにいえば大学での勉強が社会に出て直接役立つことはあるのでしょうか?
特殊な仕事(例えばデリバティブの開発者とか、ディーラーとか、
日銀などの政府機関に勤めたりなど)につかない限り役には立ちにくいと
思うのですが。
214 :通りがかりの経済学部生:2000/12/02(Sat) 21:21
ここで議論されている方々は年配の方が多いみたいですね。

もう少し「今時の学部生が学部での教育についてどう考えているか」
を知ろうとしてみてはいかがでしょうか?
215 :イナゾウ@商学徒from2ch:2000/12/02(Sat) 21:30
うーむ。大体、話の事情は掴めたと思うのですが、その学生さん達には
「商学部に逝って来い!」と言ってやったらどうですか?(藁)。まあ、
これは冗談ですが。

 つまり、僕の学部で言うと「証券論」の授業で、教授が金融理論的な
所を教えたいと思っているのに、学生は「株で儲かった、損した」の話
や、最近の企業の裏話みたいな事ばかりを授業で聞きたがったりする事
ですね?。果ては、就職活動か何かの相談で「この企業を受けようと思
ってるんですが、ここの業績はどうですか?」とか(藁)。

 早い話、「学生の求めているニーズが違う」と。ハッキリ言ってやったら
いかがですか?。「ここには君たちが求めているようなものは無い!」と。
216 :イナゾウ@商学徒from2ch:2000/12/02(Sat) 22:18
これは私論ですが、大学の学部でやる事はあくまで「思考の訓練」で
あると思っています。僕の場合でいうなら、「経営戦略」の授業で学ぶ
事は、「経営戦略的思考」を身に付けるためのものです。また、担当教
授も同様の事を断言しております。

 経済学で学ぶのは「経済学的思考」であるべきだし、これは法学部で
司法試験を受ける訳ではない学生が身に付けるべきものも、「法学的思
考」であるはずなのです。要は、学生が社会に出て直面するであろう、
多種多様な事象を「どのように自分の頭の仲で理解し、それに対処する
か」の道具を与えてやる事こそが、「学部」レベルでの大学教育なので
はないでしょうか?。

 ところで「悩み」殿、貴殿の言う「経済論」ってどの程度の事をやって
いるのですか?。お話を聞いた限りでは、そうとう楽チンそうですけど。
217 :やんばるくいな:2000/12/02(Sat) 22:42
凄い勘違いですねえ。はは

んでレスを書きますと、日本での経済学のイメージが間違っているんじゃないで
しょうか?
僕なんか経済学は物好きの日陰学問と思って、就職とか金を儲けようと思っていたのな
ら、経営学部にいっていた口ですけど、どうも2chを見ていると、就職の為に
経済学部入ったっていうようなポストが見受けられる様にみえる。

民間に就職するのなら、公共経済など正に無駄ですし。経済やって役に立つといったら、
「経済学的な考え方」ぐらいしか思い浮かばない。マクロぐらいなら他のビジネス系の物
でも教えるはず。ニュースを理解しようとして経済学部を選んでいるなら、大学生と
呼べないのでは?大学というのは専門的な事を教える所だと思う。

問題はなぜ経済学徒を会社が取るのかというのは、二つの可能性があると思います。
ー経済学が数学、会計、マクロ、理解力、などを教えるため、総合職を会社内で教育する
会社には都合が良い。
ー日本の大学が経済学以外のビジネス関連学問(経営学やマーケチング)学生を十分
供給できていない、もしくは学生の質が低い。(経済学部の偏差値が高ければ
質(偏差値)の高い入試生がシグナリングの為に経済学部を選択する可能性がある。)

上の様な理由で経済学部卒業生に会社から需要があるのなら、学生は経済学が面白く
なくても、経済学部を選ぶはず。
この様な状況を改善するには、日本の大学もしくは専門学校がもっと民間の会社の
需要に合わせた教育をする。もしくは日本の会社が総合職重視から、専門職重視
に転換する必要があると思う。
218 :へなへな:2000/12/02(Sat) 22:53
経済学部に対する一般のイメージが間違ってるせいでしょう。

まちがっても、大学のパンフに
・経済学は微塵も役に立ちません。
・合理的経済人を仮定しますが、実証的根拠はゼロです。無根拠の上に理論を立てます。
・経済学者の大部分は経済には興味がありません。
・暇人でパズル好き募集。
・現実的な事を学びたければ 商学部へ。

とかかかないでずから。

「お客さんいいこいるよ」
って客引きされたら、オカマだったとかいのとおなじ。

だから、教員も詐欺の片棒を担いでるわけです。

だいちい、研究者も現実に使えるかどうかなんて考えてないですからね。
文学部と一緒。

自分の子どもは入れたくないとおもうこのごろ。
219 :ドラエモン:2000/12/02(Sat) 23:21
こらこら、いくら本当のことでも、言って良いことと悪いことがある(爆
でもね、理科とか文科という日本のへんてこな大学教育のシステムにあっては、貴重な勘違い
学部であると思うぞ。科学的あるいは数学的思考方法と社会に対する関心を併せ持った人間に
は、天国だと思うけどね。もっとも、学校に期待する方が間違ってるとは思うが・・・
220 :すりらんか:2000/12/02(Sat) 23:53
>経済学で学ぶのは「経済学的思考」であるべきだし、これは法学部で
>司法試験を受ける訳ではない学生が身に付けるべきものも、「法学的思
>考」であるはずなのです。要は、学生が社会に出て直面するであろう、
>多種多様な事象を「どのように自分の頭の仲で理解し、それに対処する
>か」の道具を与えてやる事こそが、「学部」レベルでの大学教育なので
>はないでしょうか?。

異議ナーシ!教育が与えられるのは「考え方」これにつきるでしょう.
悩みさんはそれだと学生が興味を持たないっていう風に反論されるの
でしょうが……ホントですか?理論をおしえるとき,自分が学んだ一
流大学の講義をそのまま再現しちゃったりしてません???そりゃ聞
く方がおかしい.マクロならいっくらでもネタがあるし,ミクロもそ
うなんでない?私が想像を絶するレベルの大学で教えたとき,はじめ
は絶望しましたが,いかにもな現実ネタのケーススタディーから入っ
て徐々に経済理論(といってもISバランス論や乗数効果)には入っ
ていったら結構聞いてくれています.

新聞や歴史からネタを拾ってそれを説明する理論があるってやってい
くと結構面白いと思いますが?
221 :すりらんか:2000/12/03(Sun) 00:16
追加:
偉そうなこと言ってしまいましたが,もちろんどんなに努力をしても
全生徒が目を輝かせて聞き,私に感謝を捧げるなんてことはないです
けど……それはむしろ健全だと思う.そんな生徒教育課程をとわず幻
想の中にしかいませんよ.私も学部生の時そんなにまじめな生徒だっ
た記憶ないですし.ここいらはむしろ先公氏の領域だわな.
222 :ぺいぺい[ぺいぺい]:2000/12/03(Sun) 02:02
ホモ・エコノミクスを教えるために、あるミクロの先生は
囚人のジレンマなどの、実感の湧くようなものを先にして、
スルツキ-などは、エッジワースとかは、最後に回した、
という話を聞いたことがあります。

>214

私も学部ですよ。私としては、レベルを上げるべき
じゃないかと思ってます。単位さえ来ればOKという
人が多いので、単位の取得は楽にするが、「優」を
とるのは難しくする。それで、大学院の考査では、
「優」のウェイトを考慮に入れる。大学院に来ない
のならば、経済学の考え方を身に付けるだけで充分だ
ろうし、大学院を目指すなら、難しくても、大丈夫で
しょう。ゼミの在り方は難しいですね・・・
223 :名無しングエルス:2000/12/03(Sun) 02:57
>あるミクロの先生は
松井さん?
224 :感謝1:2000/12/03(Sun) 11:28
多くのレスポンスをありがとうございました。
「経済学の勉強が社会に出て役にたつか?」という問いに対して、
「大企業に就職したら社内教育で経済学を勉強させる。経済学部生
の就職が良いのは、それを省けるからだ」という内容の書きこみも
ありましたが、そのことについては僕はわかりません。
就職先が流通だという学生さんもかなりいるのでしょうが、
スーパーで働くのには大学で習う知識は必要ないと思うからです。

 別のコーナーで、誰でも大学に来ようとする現状を憂き、
高等教育の歪みだと主張する文章が書かれてあったのを読みましたが、
 その文章に対するレスポンスとして誰かが「どんな低ランクの大学で、
どんなに勉強に不向きな学生が入っていても、それは学生の自由な選択の
結果であるからその学生が大学を選択している現状を嘆くのはおかしいのだ」
ということを述べられておられました。
 僕は高学歴の歪みと捕らえるべきではないというレスポンスの方に賛成
します。低ランクの高校では、勉強しないどころか、態度が悪い、
言葉遣いが悪い、どうしようもないところが多いのではないかと思うのですが、
そういう高校出身で、それほど高くはない(むしろ低かもしれない)大学に
入学して、自由にさせられると、それなりに勉強したりするものだなという実感
を現状を見て思います。低ランクの高校の中、ほんの一握りしか大学には進学
できないから良質な学生が入ってくるからといえばそれまでですが、
それだけではなくて、高校までは勉強しなかった人が、がぜん勉強意欲を
持つようになるということは良くあります。程度の差はあるのでしょうが、
勉強する人の割合はかなり多いかもしれません。
225 :感謝2:2000/12/03(Sun) 11:37
大学で習う学問というのは社会に出て役に立つ性質のものではないと僕は
思っています。経済学的な見方を身につけるにはそれなりに経済学を勉強
しなければつかないでしょう。(受身の学習ではつかないと思います。)
それでも大学の勉強を学生は勉強するべきだと思うのは次の理由からです。
社会にでると経済学なんて勉強する機会がありません。本屋に行けばなるほど
本を置いている。でも仕事に役にたたないし、趣味に勉強するには、しんどすぎる。
大学生活をおくるというのは、昔のお伊勢参りのようなもので、伊勢参りに行って
都会を見て、知見を広めて、それで地元に戻ると成人としてみなされるという
ことがあったわけです。(だから売春宿も参道にはあったわけですが)

 大学で、社会に出て学ぶ機会のない勉強をすることは、それなりに視野を広める
ことになります。大学生活は楽しい経験だろうし、社会に出て広い視野を持って
いると、ものの見方もいくぶん広くなります。これが大学で勉強する効用だと
思います。高校の時に、高校の厳しい締め付けに対してグータラ怠け態度で
対抗してきた先鋭的不良生徒でも、大学に入ってから勉強する気になるのは
このことを予感として感じるからなのかなと思います。
 (もちろんアルバイトが本職になっていて、「宿題を出されるとアルバイト
ができなくなるので、俺、生活できなくて死んでしまいます」と言いながら、
宿題出されてもまだ生きている不真面目な学生がいることは事実ですが・・)
226 :先公[先公]:2000/12/03(Sun) 16:00
>低ランクの高校では、勉強しないどころか、態度が悪い、
>言葉遣いが悪い、どうしようもないところが多いのではないかと思うのですが、
>そういう高校出身で、それほど高くはない(むしろ低かもしれない)大学に
>入学して、自由にさせられると、それなりに勉強したりするものだなという実感
>を現状を見て思います

これはいかなる追跡調査によっても裏付けられていません。
「救済」の夢=ある種のハッピーエンド を願うお気持ちは珍しくないので
わかりますが、それに頼ると学問研究になりません。
それだけでなく、現状分析を正確にできなくなる恐れがあります。
227 :先公[先公]:2000/12/03(Sun) 16:06
それともう一つ、「べきだ論」で教育の本質的意義を語るのは危険です。
228 :やんばるくいな:2000/12/03(Sun) 17:01
>就職先が流通だという学生さんもかなりいるのでしょうが、
>スーパーで働くのには大学で習う知識は必要ないと思うからです。
流通に勤めた事がないので、経験に基づいた答えを書けるわけでは
ありませんが、マクロや会計は在庫管理に、ゲームは価格決定やバーゲン
を決めるのに役にたちそう。機会損失なども結構役にたつのでは?
もちろんこれらの論理がそのまま現場にあてはまるとは思いませんし
会社でこれらに関するマニュアルもあるでしょう。マニュアル外で
それらの論理が役にたつ可能性がある。
もちろん、流通の方で単に経済学生は優秀だと思いこんでいるだけかもしれま
せんが。この場合大学が経営学部やマーケチングの学生を売りこまない
もしくは供給しないのが原因。
229 :先公[先公]:2000/12/03(Sun) 17:35
流通業で中間管理職をやっている学部時代の同期や後輩が幾人かいます。
(学部生時代、学生寮に住んでいたので、文学部よりも経済、法、商の知り合いの方が
多い)
彼らによると、「何かに直接・間接に役に立つ」という小手先レベルの問題ではなく、
最低限のイロハを知っていること、それと学部時代の勉強を通じてセンスを養っていること
が大事なようです。そういう点に関して、やはり高卒と大卒では大きな違いがあるとのこと。
もちろん、経済学部や商学部卒業者と文学部卒業者を比べた場合にも、明確な差は存在する
らしい。これは想像ではなく、現場のお話です。
230 :先公[先公]:2000/12/03(Sun) 17:56
もう一つ。感謝2さんが書いていることについて。
あたかも「売春宿」が成人になるための教育カリキュラムか通過儀礼でもあるかのような
扱いですが(御自分の論の展開をよく読み直してごらんなさい)、
これは教育カリキュラムでないのはもちろん、通過儀礼的な慣習に関する説明としても
インチキです。言い方がきつくて申し訳ないけれど。

>都会を見て、知見を広めて、それで地元に戻ると成人としてみなされるという
>ことがあったわけです。(だから売春宿も参道にはあったわけですが)
            ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
こんな説明がまかり通るなら、暴走族やチーマーだけではない、トルエンを吸う連中も
援助交際をやって「お小遣いを稼いでみる」連中も、いじめをやってる連中もすべて肯定
「知見を広める」の一言で肯定されてしまいますね。
別段教育上云々しているわけではありません。宮台の亜流みたいなインチキ説明だと
申し上げるのみです。
231 :へなへな:2000/12/03(Sun) 19:01
>先公さん

「若い時逸脱した方が正常」というのをフロイトの娘、ハンナフロイトが無根拠に言い出して
それから、リベラルが大騒ぎして教育の放埓化をすすめて、アメリカの教育は地に落ちたので
はありませんでした?

この説は実証的に否定されても、ながらくリベラルが信奉していた俗説ですよね。
いまごろ日本でミヤダイが馬鹿な故といっていて困るのですけど。
教育学者から見ると、やっぱりトンデモですよね>ミヤダイ
232 :すりらんか:2000/12/03(Sun) 21:12
>大学生活をおくるというのは、昔のお伊勢参りのようなもので、伊勢参りに行って
>都会を見て、知見を広めて、それで地元に戻ると成人としてみなされるという
これは浅羽通明氏ですね.瀬地山角氏(<経済学者じゃないです)もかなりに
たような意見が混じっている感じ.たしかに大学ってのはなにしてもいいとこ
ろってのはすごい魅力だと思う.だって経済学なんか勉強しちゃったりするん
ですよ(冗談).ただ,浅羽氏の大学ってのは早稲田,瀬地山氏は東大ですか
らね……多少は割り引かなきゃいけないと思います.
233 :先公[先公]:2000/12/03(Sun) 21:13
>へなへな氏
お久しぶりです。
宮台は、ありゃアホですな。
なぜ経済学の勉強をやめて、いかさま社会学になど手を染めたのでしょう。
アメリカの教育事情についてはお書きになったとおりであると理解しております。
プラグマティズムの根底(=草の根の部分)に、理論よりも経験、さらに言えば
(ここが問題なのですが)思考抜きの感覚で理解して納得してしまう弱さが
あったのでしょうかねえ……
234 :すりらんか:2000/12/03(Sun) 21:30
>先公氏
宮台氏は経済学を系統立てて学んではいないと思いますよ.
システム論がらみで(&小室の影響で)経済学に詳しくな
ったのでしょう.アホになっちゃったのは社会学者もやめ
てから.今の宮台を社会学者というと社会学のヤツに怒ら
れる……あのひとやあのひとを経済学者の第ひょのように
言うとこの板の住人が怒るのと同じですね.

ところで,ゲームって政治学・社会学の分析にに導入する
のには向かないと思うんだよなぁ(インセンティブを考慮
したメカニズムデザインに応用ってくらいなら話は別).
235 :先公[先公]:2000/12/03(Sun) 21:39
>すりらんか氏
あ・なるほど。言葉を足しておきます。
社会学がいかさまなのではなく、「いかさま社会学」であります。失礼
236 :へなへな:2000/12/03(Sun) 21:47
>すりらんかさん

社会学とか政治学での使われ方は、下の本読むとよく分かりますよ。

「社会科学の道具箱 合理的選択論入門」
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9970577646

わたしがはじめてゲームをみたのは中学生の時に買った 東大出版会の国際政治とかいう
本でした。
見栄で買ったので、ちゃんと読まなかったのですが、核戦略の選択の話しでゲーム論の樹形図があって
おお、なんだこれは!
とおもったのが出会いでした。藁。
たぶんそれが、社会現象をモデルとして捉える考えにであった始めだったとおもいます。
237 :へなへな:2000/12/03(Sun) 21:55
みやだいは、もともと、ああいうひとです。
題名は忘れましたが、彼の本を読んで自殺した学生についてかいたほんで、
彼の遍歴がありましたが、
高校時代は革命願望があったそうです。
ちょうど、麻布高校が荒れていたじきで、授業とか成立しなくて、授業中にラーメンの
出前がきたり、隣の教室の壁に穴が開いていて、覗けたりしたとか。

で、もともと 社会への不満とか強いタイプのようで、社会改革願望のがずーっとあった
そうです。
社会学者やっている時も、心の中でくすぶっていてもそんな内容は論文には出来ないので、
社会学者やめて、本音炸裂というのが現在の彼だとおもいます。

ミヤダイ支持者はどことなく、おとなしくてくすぶってるタイプが多いような・・・。
ミヤダイファンページの人も鬱病だそうだし。
ミヤダイ個人の社会不適応をぶち上げた主張に、他の社会不適応な人たちが飛びついて
ついでに、反社会的願望のある左翼崩れとかが賛同したというのがわたしから見た支持者像
なんですけど・・。
ま、面白い意見もあるのですけど、いかんせん、害毒の方が大きいでしょう。
238 :すりらんか:2000/12/03(Sun) 23:21
>核戦略の選択の話しでゲーム論の樹形図があって
>おお、なんだこれは!
いや,この手の使い方が気に喰わないと言う話なんですよ.
(囚人のジレンマ・時間的非整合は重要だと思うし十分の
応用していけると思うので大切だと思います.はい)
単純な話なら,ゲームを使わなくても十分説明できるし,
複雑な話だと,パラメターの定めかた次第でどうにでもな
る.んで危険だと思うのが,ゲーム論(というか経済学的
思考)がなんなのかそれなりにわかってないと,恣意的に
くんだゲームの結論をすごく理論的に一貫したものだとし
て説得されちゃうこと.悪く言うと,社会学・政治学の問
題意識小僧に危険な道具を与えてしまいそうな気がするの
です.
239 :へなへな:2000/12/03(Sun) 23:26
>すりらんかさん
初期は経済学よりも、核戦略論と一緒にゲームは育ってきた側面が強いから
べつに、問題無いような気もするのですけど・・。
240 :すりらんか:2000/12/03(Sun) 23:29
>へなへなさん
うーむ.それは知りませんでした.上の感想は
宮台氏のゲームの使い方を見て強烈にそう感じ
たって話なんですよね.
241 :ドラエモン:2000/12/03(Sun) 23:37
>すりらんか殿
これは全くの憶測だけど、80年代後半になってから急激にゲーム屋が経済に入ってきたのに
は、なんか冷戦のピークアウトと関連がありそうな気がするんですよね。アメリカって、その
手の研究者が80年代前半にもの凄く増えていそうで、そいつらがドッと本家帰りしてきたよ
うな感じ。
242 :すりらんか:2000/12/03(Sun) 23:45
>銅鑼殿
あとはゲーム自体に新たな理論的展開がありましたからね.良い理論でも
理論的に新展開がないと廃れるのは経済学のよいところであり悪いところ
(例:成長論)だと思います.最近のゲームのPure Theoryの人って何を
やっているんでしょうか.ここ位らの話はほんと疎い.ドブリュー先生
ご教授下さい.
243 :先公[先公]:2000/12/04(Mon) 00:20
【抗議あるいは苦情の晒しage】

>214: 通りがかりの経済学部生  2000/12/02(Sat) 21:21
>ここで議論されている方々は年配の方が多いみたいですね。
>もう少し「今時の学部生が学部での教育についてどう考えているか」
>を知ろうとしてみてはいかがでしょうか?

こういう、わかったふうなことを言うのはやめていただけませんかね。
上記を要約すれば、「若者には若者の価値観があるんだ・年寄りはすっこんでろ」
という、全共闘連中の言い種と本質的に同じで、わざわざコミュニケーション
を断絶して得意がってみせる独善的姿勢と同じだ。

こっちはまさに、その前段階の人間を相手にして学校や予備校で授業をし、
給料も出ない時間外に頼まれて相談に乗ってるんだ。214よりもよほど
若い世代を相手にね。
たかが20代の学部生で、何かがわかったような気になって年上の世代に
説教できると思い上がるザマはなんですか、幼いこと甚だしい。
244 :214:2000/12/04(Mon) 10:02
>先公さん
気分を害されるのも当然の書き草でした。お詫びします。

>>大学のゼミについて言えば、学部生の全員(あるいは多数)を所属させる
>>必要はないと思います。成績順と志望する専攻・ゼミの競争率などを勘案しつつ、
>>スパッと線引きはしちゃっていいんじゃないかと。
>>どの大学・学部もゼミに所属できる割合を専攻進級時に学年のせいぜい2割程度に
>>限定して、(以下略)

先公さんの上の文章にちょっと過剰反応してしまいましてね。
過去レスを全部読んだわけでもないので、ただの揚げ足取りでしたね。
失礼しました。
245 :すりらんか:2000/12/04(Mon) 10:40
でもここは最近学部生の方がかなり多くなってきてるよ.
コテハンはわりと年上多いけど.先公氏もそんなにたた
かなくてもいいじゃない.

しかし……四捨五入して30(この板で多い年齢層:推定)
は年配かぁ.宇津だ氏脳.
246 :ぺいぺい@本日誕生日→22歳[ぺいぺい]:2000/12/04(Mon) 20:01
私も学部生の一人です・・・

先公さんのご意見は一学部生として、とても共感できる
ものですよ。ゼミの最中に堂々と発言するのは、勘弁ですが。
うちのゼミの紹介文をあるHPに載せたのですが、駒場の
単位は9分の7以上ないと、うちのゼミに入るのは難しい、
って、煽っておきました。ドキュソが来ないように。

でも、権力の予期理論は、ほんと、ゲームとか、使ってま
したよね・・・盛山先生の「社会階層」を読みましたが、
ミヤダイって、この本だけは、よく引用されるのですよね。
他のが引用されるの、見たことないのですが・・・
あとは、サブカルみたいなのばっかり。ブルセラにハマって
アホなこと、いってみたり・・・
247 :214:2000/12/04(Mon) 20:56
>ぺいぺいさん

>>ゼミの紹介文をあるHPに載せたのですが、駒場の
>>単位は9分の7以上ないと、うちのゼミに入るのは難しい、
>>って、煽っておきました。ドキュソが来ないように。

私のゼミとは随分考え方が違うみたいですね。
うちは28単位以上揃っていない人が結構いるし、逆に
36単位揃っているのに面接で落とされた人が何人かいます。

そもそも、ドキュソ=単位が28単位以上揃っていない人
という定義自体がとても一面的で歪んだものだと思うのですが。
248 :ぺいぺい@本日誕生日→22歳[ぺいぺい]:2000/12/04(Mon) 22:14
> ドキュソ=単位が28単位以上揃っていない人

ちょっと、違いますな。私にいわせれば、

ドキュソ=28単位が必要と言うオドシに乗るような人

なのですよ。ほんとうに、その先生に習いたい、という
のならば、そんなオドシに載るはずはないのです。何の
目的もないうえに、基礎力の欠如した人など、要りませ
ん。そろってなくとも、かまわないのですよ。オドシに
も拘らず、単位が少ないのが来れば、それは、何らかの
目的があって、落ちることを覚悟できた、ということが
できるでしょう。つまり、やる気を測る、シグナリング
として、機能させることを狙った、紹介文なのですよ。

現実には、28単位よりも少ない人々は、かなりいます。
そして、現に、そんな人々も、うちのゼミにいますよ。
ですから、彼らの入る余地は、充分にあるのです、実際
のところ。つまり、まさに、オドシなのです。
だからこそ、そのなかで、「単位は少ないけど、どうし
ても、この先生に習いたい!!」、という人々のみに、
来て欲しいのですよ・・・
249 :ぺいぺい[ぺいぺい]:2000/12/04(Mon) 22:25
補足すれば、うちのゼミが2次募集をするような
不人気なゼミであることが分かっていれば、1次
で他のゼミに出して、うちを2次のすべり止めに
するでしょう。が、志望者数の不確実性があり、
また、現実にも、そうでないので、みんな1次か
ら、うちに来るでしょう。で、うちの先生でなく
ともいいや、って思っていて、なおかつ、単位も
ない人々は、他のゼミに変えるでしょう。

コテハンの皆さん、2CH化させてしまって、す
みませんでした。お詫びします・・・
250 :名無しングエルス:2000/12/04(Mon) 23:02
>たかが20代の学部生で、何かがわかったような気になって年上の世代に
>説教できると思い上がるザマはなんですか、幼いこと甚だしい。

こんなこと言ってる奴は、学部の学生から説教されて当然だよ。
歳食っていても、若い人間の話に謙虚に耳を傾けるという余裕は
ないのかね。端で見ているこっちが恥ずかしくなるよ。
まあ、こんな教員は、大学では避けるのが正解だね。
251 :214:2000/12/05(Tue) 00:03
私のせいで荒れてしまいましたね。
大変失礼致しました。消えます。
252 :すりらんか:2000/12/05(Tue) 00:10
>214
いやいや.またおいで.ただし,実名寸前ネタは禁止ね(笑)
253 :先公[先公]:2000/12/05(Tue) 01:45
>250
「奴」などと熱くなっている時点、そして私のレスを都合良くつまみ食いしている時点で
あなたは2ちゃんねるの方がお似合いです。
私が214氏のどういう点を批判したのか、きちんと読んでからどうぞ。
254 :名無しングエルス:2000/12/05(Tue) 02:18
>214
貴方が消える必要はないよ。
別に君の発言は気にならないもの。
255 :名無しングエルス:2000/12/05(Tue) 02:52
先公さんの書き込みってどうしていつも攻撃的なんですか?
先公さんの書き込みに不快感を持っていたのが
自分だけではないことがよく分かった。
256 :先公[先公]:2000/12/05(Tue) 03:03
感情ではなく理で答えていただきたいですね。
私は今まで一度も他人を排除する議論は書いていません。
257 :名無しングエルス:2000/12/05(Tue) 03:13
>先公さん
喧嘩はよそでやって下さい
258 :>先公さん:2000/12/05(Tue) 08:10
>感情ではなく理で答えていただきたいですね。
>私は今まで一度も他人を排除する議論は書いていません。

じゃあ、253の書き込みとかは何?
まさに感情剥き出しで他人を排除しているじゃない。

大体214の書き込みにしたって、あなたが勝手に
深読みして文句つけただけに見えるけど。

>全共闘連中の言い種と本質的に同じ
>独善的姿勢
>たかが20代
>年上の世代に説教できると思い上がるザマ
> 幼いこと甚だしい

これだけ言いたい放題言っといて、まだ気がすまないわけ?
仕事でストレス溜まっているからって、こんなところで
若いのを相手にストレス発散するのは止めたら?
見苦しいこと限りないよ。
259 :>先公さん:2000/12/05(Tue) 08:17
まだ自分が正しいと思っているんだったら、反論してみたら?
一応言っとくけど、「いまさら」大人のふりして黙り込んだって、遅いよ。(W
260 :ぺいぺい[ぺいぺい]:2000/12/05(Tue) 10:49
経済と教育・教育と技術進歩について、話を進めましょう。
って、私ごときが、音頭をとっても、良いのかな?

で、過去ログを見ると、「最適な人的資本蓄積」という
ことを、すりらんかさんがおっしゃっております。
bahrdan&udly development microeconomics Ch10
に目を通したおかげで、そのミクロ的な意味は分かった
のですが、今の日本の教育からすれば、すべての人が
人的資本にカウントされるように、その政策が向けら
れているので、最適な水準=できるだけたくさん、と
いうような方向にあり、あまり、経済学の対象として
先進国にあっては、あまり馴染まないように、直感と
して、思えるのですが・・・厨房級の質問で恐縮です
が、爆撃してやってください・・・
261 :ぺいぺい[ぺいぺい]:2000/12/05(Tue) 10:58
むろん、マクロでいえば、ローマー・マンキュー
ワイルみたいになるのでしょうけど、このモデル
って、ソロー・スワンに人的資本を入れて、さら
に、外生的に成長率を設定して、ソローのときの
最適な資本の動学について、やってるのと、あま
り変わらないように思えるのですが・・・
こっちでも、たしかに、最適な点はありますよね。
Y=AKモデルなどは、なかったですね。
むろん、内生的モデルでも、収束するケースも
ありますが、どーしても、実感として、分からな
いのです。ぜひとも、ご教示を下さい・・・
262 :すりらんか:2000/12/05(Tue) 12:08
>ぺいぺいさん
なるほど.論点としては「平均教育年数は人的資本のよい代理変数か?」
というところに絞られるかと思います.この手の議論に対して私がいつも
おかしいなぁと思っているところは,

・教育の質に対してあまりにも大雑把過ぎる
・平均教育年数はGDPのシャドウイメージである

というところです.第一点はおいといて,問題は第2点ですよね.仮に質調整
までやった完全な教育付与年数みたいなのがあってもそれは,「お金があるか
らたくさん教育を受けた」のかもしれない.この経路は相当太いと思いますよ.
263 :すりらんか:2000/12/05(Tue) 12:21
内生的経済成長はいまやかなり大きなくくりになってしま
ったんで,ひとくちにはいえないんですけど,

その嚆矢である,外部性を重視したAKモデルの特徴は「均
衡概念・収束概念の入れ替え」なんですよね.SSでは発散
といってたもん(のひとつを)「均衡だ」といいきってし
まった.巧妙です.しかし,(マーシャルの)外部性があ
ったとしてもY=AKってのはあまりにもつよい関数の特定化
ですよね.外部性はあるかもしれないけど,それがちょう
ど1なんて…….そこでそれをサポートする理屈を探さな
きゃならないということになる.そこで発掘された(宇沢
・ルーカスとか)のが人的資本に艦する考察とまとめても
いいかもしれない
264 :ぺいぺい[ぺいぺい]:2000/12/23(Sat) 21:40
教員のレベルについて、ヘドニック・アプローチを
どうやって、適用するの? って気がしますよね。
それこそ、生徒の絶対評価による成績が、クオリティ
を示すもんだ、なんてことになったら、先生は満点を
乱発して、成績の評価はインフレですね。 だけど、
それを防ぐやり方さえあれば、悪くもないかも・・・

教育年数がGDPのシャドウ・・・TFPと同じような
話ですよね。東大生の親の平均年収が高いことは、よく
言われてますよね。学卒の意味スレッドを見てみると、
これは、あてはまってしまうのかも・・・って気がします。
265 :へなへな:2000/12/23(Sat) 22:10
>ぺいぺいさん

A 組 X先生が講義して Y先生がテストを作る 学生はX先生を評価する
B 組 Y先生が講義して X先生がテストを作る 学生はY先生を評価する

または、学年が違う先生がテストを作る。
こうやって、学生の評価を講義をする先生に絞る事で可能でしょう。

あとは、外部のプレゼンやコミュニケーションの専門家が評価点をつけるというのも
いいでしょう。
266 :すりらんか:2000/12/23(Sat) 23:15
>へなへなさん
でもこれって統一テスト構想に近い感じがしますよね.中等教育まで
のはなしならこれは比較的納得です.ただ,この手の業績評価は9割
の先生にとっては害かもしれない.私がいつも思うのはどの教育課程
であれ「どきゅそぶっちぎり」な1割程度をシステマティックに「切
る」方法さえあればいいと思うのですよ.教育の現場に競争は必要だ
が過当競争は避けねばならないとおもふ.
267 :ケーキと:2000/12/24(Sun) 17:04
大学入学には統一試験に近いものはあるのに
なぜ大卒の統一試験をしないんだろう。
すれば大学教育内容がよくなることは必然

大学はなぜ絶対評価なのだろう?相対評価
を全国的にどうにゅうすれば大学の教育内容
がよくなることは必然

なぜ大学内に派閥があって人事等不自然なこと
が多いのだろう?形だけ透明性を保つしくみに
しても抜け道が公然の秘密になっているのは疑問
268 :ドラエモン:2000/12/24(Sun) 18:17
>ケーキと氏@267

相対評価じゃ駄目でしょう?統一試験で絶対評価にしないと。しかも、その場合、マクロは
酷いことんなるよ。出題委員が飯台の左異島せんせいになったら乗数効果なんて書いたらX
だし、佳加和御大になったら逆だろうしね。

アメリカのGREとか、大学院ランキングの明確化の負の効果も考えないと、日本中、清一色。
今だって、国Ⅰの出題委員になった「あの人」のパクリ教科書が売れるくらいだからね・・・
269 :名無しングエルス:2000/12/24(Sun) 21:33
学生の間で格差を付けることに相対評価だと便利。
また毎年ごとにちがう試験の難易度を考慮する必要は
ないから相対評価がいいのでは?
全国統一試験が行われたとして絶対評価は相対評価と
あまり変りない。学生の側からすれば上位何%かと
いうことが問題になる。だから点数を公開するのではなく
偏差値換算して公表すればもっと分かりやすいかもしれない。
(トーフルみたいなものか)