経済学の前提と現実のずれ

economy/0029 / 6 レス / 2000/08/28〜2000/08/29

1 :名無しさん@匿名キボーン:2000/08/28(Mon) 20:41
有名なのではセイの法則がありますが、
経済学で一応「当然の前提」とされているもののうち、
「これは根本的に前提として間違っているのではないか」
というのがあれば教えてください。
2 :すりらんか:2000/08/28(Mon) 21:52
セイの法則は,新古典派経済学にとって,別に前提
ではないですよ.むしろ結論ではないかしら.また,
経済モデルの閉じた世界での結論は必ずしも現実に
対応している必要はない.論理的に一貫したモデル
構築をすることで結論の間違いの原因が前提に集中
している(まぁ,論理に問題あるのも多いけど^^)
と,その後の改良が容易であるというのがいいとこ
ろなんではないだろうか.

……と宇財ことをひととおりいってから,
「完全競争市場」
こそ,1の好例だと思います.完全競争市場の分析は
「その後の議論のたたき台」としての意味があるので
あって,それを直接的に適用するのは誤りではないか
……と.
3 :ドラエモン:2000/08/29(Tue) 00:02
2編の「セイ法則」のところでも書いたけど、実物経済のワルラス法則をセイ法則
と呼ぶことがあります。(全ての財の一般的超過供給は起こらない)これを貨幣経
済にまで適用すると、貨幣を含む体系のワルラス法則と一緒になって、貨幣需給が
恒等的に等しくなり、貨幣数量説を主体行動方程式と読めなくなる。その意味では、
セイ法則は経済学のロジックでは正当化出来ないし、前提でもないということになる。
4 :ドラエモン:2000/08/29(Tue) 12:53
追伸
>3は「現実とのずれ」の話ではなかったね。論理矛盾の話。

「現実とのずれ」で重要なのは、設備稼働率と言う概念なんかだな。新古典派
資本理論では、資本ストックは任意の程度で労働と結合し生産に貢献するわけ
で、稼働率という概念は容易には出てこない。有るとすれば、資本減耗を考慮
して将来の生産のために設備を留保しておくといった話だろう。だけど、実際
の稼働率は、設備と労働の結合比率が硬直的だから出てくる話である。

稼働率とか在庫ってのは、我々実務のエコノミストには致命的に重要な変数な
のに、経済理論では軽視されている最たる物。このあたりで、両者の話が合わ
なくなって、経済学者とエコノミストという似て否なる種族が誕生する。
5 :すりらんか:2000/08/29(Tue) 15:54
>どらえもんさん
確かにメインストリームの稼動率・在庫軽視は凄いですよね.
短期の現象だから追求の要は無いということなんでしょうか?
「長期には我々はみな死んでしまう」んですけどねぇ.

ただ,稼動率の話なんかは最近少しずつ考えていこうという
流れがアカデミズムのなかにもでてきていると思います.良
い傾向なんではないでしょうか.マクロは新古典は一辺倒,
ミクロはゲーム一辺倒では経済学はいずれ哲学みたいにな
ってしまう.(ここでマル経といわないのはマル経は論理的
にも筋が通ってないからです)
6 :ドラエモン:2000/08/29(Tue) 22:59
>5
>短期の現象だから追求の要は無いということなんでしょうか?
というより、うまく説明できないということだと思うよ。実は、マクロ計量モデル
作るとき悩ましいのがこのあたりの問題。短期の循環の分析では「意図せざる在庫
投資」の話してるのに、モデルの中は「意図した在庫投資」しかない。経済予測の
レポート書くとき困っちゃうんだよね、自己矛盾に陥りそうになって。(ホントは
陥ってるんだが、どう誤魔化すかが腕の見せ所(笑))